- 1122/09/11(日) 16:55:27
目を閉じ続けるのも飽きて、私は瞼を持ち上げた。
どろりと重い、海の空気と闇の気配。かすかに感じる船の揺れ。耳をすませば聞こえてくるのは、波の音と、スヤスヤと健康的なナミさんとロビンさんの寝息。
……うらやましいと、心から思う。眠気と、それに伴う疲労がズシリと体にのしかかる。
同室の彼女らを起こさないように、深い深い、ため息。
深夜。
いつもの調子であれば、ここから意識が途切れるまで数時間はかかる。
どうしてこんなにも目が冴えるのかと思う。
ベッドの上で、眠れない身体を抱えてただ息をひそめるだけの時間は無限のように感じてしまう。
明かりの消えた部屋では、闇と肌の輪郭はひどく曖昧で。暗い海の中に放り出されてしまうような気がして私は自分の体を抱きしめた。 - 2122/09/11(日) 16:58:26
私はエレジアでのライブの後、結局ルフィの船に乗せてもらった。
ほとんどお情けのようなものだ。ルフィの仲間は優しく私を受け入れてくれたけど、本心から歓迎してくれてるわけはないということぐらい、いくら世間知らずな私でもわかる。
……そして、私は重大な問題を抱えていた。
私は歌えなくなっていた。歌おうとすると肺が動かなくなり呼吸ができなくなる。……何度歌おうとあがいても、無理だった。
原因は間違いなく精神の不調。ルフィたちはあの手この手で私を元気づけようとしてくれたけど、未だに歌えるようにはっていない。
そして歌えなくなるということは、私は事実上能力を失うということだった。
私にとって、眠ることはほかの人とは違う意味を持っている。
物心ついたころには既に能力を持っていた私にとって、夢というのは自分の庭だった。どんなことがあっても夢の世界は幸せだった。
そんな逃避先を失い、酷く不安定な精神になった私は、人生で初めて……眠れなくなった。
精神を病み歌を失い、能力を失って逃避先と自信を失い、役立たずな私への自己嫌悪と迷惑をかけている仲間への罪悪感も増し、眠れなくなり精神を病む。
悪循環。
いやになって、私は投げやりに目を閉じる。思い通りにいかない肉体を痛めつけるように。眼球が痛くなるほど強く強く瞼を閉じても……眠りの気配はなくむしろ意識は覚醒する一方だった。
何気ない日常であるはずの「睡眠」が、遠い。 - 3二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 16:59:57
神SSか……?
- 4二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:00:06
🐍🐉🔫
🍢
🍲
語り継がれる - 5二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:00:21
- 6二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:00:52
この時点でもう好き
- 7122/09/11(日) 17:02:50
……トントンと静かな酷く控えめなノックの音がした。
「えっ」
慌てて目を開けて体を起こす。
『ウタ!起きてるだろ!』
ルフィの声。似合わないささやき声でドアの向こうから話しかけてくる。
私は急いで、静かにドアの近くまで駆け寄る。
『ちょっと……なに?ルフィ?』
『ウタ!起きてるならちょっと上まで来い!』
『あ……。ちょっと!待って!』
しかし私の言葉は虚しく闇に溶けてゆき、タッタと軽い足音は遠ざかっていった。
何しに来たのだろうと思う。何のために呼んだのかと思う。。
それでも……
悩む余地は、なかった。だってもう心がきゅんと跳ねてしまっているから。
……音をたてないようにそろそろと上着を着て、鏡で寝ぐせになっていないかどうか確認した。
そっと、そうっと女部屋の扉を開ければ船の廊下は真っ暗で。
月明かりに照らされながら甲板への道を急いだ。 - 8二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:04:39
ティーチと話す機会が有れば変われるかもしれないな あんなむすっとしてた奴がニコニコマンになるきっかけはあったろうし
- 9二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:05:39
不眠症なウタちゃんありだな………………
- 10122/09/11(日) 17:08:06
「……」
デッキに、ルフィの人影を見て……私は小さく息を吸った。
自然に、自然に。息を整えて、高揚も、動揺も、悟られないように。
甲板の階段に座るルフィの傍に後ろから近づく。
少しの逡巡の後、ルフィの隣に腰を下ろした。
沈黙。
ルフィは夜空を見上げるだけだ。何も語らない。
自分から呼び出したくせに。
ルフィを少し恨む。こんな深夜に呼び出してきて、私の心を乱して、何も言ってくれないなんて。
ルフィにつられて、私も空を見上げる。
雲一つない夜空。今宵は満月だ。
月明かりの下で見るルフィの姿は、普段より少し大人に見えた。 - 11122/09/11(日) 17:12:14
- 12二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:12:58
草
- 13二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:13:22
雰囲気ぶち壊しじゃねえか!
- 14二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:14:28
ルフィはそういうことする
- 15二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:14:51
???「ルフィ君!聞いているかね!?」
- 16二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:15:19
いきなりテンション跳ね上がってて笑った
- 17二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:15:43
うんまあ完成形がガープになる男だしな……
- 18二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:16:12
おバカウタの幻覚が見えた
- 19二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:17:03
駄目だ集中線が見える
- 20二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:22:56
口調の安定しない子だ
- 21二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:25:16
声に出して笑った
- 22二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:27:14
ダメだこのウタ宿題やってない絶対
- 23122/09/11(日) 17:38:51
飛び起きたルフィを見て怒りで体が震える。
何が姿が大人っぽく見えた、だ。私の感傷とかときめきとか色々返してよ!
「ごめんごめん。実はオレもう眠くて……」
ルフィは申し訳なさそうに頭をかく。
……感情が抑えられずフーッフーッと過呼吸になっている私にルフィは明るく笑いかけた。
……正直、ズルいと思う。私はつい、これだけで許してしまいたくなってしまう。
そんなつもりは無いのに、心が軽くなっていくのを感じる。自分がいかに単純かを、嫌でも自覚してしまう。
「……ぁはははははは!!!!!」
おかしくなってしまって、思わず笑ってしまう。自分の笑い声は、久しぶりだ。
随分と長い間笑っていなかったから、なんだかいろんなところが痛い。 - 24二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:41:20
温度差で風邪ひく………………
- 25二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:45:03
しっとりじっとり系かと思ったらそうでもなくて草
- 26二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:45:31
- 27二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:56:34
クオリティたっか
- 28二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 17:57:32
どんどん躍動感増してない??
- 291 書き溜めはここまで22/09/11(日) 18:04:27
ルフィは、笑い転げる私の顔をじっと見つめて。
「……ウタはやっぱり、笑っているときの方がいいな。」
「ッヒュッェ!?」
喉の奥から変な音が出てしまった。
……ここまでくると。呆れというかなんというか。
たぶん、本当に他意はないのだろう。
これで分かっていて言っているなら相当なものだけど、ルフィに限ってそれはないと思った。
……本当に反則だと思う。
私はこんなにも、意識してしまっているというのに……。
……普段なら、もう少し隠せていたと思う。深夜と、不眠が私の情緒を乱した。
「……ルフィは」
「ん?」
「誰にでも、そういうことをいうの?」 - 30二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 18:08:08
温度差と湿度差で風邪をひく……
- 31二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 18:14:40
割と誰にでも言う……いや夜に呼び出してまだは言わない……
- 32122/09/11(日) 19:20:31
意地悪な問いだったとは思う。
なぜならルフィが、肯定しても否定しても私は納得できない。
ほとんど当てつけのような質問だ。
かわいげのない所を、見せてしまった。
……年上なんだから、本当はもっと余裕のある所を見せたいと思う。
「……?オレはみんなが笑ってくれていた方がうれしいぞ?」
「……」
………肩の力がぬけてしまった。
はあ、と、抑えきれないため息が出てしまう。ルフィは昔からそういう人だ。
「でもウタが笑ってるのが、オレは一番好きだ。」
「っ!?!?!?」
あっさりと。
私が一番欲しかった言葉を、私の一番柔らかいところに。
「ウタが最近元気なさそうだったからさ、心配だったんだーオレ」
「…………大丈夫だよルフィ。そんなにひどくはないから。」
「それでもチョッパーのところには行けよ。チョッパーだって心配してるんだからな。」 - 33二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 19:23:11
すごい…このなんだろう…。
素晴らしい空気は… - 34二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 19:29:29
- 35二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 19:32:40
雰囲気とかの表現が圧倒的すぎる……
- 36122/09/11(日) 19:33:39
「……」
再びの沈黙が、降りる。
夜空を見上げる。
ルフィと見る、大切な夜空。
……昨日までは一分一秒でも早く、朝が来てほしいと思っていたのに。
今は、昇り来る太陽に、まだ待ってと叫びたくなる。
この夜が続くなら。
ずっと二人でいられるのに……。
ゆっくりと。肺の中にある空気をすべて吐き出すほど長く、長く、息を吐く。全身から力が抜けていき……心は平静を取り戻した。
夜の海のように凪いだ心の中で。
水面に映る月のように輝きを保つ想いが一つ。 - 37二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 19:34:57
シリアスとギャグのバランスがいい
空気感が良いしめっちゃ面白い - 38122/09/11(日) 19:39:03
隣に座るルフィの肩に。
こてん、と頭を乗せる。
私の髪の毛が、流水のようにルフィの身体を伝って。
「……?」
ルフィは、何も言わずにそのままの姿勢でいてくれる。
その代わりというように、膝の上の私の手に、ルフィの掌が重ねられて。
熱い掌。
火傷しそうだった。触れる肌全てを。そして、頬も。
その熱は私の固まったものを、全部溶かしていってくれて……
少しだけ私は、前に進める気がした。
私はルフィの顔を近くから見上げて。
見つめて。
宣言した。
「ねえルフィ。歌ってあげる。」
私は深く息を吸って————— - 39122/09/11(日) 19:47:09
どこまでも開けた海の上、夜空の下。
隣にいるのは私の幼馴染で、私の船長で、そして……
ルフィは、眠っていた。私は優しく彼をなでる。
ルフィはもう私が眠らない限り起きることはない。ただ、何もなくてもしばらく起きないだろうと思う。
その寝顔は、ひどく無防備で私の心の奥をしびれさせる。
「……………………………………好き」
唇から。
私の言葉が夜の空気に溶けていった。
そして私も。どれだけ願っても与えられなかった「眠気」が。
私の全身を包んでいって。
ルフィの隣。
一番安心できる場所。
静かな世界。
満ちた世界。
誰も彼も寝静まった夜の中、この世界で、二人きり。
「おや、すみ、ルフィ……」
私の意識は。
真っ暗な闇の中に落ちていった。 - 40122/09/11(日) 19:53:33
「あらいいわね。二人とも幸せそうに寝てる」
「……ずっと覗いてただろロビン。どういうつもりだ?」
「ウタが部屋を出るときに目が覚めたのよ。この子、不安定だったから心配してたの。……そもそもルフィたちにバレないように気配を殺していたあなたに言われたくないわ。」
「……。まあルフィは気がついてたと思うけどな。」
「とにかく私が二人をベッドに運んでおくわ。不眠は病気なんだから医務室に寝かせておきましょう。」
「……ルフィもか?」
「そのつもりよ?」
「…………まあそうするべきかもな。」
「ウフフ……明日の朝、ウタちゃんがどんな反応するか楽しみだわ。」
「覗くつもりか?悪趣味だぞ。」
「いいじゃないそれぐらい。あなたも気にならないの?」
「……知らん。オレも寝る。」
「ええ。夜の見張りご苦労様。あなたも、おやすみなさい。」
FIN - 41二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 19:58:47
ロビンちゃんと話してるのはゾロかな?
- 42二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 20:00:13
良い…(語彙力消失)
- 43二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 20:01:52
好き
- 44二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 20:03:12
しゅき
- 45二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 20:06:36
見事なssだと…お前は語り継がれる…
🐲 🍶🍢👍
🍲
🔥 - 46二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 20:14:50
このレスは削除されています
- 47二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 20:17:00
- 48二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 20:22:45
- 49二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 20:28:24
緩急の魅せ方がすごい
- 50二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 20:58:55
すこ
- 51二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 21:20:46
まあロビンは起きるわな
ところでオマケの起床風景は…? - 52二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 23:54:17
単純にクオリティが高すぎる。
- 53二次元好きの匿名さん22/09/11(日) 23:58:58
みごSS語り継ぎ
- 54二次元好きの匿名さん22/09/12(月) 00:09:26
なんかすげードキドキしたわw
ルフィの言動とかめっちゃ原作っぽい - 55二次元好きの匿名さん22/09/12(月) 02:29:22
神
- 56二次元好きの匿名さん22/09/12(月) 04:24:06
ルフィが途中で寝落ちしかけるのも含めて最高でした…ありがとう…
- 57二次元好きの匿名さん22/09/12(月) 12:10:49
すげぇ…!
- 58二次元好きの匿名さん22/09/12(月) 12:42:02
めちゃくちゃ笑った
- 59二次元好きの匿名さん22/09/12(月) 19:25:37
後日談頼む
- 60二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 04:13:32
HSY
- 61二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 04:36:39
うぃ〜後日談期待してええのんか?
- 62二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 16:34:34
後日談ホスィ…
- 631。後日談書いてます22/09/13(火) 20:13:21
なんで落ちてないんだ……?(困惑)
- 64二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 20:14:48
みんな待ってるからさ
- 65122/09/13(火) 20:28:52
「……っ……?」
夢を。
長い夢を、見ていたような。
そんな目覚め。
私は頭を左右に振って、ぼやけた瞼を2・3度瞬いて、クリアになった視界には……。
「おはよう!ウタ!」
「ひゃあああああああっっっ!!!!」
目の前に。
ルフィの顔があって私はとんでもない声をあげてしまう。
眠っていた全身に血が巡り、私は全てを思い出した。
ルフィに深夜に呼び出されて。
一緒に話して、夜空を見て。
安心しきった私は、ルフィの肩を借りて眠ってしまって……。 - 66122/09/13(火) 20:29:05
「……?」
なんで私は医務室のベッドで寝てるんだろう……?
「大丈夫か?ウタ。寝れたか?」
「う、うん。よく眠れたよ……」
「そうか!良かった!」
頬をかいたルフィはにっこりと笑って。
「よく寝てたな!」
その一言で。
私は、ルフィの前で……一番無防備な姿をさらしていてしまったのだと気が付いた。
………………恥ずかしい。 - 67122/09/13(火) 20:29:39
「おれもさ!気がついたらここで寝てたんだ!」
そう言ってルフィは立ち上がる。
………………それは私たちを、甲板からここまで運んだだれかがいるということだ。顔が熱を持つのを感じる。今日から私はどんな顔をして、仲間たちと顔を合わせればいいのだろうか。
ルフィを追いかけて私も急いで立ち上がる。全身の骨と筋肉が伸びる。久しぶりに感じる心地よさは、私と世界の間にあった膜を溶かしてしまったかのようだ。
ルフィは振り返らず先を行く。
……私がこんなにドキドキしてるというのに何の反応も見せないのが悔しくて……。
どこからか、ふわりと、花のにおいがした。
「待って……。」
ルフィの手をギュッと握る。
……指と指を搦めて、恋人同士のように。
「ウタ?」
「……ダメかな?」
ズルい言い方でルフィを縛る。
困惑した表情で、私の顔とつながれた手を交互に見たルフィは……。
「行こう!」
晴れやかに笑って。私の手をひいてゆっくりと歩き出した。
今度こそ終わり - 68二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 20:39:19
あぁ^〜心が洗われるんじゃ
正直ルウタはこんくらいの距離感が好きだわ…
ヤッたりするのは解釈違いやねん(過激派) - 69二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 20:40:40
おれは語り継ぐ…
- 70二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 20:44:28
よくやった(以下略)
- 71二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 20:47:15
恩に着る!
- 72二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 21:40:20
ありがてえ
いやマジでありがてえ - 73二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 21:54:32
ウタがルフィを異性として意識し始めたぐらいの距離感が最高なんよ…
- 74二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 21:56:02
これは支部に投稿した方がいい。クオリティ高すぎる
- 75二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 21:56:48
- 76二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 22:03:01
こりゃすげえ
- 77二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 22:11:59
渋にもあげよう!
- 78二次元好きの匿名さん22/09/13(火) 23:42:52
保守