- 1二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:47:31
経過報告・一日目
昨夜アグネスタキオンが訪ねてきて、君をウマ娘にしてあげよう、と言った。どうして俺なのか、本当にそんなことができるのか、一言一句が疑わしかったが、目の前にウマの耳をしたモルモットを持ってこられては信じる他ない。
よくよく考えてみればこのまま生きて今の俺に得られるものがあるだろうか。むしろ心機一転、やり直せるチャンスじゃないか。何よりずっと憧れ続けたウマ娘そのものになれることに、正直言い知れない魅力を感じている。気が付けば手元の書類にサインし、青白く光る液体を飲み干していた。
この日記は感じたことを感じたままに書いてほしい、と渡されたものだ。後の研究データにするのだという。なるほど実験動物扱いで結構、そう簡単に失敗作になってやるものか。俺が生まれ変われることを証明するため、言う通りに記録をつけていこうと思う。 - 2二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:48:13
経過報告・二日目
寝て起きればすぐに変身している、というものではないらしい。とにかく全身がだるい。今日はおとなしく布団に入っておこう。 - 3二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:48:58
経過報告・三日目
だるさが多少治まってくると、顔の横の耳が小さくなっていることに気づいた。同時に頭の上に二つ、小さなでっぱりができてきている。これがウマ耳になるのだろうか。 - 4二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:50:25
経過報告・四日目
体のだるさはすっかり消えた。逆に軽くなった気がして、体重を計ってみるとあまり変わっていなかった。身長計はないのでわからないが、背は少し縮んでいるように思う。
寝るときにモモのあたりが痛む。 - 5二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:51:33
経過報告・五日目
人間の耳はすっかりなくなり、小さいがウマの耳が頭の上に乗っていた。耳がなくなった跡を鏡で見るのは正直少し気味が悪い。
処置後五日目ということでタキオンのところに行く。いくつか質問を受けた後、頬の裏の肉と血を少し採られた。ウマ娘の体細胞にしかない器官があるのだという。
帰りの廊下ではるか遠くからラーメンの匂いがすることに気づいた。嗅覚が鋭くなっているようだ。
同時に感じたのは人生で今までにない空腹感。カップラーメンを4杯食べるまで治まらなかった。 - 6二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:52:30
経過報告・六日目
数日前からモモに痛みがあったが、どうも成長痛や筋肉痛の類だったらしい。人間の陸上選手とは比較にならないほどの筋肉がついていた。
ウマの耳はまだ大きくなっている。聴覚も鋭くなっているのか、周囲の音がうるさい。夕食が足りなかったので、キャロットパイを2つ差し入れてもらった。 - 7二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:53:27
経過報告・七日目
ウソだろ。 - 8二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:54:21
経過報告・八日目
最初に書いたはずだ。寝て起きればどうにかなるものじゃない。
尻尾が生えてきたのはいい。ウマ娘になる以上当然通る道だ。
それでも、こっちの覚悟はできてなかった。俺にあるべきモノが消えた。それに比べれば、胸が少々膨らんできたことなんてささいなものだ。
どれだけショックを受けても、腹が減ることは少し不甲斐ない。野菜と肉の鍋を2杯食べた。 - 9二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:55:19
経過報告・九日目
二日も経つと現状を受け入れる余裕も出てきた。鏡の前で全身を確認してみる。
背丈は二回りほど小さくなっただろうか。顔立ちも人間だった時より整ったように感じる。胸は昨日より少し膨らんで止まった。
尻尾が生えてきたことを伝えると、専用の穴の開いた服を用意してもらえた。どの道これまでの服はブカブカになっていたのでちょうどいい。
昼の牛丼を3杯食べた後、自分の尻尾を改めて観察した。触った感触は根元にしかないが、毛のサラサラ感が何とも心地よい。
ウマ娘に近づいて分かったことが二つある。一つはニンジンの美味さ。今日の夕食はにんじんのグラッセだったが、途中で数えるのをやめるほどおかわりしてしまった。
もう一つは…ここまで少しだけ希望を持っていたが、もう認めてしまうしかないだろう。
自分の身体で興奮はできない。悔しいが。 - 10二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:56:32
経過報告・十日目
朝食後、タキオンの所で検査を受ける。変化後の様子をもう少し詳しく見てみたいので、これからは一日おきに来てほしい、と言われた。
「しかし、ずいぶんと変わってしまったねえ。今の君はウマ娘そのものじゃないか」と他人事のように語られたのにイラっとして、「ちょっと姿が変わっただけだろう」と返すと、これでもかい、と録音した自分の声を聴かせられた。
大の男では絶対に出せない、甘く柔らかく高い声。その瞬間、何かが自分の中でかみ合った気がした。
今の俺は――『俺』というのはこの姿と声に合わないから『私』と書こう――ウマ娘だ。強い肉体を持ち、芝やダートを走る人間とは違う生き物だ。
芝やダート…そう思った瞬間、我慢できないほどの欲求が生まれた。コースを走らせてもらえないか、と聞くと、上にかけ合ってみる、と約束してもらえた。楽しみだ。
ふと目を落とした先にいたケージの中のモルモットは、長い耳をこちらに向け、妙に面長の顔で私を見ていた。 - 11二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:57:35
経過報告・十一日目
走りたい。朝食のにんじんパンを食べる間も、モヤモヤはずっと治まらなかった。
何度も文句を言うものだから、室内トレーニング用の器具を貸し出してもらえた。これでガマンしろ、ということか。
トレーニングをしている間、モヤモヤは少し落ち着いた。パワーの違いもハッキリしていて、80キロくらいのダンベルなら軽々扱える。もうただの人間に体力勝負で負ける気はしない。
結局昼のうどんを食べる時間以外、一日中ずっとダンベルの上げ下げをしていた。それでも疲れがほとんどないあたり、ウマ娘と同等のスタミナがついているのだろう。
夕食は特大のにんじんハンバーグだった。とてもおいしい。ただ食べきってしまうと、また走りたい気持ちがふつふつとわいてくる。
ふとんに入ると、かつての私の匂いがどうにも鼻につく。明日取り替えてもらおう。 - 12二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:58:37
経過報告・十二日目
朝食もそこそこに、タキオンの所に行って走っていいか聞いてみた。
「ほとんど危険もないだろうということで、空いているトレセン学園の練習コースは使っていいそうだよ。もちろん外には出られないけれどね」
やった! 走れる! その後話したことは全然頭に残っていない。それくらいうれしかった。
昼ごはんを山盛り食べ、さっそくコースに案内してもらった。最初は4ハロンの走り込みから。頭で思うより体が成長していないのか、一回きりでバテてしまった。
それでも言葉にできない心地よさで満たされる。少しずつ休憩を入れながら、距離を変えて何本か走った。
帰り道、渡り廊下の向こうを歩く理事長を見た。一緒にいる緑の服の人は秘書だろうか。大量の書類を抱えて大きな扉へと消えていった。距離もあるかもしれないが、やっぱりテレビで見るよりずいぶん小さい。
走れば走った分だけお腹がすく。夕ごはんに出された大きな焼き魚は、これまでにないくらい食べられた。 - 13二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 00:59:34
経過報告・十三日目
今日は朝食をしっかり食べた後(コーンスープがおいしかった)、コースでレースと同じ距離を走ってみた。
昨日までつらかった距離も楽々走り抜けられる。これだけ走れるならホンモノのウマ娘を名乗っていいだろう。
午前中は1200m。昼をはさんで午後は1600m。
さすがに並走相手は用意してもらえなかったが、タイムは新聞記事で見るウマ娘のスピードより少し遅いくらいになっていた。
晩ごはんにはここ数日ですっかり好物になったにんじんハンバーグが出た。明日もたくさん走るためにおかわりをする。 - 14二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:00:39
経過報告・十四日目
「どうだろう、ここらで日記を読み返して、過去の自分を振り返るというのは」
せっかくたくさん朝ごはんを食べて走る準備をしてきたのに。ワクワク感を台無しにしたタキオンに、思った以上にイライラしてしまう。
「うるさいな。今は走るのが楽しいんだ。昔のことなんてどうだっていいよ」
確かそんなことを言ったと思う。タキオンはまるで気にする風もなく、薄く笑ったままで返した。
「そうかい。まあ、振り返るのが重要なのは振り返ろうと思った時だからね。多分二、三日中には気が変わるんじゃないかな」
そう言って目をやった先では、例のモルモットが餌を食べていた。顔だけでなく首も長く、脚も細くなり、なんだか見たことがないような奇妙な生き物になっている。
ふと背筋が寒くなった。私のこの変化が「ウマ娘」で止まる保証がどこにある? 最後にはあんな風になるから今のうちに過去のことを聞いておきたい、ということか?
その場にいることに耐えきれず、走り出していた。コースを二周、三周と駆けるたび、タイムがウマ娘のそれに近くなるたびに、恐怖が薄れていく感じがする。
この体になってからはじめて、食事を忘れて走り続けた。 - 15二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:01:53
経過報告・十五日目
あれだけ走った翌日なのに、ほとんど疲れがない感じから、まだ私がウマ娘であることを実感してほっとする。食欲も十分。朝ごはんを食べて外に出る。
コースに出て走れる間はずっと走っている。次第にタイムが縮まっていくのが楽しい。距離もどんどんのびていき、もう2400mを走っても途中でバテなくなっている。
昼も夜もたくさん食べられる。ウマ娘と同じように食べて、同じように走る。
私は私だ。私は間違いなく「ウマ娘」だ。 - 16二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:02:52
経過報告・十六日目
今日は検査の日だが、タキオンがレースに出走するので休みだという。おとといのことを考えると、顔を合わせなくて済むのはありがたい。
何より空いた時間はずっと走っていられる。今日は3000mに挑戦してみたが、さすがに一度で息も絶え絶えになった。
全身が痛い。今日は早く寝よう。 - 17二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:03:55
経過報告・十七日目
おかしい。昨日の疲れが全然取れない。
昨日と同じ距離が走れない。昨日よりタイムが遅い。
気づけば走りたいと思う気持ちも前より薄れてしまったように思う。
あのモルモットはどうなっただろう。どうしても気になってこっそりのぞきに行った。
それでようやくわかった。自分がこの先どうなるか。
モルモットは、ウマの耳をしたただのモルモットに戻っていた。 - 18二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:04:51
経過報告・十八日目
久々の検査の日、昨日知ったことをタキオンにぶちまけた。
「その分だと、昨日は日記を読み返した、ということかな?」意にも介さず、当然のようにたずねてくる。
私が何も言わずにいると、「ふぅン、だろうね」と一人納得したようにうなずいた。
「実際リスクは高かったんだよ。うまく事が運ぶ可能性は高かったとはいえ、100パーセントでは当然なかった。あとは君しだいだ」
明日からは検査に来ても来なくてもいい、という。研究データが欲しいわけじゃなかったのか。わけがわからない。 - 19二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:05:54
経過報告・十九日目
朝食を無理やり腹に詰め込み、またコースを走ってみた。
全然ダメだ。さらに遅くなっている。走りすぎて気分が悪くなってきて、部屋に戻った。
やることがなくなったので、もう一度日記を最初から見返してみる。
自分がウマ娘へ変化していくことを書き連ねる言葉に行き当たるたび、今のウマ娘でなくなっていく自分が意識されて気が滅入る…もうやめよう。
それにしても、私はどうして普通の人間でなくなることをあんなに望んでいたんだろう。 - 20二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:07:10
経過報告・二十日目
部屋にいると落ち着かない。外に出て走ると身体の衰えを痛感していやになる。
仕方なく外で日記を読んでみると、妙なことに気づいた。
はじめてコースに出た時、案内してくれたのは若い男性だった。あれはタキオンのトレーナーのはずだ。しかし、彼の名前はどうしても思い出せない。
そもそも案内してもらうまでコースの場所すら思い出せなかった。いや、知らなかったのか?
私は…「私」になる前、どうしていたのか。
尻が軽くなったように感じると思ったら、尻尾が元の半分近くまで短くなっていた。 - 21二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:08:14
経過報告・二十一日目
昨日はほとんど眠れなかった。疑問がとめどなくあふれてくる。
理事長の顔は知っているのに、横にいる女性の名前が分からなかったのはなぜだ?
それどころか学園内のトレーナーの顔と名前が一人も浮かばないのは?
ウマ娘の顔は知っている。だが彼女たちの成績は、新聞記事で見た覚えしかない。
身体中に違和感がある。鏡を見るのが怖い。 - 22二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:08:52
経過報告・二十二日目
頭痛とめまいがひどい。明日になっても治らなかったら、薬をもらおう。 - 23二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:10:09
――――――
結論から書く。
私は――俺は、警察に自分の意志で出頭する。
この日記も持っていこうと思ったが、誰かに読んでもらった方がトレセン学園の関係者も安心できるだろうと思って、ここに置いておく。 - 24二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:11:10
昨晩、薬をもらいにタキオンの所に行くと、研究室の中で彼女とトレーナーが話しているのを聞いた。
「…それじゃあこの数日間、あいつは野放しなのか」
「そんなに心配することはないさ。もともと彼女――いや、彼は人やウマ娘に危害を加えることはなかっただろう。だからこそこんな手段を取らざるを得なかった、とも言えるがねえ」
「確かに何度警察に引き渡しても『事件性がない』の一言ですぐに釈放されてはいたけど…これで彼の妄想はおさまるのか?」
「催眠療法と同じだよ。主観を取り払って自分を客観視することで、むしろ内面が見えるようになる。毎日文章を書いていれば、自分がトレーナーではありえないことはすぐにわかるさ」
「…理事長と生徒会が納得したのは信じられないな」
「他にあてにできる方法もなかっただろうからね。最大限の譲歩が『彼のデータを記録せず、研究成果として残さない』という条件だったわけだ」
…俺はそのまま二人に気づかれないよう部屋に戻った。 - 25二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:12:02
- 26二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:12:50
乙
めっちゃ大作だ…引き込まれる文だった - 27二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:13:14
原作読んでたからもうタイトルでつらい話なのは分かってたのよ
乙 - 28二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:13:34
以上っす
なんとなく脳内に「ウマジャーノン」って単語が浮かんだ、ってだけでも一ネタになるもんですね - 29二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 01:14:48
良い話だった……種族の壁が明確なウマ娘の世界観をうまく出している
- 30二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 12:17:10
元ネタ読んだことなかったけど
こんな暗い話だったのかよ… - 31二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 12:22:36
元ネタはもっと暗いけど軟着陸ぐらいはするよ
- 32二次元好きの匿名さん21/10/15(金) 12:24:59
元ネタで一度得て失うものは知能
それも元々の知能は障害レベルで、反動でそのとき以上に低くなってるからより暗い
その代わり周囲に理解者も割といる