- 1二次元好きの匿名さん22/09/17(土) 21:54:20
もう日が傾き始めた頃、トレーナーさんとマーちゃんは買い物を終えて学校へ並んで帰っていました。
肩にかけたバッグから予備で買った蹄鉄の擦れる音がリズム良く響いています。
公園の横まで来た時、そこには不思議な香りが漂っていたのをマーちゃんは憶えています。
「なんだかとってもいい匂いがしていますね。」
よく見ると橙色の小さな花がたくさん咲いていました。
「金木犀だね。なんていうか、何か思い出がある訳ではないんだけど懐かしい感じがする香りだよね。」
確かにその良い香りには、言葉にできない寂しさのようなものがあったのをマーちゃんは憶えています。
「トレーナーさんが昔から忘れてないことってありますか?」
トレーナーさんが昔から憶えていることを知れば、マーちゃんがこの先トレーナーさんに憶えていてもらうための手掛かりになるんじゃないでしょうか。
そんな本音を隠してマーちゃんは聞いてみました。 - 2二次元好きの匿名さん22/09/17(土) 21:54:36
「…昔のことなんてほとんど憶えてないなぁ。きっと卒アルとかを見返せば思い出すんだろうけどね。」
その言葉に焦りを感じたのをマーちゃんは憶えています。
もしトレーナーさんがいつか今日のことを思い出しても、それは金木犀のことだけでそこにマーちゃんはいないんでしょうか。
そんな一抹の不安が頭をよぎります。
もしそんな日が来たらと考えるだけでマーちゃんは悲しいですし、寂しいです。
「もし今日が昔に感じるくらい月日が経っても、マーちゃんのこと。憶えていてくれますか?」
トレーナーさんの指先に手を伸ばし触れ、トレーナーさんは驚いてマーちゃんの顔を見ました。
たぶんそのときマーちゃんは不安そうな顔をしていたんだと思います。トレーナーさんが少し言葉を詰まらせました。
少しの沈黙、それがマーちゃんにはまるで時が止まったかのように感じました。 - 3二次元好きの匿名さん22/09/17(土) 21:55:01
「大丈夫。たとえ街の風景や金木犀の匂いを忘れても、マーチャンだけはきっとそこにいるよ。」
そのトレーナーさんの一言で止まった時計の針が再び動き始めました。
きっとトレーナーさんも焦っていたんでしょう。答えになっていない答えが返ってきました。
でもその言葉が、そのときのマーちゃんにとって一番嬉しい言葉だったのを憶えています。
哀愁を感じる秋の風景も、懐旧の香気もマーちゃんはいつか忘れてしまうでしょう。
でもそれでいいと今のマーちゃんは思います。
そこには忘却を忘れ陶酔したふたりが、幸せそうに手を繋いでいるだけでした。 - 4二次元好きの匿名さん22/09/17(土) 21:57:34
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- 5二次元好きの匿名さん22/09/17(土) 21:58:21
読んでくれてありがとうございます。ひとくちSSです。ミスがあったらごめんなさい。
- 6二次元好きの匿名さん22/09/17(土) 22:02:13
素晴らしい...これ以上の芸術品は存在しないでしょう
- 7二次元好きの匿名さん22/09/17(土) 22:05:39
情報がそこまで多くないキャラで密度の濃いお話が書けるのすごいっすね…。
個人的に未来の自分達が仮に忘れてしまったとしてもそれを補うような今を刻もうとする姿がこう、いいなと… - 8二次元好きの匿名さん22/09/17(土) 22:55:09
良いですよね金木犀……「匂い」と「記憶」は紐付きやすいから、きっと毎年思い出してくれるよ……