【ちさたきSS】重い女千束概念part3【リコリコ】

  • 1二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:13:42
  • 2二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:14:47

     扉を開けて現れたのは、確かにあの日見た女の子だった。
     背丈は低く、頭のてっぺんは私の目線よりも下、鼻くらい。
     大きな瞳は金色とも言えるような輝く黄色で、薄い栗色の髪を耳の後ろでぴょんと跳ねるように束ねている。
     一目に見て小動物系の愛らしさを感じさせる、可愛らしい女の子。
     身にまとっている折襟のついた紺のワンピースは、スカート部分が白いプリーツになっていて、その上から紺の布地が被さるようにボタンで止められている。その配色はセカンド・リコリスの制服を彷彿とさせて「たきなの色だ」と直感的に思ってしまい、少し奥歯を強く噛む。自分の顔が歪んでいるのが、分かってしまう。
    「いらっしゃいませ……ああ、いらっしゃいチユリ」
    「ここ、こんちに、は!」
    「すみませんが、もう少し待ってください。もう少しお客さんが落ち着いてから、準備しますので」
    「あ、あ、いや、そんなに急がなくて! わ、私も少し注文とか、しますから!」
    「そうですか、では注文を」
     たきながその「チユリ」と呼ばれた女の子に対応する。
     接客にも慣れた、たきなの穏やかな表情。でも、その優しく笑った表情と、私に向ける笑顔とで、その違いが私には分からなくて、
    「…………」
    「ぅ……」
     たきなが振り向いて、鋭い視線を送ってくる。
     それは怒っているのではなく、釘を刺す視線。分かっているから、と。
     私、そんなに表情に出していたか。他にもお客さんのいる前で、いかんいかん。すぐさま顔を揉んで柔らかくする。笑顔、笑顔だ千束。
     私だって分かってる。朝にはこれで我慢しろとおでこに刺激まで貰ってて。それでもやっぱり、いざ目の前にするとモヤモヤしてしまうのだ。たきなが、他の女の子に笑顔を向けている、その光景に……。
    「うぅ~……!」
    「どうしたの、千束ちゃん?」
    「あ、あー……なんでもないですー! ちょ~っと寝不足気味でぇ……」
     顔見知りのお客さんに心配されてしまった。
     どうしてたきなが女の子と話しているだけで、こんなにも心がぐちゃぐちゃになってしまうのか。以前には「たきなの恋をフォローしよう!」なんてことまでやっていたはずなのに、気づけば私がたきなに恋をして、たきなに恋をされてて。

  • 3二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:15:30

     恋なんて、私は一生することもないままかも、なんて思っていたのに。
     こうして当事者になってしまえば、なんのことはない。こんなにも楽しい思いも、辛い思いもあるものかと、ごく短い期間で何度も味わっている。
     たきなと誰かとの間柄を応援なんてことを今の私がやろうとしたら、血反吐でも撒き散らして倒れるかもしれない。
     恋は人を変えるなんてよく聞くけど、本当だなぁ、なんてしみじみ思う。いや、しみじみしてる場合ではなかった。お客さんの対応はそのままに、横目でたきな達の様子を窺う。
    「このおはぎ、美味しいですね!」
    「それ、今日はわたしが下ごしらえをしたんです」
    「え、えっ!? ほ、本当!? せ、先輩のおはぎ、すっごく美味しいです!」
     仲睦まじい二人の姿が見える。
    「……千束ちゃん?」
    「は~い、どうしました?」
    「それ、メニュー表……」
    「あ……」
     顔にはめちゃくちゃ力を入れているので、笑顔は崩れていないはずだが。と思っていたのだが、どうやら手にも力が入っていたらしく、持っていたメニュー表がぐしゃりと見るも無残に変形していた。
    「あ、あはは~……すみません! すぐ別のお持ちしますんで!」
     たきなとミズキに「なにやってんだ」と言わんばかりの視線を投げられる。ミズキはともかく、たきなには「なにやってんだ」は私の台詞だと言ってやりたい。私がたきなの彼女なのに、彼女である私の目の前でそんな、そんな……。
     もう早くお客さん捌けてほしい。二人でそんな会話してるとこなんて見たくないから、早く出ていってほしい。
     私がいるとややこしくなる、なんてたきなが言っていたのは、正しかったのだと思う。
     こんな私は、以前の私とは違う。上手く気持ちを抑えられなくて、衝動的に何を言ってしまうか、自分でも分からない。
    「千束」
    「あ……なに、先生……」
    「たきなのこと、どう思ってる?」
    「え、どしたの急に……」
    「随分、焦ってるな。少し落ち着いたらどうだ」
    「…………」
    「二人の時間は、まだ沢山あるんだろう? そのために、たきなは今日の時間を用意したんだろう」

  • 4二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:16:02

     ……分かってる、分かってる。
     朝、たきなと話したこと。お揃いのキーホルダーは、外してもらった。でも何も、捨てろとまでは言わない。あの子にとっては、きっと大切な思い出だから。それを捨てさせるなんてこと、そんなことは、できない。だから、キーホルダーはどこかに持っていてほしい。それは、たきなも同じように考えてくれていた。
     それから、私たちの関係のこと。
     あの子がたきなをどう思っているのかは、何となく察しがつく。今この瞬間も、たきなに向けている視線の熱量は、単なる尊敬や憧れとは一段階違った輝き。
     顔を見るだけではない。たきなが他のお客さんに対応すればその後ろ姿を追って、たきなが目の前にくれば、その顔に……唇に視線を送っているのが、私の目には確かに分かる。
     それを私はたきなには伝えない。たきなが分かっているのかどうかは知らないけれど、それはきっと私から言っていいことじゃないから。
     たきなから私とたきなの関係を伝えて、それを聞いてあの子はどうするのかは分からない。
     分からないけど、たきなは一つ約束をしてくれた。

    「千束を最優先にします」

     と。
     それが、今日の朝の出来事。
     たきなが私のことをどれだけ大切に思ってくれているのか、そんなことは私が一番、分かってる。
     でも、だから……。
     そのたきなが、他の誰かに視線を向けていることが、苦しい。
     そりゃ現実的に、ずっと私の方を向いているわけにはいかないのは、わかってるけど。
     たきなは私のこと、精神的にはずっと見てくれてるんだって思ってるけど。
    「……ヤキモチぐらい、するよ」
    「……まあな、お前ぐらいの歳なら、そんなもんだろう」
     そうだろうか。他のみんなも同じ? うーん……同じかな? 同じかな…………。
    「だがな、たきなも、」
    「あー少々お待ちをー! ただいまメニューお持ちしますねー!」
    「……たきなも、」
    「もういい、お説教聞きたいわけじゃないし」
    「…………」

  • 5二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:16:30

     先生は額に手を当て、溜め息をつく。
     仕方ない。長くなりそうだし、お客さん待たせてるし。
     それに、どんな話も聞いてどうにかなるとは思えなかった。なにを言われてもそれ以上に、たきなとあの子が並んでいるだけでどうにかなりそうだし。
     新しいメニュー表を手に、キッチンに入ってきたたきなをすれ違いざまに一瞥する。
    「……店長、少し早いですが……」
    「ああ……まあ、その方がいいだろう」
     歩きながら、そんな会話がちらりと耳に聞こえてくる。
     あーそうでごさんすか、迷惑でございましたか。私の態度がね。ふーん、どうせ千束は駄目な子ですよ。
     知らない知らない、たきなが悪い。暇になってからあの子を呼んで、さっさとお店から出ればよかったのに。私の前で、彼女の前で見せつけて。
     極力笑顔を心がけて、今度はメニュー表を握り潰さないようになんとか接客を終える。
     はー、きっつい……笑顔を維持するのがこんなに大変だと思ったのは、初めてかもしれない。
    「千束、わたしはそろそろあがります」
    「あそー」
     キッチンに入ると、たきなが声をかけてくる。
    「まだ少し忙しいですけど、千束にお願いしますね」
    「楽しんできてね」
    「…………はぁ……」
     露骨に溜め息を吐かれる。まあ私の態度が悪いのは、分かるけど。こっちはもう、理屈じゃない。
    「帰ったら、手料理作りますから」
     唇にぷにっと潰される感触。たきなの指が当てられている。楽しみに待っててください、なんて。私はそれでご機嫌が取れると思われているのか。
    「……楽しみにしてる」
     自分の驚くほど単純な思考回路に、今は感謝しようと思う。少しは、気持ちが落ち着いたから。
    「千束だけですよ、わたしには」
     すれ違いざま、聞こえるか聞こえないかの小さな呟き。
     思わず唇にきゅっと力が入る。
     その言葉一つで、顔が熱くなる、胸が満たされる。
     たきなだって、照れてるくせに。
     後ろ姿から表情は見えないけど、それでも、なんとなく分かる。
     ……たきなは、ズルイ。
     別にいいけど。そういうとこ、好きだし。

  • 6二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:17:46

    
     行ってきますとリコリコを出て、特に行く当てがあったわけでもなく、小さなその人影を連れて街中を歩いて回る。
     道中に何か会話があったわけでも、気になった店舗に足を運んだりしたわけでもない。
     ただただ、ふらふらと。どこか適当に腰を下ろせそうな場所を求めて。
     背後に視線を回して、その小さな人影を見る。リコリコを出てからのチユリはずっと俯いていて、顔には小さく影がかかっている。
     より正確には、リコリコを出る直前から。
    「お待たせしました、いきましょう」
    「えっ? あ、うん、はい……」
     用意していた私服へと着替えてから、コーヒーを飲み終えたチユリに声をかける。
     先ほどまでのはつらつとした元気さはすっと姿を潜めて、表情はうっすらと辛そうに耐えているようにも見える。
     チユリの変化は分かりやすい。嬉しければ明るく弾けるし、辛ければ暗く沈みこむ。だから今のチユリにとって、わたしと外に出掛けるということは、そういうことだ。
     先日のメッセージのやりとりでも、いつもならどんなメッセージにもすぐ返信してくるこの子が、返信してこなかったあの一件。
     千束のことについて、お話があります。
     以前、チユリとメッセージでやり取りをしている際に、リコリコのSNSアカウントにあげている写真が話題にあがったことがある。
     その会話の中で千束の名前を出したことがあった。その時はあまり関心のなさそうな反応で、店員よりもスイーツに興味があったのかと思ったのだけど、どうやらそうではなかったらしい。
     チユリは、千束が絡む話題には、意図的に触れないようにしたいようだった。それが何故なのかは、分からないけれど。千束がなにか恨みを買うようなことを何処かでしていたとは考えたくはないが。
     なんにせよ今のチユリの表情は、その千束の話題から逃れられないから、ということだろう。

  • 7二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:18:46

     それから二時間ほど歩いてたどり着いたのは、緑の豊かな広い公園。二時間もの移動も、体力はお互いに問題はなかった。
     公園に遊具のようなものはなく、開けた原っぱにシートをしいてピクニックを楽しんだり、ボール遊びや犬を放して各々が自由に楽しめる場所。
     その端の端にあるベンチへ、チユリと二人で腰をかける。
     目の前には視界を遮るように立つ木もなく、晴れた空が遠くの方まで広がっている。
     がやがやとした広場の喧騒も、どこか遠くに聞こえるほど、静かな一時。
     話があると言ったものの、いったいどこの何から話したものだろう。千束のことについて、ことと次第では長くなる。
    「井ノ上先輩、は……」
    「はい」
    「千束、さんと……仲が、いいんですよ、ね?」
    「はい」
     日も緩やかに傾いて、わたしから話を切り出せないままどれだけの時間が経った頃か、沈黙を先に破ったのはチユリの方だった。
     相変わらずつっかえながら、しかし以前話したときよりも一段と暗い声のトーン。横目でその様子を窺うと、俯いたまま膝の上で手を握っているのが見えた。
     チユリは今、懸命に声を絞り出そうとしている。
     だからわたしはまた、前と同じようにチユリが喋り終える、その時を待つことにした。
    「どんな、風に……仲がいいんですか……」
    「そうですね……有り体に言えば、付き合っています」
     事実そのままを伝える。まずはこれを伝えなければならない。その後のことを話すためにも。
    「……………………そう、なんですね」
    「ええ」
    「…………それは、どういう意味の、付き合う……」
    「恋人、です」
    「…………いつごろ、から?」
    「交際を始めたのは、最近ですね。ほんの数日前ですが、好きだったのは多分……もっとずっと前から」

  • 8二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:19:20

     チユリは変わらずに俯いたままだが、握られた手はさらに強く力が込められているのか、ぷるぷると震えている。
    「ど……どういう風に、思って、るんです……」
    「それは、性別のことですか? それとも、千束のこと」
    「……ど、どっちも……とか」
    「性別は、愛には様々な形がある、と教わりました。千束のことは、大切に思っています」
    「……その、どれぐらい?」
    「…………千束は、わたしを、わたしの人生を変えてくれた人です。かけがえのない、大切な人。これ以上はない程に、千束はわたしの全てです。わたしは、千束のいない世界では生きていけないとさえ……思う」
    「……………………」
     それは、一切の嘘偽りない本音。
     チユリがこの言葉に何を思ったのかは、分からない。
    「……凄い人なんですね」
    「ええ、千束は凄い人です」
    「……えへへ」
    「……チユリ?」
     やはり俯いたままのその顔から、表情は窺えない。
     それでも、その震えた声からは確かに、表情が伝わってくる。
    「……そっかぁ……素敵な人なんですね……」
    「はい」
    「よかったぁ……」
    「…………」
     ああ、そうか。
     ここのところ感じていた、千束とチユリが重なるような感覚。少し、似ていたのか。
     チユリは、
    「井ノ上先輩……嬉しそうで……」
    「そう……でしょうか」
    「……はい、嬉しそうな声です」
    「そう、ですか」
     自分では意識もしていなかったし、どう嬉しそうだというのか、分からないけど。

  • 9二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:19:47

     チユリは、きっと、
    「私、お二人の仲を応援しますよ!」
     ばっと上げられた顔は、予想とは全く真逆の笑顔で、まるで太陽のように眩しいとさえ感じる。
    「ありがとう、でも、ほどほどで」
    「えへへ……あ、女の子同士でお付き合いしてるってことは、こうやって私と二人きりで出掛けてるのってマズくないですか!?」
    「まあ、ヤキモチを妬かれていましたね」
    「うあーやっぱり」
     気づけばチユリからは、いつものつっかえるような口調は抜けていた。はつらつとした声で、はっきりと。
     きっとこれが普段のチユリなのだろう。
    「千束さん……井ノ上先輩の先輩なら、千束先輩? 羨ましいなぁ! 井ノ上先輩みたいな美人の恋人がいて!」
    「千束だって美人ですよ」
    「あはは、惚気だぁ」
    「そんなこと……」
    「ほんと、羨ましいなぁ」
    「…………」
     その声が掠れて、小さくなる。
     千束がわたしを好きだったのだと知って、千束のおかしくなった態度の理由が分かった。
     そしてチユリもおかしな態度だったのだとわかって。だからチユリも、きっと千束と同じだった。
     きっと、わたしのことを、
    「私、お二人のこと、おうえんします」
    「はい」
    「お二人の、じゃまとか、しませんから」
    「はい」
    「また、おかいものとか、ごはんとか」
    「…………」
    「いっしょに、いって、ほしい」

  • 10二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:20:14

     チユリはその願望に、わたしに何を期待しているのだろう。望まないながらも、今日ここまで着いて来たのは、きっとチユリからも伝えたいことがあったからだ。
     本当はもっと、もっと高く望みのある願いだったはず。一緒に出掛けるなんて、それだけじゃなくて、もっと違う関係を期待していたはずだ。
     わたしに着いてくれば、何か変わると思っていたのだろうか。何か得られると考えていたのだろうか。
     わたしはその期待に、応えてあげられるだろうか。
     無理だ。
     だってもう、わたしの中では答えが決まっている。
     二人を比べてとか、初めからそう考えてとか、そんなものじゃなくて、もっとずっと前から。わたしのこころには、“彼女”が、ずっといる。
     ただの一度だって、それが揺るいだことさえない。
     わたしがここに来たのは、チユリと話しに来たのは、期待を持たせるためじゃない。
    「いのうえせんぱいと、おしゃべりとか」
    「…………」
    「めーるとか、でんわとか」
    「…………」
    「たのしいこと、いっぱい、したい」
    「わたしは、いつだって千束のことを、第一に考えます」
    「…………」
    「千束のことを最優先に、必要なら命だって賭けてでも、千束のことを一番に考えます」
    「…………」
    「それでも、よければ」
     チユリは、その大きな瞳を今にも零れそうなぐらいに潤ませて、それでも真っ直ぐわたしを見つめてくる。わたしもその瞳を見つめ返して、その期待を切り捨てる。千束が望むなら、それはできないことだと。
     チユリは、きっと彼女にとっての精一杯で、向日葵のように大きな笑顔で。
    「おともだちで、いてくれますか?」
     その小さく震える頭を撫でることも、手を握ることもわたしにはできない。
     こんなにも痛いものか。傷ついたのは、わたしじゃないのに。千束が相手ならば、こんな気持ちを知ることはなかったのだと思う。千束がいて、相手が千束じゃないからこそ、初めて知った感情。
    「ええ」
     たった二文字の言葉。それ以上も以下もない、それだけの返事。
     斜陽に照らされたその笑顔は、今まで見たどのチユリよりも眩しく、儚く、悲しげに咲いていた。

  • 11二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:21:04

    
     わたしは、千束のいない世界では生きていけないとさえ……思う。
     傾きかけた西の太陽を見上げる。
     どれぐらいあの公園で座っていたのだろう、いつの間にか青かった空は、ほんのり茜が差している。
     公園で先輩と別れてから、特に目的もなくぼーっと街を歩いていた。
     そんな大それた言葉を聞くことになるとは、夢にも思わなかった。テレビドラマや恋愛映画の世界でしか聞いたことがない台詞。
     そんな台詞を恥ずかしげもなく言えるくらい、あんなに嬉しそうに語るくらい、先輩にとって千束先輩は大切な人なのだ。
     きっと私には分からない、二人だけの特別な関係があって、そこには誰も踏み入ることができない、二人だけの世界がある。
     私じゃ千束先輩のことは分からないけど、私と話しているときよりも何倍も明るく楽しそうな先輩の姿から感じたのは、単なる好きだとか愛だとかそういうものじゃなくって、もっと深い何か、絆……のようなものだった。なんとなく、だけど。女の勘。
     ぶっちゃけて言えば、私だって告白するつもりだった。付き合ってますなんて言われても、私はその時点ではまだ諦めてはいなかった。でも……。
     千束はわたしの全て、千束がいなければ生きていけない。
     そんなことを言われて、そんなもの見せつけられて、敵うわけないって折れるよりも先に、潔く引く覚悟があっさりと決まってしまうくらいに。先輩の中で千束先輩は、特別なんて言葉では言い表せないほどに、唯一絶対の存在なんだと思い知った。
     先輩たちの恋愛というのは、きっとその関係性の延長、あるいは平行。交際を始めたのがごく最近だというのも、きっと側にいるのが当たり前で、そういう感情を意識するよりももっと深い関係にあったのかもしれない。例えるなら、家族とか。それこそ先輩の言っていた、いなければ生きていけないような人とか。
     そんな間柄だったなら、小さなことでも切っ掛けに恋愛対象として意識するようになって、それまで積み重ねてきたものがあれば、トントン拍子にお付き合いまで進めることもあるのだろう。
     その切っ掛けって、ひょっとして私?
     千束先輩がヤキモチ妬いてたった、言ってたし。だとしたら、私も二人の関係の間に入ることで、意識させるぐらいには存在感あったんだなぁ。捨てたもんじゃない。

  • 12二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:21:42

     なんて、自意識過剰なことを考える。
    「お友達、かぁ」
     スマホの画面に触れて電話帳を開く。そこに表示された一人の名前。
     私の好きな人。
     ハートのついたその名前を指でなぞる。画面が反応して、電話をかけるかなんて聞いてくるが、できるわけないだろ、とキャンセル。機械はただ、プログラム通りに反応しただけなのに。
     私の“好き”はあの二人の好きあっている気持ちの足元にも、及ばないのだろうな。ううん、及ぶとか及ばないとかそういう話じゃなくて、きっと全く違う世界を見てきたんだ。
     先輩たちはリコリスとして、凄い実績を残した人たちだ。その先輩と、そんな人と私はお友達でいられる。凄いことじゃないか。みんなに自慢できる。本当は優しくて、面白い人だって、皆よりも先輩のことで一歩先を知っている。千束先輩には及ばなくたって、私には私の、自慢できる憧れの人としての関係が続いている。
     それは、
    「うれしい、ことだよ」
     誰にでもなく、ただ自分に言い聞かせるよう、呟く。
     もう会わないとか、もう喋らないとか、もう連絡もしない、なんてことはないんだから。
     また会えるし、お喋りもできるし、連絡だってしてもいいんだって。ただ、千束先輩が一番だってだけで……私が目の前にいても。
     私がいても、千束先輩に呼ばれたらそっちを優先して立ち去る。そんな先輩の姿を想像して、胸が締め付けられる。
     分かるけど、私が一番じゃないのは、分かってるけど。
     でも、それでも。
    「ぅ……うぅ……」
     喉が焼けるように痛い。風邪でもないのに、鼻水が止まらなくてずびずびする。
     なんでかな、先輩の前ではまだ、大丈夫だったのに。普通、フラれたらその時が一番悔しいんじゃないのかな。わかんないや。恋なんて、失恋なんて、初めてだから。
     ぽたぽたとスマホの画面に水滴が落ちて、雨が降り始める。
     空を見上げれば、鮮やかな茜色の夕焼けと、紫色の宵が鮮やかなグラデーションで混ざり始めている。赤と青。自然界に存在する美しい二つの色。全く違う色なのに、それがさも当然であるように並び、融け合い、一つになる。もっとも自然な形で存在する、二つの色。
     そんな景色を仰いで、周囲の目など気にしないで、私は声をあげた。
     世界一綺麗な夕焼けに、大粒の雨が頬を伝った。

  • 13二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 15:22:40

    ここまでが前回までです
    まだ書いてる途中なので、続きが書けたらまた投下します

  • 14二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 16:18:06

    乙です
    ラストスパート寂しいな…ずっと読んでいたい

  • 15二次元好きの匿名さん22/09/19(月) 21:56:35

    切なぁい

  • 16二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 00:10:01

    セルフ保守

  • 17二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 06:19:23

    >>12

     その後は特に会話もなく、ただ別れた。

     別れ際に「じゃあまた」なんて交わした一言だけが、最後の言葉で、斜陽に照らされ去っていくチユリの、その背中が見えなくなるまで見送るくらいのことしか、わたしにはできなかった。

     また。

     また会おう? また電話しよう? またメールしよう?

     また、の後に続く言葉も分からない。

     少なくとも、また一緒に出掛けよう、なんて言葉は絶対に出てこないのは確かだ。わたしと千束の関係が、それを絶対的に否定するのだから。

     わたしはベンチに腰かけたまま、無性に物悲しい気分だけで胸が埋め立てられる。

     これでよかったのだろうか。

     きっと、よかったってことはないだろう。わたしもチユリも、お互いの関係を丁度良く保とうとして、ほどほどの妥協点を探りあっていた。もっといい形はきっとあって、それを見つけるための全力を、わたしたちは尽くせなかった。

     そのためには、大切なものを傷つけるかもしれないリスクを冒す必要があって、それだけのリスクを冒すにはわたしの中の大切なものは、あまりに大きくなりすぎていて。きっとわたしは、一番大切なものを傷つけるのが怖かった。やっとの思いで一緒にいられるようになった、大切な人を傷つけることが。

     それを聞いたら、千束は喜ぶのかな。怒るのかな。

     以前の千束なら迷うことはなかったのに、今の千束は、分からない。

     だからわたしは迷ってしまう。迷ってしまわないように、目印をつけた。千束を最優先にします、と。

     これは以前のわたしから変わらないことへの象徴。わたしのため、千束のため。そのためなら他の何を捨ててもわたしは千束を選ぶ。千束が望むなら。

     それがわたしの根本だから。

     その選択はきっと、これからも多くの後悔と痛みを生むのだろう。触れて、離して、沢山のものを失うのだろう。それでも構わない。

     わたしはただ一人、たった一人が、傍にいてくれるのなら。二人、一緒にいられるのなら。

     それは、いま選んだ道ではない。前から既に選んでいた道なのだ。今日はそれを、改めて認識しただけのことで、この痛みはこれからわたしが、忘れずに抱えてゆくべき痛みなのだ。

    「……千束?」

  • 18二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 06:19:41

     帰り道、見覚えのある通りに出ると、そこで見慣れた人物を見つけた。
     白地のコートに、目立つ赤いロングスカートを身に纏って、どこかのお店の前で中腰に立っている。
     あの場所は確か……。
    「ん? おぉ、たきな。おかえり」
    「はい、ただいま戻りました。それで、お店はどうしたんですか? まだ閉店前ですよね?」
     西日が丁度沈み、辺りは陽の光を失って、人工の光がぽつぽつと街を包み始める。
    「あー……まあ、今日はあのあと暇だったんで? あがってもいいっていうか……追い出されたというか……」
    「…………仕事にならなかったと」
    「あはは……」
     結局、千束はこちらのことが気になっていて、集中できなかったらしい。これは重症ではないか。
     わたしに人のことが言えた立場かと言われれば、口を噤む他ないが。
    「それで、どうしてここに?」
     千束が立っていた場所、ここは以前店長の紹介で訪れた花屋だった。千束は、花屋の店先に並んだ、色んな花を見ていたようだ。
     相変わらず品揃えは豊富で、どの花も色鮮やかな花弁を身に付けている。
     赤いチューリップは……あった。特に買うつもりもないけれど、千束に渡したその花束を見るだけで、なんとなく嬉しくなってしまう。
    「先生に聞いてさ、たきながこの間持ってきてくれたお花のこと話したら、ここのお花屋さんを紹介したんだーって」
    「それで、なぜ?」
    「んー、はは、まあいいかぁ。私からもたきなにお花のお返し、しよっかなって。」
     なるほど、それで。千束は視線を店先の花たちに戻し、品定めをするように唇に指をあてがう。
    「たきな、どれが欲しい?」
    「わたしに聞くんですか? こういうのは贈る相手を想って選ぶからいいんですよ」
    「おわ、たきならしくない……いつもなら、聞いた方が早いです、とか言うじゃん」
    「まあ、受け売りですから」
     千束から貰えるのならば何でも嬉しい、とも思うのだが、それを言うのはなんとなく悔しい気がして、黙っておくことにした。千束がうんうん頭をひねって悩ませていると、お店の中からエプロンをした渋いひげ面のおじさんが顔を覗かせる。日も暮れて花を店内に下げるのだろう。

  • 19二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 06:20:10

     悩む千束を眺めているのもよかったが、このままではお店に迷惑が掛かってしまうだろうし、千束は急かされたら「全部ください!」なんて言いかねない。
     この色とりどりの花たちが、一堂に会する花束というのも興味ないではないが、もって歩くには些か大きな花束になってしまう。
    「千束、では、そこのチューリップを一輪」
     わたしが指を差したのは、真っ赤なチューリップ。
     千束に贈った花と、同じもの。お揃いの。
    「ん、えぇ、そんだけ? いいの? もっと全部まとめてぶわーみたいなやつ考えてたんだけど……」
     声をかけてよかった。そんなもの渡されても正直、管理に困る。
    「んまぁ、たきながそれでいいならいっか。すみませーん、この赤色のチューリップ一本ください」
     千束はひげ面の店員に声をかけて、会計のために店内へと入っていく。
     その姿を見送って、わたしも一輪、花を手に取る。千束に見られないよう。
    「たきなお待たせ~! はい、どーぞ♡ 愛情たっぷりの……たきな?」
    「後で受け取りますが、少し待っていてください」
     その花を後ろ手に、入れ代わり店内へと足を運ぶ。
     立ち代わり申し訳ないとおじさんに頭を下げ、その花に贈り物用の包装をしてもらった。
    「千束、お待たせしました……なんですかその顔」
     両頬をぷくっと膨らませて、爪先をとんとん不機嫌そうに鳴らしている千束がそこにいた。
     その顔を人差し指でつつくと、ぷすーっと口から空気が抜ける。可愛い。
    「たきなも花買ってきたでしょ。私が貰ったからお返しなのに、また貰ったら意味なくない?」
    「そんなことないですよ、すごく意味のあることです」
    「……?」
     千束は、意味が分からないという風に眉を複雑に上下に曲げている。器用なことをする。
     空になっている手を千束へと差し出し、花を受け取る準備。いつでもどうぞと。
     それを理解したのか、千束も交差するように空いた手を差し出して、お互いに同じポーズ。
    「じゃあ、せーので渡そ」
    「ええ」
    「せーの」
    「せーの」

  • 20二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 06:20:30

     息のぴったり揃った掛け声が重なる。
     差し出された手には赤いチューリップが一輪。
     そして、差し出した手には、
    「……これ、おんなじやつ」
    「ええ」
    「交換したら、意味ないじゃん」
     同じく、赤いチューリップが一輪。
     千束は目を細めて、不満げに唇を尖らせる。随分と分かりやすい顔をしてくれる。今はその不満げな顔が、してやったり、というもの。
    「いいえ、意味はあります」
    「どんな?」
    「この後、また千束の部屋に行ってもいいですか?」
    「あー話そらしたぁ」
    「いいえ?」
    「……んん?」
     千束はちんぷんかんぷんといった顔だ。
     普段なら、わたしが千束の行動言動に振り回されていたのだが、こうしてからかう立場にたってみて分かる。なるほど、楽しい。
    「うー……じゃあもう一本だけ! 今度は私からだけだから、たきなは待っててよね!」
     そういうと千束は、わたしからは見えないように体で隠しながら、もう一輪の花を購入してくる。何度も対応させて店員さんには申し訳ない。
    「んっふっふー、今度こそどうぞー♡」
    「これは……」
     可愛らしい赤のリボンに包まれて差し出されたのは、やはり一輪のチューリップ。ただ、その色は赤ではなく、紫。
    「たきなは赤色を、私の色だって言ってくれたでしょ? だからこれはたきなの色だよ。そのキレーな目の色と、おんなじ」
     わたしの目元を指差してくるくると指先を回す。なるほど、千束はわたしのイメージカラーを瞳の色で判断したのか。
     わたしが千束のイメージカラーを赤と考えたのは、直感的なものだったが、身に付けているものが赤いことが多いのだと後から気づいた。
     制服やリボン、いま履いているスカートも。そして、その瞳の色も、赤だ。千束もわたしと同じような理由で、嬉しくなる。
    「おっ、これで正解っぽい」

  • 21二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 06:20:52

     千束がにやりと楽しそうに目を細めて、しまった顔に出たか、と頬の筋肉を引き締めて目を逸らす。
     だがどうにも手遅れだったらしく、千束は何度も顔を覗き込んできては「照れてる? 照れてるねぇ?」などとからかってくる。ああもう、鬱陶しい。
     照れてません、と熱くなった顔の温度を無視して一言放つ。千束も満足したのか、あとはただにやにや笑っているだけだった。
     髭面の店員さんが、片付けながら静かに笑っていた。
     
     千束の部屋へ向かうその道中、千束がこちらを見て「ねぇなに? どうしたの?」と聞いてきた。
    「何がですか?」
    「たきな、さっきから笑ってるから」
    「そうですか?」
     歩き始めてから10分ほど、自分で意識していなかったが、また顔が緩んでいたらしい。指で触れて確かめる。むぅ……確かにふにゃけている。
    「いっつも笑ってたら、可愛いのに」
    「笑ってないと可愛くないですか」
    「可愛いよ? でも笑ったたきなはもっと可愛い」
     拗ねたつもりが、正面からストレートパンチを貰った気分。千束はこういうことをする。
     にかっと歯を見せて笑う千束の笑顔は、夜道でも明るく輝いている。その顔をみているだけで、こちらも明るい気持ちになるほど。また少し頬に熱を感じる。
    「……今日、手料理食べさせてくれるって、約束だよね」
    「そうですね」
     昼にリコリコを出る前のやり取りを思い出す。拗ねる千束をなだめるための約束。
     チユリのことを思いだし、胸がチクリと痛む。
    「なに作ってくれるの?」
    「冷蔵庫の中身次第ですね。それとも食材を買っていきますか?」
    「んー、家にある分で足りるんじゃない?」
     大雑把な返答。恐らく冷蔵庫にある残りの食材など、把握していないのだろう。
     まあいいか、千束のことだから、最低限食べられるようになっていれば、どんな料理も美味しいと言って食べてくれる。だから雑に作るという訳でもないけど。
     スパイスに、愛情くらいは込める、かな。
     ……なに考えてるんだ。一人で勝手に恥ずかしくなる。千束に借りた漫画で読んだ、変な知識がここで沸いてくるなんて。

  • 22二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 06:21:10

     愛情はスパイス。
     香辛料の用途は幅広く、旨味を引き立てるものから、臭みを消して美味しく食べやすくしたり。
     ならばスパイスとしての愛情の役割とはなんだろう。味は変わらないし、臭いも消せない。見た目にも変化はない。
     料理に込めた愛情というのは、作る側ではなく、食べる側が勝手に想像し、享受するものなのだろう。
     それでも……。
    「なに作るか楽しみにしてる」
     弾む千束の声、振り向いたその顔に、わたしは思う。
     ──存分に込めてやろう、と。

  • 23二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 06:21:45

    一旦ここまで

  • 24二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 07:04:07

    うぽつ
    あーやっぱ良いな~暗がりを2人で帰るシーンって

  • 25二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 08:06:25

    うぽつ
    朝からいいものを読ませてもらいました

  • 26二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 12:19:32

    紫のチューリップは「不滅の愛」か…
    たきなにピッタリなんだな…

  • 27二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 13:27:34

    >>26

    鳥肌立った

    素晴らしい

  • 28二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 18:27:59

    >>21

     調理に使った鍋に水を溜め、空になった食器をその中へ浸ける。

     スポンジに洗剤を滴し泡立て、大きな器から手に取って順に汚れを落とし、流し台の中へ食器を重ねていく。しゃわしゃわとスポンジを擦る音が鳴る手元から視線を上げて、キッチンを挟んだリビングを睨む。

     向こうでは千束がクッションを抱えて座布団の上に座り、だらだらとテレビの画面を眺めている姿。できないわけでもない癖に、相変わらず家事をわたしに押し付けてだらけている。

     一度本気で怒ろうか。頭の中にそんな考えが巡る。

    「あ、たきなー。後で戸棚のお菓子持ってきてー。あと飲み物ー」

     怒ろう。たっぷり、ゆっくり。

     帰り道で溜まった愛情は、料理の中へ注いだせいで尽きたようだ。燃えるような愛は冷めるのが早いと聞いていたが、燃える前に気持ちが冷えている気がする。

     以前にも似たようなことがあったのを思い出す。同棲……と千束は言っていたが、その同棲期間中にも、家事全般を押し付けられていた。あの時は同棲を解除することで逃れられたが、今は別に同棲しているわけでもなく、単に押し付けられただけなので、同棲解除を人質にすることはできない。

     時間的には今日も泊まりになるので、一日間が空いたとは言え四日の内の三泊目。もう半ば同棲と言ってもいい気がするが。まあ一昨日と一昨々日は用事があっての宿泊だったと思うし、その間にあれやそれがありはしたが。恋人として宿泊するという意味でなら、今日が初めての宿泊として思っていいだろう。

     ……その初めてをこんな気持ちで迎えられるとは。交際を始めてからはまだ二日。いつも通りの千束に戻ったと思えば、この有り様。手が泡まみれでなければ、額に指を当てていたことだろう。

     まあ、それが千束らしいとも言えるが。これも、悪くない。

    「たきなぁー、まだー?」

     お湯で泡を落とし、食器を水切りかごに並べる。

     さて、それはそれとして説教だ。

  • 29二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 18:28:17

     クッションと座布団を脇に置いて、固い床の上に正座する。座布団の上というのは、許されなかった。
     もう何分正座させられているのだろう、いい加減痺れて感覚がなくなってきた。頭の上で続くたきなの長話も、右の耳から入って左の耳から抜けていく。はい、はい、と途中途中に相槌を入れながら、聞いてる風を装う。つけっぱなしのテレビからはゴールデンのバラエティらしい、わははという笑い声が挟まってきて、私の耳はそっちの方が気になってしまうようだ。
     一方で視線は正面のソファに構えた、たきなの組まれた美脚。
     今日のたきなは、たきなにしては珍しい膝上丈の短めなスカートだ。そのせいで床で正座している私の真正面にたきなのふともも裏がちらちら見えて、落ち着かない。組み替えるとなるとなおさら。ていうかその時は可愛いピンクの布がチラッと見える。一瞬の隙もこの目ならば見逃さない。
     テレビか、ふとももか。
     どちらにしても気が散って、ただでさえ無駄に長いお説教なんて頭に入ってこない。たきなが家事の効率的な分担について語っているのは、最初の方だけは真面目に聞いていたので分かっている。
    「ところで千束」
    「はい」
     お、話題を変えるってことは、今回はこれで終わったかな?
     視線を上げてたきなの顔色を窺う。 
    「千束は目がいいですね?」
     とんでもなく冷たい声。恐ろしいまでに光のないま紫の視線が真っ直ぐに私を見下ろしている。
     あっちゃあ、目の良さが命取りだったかぁ……。
     それから追加で30分、説教を食らうことになった。

  • 30二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 18:28:33

     組んでいた腕と脚をほどいて、姿勢を楽にする。
     ずいぶん長いこと喋って喉がからからに乾いて、テーブルに置かれたお茶を軽く傾ける。こんなに長々と喋り続けたのは、初めてのことなんじゃないだろうか。また千束のおかげで初の体験。
     今日だけでなく、以前からもずっと溜まっていたフラストレーションがまとめて発散できたのか、すごく晴れやかで爽やかな気分だ。正月元旦に早起きをして、日の出を迎えた朝のように。
    「たきなぁ……手、貸してぇ……」
     さっきまで床の上で正座をしていた千束は、足を崩して立ち上がれずにぷるぷると震えている。が、それは自業自得だろう。
     ただ、泣きそうな顔をしているのを見ると、どうしてもそれを放っておけなくて。
    「……しっかり掴まってくださいね」
     結局、その生まれたての小鹿に手を差し伸べる。安心したように表情を和らげる様が、なんともいじらしい。
     お互いにしっかり手を握って、力を入れて立ち上がらせる。腕に一人分の体重がずしりと掛かり、危うくよろけそうになるのを足に力を込めて堪えた。のに。
    「おおっとぉ!」
    「ちょっ……」
     千束がわざとらしく頭からよろめいて倒れこんでくる。避けるわけにもいかず、必然、背後のソファにどすんと腰から落ちて、皮素材がぎゅうと軋む音が響く。
     ソファに腰掛けるわたしの胸元に、千束が頭から密着して膝に乗る形。鼻にかかる香りが擽ったい。
    「んふふ~」
    「痛いんですけど」
    「ごめん~、怒らないで♡」
     全く悪びれる様子のない謝罪。説教の後すぐ、媚び媚びの甘ったるい猫撫で声で抱きついてくるその姿勢には、もはや感服する。
     参ったと深く溜め息を吐いて、擦り付けられる頭を抱き寄せ、撫でる。犬の尻尾のように、足をぱたぱたと振って喜ぶ千束。一つ年上の先輩とは、とても思えない。だが、それがいい。
    「たきな」
    「はい」
    「好き」
    「はい」

  • 31二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 18:28:47

     手は動かしたまま、千束の言葉に返事をする。
     その声は先ほどとは少し違う、弱く甘えるような声。
    「好き」
    「はい」
    「……たきなは?」
    「好きですよ」
     当たり前のことを答える。それでも、言葉にするとしないのとでは、きっと全く違うのだろう。
    「愛してる」
    「わたしも、愛してます」
     とどまらない千束の攻勢に、段々と顔が熱くなってくる。説教前までの冷めた気持ちはすっかりどこへやら、今のわたしの気持ちは、燃え盛るよう昂り、脈打っている。
     千束の暖かさをこの手で、気持ちをこころで感じて、確かな千束の存在に「ああ、生きている」のだと実感する。それは、わたしと千束、どちらを指しての意味でもあって。
    「キス、する?」
    「したいんですか?」
    「したい」
     千束が顔をあげて、ねだるように見上げてくる。
     少し足癖が悪いと思ったが、足を伸ばしてテーブルの上のリモコンを叩き、テレビの電源を落とす。
     しん、と静かになって、見つめ合う。
     千束の頭に回した手に力を込め、さらに近くへと抱き寄せる。互いの鼻息が触れ合う距離へ、呼吸を止めて一秒。確かに触れる温かく柔らかな感触に、意識が溶けていく。そのまま何秒、何十秒と互いの感触を押し付け合い、確かめ合う。
    「……ふぅ」
    「……はぁ」
     酸素を求めて、どちらともなく離れ、息を吸う。ただその間も、距離は殆ど変わらなくて、微かに汗ばんだ額が触れあい、濡れた髪がぺたりと張りつく。その距離で見つめ合って、互いの瞳に自身の姿が映っていることを確かめあう。これが、今のわたしたちの距離。
     互いの吐息が混ざって、二人の間の湿度が上がっているのを肌で感じる。
     そこに言葉を交わす必要はなく、二度目の接触。先ほどの触れるだけのものとは少し違う、互いに上下で微かな隙間を作って、互い違いになるような形。
     ちぅ、と軽く挟まれて吸われる感触。負けじと同じようにやり返す。
     離して、触れて、挟んで、吸って、離して。
     鳥が餌をついばむように、何度も小さな接触を繰り返しては、離れる。
     その度に耳に届く、ちゅ、ちゅぱという小さな水音と、細かく吐き出される吐息と一緒に漏れ出る嬌声が、わたし達を包む空気をより強く熱して、気持ちを昂らせていく。

  • 32二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 18:29:01

     次第に隙間は大きく、押し付ける力はより強く、触れあう面積は増え、ぬめった感触が外に漏れでる。
     それを咥えて吸えば、じゅるると大きな水音が響き、擦りあえば表面のぬめりがざらざらを程よく滑らせて、水滴を撒き散らす。
     そのまま離れると二人の間に白い糸が伸び、ぷつっと切れて服に落ち、じわりと濡れジミを作る。絡み合い混ざり合い、もはやどちらのものとも分からなくなった欲望が、お互いに口の端しから垂れ流しになっている。
     赤い顔で目を虚ろにし、ぽぅっとした表情のまま呆けている千束の顔に両手で掴み、だらしなく開いた口許から垂れるそれを、わざと大きな音を立てて啜る。
     そのまま位置を少しずらし先ほどから続けて、千束を味わう。
     呆けていたように見えた千束も、行為を再開すれば同じように、わたしを激しく貪るようしゃぶりついてくる。溢れるものも何も拭うことさえしないまま、ただただ欲望のままに互いを求めあった。
     ふと気づいた頃には、わたしたちは息を切らし、口から垂れた唾液と首を伝って垂れてきた唾液で、服は襟元から胸元までびしょびしょになっていた。
     汗と唾液で汚れた顔をくっつけたまま、唇が触れるか触れないかの距離で口を動かす。
    「……めっちゃよごれたねぇ」
    「……ですね」
    「おふろ、はいる?」
    「沸かすのも、時間かかりますから」
    「……このまま?」
    「ですね」
     もうすっかりスイッチが入っている。これだけ気分も高揚していれば、鼻をつく唾液の臭さもいいスパイスだ。
     千束の腰に回した手を、中心の線をなぞるよう、つつと下げて、ぴくんと震えるその身体を逃がさないよう強き抱き寄せる。
    「移動しますか?」
    「うん」
    「わかりました」
     抱きついてくる千束を持ち上げ、背と膝の下へと腕を回し、足にぐっと力を込める。俗に言う、お姫様抱っこ。
    「うおぉ」
     もう身体がむず痒くて、早く沈めたい気持ちでいっぱいいっぱいなのだ。沈めるためには、盛り上がらなくては。足早に寝室へと移動し、ベッドの上へそっと寝かせる。
    「やるきだねぇ」
    「……いいでしょう、別に」
     口調は若干ふわふわしたままの千束だが、その顔は妖艶に笑って、指でちょいちょいと手招きする姿が、わたしの背筋をぞわぞわと撫で回す。ごくりと唾を飲む。
     千束の一言で分かったのは、やっぱり千束の方が“お姉さん”なんだな、ということだった。

    「おいで」

  • 33二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 18:29:37

    ここまで
    部屋に帰すとやり始める

  • 34二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 19:27:59

    2人っきりになるともうダメだな(褒め言葉)

  • 35二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 19:37:17

    互いに貪り合う様が情熱的で美しい…
    夜はとても長引きそうだね…

  • 36二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 20:56:40

    夜になるといつでもしてるな…

  • 37二次元好きの匿名さん22/09/20(火) 23:21:25

    付き合いたてのカップルだ、情熱的にもなるさ

  • 38二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 00:11:40

    えっちなのもいいけど尻尾ぱたぱたする千束も可愛いよね…

  • 39二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 02:41:45

    二人の関係はおおむね善良で社会的に害はない
    だから書籍化して

  • 40二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 03:21:28

    >>39

    さらっと挿絵を投げるんじゃない(褒め言葉)

  • 41二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 03:21:30

    >>39

    神がもう一人いた…!

  • 42二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 03:31:26

    >>39

    HITMANスレ立ててた人か?w

    上手いな~

  • 43二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 08:15:34

    挿絵すごい……!
    乙です!

  • 44二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 13:15:51

    >>32

     あれから二人でシャワーを浴びて、すっかり体の汚れを綺麗に洗い流した。

     それから近くのコンビニで消臭剤と替えの下着、明日の朝食に惣菜と飲み物を購入。軽く湿った髪と、火照った体に夜風が心地よく染みて、気持ちよかった。

     夜中のコンビニに、手を繋いだ寝巻きの少女が二人。店員には怪訝な目で見られ、下手をすれば警察に通報されていたかもしれない。そんなことを千束と笑いあった帰り道。

     夜中に外出すると、それだけで少し悪いことをしている気分になる。千束と一緒だと、共犯者みたいな気分で、それもなんだか楽しいと感じられて、そんな小さなことでも楽しく思えるくらい、千束と一緒にいられることが楽しい。

     千束と一緒なら、楽しい。なんでも。

     いつか千束にいわれた言葉の意味が、やっと分かった気がする。

     部屋に戻って消臭剤をベッドに振りかけ、濡れたところにドライヤーをかけて乾かす。枕とシーツは洗濯に出したので、バスタオルを何枚か敷いてシーツ代わりにする。枕はクッションで代用。

    「終わっふぁ~?」

    「……千束も少しは手伝ってください」

     千束が歯を磨きながら寝室を覗いてくる。二つに分けて束ねた髪が、小さくぴょこんと跳ねて愛くるしい。

    「でも汚しふぁの、ほふぉんどたきなだもんねー」

    「…………」

     それだけ言うとひらひら手を振って去っていく。

     ……悔しい。たぶん真っ赤に染まっている顔を伏せて、ぎゅうと唇を噛んだ。こんなはずではなかった。

     千束と二回の経験を経て、自分には圧倒的に知識が不足していると感じ、昨日は一人で猛勉強をしたのだ。したのに。

     ぼすん、とクッションを適度な力でベッドの上に投げつけ、苛立ちを発散する。すっきりとはいかないが、多少はマシだろう。そのままベッドに上がり、クッションを抱え顔をうずめる。

     わたしは食後にもう歯磨きを終えたので、今はこうして千束待ち。

     少しの待ち時間、棚の上にある花瓶が目につく。

     赤い花束と、その中に一輪の紫の花。

  • 45二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 13:16:03

     先日、千束に渡した九輪の赤いチューリップと、今日の夕刻にお互いに渡しあった、赤と紫のチューリップ三輪、差したもの。十二輪の花束。
     ベッド脇に置いたスマホを手に取り、画面を指でつついとなぞる。その表示された画面を見て、ぽっと胸と顔に火が灯る。
    「な~にニヤニヤしてんのぉ?」
    「っ!? な、なんでもないです!」
     いつのまにか部屋の前で、扉の影から千束が覗き込むようにこちらを見ていた。見てやったぞと、いたずらっぽい笑みを浮かべながら。
     千束は無遠慮に……部屋の主なのだから遠慮などする必要はないのだが、ベッドに飛び込むように膝をついて、ずいっと距離を詰めてくる。とっさにスマホの画面を手で覆って千束から隠す。
    「スマホ見てニヤニヤしてたでしょ、誰?」
    「誰でもないです、千束には関係ありません」
    「へーぇ、浮気かぁ」
    「ち、違います! 誰でもないんです!」
     嫉妬するような声ではなく、からかうような調子の声、楽しそうな顔。遊ばれている。
    「じゃあ何見て笑ってたの? 教えて」
    「……………………だめ」
     スマホの画面を絶対に見られないよう、クッションとの間に抱き締める。
    「お? なになに、どしたのたきな? か~わい~い~!」
     頭を抱き寄せられ、顔が柔らかな感触と石鹸の香りいっぱいに包まれる。千束がわたしのつむじに顎をごりごり擦りつけてきて、いたい。
    「見せてくれないなら……こうだ!」
    「……っ! ふ、ふふ……あはっ、ひゃ……ん」
     千束が器用に指をばらばらに動かして、脇腹から脇の下まで不規則に撫で回してくる。思わず身を捩る擽ったさに、自然と声が盛れ出て身体が跳ねる。
    「ほれほれ~白状しないともっとひどくなるよ~?」
    「うひっ……はは、やっ……だめっ……! あはは!」
     絶対スマホは渡すものかと、体を強く丸める。お構いなしに擽り続けてくる千束の手から逃れようと、ごろごろベッドの上を転がるが、腰、背中、腹部。千束の手はあらゆる場所を滑りながら全身をこちょこちょと触ってきて、足をじたばたさせることしかできない。
     深夜にこんなに騒いでいたら、近所迷惑だろうに。苦情を言われないことを祈るばかりである。
     いつの間にかスマホはベッドの脇に落として、なのに千束はわたしを擽る手を止めない。もう彼女の目的は変わっているのだ。
     落ちたスマホに表示されたのは、保存されたネットのページ。

  • 46二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 13:16:23

    
    《チューリップ、本数別の花言葉》

     1本:『あなたが運命の人』

     3本:『愛している』

     4本:『一生愛し続ける』

     6本:『あなたに夢中』

     8本:『思いやりに感謝』

     9本:『いつも一緒にいよう』

     11本:『最愛』

     12本:『「こ~ら~逃げるな~、ここはどうだぁ?」
    「あはは! ちさ……ひっ、はは……やめて……はは!」



     部屋の片隅で、十一の赤と一の紫の花弁が、踊るように揺れていた。

  • 47二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 13:16:47

    おしまい

  • 48スレ主22/09/21(水) 13:17:38

    >>39

    素晴らしいイラストありがとうございます

    ヒットマンスレ見てたので嬉しいです

  • 49スレ主22/09/21(水) 13:51:31

    少しだけ自語り
    元々は安達コピペと嫉妬スレからの発想から生まれたSSで、たきなが女の子と出かけてるの見て「コピペに繋がって終わり」ぐらいのつもりでした
    そのあともスレ跨ぎになるとは思わず長々読んでもらえてありがとうございます
    ちさたきがあまり出てないオリキャラのチユリパートも読んでもらえて嬉しかったです
    安達コピペ作ったのはわたしでした
    ほとんどアドリブで書き足していった形なので、ところどころおかしいところがあったり前提が本編後の設定だったりと読みにくいところもあったと思います
    自分で考えていたよりも長くなってしまい、また加筆修正を加えてpixivに上げようと思いますが、このスレの保守は特にするつもりはないです
    もしもその時まで残っていれば貼るぐらいの気持ちです
    ただ落ちる前に本当にちょっとしたエピローグぐらいは予定してます
    長々お付き合いいただいてありがとうございました

  • 50二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 14:11:50

    名作をありがとうございました

  • 51二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 14:20:06

    ひゃあ!新鮮な名作だ!
    もしかして、真島に嫉妬したたきなを書いた人かな?
    そっちも面白かったしもしBOOTHとかでまとめ本的な感じ出版するなら喜んで買うよー!
    素直に作品のファンだぜ!

  • 52二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 14:29:48

    こんな名作が読めて幸せ
    そしてフィナーレを迎えた事がただただ寂しい…
    エピローグ楽しみです…!

  • 53二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 14:32:56

    おっつー
    祝完結!

  • 54二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 15:24:20

    お疲れ様です!

    毎日ちょっとした楽しみだったから終わって残念…

  • 55二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 15:42:34

     本編後千束は絶対独占欲強いと思ってるので、それがこんな素晴らしい作品として形になったのを見られて幸せでした
     執筆お疲れ様でした

  • 56二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 16:10:32

    なるほど…9本(いつも一緒に)を千束に渡して
    1本(運命の人)を千束と交換して11本(最愛)に紫1本(不滅の愛)を足して12本(妻になって)か…
    お疲れ様…

  • 57二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 16:55:36

    めっちゃ良かった(小並感).

  • 58二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 17:26:35

    更新される度に最初にハートつけてたのはほとんど俺(隙自語)ついに終わりがきたとすごく悲しいです…

  • 59二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 18:34:49

    >>48

    こちらこそ、このタイトルになる前のスレから読んでました

    今本編もドキドキストーリーなので、濃厚ちさたき成分を摂取できて実際

    色々雑で恐れ入りますが、ウキヨエは完結記念ということでお納めくだされ

  • 60二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 18:36:15

    >>59

    「実際助かる」な…ケジメしますね

  • 61二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 19:37:17

    Ordinary days 読了後に見つけてまるで続編のような気分で読んでました
    チユリもすき

  • 62二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 19:59:37

    >>49

    世に出すべき才能だ

  • 63二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:04:45

    とても良かったです!ここ最近の楽しみで完結は喜ばしいやら悲しいやらです!

    それでも言いたい!素敵な作品をありがとうございました!

  • 64二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 06:04:57

    >>56

    「運命の人」を渡しあって「最愛」になるのええな…

  • 65二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 11:00:00

    執筆お疲れ様
    楽しみがなくなって嬉しいやら悲しいやら
    それ以上に面白いSSを書いてくれた感謝が1番大きいのかも

  • 66二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 11:44:29

    本当毎日の楽しみだった!ありがとう!

  • 67二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 15:56:36

    >>46

    Ep.


     店内はお昼時の喧騒に包まれていた。

     どの席からも客の注文が飛び、一人がキッチンにこもって注文の品をひたすら作り、出来上がったものは即座に席へ運ばれる。

     一組の客が捌ければ入れ替わり新たな客が入り、次の注文が飛んでくる。

     足の悪い店長が会計を担当し、ミズキはキッチンで調理担当、千束とクルミが配膳を担当して、わたしは客の案内と注文を受け付ける。

     それでも手が足りない時には、常連のお客さんが配膳の手伝いをしてくれるのが、このリコリコという喫茶店がどういう場所なのかを如実に現しているのだろう。

    「ち、千束せんぱぁい! これってどこのお客さんに運べばいいんですかぁ~!」

    「あーあー、それはえぇっと……二階の一番そっちの席!」

    「どっち!?」

     その手伝いに混じって一人、小さな人影。カップル一組を二階に案内したついでに、吹き抜けの中二階からその人影に呼び掛ける。

    「チユリ、こっちです!」

     こちらを見上げる丸い黄金の瞳が、にへっと緩く崩れて安心したように笑う。

    「足元、気をつけて」

    「は、はい!」

     しかし配膳に不慣れとはいえ、チユリも相応に訓練を受けた身の人間だ。身のこなし、体幹の強さやバランス感覚は常人のそれを容易に上回る。

     カップルから注文を受け終わる頃、また一組の客が入れ替わり店内へ。階段ですれ違わないよう、チユリが登ってくるのを待つ。

     ひんひん言いながらも、しっかりと配膳をこなして客に笑顔を見せる姿は、頼もしい即戦力だ。その小動物のような愛くるしさから、客からの評判も高い。

     その姿を横目で見届け、下へ降りてキッチンに注文を回す。人数の合う空いた席に通して、また注文を受けてキッチンへ。

     そんな慌ただしい真昼の店内。

     愛すべき喫茶店の空気が、そこにはあった。

  • 68二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 15:56:56

     飛び回るように走り回った喧騒が嘘のように、店内は静かな空気に包まれていた。
    「どは~、疲れたぁ~」
    「みんなお疲れ様、いま甘いものを用意しよう」
    「私は酒が飲みたいわ……」
    「やめてください、こんな時間から」
    「ボクはもう今日は働かないぞ……」
     各々カウンターや座敷に座り込んで、ぐったり伸びきっている。これだけ忙しくなったのは久しぶりのことだった。
     故に、人手があって助かったと思う。
    「はひ~……」
    「チユリもお疲れ様」
    「あ、いやいや! もう全然気にしないでください!」
     もう一人、座敷席のスペースでくてっと倒れるその子に声をかける。
     黄名瀬チユリ。
     彼女もまた、この店の常連客としてすっかり顔を馴染ませていた。
     わたしが千束と交際を始め、チユリにそのことを伝えた、あの日から一ヶ月半。
     わたし達の関係は、その当初こそ希薄になり、このまま途切れてしまうのではないかとさえ思っていた。けれど二週間ほど経った頃、チユリがこの店に顔を出して、それ以降は頻繁にこの店を訪れるようになった。その間に、彼女の中で何か変化があったのだろう。
     そうなれば必然、問題になる女が一人いたのだが。
    「チユリもお客さんに好評だねぇ」
    「えへへ……」
    「おー可愛いやつめ」
     同じく座敷席で転がっていた千束が、チユリの頭をぐりぐりと撫で回している。
     チユリがここに通い始めた当初は、千束は警戒するように目を細めて唇を尖らせていたものだが。わたしが一人で外回りに行った際、なにを話したのか分からないが、二人はいつの間にかすっかり仲が良くなっていたのだ。
     まるで姉妹のような微笑ましいやり取りに、少し胸がざわつく。
    「お待たせ、さあ召し上がれ」
     店長が人数分のおはぎと、挽きたてのコーヒーを用意してくれる。おはぎの味はどれも同じものなので、競争にならないようにとの気遣いだろう。
     おはぎを手にとって一口齧る。口の中いっぱいに甘いあんこの味と香りが広がって、疲れた体と頭に優しい刺激を与えて癒してくれる。もち米も絶妙で、弾力がありながら少しの力で噛み切れるような柔らかさ。一口ごとに目の前に花びらが舞って、頬が蕩けそうな心地。
     湯気の立つコーヒーをすすれば、甘くなった口の中を爽やかな苦味がさっと濯いで混じり合い、適度なほろ苦さを演出して、おはぎの次の一口を催促する。

  • 69二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 15:57:15

     全身に染み渡る甘味を、目を閉じながら顎を浮かし、ゆっくりと噛み締めて味わう。
     ぽわわと気持ちまで浮き上がる、緩やかな一時。
    「もらいっ」
     突然、隣から聞こえてきた千束の声と、口許に触れられる感触。どうやら指で触れられたらしく、離れていくその指先を見ると小さなあんこが乗っている。口の周りに付いていたものを、千束の指で拭われたのだと理解した。
     理解した頃には既に、千束は指をまるごと口に含んで、少量のあんこを長く味わうようにもごもご口を動かしている。
     わたしがなにかを言う前に、千束はカウンターに並べられたおはぎとコーヒーを持って座敷席に帰っていった。それを既に席に着いていたチユリが、ぐぬぬと唸って恨めしそうな顔で千束を睨んでいる。
    「千束先輩……」
    「これは彼女特権」
    「うぬぅ……」
     そんな特権を許した覚えはない。
     二人の仲はいいのだが、こういう時にはお互い対抗心のようなものを剥き出しにする。複雑な関係。お互い子供っぽくて、本当に歳の近い姉妹のようだ。
    「イチャイチャすんのは家でやれっつうの」
     ミズキのぼやく声も聞こえる。千束が勝手にしたことなので、わたしにとやかく言われても困る。
     クルミもクルミで部屋にさっさと部屋に戻ったようで、姿が見当たらない。もう働きたくないと言っていたし、おはぎを食べ終えたらお風呂にでも入るのだろう。
     千束に拭われた口許を軽く拭って、残りの分をまた口に運ぶ。口の周りを汚して、少し子供っぽかったなと思い、少し顔を伏せて汚さないよう少しずつ齧っていく。
     後ろでは千束とチユリがなにやら小声で盛り上がっているようで、またこれも子供っぽく、疎外感を感じてしまう。
     チユリとは以前のこともあり、二人が仲良くなる分にはいいことのはずなのだが、どうしてわたしはそれに不満を覚えてしまうのだろう。
    「ごちそうさまでした!」
    「まぁたのお越しを~」
    「ええ、また来てください」
     追加で注文した分のお団子も含めて食べ終え、満足げな笑みを浮かべて店を後にするチユリを、千束と並んで見送った。
     見れば千束も満足げににこにこと頬を赤らめている。
     ……………………。
    「うひゃぃ!? にゃ、にゃひぃ!?」

  • 70二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 15:57:30

     その頬を摘まんで引っ張ってみる。お餅みたいに柔らかく伸びる。
    「浮気ですか」
    「ぅちっ……ちぎぅ~……!」
    「よくないですよ、そういうの」
    「ちあうってば~……!」
     ぱっと指を離すと、千束は涙目で頬を大事そうに擦る。わたしが摘まんだ部分の頬に目をやると、先程とは少し違う赤みが点になっていて、そこにわたしが触れたのだという目印になっている。
     その点を見て、背筋に少しばかり寒気が走り、ぞくりと身体が震えたのを自覚する。
    「ヤキモチかぁ?」
    「…………千束には言われたくないですね」
    「それは~……まあ……」
     例の一件のことで、千束は大抵それで黙らせられることに最近気がついた。
     本人としては掘り起こされたくない醜態だろうし、当然だろう。もしあの電話を録音でもしてあったのなら、このさき一生でも千束の頭を下げさせることも難しくはなかったかもしれない。
    「まあ、それだけ愛されているということで」
    「ん、そういうことにしておこうか」
    「だからここでイチャつくんじゃねえ」
     背後で、どんっとテーブルを叩く音が聞こえたが、まあ気にしなくてもいいだろう。
     次の客が来るまでの間、わたしたちは手を繋いで寄り添っていた。

  • 71二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 15:57:56

    

     スマホに表示された画面を背中で隠すように、体の前で抱えるようにして隣の少女と肩をくっつける。
     顔の目の前でスマホを掲げ「これなんてどうだ」と、お互いに気に入った画像を引き出して並べて見せ合う。
     その画面に表示されたるは、輝く長い黒髪を二つ結いにして店内を駆ける一人の美少女。
     あるいは赤い和装を身にまとった絶世の美女とも呼べる、薄い金髪の超絶美少女千束さんと並んで自然な笑みを浮かべる黒髪美少女の姿。
     あるいは栗毛の女の子と会話して、聖母のように微笑む黒髪美少女の姿。
    「いい感じに撮れてるじゃん!」
    「あとで送っときますね」
    「くっくっくっ……お主も悪よのう」
    「ふふふ、千束先輩ほどでは……」
     これらは本人に承諾を得ないで撮影したもの、いわゆる、盗撮。
     始めこそ彼女……チユリとは上手くやっていけるか不安だったが、二人きりで話してみて分かったのは、この子とはたきなの良さを共有できるということだった。
     たきなを独占したい気持ちは確かにあるが、私だけではどうしても得られない、引き出せないたきなの表情や仕草というものは確かに、ある。
     それを認めた上で、チユリとは共同でコレクションを集めることを約束に、こうして悪友……もとい親友になったのだ。
    「これはこの前の、居眠りする千束先輩に上着をかけてあげる先輩です……!」
    「うおぉ……こりゃ値打ちものだよチユリ……! よくやった! そんないい子にはこの秘蔵のお着替えたきなを……」
    「……わたしを?」
     ぴた。空気が止まった。
     座敷席のテーブルには二人の影からもう一人、背後に立つ人の影が重なるように伸びているのが見える。
     額からじわっと汗が滲んで顎まで伝う。チユリと顔を見合わせると、同じように表情が固まっていた。

  • 72二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 15:58:14

     恐る恐る振り返って、背後に立つ人物を見上げる。
     紫色の眼が、猛犬のようにぎらぎら光って私たちを見下ろしていた。
     おわぁ。
    「ずいぶん仲がいいとは思ってましたが、なんですか? それは」
    「いや、これは」
    「これは千束先輩がこうしたらお店に遊びにきて井ノ上先輩と一緒にいてもいいって条件で出してきたんです!」
     チユリの方を見る。こいつ迷わず売りやがった。私と目があって、ふゅーふゅーと吹けない口笛で誤魔化している。
     もう許さん。
    「……千束?」
    「はい」
     だがそれよりもまずは、目の前の事態をなんとかはさなくてはいけなかった。見上げたその顔は、今まで見たこともないほど口の端をつり上げて笑っている。下がりきった目元と合わせて、とてもいい笑顔をしていらっしゃりますね、たきなさん。
     まずい。これは土下座じゃ済まされないかもしれない。既に私の頭の中ではどうやって謝れば許されるかの思案が巡りに巡っている。
     そもそもたきなはなんでこの事に気づいたんだ。
     たきなからは見えないようにしていた……。
     そのたきなの後ろに、もちゃもちゃと甘味を頬張る黄色い影。あいつか。私たちが何をしてるのか、和菓子で買収されてスマホをハックしたのか。そんなことに技術を無駄遣いするな。
     こちらを見る青い瞳は、一瞥だけしてまたすぐに和菓子へと戻される。まるで私が悪いと言わんばかりの態度。
     ぎりりと唇を噛んで睨みつける。
     その私の頭に、ぽんっと軽い衝撃。優しく撫でつけられる髪。
    「……すみませんじゃ、済まないですよ?」
    「…………」
     もうこりごりだー、なんて。
     そんな台詞を使う日がくるとは、夢にも思わなかった。

  • 73二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 15:58:36

    おわり。

  • 74二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 17:33:42

    小説版みたいなオチのつけかたが最高です
    リコリコらしくもあり、チユリが救われている
    これは実際奥ゆかしい…タツジン!

  • 75二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 18:12:46

    チユリがいい性格してる…!!

  • 76二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 18:36:34

    たきなもたきなで嫉妬してるじゃないか…

  • 77二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 20:54:05

    >>76

    バランス取らなくっちゃなぁ⁉︎

  • 78二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 21:39:35

    ちゃんとチユリにも救いがあってよかった…

  • 79二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 02:01:54
  • 80二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 02:07:40

    12万字もあったのね
    ちさたきの仲違いSSも大好きだった
    次回作超超超期待してる

  • 81二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 11:10:35

    うおおおおおおおおお完結おめでとうございます!そしてありがとう!

  • 82二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 14:27:34

    みをながハッピーに終わって良かった

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