【SS】馬の骨

  • 1二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:15:50

    SSを投稿します
    オリウマです。ご注意ください
    登場人物が没しています。ご注意ください
    以下、5レス使います

  • 2二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:16:22

     ウマ娘の祖母が亡くなった。老衰だった。最期は親族に見守られての大往生で、その心中は察するに余りあるが、穏やかな表情だったのではないかと思う。
     葬儀はしめやかに行われた。火葬だった。幸いなことに、相続を巡るトラブルなどもない。これから起こる気配もなかった。故人は祖母の喪失を惜しんだが、それを自然として受け入れた。還暦を過ぎてなお日課のランニングを欠かさず、時には文字通りお転婆と化した祖母もまた、生き物ならば避けられぬ運命を背負っていたのだ。繰り返すが自然だった。誰もがそう感じていた。悲しみはすれど、執着はない。
     問題は、骨上げの際である。

  • 3二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:17:05

    「現在までに発見された仏舎利の総量は、人間一人分の骨の量を遥かに超えています」
     尼削ぎの髪が揺れる。そろそろ羽織が必要かと、涼しい風が吹く。夏の境内には紫陽花が見事に咲くという。
    「以上の事実から、わたしたちは三つの推論を試みることができるでしょう。ひとつ、釈尊は甚だしく巨大である。ひとつ、釈尊は複数存在した。ひとつ、ほとんどの仏舎利はまがい物である」
     淀みなく言う。読み上げるようでもある。
     祖母の葬儀を担当した僧侶の住職する寺を訪ねたところ、一人の女性と出会った。黒鹿毛のウマ娘だった。袖を捲ったメンズの青いシャツをゆったりと着て、海老茶色のガウチョパンツを穿いている。ふわりふわりと衣服が風に揺られて、その佇まいはどこか毛筆を思わせる。
     何とはなく声をかけると、散歩の途中だと返事がある。台風が過ぎ、急に気温が下がったなどと言葉を交わす。あなたも散歩かと訊ねられて、祖母が亡くなり、この寺の世話になったのだと告げると、うやうやしい一礼がある。
    「骨というのは、本当に決まった数しかないのでしょうか?」
     これも何とはなしに女性に訊ねたところ、先の言葉があった。

  • 4二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:17:36

     問題とは、骨が混じっていたことにある。
     なんの骨かは、未だにわからない。牛の骨に似ていると、親族から意見が挙がる。ならばなぜ祖母の遺骨に、と当然の反応がある。沈黙が続く。誰も何も言えない。
     祖母の遺骨には、明らかに異質なものが一本だけ混じっていた。関節部に繋がる骨端の形を見るに、腕か脚の骨なのだろうが、それにしては大きすぎる。正しく武骨だった。野性味があり、ちょっと人間のそれには見えない。不謹慎だが、ダシがとれそうでもある。
    「骨格標本が不足なく揃っていたとして、そこから生前の姿を復元することは困難です」と、女性は言う。「ティラノサウルスがいい例でしょう。羽毛の有無が騒ぎになっている。鯨の骨格標本を見たことがありますか? さすが哺乳類といった風情です。地球上の生物の骨をうまく組み合わせれば、巨人の標本らしきものを作ることも可能かもしれません。そういえば大懶獣などは、全長8mにも及んだと聞きます」
     ダイランジュウ、と呟くと「古代のナマケモノです。大きかったそうですよ」と、やけにゆるんだ笑みがある。水に浸した筆のようにふにゃふにゃとしており、これは生来の顔の造形によるものだとわかる。他意はなく、ただ彼女の笑みはそういう形をしている。
     仮に彼女の頭蓋骨を渡されたとして、この表情を復元できるだろうか。おそらく無理だろう。
    「さて、仏舎利の話に戻りますが──」彼女は紫陽花の青葉を指先で弄びながら続ける。「──巨大な仏像がありますね。これを原寸大とすることはいいでしょう。釈尊が実は複数存在し、その教えをまとめるにあたって一人の人物である方が都合が好いとされたことも、まあ納得できます」そこに花はない。ただ花の名残があるだけだ。「しかし、仏舎利をまがい物とする主張はいけません。それは仏舎利というものの性質に反しています。それが仏舎利であるならば、必ず釈尊の遺骨でなければならないのです」

  • 5二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:18:24

     このあたりから、彼女が何を言いたいのかが伝わってきた。
    「その馬の骨は、紛れもなくあなたのお祖母様のものでしょう」耳慣れぬ異郷の言葉を口にするような調子で、彼女は言う。「生前の姿というものは、いささか乱暴ですが一旦措いてください。想像してください。目を閉じて、深呼吸をして。思い浮かぶのはなんでしょう。どういったものでしょう」
     その脚は平均よりやや長く、沈み込むようにターフを踏む。
     縮められたバネが弾けるようにして、何かが駆け抜けていく。ストライド走法だ。ああ。後ろ脚の骨だったのかと理解する。大腿骨だ。綿密に編み込まれたトモの躍動は、爆発を繰り返しているような危うさをまとい、前へ、前へと躍動していく。
     四つ脚の獣が、芝生の上を駆けていた。背には男の姿がある。巧みにバイクを操るレーサーのように、その獣の背に跨がっている。祖父に似た彼の衣服は、祖母が現役だった頃の勝負服を思わせる。シャツやガウチョパンツといった日常の装いとは大きく異なり、そこが特別の舞台であることを、言葉を用いずに語っている。
    「むま」と、よくわからない音がする。
     空想から現実に引き戻され──いや、あれは本当に空想だったのだろうか。当然、立っているのは寺の境内である。ふにゃふにゃとしつつも慈しむような笑みがあり、花を枯らした紫陽花があり、冷たい初秋の風が吹いている。四つ脚の獣と、それに跨がる男の姿はどこにもない。あるのはただ、祖母がこの世に存在し、多くの人から愛し愛されたという事実と、それを忘れぬために骨を弔わなければならないという、確固とした決意だけだった。

  • 6二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:18:39

     結局、その日の出来事はよくわからない。
     すべての骨は丁重に扱うべきだと言うと、親族の誰もが同意した。形こそ異様だが、これはかつて祖母であったものなのだ。たとえ理屈に沿わなくても、祖母の骨であるのだから、ウマ娘の骨だ。
    「釈尊はウマ娘の姿を借りて戦場を駆けたとも伝えられます」と、女性は語った。「われわれの出会う人びとは、ひょっとしたらそれそのものではなく、何かが化生しているのかもしれません」と続ける。「……いずれにせよ、同じ時間を過ごしたことは事実。ならば遺されたものに、故人の遺志を読み取るとしましょう」
     一説には、ウマ娘の骨は役に立たないものの代表だとされる。歌わず、踊らず、走らないウマ娘の遺骨に、価値がないのだと古くは断ぜられた。
     ただし、それはそのウマ娘のことを知らない者の言葉である。いつかどこかで走った姿を見た者ならば、そうは思わない。なぜなら、確かにそこに存在し誰かを魅了したのだから。そしてその感動を絶やさず伝える限り、骨になっても価値が失われることはない。
     バ骨とは、「想いを伝える」の意である。

  • 7二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:21:53

    以上です
    「馬の骨」の意味を調べてみると、「役に立たないもの」を指すのだということでした
    ウマ娘ワールドではどう翻訳されるのかなと考えて、こうなりました
    有名な「先ず隗より始めよ」の故事にも、この「馬骨」が関わるそうですね
    おやすみなさい

  • 8二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:24:31

    良いものを読ませていただいた
    「馬の骨」という言葉への解釈と文章の静かな雰囲気がとても好きです

  • 9二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:29:06

    すごく…すごい情景がリアルに思い浮かびました
    ありがとうございます

  • 10二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:45:32

    読んでくださってありがとうございます
    おやすみなさいと言いつつ起きています
    「馬(マ)子にも衣装」が「鬼に金棒」意を借りることもあるようですから、他の馬にまつわる言葉もポジティブに変換されるのではないかと考えています
    10レスですね。今度こそおやすみなさい

  • 11二次元好きの匿名さん22/09/21(水) 23:52:27

    あぁ〜いいですね〜

  • 12二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 06:57:40

    スレ主さんこれ書いた人?

    違ったらごめん

    どっちもすごく好きで近いテイストがあるからちょっと気になった

    【SS】馬字|あにまん掲示板SSを投稿しますオリウマです。ご注意ください以下、6レス使いますbbs.animanch.com
  • 13二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 07:07:46

    >>12

    スレ主はそれ書いた人です

    「二本脚の馬」や「マ子にも衣装」が面白いなと前から思っていて、今回や前回のような形になりました

    応援スレに投げようと思ったらちょうど上がっててびっくりしました

    おはようございました

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