【SS】拝啓、「あなた」へ

  • 1二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:04:15

    ────新月。最も星々がよく見える日。もうあなたには会えないと分かっていても、私は時折ここを訪れたくなる。
    といっても、私ももういい加減分別がついてきた頃だから、足を運ぶことはほとんどないのだけれど────今日は特別。私の人生が大きく動いた日なのだから、報告くらいはしないと罰が当たる。

    「久しぶり。トレセンの卒業式以来かしら。会いに来たのは」

    冬の夜空に今も優しく瞬き続ける赤い星、ポルックス。隣にいるのはもう私ではないけれど、それでも声が届くと願って語り掛ける。

    「今のお仕事もそれなりに上手くいっていて……面倒だけれど、オペラオーたちとも定期的に会ってはいるわ。卒業したからって赤の他人にはなれないし」

    レースを引退して、正直なところそれからどうすればいいのか分からなかった。今まで走ることしかしてこなかった自分に、普通のウマ娘として生きる道があるのかと。
    ただ、私にはもう好きなものがあって、興味のある仕事があった。トレーナーさんたちも熱心に相談に乗ってくれて、トレセン学園からそう遠くない────昔から何度も行っていたプラネタリウムで働くことになった。この立地が問題で、あのやかましい覇王たちとの縁は残ったままだけれど……それも悪くない、と今は思える。

    そうなんだ、とあの星が頷いたような気がした。それと同時に、まだ話していないことがあるんじゃないか、とも。分かってる。隠すつもりなんてない。

    「……あとは、あの人……トレーナーさんのことよね」

    卒業したのだから、あの人はもう私の担当ではない。なんだかんだ出世したようで、今は新しくチームを持っている。でも、私にとって彼はトレーナーさん以外の何者でもなくて。今更名前で呼ぶのもなんだか憚られるから────本人は嫌がらないでしょうけど────結局、一緒にやっていた頃と変わらないような接し方をしている。
    ただ、今日は────今日からはそうもいかない。何を隠そう、ここにはそれを報告しに来たのだから。
    持ってきたココアの缶を飲み干して、覚悟を決めるようにひとつ息をついた。

    「今日ね、お姉ちゃん……」

    話の続きを促すように、咳払いが白く夜空へ消えていく。

    「────あの人に、告白したの」

  • 2二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:05:41

    驚いたかな。それとも、予想通りだったかな。

    「一緒に出掛けるのは別に担当だった頃もそうだったのだけど、卒業してからは遠出をするようになったの。時には一泊したり」

    「ただ、最近は疎遠になってきていて。あの人はチームの運営に四苦八苦して、私は仕事にも慣れてきて任せられることが増えたから、お互い相手に気を遣って、会いたいとは言えなくなった。────でも、運命ってあるものね。今日はお互い休みでもなかったのだけど、帰りにばったり駅で出くわして……そのままの流れで食事に行ったの」

    「滅多に飲まないお酒を飲みながら、あの人は言ったわ。"これからはさらに忙しくなるから、もうしばらく会えなくなるかもしれない。お互い大人になったってことなんだよな"って。内容自体は別に気にならなかったのよ。納得したし、仕方のないことだと思っていたから。でも、そのときの……窓の外を眺める横顔がどうしようもないほど寂しそうで。あんな顔、初めて見たの。あの人、いつも笑ってるか泣いてるかだから」

    「それで……思わず言ってしまった。ううん、前から言おうとしていたけど言う機会がなかっただけなの」

    展望台の手すりに頬を当てる。熱くなった顔に冷たさがよく沁みて心地よかった。
    先程の夢のような光景を反芻するように私は呟く。

    「あなたが好きだから、これからも一緒にいたい……って」

    顔を上げると、星空は少し困ったような顔をしていた。もしやここで話は終わりなのかと心配しているらしい。

    「どうなったか、気になるわよね?でも、返事は聞けなかったの。まさか自分がそんなことを口走ると思わなかったから、すっかり動転してしまって。お金だけ置いてここまで走ってきた。……情けない話でしょう?今こうして振り返って、ようやく冷静になれたところ」

    眼下に広がる、この場所に続く登山道を駆けていく人影が見えた。そろそろこの時間もお終い。
    今度来るときには────私はどうなっているのだろう。

    「でも、後悔はしていないわ。だって、あの人はやっぱり勝手についてくるんだもの」

    慌ただしい足音。息を切らしたその手には、2本のココア。さっき飲んだばかりよ。

    「やっと見つけた……!なあアヤベ、聞いてくれるか────」

    今度来るときには、2人か3人────もしかすると4人かもしれない。少し騒がしくなるかもしれないから、どうか覚えていて。

  • 3二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:06:12

    オワリ。星になってアヤベさんに惚気られたい人生だった。

  • 4二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:09:20

    ありがとう…ありがとう…
    とても良い物を読ませてもらいました…

  • 5二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:12:09

    澄んだ空気感が素敵

    >顔を上げると、星空は少し困ったような顔をしていた

    この表現すき

  • 6二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:12:26

    育成シナリオ見たばかりの俺の涙腺を緩めるにはちと良すぎるな

  • 7二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:24:00

    ぽんぽこ増えるよアヤベさん

  • 8二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:28:24

    素晴らしいSSをありがとう
    アヤベさんが妹のリアクションを伺うように区切って話しかけるのが好きだ…

  • 9二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:36:50

    >>6

    いやあいいぞほんとに 育てまくってキャラストも7話まで見るんだ

  • 10二次元好きの匿名さん22/09/22(木) 23:51:47

    アヤベさんプラネタリウムで働いてそうだよね ふわふわの方は人に見せたがらないし

  • 11二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 00:17:47

    言葉選びが綺麗でとても良かった…

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