- 1二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 22:07:58
夜、トレーナー室から帰宅している最中のこと。
春と言えど、まだ冬の名残が残っているのか、夜はかなり冷え込むようで。一応、薄型の長袖に上着を重ねてはいたが、それでもほんの少し、体が震えるような寒さだった。
「全く人影が見当たらないな」
思ったままを、虚空へ呟く。今日は珍しく、遅くまで走り込むような子は居ないらしい。
…そう、思っていたのだが。
何回目かの独り言を呟いた時、視界は隅に、動く気配を捉えた。姿は見えなかったが、足音の強さ的に人間じゃなくてウマ娘…つまり、生徒だろう。
ウマ娘の体は強い。強いからこそ、肉体への負担も強くかかってしまう。無理をすれば、明日の練習へ支障をきたすだろう。
彼女たちも、その事はわかっているはずだが…"わかっていた"としても、勝負への焦りが押し切らせてしまう事もある。
ならここは、トレーナーとして止めなくては。
「おーい、もう夜だぞー。」
そう、角を覗き込んだ先、足音は止まり、上がった呼吸音が聞こえてくる。
炎が尾を引くように、美しく駆けていた風の正体。
それは、俺の担当ウマ娘、"ケイエスミラクル"だった。
「はっ…はっ…トレーナー…さん…、」
「こんな遅くまでトレーニングか?」
俺がそう尋ねると、図星だったのか、彼女は気まずそうな顔を返してきた。
「あはは…、無理は良くないって、わかっているんですけど。…つい。」
この寒さの中、長時間走り続けていたのなら、汗で更に冷えてしまう。そう思った俺は思わず、来ていた上着を脱いで、彼女へ渡していた。
「冷える前に、はい。さっきまで俺が着てたもので良いなら…、だけど。」
「ありがとうございます。あ、でもおれ、今汗凄くて…」
「なら尚更。一応、まだ冬みたいな寒さだし。」
「そうですか…?なら、ありがたく着させてもらいます。」
そう言って受け取ると、彼女は遠慮がちに、羽織る程度に上着をまとった。袖通しても良かったのに…、と思ったが、余計に気を使わせても申し訳ないだろう。 - 2二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 22:08:13
「もう遅いし、寮まで送るよ。」
俺がそう言って、前へと進もうとした時。背後から、困惑したような声が聞こえた。
「あの…っ、怒らないん…ですか?
おれの、勝手な判断で、遅くまで練習続けて、トレーナーさんに心配かけたのに。」
「_そうだな。自主練をする事は良いけど、やり過ぎるのは褒められる事じゃない。けど…、」
「けど…?」
「けど、俺が、君の満足のいくまで、トレーニングさせてあげられなかった…って事だろ。それは俺の、トレーナーの落ち度だと思ってる。…すまない。」
もう少しメニューを見直すよ。そう、振り返って伝える。多分俺は、あまりいい顔をして無かったんだろう。彼女の顔が、先程まで以上に曇っていたから。
「酷いじゃないですか、トレーナーさん。そんな言い方をされたら、おれは自分を、大事にしなきゃ行けなくなる。」
「…なんでおれに、そこまで、優しく接してくれるんですか。まるで、壊れ物を扱うみたいですよ。」
そこまで言うと、彼女は吹っ切れたように、強く、鋭く、声を荒らげた。苦しみの入り交じった、悲痛な叫びにも聞こえる、そんな声を。
「おれは…ッ、今まで、色んな人達に助けられて来ました。そして、ようやく、ようやくみんなへ、恩を返せる時が来たんです…!だから、おれ…ッ!」
「レースでの勝利_"奇跡を起こす"、そのためなら、どうなってもいい。君は、そう言いたいのかな…?」
「…そうです。自分の全てを懸けて、絶対に、もう一度、奇跡を_」
「"みんな"は、そんな事のために君を助けたわけじゃない…!」
- 3二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 22:08:55
担当馬に声を荒らげる事が、トレーナーとして失格だとわかっている。けど、既に俺は、そんなことを気にできるほど正しい人ではなかった。
「そりゃ、みんな、奇跡が起きた時は嬉しかっただろう。けどそれは、"奇跡"に喜んだんじゃない。"君が生きている"ことに喜んでいたんだ…!
だから…ッ、だから!君が体を壊してまで取った奇跡を、喜ぶとは思えない…!」
「…っ!」
「奇跡で繋がったその命を、枯らさずに生きて、自分の人生を歩いて欲しい。その足で、未来を歩んで欲しい…。少なくとも俺は…ッ、ただ、それだけが願いなんだ!」
「じゃあ、トレーナーさんは、おれに、勝つなと言っているんですか…!?」
「違う…!体を大事にして欲しいだけだ…!俺は、君が好きで、応援したくて、だからスカウトしたんだ。
…ッ、なのに、壊れてまでして勝って欲しいだなんて、思うわけないだろう!?」
「なら、おれの奇跡は!おれの魅せる物は、自分で磨くしか、もう、それしかないじゃないですかッ!」
「そもそも…ッ、そんな事しなくても!
君の勝利は、俺が保証しているだろう!君の、たった1人のトレーナーが!」
既に、目の前は歪んでいた。頬を伝うコレは、汗か、別の液体なのか。それすら分からないほど、気が動転しているみたいだ。
ただ、時折聞こえる鼻声に、ミラクルが俺と"同じ表情"なのだろうと、推測する事しかできなかった。
俺は彼女のトレーナーなのに、ここまで追い詰められていることに気づけず、不安を拭う事もできず、挙句、偉そうに語ることしか出来なくて。
けど、後悔はしたくなかった。ここで言わなきゃ、いつか後悔すると思ったから。
俺はそこまで言うと、燃え尽きてしまったのか、彼女の目を見るので精一杯だった。彼女も、言葉がもう無いのか、虚ろに目を合わせている。
これ以上、更に後悔しないように、浮かんだ言葉を吐き続けるしか無かった。
- 4二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 22:09:19
「…君の奇跡は、支える人が居ただろう?」
「…はい」
「俺も、その人達の中に入れてくれよ…。そして頼って、俺に、奇跡の起こし方を模索させたらいいんだ。
俺は、君を勝たせるためにここに居るんだから…。」
「_すみません、トレーナーさん。おれ、失礼なことを…」
「いいんだよ。君はあんな風に、言いたいことを、コレからも言えば良いんだ。あくまで俺の仕事は、君を勝利へ導くこと。…支えることだ。
その道の歩き方は、ミラクル、君が決めていいんだよ。
だって、主役は君なんだから。」
「はは…やっぱり、トレーナーさんは良い人ですね。良い人すぎる…。」
ミラクルは俺に背を向けると、ぽつぽつと、意志のしっかりした声で、話し始めた。
「おれ、コレからも面倒をかけます。トレーナーさんを困らせるほど、もがいて、駆け抜けて。そして、みんなに魅せるべき奇跡を、ずっと求め続けます。
だから絶対_2人と、みんなで、歓声を浴びましょう…!」
「っ…!あぁ、もちろん!」
ようやく、彼女に認めて貰えたんだろうか。
それとも、これまで自分が認めてなかったんだろうか。
おそらく、これもいい思い出として、過去へ去り行く物なんだろう。
彼女の速さなら、あっという間に駆け抜けられる。
俺がそう確信している間、そして、彼女が俺の確信を信じている間は、その奇跡は確定的なモノなんだ。
2人の熱を冷ますように、冷たい風が優しく吹く。彼女に羽織らせた上着は、風でゆらりとなびいた。
街灯の光に透かされ、ほんの少し白く、仄かな光を通した袖は、これから飛び立つ鳥のように、羽ばたくように揺れている。明日へ傾く月は、不確定へ飛び立つ俺たちを、ぼんやりと見守っていた。
- 5二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 22:10:36
〜余計なあとがき〜
俺は通りすがりの駆け出し創作者、ちなみにウマは初投稿だ。長文になったせいで辺に区切って投稿する羽目になった…。
このssは数時間後、同タイトルで某所に再うp予定だから、見かけた人はそっちでも宜しくしてくれると嬉しいぜ。それじゃあ。 - 6二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 22:27:37
良かった
- 7二次元好きの匿名さん22/09/23(金) 22:29:04
最高だよ、アンタ