[SS] 寝言

  • 1二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 15:05:56

    ※トレーナー視点です

    「なあトレーナー、これ行かねえか」

     URAファイナルズを制してからしばらく経って、ナカヤマフェスタは少し皺のついた一枚の紙切れを取り出して言った。
     それは去年福引きで引き当てた温泉旅行のペアチケットであり、彼女はチケットを俺の顔の前でひらひらさせながら続ける。

    「折角手に入れた戦利品だ。使わなきゃ損だろう? この際だ、二人で温泉デートと洒落込もうぜ」

    「うーん、そうだな……」

     俺はややオーバーに考える素振りをしながら、しかし実際に目の前の問題をどう解決すべきか判断を巡らせた。
     ここだけの話、俺はフェスタに惚れている。
     走りに、とかそういう比喩ではなく、異性としてだ。
     彼女のトレーナーになって3年間を過ごす内に、段々と惹かれていた。
     だが、こんな感情に担当を巻き込んでいいのかと聞かれれば、答えは否である。
     温泉旅行の話だって本当なら断るべきなのだろうが、俺と行くのが当然とでも言うようなフェスタの目を見ていると、何故だがそんな気は起きなかった。

    「なあいいだろ、これが最後なんだから」

    「……分かったよ」

     フェスタに再度せがまれて、俺は観念したように答える。
     と同時に、俺の頭は妙案を閃いた。
     この最後の時間を何事もなく終えることで、この恋を墓場まで持っていけるのではないか、と。
     そうと決まれば話は早い。
     俺達は準備を整え、数日の後には温泉宿にたどり着いたのであった。

  • 2二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 15:10:31

    ナカヤマフェスタss助かる

  • 3121/10/17(日) 15:30:30

    >>1


     チェックインを済ませ、まずは近くを散策する。

     知らない街を見て回るのは純粋に面白く、高校の修学旅行以来の遠出に俺の心は昂った。

     何より、隣にフェスタがいるというのが大きい。

     友達のような距離感で接してくる彼女を見ていると、一抹の寂しさと共に安心感が込み上げてくる。

     こんな関係で満足出来たらどれほど幸せだろう。いや、満足しなければならない。

     そのための温泉旅行なのだから。


    「腹減ったな。そろそろ昼飯食うか」


    「だな」


     正午を少し過ぎた辺りで、俺達は近くの飯屋に立ち寄った。

     二人で同じものを頼み、しばらく世間話に興じる。

     少しして、店員が二人前のカツ丼を運んできた。


    「いただきます」


     とは言ったものの生憎俺は猫舌で、湯気を立てるカツ丼に中々手を付ける事が出来ない。


    「トレーナー、熱いんなら私がふーふーしてやろうか?」


     見かねたフェスタにそんな事を言われて、俺の顔面は目の前のカツ丼より熱くなる。


    「何言ってんだ、あんまり大人を揶揄うな!」


     彼女の提案を一蹴した勢いでカツ丼をかき込み、当然のごとく熱さでむせ返る。

     そんな俺を見て笑うフェスタの顔が少し寂しそうに見えたのは、俺の勘違いだろうか。

  • 4121/10/17(日) 16:53:00

    >>3


     その後も俺達は町の散策を楽しみ、陽が半分ほど沈みかけた頃、旅館に戻った。


    「部屋は別々か」


    「当たり前だろ」


     フェスタが彼女の部屋へと引っ込んでいくのを見届けて、俺も自分の部屋に入る。

     清掃の行き届いたまさに旅館、というべき部屋の畳に身を投げ出して、俺はテレビの電源を点けた。

     こういう場所でローカルニュースを見る時の不思議な非日常感が、俺は好きだった。

     それから少しして、俺は浴場へと向かった。

     服を脱いで体を洗い、早速露天風呂に入る。

     外気の冷たさと湯の熱さのコントラストが心地良い。

     溜まりに溜まった疲れが湯に溶け出てゆくような錯覚を覚えながら、俺は先ほどまで巡っていた町の景色を見下ろした。

  • 5二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 17:06:37

    頼む続いてくれ

  • 6二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 17:35:45

    絶対に続かせてください

  • 7121/10/17(日) 17:45:33

    >>4


     それからしばらくして部屋の呼び鈴が鳴った。扉の外からフェスタの声が聞こえてくる。


    「おい、そろそろ晩飯食うぞ」


     もうそんな時間か、と俺は急いで部屋を出た。

     待っていたフェスタの浴衣姿が艶やかで、しばらく立ち尽くしてしまう。


    「ほら、早く行くぞって」


    「……あ、ああ!」


     正直、晩飯に何を食べたのかはよく覚えていない。

     とても豪華だったような気もするが、そんなことはどうでもよかった。

     ただフェスタの浴衣姿だけが、鮮明に焼き付いていた。


    「はあ、食った食った。それじゃあ私は部屋に戻るとするぜ。おやすみ、トレーナー」


    「ああ。おやすみ、フェスタ」


     最後にしては何とも素っ気ないやり取りだと思いながら、俺は自分の部屋に引き上げた。

     布団を敷いて寝転がると、今日の出来事が走馬灯のように蘇る。

     俺は間違っていない。あいつはずっと笑っていた。これでよかったのだ。


    「……これで終わりか。そっか、終わりか……」


     俺はいつの間にか泣いていた。全てが上手くいった筈なのに、心に二度と埋まらない穴が空いたような気さえする。

     もうさっさと寝てしまおう。今日という日ごと、俺の恋を終わらせよう。

     俺は歯を磨くとすぐに電気を消して、逃げるように目を閉じた。

  • 8二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 18:09:51

    お願い続いて!

  • 9121/10/17(日) 18:25:50

    >>7

     それから何時間経っただろうか。

     扉の鍵が開いて、誰かが俺の部屋に入って来る音がした。

     俺は何事かと警戒するが、すぐにそれがフェスタだと分かり、肩の力が抜けていく。


    「合鍵借りてきたはいいが……。ったくトレーナーのやつ、寝てんのか」


     何か話があるのだろうか。俺はフェスタにバレないように狸寝入りを続けながら彼女の動向を探った。

     そして、予想外の行動に度肝を抜かれる。


    (ええっ!? フェスタ、何で俺の布団に!?)


     散々忘れようとした想い人が布団に潜り込んでくる状況を前に、俺の頭はフリーズした。

     分かるのは、今動いてはならないという事だけ。

     背中に伝わる熱や息遣いや鼓動や感触など、決して意識してはいけないという事だけだ。


    「……なあ」


     フェスタが、耳元でか細く囁く。


    「今から言うのは寝言だからな。絶対に寝言だ」


     そう前置きして、彼女は吐息混じりに告げた。


    「……好きだ、トレーナー」

  • 10121/10/17(日) 18:33:43

    >>9


     その言葉は、俺の中の認識を根底から覆してしまった。

     これ以上聞いたら、俺は確実におかしくなる。

     そう分かっていながらも、俺はフェスタの次の言葉を一言一句聞き漏らすまいと耳を澄ませた。


    「アンタの笑った顔が好きだ。怒った顔も泣いた顔も、私に本気で向き合ってくれる目も、全部が好きだ。だからさ、アンタと温泉旅行に行けるってなった時、嬉しかったんだ。……本当に、嬉しかったんだよ」


     フェスタの手がぎゅっと俺の浴衣を掴んだ。彼女の声が、段々と涙混じりになっていく。


    「なのにアンタは全くいつも通りで、ちっとも寂しそうにしねえ。私は不安で仕方なかったよ。アンタのいないこれからの生活が、怖くてたまらなかったんだ」


    「……っ」


    「なのに私は何も出来ないままここまで来ちまった。情け無い女だよなぁ、全く」


     情け無いのはどっちだよ。勝手に決めつけて終わりにして、担当を泣かせてる俺の方がよっぽど情け無いじゃないか。


    「だが、せめて寝言だけでも伝えられてよかったよ。もう悔いはねえ。……さよなら、トレーナー」


     俺はその時、半ば無意識的にフェスタの腕を掴んでいた。

     トレーナーとして、男として、やるべきことをやるために。

  • 11121/10/17(日) 18:34:23

    >>10


    「……じゃあ、俺も寝言だ」


    「えっ……?」


    「俺も、フェスタの事が好きだ。ずっと前から想ってた」


     そして俺は、フェスタに全てを打ち明けた。抱えた想いも、それを墓まで持っていくつもりだった事も、しかしそれは間違いであったと気が付いた事も、全部。


    「……結局、擦れ違ってただけだったな」


    「気付くのが遅えんだよ。ったく……!」


     翌朝、俺たちは一緒の布団で朝を迎えた。

     寝言の事は、二人とも口には出さなかった。


    「おい、朝飯食いに行くぞ」


    「へいへい。そういやフェスタって朝パン派だっけ?」


    「ご飯派だ」


     なんて他愛もない会話をしながら、俺たちは互いのいないこれからを迎えていく。

     もうそこに憂いはなかった。

     夢と現実は、寝言で確かに繋がったから。


    寝言 終

  • 12121/10/17(日) 18:37:01

    以上です!はい、導入長すぎましたね!

    過去作貼っときます

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  • 13二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 19:28:20

    素晴らしい

  • 14二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 19:33:48

    本当にありがとう

  • 15二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 20:33:01

    ナカヤマフェスタのSSはいずれ癌にも効くようになる

  • 16二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 20:53:54

    >>12

    ナカヤマフェスタのssこんなにあったのか

    今から読みます

  • 17121/10/17(日) 20:55:03

    >>16

    あざす!!

  • 18二次元好きの匿名さん21/10/17(日) 21:16:56

    うおおおおおおおお
    なんだこれ、よすぎか

  • 19二次元好きの匿名さん21/10/18(月) 00:29:06

    いいねえ!

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