僕のエルダーフラワー

  • 1二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:09:07

    「トレーナーの仕事か?これが……」
    例年の夏合宿の期間、参加者および職員の大勢が不在となる。残留組は気が弛みがちとなる訳で、先だって“持ち物検査強化週間”が設けられる。
    とは言え女子校の事、男性職員はデリケートな部分に踏み込まぬよう後ろに控え、主な仕事は荷物持ちとその後の分類・保管だ。
    「だったら終わる頃に呼んでくれれば済む話だよナ」先輩がこぼすのも分からないでは無い。「確かに。それに、毎年の事ならもう少し何と言うか、その」「全く、学校ってのは社会に出る訓練の場なんだからサ。“上手くやる”事を学んで貰わんと」
    たまに直言が過ぎる事を除けば、気さくで付き合いやすい先輩である。ただ今日は、その“たまに”の日だったらしい。

  • 2二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:09:46

    「ダメですよ」職員室の片隅、僕らの向かいで作業していた理事長秘書のたづなさんが、唇に指をあてて制する。「ごもっともですが、生徒たちには聞かせないようにお願いしますね」「あ、スイマセン」先輩もたづなさんには頭が上がらない。
    作業に戻った矢先、手に取った“それ”に、つい見入った。天体やその記号をあしらったステッキやコンパクト、一見女児向けのオモチャだが、中身はなんと化粧品だ。
    ずっと昔の少女漫画の関連商品が、近年こうしてリリースされている。当時ファンだった子が今、大人になって売れているのだそうだ。たづなさんが検査の初日に教えてくれた。

  • 3二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:10:30

    「化粧に興味でもあるのですか?」不意を突かれ、声の主を見上げる。「いえ、よく見ると思って」「確かに……毎日のように1つ2つは見かけますね」
    理事長代理の樫本──理子さん。夏合宿の下見にお供した際、大いに関係を深めた。だが表向きはこれまでの距離を保っている。
    「今の子にも人気なんですね」「見つかってもオモチャで通る、とでも思っているのでしょうか?」「まあ単純に可愛いデザインですし。……代理は好きなキャラとか、持ってたグッズありますか?」
    「いえ、特には」代理のやや硬質な声だけが耳を突いた。皆の手が止まっている。

  • 4二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:11:07

    顔を向けると、代理が見た事の無い顔をしていた。感情の読めない冷たい表情、しかし瞳の奥には確かな激情。
    「えっと、家が厳しくて買って貰えなかった、とか……?」背中が冷えてゆくのを感じながら、何とか声を絞り出す。「そういう訳では……私はいわゆる直撃世代では無いのですが……幾つだと思っていたのですか」──やってしまった。先輩は隣で頭を抱えている。
    代理は身を翻し、足早に職員室を出た。たづなさんは『行って下さい!』と顔で訴える。僕は跳びあがって後を追った。

  • 5二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:11:55

    廊下にカツカツと響く足音を頼りに、理子さんを追う。遅くなった足音が入ったと思しき応接室、そこに理子さんは居た。壁を向いて俯き、震える肩を押さえる理子さん。
    「あの、さっきは……」こちらを向いた理子さんの顔には幾筋もの涙。不謹慎だが、泣き顔も美人だ。「……ほんの世間話のつもりだったんです。そんなに昔の物だとは知らなくて」「わた、私……貴方の、貴方が年下だから……ずっとぉ、ゔっ、」思ったより理子さんを傷つけたようだ。一瞬ひるむが退く訳にはいかない。僕は理子さんの両側の壁に手をつき、向かい合う。
    「ごめんなさい!さっきは僕が無神経でした。僕は理子さんの事をまだ全然知らない……もっと知りたいし、僕の事も知って欲しい」取って付けたように聞こえるかも知れないが、全くの本音だ。

  • 6二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:13:00

    「理子さんが許してくれるなら……これからも、一緒に居て下さい」「私と、一緒に、ですか?」理子さんの震えが小さくなり、声調も戻りつつある。
    「理子さんが僕を見限らなければ、ですが」「私が、そんな事……」表情も穏やかになり、事態は収まりを見せつつあった。のだが。──うん?
    理子さんが僕の上着の裾を摘まんでいた。もう片方の手は軽く握って胸の前にあてられ、目を閉じている。これは、いわゆる、『キス待ち』と言うやつでは?
    理子さんがとても可愛らしく、いじらしい。今すぐ応えたいが……ここは職場で学校、それは躊躇われた。
    あ、今、薄目開けた。ちょっと顎上げた。やっぱり可愛いな。もう──良いか。
    壁から手を離し、思い切って理子さんの両肩を掴む。ピクッと震えた理子さんの唇に、僕の唇を近づけてゆく。

  • 7二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:14:08

    「ダメですよ」「うぉわ」「ひぁっ」たづなさんがいつの間にか、応接室のドアから半身を覗かせていた。「仲直り出来て何よりですが、続きは校外でお願いします」
    「あ、いや、誤解ですよ、これは」「はい、分かりました。この話はこれでおしまいです」たづなさんが唇に指をあてて制する。「はは、どうも……」
    「作業に戻りましょうか。……少し遅れて来て下さいね」壁に背を預け、真っ赤な顔を手で覆った理子さんを残して、僕らは職員室に戻る。
    ──おしまい、と言われた手前聞き辛いが、一つだけ気に懸かる事があった。「……いつからですか?」「壁ドン、の辺りでしょうか」「結構、見てましたね……」

  • 8二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:15:02

    「よォ、無事だったか」「無事か、もないですよ。助け船を出してくれたって良いでしょう」「いきなりブチかましてヨ、心の準備って物があるだろ。どうやって許して貰った?」
    「……ピンチはチャンス、と言いまして。僕の口説きトークで有耶無耶です」「マジでか?」「そんな訳無いでしょう、平謝りですよ」
    先輩は古典的なズッコケをして見せる。それを尻目に作業を再開し、さっきの事を思い返した。本当は良くない事ではあるが、たづなさんが来なければな、と悔やまれた。
    ──この日は知る由も無かったが、僕と理子さんが先に進むには、夏合宿を待つ必要があったのだ。

  • 9二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:17:40
  • 10二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:19:35

    樫本代理…いや理子ちゃんは奥が深い魅力がありますね…

  • 11二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 21:20:10

    いいSSでしたわ…

  • 12二次元好きの匿名さん22/09/25(日) 22:28:18

    感想ありがとうございます 今タイトルを見返したら……アァアアア【SS】がァ!【SS】が抜けている!
    またやってしまいました……

  • 13二次元好きの匿名さん22/09/26(月) 09:24:34

    よわよわで愚弄されてない理子ちゃん大好き

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