- 1二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 18:07:18
メイクデビューの日が決まった。入学前からウマッターでハンドメイドアクセサリーを載せていた私には親しいフォロワーがたくさんいて界隈ではちょっと有名だったので、報告したらいろんな人がメッセージやウマいねをくれて、お祝いをしてくれた。まだ勝ったわけじゃないのになあ。トレーナーさんに話したら、「きっとみんな、あなたのデビューをずっと応援してくれていたんだよ」って。嬉しくなっちゃった。
メイクデビュー当日を迎えた。土曜日だし、メインレースじゃないし、午前中だからお客さんはまばらだったけど……それでも、パドックやバ場入場で私を呼ぶ声がいくつか聞こえた気がして、緊張も少しだけ飛んだ。結果は1/2バ身差の一着……二着の子とは握手をして、「また走ろうね」って約束をするくらいには仲良くなった。勝てたことがとても嬉しかったけれど、どんなときでも謙虚に……ママから教わった言葉。初めてのウイニングライブでは、感謝の気持ちをめいっぱい込めてセンターで歌い踊った。上手くできていたかな……トレーナーさんはビデオを注文したみたい。ちょっと恥ずかしいなあ。 - 2二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 18:07:52
メイクデビューで勝利したので、勝負服が用意できることになった。先週はトレーナーさんと相談をして、今日はデザイナーさんが来てくれた。ママがレースで勝ったときの写真を見せて、「これと似た意匠のワンピースで」ってデザイナーさんにお願いしたら、手を合わせて笑顔で、とっても素敵なことだと、いつかそんな依頼を受けてみたかったと喜んでくれた。トレーナーさんも横で微笑んでいた。完成がとても待ち遠しいな……
デビューしてからの二戦目は重賞に決まった。あまりにも突然だし、不安が大きいけど……トレーナーさんは私以外の子もみんなジュニア級だし、初めての重賞だからそこまで気負わなくても良いと元気づけてくれている。ウマッターは、メイクデビューの日からフォロワーが3倍近くに増えて、今回の報告では反応も同じくらい増えた。みんな、きっと私に期待してくれている。期待に答えられるよう、頑張らなくちゃ。
そろそろ勝負服が完成するらしい。重賞レースが終わって、トレセンに帰ってきたら届いているかな。
遠い小倉でのレース、初めての重賞は三着に終わった。一着はデビュー戦で二着だったあの子。とても悔しくてゴール後は涙が出たけど、あの子の嬉しそうな横顔を見たら涙の意味は変わった。私を抱きしめた腕も、上がった息も体温も、なんだかすごく嬉しく感じてしまった。
あまり小倉観光はできなかったけど、トレーナーさんと一緒にママやルームメイトへのお土産を買った。
ウマッターでの報告には、私を労うメッセージやウマいねがたくさんついた。ウマ娘のレースを利用した違法賭博をしている人たちが作ったっぽい捨てアカウントからの暴言とかもあったけれど、そんなに気にならない。それよりも気になったのは、ルームメイトの様子だった。
未勝利戦は先週で3回目。どれも掲示板外。日に日に余裕を失っていて、たまにベッドですすり泣く声が聞こえる。私が言葉をかけてはかえって傷つけると思って、何も言えなくて、日に日に会話が減っていくのを感じる。 - 3二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 18:08:20
勝負服が完成した。袖を通して鏡の前に立って、心の底から自分が中央所属のウマ娘になったのだと自覚した。これを着てみんなの前に立てるのはG1の日、あるいは感謝祭。トレーナーさんも似合っていると言ってくれたし、ママにこの姿を見せられるのがとっても楽しみだなあ。
ジュニア級のウマ娘に合宿はない。なので、お盆はリフレッシュも兼ねて実家に帰るようトレーナーさんから指示を受けて帰ってきた。毎日お婆ちゃんに線香を供え、手を合わせる。
最終日の午前中、ルームメイトから電話がかかってきた。内容は「退学をするから挨拶も兼ねて感謝の気持ちも伝えたかった」というものだった。そこで数カ月ぶりに、彼女と何時間も会話をして一緒にたくさん泣いた。ルームメイトは最後に、「これからも応援しているね」と言った。
トレセンに帰り、次の重賞へ向けたトレーニングが始まる。ホープフルステークスに出たいと懇願したところ、「一度他のレースで勝ったら出よう」とトレーナーは約束をしてくれた。今度のレースで勝ったら、私はいよいよ勝負服に袖を通してたくさんの人にこの姿が見てもらえる…!!
重賞にはルームメイトだったあの子も、メイクデビューで二着だったあの子も応援に来てくれた。二人やトレーナーさん、たくさんの人に私の勝利を届けたい……四番人気だった私は二バ身差の一着。これで勝負服を着てG1に出られる。みんなに「私はここだよ」ってもっと知ってもらえる。
だけど、ウイニングライブの途中で右脚の動きが悪くなった。最後のポーズはよろけて、客席が少しざわついたくらい……痛みはないから問題はなさそうだけど、年のために明日、病院へ行くことになった。 - 4二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 18:09:03
診断の結果、半年の休養が必要になった。半年の間、どれほどのレースがあって、どれほどのG1があるだろう。少し、考えたくもない。トレーニングの都合も考えると次にレースに出られるのは6月以降……ママのとそっくりな勝負服は、きっと長い間着られない。目の前にあるのに。
経過は良好。トレーナーさんから、トレーニングの再開と次のレースを決めようと話を出してもらえた。次の目標は6月中旬の重賞。それまでに上手く走れるようになろう。
ウマッターで復帰の可能性の報告をした。休養の間、アクセサリーを作って載せていたこともあって「待っていました」との声も多かった。みんなの期待に答えられる走りをしよう。
今日は二回目の重賞。休養明けということもあって、10番人気になった。ちょっと悔しいけど思い返してやろう……そう思っていたのに、パドックで立った瞬間足がすくむ。頭の中で、ざわついた観客席が反響する。手足が震え、歯はガチガチと音を立てた。私の様子に気づいたみんなが、またざわつきだす。涙が滲んで呼吸が浅くなって、「やめて」という声も出ない。後ろからスタッフさんが飛んできて、私を控え室に戻した。どうしよう、このままじゃきっと、ずっとレースに出られない。
あの日以来、私は人前に出ることが苦手になってしまった。ウマッターも更新していない。黙々とトレーナーさんから指示を受けたトレーニングをこなして、数カ月が経過する。勝負服は、見るたびに苦しくなるのでトレーナーさんに預かってもらうことにした。
退学を決意した。これ以上、トレセン学園に所属していてもみんなの華々しい活躍を見て苦しくなって、もっと辛くなるだけだとトレーナーさんやルームメイトだった子、ママに話したら、別の道を探そうということになった。結局、ママの勝負服とそっくりな私の勝負服には、袖を通すことはなかった。人の前に、この姿を見せることはなかった。
涙が止まらない。まだまだやれる気がするのに、いざレースに登録しようかとなると怖くなってしまう。感謝祭も怖く感じてしまって出なかったし、ウマッターもアカウントを削除した。
ああ、これからどうしよう。 - 5二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 18:10:49
トレセン学園を退学して、十数年が経過した。私が退学した頃に生まれた子が、そろそろ入学する頃だろう。
オーダーフォームから送られてきた勝負服のデザイナーによるアクセサリーの共同制作の依頼や、入学祝いであろうアクセサリーの注文がもう数十件に登る。
その中に一件、とても見覚えのある懐かしい名前があった。
私がメイクデビューで一着を取った日に、二着だったあの子。初めて重賞を勝った日に、応援しに来てくれたあの子。添付された参考写真は、宝塚記念を制した日の写真。希望内容は「添付ファイルと色違いの耳飾り」。
私は、あの日のデザイナーさんの気持ちを心の底から理解した。誰かから誰かへと受け継がれる強い思いを、仕事にできる日が来るなんて思わなかった。 - 6二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 18:18:37
ハッピーエンド…なのか…?
- 7二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 18:49:30
お辛い…でも少し救いがある
- 8二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 19:57:26
- 9二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 20:07:26
子供がママの着れなかった勝負服着るとか…ないかなぁ
- 10二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 20:16:36
実際問題その日のメインレースは勝負服じゃいかんのじゃろうか…
会場まで見に来て今日は体操服かーでは一部の人しか喜ばないよ
ねえ理事長? - 11二次元好きの匿名さん22/09/27(火) 23:05:55
今日はその依頼主が店舗へ受け取りに来る日だった。私は今日一日、夫に店をお願いすることにした。私には、あの子に合わせる顔がない。私が最後にあの子に見せた姿はみっともないものだったのだから。そのままターフを去り、学園からも逃げてしまったのだから。娘のアクセサリーを作ったのが私だと知ったらあの子はどう思うか……考えると怖くなってしまって、裏方で在庫や資材の整理をすることで気持ちをごまかすしかない。
正午を過ぎた頃、夫が悲鳴を上げた。夫は驚いたときや何かあったときのリアクションが大きい。ばたばたと裏へ駆け込んできた夫の手には幼い子供の靴が一足ある。たぶん、さっき来たお客さんだろう。赤ちゃんの声が聞こえたから、そんな予感がした。常連さんだからどの方向へ向かったのかも何となく分かるし、数分程度なら表に出ても大丈夫だろう。私は作業を中断して、小さな小さな靴を手に店を飛び出した。ウマ娘として走るのは、久しぶりのことだった。
何とか靴を届け、店へと戻る。「ただいま」と口にしながら小さな鈴が付いた出入り口のドアを開けると、忘れられないあの子がレジ前に立っていた。振り向いたあの子は、太陽のようにぱっと顔を明るくして目尻から涙を溢れさせながら、私に飛びついてくる。まるであの日のように、忘れられない腕が私を抱きしめた。
「やっと会えた!」
やっと、顔を合わせられた。