【SS】「いもくりなんきん」

  • 1二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 23:01:18

     
     スズカがそう呟いた。
     どうした急に、とエアグルーヴは振り返る。
     隣を歩いていたはずの友人は立ち止まっており、そっぽを向いている。機嫌を損ねたわけではなく、その視線を追っていくと一軒の屋台が出ている。たい焼き屋で、のぼりには【期間限定 かぼちゃ餡】とある。
    「食べたいのか?」
     エアグルーヴは訊ねる。
    「……ダメ?」
     スズカが振り向き、上目遣いに見つめる。
    「……私の許可が必要か?」
    「……それもそうだわ」
    「小遣いの使い途を相談する子供でもあるまいし」
    「でも、エアグルーヴってそういうところがあるでしょう?」
    「……どういうところだ?」
    「お母さんっぽいところ」
    「バカなことを言うな。お前を産んだ覚えはない」
    「ほら、そういう」
     さすがの逃げ足は軽やかで、スズカはそう言い残すと屋台に向けて駆けていく。
     エアグルーヴはため息を吐いた。秋風が吹く。中厚手のジャケットを羽織ってきて正解だったと思う。

  • 2二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 23:01:55

     
     休みの日にぶらついている理由は特になく、強いて言うなら二人は友人だからそうしている。
     いくつか台風が通りすぎ、気温はずいぶんと安定した。日中でも肌寒さを感じることがあり、シャツ一枚で出歩くには心もとない。そろそろ夏も終わるかと過ごしていれば、いつの間にやら秋が訪れていた。気の早い一部の木々はほのかに色づこうとしている。
     エアグルーヴは隣に座るスズカを見た。きわめて上機嫌である。ふらりと立ち寄った公園で、たまたま見つけた屋台で、ちょうど近くにあったベンチで──と、自販機でお茶を買いたい焼きを食べているわけだが、最初からこうなることを狙っていたのではないかと訝しい。もっとも、焼きたてのたい焼きにご満悦な友人にそのような謀の才はなく、まあ偶然が重なることもあるだろうとエアグルーヴは自らの思考を結ぶ。
     往々にして、日常とはそういうものだ。
     わざわざ限定を謳うだけあって、かぼちゃ餡の出来はすこぶるよかった。餡は蒸かしたかぼちゃを粗く潰したものではなく、裏ごししてバタークリームを混ぜたペースト状のものである。香ばしく焼かれたたい焼きの皮を噛み切ると、滑らかな餡が口いっぱいに広がる。さくっとした食感と、とろりとした舌触りが食べていて心地好い。単に時節の品というだけではなく、たかが屋台と侮るなかれ、丁寧に試行錯誤を繰り返したのだろうことがわかる。
    「もともとは『芋蛸南瓜』と言った」
     エアグルーヴは呟くように言う。
    「うん?」という声とも音とも言えない反応があり、スズカはたい焼きを食みながら振り向いてみせる。
    「……より正確には、『芝居浄瑠璃芋蛸南瓜』と言う」
     もぐもぐもぐ、とスズカはたい焼きをよく噛んでいる。ごくんと飲み下し、ペットボトルのお茶に口をつける。ほっと一息ついて、エアグルーヴの方へ向き直りながら言う。「タコ?」
    「……江戸時代の戯作者──作家がそう書き残したらしい」ふたたびため息を吐き、腕を組んで額に指先を当てエアグルーヴは続ける。「女性の好むものの代表だそうだ」
    「そうなの。エアグルーヴは物知りね」
    「そもそもお前が言ったんだろう」
    「……ああ」
     なんとも気の抜けた会話だとエアグルーヴは思う。スズカは二つ目のたい焼きに手を伸ばそうか悩んでいる。

  • 3二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 23:02:32

     
     甘い香りが漂ってきて、ちらりと見ると黄色い花が咲いている。金木犀だ。どこかの家の生け垣だろう、秋を代表する花を一つ挙げろと言われたら、多くの人がこれを思い浮かべるに違いない。
     公園を出てそこいらを歩てみても、季節の移り変わりはさまざまなものから感じ取れる。草木や花ばかりではない。自販機にはホットのお茶やコーヒーが並ぶようになった。隣に並ぶ友人を見れば、淡いベージュのカーディガンが一着ある。白いブラウスはいつも通りだが、グリーンのスカートの丈は伸びている。スニーカーではなくブーツを履いており、脚をおおうタイツの厚みも変わっているはずだ。かくいうエアグルーヴも「冷え」対策は欠かさない。要するに、真夏の猛暑は過ぎ去ってしまった。
    「前にタイキがね」と歩きながらスズカは事も無げに言う。
     ふむ、とエアグルーヴは返す。
    「栗ようかんをコッペパンみたいに食べてたの」
    「……コッペパン?」
    「そう、コッペパン」
    「……切らずに食べていたのか?」
    「切らずに食べていたのよ」
     スズカの視線は「お土産」に買ったたい焼きの紙袋にちらちらと向けられている。食欲の秋はけっこうなことだが、節制はいつの季節にも大切だとエアグルーヴはそれを睨んで制する。

  • 4二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 23:02:55

     
     二人の外出には、本当に特に理由がない。
     だからこれといった事件も起きず、勝手知ったる寮に帰ってくる。さて件のたい焼きを分けてそれぞれの部屋に戻ろうかと話していたところ、美浦寮の方に人の集まる気配がある。何事かとエアグルーヴは駆け、スズカがその後ろをついてくる。
     騒ぎの原因は、焼き芋にあった。
     ちょうどサツマイモが安かったのだと語ったのはヒシアマゾンだ。せっかくだからと許可をとり、落ち葉枯れ枝を集めて芋を焼いていたらしい。「まだ本格的な季節じゃないね」と水分を残した葉っぱと枝木が燃える様を見据えながらヒシアマゾンは言う。「まあ、秋を先取りってことで」と笑う。夏の湿度はどこへやら、秋の到来を強く感じさせるからっとした笑顔だった。
     許可があるなら、エアグルーヴとしては言うことがない。ぱちぱちと火が爆ぜている。多くの生徒が集まっており、よく見れば美浦か栗東かは問わない。みな楽しそうで、ヒシアマゾンが丹念に調理する芋が焼き上がるのを待っている。
    「いもくりなんきん」
     スズカがそう呟いた。
    「……芝居と浄瑠璃は?」
     エアグルーヴは訊ねるが、返事はない。スズカはちょっと困った様子で、抱えた紙袋と集まった生徒たちを交互に見ている。「お土産」が足りないということなのだろう、エアグルーヴはみたびため息を吐いた。
    「公園まで戻って、もう少し買いに行こうか」
    「……いいの?」
    「私の許可が必要か?」
     自然と浮かんだエアグルーヴの笑みは、上目遣いに見つめるスズカへと向けられている。二人はひとまず「お土産」をヒシアマゾンに預け、寮を離れて駆けていった。夕日はすぐに沈んでしまうだろう。だから急いで、期間限定を謳うたい焼きを買いに行かなければならない。

  • 5二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 23:04:23

    秋ですね
    「いもくりなんきん」と言いますね
    そんな感じです

  • 6二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 23:07:18

    夏の終わり、でも劇的な事件は起きない。
    日常の延長線にある穏やかな一幕という雰囲気、まとめるととても好きな空気でした

  • 7二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 23:07:20

    いもくりなんきんを知らなかった…
    美味しそうね

  • 8二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 23:33:29

    読んでくださってありがとうございます
    「いもくりなんきん」って音の響きがいいですよね。なぜか女性的なものを感じます
    そういえば実際の馬に「いもくりなんきん」ってどうなんでしょう
    おやすみなさい

  • 9二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 23:34:29

    寝る前の素敵なSSありがとうございました

  • 10二次元好きの匿名さん22/10/13(木) 01:11:16

    タイキが羊羹をコッペパンみたいに食べてたのくだり、が友達とのちょっとした笑いのネタみたいですごく良い。やっぱスズグル良いっすねぇ

  • 11二次元好きの匿名さん22/10/13(木) 01:54:35

    芋蛸南京、朝ドラにそんなタイトルあったなぁとのんびりするスズグルが見れてありがたや
    エミュウマイッチに感謝しかないね、ありがとう

  • 12二次元好きの匿名さん22/10/13(木) 11:18:18

    秋のしみじみとした感じがする

  • 13二次元好きの匿名さん22/10/13(木) 11:46:32

    秋って寂しいイメージが湧き上がってきますが、スレ主さんのSSは読んでると温かい気持ちになります。
    あとエアグルーヴはほんとにお母さんみたいだなって思いました。
    それに上目遣いに甘えるスズカのかわいいこと…

  • 14二次元好きの匿名さん22/10/13(木) 20:39:08

    こんばんは
    感想ありがとうございます
    ざっと調べたところ「いもくりなんきん」は馬も食べられるらしく、落葉樹のマロニエは「馬栗」とも呼ぶのだそうです
    また何か書いたらぜひ読んでください

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