- 1122/10/14(金) 23:22:14
暮れの中山のターフに足をつけ、その場の空気を胸いっぱいに吸い込む。今年もこの季節がやってきた。枯れた芝生、冷たい空気……そして人々の競バへの熱。
暮れの中山といえば有マ記念とよく言われるが、今日はその前日。有マ記念よりも長い歴史のある本日のレースに向け集中力を高めつつ、観客席にいる親戚達を探した。
やはりわかりやすいところに……いいや、どこにいてもわかりやすいその集団に手を振る。
ドリジャ姉ぇ、オルフェ姉ぇ、ゴルシ姉ぇ、フェノ姉ぇにフェス姉ぇ、ナイト姉ぇ、他にもたくさん。
…そしてステゴの姐御。
オレは今年もこうして立っている。
来年のグランドジャンプにはレオーネも来るらしいから、ここでなんか負けられない。スランプ気味だったが、万全の準備はした。今日はいける。
"絶対"にだ。
深呼吸しゲートへ入る。
ゲートが開き奪還する王座へ地面を踏み込んだ。
障害の絶対王者オジュウチョウサン、いざ参る…! - 2122/10/14(金) 23:23:13
よしよし、ちゃんと立ったみたいだな
続けます - 3122/10/14(金) 23:25:13
姐御達が入学した中央のトレセン学園にようやく入学を果たしたオレはゴルシ姉ぇから熱烈な歓迎を受けた。
「私の胸リボンとオジュウの胸リボン交換しよーぜ!」
「いや、リボンは学園共通だから変わんねーでしょ…」
何を隠そう、オレも一年先に入学したゴルシ姉ぇのように平地での活躍を目指していた。オルフェ姉ぇなんか無敗の三冠バになっていてテレビの前で喜んでたっけ。
それが、だ。
新バ戦、11着。
未勝利戦、8着。
ものの見事に惨敗だった。
「…まあ、元気出せよ」
「……おうよ…」
ドリジャ姉ぇに慰められたが、これが落ち込まずにはいられない。
「ちょっと休んで次行きゃいいんだよ」
「でもさ、オルフェ姉ぇ……」
オルフェ姉ぇに頭をわしゃわしゃ撫でられるが、涙目で見上げる。
「怪我が完治する頃にはもう未勝利戦終わっちゃうんだよ…」
そう、2戦目の後にオレは脚を骨折して長い休養を余儀なくされるのだ。そして治る頃にはもう出られる未勝利戦が殆どなくなっている。オレの専属トレーナーである短海も頭を悩ませてるくらいなんだ。
「オジュウ、ちょっと来てくれるか?」
「あ、短海…。ドリジャ姉ぇ、オルフェ姉ぇ、ごめんちょっと行ってくる」
今しがた話題に出ていたトレーナーに呼ばれ、オレは短海と共にトレーナー室へ向かった。 - 4122/10/14(金) 23:26:46
「……で?何かいい案が浮かんだのか?前も言ったが、飛脚や先導バになるつもりはないからな」
机を挟み座り、ジトリと見たが、短海は全く意に返さなかった。専属で組みたいと言ってきた時から変わった奴だ。
「ああ、わかっている。そこでだ」
手に持っているファイルから一枚抜き取り、短海はオレの前に差し出した。
「……障害科への転入手続き…?」
「ああ、そうだ。これから長い休養を挟むと平地では出られるレースがかなり制限される。それなら思い切って障害レースへ進んでみないか?」
「障害レース…」
そういえばそんなレースもあったな。しかし平地と比べれば人気は雲泥の差。まだダート路線の方が人気な方だ。
「2戦見てきて、オジュウはちょっと飽きっぽい感じがする。障害レースの飛んだり坂を駆け上がる方があってるんじゃないかってな」
短海の言葉はごもっともだった。芝1800も2000も実際に走ると長くて走るのに飽きてしまっていた。
「オジュウ。俺も今から障害レースについてたくさん調べる。だから一緒に障害レースへ行ってみないか?」
今思えば障害レースへ誘う短海はオレの潜在能力を見抜いていたのかもしれない。それほどに短海の目は自信に満ちていた。 - 5122/10/14(金) 23:28:05
「あれ、オジュウなんでネクタイ?リボン無くしたのか?」
「ゴルシ姉ぇ。あぁ、これは忘れたわけじゃないよ。平地科から障害科に転入したんだ」
「えぇ!?オジュウが障害レースぅ!?」
鼓膜が破けそうなほど大声でゴルシ姉ぇは「てぇへんだ、てぇへんだ!」と姉妹達の元へ連れて行かれ、短海とする障害レースについての勉強時間までみっちり根掘り葉掘り聞かれた。
この時点ではまだ転入したばかりで実際にはまだ走っていないが、正直ウマ娘があの生垣や水濠、竹柵を飛び越えられるなんて信じられない。自分の背丈程の高さの障害なのだ。
「ようオジュウ、障害科に転入したんだって?」
「姐御!そうなんだ、まだ実際には飛んでないけど転入テストには合格したよ」
「おめでとさん。……いいか、よく聞け」
珍しく真面目な顔の姐御にオレを含めた姉妹達は皆静まる。
「障害レースはとても危険だ。ちょっとでも脚を引っ掛ければあっという間に競走能力が死んじまう。下手したら生死に関わる場合もあるんだ。…それでも行くのか」
真っ直ぐステゴの姐御に見つめられ、オレは真正面でそれを受け止める。
「…行くよ。オレ、短海トレーナーを信じてるから」
そういえば姐御はフっと口元を緩める。
「お前ならそう言うと思った。ほら、お守り代わりの髪飾りだ」
差し出された手の上に乗っていたのは菱形が四つくっついたような金のモチーフだった。耳の飾りの空いてる方のリボンにつければ姐御はサムズアップする。
「お前も俺達黄金の一族の一員だ。頑張ってこい」
突き出した拳にオレも合わせればゴルシ姉ぇ達も同じように拳を突き合わせてきた。
「私の妹なんだ、どかーんとでっけぇ記録作ってこい!」
「お前の体の安全を願ってる」
「ドリームトロフィーシリーズで待ってるから、トップとってこい」
正直、涙が出そうだった。不安しか無い障害レース。こんなに激励されているのだから、何がなんでもトップを取ろうとオレは心に誓った。 - 6二次元好きの匿名さん22/10/14(金) 23:33:22
オリウマスレに居た人かな?
- 7122/10/14(金) 23:34:16
特訓を経て障害の未勝利戦。初めての障害にビビってしまいドベになってしまった。経験しないと分からない部分が多かったが、それらを含めて更に次の未勝利戦を続けて挑み、ようやく勝ち抜けオープンまで上がってこれた。
「障害の王者・アップトゥデイト、ねぇ…」
暮れの中山大障害。年に2回しか無い、障害レースのG1だ。J・G1の勝ちウマはおよそ2年ごとで変わり、現在その玉座に座っているのは芦毛のアップトゥデイト。彼女の前のレースをみて対策しようとオレはビデオルームで映像を見ていた。
「はー…あいつのジャンプすげー綺麗…」
思わず声が出てしまうほど、アップの超越は綺麗だった。10年に一度と呼ばれるに相応しいウマ娘に違いなかった。
「オジュウはジャンプ下手だもんな」
「短海!来たならノックくらいしろ!」
「ごめんごめん、オジュウが対戦相手について調べてるのが珍しくてな」
どっかりと隣に座った短海はレース映像が流れる画面を見ながら言った。
「…怖いか?はじめての大障害」
「怖くない……っつったら嘘になるな」
画面はちょうど2度目の襷コースで大いけ垣をアップが飛んだ場面だった。
大障害コースにある高さ1.6メートルの大いけ垣と大竹柵。J・G1はあの高さを飛ばなければならない。
「でもトップ取るならあの高さもクリアしなきゃならないんだもんな。怖がってる暇はない」
「だな。ま、イメトレも程々にな。この後はスタミナトレーニングだからな」
「りょーかい」
退出するトレーナーに生返事で返し、映像を見続ける。巻き戻し、横からのカットに切り替わったタイミングで再び再生する。綺麗なジャンプをする為には障害の手前で減速して歩数を合わせる。何回も確認する。
障害前。
減速。
歩数を合わせて踏み切ってジャンプ。
飛んだ高さがあるから擦り傷も少なく済む。
……よし、覚えた。
リモコンを取って片付け棚にDVDを戻す。
近いうち、絶対に王者の座に座ってやると闘志を燃やし、短海の待つプールへ足を向けた。 - 8122/10/14(金) 23:34:56
そうっす!
- 9122/10/14(金) 23:39:04
そして来たる初の暮れの中山大障害。
「後輩には負けないよ!」
意気揚々と跳び走り抜けるアップトゥデイトに、オレは追い縋ることすらできなかった。
上手く歩数を合わせて飛ばなければならないのに感覚が上手くつかめない。歩数が合わない。無理やり飛ぶが速さが足りない。完敗だった。 - 10122/10/14(金) 23:41:19
「クソッ!あんなにシュミレートしたのに全然だった!」
ダァンとターフから退場する地下道の壁を殴る。奥歯をギリギリと噛み締める。
何がダメだった?
そりゃあ障害までの距離・歩数・速さのバランスが噛み合わず体勢が崩れてしまったから。スタートもズブい。今までのレースもそうだった。せっかくオープンまで登って来れたのに、オレはここまでなのか…?
「おーい!オジュウ!まだここにいたのか!」
「短海…」
悔しさで足が止まっていたオレを見かねてトレーナーが迎えに来てしまった。申し訳なさで顔を合わせられない。
「オジュウ。オジュウのレースを見ていてちょっと気づいたことがあるんだ。楽屋まで来て欲しい」
「気づいたこと…?」
首を傾げていると短海に手を引かれ、自分達の控え室まで連れられた。 - 11122/10/14(金) 23:41:47
バックダンサー用のライブ衣装に目も向けず、短海は控え室内のモニターにDVDを差し込んだ。
…オレの今までのレース映像が流れ始める。編集はされているが、どれもゲートが開く直前のものだ。
「ほら、ここ。この場面。オジュウは耳を気にして考えている。今日のレースもそうだった」
「…何が言いたい?」
「髪飾りとセットで付けていた耳カバー、取ってレースをしてみないか?」
「耳カバーを?」
ピルンと耳を動かす。そういえば横髪に付けていた髪飾りとセットで売っていた耳カバーを今まで付けていたことに気がつく。他のウマ娘がどうしても気になるせいで横髪を纏めるついでに付けていた、ウマ娘のお洒落の基本である耳カバー。確かに外して走ったことはない。
「耳を気にして集中力を欠いている、そうだろ?後オジュウは障害を飛越する時に考えすぎる。オジュウの場合だと感覚で飛んでいった方が早いと思うんだ」
いいかオジュウ。と人差し指を立てて短海は言った。
「ヒトの世界もそうだが、障害というものは"越えれば"いいんだ。障害を越えて誰よりも早くゴールした者が勝つ。ヒトの世界でもハードル走でとても強くて有名な男がいるが、そいつの異名は『ハードル薙ぎ倒し男』。俺が言いたいことがわかるか?」
頭のモヤが晴れていく感覚がした。
そうか、障害を"越え"ていればいいのか。そして越えられるのであればその越え方の是非は問わない。
ゆっくりと水色の耳カバーを抜き取り、短海にそれを渡す。クリアな短海の声が耳に入った。
「今日の惨敗は次の勝利への過程だ。次こそ、絶対に勝つぞ!」
「あぁ!」
短海の突き出した拳に己の拳を合わせ互いに頷いた。 - 12122/10/14(金) 23:42:40
ライブでバックダンサーを務めながら脳内は次のレースのことばかり考えていた。センターを飾るアップトゥデイト。次のJ・G1、絶対勝ってセンターになってやると静かに闘志を燃やしていた。
思えばこれが転機だったと思う。
徹底的に練習を積む。
走り込み。勉学。飽きないようにバリエーションのある調教、そして森林調教。
ウッドチップが敷いている森林バ道での30分体全体を使って徹底的に歩く。トモが緩いオレに短海が提案した調教だ。
次の障害OP戦。効果は絶大だった。
スタートの出遅れが劇的に改善し、仕掛けどころが感覚的にわかる。耳カバーを外しただけでだ。結果的にニホンピロバロンに勝ちを譲ったが、オレはバロンの2着。位置取りが悪かっただけ。次は。次こそは。短海とJ・G 1への思いを強くした。 - 13122/10/14(金) 23:43:39
春の大一番、中山グランドジャンプ。アップトゥデイトは回避したがまだ強敵がいる。サナシオンだ。
圧倒的一番人気を誇るサナシオンはスタートからハナを切り得意の逃げを打ってきた。
早い。四番人気のブライトボーイもサナシオンをすぐ後ろにつけている。オレはその後ろで追走する。人気は二番目だが形だけ。そう思ってる奴らに目に物を見せてやる。
粛々と進行するレースが動いたのは終盤、外回りの芝コースのハードル障害を飛越した後。
サナシオンがブライトボーイを突き放そうとスパートをかける。
ここだ。
地面を踏み込み、外からサナシオンに競かける。ジリジリと確実に差が縮まる。最終障害飛越後にはたったの半バ身差だ。いける。勝てる…!
歓声の中、聞き分けられる訳ないのに…短海の声が聞こえた気がした。
「行け!オジュウーー!!」
体が泡立つ感覚。勝ちたいと体が叫んでいる。
「勝つのは………オレだぁぁああ!!!」
直線半ばでサナシオンを捉え、そのまま叫びながら突き放した。
一際大きい歓声が上がりゴールしたことを知る。ゆっくり足を緩めて、そして立ち止まる。見上げた電光掲示板には、腕章に付けられたオレの番号7が一番上に煌々と輝いていた。サナシオンとの差は三バ身半。完勝だ。
「おっっっっしゃぁぁぁ!!!」
渾身の叫びと共にオレは右手を大きく振り上げた。勝った。とうとうオレはG1を勝ったんだ!
一年半前まで未勝利でさえ勝てないただの落ちこぼれだった。障害初レースなんて14番人気14着。そんなオレは長い旅のような道の末に短海と共にG1のタイトルを取ったのだ。嬉しくて嬉しくて、駆け寄った短海と共にこの喜びを分かち合った。この時の写真をゴルシ姉ぇに写真に撮られていたことは恥ずかしいけど、オレの宝物だ。 - 14122/10/14(金) 23:44:50
春のJ・G1を手に入れたオレは相変わらず練習に打ち込んでいた。
周りの人々やウマ娘達はオレの実力に疑問符を浮かべていた。フロックではないか、と。
確かにこの前の中山グランドジャンプな層が薄かった。サナシオンも長丁場のJ・G1はスタミナ不足があったと言われている。その間にオレは滑り込んだだけ、そう思われていることはオレもわかっていた。何しろ、話題はオレの勝利よりサナシオンの敗因で持ちきりだったから。だから、オレはなおのこと練習に励む。オレと短海の目標は次のレースに向けられていた。G3の東京ジャンプステークス、その次はG2の東京ハイジャンプ。みんなにオレの実力を見せてやるんだ。 - 15122/10/14(金) 23:45:26
危なげなく東京ジャンプステークスを突破し、10月の東京ハイジャンプに進む。
ここでオレは予想外の事態に襲われる。
ウマソウルの暴走。それが9番のラグジードライブに起こっていた。チラリと見れば、困惑した顔で自分の意志に関わらず彼女は次々とウマ娘を抜き去っていった。あっという間に先頭だ。ウマ娘にはごく稀に起こるウマソウルの暴走がある。原因も不明。故に対処が全くない。実に不可解な現象なのである。こうなると他のウマ娘は巻き込まれないようにペースを落とさざる終えない。競争も中止でゴールしても入線にはならない。
ペースを上げられないまま最終コーナーから直線へ差し掛かる時、そろそろスパートをかけようとしたその時だ。
「なっ!?」
コーナーを曲がりきれずラグジードライブがオレを押し出すように大きく膨らんできた。
「あ、ごめん…!でも体が……!」
謝ってくるが、それでもラグジーのウマソウルは暴走が治らない。いいじゃねえか。今のライバルはラグジードライブじゃなく、ラグジードライブのウマソウル。暴走の元であるそれもまとめて根性で跳ね返してやる!
併せウマ状態でオレはラグジードライブと走り、そのまま2人先頭でゴール番を通過。掲示板には天辺にオレの番号2が灯っていた。
ラグジードライブは程なくして救急搬送されていった。ごめんと何度も言っていたが、こっちも大丈夫だと何度も伝えた。実のところ、オレは知ってしまったのだ。強く者と戦うことのワクワク感。つまらないと思っていたレースも、レースの為の調教も、楽しいってことを。勝ったらうんと褒めてくれるってことも。だから、ラグジードライブには感謝している。早く暴走が収まってくれるといいな。
悲しいことにラグジードライブはターフには戻って来なかった。彼女は障害科からサポート科に転入し、ウマ娘の体や魂について研究をするのだそうだ。自身の身に起こったウマソウルの暴走などの不思議を解き明かしたいらしい。 - 16122/10/14(金) 23:46:49
悲しんでいても何も進まない。今年の最後、暮れの大一番である中山大障害にオレは意識を向ける。ライバルは多い。
前年の王者アップトゥデイト。
リベンジに燃えているサナシオン。
今年の初戦で唯一オレに土をつけたニホンピロバロン。
ファンの間でこの強者の集いに大盛り上がりだったが、レースの前にサナシオンとニホンピロバロンが屈腱炎を発症してしまった。ニホンピロバロンは長期休養になったが、サナシオンはトゥインクルシリーズを引退となってしまった。
最終的にはアップトゥデイトとオレの新旧王者のぶつかり合いとなった。
アップトゥデイトとの再戦。強敵も強敵だ。耳カバーを外してからはまだ一度も戦っていない。どこまで通用するか不安でもあり、楽しみでもある。ファンの一部は「戻って来れば勝つのはアップトゥデイトだ」と囁かれているらしい。
控え室で胸元のスカーフを整え、9の数字がつけられた腕章をつけ短海に向き直る。
「オジュウ。いよいよアップとの勝負だな」
「あぁ、倒すべき相手は前王者のアップトゥデイト。挑戦者として目一杯頑張ってくるよ!」
互いに拳を突き合わせ、強く頷いた。
王者の席は一人分。そこに座るのはこのオレだ。 - 17122/10/14(金) 23:47:39
ゲートが開きレースが始まる。
少しバラついたスタートになったが、隊列は早々に決まった。1番のドリームセーリングがハナを切り、それを追走するアップトゥデイト。オレは少し離れてアップをマークする3番手に落ち着きレースを進めた。
淀みなくレースが進む。
勝負を仕掛けたのは9個目の障害を越えた後のアップトゥデイトだった。じわじわとドリームセーリングに体を合わせていく。それを見ながらオレも距離を詰めていく。
3コーナーのバンケット前でオレとアップは揃ってスパートをかけた。
先頭を走るドリームセーリングを置き去りにし、最後の障害を越えた頃にはオレとアップの二人のマッチレースになっていた。大きな歓声が上がる。
平地での足には自信がある。余力も充分。いける!
踏み込みオレは末脚を炸裂させる。
「世代交代だ、アップトゥデイト!」
ぐんぐんと速度を上げていき、アップを突き放してゴール板を駆け抜けた。ガッツポーズをして喜びを表す。遅れてやってきたアップトゥデイトは悔しそうな顔をしていた。
年2回のJ・G1の連覇を含む四連覇のオレは名実共に完璧な障害ウマ娘になった瞬間だった。
年末に行われたURA賞では何と満票で最優秀障害バに選出された。満票での選出は41年振りの2人目らしく、誰もが認める障害王者になったのだ。 - 18122/10/14(金) 23:49:29
年を越え、始動戦の阪神スプリングジャンプは他のウマ娘達の包囲網を組まれたけど、危なげなく突破し快勝した。勢いのまま春の中山グランドジャンプへ向かい、またアップとの勝負。仕掛けどころを迷っているような彼女を尻目に向正面で抜け出し、サンレイデュークも突き放し先頭でゴール。
ゴール後のライブも大盛り上がりだ。少し照れるが「オジュウチョウサン」の文字が書かれたうちわがあちこちで振られていて嬉しい。最前列にはゴルシ姉ぇや姐御達が陣取ってサイリウムやらうちわやらを激しく振っていた。そんなに振らなくてもわかりやす過ぎて視界に入るからもう少し落ち着いて欲しいほどだった。後ろの方に見えたラグジードライブにもファンサービスをしたが、見てくれただろうか?右足の痛みを見ないふりしながらそんなことを考えていた。
控え室に戻った時、短海が迎えて来れたが頭をスパーンと叩かれる。
「オジュウ。お前右足痛めてるだろ」
「え?な、何のことカナ?」
「誤魔化すな。ダンスの動きが若干崩れてた。今から病院行くぞ」
さすがオレのトレーナーだ。ウマ娘の異変にはすぐ気づく。かくして、オレは短海に引き摺られながら病院に連れていかれ、めでたく剥離骨折の診断を受けたのだった。 - 19122/10/14(金) 23:50:05
骨折休養明け東京ハイジャンプ。この日昨日からの雨で重バ場だった。出走メンバーは重賞常連が多く申し分ない。
「オジュウチョウサンが負けるならココ」と一部では言われていたが、それでも1番人気。ファンに応える為、ゲートに入る前大きく深呼吸をした。
ゲートが開きレースが始まる。オレは目を見開いた。1番、芦毛のタマモプラネットが後続をぐんぐん突き放していく。大逃げだ。2番手のグッドスカイとの差でさえ17バ身、いや、18バ身か?3番手のオレまでは20バ身以上ある。
このメンバーで唯一のG1バの為トップハンデが課せられたオレに勝つには大逃げしかない、と考えたんだろう。走りながら考える。
4コーナーでグッドスカイを交わして2番手に上がるが、まだ10バ身ほど開いている。
…勝負をかけるならこの最後の直線だ。
ギシ、と濡れた芝が鳴るくらい踏み込みスパートをかける。全然余裕がある。あっという間に差が縮まり、並ぶ間も作らせず突き放しゴールすれば、後ろのウマ娘からは逆に10バ身差をつけていた。
「王者の時計は止まっていませんでした」のアナウンスにニヤリとしてしまう。止まるわけがない。オレの時計は黄金製なのだから。 - 20122/10/14(金) 23:51:40
3回目の暮れの大一番、中山大障害がやってきた。
オレの勝ち負けではなく、俺がどうやって勝つかの議論が白熱していた。そんな中、レース前の控え室の扉がバタンと開く。
「うわ!ビックリした。…って、アップさんか。どうしたんすか?」
オレの控え室にやってきたのはアップトゥデイトだった。いつもの垂れ目は鋭い目つきになっていて気迫さえ感じる。
「…この中山大障害、私が主導権を握ります!」
ベシィとローテーブルに封筒のようなものを置き、それだけ言ってアップは帰ってしまった。
「…血気に迫る雰囲気だったな。オジュウ、テーブルのはなんだ?」
「あ、あぁ。どれどれ…は、果し状?」
白い封筒のような紙を開くと蛇腹に折られた用紙に達筆な字で文字が書かれていた。
『主導権を握り、あなたに勝つ』
たったそれだけが書かれていた。
「王者奪還を狙っているんだろうな」
短海が呟く。それはオレも考えていた。ただ、アップがどうやってやるのかがわからない。まあ、敵に戦略を教えるわけないからわからないのも当然だが。
「…受けてたとうじゃない。アップトゥデイト…!」
蛇腹の紙を元通りに戻し、果し状を短海に預ける。勝負をふっかけられたのだ。気を引き締めて控え室を出る。
「行ってくる!」
「あぁ、頑張ってこい!」
短海に笑いかけ、扉を閉めた。
どんな策を練っているか知らないが、オレがまとめて跳ね返してやる…! - 21122/10/14(金) 23:54:20
ゲートに入り、チラリとアップを見る。彼女は真っ直ぐ前を見つめていた。さあ、どんな策を練ってきたのか。
体制完了し、ガチャンとゲートが開く。まず最初の障害を飛越した後、観客席がザワザワと騒ぎ始める。一瞬気を取られたせいで体勢を崩し、スズカプレストとクランモンタナに前を塞がれてしまった。さあどこで抜くかと前方を見ると、芦毛の髪が全く見えない。
「まさか…」
オレは冷や汗を流す。信じられない光景が目の前にあった。
「あいつ、大逃げを打ったか…!」
大逃げは人気薄の穴ウマ娘が取る戦法だが、決して人気薄じゃないあのアップトゥデイトが逃げを打って出るなど前代未聞だ。控え室に来た時血気に迫る雰囲気が出てたのはこれだったのかと腑に落ちた。元王者の決死の覚悟なわけだ。
場内がどよめきに包まれている。
アップトゥデイトへの声援が響いている。彼女のトレーナーも「頑張れ!」声を上げていた。
負けねぇ。
オレの中の闘志に火が灯る。
逃げを打ったとなれば、オレは捕まえる側だ。何バ身離れていようが関係ねぇ!必ず捕まえてみせる!
レース中盤もペースは衰えていない。アップトゥデイトは未だに前だが、オレは20バ身以上あったその距離をジリジリと詰めていく。3コーナーの坂を下って登ったところでスパートをかける。4コーナーの手前の障害を飛んだ頃には差は5.6バ身くらいにまで縮まった。4000メートルも走るアップトゥデイトはもう息切れしてるはずだ。しかも大逃げをしたのだ。限界のはず。
ダートを横切る前で既に後続は大きく離れてオレとアップのマッチレース。
実況音声が場内に響き渡る。
「前王者か!?現王者か!?青枠2人の追い比べに変わる直線!」 - 22122/10/14(金) 23:58:41
「勝つのはオレだ…!」
「私だって……負けられないの!」
斜め右前のアップトゥデイトが一瞬息を入れ末脚を維持して走る。負けない、負けられないのはこっちもだ!末脚をも凌駕する走り…全身全霊を持って腕も脚も大きく振ってアップトゥデイトに並び…捕まえ……追い越しゴール板へ……!!
「オジュウチョウサン!オジュウチョウサンゴールイン!!2着アップトゥデイト!3着に追い込んだルペールノエル!そしてシンキングダンサー!」
実況が着順を叫ぶ。脚を止め電光掲示板へ振り返る。観客席からの拍手や指笛が鳴り止まない。タイムはなんとシンボリモントルーの記録を凌駕した4分36秒1のレコード。
J・G1四連覇の大記録を樹立させたオレは観客席に向き指を一本立てて大きく手をあげる。勝者はこのオレ、オジュウチョウサンだと示すように。
「オジュウ」
肩で息をするアップが近寄りながら話しかけてくる。
「…四連覇おめでとう!」
差し出された手をがっちり握り握手する。会場がまたワッと盛り上がる。
「でもまだ終わったわけじゃない。次のG1……中山グランドジャンプでまた戦おう!」
「望むところだ!」
次のレースの約束をして手を離し、オレ達は控え室へ脚を向ける。
「いやぁ、最後完全に2人の舞台だったね」
地下道で声をかけたのはルペールノエルだった。
「あたしがウイニングライブで2人の隣にいていいか不安になるくらい!」
あははと彼女は笑っている。隠しきれない悔しさを滲ませながら。
「ルペールノエルだって最後追い込んだ結果3着になれたじゃん。もっと誇りなよ」
「…そうだね。でも次こそはオジュウに勝つ!」
「ふふっ、玉座に座って待ってるよ」
軽口を叩きながら地下道を抜け、控え室前でルペールノエルとわかれる。 - 23122/10/14(金) 23:59:26
「おめでとうオジュウ!」
「おうよ!」
拳を突き合わせ短海と勝利の余韻を分かち合う。
「アップトゥデイトのあそこまでの大逃げ…俺は正直ヒヤヒヤしてたよ。オジュウなら捕まえられると信じてはいたけどさ」
「一世一代の大逃げはオレもギョッとしたよ。でも勝ててよかった。次はピッタリマークしないとな」
「オジュウはもう次のG1を意識してるのか」
短海に言われ、そうだと頷く。
「レース、楽しいからさ。勝つとライブでセンターになれるし、短海も褒めてくれるし。何よりレースで勝つってことがたまらなく嬉しいから」
「変わったな、オジュウ。以前は飽きっぽい性格だったのに」
「人も変わるってもんよ。さあ、次はライブだ!応援してくれたみんなに気持ちを返さないと!」
笑い合い、そして改めて短海に礼を言った。
「オレを障害レースに誘ってくれてありがとう、短海。オレ、これからも頑張るよ」
オレの言葉に短海は強く頷いた。 - 24122/10/14(金) 23:59:53
ウイニングライブは大盛り上がり。姐御達はいつにも増してうちわやサイリウムを振りまくっている。…あそこにいるのはラグジードライブ!あいつもオレの名前入りうちわを持ってる。嬉しくて歌の合間にアイコンタクトを取れば気づいたみたいでブンブンとうちわを振ってる。
「ありがとうみんな!オレはこれからも頑張っていくから応援してくれ!」
観客に向けて宣言すれば会場を揺らす程の大きな歓声と応援の声がその場に響いた。
この後、オレは障害ウマ娘としては異例のぬいぐるみ化とヒーロー列伝に抜擢される。他にもボールペンやクリアファイル、パスケースやスマートフォンなどグッズ化がされた。短海との要望でぬいぐるみは大生垣を踏んづける形で登場し、ヒーロー列伝はステゴの姐御の一文と構図を参考にして正面から大生垣を飛ぶ写真で作られた。
そして驚いたのは、年度代表ウマ娘についてだ。ほぼ完璧に近い成績を残したキタサンブラックが年度代表ウマ娘に選ばれたが、満票ではなかった。三票、別のウマ娘に投票されていたというのだ。内訳を見た時オレは驚いた。その三票はオレに入れられていたのだ。他の名だたる平地のウマ娘ではなく、障害ウマ娘のオレに、だ。こんなこと、グランドマーチス以来の珍事だ。インタビューも一気に増え、乙名史さんからはめちゃくちゃ質問された。特集を組むのだとか。 - 25122/10/15(土) 00:01:37
皐月賞の前日に行われる中山グランドジャンプ。普段は見向きもされない障害レースだが、オレがJ・G1を四連覇してからは盛り上がりを見せていて、今回の中山グランドジャンプは競バ新聞社はこぞって特集を組み、ファンの間ではオレとアップのどちらが勝つか予想をしあっていた。オレの人気は鰻登りだ。
オレのグッズが専用売り場で売られていたのはちょっと笑ったけど。
年に2回のファンファーレが響き、レースが始まる。
ゲートが開き、やはりアップトゥデイトはハナをきって走り出した。大逃げをするつもりだ。今回のコース距離は大障害から150m伸びている。アップもそこにかけたのだろうが、同じ手は二度と食らわない。体感スピードは大障害より早い大逃げだけど、今回オレはアップを徹底的にマークをする。他のウマ娘も大逃げをさせまいと追随する様に走っていた。オレとアップのマッチレースにしてたまるか、という気迫を感じる。
マイネルクロップは先頭のアップトゥデイトに何度も競りかけ、対するアップトゥデイトは意地で先頭を死守している。オレもクランモンタナにマークされながらアップにプレッシャーをかけ続けた。タイムは酷く早くなっているだろう。
そして先頭争いから最初に脱落したのはアップに何度も競りかけたマイネルクロップだ。芝の外回りコースに入るあたりでニホンピロバロンに交わされ後方へ体が埋もれていく。オレをマークしていたクランモンタナも失速し隊列は先頭からアップトゥデイト、オレ、ニホンピロバロンとなる。 - 26122/10/15(土) 00:02:39
レースの最終局面。
もはや気力だけで走っているアップを見てオレはスパートをかけた。短海からは最後の直線で仕掛けろと言われていたが、余力がある今行けると踏んだからだ。
4コーナー手前で順位が変わる。最後の直線でさらにアップトゥデイトを突き放し独走状態でゴール板を通過した。
かなりのハイペースで走った自覚があり掲示板を仰ぐと4分43秒0のレコードを更新していた。これでJ・G1を五連覇。
「こんなに逃げたのに、ぴったりマークされるとは思わなかったよ…」
荒い息でアップが言うが、そう言う彼女も自身のレコードを超えている。バテバテなのに後ろのニホンピロバロンを大きく突き放したのはすごいことだ。
「オジュウ、もう障害でやること無くなってない?」
ニホンピロバロンが話しかけてくる。まあな、と意味深に笑っておいた。首を傾げた彼女が、いや、その場にいる全員が驚く発言はライブ後に発表だ。
ライブを一通り開催し、オレはマイクを握り直す。兼ねてから短海と話し合っていたことを言うためだ。 - 27122/10/15(土) 00:03:17
「みんな、オレはこれから大きな挑戦をする」
声色が真剣なオレに客席がざわつく。
「オレの今後の目標は…有マ記念!」
ざわつきが大きなどよめきに変わる。そりゃそうだ。落ちこぼれが行き着く先の障害ウマ娘が有馬だなんて。加えてオレは平地では一勝もしていない。
「言いたいことはわかる。全部わかっている。オレは平地では一勝もしていない。有マ記念に出場する資格すらない。だから、次のレースは開成山特別を見据えている。そこで勝って、資格を得て、夢のレース…有マ記念に出ることが目標だ」
舞台袖から壇上に上がった短海にマイクを渡す。
「去年の有マ記念のファン投票でオジュウに入れてくれた人がいたことがずっと心に残っていました。このままオジュウを障害ウマ娘のままで終わらせるのはトレーナーのエゴだと感じたんです。競バは突き詰めればロマンだと思う。だからこそオジュウにどのくらいの実力があるか一流ウマ娘をぶつけてみたいんだ。どうか応援して下さい!」
オレと短海は深く頭を下げる。
最初はパラパラと、それから会場中に拍手の音が広がった。応援の声も次々と上がる。
「俺は応援する!」
「平地でも見たかった!ありがとう!」
「オジュウの力を平地で見せてくれ!」
暖かいファンの気持ちを胸にオレは一度障害から離れることになる。
次のレースは七夕にある開成山特別。みんなの期待を背負って、久方ぶりの平地レースへ赴く。
当然、ネットでは平地では敵わないなどアンチ意見もあった。中にはトレーナー経験のある人の批判意見すらあった。でもオレは決めたんだ。ここまでオレを応援してくれるファンのために、平地に挑戦するって。 - 28122/10/15(土) 00:04:57
2018年、7月7日。七夕。この日福島競バ場は競バファンが押し寄せる。大勢の観客の目的はこの日の9レース目、オレが出バする開成山特別だ。ネットでは概ね暖かい意見だった。オレとしても久しぶりの平地に緊張していた。
控え室でゼッケンをしっかり装着し、平地用の靴の紐を結ぶ。軽い。障害レースよりも圧倒的に軽い。羽のようだ。
「あはは、軽すぎてビックリしたか?」
「ああ。羽みたいだ」
「羽は言い過ぎじゃないか?」
準備もできたところで短海といつものお決まりの行動、拳を突き合わせをする。
「平地でも強いってこと、見せてこい」
「おうよ!」
シンプルなファンファーレが響き、ゲートに入る。体勢完了だ。
ガコンとゲートが開き走り出す。うん、スタートもバッチリだ。スッと控えて8枠の2人を先に行かせる。いい位置に収まった。
1コーナーは4番手で回っていく。淡々と引っ張っていく11番のバレエダンサーに向正面でジワっと並んでいく。足が軽い。ちゃんと平地のスピードについていけている。いける!
3・4コーナー中間で先頭に立ち、後続を引き連れる形で4コーナーを回り最後の直線。平地の足は自信がある!スタンドの歓声が力になった。
末脚を出して後続を突き放し、二バ身程リードしたままゴール板に突っ込む。ものすごい拍手が起こり、完璧に勝ったことを確信した。正直まだ走り足りないくらいだ。
「オジュウチョウサン、平地でも連勝は止まりませんでした!」
アナウンサーも興奮した声で告げ、オレはスタンドに向けて大きく手を振った。
これで有マ記念への出走権利を手に入れた。 - 29122/10/15(土) 00:06:18
まだ平地を一勝しただけな為、南武特別にも出走しようとトレーニングを続けていたある日、トレーナーが一枚の封筒を持ってきた。縁が赤と青と白が交互に彩っている……海外からの封筒だ。宛先はオレ宛。裏を見てみるとなんとフランスギャロの文字が書かれている。
恐る恐るトレーナーとその手紙を開くとオレは目を見開いた。
「カドラン賞の出走オファー!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。カドラン賞はパリのロンシャン競馬場で行われる芝4000mの長距離G1だ。
「おい…これって」
「ああ、オジュウはフランスからG1に挑戦するに値するウマ娘だって評価されたことだ…!」
「凄い名誉を賜ったもんだなオジュウ!」
オレと短海の声ではない声が響く。振り返るとなんとゴルシ姉ぇが手紙を覗き込むように見ていた。
「うわびっくりした!いるなら言ってよゴルシ姉ぇ!」
「悪い悪い。フランスの芝はいいぞ〜!」
「確かに出てみたいけど…」
手紙をたたみ、短海と小さく頷いた。
「オレの今の目標は有マ記念。残念だけど断っておくよ」
「その為に今こうして頑張っているからな」
「…オジュウ達がそう決めたならアタシは何も言わないよ。フランス旅行は楽しいぞってことだけ言うだけさ」
ケラケラ笑って手を振り立ち去るゴルシ姉ぇに手を振りかえした。姉さんが行ったフランス旅行…ジャスタウェイ先輩と凱旋門賞に出る為だったのに、姉さんはトレーナーを森の中に置いてけぼりにしたり、レース直前にファンサービスしまくったりで本当にただのフランス旅行だった。因みにジャスタウェイ先輩は呆れていた。ゴルシ姉ぇと普段あんなに仲良しにしているのにレース当日は関係ないウマ娘だと振る舞っていたそうだ。 - 30122/10/15(土) 00:07:35
ちょっと驚くことがあったが、南武特別へ向かう。前日まで1番人気だったけど、当日は超良血ウマ娘のジナンボーといい走りを続けていて勝利は間近のブラックプラチナムにつぐ3番人気に落ち着いた。
好スタートを切り、グリントオブライトの2番手に付き、隊列はオレの後ろがジナンボー、トラストケンシンといった感じでレースが進む。逃げのグリントオブライトがスローなペースに持ち込んだからか、ジナンボーが少し掛かっているように見えた。後ろからオレを抜いて先頭に並んでいく。
でもオレは障害でスローなペースも経験している、まだ焦る時ではない。仕掛けるなら3コーナーからだ。
ジリジリと上がり、4コーナーを回り終わって坂の下からスパートをかけ前の二頭を抜き去っていく。
楽かと思っていたが、外から捲ってきたブラックプラチナムが迫ってくる。流石だ、いい足を持っている。
だけど。
「負けねぇ…っ!」
末脚を使い、半バ身抑えてゴール板を駆け抜けた。上がり3ハロンを34秒5で直前勝負のコースでも使える足を示し、大歓声のスタンドへ手を上げた。
これで平地で2勝、中央競バの連勝記録を11連勝で更新して記録も刻みつけた。
「おつかれ、オジュウ」
「ああ、ありがとう短海」
拳をコツンと合わせ、タオルを受け取る。オレ達は次のレース……有マ記念へと向いていた。
有マで出走して見せ場なく沈む、なんてことないように明日からのトレーニングを頭に浮かべていた。 - 31122/10/15(土) 00:08:51
そしてついに始まる有マ記念ファン投票。
自分で投票するつもりはないけど、試しにウェブで投票ページを開いてみた。
「へー、投票ページってこうなってるのか。どれどれ、試しにG1レース結果で探すか……あっはは!」
食堂で笑い声が漏れてしまい周りの目が痛いが、これで笑わないわけがない。何しろ、開いた『G1レース結果で探す』を押すと1番上にオレの名が乗っていたのだ。後でステゴの姐御に聞いたのだが、去年までレース結果に中山大障害と中山グランドジャンプはなかったらしい。ここまで露骨なのは珍しい、とのこと。考えたよな、URA。
そして出た結果はオレの平地での2勝で一気に注目が集まり、なんと10万票の大台に乗った堂々の3位。めでたく出走権を獲得したのだった。 - 32122/10/15(土) 00:09:48
巷で「G1に出るようなトップレベルのスピードなどないし大差で最下位」や「先行すらできる訳もなく後方追走」などと囁かれながらも有マ記念当日がきた。
応援の形として前売り段階で単勝2番人気、レース直前は5番人気の支持を受けた。
控え室で勝負服に身を包み、深呼吸をする。オルフェ姉ぇ達が出走した有マ記念。オレはとうとうその場に立つんだ。
「ついにこの日が来たな」
「あぁ。夢にまで見た有マ記念に出るんだ。ちょっと緊張する」
武者震いして短海を見つめ、言う。
「全身全霊で、頑張ってくる!」
「オジュウの力を見せてやれ!」
拳を合わせ、オレ達は大きく頷いた。
有マ記念は名馬が名を連ねる。レイデオロ、キセキ、サトノダイヤモンド、ブラストワンピース、クリンチャー、シュヴァルグラン、マカヒキ…他にもたくさん。その中にオレはいる。枠入りでさえビリビリとした空気を感じ高揚する。ガコンとゲートが開きレースが始まった。
好スタートを切り一瞬ハナを切り歓声を浴びる。すぐ外からキセキがハナを主張しオレはスッと控える。先行も控えもできるミッキーロケットと共に先団を作り淡々とレースが進む。そして迎える2回目の4コーナー。
苦しい。脚が取られる。速度が全然違う。何度も息を入れてるのに周りは何ともないように走っている。これが平地G1で戦うウマ娘……!!
でも…!!
全身全霊で踏み込み一瞬脚を使って走る。大歓声がまた巻き起こる。
ゴール板を駆け抜けた結果、9着。やはり平地のレベルは違った。1着はブラストワンピース、2着レイデオロ、3着がシュヴァルグランだった。
でもレースさえさせてもらえず大差負け、という評価を覆し、オープン級で勝負かできることを示せたことを証明した。
更に4コーナー回ってまだ足が残っていたことを魅せたことでファンにも勇姿を見せれたことにも満足した。 - 33122/10/15(土) 00:10:34
満足はした。
楽屋に戻ると先に短海が待っていて、椅子から立ち上がり何も言わずにオレを待っていた。トボトボと歩き、短海の胸元に額をつける。
「……頑張ったな、オジュウ」
「あぁ…。平地は…強いな。全然敵わなかった」
「そんなことない。ダービーウマ娘のマカヒキに勝ったじゃないか」
「そうだな…そうだな……ッ!」
堪えきれず涙が溢れたが、短海は何も言わずひたすら頭を撫でてくれていた。久しぶりに味わった悔しさ、名馬に挑戦できた嬉しさ、ぐちゃぐちゃになって涙になって溢れていた。それでもオレはこの日のことと絶対忘れないだろう。 - 34122/10/15(土) 00:13:24
ちょっと席外します
- 35122/10/15(土) 00:41:10
戻りました
続けます! - 36122/10/15(土) 00:43:47
2018年の日本競バ会を盛り上げた1人だと讃えられ、オレは2年連続で東京競バ記者クラブ賞特別賞を受賞した。また、春の中山グランドジャンプの勝ち方が見事だったことが印象強かった為、なんと3年連続3度目の最優秀障害ウマ娘に選出された。
授賞式では平地と障害の二刀流を宣言し、記者達から温かい拍手が起こったことをよく覚えている。
この後、障害レースは順調に勝ちを取ってくることができたが、平地はてんでダメだった。六社ステークスは10着、アルゼンチン共和国杯は12着。1番良かったステイヤーズステークスでも6着だった。
ただ後悔はしていない。自分という障害ウマ娘が平地を走る、障害レースに目を向けさせるということができたのだから。オレはもっと障害レースを盛り上げたいと思っていたから。
翌年、二刀流から障害レースに専念することを決め、目標を阪神スプリングジャンプへ定めた。
ステイヤーズステークスで見せた平地力は本物だと評価され1.7倍の1番人気に押される。前年の中山大障害優勝ウマ娘であるシングンマイケルは2番人気、次代のエースと目されたトラストとの三強となった。
レースは好スタートを決め前を主張するウマ娘にハナを譲り4番手でレースを進める。逃げのブライトクォーツ、それを追うトラスト、少し離れてオレとシンキングダンサー。後ろには勝ちを狙っているシングンマイケルだろうか。まるでオレの包囲網だ。いいじゃねぇか、前院まとめて跳ね飛ばしてくれる…!
ジリジリ先団に距離を詰め、3コーナーでスパートをかける。先頭に並びかけ、4コーナーで先頭を捕まえた。末脚で駆け抜けもう独走状態、そのままゴールを突っ切り振り返った。2着まで大体9バ身ほどか?まだまだ衰えは来ていないことに他のウマ娘達は震え上がっていた。 - 37122/10/15(土) 00:45:50
次のレースは中山グランドジャンプ。この日は最悪の天気だった。前日から雨も風も酷く大荒れ、レースが延期か中止になる恐れがあったほどだ。
好スタートは決めたものの、不良バ場でパワーとスタミナが必要なタフなレースになった。
まず大生垣でセガールフォンテンが転倒、芝の外回りコースでメドウラークは右肢跛行を発症して競争中止になった。そして最後のハードル障害でオレが飛越してコンマ何秒か後、嫌な音が聞こえた。
振り返ればシングンマイケルがハードルの前で倒れていた。ピクリとも動かない。
「シングンマイケル…!」
込み上げるものを押し殺し、再び前を向く。
「……ッ」
きっとウマソウルの暴走だ。あのパターンは…多分ターフには戻ってこれない。ぶつけようのない悔しさで脚を取られながら、先頭でゴールを突き抜けた。
掲示板にはタイム5分2秒9と出ていて、今まで出たレースで最長だった。着差も2着のメイショウダッサイの3バ身から大差、大差、8バ身、8バ身…と大きな差か出ていた。
確かに勝ちはしたが、後味の悪いレースとなってしまった。
のちに聞いたが、シングンマイケルは一命を取り留めはしたがウマソウルが非常に微弱になってしまい、サポート科に転入したそうだ。卒業後は自分のような競走能力が無くなったウマ娘の受け皿となるような会社を建てるんだ、と笑っていた。…また1人、ライバルを失ったオレは素直に前を向けるシングンマイケルが眩しかった。 - 38122/10/15(土) 00:47:44
次走は京都ジャンプステークスに出走した。
簡潔に言うと、オレはタガノエスプレッソに負けた。一つ下の後輩に負けたのだ。障害レースで5年に及ぶ無敗記録が破られた。最終障害で脚をぶつけて思うように走れなかった。いつもの低い飛越のせいだろう。感覚を見誤った。意地でバ券内に残ったけど、検査で脚の腫れが見られて中山大障害を回避せざるを得なかった。
中山グランドジャンプに向けて休養し、ジャンプの改善をしなければならない。連覇のかかる中山グランドジャンプだ、大きな記録を逃したくない。
そして件の中山グランドジャンプ。
体重を整え調整は十分。
レースが始まり、タガノエスプレッソと入れ替わりながらレースを引っ張ったが、大生垣を飛越したところで左脚に激痛が走った。
「──ッ!?」
気を取られた隙にスマートアペックスに抜かれ、4番手にいたメイショウダッサイと並走する形になる。ただの足首の捻りじゃないことはわかるが、そんなところで走りを止めたくない。メイショウダッサイにグングン突き放され、辛うじて掲示板に入ったが、座り込んでしまう。脂汗が止まらなかった。
「オジュウ!おいオジュウ!!大丈夫か!?」
慌てて駆け寄った短海に申し訳なく言う。
「悪い……脚折れたみたいだ」
レース後早速手術し、現役続行したいことを短海に言った。
まだ走りたい、まだ走りたいんだ。
絶対王者も言われなくなっても、衰えが見えてても。短海は酷く悩んでいたが、最終的にオレの意見を尊重してくれた。 - 39122/10/15(土) 00:48:38
そこから調教は身体の状態の様子を見ながら慎重に行われるようになった。
負荷のかけ方。
ジャンプ方法の改善。
本番を見据えトレーニング。
ステップレースとして東京ハイジャンプを使い、本番の中山大障害へと向かった。
四年ぶりの中山大障害。オレを破ったメイショウダッサイは繋靭帯炎で長期離脱していたが、東京ハイジャンプを勝ったラヴアンドポップに悲願のJ・G1制覇を目指すタガノエスプレッソとの戦いだ。
控え室で短海と戦術の最終確認をして、久しくしていなかった拳同士の突き合わせをする。
「今のオジュウは完璧だ。その姿、みんなに見せてやれ」
「もちろん。王者復活を短海にプレゼントしてみせる」
宣言し、オレは地下道へ向かった。 - 40122/10/15(土) 00:49:53
ターフに達、どこにいてもわかる姐御達に手を振った。
ゲートに入り、そして開く。
芝の4100mへ14人が走り出す。
ブルーガーディアンが大きく出遅れたが概ね順調にスタートを切った。
前目でレースを進めていく。
13番のビレッジイーグルが先頭だ。大体隊列が固まりビレッジイーグル、6番マイネルプロンプト、7番アサクサゲンキがいてその後ろに控える。大障害コースの高低差5.3メートルの深い谷を下って駆け上がる。ダートを駆け抜け、大きくジャンプし拍手が起こる。よし、大竹柵を超えた。逆回りに入り4番手に上がる。4コーナー過ぎたあたりの第5障害の生垣の直前で前に押し上げ3番手だ。3号坂路を下って駆け上がり、ジワっとマイネルプロンプトに並びかけ、2号坂路を駆け上がり2番手。最内で大生垣を飛越する為内へ内へコースを取っていく。順調だ。 - 41122/10/15(土) 00:51:59
先頭は未だビレッジイーグル。その差を二バ身、半バ身と迫っていく。
「オジュウ!?」
いつのまにか近くに迫ったオレにビレッジイーグルが驚き振り向く。
「前を向け!レースはまだ終わってねぇ!」
ゴクリと唾を飲み慌てて前を向き竹柵障害を越える。
ビレッジイーグルを交わし先頭に躍り出た。しかし後ろからブラゾンダムールの圧が見え、生垣前で一瞬息を入れる。ブラゾンダムールもいい脚をしている。それでも!
末脚を出すブラゾンダムールにオレは全身全霊を持って対抗する。
「世代交代したんだ!私が勝つ!」
「勝つのはオレだ!王者に返り咲くんだ!」
ああ、久しぶりに感じる。体が、魂が、勝ちたいと叫んでいる!
「オレは───絶対王者!オジュウチョウサンだぁぁああ!!!」
どんどん加速していく。もう目の前の光景しか見えない。ゴールがどこにあるのかもわからない。歓声が聞こえてゴール前の直線だとわかる。
「行け!オジュウ!!!」
「復活を見せてくれ!!」
「行け!勝て!」
「オジュウーー!!」
姐御達が、短海が、ファンのみんなが、オレの復活を願っている!叫んでいる!
「─ッ、だぁぁーーー!!」
首を下げ坂を駆け上がっていく。実況が何を言っているかわからないほど叫びながら必死に走っていく。
何かを追い越した瞬間、スタンドから割れんばかりの歓声が響いた。
「3番オジュウチョウサンだ!ゴールイン!!オジュウチョウサン復活のゴール!!」
脚を緩め振り返った。 - 42122/10/15(土) 00:53:59
追い越したのはゴール板。つまり…!
「よっしゃああああ!!!」
渾身の叫びで腕を振り上げる。オレは遂にG1勝者に返り咲いたんだ!
鳴り止まない拍手と歓声。たまらずオレの肩を叩き讃えたブラゾンダムールに笑顔を見せる。
「流石です、オジュウチョウサン。でも次は負けない!」
「あはは、オレの玉座、取れるものなら取ってみろ!」
強さを見せたブラゾンダムールにそう言って短海の元へ走る。
「短海!!」
「オジュウ!!」
思わず抱きつき短海を持ち上げグルグルと回る。
「短海!勝ったよ!短海!!」
「そうだ、オジュウは勝ったんだ!」
気の済むまで回した後、パシャリとシャッターを切る音が聞こえた。これは。
「最っ高の笑顔だったぞ!オジュウ!」
「ゴルシ姉ぇ!それにみんなも!」
そこには親戚達が揃い踏みしていて、なんとアップトゥデイトとラグジードライブもいた。
「復活おめでとう、オジュウ!」
「これ、2人からのです!」
アップトゥデイトとラグジードライブから大きな花束をもらい、さらに親戚達には胴上げされた。空中に飛ばされる最中、チラチラと視界に映る短海もからからと笑っている。ここには笑顔が絶えることはなかった。
表彰で優勝レイを首にかけられる。短海と挑んだ今までのレースの重みがそこにはあった。 - 43122/10/15(土) 00:58:20
ライブでセンターを飾り、会場内ではサイリウムの波が起こる。今まで見た中で1番観客がいたように思った。そしてオレは宣言するため、歌い終わった後一歩前に出た。
「レース中のみんなの声援、聞こえたよ。それでオレは力が漲って、勝てたんだ、ありがとう!オレはまだ現役を続けるつもりだ」
ワアア!と会場内に響いた。
オレの次のレースは阪神スプリングジャンプ、その次はレオーネが参戦する中山グランドジャンプだ。
オレは走りを止めない。まだまだ走りたい。みんなの声援が待っているから。ライバル、衰え、どんな障害だって超えられる。大切なパートナーの短海と一緒なら。
舞台袖で立っている短海を引っ張り出し、ファンに見えるように拳をコツンと合わせてみせる。
「オレ達はどこまででも超え続ける!トレーナーの短海と!だから、これからも応援してくれ!」
ファンのみんなに記憶と記録を刻みつける。
どうかこれからも見ていてくれ。
ーとあるウマ娘の狂詩曲ー
To be continued. - 44122/10/15(土) 01:02:35
以上です
ー完ーはつけません。彼の、彼女の物語はまだ続きますから。
こんな長文駄文を読んでくれた皆様に感謝!ありがとう! - 45二次元好きの匿名さん22/10/15(土) 01:10:08
名文だった、書いてくれて本当にありがとう
- 46二次元好きの匿名さん22/10/15(土) 01:18:51
読み応えのある素晴らしい話だった、ありがとう…
しっかしこうして読むと本当に化け物だなオジュウチョウサン - 47122/10/15(土) 01:48:44
耳カバーの件とか、ラグジードライブやシングンマイケルの件は結構頭悩ませてました。
pixivでも載せてるけど、2万字って…どんだけ書いたんだ自分…