- 1二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:57:18
「ゼファーはさ」
とある日の夕暮れ時。ヤマニンゼファーとトウカイテイオーの二人は、共同トレーニングを終えた後、揃ってはちみーを飲みに来ていた。
これまでも何度かこうして飲む機会があり、組み合わせも色々と楽しんでいる。
今日は硬め、濃いめの組み合わせ。ちょっと重く感じるものの、それもまた味の一つだろう。
トウカイテイオーがヤマニンゼファーに声をかけたのは、はちみーを半分ほど飲んだタイミングのことだった。
にしし、と笑いながら、トウカイテイオーはゼファーに問うた。
「トレーナーさんのこと、好きなの?」
一瞬、何を言われたのかわからなくなる。
トレーナーさんのことが、好きなのか?
はて、そんなのは当然、
「ええ、もちろん。私にとっての恵風です」
あの人とでなければ、あの3年間を走り抜けることはできず、秋天のような風になることもできなかっただろう。
自分の背を押し、そしてともに風になってくれる人。
ヤマニンゼファーはこれまでを思い返し、自然と笑みを浮かべた。
返答を聞き、トウカイテイオーはどこか不満げな表情を浮かべる。
あれ、と思う。 - 2二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:57:34
ヤマニンゼファーはコミュニケーションに難がある。それを彼女自身も自覚している。
それは独特なペースであったり、言葉遣いに由来するものであるのだが、ヤマニンゼファーにとっては「そういうもの」である。
しかし、そのコミュニケーション難に適応して見せたのが、自身のトレーナーと目の前のトウカイテイオーだ。
その彼女が、自身の返答を聞いて、ピンと来ない表情をしているのは不可思議だった。
「うーん、そういうのじゃなくてさ」
どうやら、意味は伝わっているらしかった。しかし、そもそも自分のほうが彼女の言葉を取り違えていたようだ。
そうなると、彼女は何を聞きたかったのだろう。
少しだけ待ち、トウカイテイオーが口を開くのを待つ。
そうして発された言葉に、ヤマニンゼファーは強く揺らいだ。
「トレーナーさんのこと、恋愛的な意味で好きなのかなー、ってさ」
「…………え?」
先程は、一瞬。しかし今度は、空白は長く続く。
聞かれた意味がわからなかったのではなく、存在しない概念を聞かされたような、あるいは「皇帝を超える」という言葉を聞いた、あのときにも似た衝撃で。
自分はどういう顔を浮かべていたのだろう、と。後のヤマニンゼファーは回顧する。
そして、一つの答えを出すのだ。
ああ、きっと、自分の胸にあるこの熱風は、あのときに吹き始めたのだ。
ならば、その表情は……さぞかし、颯を受けた鳥のように、呆けたものだっただろう、と。 - 3二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:57:47
それから数日。トウカイテイオーの問いが、胸の中をぐるぐると渦巻いている。
深く考えようとすれば、どうにも心が落ち着かなくなる。
「まるで、饗の風と凩が同時に吹いているよう」
トレーニングにも身が入らず、思わずそんなことをつぶやいてしまう。
トレーナーのことが好きなのか?
もちろんだ。迷いなく答えられる。
あの人は凱風な方で、自分にとっての恵風だ。ゴールした先にいる風見で、後押ししてくれる帆風。
共にここまで歩んできて、これからも共に歩む。二人で一つの風となり、先へ。
しかし、「恋愛的な意味で」好きなのか?
わからない、わからない、わからない。
ヤマニンゼファーはその問いに答えられない。
考え込んでいたためだろう、トレーニングの手が止まってしまっていた。
その様子を怪訝に思ったのか、彼女のトレーナーが声をかけた。
「ゼファー、どうかした?」
その声に、はっとする。
トレーニング中であったことを思い出し、慌てて、
「す、すみませんトレーナーさん。ちょっと考え事を……」
言いつつ、トレーナーに顔を向ける。 - 4二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:57:59
視界に入るのはいつものトレーナーの顔だ。
どこか心配そうな表情を浮かべつつ、こちらのことを見ている。
その顔を見たことで、再び、トウカイテイオーの問いが耳に響いた。
『トレーナーさんのこと、恋愛的な意味で好きなのかなー、ってさ』
瞬間、顔に熱が集まるのを自覚した。
とっさに距離を取る。あ、この動きはマズい。
自覚したのは、行動の後。トレーナーは心配そうな表情を深めた。
「もしかして、熱があるのか? すまない、気づけなくて」
言いつつ、こちらに近づいてくる。
熱を測ろうと、額に手を伸ばす姿を、ぼうっと見て、
「い、いえ、大丈夫です! 本当に!」
何故か焦り、更に一歩の距離を取る。
失礼な行動をしている自覚はあったが、今はどうにも、トレーナーの顔を見れない。
こちらの赤い顔も、見られたく、ない。
「す、すみません、今日はここまでにさせてください!」
自分の心がわからない。わからない。わからない。
しかしその場にいることに耐えられず、頬の熱さから逃げるように、その場を後にした。
心配そうな声を、背に受けながら。 - 5二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:58:10
顔が熱い。
近くで見たあの人の顔が、表情が。
近くで感じたあの人の息遣いが、温度が。
どれもこれもが、今の自分にとって、あまりにも刺激が強い。
「いったい、どうしたことでしょう……」
ベッドに横たわりながら考える。
トウカイテイオーとあの会話をして数日、トレーニングに身は入らず、トレーナーの顔はまともに見れない。
見てしまえばトウカイテイオーの問いが思い起こされ、顔は熱くなり、平常でいられなくなる。
まるで、あの選抜レースの前のよう。
言葉がうまく扱えないほどに緊張していたあのとき。
まだ担当トレーナーでなかったあの人に、どうか自分が風になる姿を見てほしいと願ったあのとき。
連鎖的に3年間を思い出す。
そこには、トレーナーと共に駆け抜けた自分の姿がある。
メイクデビュー。
ニュージーランドトロフィー。
葵ステークス。
スプリンターズステークス。
マイルチャンピオンシップ。
安田記念。
そして、三階級制覇を成し遂げた、天皇賞(秋)。 - 6二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:58:22
天皇賞(秋)に勝った時を思い出す。
憧れを超え、成し遂げた前人未到の三階級制覇。
あのときの達成感、そして風になれたという実感、そうした強い感情に押された自分は、
「…………っ!」
また、顔の熱。
思わず、だった。あまりの感情の奔流に流され、レース場、しかもファンもいるあの大観客の前で、つい抱きついてしまった。
ああ、なんとも恥ずかしい。思い返してみれば、とんでもないことをしでかしたのではないだろうか。
ふと視線を部屋の片隅に向ければ、クリスマスに買ったマフラーがある。
よく考えてみれば、クリスマスに二人で出歩き、あまつさえ肩の触れるような距離感で買い物をするなど。
URAファイナルズが終わった後のことも連想された。
トレーナーさんの手を引きつつ、振り回すように駆けた。
自身の感じている風を、トレーナーさんにも感じてほしくて。
一緒に、風になりたくて。
誰よりも、トレーナーさんと。
そこまで考えて、思って、想って、そしてようやく気がついた。 - 7二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:58:36
「……嫌、じゃ、ない……」
トレーナーさんと駆け抜けた3年間は、どれも美しく、楽しい思い出だ。
もちろん、顔を熱くする天皇賞(秋)も、クリスマスも、URAファイナルズ後も。
どれもこれも、自分にとってはとても大切な思い出だ。
一つとして、忘れたくない。
美しい宝物のような記憶たち。
そしてその中心にいるのは、
「そう……そう、なんですね」
荒れ狂う嵐のような心が、次第に穏やかになっていく。
しかしそれは凪のようなものではなく、むしろ激しい熱風が吹き始める。
この感情を、心を、春が来た、なんて表現できない。
だって、春一番では物足りない。夏の台風でもまだ届かない。
熱い、熱い、熱い!
ああ、こんなにも……私は、
「好き、です」
その心を、言葉にした。 - 8二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:58:49
好き、好き、好き。
その言葉を、幾度となく繰り返す。
そのたびに、心に熱風が吹き荒れる。
けれど、形を与えられたその心は、ゆっくりと、しっかりと、自分の中に収まっていく。
もう、顔は熱くない。ただ、心だけが熱い。
「ふふっ」
起き上がる。
こうした自覚した以上、やらねばならないことはたくさんある。
まずは、トウカイテイオーに連絡を。
「感謝を、伝えなければなりませんね」
青嵐のような彼女に、この恋の自覚と感謝を。
そして、こちらも彼女の後押しをしてやろう。きっと彼女も、自分と同じ心を持っているだろうから。
意趣返しくらい許して欲しい、こちらは数日も悩まされたのだから。
窓際に立ち、空を眺める。
夕暮れは終わり、すでに夜風の吹くような、月が顔をだす時間帯。
「ああ、明日はどんな風が吹くのでしょう……とても、楽しみです」
それすら美しく感じて、明日を思い、微笑んだ。 - 9二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:58:59
そして、翌日。
トレーニングの時間が待ち遠しくてたまらず、授業が終わってすぐに教室を飛び出した。
校則を守りつつ、静かに走る。その速度すらもどかしい。
胸の熱さに導かれるまま、ただ走る。
ああ、あの人に早く会いたい。会いたい。会いたい。
今日のトレーニング場所であるグラウンドにつけば、トレーナーはすでにそこに立っていた。
走る音が聞こえたのか、こちらに振り返る。
「ゼファー、こっちだ!」
その声に、耳が喜ぶ。心が弾む。
この恋が、私の背中を押す風になっている。
「はい!」
返答し、小走りで近づいていく。
近づくにつれ、熱が増す。顔ではなく、心の。恋の、熱。
ああ、私はあの人に恋をしている!
そして心の赴くまま、風に押されるまま、勢いよく、トレーナーの胸へと飛び込んでいった。 - 10二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 00:59:28
以上、おしまい! ゼファーエミュ難しい!
↓のスレの7から9までの概念が好きすぎたので、その瞬間だけ思わず書いた。なんか長くなったけど。
トレーナーLOVEが自然過ぎて距離感バグってるウマ娘|あにまん掲示板まさかゼファーがここまで強烈な子だとは……今のところこの二人のツートップではなかろうか?bbs.animanch.com蛇足で自己満足の風語翻訳。
颯を受けた鳥のように: 急に吹いた風を受け、鳥が驚き放心した様子、つまり「想定外のことに驚いている」。
饗の風と凩が同時に吹いている: 夏の風と冬の風が同時に吹いている、つまり「奇妙なこと」。
参考にしたのは↓のスレの56から59。めっちゃ感謝!
ヤマニンゼファーシナリオ感想(ネタバレ有)|あにまん掲示板想像以上にテイオーが絡んできて僕はもう満足ですよbbs.animanch.com - 11二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 01:03:25
深夜に良いもの見れた
ありがとう - 12二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 01:08:53
ごちそうさまでした。
そしてありがとう。
丁度ゼファーの育成終わらせてたから
タイムリーだった……。
トレウマ成分濃くて好きになるなった - 13二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 01:12:00
いい…青嵐が熱風を呼ぶのいいね…
独自の風語まで作るとは大したやつだ - 14二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 06:26:00
例のしっぽハグの話を聞いたときに真っ先にトレーナーの背中に尻尾を伸ばした女だ。面構えが違う
- 15二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 08:36:00
よくぞ難しいエミュを成し遂げて……
- 16二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 09:00:26
朝から強烈なそよ風で目が覚めたわ、ありがとう
- 17スレ主22/10/21(金) 09:06:27
コメントいっぱいだ、めっちゃ嬉しい、ありがとう!
こちらこそ、深夜なのに読んでくれてありがとう。
良いものと思ってくれたなら嬉しい!
おそまつさまでした! ゼファーの育成ストーリーいいよね。
印象深いシーンはSSにも盛り込んだけど、やっぱトレウマ好きとしては秋天とクリスマスが好きかなー。
テイオーとゼファーの関係、いいよね。
実は青嵐と熱風の構図は意図してなかったんだけど、指摘されて気づけたよ。次は狙ってみようかな。ありがとう!
尻尾ハグで「特別な人にやるもの」と言われてトレーナーに真っ先にやるゼファー、いいよね。
本当は尻尾ハグも盛り込みたかったんだけど、どうにも入れられなかったんだ。きっとこのSSの後日談ではやろうとしてるんじゃないかな。
ゼファーのエミュは本当に難しい……あまり自信がなかったんだけど、ゼファーらしさを表現できていたら嬉しいな。
>>10 にも書いたけど、他の方が書き出してくれた風語一覧が本当に助かった。SS書きとしてはこういう情報があると本当にありがたい。
- 18スレ主22/10/21(金) 09:09:42
- 19二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 13:20:40
ありがとう……ゼファーちゃん想像以上に可愛くて育成後の熱が収まらずにSS探してたけどエミュが難しいからか中々見当たらなくて困り果ててた所に解釈一致な神SS……ありがとう………
- 20二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 20:31:30
- 21二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 20:34:14
ウワーッ!!神SSに神絵描き!?
- 22二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 20:37:16
- 23スレ主22/10/21(金) 20:37:32
あ、名前入れ忘れたけどスレ主です。
- 24二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 21:44:45
某スレの9だけど、あれからこれが生まれたと思うと何となく書き込んだかいがあったな…
- 25スレ主22/10/21(金) 23:43:11
- 26二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 23:50:29
恋心を自覚するところの描写好き
- 27二次元好きの匿名さん22/10/21(金) 23:52:20
育成してからゼファーのSSずっと読みたかったのでこのスレ辿り着けて良かった……素敵な作品ありがとうございます!
- 28二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 00:13:04
よく風語録頑張ったな…
- 29二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 11:29:19
- 30スレ主22/10/22(土) 21:22:44
では、そろそろ感想返しも終わりにします。
皆さん、読んでくださり本当にありがとうございました!
普段は良概念を見かけたら辻SSやってまして、今回初めてスレ立てのSSを書きました。
思っていた以上に楽しい経験でしたので、今後も何か書くかもしれません。その時は読んでいただけると嬉しいです。
最後に、これまで書いたSSだけ宣伝しておきます。全部辻SSです。
↓の7です。これが処女作です。
断じて違うわ|あにまん掲示板惚気なんかじゃないわよ貴女も変なこと言うわね、オペラオーbbs.animanch.com↓の4から。
急募|あにまん掲示板こたつの中で足絡めあってイチャつくキタサンブラックとトレーナーSS下さいbbs.animanch.com↓の15から。
申し訳ありません|あにまん掲示板フラッシュとトレーナーのイチャラブSSをくださいトレーナーの性別はどちらでも良いですなかったらフラッシュの可愛い画像でも大丈夫ですbbs.animanch.comまたどこかでお会いしましょう。では!