- 1二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 02:28:41
- 2二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 02:29:11
時間の感覚もわからなくなるくらいの、深い夜だった。灯りを消した二人部屋は、遮光カーテンの隙間からか細く覗く月の光に夜闇がほんのすこし侵食されているくらいで、まるで星のない夜空を思わせた。
ウマ娘はアスリートだ。トレセン学園に通うウマ娘ならばなおさらそうで、ストイックなウマ娘も多数在籍している。アドマイヤベガは自分がストイックすぎるほどストイックだとは思っていなかったし、ただしい意味でのストイックさとはかけ離れた厳しさがある、と、同期たちに言われたことがあった。⸺⸺同室の彼女にも。
眠りたくても眠れない日はある。眠らなければいけないのに眠ることのできない日もある。時計の秒針がいくつ回ったのか数えるのも飽きてしまうくらい、意識が冴えてしまうこともある。だからといってアドマイヤベガはへたに寝返りを打つことはない。察しのいい同室の彼女は、ささいなことにも気づいてしまう。……気づかれてしまう。
そんなことが幾度かあった。ゆえに、ひっそりと聞こえてきた問いかけにも、大仰な驚き方をすることはなかった。 - 3二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 02:29:43
「そうね」
寝言にしては明瞭すぎた。アドマイヤベガがそうだったように、カレンチャンも寝息を立てることなく、息を潜めていたのだ。それでも、寝言である可能性も加味して、ひと呼吸置いた。衣擦れの音とともに寝返りが打たれたようだ。夜闇の中、カレンチャンがどのような表情をしているかわからなかったが、眠れないのはおたがいさまのようだった。
「瞼裏の星の数を、かぞえているわ」
「まなうら」
「星に願いをかけたり、星に物語を託したりしたものたちが形作った星座を数えたり、その星座を構成している星の名前を諳んじたり、してる」
英語圏では羊を数えるのが定番だと聞いたことがある。ことばの繰り返しが眠りを導くのだと。けれどそれは、アドマイヤベガたちが使うことばではあまり意味をなさないらしい。
いくつもの星をかぞえる。
ともに走る星。置いて行かれた星。抜き去った星。通りすぎた星。過去の星。まだ見ぬ未来の星。形をなぞり、名をなぞり、それらのかがやきに飲み込まれることなく、ターフに立ち続けていられるように。
「そうしたら、そのうち、思考がとけていくの。星の数をかぞえていたのに、ベルギーワッフルの甘さについて思いを馳せていたり」
「食堂の新商品のベルギーワッフル、ふわふわでおいしいし、カワイイから、カレン、好きです」
「そのおかげで人気商品になって、いつも品切れだわ」
インフルエンサーというものをアドマイヤベガはあまり詳しくなかったが、たっぷりのホイップクリームをのせたふわふわのワッフルが、たったひとつの発信で品薄状態になったのは、カレンチャンを多少うらみたくなった瞬間でもあった。ことばだけ受け取れば文句ともとれるそれを、カレンチャンは「ごめんなさ〜い、でも、売上が上がったおかげで、今度新作が発売されるって聞きましたよぉ」などと……甘ったるい声音で返す。 - 4二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 02:30:15
「あなたがカワイイと思うものを数えればいいわ」
不安も恐怖も、煮つめれば煮詰めるほど肥大化する。やさしい夜がおそろしい夜にかわってしまうように。
「おやすみ」
凝り固まった身体をほぐすようにして寝返りを打つ。ながらく喋れば喋るほど、眠気は遠のき、朝はすぐやってくるだろう。「おやすみなさい、アヤベさん」消え入りそうな声を聞いて、アドマイヤベガは瞳を閉じることなく、夜闇に目をこらす。
眠れぬ後輩の寝息が聞こえて、優しい夜に抱かれるまでは、せめて。 - 5二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 02:31:06
おしまい。
明日早いのに眠れないときってあるよね。 - 6二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 02:38:39
👏
- 7二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 02:39:13
いいですねえ
- 8二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 06:47:04
読んでくれてありがとう
スレ立てて投下するの初めてだったから反応たすかる - 9二次元好きの匿名さん22/10/22(土) 08:09:18
まなうらの星 いいっすね
目閉じたときに見える世界の表現の幅がひとつ新しく広がりました