【SS】マーチャンと3年間の絆

  • 1◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:41:28

    『見てくれマーチャン、不敵に笑うマーチャン人形桜花賞前バージョン! 会心の出来だと思うんだけど、やっぱりマーチャンにも意見を……あれ、どこに行くんだマーチャン? マーチャン?』

    おかしい。

    『いい香りだろう? マーチャンをイメージした香水だよ。華やかな香りの中に少しだけ感じられるキリッとした清涼感が君のラブリーさとレース中のカッコよさをよく表して……マーチャン?』

    最近のマーチャンの様子がおかしい。
    声をかけても、ふいっと視線を外して去ってしまう。
    かつて、まだ担当を初めたばかりの頃でさえ、顔を合わせての会話くらいはしてくれていた。
    それからの3年間を通してマーチャンとの絆は深められたはずだ。
    あの不思議な海から彼女を奪い返して、それから本当のパートナーになれたと実感した。
    だというのに、ここの所ずっと浮かない顔をしているその理由を、教えては貰えない。

  • 2◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:41:38

    実績だって……まあ大部分は彼女の努力と才能のおかげだけれど、一緒に積み重ねてきたつもりだ。
    そのお陰で今年のスカウトは順調に行き、二人のウマ娘を担当に持つことが出来た。
    一人はマーチャンと同じ短距離で先行脚質、もう一人は中距離で差し脚質と全く異なるタイプではあるが、どちらも今年デビューする中では最も輝いていた子たちだ。
    特に短距離向きのあの子は周囲の目に映る自分の姿を重視する傾向があり、マーチャンを彷彿とさせるその姿がきっかけで声をかけたのだ。
    初めての複数同時担当ということで不安だったが、マーチャンとの経験を活かしてどうにかこうにかこれまで乗り越えてこられた。

    今の自分はうまく回っていて、それはマーチャンとともに歩んできたからだと胸を張って言える。
    マーチャンからも公私共に信頼されている、その自信があった。

    なのに、本当にどうしたんだろう。

    「……少し寂しいな、マーチャン」

    ひとりごちた後、頭を振って気持ちを切り替える。
    そうして今日も担当たちの練習を終えてトレーナー室に戻るのだった。

  • 3◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:42:16

    そうして残った雑務を片付けるうち、日が落ちた頃。
    明日こそはまともに話してくれるだろうか、なんてことを考えながらPCの電源を落とし、少し伸びをしてため息をつく。
    そうして立ち上がって、トレーナー室の出口へと歩を進めようとしてぎょっとした。

    寮に戻ったはずのマーチャンが、扉の隙間からこちらを眺めていた。

    心臓が飛び跳ねるほどびっくりしたが、目が合った彼女は微動だにしない。

    「……、くすん」

    くすん、って実際に言う子、初めて見たな。

    「マーチャン、どうしたの?」

    とりあえず、声をかけてみる。

    「……ばれちゃいましたか」

    ……うむ、野暮なことは言うまい。
    そういうことにしておこう。

    とにかく、マーチャンは何かを伝えたくてこんな事をしているはずだ。
    まずはその理由を聞き出そう。
    彼女に「おいで」と声をかけて招き入れると、今日は素直に応じてくれた。

    「もう日も落ちてるし、寝不足になったら明日のトレーニングにも差し支える。カモミールでいいかな?」

    「はい」

    パチリと電子ケトルのスイッチを入れ、お茶の準備を始めることにした。

  • 4◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:42:38

    「あなたは、マーチャンにとっての何ですか?」

    隣同士でソファに腰掛け、一口だけカモミールティーを口に含んだ後、早速彼女が切り出した。
    真剣な表情でこちらを見据えている。
    彼女と自分の間でそう問われれば、答えは一つしかない。

    「レンズだよ。いつも君の近くにいて、君を拡散して、誰の心にも強く根付かせる。そんなレンズだ」

    最初に彼女に魅了されたあの日から変わらない。
    彼女の煌めきをより多くの人に知ってもらうためのレンズ。
    彼女の一番近くで彼女に寄り添い続ける。
    それがこの自分――

    「違います」

    違うらしい。
    あれ、最高の回答だと思っていたんだが。

    「……君を誰より記憶に焼き付けて忘れない、そんなトレーナー――」

    「足りません」

    割り込んで否定された。
    段々と自信がなくなってきた。
    うん、安売りはしたくなかったが、仕方ない。

  • 5◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:42:53

    「……君と同じ舟に乗って、どこまでも一緒に川を下っていく、そんな――」

    「トレーナーさん、初めにわたしがあなたに言った言葉、覚えていますか?」

    これも違ったらしい。
    これほど長い時間を一緒にいて彼女の真意を即答できなかったことに泣きたくなってきた。
    ……うーん、マーチャンが初めに言った言葉か。
    それならやっぱり最初に言った――

    「“あなたの瞳をわたし専属のレンズに”――」

    「そうなのです。“専属”なのです。それが重要です。それなのに」

    やっと当たった、と喜ぶ間もなくマーチャンはこちらに近づき、そのぱっちりとした瞳でこちらを見上げる。

    「浮気。してますよね?」

    微笑んだまま、そう囁いた。

  • 6◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:43:10

    「浮気……?」

    マーチャンの顔はにっこり笑っているようだが、謎の重圧を感じる。
    しばし言葉を反芻して、彼女が桜花賞の前に放った言葉を思い出す。
    そう、あの時はウオッカやダイワスカーレットに目移りをしていた記者たちに向けてのことだった。
    なら今は?

    「もしかして、新しく担当した二人のことを言ってる?」

    「正解です」

    またも正解したらしいが、今度は喜べない。
    訂正しなくては。

  • 7◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:43:25

    「浮気なんかじゃなくて、新しい担当の子達にとっての大事な3年間が始まってるんだ。君のときと同様、トレーナーとしてしっかり見なきゃ駄目だろう?」

    「しっかり見なきゃ駄目だと思っているのは、カワイイ彼女のお顔ですか? それとも勝負服の上から零れそうな彼女のお胸ですか? そんなに、マーちゃんよりラブリーなんですか?」

    更に笑みを強めた彼女と、不意の方向からの問い詰めに身体が強ばる。
    トレーナーとしての職務を全うしているだけなのに、何故こんなにも責められているのかは分からないが、ここで回答を間違えるのは何だかとってもよろしくない。
    よし、ここは誠実さを示そう。

    「……多少刺激が強かろうが、俺たちはトレーナーだ。鋼の意思を持って君たちを導く存在で、決して疚しい心は――」

    「刺激は、受けているのですね?」

    一言目から間違えたらしい。
    はて、どう説明したものやら、なんて考えを巡らせて数拍、急に彼女がうつむき雰囲気を変えた。

  • 8◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:44:01

    「マーちゃんは悲しいです。3年間を通して強めたわたし達の絆が、緩んだ気がして」

    彼女が儚げに目を細めてこちらを見つめる。

    「このまま、あなたが舟から降りてしまうんじゃないかと気が気じゃありません」

    それはない。
    誓ったはずだ。
    自分から彼女のもとを離れる気なんて毛頭ない。
    そう断言する前に彼女は言葉を紡ぐ。

    「わたしはあなたの最初のウマ娘。そうでしょう?わたしにとっても、あなたは特別。両想いです。そうですよね? ですから……」

    彼女が近づき、両手が背に回される。

    「誰がいつ相手になろうと、勝つのはマーちゃんです。覚えて、いてね?」

    ほんの数秒、ぎゅっと背に回された指先が震えた後、すっと手が引かれる。
    やや赤みを帯びた彼女の頬。

  • 9◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:44:12

    「最近あなたと顔を合わせるたびに、恥ずかしいような嬉しいような、飛び跳ねるこの気持ちが何なのかをずっと考えて、ようやくわかりました。本当は、もっと感動的なシチュエーションで言うつもりだったんです。たとえば、二人だけで他に誰もいないようなところで」

    はにかみながらも彼女は言葉を続ける。

    「あの海で言ってくれた言葉が本当に嬉しかったことだけではありません。ウオッカでもスカーレットでも、後輩さんたちでもなく、わたしがあなたの中心にいたい。わたしと何時までも一緒に流れて行ってほしい。それはわたしのわがまま。でも、もう我慢できませんでした」

    少しだけ名残惜しそうに、マーチャンが立ち上がる。

    「えっと、今日伝えたかったのは、それだけです。で、では明日トレーニングで。またね……?」

    慌てるようにトレーナー室から駆け出そうとする彼女。
    何を考えるより先に、気づけばその腕を掴んでいた。

    「待ってくれ」

  • 10◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:44:48

    「……!」

    振り返る彼女の目をしっかりと見据える。
    また見送るだけだなんて御免だ。
    そんな関係はとうの昔に乗り越えたはずだから。

    「君と一緒に流れて行けるなら俺も本望だ。一人で行かせることなんて、今更出来ないよ。担当が増えたって、それは変わらない」

    「……」

    潤んだ彼女の大きな瞳が、自分の姿を映している。

    「その代わりと言ってはなんだけど、約束してほしい。俺は君のレンズだから。一番大事な被写体がいなければ無意味に等しい」

    腕を離し、手を取って重ねる。
    「だからどうか俺のそばから、目の前から消えないでほしい。笑顔を見せ続けてほしい。これから先もずっと」

    心からの願い。
    ずっと自分と共にあり続けてほしい。
    その想いが伝わるように手のひらに力を込める。

    彼女の熱を感じながら数秒、柔らかに彼女が微笑む。

    「……もう。わがままを言うのはマーちゃんのはずだったのに。でも、しょうがないですね」

    ふふ、と笑ってこちらの手を握り返す。

    「帰る気、なくなっちゃいました。もうちょっとだけ、ここにいてもいいですか?」

    ソファに腰を掛け、彼女の手を握って身を寄せ合ったまま、今までの思い出とこれからの話をすることにした。

  • 11◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 18:44:58

    おしまい!

  • 12二次元好きの匿名さん22/10/23(日) 18:49:43

    良゛か゛っ゛た゛!゛

  • 13二次元好きの匿名さん22/10/23(日) 18:50:59

    ラブリーな独占欲いいね
    レンズはレンズでも専属なのが大事なんだ

  • 14二次元好きの匿名さん22/10/23(日) 18:52:02

    個人への執着が生まれる育成シナリオ後マーチャンはやっぱ良いよね……
    マートレが芸の幅を更に広げてて笑った
    最高でした

  • 15二次元好きの匿名さん22/10/23(日) 18:57:09
  • 16二次元好きの匿名さん22/10/23(日) 19:14:19

    早くくっつけ!

  • 17二次元好きの匿名さん22/10/23(日) 19:15:32

    ミ°ッ

  • 18二次元好きの匿名さん22/10/23(日) 19:33:15

    互いにクソでかい矢印出てるのいいよね

  • 19◆bEKUwu.vpc22/10/23(日) 20:23:14

    皆様感想ありがとうございます!
    執着や独占欲、いいですよね……!

    そしてこの年代がSSのターゲットになる度に出張しがちな某カワイイ担当とディアンドル担当には
    本当に申し訳ないと思っている

    だって史実のその時期はあなた方の年ですし……

  • 20二次元好きの匿名さん22/10/23(日) 21:26:44

    マーチャンを忘れてはならぬ
    ならぬのだ

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