これがお祭りですか

  • 1二次元好きの匿名さん22/10/24(月) 22:34:20

     レース観戦の帰り道。駅へと歩みを進めていると、人だかりに行く手を阻まれた。人々の隙間に目を凝らすと、色とりどりの幟や出店が立ち並んでいるのが窺える。

    「これが秋祭りですか」
    「うん。ルビーはあまりこういうのに来たことはないかな?」
    「見聞きしたことはありますが」

     話に聞いたところによると、いろいろなお菓子や食べ物、小規模な遊技も楽しめるという。幼少の頃、級友たちが楽しげに
    している様子を、迎えの車の窓から眺めていたことが思い起こされた。

    「せっかくだし寄っていかない?」

     そんなことを知ってか知らずか、彼は寄り道を持ちかけてきた。手首に目を落とすと、まだ時間には少しの余裕がある。

    「……しかし、私はもう子どもではありませんので」

     それでも、誇りある一族の身として分別や立ち振舞いには気を抜けない。このような場に居ていいものなのだろうか。いつ、どこで、誰が目を光らせているかもわからないのに。

    「気にすることじゃないし、子どもじゃないって言っても……」

  • 2二次元好きの匿名さん22/10/24(月) 22:34:54

     見下ろしてくる視線に、どこか生暖かいものを感じた。そうですか。背が低いのがいけないのですか。中身は貴方より大人だと思うのですが。

    「……何ですか」
    「……なんでもない」

     抗議の声を返すと、目線を逸らされてしまった。はじめから言わなければいいものを。

    「……じゃあ、先の角を曲がって迂回しようか」
    「ええ、そうしましょう」
    「遠くはないけど、はぐれると大変だから――」

     差し出された手を取ろうとして、はっとした。エスコートしてくれるというのなら、その申し出は受けるのが礼儀というものではあるけれど。

    「……どうかした?」
    「……いえ、行きましょうか」

     わずかに逡巡してから、その手を取ることにした。なんだか悔しいような気もしたけれど、彼の顔を立てると思って飲み込むことにした。それくらい、消化してしまうのに訳はない。子どもではないんですもの。

  • 3二次元好きの匿名さん22/10/24(月) 22:35:23

     人混みの合間を縫って、彼の先導についていく。こういった場には慣れているようで、わずかな空間を見つけては滑り込むように身体を捩じ込んでいく。万が一にも離れてしまわないよう、しっかりと腕を抱いた。いくつかの波を乗り越えると、ようやく開けた場所にたどり着いた。

    「ふう……大丈夫? 潰されなかった?」
    「貴方の足さばきには感心しましたが、強引すぎてついていくのがやっとです」

     ぱっと手を離し、裾を払う。大きな通りから抜け出すと、先ほどまでとは一転して人影はまばらになっている。出店もいくつか出ているものの、人が並んでいる様子はない。

    「あー……ちょっとここで待っててね」

     彼はそう言い残すと小走りで出店に向かってしまい、一人ぽつんと取り残されてしまった。後ろを振り返ると、眩しいくらいの大通り。いま立っているのは少し寂れた空気のある脇道。ひゅうと吹いた秋風が、妙に冷たく頬に沁みた。

    「何もしないのももったいないからさ」

     いつの間にか戻ってきていた彼の手には、犬のイラストがプリントされた袋。そのまま留め具を外すと、中から白いふわふわした物体を取り出して。

    「はい、どうぞ」
    「……綿菓子、ですか」
    「食べたことある?」
    「いいえ」

     綿菓子なんて、ただ砂糖を熱して細い糸にして、それを集めただけのもの。とても大きな価値があるというわけではない。

    「……いらないかな」

     それでも、手渡してくる彼の顔を見ると、厚意を無下にするのも忍びなく思った。きっと、彼なりに楽しませようとしてくれているのだろう。

    「どうしても、というのなら頂きます」

     手を伸ばして、彼の心遣いを受け取る。手応えは思っていたよりも軽くて、ふとした拍子に飛んでいってしまいそうにも思えた。

  • 4二次元好きの匿名さん22/10/24(月) 22:36:07

    「歩きながらでもいいかな」
    「ええ」

     少し遠回りの道。辺りを見回すと、通行人の姿はほとんどない。誰もこちらに目を向けていないことを確認してから、一口大にちぎった綿菓子を口にした。

    「……甘い、ですね」
    「美味しいでしょ」

     ほのかに温かく、すっと溶ける口当たりといっぱいに広がっていく甘味。このような味がするのだと、言葉だけの知識に五感が足されて、白黒の世界に彩りが足されたみたいだった。

    「一口、召し上がりますか」
    「いいの? ありがとう」

     受け取るばかりでは落ち着かないので、気持ちばかりのお返しを。隣を見上げると、彼は間抜けな顔をして口を開けている。はあ、と小さくため息をつき、ちぎったひとつまみを手に腕を伸ばす。

    「……少し屈んでください」
    「あ、ごめん」

     お望み通りにその口へ放り込むと、彼は満足げに頷きながらこちらを向いて。

    「こういうのもいいでしょ?」

     まだたくさん残っている綿菓子を分け合いながら、ゆっくりと回り道を歩いていく。離れていると手が届かないからと、並んだ彼との間合いを半歩だけ詰めて。

    「ええ、まあ、悪くはありませんね」

  • 5二次元好きの匿名さん22/10/24(月) 22:41:54

    前作

    Kiss summer|あにまん掲示板 夏合宿という“特別”な時間とももうすぐお別れ。荷造りもほとんど済ませて、翌朝を迎えれば府中への帰路に就く。普段のトレーニングとは変わったメニューはやはりワクワクするもので、三度目になっても楽しく取り…bbs.animanch.com

    秋祭り殿下を書いていたつもりがいつの間にかお嬢になっていた 塩っ気お嬢すき

    ここで生まれる概念って大抵ろくでもないけど綿菓子ルビーはかわいくてすき 流行っていいと思う


    最近ssのネタはあってもなかなか文章に起こらなくて三、四本渋滞してます しっぽネタとか書きたいのに

  • 6二次元好きの匿名さん22/10/24(月) 22:45:23

    素敵なSSをありがとう
    そしてふわふわ綿菓子の虜になるお嬢は流行らせるべし

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