- 1二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23:29:58
「トレーナー室で寝ないで」
事の発端は数日前の会話で出た私のこの言葉。
彼────私のトレーナーさんは異常なくらいに仕事熱心な人。休みの日でも四六時中トレーニングのことを考えているらしいし、トレーナー室に泊まり込むことも珍しくない。そんな無理が通るのは若いうちだけだし、何より自分の身体を顧みない姿が昔の私を思い出させるから、近頃はそのことをいつにも増して苦々しく思っていた。
そんなある日、仕事中に寝落ちてそのまま朝を迎えてしまったらしい彼の姿を見た私は、いい機会だと叩き起こして話をした。
「朝ここに来たときに机に突っ伏してると、何かあったのかと心配になるの。トレーナー寮があるのだからちゃんとそっちで寝てちょうだい」
「……はい」
何年も一緒にいれば自ずと相手の扱い方も分かってくる。トレーナーさんの最優先事項は担当ウマ娘である私のこと。だから、「あなた自身のことを考えているのだ」と伝えるよりも、単に私が迷惑していると言った方が話が通りやすい。この人の心底申し訳なさそうな表情を見ると少し罪悪感が湧いてくるけれど、お互いのためなのだから仕方がないと言い聞かせる。
かくして、この話は終わりを迎えた────はずだったのだけれど。
「……おはよう、アヤベ」
ある日の朝。トレーナー室に行くと、いつものように彼はいた。けれどいつもと何かが違う。部屋に漂う空気を嗅いでその違和感の正体に気がついた。ため息をついて、できるだけ険しい表情を繕いながら私は口を開く。
「……また徹夜したのね」
「え?ああ……でも────」
何故バレたのか、という顔。よく見ればクマもあった。
ウマ娘の嗅覚は人間のそれよりも優れている。だから、慌てて片づけたであろうカップ麺やエナジードリンクの、そしてそれらをごまかそうとした消臭剤の匂いも全て感じ取ってしまう。そして何より────一晩中いたせいでトレーナーさん自身の匂いが尋常でなく濃いのだ。断っておくと決して不快というわけじゃない。けれど、その匂いがいずれ────病人のそれのようなおかしなものに変わるのは避けたかった。
さて、どんな言い訳をしてくれるのかとこの人の返答を待つ。けれど、その答えは私の想像からはかけ離れていて。 - 2二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23:30:41
「────でもほら、寝落ちはしてないぞ。この資料が終わったら一旦帰って2~3時間仮眠を取るから」
思わず頭を抱えそうになった。
どうやら単純に机で気絶したように寝ている姿が心配をかけたのだと思っているらしい。そういう問題じゃないというのに、どうして自分のこととなるとてんで鈍くなるのだろう。
「先輩にも笑われたよ。誰しも一度は担当に怒られるものだって」
いや、トレーナーという職業の性か。とにかく、口で言っても分からない人には実力行使しかない。
「……少し出て来るわ」
「え、ちょっと────」
寮の自室に密かに備えていた秘密兵器。以前から愛用していたものを手放すのが惜しくて使わず終いだったけれど、どうやらとうとう日の目を浴びる日が来たようだ。
トレーナーさんの静止を無視して、私は数分前に出たばかりの栗東寮へと足を進めた。
「……それは?」
「知らないの?ネックピロー」
────数分後、明らかに困惑した様子のトレーナーさんに見せつけたのは、首にフィットするようなU字型、あるいは蹄鉄型のビーズが詰まったクッション。いわゆるネックピローだった。
先日カレンさんからプレゼントされた逸品で、ネット上での評判も上々。今使っているものがダメになるまではと我慢していたが、もっともこれを必要としているのは目の前のこの人のはず。
「いや、知らないけど……遠慮しとくよ、まだ仕事が残ってるから」
「そういうわけにはいかないの。カレンさん曰く5秒でヒトもウマ娘もダウンするそうだけれど……真偽のほどは実際に味わってもらった方が早いわね。────逃げても無駄よ!」
「ああ……」
席を立って走りだそうとしたトレーナーさんの首にネックピローを巻き付ける。効果は覿面だったようで、情けない声を上げてこの人は床にへたり込んだ。
でもその目はまだ死んでいない。なんて頑固な人だろう。 - 3二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23:31:13
「いやいや、駄目だってアヤベ……!」
「駄目じゃない。大人しくしなさい」
「嫌だ~!」
なんだか少し嬉しそうに弱々しく暴れるこの人の体を押さえつけること数分。とうとう眠気に耐えられなくなったのか、やがて安らかに寝息を立て始めた。
「まったく世話が焼ける人……」
さて、眠らせてしまったわけだけどどうしようか。トレーナー寮まで運ぶには人目があるし、ここで寝るなと言った手前憚られるけれどソファに寝かすしかない。
大人の男性にしては少し軽い身体をそっと横たえて、毛布を掛けて、自主トレーニングに行こうかと思い立ったたそのとき。────無防備な寝顔と目が合って、ほんのくだらないことだが実行せずにはいられない、脳内にそんな思いつきがあった。
「……しばらく、起きないわよね?」
「うう」
頬を突くと不満げな呻きが漏れたが、すぐに安らかな顔に戻った。
なるべく音を立てないようにキャビネットの2段目、衛生用品の棚を開ける。────あった、耳かき。ろくに使われていないだろうそれを手に取ってソファに戻る。まだ起きる気配はない。
ひとつ深呼吸をして、私はソファに腰を下ろし────トレーナーさんの首からネックピローを外すと、その頭をそっと膝の上に横たえた。 - 4二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23:31:35
「……やっぱり、掃除なんてしてない」
耳たぶをつまんで中を覗くと、やはり年単位で踏み入った形跡のない様子が見受けられた。
ウマ娘にとって耳のケアは大事なこと。では、人間の場合はどうなのだろうと思って前に一度聞いたことがあった。すると、「人間の場合は耳掃除はしなくても健康に問題ないらしい」、なんてどこから聞いてきたのか不精な答えが返ってきて。
起きているときには絶対にさせてくれないだろうから、チャンスは今しかなかった。
「ふう……」
震えそうな手で竹製の耳かきを耳の穴に突っ込む。くれぐれも奥まで行き過ぎることのないように。
いい位置まで来ただろうというところで壁をこそぐと────かり、かり、かりという音と感触。大丈夫、うまくできている。
一度耳かきを抜いて、先端についたものをティッシュで拭ってもう一度────ぞり、ぞり、ぞり。
「あうっ」
「っ!!」
呻き声とともに膝の上の頭がびくりと震えた。思わず飛び退きそうになったが、どうやら目が覚めたわけではないらしい。反応を見るに奥まで突っ込みすぎたようだ。反省して、頭を押さえている方の手により力を込めながら────今度は浅いところを掻いていく。
浮き出た軟骨の形に沿って先端を動かす。ふと思う、同じ器官のはずなのにどうしてこうも形が違うのだろう。私にはなくて、この人にはある。だからこそ今こういう────誰かに見られたらその日のうちにでも身を投げたくなるような行為ができている。 - 5二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23:31:58
────何分経っただろう。何年もの間荒れ果てていた耳の中は見違えるほど綺麗になって、ちょっとした達成感を覚える。
仕上げにふわふわの梵天を突っ込んで軽く左右に回すと、膝の上からまた呻きが漏れた。けれど身じろぎする様子はないから、きっと気持ちいいのだろう。
「今度は反対側ね……」
トレーナーさんの身体を転がす。もし起きていたらどうしようかと思ったけれど、その顔はそのまま抵抗なく私のお腹へと収まった。……息遣いがジャージの生地越しに感じられて、なんだか妙な気分になる。
────ぞり、ぞり、ぞり。なんとなく形も覚えてきて、反対の耳よりもずっとスムーズに掃除は進んでいく。
思ったよりも早く終わりそうだから、昼食前にトップロードさん辺りと併走でも────
そんな考えごとさえするくらいの余裕ができて油断していたのだろう。外側の突起に耳かきの先端が引っかかって────勢い余ったそれは耳の穴の奥をそのまま突いた。
「うおおおおっ!!??」
次の瞬間、トレーナー室中に響き渡るくらいの叫び声が木霊した。私はというとただただ言葉を失って。
やがて膝の上で恐る恐る仰向けになったトレーナーさんと目が合った。寝起きドッキリなんて見たことがないけれど、受けた人はきっと皆こんな顔をするのだろう。
「あの、アヤベ……?これはいったい……」
「……違うのよ、これは」
さて、どこから言い訳をしたものかと────感触が色濃く残る手を押さえながら、私は志向を巡らせた。 - 6二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23:32:30
オワリ。最初は真面目に書いてたはずなのに脱線しました。
ネックピローはいいぞケンシロウ - 7二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23:41:36
フェティシズムを感じる
- 8二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23:42:00
世話焼きお姉ちゃんと担当バカの攻防戦ですね!
イチャついてるだけでは??? - 9二次元好きの匿名さん22/10/25(火) 23:47:00
アヤベさんは本気で困ってる上で行動に出たのでそういう自覚はないです
- 10二次元好きの匿名さん22/10/26(水) 00:09:42
アヤべさんの耳かきASMR…
- 11二次元好きの匿名さん22/10/26(水) 07:21:12
1天井くらいまでなら出すぞ俺は
- 12二次元好きの匿名さん22/10/26(水) 12:25:35
いきなりのASMR展開に俺歓喜