- 1二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:14:19
ガラガラと音を立てて、木でできた八角形の箱が回転する。
そこから飛び出した玉が、からころと音を立てて小皿の上を転がっていく。
「おおっ」
キラキラと輝く、黄金色の。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
喫茶リコリコ。
東京都墨田区錦糸町、静かな下町の一角に建つ喫茶店。
落ち着いた……モダン? な雰囲気と和風な内装が混ざる、和洋……せっちゅう? の素敵なお店。
そこが私の職場。
「千束は、温泉旅行に行ってきたいと思います!」
顔の前にぱしっと鳴らして、一泊二日の温泉旅行チケットを叩きつける。
買い出しの帰り、商店街の福引きでガラガラを回して手に入れた戦利品。
これもひとえに日頃の行いが良かったからか、偉いぞ千束。
「こっちの仕事どうすんのよ」
「む?」
昼間っから酒瓶片手にカウンター席で肘をついている長い茶髪の女……中原ミズキが、私の申し出に異議を唱える。
「急な予定でも入らなきゃ大丈夫っしょー、一泊だし」
「私だってねぇ、観光地で素敵な男をひっか……出会いを求めたいのよ……!」
「別に私は出会いを求めていくわけじゃないんだけど」 - 2二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:14:38
よよよ、と嘘の泣き上戸でアピールしてくる面倒くさいやつ。
仕方ない、ここは一つネタばらしといこうではないか。とくと照覧あれ。
「ふっふっふっ、実はこのチケット……二枚あります!」
「なぬ!?」
目の前のチケットを持つ指をずらすと、すすっと二枚目のチケットが姿を現す。種も仕掛けもない素敵マジック。
「二人一組! 錦木千束と行く、温泉旅行争奪ボドゲ大会の開催を宣言します!」
「やるやるー! 私も温泉いくー! てかお前は固定なのかよ」
「だって福引きで当てたの私だし」
「何の騒ぎだ千束、温泉がどうとか聞こえたけど」
「おーうクルミー、クルミお風呂好きだよね」
二階の襖を開けて現れた小さな人影。ウェーブのかかった金髪を携えた幼女。
どこからどう見ても小学生のなりだが、これでもこの店の従業員である。
「へぇ温泉か、いいね、腕がなる」
「そうこなくっちゃ!」
クルミは小さな肩をグルグル回して気合いを入れている。
これで選手は二人。しかしボドゲ大会と呼ぶにはまだまだ人手が足りない。
となれば必然、参加者はもう一人の、 - 3二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:14:55
「たきなぁー、ボドゲやろうぜボドゲー」
「仕事してください」
キッチンの奥へ呼びかけると、ひょこっと顔を出したのは、綺麗にたなびく黒髪を二つ結いにした怒り顔の少女。
唇をつき出すように可愛らしく尖らせて、白い頬にはその指で顔を拭ったのか、あんこがちょぴっとくっついて少しばかり黒く掠れている。
「店長、いいんですか? あれ」
「まあ、いつものことだろう」
たきなに続いて出てくる大柄な黒人の男性。先生で、私のお父さん。
キッチンでたきなに和菓子作りの指導でもしていたのだろう。
「ミカは参加しないのか?」
「観光だろう? 私の足に合わせていたら、ゆっくり回れない」
「せんせー今さらそんなこと気にしないよー」
「それに、店を空けるつもりもない。私は留守番だ」
「ちぇー……じゃあほら、たきな!」
かもんかもん。突っ立っているたきなを手招きしてこちらに呼び寄せる。
たきなは先生の方をチラリと見て、
「片付けはしておくから、行ってきなさい」
「すみません」
「たきなー、はよはよ」
そのままぱたぱたとキッチンの奥へ小走りで消えると、手を綺麗に洗ってからこちらにたきなが合流。これで三人。 - 4二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:15:08
「では、私も入りまして」
「千束が勝ったらどうするんだ。二位が温泉か?」
「よし、それでいこう」
「くくく、温泉観光なんてガキどもには過ぎたオモチャ……大人の魅力溢れる女が有効に使ってこそ輝くってもんよ」
「アンチエイジングに行くんじゃないのか」
「クルミ、怪我で不戦敗になりたくなかったら黙ってな」
「温泉に何をしに行くんです?」
「温泉入りにいくんだよ……」
「普通のお風呂でよくないですか?」
「観光ってそういうものなのだよたきな、行けばわかる」
「はあ……」
「何はさておき、まずは勝者を決めてからだ! 先行はじゃん拳で! 最初は……」
「「「じゃーんけーん!」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ - 5二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:15:25
高々と吹き出す白い湯気が、建物の屋根より上へと立ち上っては空に消えていく。
湯に温められた空気が肌に触れて、頬にふつふつと熱が籠り、体の芯がほかほかしていくのを感じる。
大分県、別府。
テレビの観光地紹介で見たことは何度となくあったけど、実際この足で、この目で見るのは初めてだ。
「うわはー! すごいすごい!」
道を行けば美味しそうなグルメが鼻をくすぐり、可愛らしいマスコットのぬいぐるみや、見たこともない木彫りの置物が目を引いて楽しませる。
宿に着く前から、既に両手に抱えた荷物が重量を増し、朝食を抜いてきたお腹は五分目までは軽々埋まってしまう。
これは魔力。
特別な場所にいくと、必要のないものまで何でも買いたくなってしまう、お祭りのような。
「次はあっちのお店に……」
「千束、先に宿に行きますよ」
「あぅ……」
右へ左へ、一歩進む度に私を引き寄せる魔力を放った通りから私の体を引きずっていくのは、黒髪の少女。
先日のチケットを賭けたボドゲ大会で、二位以下に見事な大差をつけ圧勝したのは、たきなだった。
ちなみに私は最下位。ダントツの。
途中から勝ちを諦めた二人に八つ当たりでボコボコにされた。
「一旦荷物を宿に置いて、改めて各所を観て回りましょう。あと嵩張りそうなものは東京に宅急便で送ります。なま物など食品類もですね」
「なるほどぉ」 - 6二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:15:43
さすがたきな。
こういう私にはない、合理的なところがやっぱり頼りになる。
ミズキなら一緒にバカみたいな量の荷物抱えることになっただろうし、クルミなら要らない物とか買わずに必要なものネットで買いつけるとかしたかもしれない。
そう考えると、二人きりなら一緒に来たのがたきなで良かったと思う。
私のやりたいことに合わせて、それに合った答えを考えてくれる。
私は、だからついつい甘えてしまうんだな、たきなに。
たきなの、そういうとこが……。
「ここですね」
「お、おお……これは中々……風情のある……」
「いきましょう」
たどり着いた宿を見て、オブラートに包まれた言葉を探す。
いや、廃墟のようにボロけた建物というわけでもないのだけど。全体の大きさや土地の広さもそこそこ立派なのだけど。
一言で表すのなら『出そう』。
何が、とは言わないけれど。
そんな雰囲気をまとった和風のお屋敷。
そんな宿の玄関をたきなは怯むことなくずんずん進んでいく。肝が据わっているのか、そもそも『そういう』ものを感じないのか。
背筋をぶるっと寒気に撫でられ、置いていかれないよう急いでたきなの後に続く。 - 7二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:15:59
「おほー! いい~部屋じゃーん!」
「二人で使うには広いぐらいですね」
「贅沢できちゃうねー、うおーめっちゃ転がれるぅ」
「先に荷物整理してください」
宿の中に入ると外から観た雰囲気から一変し、明るく綺麗な内装と観葉植物が出迎えて、不安な気持ちをさっぱり吹き飛ばしてくれた。
古めかしさは微塵もなく、壁も床も天井もサッパリ全部張り直したように新しく艶々の輝き。
屋内を照らす明かりは提灯や行灯を形どり、新しい内装ながらも和の雰囲気を損なわない、若者でも楽しめる今時の古風な宿。
廊下ですれ違う人たちも老若男女が揃っていて、平日なのに家族連れも見かける盛況ぶり。
二人で泊まる部屋も五、六人分の布団は軽く敷けそうなぐらいには広く、二人では空いた空間が寂しいと思うほど。
この賑やかな時期に、広い部屋を二人きりで贅沢に使ってしまって、申し訳なくありがたい。存分に楽しませてもらおう。
窓の外には宿の中庭が見えて、着物でも着て歩けば映える写真が何枚も撮れそうだった。あいにく着物なんて気の利いたもの持ってきているわけはないので、部屋に置かれている浴衣でも着てあとでたきなと一緒に歩こうか。
「とりあえず、宅急便で送るのはこんなものですかね」
たきなの声に振り返ると、先ほど買ってきたお土産類が綺麗に仕分けされていた。
「助かるよぉ、たきなーいっつもありがとぉ!」
「はいはい、少しは自分でも整頓してくださいね」
「んん~、でもたきながやってくれるからぁ」
「はぁ……」 - 8二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:16:44
必要最低限の手荷物と貴重品を取り出して、あとは宅急便で送る分を入れた鞄て肩にかける。
残りの荷物は部屋の隅にまとめておいて、いざ町へ。
「ん、ここ壁紙が少し剥がれてます」
「え? ……本当だ」
「貴重品は持って出ますし、外出中に直してもらいましょうか」
「いやぁ、ちょっとだしいいんじゃない? なんかそういうこと言うの、口うるさい客だって思われそうだし。明日の帰る時にちょろっと軽く教えたらいいでしょ」
押し入れの隣、柱と壁の境目が少しだけ剥がれている。と言っても指が入るかどうか程度の小さな隙間。
わざわざ注視でもしなきゃ目に止まるほどでもないし、寝泊まりするにも支障はないし、このままでも構わないだろう。
「そんなことよりー、早く遊びに行こうよたきな♪」
「わかりましたから引っ張らないでください」
温泉街だけでなく、この近くには観光名所がたくさんある。
明日を合わせても、とても遊びきれないほど。
一分一秒でも、無駄にしないためにたきなの手を引いて部屋を出るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ - 9二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:17:08
「はい、これから旅館に戻ります。よろしくお願いします」
「むはー、遊んだぁー」
日が暮れるまで、たきなと別府の地をあちこち散々遊び回った。
温泉地は当然回って色の着いた池を見たり、手軽な足湯を楽しんだり。
少しはなれた場所まで足を伸ばせば、様々な動物たちが自然を歩き回るサファリや、キュートなキャラクターのテーマパーク、大型のショッピングモールも堪能してきた。
「明日は……」
「まず遊園地ですね」
「そう! 目玉のコースターは真っ先に乗りたいね!」
でっかい木製のジェットコースターがある遊園地。
明日は朝からそこにいってお昼まで遊ぶ。
邪魔になりそうな荷物は、もうまとめてリコリコに送って受け取って置いてもらうことにした。
「それから水族館、ですね」
「そうそう! 餌やりに、イルカショーに、水中散歩……楽しみだなぁ!」
「イベントの時間的に全部は無理ですよ」
「わかってるけどさー……うぁー! 全然時間足りないよぉ!」 - 10二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:17:29
それからさらに、海際に大きな水族館が建っていて、そこで夕方までずっと。
それから東京に帰る予定になっている。
ショーやイベントはもちろんのこと、水槽の中にいる沢山の魚たちをたきなと一緒に見て回る。
始めてくる水族館を、たきなと一緒に。
こんなに楽しみなこと、ない。
「だったら、また来ましょう。今度はリコリコの皆も一緒に。時間なら沢山ありますから」
「……うん、そっか……そうだね、そうだ。たきな、わかってるね!」
一日や二日じゃ全然足りない時間も、まだまだ沢山、これから時間をかけて楽しんでいけばいい。
今日明日だけで全部味わおうなんて、むしろ勿体ない。
焦らなくたって、いいんだ。
「あ、あのお店のお菓子おいしそー! いってみよ!」
「ちょっと……はぁ……千束、太りますよー」
「大丈夫大丈夫! 私はよく動くから! すみませーん、これ二つくださーい!」
夜街の明かりに照らされて、昼間とは少し変わった味覚を食べ歩きながら、私たちは宿への帰路に着いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ - 11二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:17:51
「うっぷ……もう食えねっす……」
「だから食べすぎだって言ったんですよ」
部屋に戻って、畳の上に仰向けで倒れこむ。
夕食には少し遅かったのか、食事スペースは人もまばらですぐに席に着けた。
用意された夕食はどれも見た目が鮮やかで、味も美味しくて、あれもこれもと全部平らげたのだが、残念なことに別腹なんてものは人間には存在せず、ぱんぱんになった胃袋を抱えて帰ってくることになった。
「だって残すの勿体ないじゃん、食品ロスは深刻な問題だよたきな?」
「夕食前の食べ歩きの話ですよ」
「それは……はぁい……」
「それから、食べてすぐ横になると体に悪いです。逆流性食道炎の……」
「あーあーわかったわかりましたー! 起きますぅー!」
このままたきなのお説教モードが入りきる前に、なにか別の話題で気をそらさないといけない。
とりあえず困った時はテレビだ。リモコンを手にとって、スイッチオン。
映し出された画面は、東京では見たことのないバラエティ番組。
知らない芸人とMCが、ご当地にまつわるクイズを面白おかしく解きながら、宣伝するような番組らしい。
番組自体は新鮮だけど、正直反応に困る。チャンネルを変えて他の番組も見てみる。
およそ地域の番組がほとんどで、全国放送もこの時間帯はあまり面白い番組ではなかった。
テレビ作戦は失敗かな……。 - 12二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:18:04
「そうだ、荷物の整理でもしよっかなー」
「……本当に思ってます?」
「思ってまーす、見てこの目。嘘ついてる目に見える?」
「……それならいいですけど」
たきなは明日の天気予報を確かめながら、私から目をそらす。
お説教回避に成功し、一息。
壁際に置いた鞄の中から、今日買ってきたお土産を取り出して、別の袋ごとに細かく仕分けしていく。
キーホルダーなどの小物類は、自分達でも持っておけるからこのままでいいか。
あとはたきなが昼間言ってたように食品類と嵩張る大きさのものを分けて……。
「ん……?」
目の前を見ると、壁がある。
それは壁側を向いて鞄を広げているのだから当然なのだけど。
問題は、その壁が例の壁紙が少し剥がれていたところだということ。
そして……、
「ねぇたきな」
「なんです?」
「ここって、こんな剥がれてたっけ?」
その壁紙が、外出する前よりも、大きく剥がれていること。 - 13二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:18:26
「確かに、出掛ける前より隙間が広がってますね」
「だよね、やっぱり」
「やはり直してもらいましょう。これぐらいなら、お風呂に入ってくる間に終わるはずですし」
「お布団も敷いてもらうし……まぁいっか」
どうせ仲居さんには部屋に入ってもらうのだし、ついでに見てもらうぐらいにはいいだろう。
ただ、その前に少しだけ、どうしても気になることがある。
「千束? 何してるんです?」
「どうせ直してもらうんだし、張り替える前の壁とか気にならない?」
「なりません」
「こんな綺麗な旅館の、普段は見られない部分だよ? こっそり見ちゃおうぜ」
「……全部剥がさないでくださいよ」
「わかってるよー、ちょっとだけ! どうせのりを塗り直すのにもっと剥がさなきゃいけないんだし……」
ぺり、と軽く捲る。
べったり。
黒くヒビの入った壁に、赤い模様の描かれた白い紙が、何枚も。
「変わった壁紙ですね」
「………………………」
「千束? どうしました?」
「お風呂いこっか」
壁紙を元に戻す。
何も見なかった。
うん。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ - 14二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:18:42
脱衣所。
受付で部屋の壁紙のことを報告してから、お風呂でゆっくりして、上がったら館内を見て回るので急がないと付け加えた。
ここもまた隅々にまで清掃が行き届いていて、白色の明かりが綺麗に反射して眩しいぐらい。
入浴には少し遅い時間かと思ったけれど、家族連れの姿も多く、ガヤガヤと話し声が絶えない。
そんな脱衣所の中、私とたきなは壁際のロッカーを選んで衣服を脱いでいく。
「しかしたきなは腰が細いねぇ」
「なんですか突然」
セクハラ親父みたいになってしまった。
褒めたつもりが捻れて伝わった。やってしまったか。
だって気になるんだもん、たきなの身体。
脱ぎながらチラチラ横目で盗み見ていたが、悪いことしてる訳じゃないのに悪いことしている気分になって、堂々と眺めることにした。
ほう、ほうほう、ほほー。
たきなの身体はスラッとしていて、無駄な肉が全くといっていいほどついていない。
特に腰なんかさらに細くて、腕を回せばいとも容易くぐるっと巻きつけそうなぐらい細い。
痩せてガリガリ……という訳でもなく、鍛えられて引き締まった身体。うーむビューティフル。
「千束はそのお腹、引っ込めてください」
「こ、これは……食べたばっかりで、まだ消化されてないだけだし……」
たきなの指がぷにぷにと私のお腹の肉をつつく。小さな指先が柔らかく肌に沈む感触。
膨らんだ胃袋に押されて、前方に少しだけ飛び出したお腹。パンツが肌に食い込んで肉がちょびっと……ほんのちょびっとだけ乗っている。
顔が熱くなって、お腹に力を入れて引っ込めた。 - 15二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:19:02
「はふぅ……生き返るわぁ」
「死んでませんけど」
「わかっとるわい、お風呂入った時のお決まりの文句よ」
「確かに、漫画の台詞でも見たことがあります。どういう意味なんでしょう」
体を洗い流して、広い湯船にゆっくり浸かる。
一日歩いて遊び回って、はしゃいだ体に芯からぽかぽかと温かな心地よさが、深く染み渡っていく。
「別に深い意味なんてないよー、疲れた体に効く、ぐらいの意味」
「……そう言えばいいのでは?」
「ものの例えってやつー。その方が気分のノリが違うのよ」
「なるほど、気分の問題ですか」
「うんむ」
生き返る、かぁ。
実際、近い経験はしてるよね、私。
こうして言葉にして、体で幸せを感じていると、その実感がふつふつ沸いてくる。
色んな人に助けられて、私は今ここにいる。生きている。ただ漫然と生きているだけじゃなくて、やりたいことを明確に持って。
目的のないままの人生を生きていたら、それはきっと私じゃない。
この命を手に入れて、やりたいことを見失って、そこに手を差し伸べてくれたのは、他でもない、今となりにいる、この……、 - 16二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:19:17
「…………」
「……?」
たきなの方へ視線を移すと、その顔がふいっと、ちょうど正面へ向くところだった。
たきなも私のことを見ていたのかな。
何を想ってだったのかはわからないけれど、なんとなくお互いにお互いを見ているって事実が以心伝心って感じがして嬉しくなる。口許が、緩む。
「落ち着くねぇ」
「そうですね」
「露天風呂の方もいってみようか」
「そうですね」
外には石造りの露天風呂もあり、そちらの方にも足を運ぶ。
こちらはお子さまたちに人気なようで、家族連れの姿がちらほら。
奥の方の人気が少ない端っこを選んで、たきなと並んでお湯に浸かる。
「んんー、解放感!」
「そうですね」
外は肩から上が夜風に晒されて、体が少し冷える。
肩までお湯に浸かって、冷えた箇所がピリッと温まる感覚が気持ちいい。
屋外で裸というのも、普段ではあり得ない特別なシチュエーションが、なんだかいけないことをしているみたいで、胸を高まらせる。
「たきなは温泉、来てみてどうだった?」
「そうですね」
「うん」
「…………」
「……?」 - 17二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:19:36
それに続く言葉を待つが、いつまでも次は来ない。
不思議に思ってたきなの方へ目をやると、また、たきなの視線が正面に戻っていくところ。
「…………」
おやぁ?
私も視線を正面に戻して、離れたところでぱしゃぱしゃとお湯を跳ねさせる子供たちを眺める。
視線は遠くを眺めながら、意識をとなりへ向けて集中させ。
「…………」
おやぁ。
今度は眼球だけを動かして、視線だけをとなりへ向ける。
視界の端ギリギリに、頬の輪郭が微かに動く気配。肩に胸に、お湯の熱とは別物の集中する熱を感じる。
「…………」
さて、どうしたものか。
たきながどういう意図を持っているのか、何を考えているのか、私にはさっぱりわからない。
だが、一つ確かにわかることは。
見られている。
じっと。
じぃーっと。
「ねぇたきな?」
「なんですか」
「なんか、こっち見てる?」
「見てませんけど」 - 18二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:19:56
頭ごと視線を向けると、やはりたきなは正面を向く。
こいつ……バレてないと思ってるのか。
苦しい言い訳とわかっているのか、或いは天然で本気でそう言ってるのか。
いや、脱衣所のやり取りを思い返してみれば、たきなは私のお腹を見ているだけかもしれない。
お腹の肉をつまんで確かめると、まだぷにぷにと簡単につまめてしまう。
これをだらしないと、たきなはそう思って見ているだけ。
「……気になる?」
「なりませんけど」
「そっか、私は別に見られてもいいんだけど」
「……そうですか」
たきなは前を向いたままそっけない返事で返してくる。
私も脱衣所で同じようなことしたし、まじまじ見させてもらったし、別に見られて減るもんでもないし。
ただ、あんまりジロジロ見続けられるのは、さすがにこう……なんか恥ずかしい。
「……見たい?」
「……別に、見てませんし」
いやぁ私の目は誤魔化せないぞ、その視線の動き。
見てもいいよと言ってから、チラチラ見てるだろ。 - 19二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:20:12
「ふーん……じゃあ別に見なくていいんだ」
「そうですね」
「ふーん……あーあ、せっかくだし、もっと広く使おっかなー」
立ち上がって、数歩前へ。たきなの前に陣取って、お湯の中で思いっきり体を伸ばす。伸び伸びと。
視線はたきなから逸らし、家族連れの方へと向ける。
「…………」
「…………」
感じる。めっちゃ感じる。
めっちゃ見られてる。
足を組んでみたり、体を捻ってみたり、たきなの反応を窺ってみれば、その視線をより熱く感じる。
せめてもっとバレないようにできないのか貴様。
見られていると一度でも意識し始めると、こんな風に隠さないでいることが、裸体を見せつけているように思えてきて顔がどんどん熱くなってくる。
しかも、他に知らない人たちのいる前で、子供もいるところで、私はたきなに裸体を見せつけている。
いや、お風呂なんだから裸なのは当たり前なのだけれども。
振り向いてたきなの視線を確かめる。
「…………」
「…………」
「見てませんけど」
「……うそつけ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ - 20二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:27:33
「んんん~、いいお湯だったぁ!」
「そう、ですね」
「たきな……大丈夫?」
お風呂から上がり、浴衣に袖を通して館内をゆっくり歩く。
たきなはすっかり顔を赤くしながら俯いていて、軽く湯だったタコみたいだ。
逆上せてやいないか、おでこを触って確かめる。
「あっつくなってない?」
「っ……! だ、大丈夫です! なんともないですから……!」
「ならいいんだけど……」
たきなは目に見えてわたわたと慌てて、手を振り払い後ずさっていく。
うーむ。
体調に問題はないというが、そうなると気になるのは、温泉での態度なんだよなぁ。
結局、たきなは私の裸体をずーっと見ていた。
サウナの時も、シャワーの時も、上がって着替える時も。
ずっとチラチラ見てくるし、見てないって主張するし、こいつ……。
「スケベ」
「違います」
じゃあなんで人の体をジロジロ見てるんだか。
たきなの嗜好がどうなのかは知らないけれど、少なくとも私の裸体を隅々まで見てたのは知ってるからな。
「少し涼もっか」
「……はい」 - 21二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:27:59
フロントから宿の中庭にある、庭園に出ることができる。
昼間に部屋から見下ろした、手入れの行き届いた和の景色。たきなと二人で歩きたいと思っていた場所。
灯籠を模しで人工の明かりがぽつぽつと庭園を照らして、昼間の色合いとは違った様相を見せる。
緑の葉をオレンジ色の光が照らし、足元の砂利が暗闇の中の小さな足場のような姿となる。
リコリコでは味わえない、純和風な景色。
明かりは人工灯だけど。
「めっちゃ綺麗だね」
「えっ!? あ、あぁ、はい……そうですね」
「……?」
たきなが何故か慌てている。
何かおかしなことを言っただろうか?
「涼しい、ですね」
「うん、いい気持ち」
火照った体に冷たすぎない夜風が染みて、すぅっと体温が丁度よく冷やされ、体の調子が整っていく。
「今日は楽しかったぁ」
「明日もありますよ」
「うんうん、楽しいことがいっぱいあって嬉しいねぇ。千束は嬉しい」
「来られて、よかったですね」
「福引きのおかげだね。福の神様々だ。それにぃ……」
足を止めて、振り返る。
少し後ろから着いてきていたたきなが、足を止めて私と目が合う。 - 22二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:30:03
「なんです?」
「たきなと一緒だから、もっと楽しい」
思ったことをそのまま口に出す。
目一杯の笑顔で、たきなに向かって笑いかける。
にぃーって。
「……そうですか」
たきなは、つんっとした態度でそっぽを向く。
その顔が赤く染まっているのは、明かりに照らされているからだろうか、或いは、別の……。
「私はさ……」
「……はい」
また、皆で来ようって、たきなはそう言ってくれたけど。
「二人きりがいいな」
その言葉に、返事はなかった。
たきなの耳に届いたのかどうかわからない、小さな呟き。
そのまま庭園をぐるっと回って部屋に帰るまで、私たちの間に会話はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ - 23二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:30:28
受付で部屋の鍵を受け取る時に、やはりというか「ご迷惑をお掛けしました」と、壁紙のことで頭を下げられた。
別に謝ってもらうほどのものではなかったのだけど、向こうもマニュアルというものがあるし、仕方がない。
いいですよー、と気にしてないことだけ伝えておいた。
部屋に戻ると、壁紙は綺麗に貼り直されていて、もう隙間は見えない。
よかったよかった。本当に。
「それじゃあ、明日に備えて、寝ますかね?」
「…………」
広い部屋にお布団二つ。
綺麗に敷かれている。
並んで、ピッタリくっついて。
「少し離しましょうか」
「なーんでよー! 一緒に寝ようよー!」
「だから離すんです、絶対こっちの布団に入ってくるつもりでしょう」
その通りですけど。
たきなと寝るならそうしますけど。
だってたきなはいい匂いがするし、抱き心地最高だし、これを夜の楽しみにしていたと言っても過言ではないのだ。
「たきなぁ~、寂しいこと言わないで一緒に寝よぉよ~」
「あぁもう……」
細い腰の上からしがみついて離さない。
結局たきなが折れて、私は無事にたきなと添い寝する権利をたまわった。うーん重畳重畳。
さっそく荷物を片付けて、布団に入る。 - 24二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:30:41
「さ、たきな!」
「さ、じゃありませんが」
布団に入り、めくって、ぱんぱんと自分の横のスペースを叩く。
どうせあとで同じ布団に入るなら、最初から一緒でも変わるめぇ。
仲居さんにはわざわざ敷いてもらったけど、私たちは一組しか使わないですよー。
「では、お休みなさい」
「あっ、こら。ノリが悪いぞーたきな」
たきなは小さな豆電球の明かりだけ残して、すっと隣の布団に入っていく。
んもう、いけず。
まあでも、それがたきならしい。
「…………」
「…………」
何も喋らないでいると、こち、こち、と時計の針の音が耳に響いてくるほど、静かな部屋。
小さな明かりに仄かに照らされた室内に目を凝らす。
チラッと気になったのは、押し入れの隣の、壁紙が剥がれていた箇所。
その下にあった光景が頭の中をよぎって、旅館に入る前に感じた、『出そう』という記憶が思い起こされる。
ぶるっと背筋に冷たいものが走る。
「……んしょ」
「…………」
こちらに背を向けているたきなの布団に、もそもそと体を捻って入り込む。
軽く一つに結わえられた黒髪が目の前にきて、お風呂上がりの甘い花の香りが鼻腔を通って脳に届く。
たきなの背中に、ぴたりと密着する。 - 25二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:31:04
「……たきな」
「…………」
抵抗がないことを確認して、そっと腰に手を回してみる。
肩から腕を伝って、体の前で力なく垂れ下がった手をきゅっと握る。
夜風に晒された肌は少しひんやりしていて、布団の中に籠った温かな空気と合わさって触り心地がいい。
「ぁ……」
微かに握り返してくる小さな指の感触に、思わず声が漏れる。
目の前を流れる黒い髪に目を奪われ、顔を近づけて、そのまま鼻をうずめる。
すぅ、と鼻で息を吸うと、空気に混じってたきなの香りが脳を刺激する。
「んふふ」
「……なんですか」
「落ち着くなぁって」
「……わたしは落ち着かないです」
にぎにぎと指の位置を変えて、絡ませた感触を確かめる。
手に馴染む、たきなの手。先ほどよりも温かく、じんわり汗ばんでいる。
少し、いたずら心が沸き立つ。
握った手を離して、浴衣の襟の隙間へとするりと滑らせる。
その手を腰回りに落とし、浴衣の下にあるたきなのお腹につぃー、と指を這わす。
「ふにゃ!?」
「ぷふっ」
たきながあげた甲高い鳴き声に、つい吹き出してしまう。 - 26二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:32:31
「何するんですか!」
「いやぁ、たきなの腰回りが細くて羨ましいなぁって」
「そこはおへそです!」
「お腹もスッキリしてて羨ましい」
「ちょっ……わかったから、撫でないで……!」
「えー、いいでしょ減るもんじゃなしー」
さわさわ、なでなで。
スベスベのお肌と、鍛えられて程よく締まった腹筋。そして心地のよい弾力。
うおぉ、こんなものがこの世にあるのか。
さすがにたきなも身体をくねらせて抵抗してくるが、そのまま腰をぐるりと一周するように脇腹まで腕を伸ばして撫で回す。
「ひぅ……」
蹴りでもビンタでもされるかと思ったが、返ってきたのは予想外の反応。
ぺしん、と頭に触れる手の勢いはあまりにもか弱く、押し返されるだけの力もない。
その小さな口から漏れ出たのは、甘く吐息を含んだ可愛らしい音。
「……たきな……?」
「っ…………」
体だけ起き上がらせて、たきなの顔を確かめる。
たきな自身、自分の声が予想外だったのか、恥ずかしそうに手で口を覆って隠しながら。
豆電球の明かりに照らされたその顔は耳まで真っ赤に染まり、瞳を潤ませてぱちくりと私を見上げてくる。
着ていた浴衣は私の手が入ったせいで、帯は緩みすっかりはだけて、胸元のブラジャーからお腹まで大きく肌が露出していた。
ごくん。
喉元を、音を立てて唾液が通る。
荒くなった呼吸に合わせて上下するお腹が、イヤに艶かしく薄明かりに照らされる。 - 27二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:32:52
「た、……たきなさぁ……」
「ふ…………」
ヤバイ。
覆い被さるように、たきなの横に手をついて、その顔を見下ろす。
見上げてくる不安げな表情。背筋をぞわりと、寒気とは別の衝動が撫で上げる。
ヤバイと思うけど、もう抑えられない。
「嫌だったら……言ってね……?」
「ぁ……」
頭を下に落として、たきなのお腹へと近づけ鼻先でつつ、とお腹の筋を撫でると、ぴくんとたきなの体が小さく跳ねてお腹の感触が押しつけられる。構わずそのまま少しずつ下へ……。
やがて鼻先が小さな引っ掛かりに触れて、止まる。
おへそ、たきなの。
「ゃ……ちさ、……」
「…………ん」
ちゅ、軽く、唇で触れる。
たきなの腰がびくっと跳ねたあと、お腹が引っ込んで逃げていく。
それを追いかけるように、唇を突き出してさらに触れる。
「ん、んむ」
「っ……ふぅ……!」
顔をぐぐっと深く押しつけて、おへその周りをぐるっと、唇の裏側でねっとり撫でて回る。
そのままおへその脇に吸い付いて、ぢゅうと音を立てると、頭にたきなの手が触れて押し退けるように力が入れられる。
だがそれも、ささやかな抵抗。
たきなの手を上から握って剥がし、その手に指を絡めて巻き取る。
ぎゅうっと握り返してくる手が、愛おしい。 - 28二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:33:16
「むぅ、ん……んぁ」
「ぃひゃ!? きゃ……ぅ……」
れろ、とおへそに舌先を入れる。
たきなは悲鳴をあげて、今までよりもさらに大きく、足ごと身体を跳ねさせて反応する。
ぐりぐりと唇ごと押しつけて、おへそに深いキスをする。
目線だけ上に向けると、たきなは片手を噛むようにして口を塞ぎ、声を噛み殺していた。既に握られている手と逆の手を伸ばし、その口を塞ぐ手を引き剥がす。
手の甲に噛まれたあとがうっすら浮かんでいて、赤くなっている。その噛み痕にそっと指を這わし、撫でる。
「はっ……あっ……」
「はむ」
「んぃぅ……! ゃ、だ……ぃ、ぁう……!」
口を塞ぐ術を奪われて、たきなの声が一層高く聞こえるようになる。その手に込められる力も、より強くなって握り返してくる。
もっと、もっと。たきなの声が聞きたい。
温度を、身体を感じたい。
触れて、吸って、舐めて、吹きかけて……。
たきなのお腹に、おへそに。何度も、幾度となくキスをする。
ぱたぱたと暴れる足の隙間でたきなの抵抗を感じながら、その抵抗する力が徐々に弱まっていくのを感じる。
声もなんとか噛み殺していたものが、口を閉じる力を失ったのか、甘く蕩ける嬌声が耳に届き始める。
ヤバイなぁ……。
随分くるとこまできてしまった感覚。
もういっそいくとこまでいくか……?
お腹から顔を離すと、ねちゃっとした感触が口から垂れて糸を引く。
握った手をそのまま、たきなの顔を両脇に押しつける。
いこう、やろう。
この流れならいける。
たきなの顔をじっと見つめて、そして、 - 29二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:33:39
「…………ぅぅ」
「…………ごめん」
謝った。
完全にやらかした。
目尻に水滴を浮かべて、半べそ状態のたきなの体を、ウェットティッシュで丁寧に拭きあげて、着崩れた浴衣をそっと正す。
さっきまでの興奮はどこへやら、罪悪感と喪失感でいっぱいになった胸が苦しい。
明日の朝、どんな顔で起きて顔を合わせたらいいんだろう。
そもそも今どんな顔をしたらいいのだろう。
少なくとも、笑えばいいはずはない。
「…………あの、さ」
「…………」
「…………ごめん」
「…………」
とりあえず、謝る他は思いつかない。
沈黙が、痛い。
正座したまま固まって、十分は経っただろうか。
「…………千束は」
「ひゃいっ!?」
沈黙から一転、突然呼び掛けられて情けない返事を返す。
たきなはそこに対して特にリアクションをしなかった。
「わたしのことを……どう思ってるんですか……?」
「ど、どどど、どうって……」 - 30二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:33:53
うわぁ、うわわわぁ。
どうしよう、いきなり直球聞かれちゃった。
……私が直球で仕掛けたんだから当たり前かぁ。
どうしよう、どうしよう。
あそこまでやっておいて、「冗談でした」なんて通用するはずがない。
今すぐこの場から走って逃げたい。逃げ出したいけど、ここで逃げたらヒドイよね、ヤバイよね、これからも気まずいよね。
ここは、正直に言うしかないのか。
「わたしは……」
「あ、」
「これからも、仲良く、したいと思って、います……」
「…………私も!」
うん、嘘はない。
たきなとはずっと仲良くしていたい。それは本当の気持ちだから。
うん、返事はこれでいいはず……いいよね……?
「…………」
「うっ……」
たきなが振り向いてこちらを睨みつける。
出会った頃のような、いやそれ以上に、不信の籠められた眼差し。
「やだって、言いました」
「そ、そう、だったかな……そうだね……はい……すみません」
ぐいーっと頭を下げて床に擦りつける。
本当に申し訳ないという、ありったけの思いをこめて下げる。
つい、でやってしまったことだけど、明らかに、つい、の一線は越えていた。こんな気持ちを抱えたまま、明日の遊園地も水族館も迎えたくはない。
謝罪だけは絶対にしっかりしなくては。 - 31二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:34:06
「…………」
「本っ当にごめん」
「…………はぁ、もういいです」
「うっ……」
もういい、とは。
もう気にしなくていい、なのか……。
それとも……もう……。
「次やったら本気で蹴りますから」
「……! しません! もう二度としないって約束します!」
「…………」
「絶対に! だから許してください! ごめんなさいぃ!」
「……わかりましたから、もう許しますから」
「ありがどうだぎなぁ~!」
「うわっ!」
抱きつこうとしたら思いっきり飛び退いて逃げられた。当然だけど。
でも、よかった……たきなに嫌われたらどうしようって本気で後悔してたから、許してもらえたことで心底ホッとした……。
「怒ってはいますから」
「あっはい……」
ぴしゃっと鋭く牽制される。
まあ、さっきの今で仕方のないこと。
許してもらえただけでも万々歳だと思うべきだろう。
あと罰として布団はガッツリ距離を離された。私としても、たきなの身の安全のために受け入れざるを得ない。 - 32二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:34:28
「たきな、本当にごめん」
「いいですってば、少し怖かったですけど」
「うん……」
「もう寝ましょう。それから……明日、楽しみにしてます」
「……うん!」
頭から布団を被って、目を閉じる。
そうだ、明日も二人でたくさん遊ぶんだ。
さっきはテンションがおかしくなって、ちょっと失敗しちゃったけど、たきなは許してくれて。
明日になったら、いっぱい一緒に遊んで、たきなにも楽しんでもらう。
失敗した分は、これからの行動で取り戻していくしかないんだから、頑張ろう。
「二度と、じゃなくていいんですけど……」
「……?」
たきながぽそりと呟いた声は、よく聞こえなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ - 33二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:34:47
「たっだいまー! 千束、たきなの両名帰還しましたー!」
「休暇、ありがとうございました」
一泊二日の小旅行を終えて、三日ぶりにリコリコで朝の挨拶を迎える。
前日の夜には、リコリコ宛に送った受け取りに訪れていたが、こうして朝の挨拶から入ることで帰ってきたのだと強く実感する。
遠くに旅行するのもいいけど、やっぱり通いなれた日常にこそある安心感というものは格別だ。
「二人とも休みはどうだった?」
「最っ高だったよもう! 温泉入ってお肌もツヤツヤだし、水族館とかもいってすっごく楽しかった!」
「それはよかった、行った甲斐かあったな」
「うん!」
「いい体験になりました」
先生はニコニコと、まるで自分のことのように嬉しげに笑ってくれる。
だというのに、
「けー、いいわねあんたらは。こっちはいつもと変わらない仕事だったてのに」
「いやぁ、すみませんなぁ」
「ボクも休暇をもらうかな」
「機会があれば、今度は皆さんでいきましょうと千束と話したんですよ」
「おー、それもいいわね。たまの休みは必要よ、たきなわかってるじゃない」
文句を言ってくるかと思えば、この手のひら返し。ミズキめ都合のいいやつ。 - 34二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:35:00
「ま、二人は帰ってきたばかりだし、しばらくは先になるだろうな」
「なるべくイケメンのいる時期とかないかしら」
「ボクが知るかそんなの」
「人を探すのでしたら、旅行客の多いシーズンになるのではないでしょうか」
「ボクは落ち着いた時期がいい」
「うーん、私も宿ではゆっくりしたいわね」
「でしたら、私たちの泊まった宿はオススメですね。観光客の多い時期でしたが、空いていて静かな旅館でしたよ。どちらの要望にも応えられるのではないでしょうか」
…………ん?
「この宿か。どれどれ……へぇーなかなか綺麗じゃないか」
「ふむ、現代的な技術を使いながら内装は和風に拘った、時代に合わせた建築か。興味深い」
「露天風呂にサウナ……マッサージも完備。いいわね」
「ええ、夜の温泉はとても静かで、心安らぐ時間でした」
……………………んん?
「観光名所へのアクセス手段や距離もいい、予約が少ないのは……宣伝不足だな。一度らリフォームで長いこと休館していたから再開したのを知られていないんだろう」
「はぁー、じゃあ今を逃すと予約で埋まるかもしれないってわけ? だったら早めに行っちゃわない?」
「そうだな、来月辺りにでも休暇をいれるか。楠木には、話を通しておこう」
「いちいち許可なんか取らなくてもいいだろ、ハワイにだって勝手に行ったんだ」
「そうよぉ、国内ぐらいなんてことないわよ。うっし、今から気合い入れて服選ばないとね」
「無許可で休んだら、また援助切られそうですけどね」 - 35二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:35:23
………………………………。
「千束? どうしました? さっきから黙ってますけど」
「ん? 妙に静かだと思ったら確かに。いつもやかましいのが喋ってないわね」
「便意でも我慢してるのか? 行ってきていいぞ」
「千束、何かあったのか?」
「えっ……とぉ……」
確かめたい、でも、確めたくない。
「たきなは、静かな旅館だと、思ったんだ……?」
「……? ええ」
「……………………」
ヤバイ、ヤバイヤバイ。
背中にじわりと嫌な汗が滲む。
これ以上は踏み込まない方がいい。このまま見解の相違ということにしておくべきだ。
いやでも確かめないと、また、あの旅館に泊まることに……。
「…………私は、けっこー、賑やかだなって……」
だって、廊下にも、レストランにも、温泉にも……。
たきなは怪訝そうな顔で私を見つめる。
ちょ……おいおいおい……。
「……? 従業員以外に誰かいましたか?」
- 36二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:36:15
おしまい
ヘソキス書きたかったはずが気づいたら温泉いってた - 37二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 00:37:02
おつです
急にガチホラーになってて草 - 38二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 01:56:57
温泉なら合法で露出プレイができる
- 39二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 07:55:18
相変わらず話の構築が上手い
- 40二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 09:19:16
ホラーやないかい
- 41二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 09:25:15
乙
どうあっても告白からはじめない千束さん草 - 42二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 09:32:20
千束は性欲を抑えられない…
- 43二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 13:53:32
これは家族会議ものですね…
- 44二次元好きの匿名さん22/10/27(木) 17:50:30
乙です
千束がまたたきな襲ってて草