- 1二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 19:56:36
トーセンジョーダンは、自分のことを庶民だと認識している。
実際のところ彼女が実家で食べさせられる健康志向の食事は、彼女のトレーナー曰く「かなり良いもの」であり、彼女が思っている以上に裕福な出なのだが……
「……いや、受け取れないって!」
「グッチなのに?」
「グッチだから!」
……目の前の王侯貴族と比べれば、確かにジョーダンは庶民の子に相違なかった。
ファインモーション。
アイルランドの王族であり、トレセン学園の留学生である。更にジョーダンが知っている情報を付け加えるなら、ラーメンが大好きな世間知らずのお嬢様だ。
彼女はGUCCIのネイルポリッシュ……ジョーダンからすれば喉から手が出る程に欲しい、高級感溢れるマニキュアのセットだ……を携え、押し付けんばかりに差し出す。
「でも、立て替えて頂いたのですもの。御礼をしなくてはいけないわ」
「いや、グッチはラーメンより明らかたけーし」
「今日はなんの日? ホワイトデー!」
「いや3月でもねーし。つか食ったのチョコじゃなくてラーメンじゃね?」
一蘭というラーメン屋は現金のみの支払いだ。
そうとは知らずファインが難儀していたところを、たまたま通りがかったジョーダンが立て替えたのである。
一杯千円程度のとんこつラーメンの御礼が、何故3万円に届くネイル用品になるのか。ジョーダンは皆目検討がつかなかった。
「あ、今のはWhy Today of all days?とホワイトデーをかけたジョークでね」
「ほわ? あー……そうなん? ウケんね」
「でしょー? 会長さんも唸る自信作なんだ!」
とりあえず日本語のギャグをかましてほしい。ジョーダンは相槌を打ちながらも、そう思わずにはいられなかった。 - 2二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 19:57:11
「うーん。ジョーダンさんは、ネイルアートがお好きって聞いたのだけれど……」
「アート? まあ、好き、だけど……」
尻込みしながらも、トーセンジョーダンの目線はポリッシュへ向けられたまま。
彼女としても欲しいのは間違いない。これが単なるプレゼントなら諸手を挙げて喜んだことだろう。
しかし善意の対価にはあまりにも大きすぎて、ジョーダンはちょっとばかり尻込みしていたのだ。
ウンウン悩むジョーダンを見かねたのか、それとも最初からそのつもりだったのか。
ファインモーションはジョーダンの眼前に指を差し出して微笑んだ。
「なら、お願いごとしてもいいかな?」
「ん、おねがい?」
「そう! それを差し上げるから、私に素敵なネイルアートをしてくださらない?」
「……あーね、そゆことね!」
それなら好都合だと、ジョーダンもウンウン頷く。
GUCCIのポリッシュなんて高級品を使わない手はない。贈り主への返礼なら尤もな使用理由だろう。
実際にはもっと非言語的な納得をしていたが、とにかく理由ができたなら早速やるのがジョーダンの良いところである。
「んじゃ、そこ座って」
「はーい♪」
ジョーダンは差し出されたファインの指を手に取り、指の腹でなぞる。
すべすべとした、欠けも歪みもない丸い爪。
これが王様の爪かあ、なんて思っていれば、ファインはくすくす笑うこともなく、すました顔で施されるのを待っていたのだ。
「んじゃ、指ぷるぷるにしてくんでー」
「はぁい、お願いします」
ジョーダンも思わず居住まいを正し、なんだかオトナになった気分で保湿用のネイルオイルを塗ることにした。 - 3二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 19:57:35
「んで、何塗る?」
「選んでいいの?」
「いーって。好きなの塗った方がアガるっしょ」
「成程!」
じゃあ、そうだなあと勿体ぶった後、ファインは髪飾りを解き、ジョーダンの傍に置いた。
三つ葉のクローバーの形をしたそれを眺め、ジョーダンはそれを塗ってほしいのだと察する。
「クローバー……三つ葉でいいの?」
「うん、これがいいの」
「へー、変わってんね。四つ葉の方がアガると思うけど」
四つ葉のクローバーといえば幸運の証。
女性誌の恋占いでよく取り上げられていたから、ジョーダンもよく知っていた。しかしファインの髪飾りは何度見ても三つ葉である。
何故か見当もつかず首を傾げるジョーダンだったが、気を取り直してリクエスト通りに塗ることにした。
慣れた手付きでベースコートを塗り、薄く広げていく。
「わぁ、スゴい! 迷いがない筆さばきね」
「筆て。まぁ、ネイルは慣れてっしー?」
緩い言葉遣いで謙遜するジョーダンだったが、ファインの称賛は尤もなものだった。
液の量は多くても少なくてもダメであり、爪の形状によって適量もまちまち。それを目分量で、一度で調整してみせたのは偏にジョーダンの持つ技術の賜物である。
それはジョーダン自身も気付かぬ優れた才覚だったが、お嬢様に褒められるという体験はなかなか悪くない気がして、ジョーダンはより一層趣向を凝らすことにした。 - 4二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 19:58:01
「んで、なーんで三つ葉なん?」
「これはね……故郷の花なんだ」
故郷と聞いてジョーダンはカタカナを思い浮かべ、次いでフルサトと変換した。ちょうどトレーナーが教えてくれた読みである。
ファインの故郷が遠く離れた地、アイルランドであることはジョーダンも本人から聞いて知っていた。
(アイルランドがどこにあるかはまだよくわかっていない。ジョーダンは地理もピンチなのだ)
しかしジョーダンは再びピンと来ずに首を傾げる。三つ葉のクローバーなど何処にでも生えている草が、何故そんなに人気なのか。気になっていてはいいネイルも描けないので、ジョーダンは素直に聞いてみることにした。
「パパママんちの花? なんで?」
「それはね。アイルランドの聖者、聖パトリックがキリスト教を布教した時に、三位一体のことをクローバーを使って説明したからなんだけど〜……」
「???」
ジョーダンはわけがわからなかった。
筆を止め、少し考えてみてもやはりわからない。セイジャとは何か? サンミイッタイとは? ジョーダンに宗教はわからぬ。ついでに政治もわからぬ。
けれどもジョーダンは、トレセンのウマ娘である。わからぬことを軽んじることはせず、思考停止しながらも耳を傾けようと努力した。
そんな努力を汲んでか、ファインは少し可笑しそうに微笑んで、「でもね」と続けた。
「私は、どこにでも生えてるからだと思うの」
「ん〜? まあ、確かに? クローバーとか、どこでも生えてんね」
「でしょ? どこにいても見つけられるから、どこにいても思い出せるの」
「なにを?」
「大切な、故郷を」
ぽつりと呟かれたその言葉を、ジョーダンのウマ耳は確かに拾い上げたが、ジョーダンが追求することはなかった。
それは気の利いた言葉が思い浮かばなかったからだが、ファインが愛おしげにクローバーの髪飾りを見つめる様を見て、これでいいのかもしれないと思い直したからだ。
ジョーダンはネイルに集中するべく黙りこくる。何故だか、そうしなければならないと考えていた。 - 5二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 19:58:34
できあがったネイルは、今までで一番の出来栄えであった。
ジョーダンとしてはかなり満足であるが、さて王女サマはどうだろうか。
そう思ってジョーダンが出来上がりの旨を伝えると、ファインは目をきらきらと輝かせて、自分の爪を日に透かした。
「きれい……!」
その顔は年相応の、無邪気な少女のそれで。
ファインのそんな顔を見たジョーダンは、思わずガッツポーズを取って自分を褒めそやした。
「撮っとく?」
「うん! ねぇ、いっしょに映ってくださる?」
「ん、ツーショね……いくよー」
「Say cheese!」
マニキュアを見せびらかし、スマホへにっこりと微笑むファイン。
せがまれるままにLANEで写真を送ってやれば、ファインは大事そうに、何度も保存を繰り返していた。
「大事にするね!」
「っすー」
ジョーダンがもう少し機械に詳しければ、もう少しよく見ていれば。それが本体、SDカード、クラウド保存と別々に分けていたと理解できただろう。それによって、彼女がこの思い出をどれだけ大事にしたいかも推し量れたに違いない。
しかしジョーダンはそれに気づくことはなかった。何故なら彼女も、慣れない保存の操作で忙しかったからである。 - 6二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 19:59:10
このレスは削除されています
- 7二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 20:00:20
「今日はありがとう! すてきな思い出ができちゃった」
「もーいいって。アタシもいーの貰ってんだし」
トートバッグに収まったGUCCIのポリッシュを見て、ジョーダンはニンマリと笑う。
これはとっとおきのとっておきとして、大事に使うとしよう。そう思った動機が果たして実利か、友情から来るものかは、ジョーダンには言語化できていなかった。
「よければ……また、塗ってくださるかしら?」
「もち。……あ、そだ。足の爪も今度塗っとく?」
「え、足?」
「そそ。こっちはまあ、レースで割れないようにだけど」
軽く爪先を擦ってみせたジョーダンを見て、ファインの瞳が少しだけ見開かれたことを、ジョーダンは気づかなかった。
けれど、それを悟ったところでジョーダンは特にどうとも思わなかっただろう。自分のようなギャルにお姫さまがどうとは思うまい……ジョーダンはそういった低い自己肯定感の持ち主なのだ。
しかし、ファインはジョーダンが思っているよりずっと賢明で、そして情に篤い人物である。
「そういうことなら、是非お願いしますね……今度は、口実なしで」
「コージ? ああ、健康食品はいらないかな。親がよく送ってくるからさー」
「はーい! シャムロックの花言葉に誓って!」
王族が口実抜きに関わる縁というものがどういうものか、ジョーダンはよく知らないとファインはわかっていた。ましてその花言葉の誓いが、どういったものかさえも。
シャムロックの花言葉は「約束」。王族であるからこそ、決して軽々しく扱えぬ代物だ。
ジョーダンは何も知らない。そして何も知らないからこそ、ファインは友達に贈れる中でいっとう優れたものを、贈ることができたのだった。
(おしまい) - 8二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 20:01:38
とても良かった……
- 9二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 20:07:07
>>6は挿入文ミスの為削除しました
ファインはジョーダンに恥をかかせたくはないので黙っていましたが、シャムロック=クローバーではないそうです
実はどこにでもある似たような三つ葉草の形ながら、どの種とも重ならぬよう設計されたデザインが現在は用いられているんだそうな
それはオリジナリティでもありますが、同時にどの地であっても思い出せるように配慮したものなのかもしれませんね
最後までご覧いただきありがとうございます
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あー弱いロボットのSSの人か!
キャラ解釈も背景の深掘りも文体も好きです
今回もこの二人新鮮で良かった - 11二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 20:27:08
ありがとうございます!
ちなみにGUCCIのポリッシュは、1個1色3000円くらいでお店に並んでいます
公式によるとジョーダンは百均とかで上手くやり繰りしているそうなので、ファインが5色セットなんて持ち寄ったらそりゃァ大変だネ!って思いました - 12二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 20:29:31
良い……とても……
- 13二次元好きの匿名さん22/10/29(土) 20:39:18
あんま見ない組み合わせだけど面白かった
- 14二次元好きの匿名さん22/10/30(日) 00:30:50
あにまん落ちてたから書けなかったわ
面白かった、おつ