フェアリー・フェラーの神業

  • 1二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:03:28

    ALS。そんな病気をご存知でしょうか。簡単に言えば筋肉が痩せてしまう病気のことです。症状としては初めは少しだるさを感じるくらいですが、やがて歩けなくなって寝たきりになり、最後には呼吸もできなくなって死んでしまいます。
    治療法はありません。お薬やリハビリで症状を遅らせることはできても、回復することはないのです。進行が遅い分、心が先にだめになってしまう人も多いと聞きます。

    さて、マーちゃんは何故そんな病気に詳しいのでしょうか。お家が病院だから?ぶぶーっ、ハズレです。マーちゃんはお医者さんではないので詳しくはありません。
    簡単な話です。マーちゃんの大切な人がこの病気に罹ってしまったという、ただそれだけの話なのです。────以上、録音終わり。

    「失礼します。今日もお見舞いに来たのです」
    「ああ、マーチャン……」

    ボイスメモはオフ。ドアをノックして病室に入ります。ベッドの上でテレビを見ていたトレーナーさんがマーちゃんの方を見て、ちょっと笑顔を作ってくれました。最近は手を振ってくれなくなって、なんだか寂しいですね。
    はい。大切な人とはトレーナーさんのことです。去年のはじめに病気────ALSになったトレーナーさんはしばらくお仕事を続けていたのですが、やがてそれもできなくなってマーちゃんの実家の病院に入院しました。ちゃんとお見舞いには通っていますし、学園がお休みの日にはラブリーなナースマーちゃんがお世話もしているのですよ。どやや。

    「トレーニングはできてる?そろそろレースだったよな」
    「はい。ウオッカとスカーレットとしのぎを削っているのです。昨日の併走ではマーちゃんが勝ちましたよ」
    「そっか……」

    そう言ってトレーナーさんはまた笑います。でも、嬉しくて笑ってくれてはいないのです。本当ならトレーナーさんはマーちゃんの隣で頑張りたいのでしょうから。
    作ってくれた着ぐるみも銅像も倉庫の中で埃を被っていますし、4コマブログも随分前に更新が止まりました。マーちゃんファンの皆さんも心配されているのでブログの更新だけでも頑張りたいですけど、トレーナーさんとはなにぶん絵のタッチが違うもので────これが意外と難しい!のです。むむむ。

  • 2二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:03:54

    さて、しばらく世間話というやつを楽しんでいたのですが……どうにも今日のトレーナーさんはいつにも増して元気がありません。
    といっても、理由はなんとなく分かってしまうのですが。

    「ねえ、トレーナーさん」
    「ん?」
    「ちゃんとご飯は食べているのですか?テレビは面白いですか?……リハビリは────辛くないです?」
    「……うん、大丈夫だよ。テレビにマーチャンが映ってると嬉しくなるし、リハビリも……結構良くなってきてるみたいだから」
    「そうですか。それは何よりです」

    ────ウソです。マーちゃんはこの間見てしまいました。声は掛けられませんでしたけど、トレーナーさんが泣きながら手すりに捕まって立ち上がろうとしては倒れこんでいるところを。
    やらなければいけないことですけど、辛くないわけがないのです。ですがトレーナーさんは優しい人なので、きっとマーちゃんを心配させたくないのでしょう。こうやって何ともなさそうに振舞っています。

    これでいいのでしょうか。ウソをついたとき、一番傷つくのは本人だと聞きます。身体が傷ついているのに心まで傷ついたらどうなってしまうのでしょう。
    マーちゃんはいったいどうすればいいのでしょうか────こんなときくらいはお助けしたいと思うのです。




    「トレーナーさん、今日もお見舞いに来たのです────むむ、お休み中ですか」

    またある日────トレーニング帰りの夕方に病室に行くと、トレーナーさんは眠っていました。起こしてはいけないですからサイレントマーちゃんです。少し顔だけ見たらすぐに帰りましょう。
    花瓶に水でもあげようかと思い立ったとき、ふとベッドサイドにウマホが置いてあることに気がつきました。トレーナーさんのものです。
    画面が点きっぱなしのようなので消してあげようと思い手に取ると、こに映っていたのは「ボイスメモ」という文字。そして、昨日の夜に録音されたらしい1件の記録でした。

    トレーナーさんもお暇ですからマーちゃんのように日記をつけたかったのかもしれません。だから見なかったことにしてあげるのが正しい行動です。ですが────マーちゃんの指は再生ボタンを押してしまっていました。

    「テステス……ボイスメモって少し緊張するな。文字を書くのも億劫になってきたからこれからはこっちで日記をつけることにしたよ」

  • 3二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:04:20

    間違いなくトレーナーさんの声です。そうですか、もう文字も────

    「この間ね、初めてリハビリをサボったんだ……頑張ってるのに全然よくなる気がしないじゃないですかって言ったら担当の人も困っちゃったみたいで。行かなかったら今よりどんどん身体が動かなくなっていくんだろうけど……もう辛くて。マーチャンには言わないように伝えたよ。でも賢い子だから気づかれちゃうかもな」

    少しの静寂。

    「今朝……テレビでALSの特集をやってた。俺と同じ病気だ。中には亡くなる直前の写真もあって────途中で看護師さんが気づいて止めてくれたけど、すごく怖かった。感覚や意識はそのままなのに、身体だけ人間でなくなっていくような……いやだ、いやだよ。そんな姿をマーチャンに覚えていてほしくない……トレーナーのまま、死にたい……!」

    嗚咽。そして5分くらい沈黙が続いたでしょうか。

    「さて、弱気はお終い。早く治して、またマーチャンの担当に戻れるようにリハビリ頑張らないとな。────以上、録音終わり」

    気づけばわたしは走っていました。ここは病院です。色んなお薬があって、トレーナーさんの病気を治すものはないけれど────でも、これ以上苦しまずに済むお薬はあるはず。
    手当たり次第にキャビネットを開けて、目当てのものをさがします。

    「どれなの、どれが─────」

    さがしてもさがしても、どの瓶にも難しい文字が書いてあるだけで、ドクロのマークも黄色い三角もありません。
    分からない。分からないですよ。どれが楽になれる薬かなんて。大切な人に楽になってもらいたいと思ってしまったのなんてはじめてなのですから。勉強なんてしていないのです。

  • 4二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:04:56

    ふらふらと、トレーナーさんのいる病室に戻っていきます。当てがなくなってしまって、帰る前にもう一度だけ顔を見たいと思ったので。
    すっかり夜ですから廊下はもう非常用の明かりがついているだけで、看護師さんもいません。本当ならマーちゃんももう帰らないといけない時間なのですが────そうです。誰も見ていないんです。

    病室に戻るとトレーナーさんは変わらず眠っていました。少しのことでも疲れてしまうのでしょう。ごめんなさい、肩まで被った布団を少しどけます。パジャマ姿の身体はまた痩せてしまったようでした。
    ひゅう、ひゅう、と少し苦しそうに息をする細い喉に両手をかけて、そっと力を込めていきます。

    少し苦しいかもしれません。でも、それだけですから。ちょっとの辛抱ですよ。
    ぐっ、ぐっ、と力を入れて─────なぜでしょう。トレーナーさんはまだ息をしています。

    「マーチャン」
    「え……」

    何故でしょう、トレーナーさんが笑っています。
    怒ってもいい場面ですよ。マーちゃん、自分が何をしてしまったかは分かっています。

    「気持ちはうれしいんだ。でもつらいなら、いいよ」
    「トレーナーさん……」

    薄暗い明りに照らされたそんな笑顔がぼやけて、ぼやけて、震える手が目元を拭ってくれました。はい、目の前にいるのはトレーナーさんです。
    思わずその手を取ると、「落ち着いて」と言われました。はあ、ふう、と深呼吸をして────はい、いつものマーちゃんですよ。

    「ボイスメモ、聞いたんだよな。ごめん、聞かせるつもりはなかったんだ。でも心の中に留めておけるほど余裕もなくて……それで、自分の気持ちを……残した」

    ベッドサイドに変わらず置かれたウマホ。ボイスメモに残っていたのはまぎれもなくトレーナーさんの心でした。

  • 5二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:05:17

    「マーチャンがさっきここに来たとき、嬉しかったんだ。きっと俺の気持ちを汲んでくれたんだって────でも、泣きながら首を絞めようとするのを見て、後悔した。やっぱりそんなことはさせられないんだ」
    「ごめんなさい。やっぱり……マーちゃんはこれからもあなたといたいのです。もう一緒に道を進むことはできなくても、終わりが来る日まであなたの顔を見たい。匂いを感じていたい。だから……できませんでした」
    「そっか……なあ、マーチャン。これからね、俺はどんどん醜い姿になっていくと思う。喋れなくなって、君のことを見ることすらできなくなる。マーチャンが知っている俺でいられるのはあとほんの僅かなんだ。それでもさ、それでも────」

    トレーナーさんはまた笑います。心から嬉しそうな笑顔でした。

    「俺のこと、覚えててくれるか?」



    最後に一緒に行ったのは海でした。海、分かりますか?いのちの始まりの場所です。トレーナーさんの車椅子を押して砂浜を駆け回って、車輪に砂が挟まって動けなくなってしまいました。
    たくさん笑って、たくさん楽しんで、思い出を残しました。

    最期を見届けたのは夏の終わりでした。トレーナーさんのご家族とお会いして、マーちゃんの方がお礼を言われてしまいました。
    あ、ご報告がありましたね。どうやらご家族の方もマーちゃんのファンだったそうで、絵が得意だという妹さんが4コマブログを新しく描いてくれることになりましたよ。マーちゃんファンの皆さんもひと安心です。

    あなたとの日々は本当に色々ありました。楽しかったこと、辛かったこと、あります。中には忘れてしまいたいことだって。でも、全部合わせて大切な思い出なのです。都合のいい、覚えていたいことだけを覚えているなんて、ある意味忘れてしまうよりもひどいと思いませんか?

    「今年の目標はいよいよ世界展開、です。トゥモローからはグローバルなマーちゃんがハローです」

  • 6二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:05:32

    皆さんがマーちゃんを覚えています。
    そして、わたしがあなたを覚えています。
    だから何も心配しなくていいんですよ────

    いけませんね。泣いたらラブリーマーちゃんが台無しです。あなたがどこで見ているか分かりませんから。たとえ目には見えなくなったとしても、一番のレンズの前ではいつでも綺麗な姿でいたいのです。
    何故ならわたしは、アストンマーチャンですから。

    ────以上、録音終わり。

  • 7二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:08:16

    感想を文章化できないよ〜
    くぇえええ!!!
    良かったです!!良くはないけど!!!!

  • 8二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:09:56

    トレーナーお前マーチャンより先に死んでんじゃねえよおいこら

  • 9二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:10:42

    ……!!!!………!!!

  • 10二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:12:04

    幸せなマーチャンスレでうがいをしなければ死んでしまう

  • 11二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:14:13

    没ネタの供養です。そのうちね、ハッピーエンドも書くと思うんで……

  • 12二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:15:06

    俺はお前のその言葉を忘れないからな

  • 13二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:18:40

    全俺のデジタルが死んだ

  • 14二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:20:07

    どこかで聞いたことあると思ったらQUEENの……絵が元ネタなのね


    【父殺し】妖精を描く殺人画家!?リチャード・ダッドとは?【イギリス妖精文化】


  • 15二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:22:37

    という夢を見たんだ!

  • 16二次元好きの匿名さん22/10/31(月) 01:29:31

    アグネスデジタル破壊爆弾やめろ

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