- 11/1321/10/24(日) 17:30:32
少し開いた窓から少し冬の色が混じった秋風が吹きこんできます。
ひゅうひゅうという風の音と、カーテンの衣擦れるさらさらという音のみが響き、この季節の寂しさをより一層引き立てているようです
(秋ももう終わりですね……)
今年は夏が終わればすぐに冬というような季節の巡りで、人も草木も虫も花も、暑いのか寒いのか、夏なのか冬なのか、前後不明の右往左往で大変な秋でした。
そのおかげか冬の空気の中には秋の匂いが強く残っていて少し変わった風情があります。
「まるで師走がひと月増えたようですね~、そう思いませんか、あなた?」
流石に大げさな物言い、一度途切れた会話の端緒を開くための発言でしたが、待てど暮らせど期待していた返答は返ってきません。
疑問に思い、部屋に視線を戻して件のあなたと呼ばれた人を探します。
机には種々のお酒の空き缶と少し残った肴、その中に上体を放り出して赤ら顔で寝息を立てている男性が一人。
この方は私の担当トレーナーをしていた方で、私がトゥインクルシリーズからドリームトロフィーリーグに移籍し学園を卒業した後も、学園でチーム付のトレーナーをしておられます。
そして私がそこで一勝を上げることができたら籍を入れるという約束をしていた方です。
「あら、もう潰れてしまいましたか~」
正確には潰したわけですが、何か邪な思惑があったわけではありません。
ただお仕事から帰って来られると明らかに落ち込まれたご様子で、夕飯を召し上がられた後も浮かない顔をなされていたので、飲み比べという体で晩酌にお誘いしました。
流石にいくらお疲れになっても、現役のウマ娘と人のアルコール耐性を計り間違えられるとは思いませんし、何より自分から潰れるように飲んでいらっしゃったので意図は伝わったのでしょう。 - 22/1321/10/24(日) 17:31:01
トレーナーさんは酔って踏ん切りがついたようで、訥々とその日あった出来事を話してくださいました。
トレーナーさんが担当しているウマ娘が3年間で重賞制覇は成し遂げたものの、G1への出場は叶わなかった。
そのことについてはお互いに最善を尽くしたが無理だったと両者納得尽くでしたが、それを私という育成実績を引き合いに出し、揶揄する者がいた。
担当に自分のせいで不快な思いをさせて申し訳ないと謝ったら怒らせてしまって、まだ仲直りできていないし、チームの娘からは「大将なんだからもっと堂々と構えてくれ」とそうすかんを食らってしまったこと
……そのような出来事があったようです。
私が勝手に物差しとして使われるのは甚だ遺憾ですし、ましてやこの方を批判するために使われるなど忸怩たる思いです。
……しかしそれは置いておきましょう。
どう行動すれば正解だったのかと考えると、やはり無視するか、それができない程腹が立ったなら笑い飛ばしてやるべきだったのでしょう。
仮にもチームの顔である以上、あまりに自分を卑下するのは下に付く者たちの顔にも泥を塗ることになります。
それにその娘は移籍してきたわけでもなく、3年間共に歩んできたのですから、恩にも感じている相手に卑下されるのは辛いでしょうし、ましてやいわれのない誹謗中傷が原因で謝られるなど情けなくて泣きたくもなるでしょう。
その自覚を持ってもう一度謝れば解決するのでしょうけども……。
ただその助言を口に出すことはしませんでした。
引き合いに出されただけの中途半端な立場では自分が与える影響を計りにくかったのです。
半分当事者の私が助言したと知れれば、ことにもよりますが上から目線で発言したかのようにも捉えられかねません。 - 33/1321/10/24(日) 17:31:34
(そういえば私がマルゼンスキーさんの影を追っていた時を思い出しますね……)
トレーナーさんが言っていましたが、私が怪物二世の名に固執していたのはわかっていても、言えば調子を崩すかも知れず、指摘できなかったそうです。
相手にとっての正解は見えていても、自分がそこに導けるとは限らないというのはもどかしいですね。
少しの間一応思案を続けてみても光明は見えず、仕舞には頭の中でスイカ割りまで始まってしまいました。
どうやら本当に私の出る幕ではないようです、当人同士でしか解決できない事柄なのでしょう。
(トレーナーさんもこんな気持ちだったのでしょうか)
目の前で大切な人が困っているのに蚊帳の外というのは本当にもどかしいものです。
悩みを解消して差し上げることができないのは残念至極ですが、仕方がないと見切りをつけて片づけを始めます。
「あなた~?すぐに片づけてしまいますので少しお待ちくださいね~」
トレーナーさんに毛布を掛けてから、戸締りや食器の片づけを手際よく済ませていきます。
余った肴はどうせすぐに食べてしまうので雑に冷蔵庫へ放り込み、食器も文明の利器に頼ればさほどの時間はかかりませんでした。
空き缶は……、数が多いので明日に後回しです。
とりあえず一か所にまとめれば、机の上は一通りの恰好がつきます。
あとは寝るための身支度を残すのみですが、お風呂は……、朝でいいでしょうか、今長時間目を離すのはいささか怖いですので。
となれば歯磨きと洗顔を済ませてしまおうと考えていると、トレーナーさんが寒そうなうめき声を上げます。
(風邪を引いてしまうといけませんから、お布団に入れてしまいましょう) - 44/1321/10/24(日) 17:32:14
予め寝室の襖を開いておき、布団を敷くとトレーナーさんを運びに戻ります。
トレーナーさんがここで寝てしまったのは一度や二度の事ではありません。
そのせいか自分より体格が大きくて意識のない人間を背負うというのは最初の方こそ手間取ったものの、今では慣れたものです
「仕方のない人ですね~♪、これで何度目でしょうか~♪」
声にどこか浮かれた調子が混じります。
この人は今自分に頼らざるを得ない状況であるということを考えると無性に嬉しくなってくるのです。
他者には打ち明けることのできないような後ろめたさも感じるのですが、家の中なのでまあよしとしましょう。
それに人一人を運ぶ労苦もウマ娘の膂力をもってすれば無きも同然のものですから役得というものですね。
「失礼しますよ……っと」
「う……ん?……グラ……ス?」
背負うためにトレーナーさんの上半身を起こしたところで目が覚めたようです。
「はい♪グラスワンダーです」
「ああ、また手間を……、自分で行くよ……」
立ち上がろうとのそのそと動き出したトレーナーさんを制止します。
「今歩くと危ないですよ?私に任せてください」
「いや……、でも……」
普段なら遠慮がちながらも「じゃあ頼んだ」とすぐに折れて下さるのに今日はやけに頑なです。
これ以上情けない所を見せたくないのでしょう。
気持ちはわかりますが私も譲る気はありません。 - 55/1321/10/24(日) 17:32:40
「ダメです」
「……」
目を見つめ合っての根競べにもつれ込みますが、どちらが勝つかは最初から決まっているようなものです。
今の弱ったトレーナーさんが勝てる道理もありません、もうすでに眉毛が八の字になってしょぼんとした表情をされております。
(ふふっ、可愛らしい顔ですね~♪)
口角が上がりそうになるのを抑えられなってきました、早く折れていただきたいものですが……。
「……わかったよ、好きにしてくれ……」
「はい♪」
思っていたより危うい勝利でした、およそ1バ身半といったところでしょうか……。
「それでは改めて失礼します」
肩を貸して体を持ち上げたら、ちょっとずつ屈んでいって、脚を腕で抱え込みます。
「立ちますよ、注意してください」
トレーナーさんの脚が床から離れて、全ての荷重が私に圧し掛かってきますが、重心が後ろに寄っていて歩きにくいです。
「もう少ししがみついて頂いてもよろしいですか?重心が後ろすぎて……」
「……わかった」 - 66/1321/10/24(日) 17:33:42
トレーナーさんが体を前に倒して腕に力を入れますが、アルコールのせいか、精神的な問題によるものなのか普段より幾分か弱弱しく感じます。
まあ前によっかかっていただければ運ぶ分には問題がありませんが別の問題があります。
(少し物足りません……)
普段はもっと強く抱きしめて下さるのに。
「……もっとぎゅっとしてください……」
「……」
無言で腕に力が加えられて体が密着していきます。
体格の差で自然と私を覆うような体勢になり、耳も肩に押し倒され、顎が額の上、感じる熱がトレーナーさんのものなのか、自分のものなのかも定かではありません。
……実を言えば、内心ではこの感触をこの方を運ぶ度に楽しみにしているのです。
(温かいですね~♪とても気分がよいです♪)
アルコールと寒さで少し冷えた体にはたまらない心地よさで、このまま押しつぶされて眠ってしまいたいほどです。
「トレーナーさんは温かいですね~、このままお布団にして眠ってしまいましょうか~」
「……う~……ん」
返事が不明瞭で、先程よりも眠そうにしておられることが明らかです。
もしかするとトレーナーさんも私の体温で安心してくださっているのかもしれないと考えると、少し胸が高鳴るような気持ちになりますね。
話しかけるのはやめにして寝室に向けた歩き出しました。
背中の熱を味わいながらゆっくりと歩を進めているとふとある考えが浮かんできました。
(この心地のよさ、歌に残したくなりますね~)
そうと考えると頭が言葉を探し出します。 - 77/1321/10/24(日) 17:34:38
(まずお布団は必ず入れたいです、確か古語では掛け布団が衾でしたか……)
(ふすま、ふすま、ふすま……、伏す間?これを使いましょう、三字ですし、七字に組み入れると収まりがよさそうですね)
出てきた言葉を中心に今の状況を表すように語を付け足し、組み立てていくと上の句が出来上がりました。
(君が身を 寝屋に伏す間に 寝ぬるなり、というのはどうでしょう……)
次は下の句を組み立てていきます。
(では下の句は……、秋ですので猿丸太夫の歌からお借りして、鹿(しし)の声きく……、飽きとかけて秋ぞ来まじきとしましょうか~)
できた歌を通して詠んでみます。
(君が身を 寝屋に伏す間に 寝ぬるなり 鹿の声きく 秋ぞ来まじき)
あなたを寝室に寝かせる間に、あなたをお布団にして眠ってしまいました。
(こんなに気持ちがよいのだから)飽きることも、鹿の鳴くような物悲しい秋も来ることがないでしょうね。
という意味になるでしょうか。
鹿が鳴くと物悲しいというのは、牡鹿が牝鹿を探して鳴いている声が寂しそうに聞こえるからだそうです。
(ふふっ、また一首出来てしまいました~♪忘れてしまわない内に書き残して置かなければりませんね)
歌ができ上がったので前を向けばいつの間にか目の前まで壁が迫っていて、危うくトレーナーさんの頭をぶつけてしまうところでした……。
そのまま踵を返して寝室の前まで戻り、敷いていた布団の上にゆっくりと下ろします。
トレーナーさんは完全に寝入っているようで、再び寝息を立てています。
酔っておられたので一応体を横に向けて寝かします。
(見ていない間に吐いてしまうと危ないですからね……)
布団をかけて、メモ帳に作った短歌を書き残すと洗面所に向かいます。
「それでは顔を洗ってきますので~、待っていてくださいね」 - 88/1321/10/24(日) 17:35:10
「全く、手間がかかります、本当に子供みたいですね~♪」
歯ブラシの上に歯磨き粉を乗せながら言います。
もし誰かが聞けば、声からにじみ出る喜色をありありと感じることができるでしょう。
自覚はありますし、隠そうとも思いません、それで照れるようなところはとうの昔に通り過ぎました。
歯を磨きながらもう一度先程の感触を思い出します。
実は温かさの他にもう一つ感じていたものがあります。
(また、重くなりましたね……)
背負った時の重みが前に比べて増していたように感じます。
しかしそれはトレーナーさんが太ったというより私が衰えてきているというべきでしょう。
本格化が始まってから随分と時間が経っています。
ピークを通り越してしまったのかもしれません。
まだもう少しの間は走法の改造や駆け引きの経験を積むことで衰える以上に能力を伸ばすことができるでしょうけども、それもいつまでもつか……。
もし前までの私であればそのプレッシャーに押しつぶされていたかもしれません。
二回目の不退転を誓ったあの正月からも、根を詰めすぎる性格は全く変わっていませんから。
(変わったと言えば……)
左手の薬指を見つめると、金属のリングが輝きます。
今までの事を思い出すと苦笑してしまいました。 - 99/1321/10/24(日) 17:35:29
(花を見て色を見ず、とでもいえばよろしいのでしょうか……)
意味や意義に固執してしまうと、ついつい熱が入りすぎて楽しむことを忘れてしまう癖が私にはあるようです。
レース中はあんなに柔軟に対応できるのに……、エルには「猪突猛進!つまり豚デース!!」などと煽られるほどです、あとで〆ましたが。
(でも今は違います……)
ウマ娘としての意義を果たし終えた後の事もしっかりと考えられています。
元々私は多趣味な方ですからやること自体はいくらでも湧いて出てくるのです。
ただその起点になっているのは指輪の贈り主。
(あなたと楽しめるなら、そう思うからこそです)
考えてみて気づきます。
(よくよく考えてみれば固執してしまう性格は治っていませんよね……)
畢竟、あの人と生を楽しむことに固執しているだけです。
しかしガラスの迷宮と万華鏡、同じ閉じ込められるのならば後者がいい。
(こんなにもカラフルな世界なのですから~、楽しまなければ損ですね~♪)
考えている内に顔も洗い終わり、寝る準備万端となりました。
電気を消して回ってから寝室に戻ります。 - 1010/1321/10/24(日) 17:35:53
寝室に帰ってくるとまずトレーナーさんの方を見ます。
(吐いてはいないようですね)
顔色も幾分かよくなってきていますが、出ていく前と違う事が一つ。
(まあ、寝ながら……)
目から布団の方に向けて灯を照り返す筋が引かれていました。
どうやら涙を流していたようです。
もしかすると魘されていらっしゃるのかもしれません、少し難しい顔をしているような気もしますが、うわ言を言うでもなし、断定することはできません。
無理に起こすのはよしておきましょう。
(もう、仕方のない人……)
指で跡を拭いとり、涙の感触がなくなるまで指をすり合わせていきます。
そして手を拭こうとした時、ふと思い当って頬に手をあて、目じりに指を添えると、つつと下に指を滑らせていきました。
少し倒錯的だとは思いつつも、幸せの素となる感情が無限とも思しき程に滾滾と湧いてきます。
「本当に……、愛らしいですね~……」
私はこの人が涙を流す姿がとても可愛らしく感じます、といっても嗜虐趣味があるというわけでもありません。
有馬や契約更新の際に涙を流してくださったときに得も言われぬ感情に胸が押しつぶされそうになって、学園を卒業するときにその正体に気づきました。
私の事をまるで自分の事のように泣いているのを見るとと息が詰まってしまうくらいに嬉しかったのです。
それを自覚して以来はこの方の一挙手一投足が愛おしくて仕方がなくなって、恋というのはまさにこういう感情なのでしょう。 - 1111/1321/10/24(日) 17:36:18
卒業してから気づいたのは幸か不幸か、担当トレーナーから外れて自分一人で独占することは叶わなくなったものの、学生という身分が邪魔することもなくなりました。
そうして勝ったら結婚するという約束を取り付けて、どうにか2年目に勝利をもぎ取ることができたのです。
(でも知っていますか、私はずっとヤキモチを焼いていたのですよ?)
私が勝利する前、新しく担当した子がメイクデビューに勝ったとか、G3レースで勝ったなどという話を聞かされるたびに、自分以外の娘にあの顔を向けているのかと思うと締め付けられるかのような思いでした。
少なくとも今日こうなっている原因の娘には絶対に泣き顔を見せています。
そんなことを考えていると少し悪戯心が湧いてきました、トレーナーさんの耳元に口を近づけて囁きます。
「……浮気者♪」
一瞬びくりとした後顔をしかめ、言い訳がましく私の名前を呼びますが、目は覚めていないようです。
(まあ、今度は私の夢を見ているようですね)
少し申し訳ないことをしたと思いましたが、泣くような夢を見るならせめて私の夢で泣いてくれればいいと思い直ります。
(私の事であれば起きたらすぐに癒して差し上げられますから)
見てきたものは全てただの悪夢だったとすぐに証明して、安心させてあげられます。
私はずっとあなたの傍にいると実感させて見せます。 - 1212/1321/10/24(日) 17:37:07
「よしよし♪大丈夫ですからね~♪」
少し体勢が辛いですが胸にトレーナーさんの頭を抱きかかえます。
しばらくそうしていると想う気持ちがとめどなく膨らんできて目も潤み、顔も上気してきて、吐き出してしまわなければ胸が張り裂けてしまいそうです。
「……あ……た」
か細く途切れるような声で
「……あなた」
囁くような声で
「あなた♪」
呼びかけるような声で、胸の想いを吐き出します。
あなたが誰かの事を楽しそうに話す度に心の奥では嫉妬が渦巻いていました。
しかしそれを束縛してしまえば逆にこの人の人生から色を奪うことになってしまう、ならばせめて……。
「……つらい涙は全て、……全て私にください」
どんなにつらいこと、悲しいこと、腹立たしいことがあっても私以外の人がいる前で、そして一人では決して泣かないでください。
必ず私の前だけで泣いてください、つらい感情は全て私に置いていって、外には元気な姿だけを見せてください。
……そうすれば、あなたが外で流す涙の裏には全て私がいるのも同然ですから。
膨らむ気持ちを押さえつけるようにトレーナーさんの頭を胸に押し当てます。
最早どちらが縋っているのかわからないような状況ですが、誰も見ていないのですから今くらいはこうしていてもいいですよね? - 1313/1421/10/24(日) 17:38:12
しばらく時間が経ってようやくトレーナーさんの頭を解放します。
「ふふっ♪ようやく落ち着きましたね~」
自分の事を棚に上げてトレーナーさんのことに観察します。
顔色も普段とそこまで変わらないくらいに戻っていますし寝息も規則的で、もう大丈夫そうです。
私も先程までの感情の揺れが激しかったせいか、少し気疲れしている感じがありました。
全て終わったとなると急激に眠くなってきます。
(まるでお腹いっぱいになってしまったみたいですね~)
眠さで瞼が下がってきているので、眠ってしまう前に電気を消して、トレーナーさんの横に戻り、涙の跡があった部分に軽く触れるだけの口づけをしてから布団に入ります。
横を向いているトレーナーさんと真向いになり、今日の見納めとして少し顔を見つめてから目を瞑りました。
(この人は今どんな夢を見ているのでしょうか)
まだ私の夢を見てくれているのでしょうか。
悪夢は見ていないでしょうか、夢の中の私たちは幸せに過ごしているのでしょうか。
少しづつ思考に空想が混じり始めて、もう半分は夢の中にいます。
眠ってしまう前に心の中で言葉を投げかけます。
(こんな私に付いてきていただいて本当にありがとうございます)
(もうじき私の夢は終わります)
(ですので、もし私の夢が覚めたなら……)
もう一つの夢があります、それは……
(……今度は私をあなたの夢に連れて行ってくださいね) - 1414/1421/10/24(日) 17:38:37
あの人と連れ立って歩く姿を空想します。
いつもとは逆の風景、私が少し後ろを歩いていて、そしていつの日か、いつの日にかその隣りを歩いていきたい、そう思います。
(これからも、末永くお願いします……、──さん♪)
意識を手放す寸前で不明瞭ですが、最後に心に浮かんだのはあの人の名前。
心の中でさえはっきりと名前を呼べなかったのは残念ですが、いつか隣りを歩く日のために取っておきましょう。
それではまた明日、……おやすみなさい。
意識には帳が下りて、部屋の中には波長の合った寝息が二つ。
静まりし二人が伏す間に秋は来ず、合わせて見しは夏の夜の夢。
秋の夜長はゆっくりと更けていきます。 - 15121/10/24(日) 17:39:53
愛知県 名古屋
- 16二次元好きの匿名さん21/10/24(日) 19:04:41
実に美しい、歌の下りとかもうお見事としか言えぬ
グッと大人っぽくなった彼女が目に浮かぶようで良き - 17二次元好きの匿名さん21/10/24(日) 23:09:13
いい…ブラボーだよ…
- 18二次元好きの匿名さん21/10/24(日) 23:23:19
まさしく秋の夜のように美しい文でした
ままならなさに愛おしさを感じる様が何ともグラスらしくて可愛らしい - 19二次元好きの匿名さん21/10/24(日) 23:26:40
俺には語彙力が足りないから一言だけ言わせてくれ、めっちゃよかった…
- 20二次元好きの匿名さん21/10/24(日) 23:29:47
ありがとう…ありがとう。
しかしエロスも感じて素晴らしい - 21二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 11:28:03
保守
- 22二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 18:24:49
グラスの独占力や日本について猛勉強したことを盛り込んでる……
安易にテンプレにキャラを当てはめてない……すごい…… - 23二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 18:34:45
文庫本の短編集を読んでいる気分になった……素晴らしい
普段から作者が活字に親しんでいるだろうと想像される
いつもありがとうございます…… - 24二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 18:39:40
トレーナーが他の担当ウマ娘を受け持つさまとか、グラス自身の身体的衰えとか、本当に奥深い……読み返したくなる
- 25二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 19:10:46
すき(語彙力消失)
- 26二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 22:15:24
グラスの心の動きが丁寧に描かれていて…とてもいい…好き…
- 27二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 22:53:26
素晴らしいものを見た
今夜は熟睡だな、、、 - 28二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 01:04:28
どうしよう、コメ♡付いたから調子乗って短く蛇足書こうか迷ってる、雰囲気が結構変わる……
重寄りの稍重から良バ場くらいには変わる気がする…… - 29二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 08:03:38
書いて♡
- 30二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 12:24:29
はい・・・・・・
ただ書くのくっそ遅いから多分2~3日かかるかも・・・・・・ - 31二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 12:26:15
よっしゃあ!良バ場期待あげ
2〜3日の保守なんぞどうということはないぜ - 32二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 13:32:37
良い物を読んだ
- 33二次元好きの匿名さん21/10/27(水) 00:36:55
保守
- 34二次元好きの匿名さん21/10/27(水) 11:40:03
保守
- 35二次元好きの匿名さん21/10/27(水) 11:43:22
これは良いものだ(語彙力0)
- 36二次元好きの匿名さん21/10/27(水) 22:06:46
保守
- 37二次元好きの匿名さん21/10/27(水) 23:12:02
保守
そして何ですか、この百人一首に混ぜて出しても高校生くらいまでなら騙せそうな季語と掛詞バッチリな俳句二連は。何を食べたらこんなん思いつくんですか。あなたが神か。
言葉を尽くすことなくにじみ出るグラスの恋慕と愛情の表現も満点では足りない。すごすぎる。好き。 - 38二次元好きの匿名さん21/10/28(木) 08:19:46
保守
- 39二次元好きの匿名さん21/10/28(木) 18:01:06
駄目だ、いまいち盛り上がるところを作れない・・・・・・
土曜すら書けないなら、書くって言っといて悪いけど落とそう - 40二次元好きの匿名さん21/10/28(木) 18:15:15
- 41二次元好きの匿名さん21/10/29(金) 00:17:11
保守
- 42二次元好きの匿名さん21/10/29(金) 06:45:17
保守
- 43二次元好きの匿名さん21/10/29(金) 10:26:16
保守
- 44二次元好きの匿名さん21/10/29(金) 14:27:12
SSというか小説の域に達してる…すげぇ…
- 45二次元好きの匿名さん21/10/29(金) 17:58:36
保守
- 46二次元好きの匿名さん21/10/29(金) 22:07:47
保守
- 47二次元好きの匿名さん21/10/29(金) 22:52:28
素晴らしいものをありがとうございます...それしか言う言葉が見つかりません
- 48二次元好きの匿名さん21/10/30(土) 05:58:43
保守
- 49二次元好きの匿名さん21/10/30(土) 14:58:17
保守
- 50二次元好きの匿名さん21/10/30(土) 15:56:55
やっと書き終わった、夜まで頭冷やしてもっかい見直してから投げます
- 511/1821/10/30(土) 19:49:20
長閑な光の中に、白に薄桃を滲ませた花びらが舞っています。
幾度も見たこの光景、一度別れを告げたこの光景、そして今またこの光景を目にしています。
前と同じ部屋、前と同じ風景、……そして前とは違う立場。
私はサブトレーナーとして今ここにいます。 - 522/1821/10/30(土) 19:49:38
「じゃあ姐さん、これで契約更新ってことで、来年度以降もオナシャース」
私を姐さんと呼ぶウマ娘が契約更新用紙を差し出してきます。
軽い口調で話すウマ娘は私たちの担当バの一人で、3年の付き合いになり、このトレセン学園で3年を超えて契約がなされるということはつまり……
「ふふ、これからもよろしくお願いしますね♪それと改めて……、URAファイナルズ優勝おめでとうございます」
「いやー照れるっすね」
頭を搔きながら答えます、尻尾や耳も使って全身で照れを表現しています。
見た目や話し方に気だるげな雰囲気もあって誤解されやすいですが、本当はとっても素直ないい子です。
(私にとって初めてのURA優勝バです……、しかも私とは違う長距離部門、私も有馬を勝利していますが……)
勝ったのは3200mで、有馬の2500mとは比べ物にならない程の体力が必要になります。
畑違いでどこまで力になれたかはわかりませんが、確実に血肉にはなれたはずです、出藍の誉と言っても過言ではないでしょう。
あくまでトレーナーさんが主体ですが、あの子は私がこのチームにサブトレーナーとして入ってから、初めてスカウトし、3年間を走り切ったウマ娘です。
最初の頃は私の知名度に圧されて敬遠されていましたが、トレーナーさんの愚痴やトレーナーさん弄りを通じて、どうにか姐さんと呼ばれるほどには仲良くなることができました。
「ああ、でも誉め言葉はこの後のために取っておいてもらった方がよかったかもしんないっす」
この後のというのはお昼からチームメンバー主催で行うこの子の戦勝祝賀会のことで、トレーナーも含めて全員参加です。
既に他のチームメンバーは場所取りと準備をするために現地へ向かっていて、今ここには私を含めて3名しか残っていません。 - 533/1821/10/30(土) 19:50:04
「ああ、確かにそうですね、ごめんなさい」
「まあ、何回でも言ってもらえればいいか、じゃあトレちゃん、姐さん、また後で」
トレちゃんと呼ばれた男性が「また後で」と片手を挙げて答えて、担当の娘もまた手をひらひらと振りながら尻尾を翻して部屋を出ていきました。
トレちゃんと呼ばれたこの方は、以前私を担当していたトレーナーであり、現在私が所属しているチームのメイントレーナーでもあります。
トレーナーさんは手に持ったボールペンを机に放り投げて言います。
「あの娘も迎えにいかないといけないし、こっちももう少ししたら出よう、主役でもないのに遅れたら悪い」
丁度書類を綴じ終わったので、後ろで結っていた髪を解き、伸びをします。
「ん~……、そう、です……ねぇ~」
肩を抑えながらぐるぐると回すとポキポキという音が節々から鳴り、否応なしに年齢を実感してしまいますね。
体をある程度ほぐし終わり、一つため息を吐いて外を見ると、風が吹くたびに薄桃色をした花びらがひらひらと舞いおりて、雪が積もったかのように景色へ明るい色を落としています。
耳を叩くのは鳥が囀る音ばかりで、微かに遠方からトレーニングをしている掛け声のようなものが少し混じる程度です。
(牧歌的、とでも表現すべきでしょうか)
動くものが少ないからかもしれません、窓を境として、内と外で隔絶しているような感がありました。
音がするものは姿が見えず、木々が偶に自分のかけらを地に落とすだけ。
春の陽光で白みがかった風景が、より存在感を淡いものにしています。
まるで窓いっぱいに絵画が貼られているような気分です。
(眠くなってしまいますね~) - 544/1821/10/30(土) 19:50:31
現実味の薄さから、朧げになってきた意識の影に睡魔が入り込んだようです、ついつい欠伸が出てしまいます。
トレーナーさんの方を見ると大きな欠伸をされています。
(ふふ、まるで会話してるみたいですね♪)
小さな欠伸と大きな欠伸が交互に繰り返されて、まるで自分たちが互いに鳴き合う鳥か何かあるような気がしてきます。
しばしそんな奇妙な会話を続けていましたが、ふと思い至ることがあり、口を開きます。
「……あなた、愛しています」
トレーナーさんは唐突な告白にハトが豆鉄砲を食らったような顔をした後、若干口角が引かれて、好奇心を孕んだ少し楽し気な表情をしました。
こんな顔をしてくださるからこそ、私も安心して遊び心を発揮できるのかもしれません。
「何かあった?」
「まあ、言葉遊びでしかありませんが、ようやく"あ"を聞いて"い"を知る関係になれたかなと思いまして~」
トレーナーさんは首をかしげて腕を組み、顔を前に突き出しました。
不可思議を全身から発散させているトレーナーさんに補足をします。
「阿吽の呼吸でもなく、一を聞いて十を知るでもなく、"あ"と聞いて"い"を知るだけがよいのですよ」
更に怪訝な表情を強めてトレーナーさんは聞きます。
「愛のもじりだから?」 - 555/1821/10/30(土) 19:50:54
当然違うだろうな、思っている言い方です。
確かにそれだけであるなら多分意図を隠さず伝えていると思いますので、トレーナーさんの理解に間違いはありません。
十分に気付く可能性があるのであればもう少し勿体ぶってから伝えるのですが、それは望み薄だと思います。
何せ自分でも回りくどいと思う程ですから。
「いえ、"あ"といえば"い"、交互に相手の一歩先を行く、その関係がまるで人の歩くさまのように感じられてですね~」
右足を出せば、次は左足、左足が出れば次は右足、片足が動かなければ、届く範囲は両足の長さの分だけです。
交互に足を出すからこそ遠くまで歩いてゆけるのです、だからこそ……
「共に歩んでゆく両足、そういう関係になりたいのです」
それを聞いてトレーナーさんは少し困惑したような顔をされます。
今までの夫婦生活がそうでなかったのか、裏で不満を持たれていたのか、色々と頭を駆け巡っているのかもしれません。
少し配慮が足りなかったことに気づいて慌ててフォロー入れます。
「あっ!い、今までがそうでなかったという訳ではありませんよ?」
胸の前で人差し指を立てて、もう片方の腕を小刻みに動かしながら弁解していると、その姿が少し滑稽だったのか苦笑しながら先を促しました。
「はは、わかった、わかったから、それで?」
「むう、すみません……、言葉足らずでしたね……」
一言お詫びの言葉を入れてから本題に戻ります。 - 566/1821/10/30(土) 19:51:19
「ドリームトロフィーリーグに行ってしまってからは私的な付き合いのみになってしまって、実はどうもお互いに違う道を歩んでいたような気がしていました……」
当然学園を卒業すれば、学園のトレーナーであるトレーナーさんとは契約が解消されることになります。
そこからは偶にトレーニングを見ていただいてもあくまで独立独歩、同じ方向を向いていても道路を一つ挟んで歩いているような感覚でした。
その悪い影響が出ない内に婚約できたのは僥倖と言えるでしょう。
それでも結婚してもやはりどこか寂しいという気持ちが埋まることはありませんでした。
ただ一緒にいることで満たされるところとは別のところに穴が開いてしまっているような、そんな状態です。
「それで、寂しかったのだと思います、……そんな顔をしないでください、断じてあなたのせいではありません」
やっぱり……という顔をしたトレーナーさんにフォローを入れながら苦笑します、胸の内にしまい込んでいた感情をゆっくりと吐き出していきます。
「ドリームトロフィーリーグを辞してからすぐに子宝を授かって、そこからあの娘の世話をしていて本当に幸せでしたが、常に寂しさが残っていました」
全く以て贅沢な話、それは自覚していました。
もし学園に託児所などの育児支援を行う制度がなければ胸におしとどめて、その分代償行為として目一杯トレーナーさんに甘えることで、満足していたでしょう。
「それでサブトレーナーとしてあなたの下に付き、同じ道を歩いて背中を追いかけ、以前掴んだ栄光を今度はあなたの傍で受けることができました」
先程言った共に歩んでいく両足、その言葉を思い浮かべながら語ります。
「私の力は未だ微力でしかありませんが、ようやく引きずられずにまた一緒に歩ける日が来たと思えたのです」
「……だからこそ言います、……あなたを愛しています」 - 577/1821/10/30(土) 19:51:44
トレーナーさんは神妙な顔をして考え込んでいましたが、突如何かを思いついたかのような様子で顔を上げます。
何やら悪戯を考え付いた子供のような顔です。
「なるほど、ようやく以心伝心になれた訳だな?」
トレーナーさんが問いを投げてきました。
なぜ今以心伝心が出てくるのでしょうか、今までの夫婦生活がそうでなかったのか、裏で不満を持たれていたのか、色々と頭を駆け巡って、そこでさっきと同じ事がそのまま返ってきていることに気付いて、思わず少し笑ってしまいました。
「ふふっ♪理由をお聞かせいただいてもいいでしょうか~?」
「よし任せろ!」
万感の思いを込めた渾身の「任せろ」です。
勝ち誇った顔が少し癪ですね……。
「"あ"と聞いて"い"という心を知る、心の"い"を心に伝うで以心伝心だ、初めてグラスに勝ったぞ!」
「……」
してやられました……。
心を以て心を伝う、確か以前自分が語った言葉です、まさか打ち返されて拾えないとは……
トレーナーさんがここまでできるようになっているとは心にも思いませんでした。
驚愕と悔しさを噛み締めていると、あからさまに喜び勇んだ素振りをしていたトレーナーさんは微笑んだような表情をします。 - 588/1821/10/30(土) 19:52:05
「これで俺もやっとグラスに並ぶことができたと思う……、俺も愛してるぞ、グラス」
「まあ……」
……本当にやるようになりました、これは完敗と言う他ありません、正直なことを言ってしまえば嬉しさより感心が先に来てしまっています。
素直にお褒めしようと思ってトレーナーさんの顔を見ると
(あ……、まだ少し笑っていますねこの方)
勝ったという喜びを隠しきれていません、何かを完璧にこなしたかと思えばこういった隙が残っているのがこの人の可愛いらしいところなのです。
(しっかり突いて差し上げなくてはいけませんね~♪)
できるだけ怖がらせないように努めて笑顔で言います。
「あなた~、こちらに来てください♪」
トレーナーさんは不穏な空気を感じたのか、笑みを顔に貼り付けたまま、冷や汗を流し始めました。
そしてその表情のまま、処刑台に向かう囚人のような足取りで近づいてきます。
「少し屈んでいただけるでしょうか~」
そのまま中腰になり、まるで首筋を差し出すように項垂れます。
丁度いい位置に頭が来たので、耳に口を近づけて、少しかすれた声で囁きます。
(……お上手です♡お見事♡) - 599/1821/10/30(土) 19:52:33
予想だにしていなかったのでしょう不意打ちを受けて、トレーナーさんは背筋を震わせて体勢を崩します。
その勢いで私のそばから離れてから、半目でこちらを見ています。
「~♪」
対するこちらは鼻歌すら出そうな上機嫌です。
やり返して悔しさを拭ったおかげで、先程の愛してるの余韻が今更響いてきているのかもしれません。
トレーナーさんは私のそんな様子を見て満足げな顔をのぞかせてから、小さくため息を吐いて椅子に座り、背もたれに体を預けて天を仰ぎ見ます。
私もすぐ近くに椅子を持ってきてトレーナーさんの方を向いて腰掛けました。
沈黙が流れ始めると、トレーナーさんがゆっくりと掌を上に向けて腕を天井に翳します。
「グラス……」
「はい、なんでしょうか」
さっきまでとは打って変わって真剣な声色です。
こちらも居住まいを正して聞く準備を整え、次の言葉を待ちます。
「……俺がシニアのクリスマスに言ったこと覚えてる?」
恐らく私が頂点まで上り詰めた時、大きく手を振って着地点を示してくれるという約束、その話の事でしょう。
ずっと私の心に残り続けている約束です、今でも鮮明に思い出せますし、忘れられるはずもありません。
「……はい、しっかりと覚えております」 - 6010/1821/10/30(土) 19:52:53
トレーナーさんは言葉を探しているようで、手を握ったり、開いたりを繰り返しています。
急ぐ心がないわけではありませんが、先を促すことはせずに黙って待ち続けるしかありません、重要なことですから、「急いては事を仕損じる」です。
待っていると窓の方を数名のウマ娘達がはしゃぎながら通り過ぎていき、それを合図としてトレーナーさんが切り出しました
「……俺はちゃんと手を振れていたかな」
「……」
どうも自分がその約束を果たせたのか心配になったようですね。
何か深刻なことがあるのかと思えば全くの杞憂であったようで、身体から余計な力が抜けていきます。
しかしこの方がそれを気にしているのであれば晴らして差し上げねばなりません。
「トレーナーさん」
呼びかけると顔だけでこちらをうかがいます。
「トレーナーさん」
もう一度呼びかけます。
すると今度は仰向けになっていた体を起こして、普通に座り直しました。
私も膝を突き合わせるような距離に椅子を持っていきます。
「手を……」 - 6111/1821/10/30(土) 19:53:12
トレーナーさんはおずおずとした様子で握手するような形で手を出します。
その手を両手で握り、手の形を確かめていきます。
親指以外の指を2つに分けたり3つに分けたり、そうかと思えば一つにまとめてみたり、指を曲げて見たり、伸ばしてみたり色々な形を作って遊びます。
「心配せずともずっと見えていました、それはもうとても大きく振っておられましたよ」
指を中指と薬指で二分して、指先の方へと指を滑らせていきます。
「あなたが担当を離れてからはずっと、遠くに見えるあなたという星に、いつかまたまみえることを拠り所として道を進んでいきました」
次は中指を手放して三つに分けます。
「引退してあの娘が生まれてからは、手元にできた明かりで随分と気は楽になりました」
また中指を人差し指の方に迎え入れて、二つの組を作りますが、その間の距離はさっきよりも小さくなっています。
「でもそれでも寂しくて、サブトレーナーとなりあなたの方に向かって走って……」
指で遊ぶのはやめて、両手で包み込むように手を握ります。
愛しい手です、ずっと見てきた手です、ずっとまた握りしめたいと思っていた手です。
どれだけ強く握っても届かなかった感触が、今この手の中にあります……。
「今日やっとあなたの隣に立てる気がしたのです」 - 6212/1821/10/30(土) 19:53:37
胸元を近づけて手を抱くと、果てしない安堵の感情が広がっていきました。
この手がこちらに向けて振られる度に、脚に力が入って強く地面を踏みしめることができたのです。
本当は追いついて、愛してるという言葉だけをいただいてさりげなく隣に立つつもりでした。
……ですが、ゴールの間際でこんなに大きく手を振られてしまいました、目の前で見てしまいました。
脚が勝手に動きます。
「……好き、……大好き」
一歩二歩と助走がついて、胸に飛び込むように
「あなたを……、あなたを愛しています……!」
目の端から温かいものが下に垂れていくのを感じます。
私にもこの人の泣き虫が感染ってしまったのかもしれません。
トレーナーさんはそんな私を見て微笑みながら頭を撫でてくださいました。
「俺も君を愛してる、好きだ、グラス」
気付けばトレーナーさんの目にも涙が浮かんでいますが、トレーナさんはそれをあえて無視して言います。
「泣いてるのか、よしよし」
いつぞやの意趣返しです。
そんな意地悪ですら今は愛おしい。 - 6313/1821/10/30(土) 19:53:55
「鏡を見ているような気分ですね~♪」
負けじと言い返します。
そして聞いておきたいことがもう一つ、わかってはいますが確認のため。
「……トレーナーさんは寂しくはなかったですか?」
寂しかったと帰ってくるのは至極当然、明々白々、それでも声にして聞きたいのです。
如何に"い"心伝心の間柄とはいえども、言葉はかすがい、音に出してこそ響くものがあります。
「……グラスと同じくらいには寂しかった!」
私と同じくらいに寂しかったということはつまり
「それならあなた世界一……、いえ」
そうです私たちはお互いに向かって光る星であるのなら
「宇宙一の寂しがり屋さんですね……!」
本当に可愛いお方です……。 - 6414/1821/10/30(土) 19:54:16
周囲からはわいのわいのと騒がしい声が聞こえてきます。
辺りにはブルーシートが敷かれており、重箱に詰められた料理が並んでいて、隅の方にはなぜかブラックの缶コーヒーがうず高く積まれていました。
視線は一か所に注がれていて、その先には緊張の果てにマイクを持ってカチコチに固まったトレーナーさんがいます。
祝賀会の挨拶を任されたそうです。
『え~本日はお日柄もよく~』
「結婚式じゃねーよ!?」
まさかこんな定番のやり取りが本当にみられるとは驚きです、思わず拍手をしてしまいました。
周囲からは引っ込め―、ちゃんとやれーという声援が飛んでいき、私も負けじと声援を送ります。
「あなた~!リラックス、リラ~ックスですよ~!」
トレーナーさんは大きく深呼吸をしたあと再度挨拶を述べようとします。
『え~毎年(としのは)に~』
「やべーぞノロケだ!」
「マイク奪って!」
「はいトレちゃんのターン終わり、あーしのターンっす」
トレーナーさんは一瞬でマイクを奪い取られてトボトボと客席の方に帰ってきます。 - 6515/1821/10/30(土) 19:54:37
「緊張していらっしゃいましたし、喉は乾いていませんか?こちらをどうぞ~」
飲んでいた飲み物をトレーナーさんに差し出します。
そんな光景を見た幾人かがなぜか舌を出して苦い顔をしたあと、コーヒーの山に手を突っ込みました。
……なるほど、そういう、まあ多感な時期ですからね、そういった所も可愛らしいところです。
トレーナーさんは差し出された飲み物を飲みながらいいます。
「みんなひどくないか?」
「嫌われていたならば、今この光景もありませんから~」
ある一人のウマ娘に目をやります。
その子はこのチームのOBで今はウマ娘の身でありながらトレーナーを務めています、以前トレーナーさんと大喧嘩を演じた子ですね。
「あの子がここにいるのがその証拠だと思いませんか?」
喧嘩したことも、今ここにいることも、嫌われていないことの反証になります。
喧嘩をしたのは敬意故ですし、自分の担当をほったらかしにしてわざわざ嫌いな相手との付き合いになど出ないでしょう。
皆に嫌われていたら、そういった子が来ることでもっとギスギスとした空気になるはずですが、そういった様子は見受けられません。
「まあ、そうか、ならいいか」
本気でひどいとも思っていないかったのでしょう、あっさりと納得します。
会話がなくなり、苦手なはずの喧騒に身を揺られますが嫌とは思いませんでした、身勝手なものですが恐らく自分に関係のある喧しさであればそこまでストレスには感じないのかもしれません。
むしろその元気な姿に尊さすら感じてきます。 - 6616/1821/10/30(土) 19:54:59
(八重八十重 八百の万は 弥栄に 桜の花に 神見ゆるかな)
押韻を重視した歌です。
彼女たちを笑顔を咲き乱れる桜の花に例えて、その顔は神のように尊いという意味で作りました。
即興なので少し作りこみが甘いかもしれません、もう少し推敲して見てから、清書をして心得として机の中にでもしまい込んでおきましょう。
そのまま眺めていると気づいたことがあります。
(ああ、そういえば彼女達も"あい"ですね)
出"藍"の誉、皆一様に私より秀でた部分があります。
走ることを至上に考える価値観から見れば嫌味に聞こえてしまうので言うことはありませんが、色々な分野で瞬間的にすさまじい力を見せることがあるのです。
身内びいき、親ばかのような気持ちがないわけではないとは思いますが、彼女たちは私にとっての"あい"なのです。
膝上で寝ているこの娘もいつかあそこに加わるかもしれませんね。
(このまま"あい"狩りでもしましょうか~)
身近な"あい"を探していきます。
(他のトレーナーや、他のチームの子たちは好敵手たる競争"あい"手ですね)
(春ですのでもうじき入学してくる新入生たちとも出"あい"もありますか)
そこまで考えて、次が出て来ません。
(も、もう終わりですか……?大雑把に括りすぎましたか……)
頭に文字をつければなんとでも何にでもなる、相手という字をのっけから使ってしまったのはまずかったですね。
対象が広すぎて漠然としているのもよくなかったです。 - 6717/1821/10/30(土) 19:55:22
(こうなれば同じ漢字を使わないようにしていた縛りを取っ払ってしまいましょうか、いやでもそこを妥協しても……)
そんな風に考えあぐねてトレーナーさんの方を見ると、うららかな陽気のせいか、ぼーっとしています。
(まあ、この人は"あい"も変わらず、いえここは素直に愛で括りましょう、この人とこの娘だけの特等席です)
思えば出会いからして奇妙奇怪で、今のような状況に至るとは予想だにしませんでした、まさに運命じみたものを感じます。
そんな思いで見つめているとこちらの視線に気づいたようで疑問符を浮かべた顔をこちらに向けてきます。
「何かあった?」
「最初に出会ったときのことを覚えていますか?」
「……覚えてる」
恥ずかしそうな顔をして空に顔を向けますが、構わず続けます。
トレーナーさんにとっては恥ずかしい思い出でも、私にとってはとても素晴らしい思い出なのです。
それこそ死の間際に思い浮かべるものはそれかもしれないと思う程に。
「あの時迷子だったトレーナーさんが私の担当になってくださるなんて……」
私達の関係を表す、出会うべくして出会った運命を示すあの言葉。
「『袖振り合うも他生の縁』ですね♪」
……もう一つ"あい"を見つけました。
─── "あい"縁奇縁 ─── - 6818/1821/10/30(土) 19:55:46
もしこの出会いが前世からの縁であれば、次の世ではもっと深い縁となるはず、なので
「これからもたくさんの縁を作っていきましょう、──さん♪」
名前を呼ぶ声は喧騒にかき消されてしまいます、しかしこの人には確実に届いているはず。
トレーナーさんに体を預け、同じく天を仰ぎ見ます、広がっていたのは"藍"で染めたような真っ青な空。
そんな空を見上げながら、ただ時を過ごしていきます。
"あい"多き、ある春の日の物語
となりで歩む、はじめの一歩 - 69二次元好きの匿名さん21/10/30(土) 19:58:22
ありがとうございます
素晴らしかった、待っていてよかった
本当にありがとうございます - 70二次元好きの匿名さん21/10/30(土) 20:26:18
ずっと待ってました
ありがとうございます
グラスちゃん可愛い - 71二次元好きの匿名さん21/10/30(土) 20:41:18
こっちもコーヒー欲しくなってきました…
良いものをありがとうございます - 72二次元好きの匿名さん21/10/30(土) 22:40:37
タイトルの秋ももう、の部分が太ももに見えたので慌てて飛んできたら名文をぶつけられた。
- 73二次元好きの匿名さん21/10/30(土) 23:40:05
スレ主の100分の1も語彙力ないけどこれだけは言わせてください
最高でした - 74二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 09:47:39
この秋の季節にこういう文学に巡り会えたことを幸運に思う…ありがとう…
- 75二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 11:47:11
いつの間にか文字が赤くなってた
コメントもいっぱいついたし、渋では1コメついたらいい方だからうれしい……うれしい…… - 76二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 11:55:44
- 77二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 12:30:54
まあ渋では臆病すぎて保険で地獄みたいなタグつけてるのも悪いんだけど、100ブクマで0コメみたいな事になってる作者さんもよくいるし、よくも悪くも作品でなく作者にコメントがついてる感がある、匿名じゃないし仕方ないんだろうけど
個人的には文字コメ30ブクマ、スタンプ10ブクマ換算くらいの嬉しさだから今回は大反響で大満足 - 78二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 23:58:38
保守
- 79二次元好きの匿名さん21/11/01(月) 06:39:09
また読み返してしまった……いいなぁやっぱり
- 80二次元好きの匿名さん21/11/01(月) 06:48:26
スレ落ちたら気になってる所修正して渋に投げようかと思ってるので保守はしなくてもいいよ
あまりマナーのいい行為じゃないのはわかってるけどあっちも1ヶ月以上止まってるし・・・・・・