【SS】将来は一緒に

  • 1二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:03:02

    窓から夕陽が差し込むトレーナー室で、1人のトレーナーが書類仕事と向き合い続けていた。トレーニングコースや設備の使用申請、次回のレースへの登録、ウマ娘の進路希望等――処理しなければならない書類は枚挙に暇がない。

    「ちょっと疲れたかなぁ」

    トレーナーの口から思わず、といった様子で吐き出されたため息と一言。
    そんな彼の様子を見て心配そうに、けれども陰鬱な雰囲気を吹き飛ばさん程の快活さを伴いながら声をかけるウマ娘がいる。

    「オー……トレーナーさん、お疲れデスカ?」

    「それならワタシとレッツ・ハグしまショウ!ハグすればみんな元気になる、パパもそう言ってマシタ!!」

    「はいはい、また今度ね……ってタイキ待って!」

    ぱたぱたとウマ耳と尻尾をはためかせながら、体当たりのような速度で突っ込んでくるタイキシャトル。傍から見るとまさに飼い主にじゃれつく大型犬である。

    「これでトレーナーさんもきっとチアフル!もっとも~っとギュ~ってしちゃいマース!」

    「ははは……」

    タイキシャトルはスリスリと甘えるように体を寄せてくる。
    しょうがないなぁといった様子でトレーナーがハグを受け入れる。
    タイキシャトルが益々ご機嫌になる。
    そんな彼女につられてトレーナーも笑顔になる。
    この2人にとってはありふれた、お決まりの光景であった。

  • 2二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:03:22

    「タイキはさ……トレセンを卒業したらどうするんだ?」

    ハグと仕事がひと段落ついた後。“ウマ娘の進路希望について”という書類を手にしたトレーナーがなんとなく発した一言であった。

    「ワタシはアメリカのホームに戻って、牧場で働くと思いマース」

    「でも……ちょっと迷ってマース……」

    「どうしたの?」

    タイキシャトルが迷っていると言ったので、トレーナーはその理由を聞いた。
    タイキシャトルの返答を待つ。しかし、珍しく元気のない様子で俯く彼女は何も言わない。
    この2人に似合わない沈黙がトレーナー室を支配した。

    きっと悩んでいるのだろう。積極性に満ちたタイキシャトルが言い淀むということは、それだけ何か深い理由があるに違いない――そうトレーナーは結論付けた。これも彼女が将来を考える良い機会だ、と彼女が答えを出すまでひたすらに待つことにしたのだった。

    外では夕日が沈み、閑静を湛える濃紺が広がり始めている。
    トレーナー室に明りはない。登り始めた月の光はあるけれども、何故だか彼には酷く弱弱しいものに見えた。

    「ワタシ、もっとトレーナーさんと一緒にいたいんデス……」

    「それがどうしてタイキの将来に関係するの?」

    そんなトレーナーの言葉には答えぬまま、ポツリポツリと彼女らしからぬ口調でタイキシャトルが話し始めた。

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:03:49

    「ワタシ、トレーナーさんと会うまでは不安で一杯シタ。仲良しのファミリーに会えないデスし、選抜レースに出ても集中力がないとばっかり言われて……」

    「デモ!トレーナーさんだけがワタシをスカウトしてくれマシタ。ロンリーな時に必ずそばにいてくれたり……レースでもこんなに活躍できたのが夢みたいデース!」

    「ワタシ、トレーナーさんと居るとすっごく楽しくて、ず~っと心がポカポカで……」

    「ダカラ、お別れしたくないんデス……」

    タイキシャトルが憂鬱な顔で言葉を紡ぐ。上目遣いの目は今にも涙が決壊しそうな有様であった。見たことのない目だった。さみしがりで泣きがちの彼女だが、こんなにも悲しそうな様子をトレーナーが見たのは初めてだった。

    「タイキが望むなら――いや、タイキさえ良ければ、一緒にアメリカに行こうか」

    「ホワッツ!?」

    トレーナーは思わずそう言った。言ってしまった。悲しそうなタイキシャトルの姿を見たくなかったのかもしれない。無意識のうちに彼もタイキと別れたくない思いを抱いていたのかもしれない。本当の理由は彼自身にも分からなかった。

    月を隠していた雲が途切れ、穏やかな光がトレーナー室を照らす。
    暗い涙で滲んでいたタイキシャトルの眼が、水色に酷く輝いたように見えた。

    「本当デスカ!?これからもトレーナーさんと一緒なんデスネ!?」

    「ベリーベリーハッピーデース!」

    両手を上げて体いっぱいに喜びを見せる。
    嬉しくて嬉しくてしょうがないといった様子だった。
    タイキシャトルはトレーナーに勢い良く抱き着くと、尻尾を彼の身体に絡める。
    柔らかな笑みと嬉し涙を湛えながら彼を見上げた。

  • 4二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:04:07

    「ちょっとタイキ何をして――」

    「Chu!」

    頬に感じた柔らかな感触。
    タイキが頬にキスをした。
    その事実に気が付いたトレーナーは唯々赤面するばかりであった。

    「エヘヘ……ポカポカになりすぎちゃいマシタ!」

    彼同様に顔を真っ赤にしながら、照れくさそうに頬をかくタイキシャトル。

    「トレーナーさん」

    タイキシャトルはおもむろに右手でピストルの形を作り出す。
    レースに勝ったとき、いつも彼女がしているポーズだった。
    それをトレーナーに向けると――

    「BANG!トレーナーさんのハート、狙い撃ちにしちゃいますからネー!!」

    静かな宵闇の中、煌々と照らす月明りが賑やかに2人を照らし続けていた。

  • 5二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:06:01
  • 6二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:06:29

    素晴らしい…

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:07:55

    行動に敬意を表するッ!

  • 8二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:11:15

    こうやって数少なくない子が増えるとありがてぇ

  • 9二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:34:24

    タイキって台詞のエミュが一見簡単そうにみえて結構難しいんだよね……
    ルー語にならずにちゃんとタイキっぽくなってるから素晴らしい。

  • 10二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:44:54

    甘々でいい

  • 11二次元好きの匿名さん22/11/03(木) 23:53:19

    見事やあ

オススメ

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