[SS]蒼に溶ける

  • 1二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 21:27:08

    「失礼します」

     応接室の扉をノックすると、「どうぞ」という声と共に扉が開く。
     私は部屋に入り、白い机を挟んで立つ男に軽く頭を下げた。

    「4381ジャーナルのナカヤマフェスタです。本日はよろしくお願いします」

    「はい、よろしくお願いします。……って、そんなに畏まるなよ、フェスタ」

     男は挨拶を済ませると、まるで旧知の友と再会したように馴れ馴れしく私の名前を呼んだ。

    「……久しぶりだな」

     否、これは本当に旧知の友との再会だ。
     何故ならこの男こそが、数年前に私を担当し、凱旋門賞アタマ差の2着まで私を導いたトレーナーその人なのだから。

    「おう、やっぱりフェスタに改まった態度は似合わないな!」

     男は豪快に笑うと、数年間溜め込んだものを吐き出すように喋り始めた。

    「いやあ、卒業してからずっと連絡つかないから心配だったんだけど、まさかジャーナリストやってるなんてな! 俺はてっきりカジノディーラーかと思ってたんだが」

    「私はあくまでも勝負師だ。運営側は柄じゃない」

    「……それで、今日は取材なんだろ? 何でも聞いてくれ!」

     男は私が卒業してからもトレーナーを続け、既に何人かのウマ娘に重賞を勝たせている。
     G1ウマ娘を率いるような名伯楽でこそないが、世間では気性難の扱いに長ける個性派として一定の支持を集めており、つまりは、私達のような小規模メディアが取材するにはちょうどいい人物なのであった。

  • 2121/10/25(月) 21:27:42

    >>1


    「ああ。じゃあ、気性難を指導するコツについて一言……」


     私はマニュアル通りに取材を進めて、男からのコメントを逐一メモに書き残す。

     その中には私に対して実践されたと思われる指導法も幾つかあり、私は懐かしく思うと同時に心の中で微笑んだ。


    「じゃあ、これで取材は終わりだ。後日記事を送るから、確認してくれ」


     私は男に頭を下げて応接室を去ろうとする。

     だが、去り際にある事を思い立って立ち止まった。

     メモの切れ端にそれを書き込んで、男のポケットに入れる。


    「……待ってるぞ」


     私は耳元で囁くと、今度こそ応接室を後にしたのだった。

  • 3二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 21:41:29

    ヒューッ!!こいつはシビれる!!

  • 4二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 21:46:55

    フェスタは何時でもかっこいい

  • 5121/10/25(月) 21:53:37

    >>2


     社に戻って報告を済ませると、私は足早に帰宅した。

     四畳半の畳に体を投げ出して、約束の時を待つ。


    「午後10時、居酒屋近くの路地裏で待っている……か」


     私は紙に書いた内容を反芻して、男にかけた疑いの目が間違いである事を祈った。

     簡潔に言えば、男は何らかのものに依存している可能性がある。

     私達の雑誌は所謂アングラなもので、社会の暗部を切り取るような仕事も多い。

     薬や女、或いはギャンブルなど、何かに依存している人間には特有の癖がある事を、私はこの仕事を続けていく中で経験則として知っていた。

     そしてあの男にも、それと同じ癖が見受けられたのだ。

     だから咄嗟にあのようなメモを残したのだが、果たしてこの判断は正しいのか否か、私は未だに迷っていた。


    「……やっちまったもんは仕方ねえか」


     私は行き詰まった思考を放棄すると、早めの夕食としてカップラーメンを啜り、それから約束の時間まで眠ったのだった。

  • 6二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 22:35:45

    フェスタ…危ないことはしないでくれ…

  • 7121/10/25(月) 22:54:25

    >>5


     約束の時間、男は既に待ち合わせの場所にやって来ていた。

     数年前に買った黒いジャンパーをまだ着ているあたり、ガサツな一面は変わっていないのだろう。

     笑った顔だけが、人魂のように闇の中で浮かんでいた。


    「待たせたな」


    「いや、今来たとこだ」


     お決まりのやり取りをした後、私は何か言おうとする男を遮って訊いた。


    「長い前置きは好きじゃねえから、簡潔に聞くぜ。……アンタ、薬やってるんじゃねえか?」


    「何を言い出すかと思えば、俺が薬物? やるわけないだろそんなの! 俺は天下の……」


     そこまで言いかけて、男はぐらりと倒れ込む。

     咄嗟に抱き留めると、火傷しそうな程の高熱とじっとりとした汗の感触が伝わってきた。


    「……やっぱりな」


    「何がやっぱりなんだよ、これはただの風邪だ」


    「ただの風邪ならそれこそ会ったりしないだろ。アンタは昔から、担当の健康には特に気を配るやつだったからな」


     私は男の体を抱き寄せて、子供をあやすように肩を叩く。

     しばらくして、彼はようやく口を開いた。


    「ああ、そうだよ。俺は……」

  • 8二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 22:58:39

    どうなるんだ、これ。
    早く読みたい!

  • 9二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 23:03:35

    これは…?

  • 10二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 23:05:10

    これは一筋縄じゃいかねぇな?

  • 11二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 00:37:38

    >>7


     男が語ったのは、私が去ってからの今日までの苦悩の日々だった。


    「お前を送り出してから、俺の元には気性難ウマ娘を抱えるチームからの移籍依頼が殺到したんだ。もちろん俺は断ろうとした! あいつらはお前と違って、勝利への渇望や走りに対する熱意がまるでなかった! そんな奴の担当はしたくないと、そう言いたかったのに……!」


    「……言えなかったのか」


    「俺自身、元々気が強い方じゃなかったからな。体よく厄介払いに使われたよ」


     男は更に続ける。


    「でも俺だって、担当トレーナーになった以上はあいつらを育て上げる責任がある。だからあいつらと徹底的に向き合って、どうしたらトレーニングに打ち込んでくれるのか、どうしたら勝たせてやれるのかを真剣に考えた。それこそ、寝る間も惜しんで」


     語る言葉に熱が籠り、抱え込んだドス黒い感情がマグマのようになって私達を包んだ。

     晩秋の夜とは思えぬ重苦しい暑さを感じながら、男は錠剤の入った小瓶を取り出して言う。


    「そしたら今度は眠れなくなってさ、医師から睡眠薬を処方されたんだよ。初めはそれで眠れたんだけど、段々使う量が増えていって、気がついたらこのザマだ」


    「……市販の医薬品か」


     私にとって、この錠剤が違法薬物でない事だけが唯一の救いだった。

     決して褒められた行いではないが、これまで見てきた人生の落伍者どもよりは余程マシだ。


    「それでもあいつらウマ娘だからさ、レースに勝つと、やっぱり嬉しそうな顔するんだよ。それを見ると、何だか報われた気がして、俺は間違ってないんだって思って……現にG2までなら取れてるわけだし……。それでどんどんのめり込んじゃったんだよな」

  • 12121/10/26(火) 01:16:46

    >>11


     私と出会った時から、こいつはそういう男だった。

     どこまでも一途で、こうと決めたものを頑として曲げずに突き進む。

     彼が私と共に勝負の深淵まで辿り着けたのもひとえにこの気質によるものだったのだが、どうやら今回に限ってはそれが裏目に出たらしい。


    「でもあいつら、まるで全部自分の才能で勝ったみたいな顔して、俺の事なんか見向きもしなくて……。もう、全部バカらしくなっちゃったんだ」


    「そうだな、アンタはバカだよ。自分の事を微塵も大切にしない、大バカだ」


    「だから今日、俺は死ぬつもりだった。そうしたら少しでも、俺を追い詰めた連中が反省してくれるかもしれないと思った……」


    「なら、私が今日アンタに会ったのはこれ以上ない豪運ってわけだな」


    「俺にとっては不運だったよ。おまけにこんな紙まで渡されて……死ぬ決心がすっかり鈍っちまった」


    「死ぬ必要なんかねえよ。悪いのはあいつらだ」


     あれはもはや気性難などではない。熱意を持たず、驕った態度で威張り散らす者は、ターフに立つ資格さえない屑だ。

     例えそれが三冠ウマ娘であったとしても、私の答えは変わらない。

     私達の過ごした日々を歪め、汚し、何よりこいつをここまで傷つけた全てに、私はどうしようもなく腹が立っていた。

     そして、ある意味では全ての元凶となってしまった私自身にも。

  • 13121/10/26(火) 01:30:58

    続きは明日書きます

  • 14二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 01:33:58

    待ってるぞ

  • 15二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 08:07:01

    保守

  • 16二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 18:25:56

    >>12


    「あそこはもう、アンタのいるべき場所じゃない」


     私は男の目を見て、はっきりと言った。

     今からするのは復讐だ。彼を傷つけ、私達の3年間を穢した忌まわしき連中からこいつを永遠に取り上げる。

     その為ならば、自分の人生さえ惜しくはなかった。


    「遠くへ行こう。あんな奴らのいない所で、私とやり直すんだ」


    「何言ってんだよ、これは俺の問題だ。お前の生活は巻き込みたくない」


     この期に及んで私の事を案ずるな。救われるべきはどちらか考えろ。

     喉まで出かかった言葉を飲み込んで、骨を折らんとばかりに男の体を抱きしめる。

     こいつが頷くまで、離すつもりはない。


    「痛いよフェスタ……やめてくれ……」


     そんな声を出すな、私だって辛いんだ。

     熱と汗にまみれて弱りきった体に触れていると、理性が飛びそうになってしまう。

     ああ、やっぱりこいつの隣は私だけだ。こいつを守ってやれるのは私しかいない。

     私は腕の力を緩めて、今度は慈しむように彼の頭をそっと撫でた。


    「悪い、痛かったよな。でもアンタはもっと痛い目にずっと遭ってきたんだ。もう楽になれ。今まで辛かった分、全部受け止めてやるから」

  • 17121/10/26(火) 19:30:57

    >>16


    「……いいのか? 俺はもう、楽になっていいのか?」


    「勿論だ。最初からそう言ってるだろ」


     そして男は、トレーナーでいる事をやめた。

     ただ一人の人間として、救われたいと叫んだ。


    「……これでやっと、アンタの悲しみを背負える」


     二人で何処か、強いて挙げれば暖かい所へ行こう。

     どんなに時間がかかっても、この闇を全て洗い流せるまで側にいよう。

     そうすればきっと、彼は心から笑顔になれるのだ。


    「アンタはもう自由だ。何がしたい?」


    「……温かいご飯が食べたい」


    「ああ、任せろ」


     私達は手を繋いで、真夜中の路地裏に溶けていく。

     この日、街から一人のジャーナリストとトレーナーが消えた。

     その行方は誰も知らない。


    蒼に溶ける 終

  • 18121/10/26(火) 19:34:23
  • 19二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 20:00:16

    いつもありがとう!イメソンまで貼ってくれてありがとう!

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