- 1スレ主22/11/09(水) 21:01:28
- 2スレ主22/11/09(水) 21:02:39
「あ。」
スレッタは小さく呟いた。学園のとあるベンチに先客が居たからである。珍しいこともあるのだな、とスレッタは思った。
彼女が学園を去ってから早5年。スペーシアンとアーシアンの和解は、少しずつであるが進んでいる。両者の関係が本当の意味で改善するにはきっと更なる時間が必要だ。それ程までに、あの戦いの犠牲が多過ぎた。
「(生徒ではないみたいだけど…卒業生の人かな?)」
此処のベンチ周辺は、あまり生徒が立ち入らない区域だ。待ち合わせするには目印らしい目印もない。集まって出掛けるのならもっと利便性の高い場所がある。そういう訳で、毎年訪れているスレッタが、此処で誰かを見かけること自体が珍しいのだ。
「…!」
じっと見ていたのに気が付かれたのか、ベンチに腰掛けていた青年がスレッタを見つめた。
「あっ、ごごごめんなさい!ジロジロ見ちゃって。…えっと、学園の卒業生の方ですか?」
「…。」
昔に比べたらかなり吃りが少なくなったスレッタだが、慌てていたり緊張しているとこの様である。そんな様子のスレッタを暫く観察した後、青年は口を開いた。
「卒業はしてないんだ。」
「えっ。」
「色々あって、一時期しか此処には在籍してない。」
「そ、そうなん、ですか…。」
珍しい話ではない。この学園に通う生徒の殆どは企業からの支援を受けた者が殆どだ。当然、企業が倒産したりすれば退学にだってなる。志半ばで学園を去る者は多い、とかつての友人が言っていたことをスレッタは思い出した。 - 3スレ主22/11/09(水) 21:03:12
「あの、すみません。失礼なこと聞いちゃって。」
「別に気にしてないよ。…ところで座らないの?」
「へっ⁉︎」
「此処に、座りたかったんじゃないの?」
「え、あの、そうです、けど…。」
初対面の人といきなりベンチで隣に座るのは如何なものだろうか。大体ベンチは他にもある。しかし、スレッタはその誘いに乗ることにした。彼女にとってはこのベンチでないといけないからだ。
「…それじゃあ、失礼します。」
そう言って、スレッタはゆっくりと青年の隣に腰掛けた。そこでふとあることを思い出す。
「あ、時間!」
スレッタは慌てて時刻を確認した。時間にはまだ余裕があった。
「待ち合わせでもしてるの?」
「…いえ。してないというか、してたというか。来ないって分かってるんですけど、どうしても毎年来てしまうんです。」
学園に編入して直ぐ、スレッタの心は悲鳴を上げていた。夢に見た学園生活は編入早々諦めざるを得ず、常に周りからの注目を浴びる羽目になったから。今からすれば笑い話だが、当時のスレッタにとっては地獄の日々だったのだ。 - 4スレ主22/11/09(水) 21:03:45
「私、この学園に編入してきたんですけど、困ってた時に助けてくれた人が居たんです。」
「…。」
何故この青年にこの話をしようと思ったのか、スレッタには分からなかった。偶々このベンチであった縁というものだろうか。そんな不思議な心持ちで彼女は話を続けた。
「その人はとっても優しくしてくれて、私嬉しかったんです。だからその人にちょっと付き合ってほしいって言われた時は勝手に舞い上がっちゃって。」
デートじゃないかと地球寮の子たちから揶揄われて恥ずかしかったな、とスレッタは懐かしくなった。
「だけど、私はその人を傷つけてしまったんです。鬱陶しいって言われちゃいました。後からその人の事情は知ったんですけど、そのせいで決闘までする羽目になるとは思いませんでしたね。」
「…その人のこと、嫌いにならなかったの?」
それまで静かに聞いていた青年が、恐る恐る尋ねてきた。その反応に違和感を抱きつつ、スレッタは正直に答える。
「いえ。気に障るようなことを言ったのは私なので。…まあ、ショックでしたけど。」
「…そうなんだ。」
青年は何とも言えない顔で相槌を打った。
「決闘で、その人はエアリア…私のMSを要求してきたんです。私にとってエア…そのMSは家族みたいな子で、当然渡すわけにはいかなかったので全力で戦いました。」
「君は何を賭けたの?」
「その人のことを教えてもらう、ということを賭けました。」
実質告白のような要求をしていたことにスレッタが気が付いたのは3年程前のことである。あの時は必死だったとはいえ、大人になった今の彼女に同じことをする勇気はない。
「…どうして、その人のこと知りたかったんだ?」
スレッタが賭けたものが余程気になったのか、青年は少々前のめりになって聞いてきた。 - 5スレ主22/11/09(水) 21:04:13
「君は悪くないだろう。勝手に怒って、勝手に決闘を申し込んできた奴の何を知りたかったんだ?」
「え…かかか顔が近いですーッ⁉︎」
「ウッ。」
「え、痛い⁉︎…ってごめんなさいぃぃぃっ!」
いつの間にか青年の顔がグッと近づけられ、スレッタは思わずビンタをかましてしまった…のだが、人の顔特有の柔らかさを感じない感触に驚愕した。
「…心配しなくて良いよ。これのお陰でそんなに痛くないから。」
そう言って青年は頬を擦った。如何やら隠す気はないようである。彼の顔は、GUND技術によって作られたものだった。
「…昔、死にかけたことがあって、その時にこの技術に救われた。」
「そう、ですか。」
「あれだけ呪いだと忌み嫌っていた技術のお陰で、僕はこうして生きている。」
「…。」
かつて人々の命を削り続けたGUND技術が、人々を救う為の技術に戻った。それは、あの戦いでスレッタたちが勝ち取れた数少ないものの1つだ。
「…その人も、ガンダムは『呪い』だって言ってました。その時の私は、ガンダムのことよく分かってなかったけれど。」
「…。」
「決闘でその人のことを知りたかったのは、そういったことも理由だったのかもしれません。でも1番の理由は…」 - 6スレ主22/11/09(水) 21:04:38
スレッタは青年に向き合って言った。
「ちゃんと、お話がしたかったからだと思います。その人の口から、その人のことを教えて欲しかった。」
「私はその人の本当の名前も、本当の顔も知らないんです。誕生日だって結局教えて貰えなかった。」
「…決闘で勝って、漸く分かると思ったんだけどなぁ。」
残念そうな顔をした後、スレッタは微笑んだ。
「毎年、その人のことを教えて貰う約束をした日には此処に足を運んで、私が勝手に決めた彼の誕生日を祝うんです。」
「今年もその人には会えなかったけれど、あなたに会えて良かったです。ごめんなさい、私のことばっかり話して。…あの、もし良ければあなたのことを教えてくれませんか?」
普段のスレッタならば、きっと初めて会う人間にこんな話はしないだろう。しかし、何故か目の前の青年と彼女の思い出の人の姿が重なって見えたのだ。 - 7スレ主22/11/09(水) 21:05:03
「私はスレ」
「スレッタ・マーキュリー。」
「え⁉︎」
そういえば自己紹介がまだだったとスレッタが名前を言おうとしたところで、遮られる。青年は彼女のことを知っていた。
「し、知ってたんですか…。」
「知ってるよ。あまり、話すことはなかったけれど。」
「えっ、ひょっとして何処かで会ったりしてましたか⁉︎すすすみません、気が付かなくて!」
慌てて謝るスレッタを見て、青年は面白そうにクスクスと笑った。
「いや、気が付かなくて当然だと思う。あの時の僕は、僕じゃなかったから。」
「へ?」
驚くスレッタをよそに、青年は改めて彼女と向き合った。
「スレッタ・マーキュリー、決闘の決め事を果たすのが遅れてしまって申し訳ない。」
「僕の…本当の僕の話を、聞いてくれないだろうか。」
時刻が丁度、10時になった。 - 8スレ主22/11/09(水) 21:06:14
以上です。
こうでもしなきゃ救いがないと思った末に書いた妄想ifでした。読んでくださりありがとうございました! - 9二次元好きの匿名さん22/11/09(水) 21:09:06
ああ、こういう未来見たいね……
- 10スレ主22/11/09(水) 21:11:49
- 11二次元好きの匿名さん22/11/09(水) 22:01:45
スレ主 LOVE
- 12スレ主22/11/09(水) 22:09:27
有難うございます…。コメント頂けるだけでとても嬉しいです!
- 13二次元好きの匿名さん22/11/09(水) 22:17:35
ありがとうございます。ありがとうございます
見たかった、これから見たい未来のお話です
素敵な小説をありがとうございました - 14スレ主22/11/09(水) 22:28:01
エランという名前を出さずに何とか伝えようと四苦八苦して書いた作品なので、そう言っていただいて感謝感激でございます…!