【SS】Mの追想/魂の声援を君たちに

  • 1二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:28:36

    この世界では人間とウマ娘の間に生まれる不思議な絆の力が広く信じられている。一説には、人間のトレーナーがウマ娘を指導し、深い信頼関係を築くことによってウマ娘はレースにおいて超常の力を発揮できるとも言われている。
    絶望的な状況から勝利を掴んだ者、致命的な怪我から驚異の生還を果たした者――
    トレーナーとウマ娘が引き起こした“奇跡”と考えられる事例は確かに存在する。

    しかし。
    ウマ娘の力になる人間は、何もトレーナーだけに限られたことではない。
    かつて、ウマ娘の才媛アグネスタキオンは言った。

    『レースにおいてファンと競争者の共鳴は、不可能や無謀をも切り開くエネルギーを生む』

    ファンの声援がウマ娘たちの力になる。限界を超えるための確かな熱量として、未知の可能性への翼として、ウマ娘たちの背中を押してくれるのだ。

    お助け大将、キタサンブラック。
    サトノの令嬢、サトノダイヤモンド。
    かつて、憧れの勝利を健気に願う小さなウマ娘たちがいた。
    今や、彼女らも憧れの背を追って、レースの世界で走り続ける毎日である。

    そして、そんな彼女らを心から応援し続ける、2人の男たちがいた。

  • 2二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:29:02

    12月25日の早朝、中山競馬場の入り口に並ぶ2人の男性が居た。
    メガネが特徴のみなみ。パーカーが特徴のますおである。

    「忘れ物はないか?」

    「もちろん。今回の有馬記念は最前列で見ないとな!」

    有馬記念の際には、毎年10万人を超える来場者を誇る中山競馬場。しかし、未明の競馬場には彼ら以外誰もいない。冬の夜明け前の隙間風がひゅうひゅうと吹き付ける。何とも言えないもの寂しさと冷たさが酷く体に浸透していた。

    ますおが黙々とブルーシートを広げる。
    ふぁさり、という音がやけに遠くまで響いたように彼らには聞こえた。

    「熱いぞ」

    「おっ!ありがとう」

    ますおがみなみに熱いお茶を振る舞う。“あるウマ娘”の影響で今も欠かせなくなってしまったレース前のお茶だった。茶の熱が深く体に染みわたる。柔らかな湯気も穏やかに2人を温めていた。

    「こうしているとあの2人と観戦していた頃を思い出すな……」

    「だな……」

    白い息を吐きながら、男たちは昔、共に応援した小さなウマ娘たちの姿を追想する。お互いの眼には、嬉しいような寂しいような。複雑な時間感傷の色が見えていた。

    「まさかあの2人が有馬記念で対決するのを見る日が来るなんてな……」

    キタサンブラックとサトノダイヤモンド。
    かつての小さな友人たちが雌雄を決する日であった。
    中山競馬場の夜明けまでは、もう少しだけ時間がかかりそうだった。

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:29:48

    男たちは、彼女たちと共に観戦したレースを覚えている。


    『強い!強すぎるメジロマックイーン!!前回に続き、春の春の天皇賞を制しました!』

    第105回の春の天皇賞。
    キタサンブラックとサトノダイヤモンドの憧れが激突したTM対決。
    そこでは、メジロ家の誇りを抱いて長距離を制する“ターフの名優”の姿を見た。
    サトノダイヤモンドは喜び、キタサンブラックは泣きそうな酷く落ち込んでいた。


    『ライスシャワー先頭、ゴールイン!メジロマックイーン敗れました!!』

    第107回春の天皇賞。
    復帰したメジロマックイーンが満を持して天皇賞3連覇を懸けて挑んだ戦い。
    そこでは、王者を下す漆黒のステイヤー、“ヒーロー”の姿を見た。
    憧れの名優が敗れた彼女らはまた泣いていた。男たちも泣いた。
    けれども、勝利したヒーローを称えるのはファンの務めだった。
    4人で泣きながら拍手したことを、男たちは一種誇りに思っていた。

  • 4二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:30:06

    第38回有馬記念。
    骨折から復帰したトウカイテイオーの364日ぶりの復帰レース。

    「難しいのは分かっています!でも、テイオーさんは走っているんです!!」

    「その通りです!」

    「「……だな」」

    帝王の復活を信じきれない男たちに向けられた幼い2つの声。
    幼いが故の、愚直なまでに憧れを信じる言葉だった。
    それは、“勝ちを疑わずに応援する”という一見簡単な姿勢。けれども、些細な不安で吹き飛んでしまいがちなファンとしての心。それを彼らに思い起こさせた言葉だった。

    『トウカイテイオーだ!トウカイテイオー!!奇跡の復活ッッ!!!』

    幾度もの故障と挫折を乗り越えた先のドラマがあった。
    皇帝を超えんとする、不屈の帝王の姿があった。
    悔しいが、誰もが天才はいると認めていた。

    4人で一緒に泣いて、喜んで。
    年の差も忘れて、同じ感動を精一杯分かち合った。


    男たちは、彼女たちと共に観戦したレースを覚えている。
    忘れることなんてできるはずもない、大切な、大切な友達との思い出だった。

  • 5二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:30:23

    『さぁ、今年もやってまいりました!暮れの中山レース場、心地よい紅葉に包まれております。この戦いを見ないことには年を越せない有馬記念です!』

    『十万人近い大歓声!今日、ここに挑むウマ娘たちには、どんな声が届いたのでしょうか?そして我々にどんなレースを魅せてくれるのでしょうか!?』

    すっかり日が昇った中山競馬場の観客席の最前列にみなみとますおの姿があった。
    彼女たちのレースはすべて最前列で見届ける――
    2人が心に決めていたことだった。

    木々の紅葉と青い芝から吹き込む爽やかな風が2人の頬を撫でる。ハラハラとドキドキを運ぶ、彼らの故郷の町の風と似た感触だった。これから行われる熱いレースの予感を、これ以上なく高めてくれるものだった。

    「中山芝2500mは小回りな上、コーナーを6回も通るトリッキーな形態だ。コースへの適正が非常に重要だと言っていい。高低差が大きく、タフさも要求される」

    「どうした急に」

    みなみが急にレースコースの解説を始める。
    ますおがそれに反応する。
    2人の間でレース談義を行う際のルーチーンであった。

    「2番人気のキタちゃん……キタサンブラックは今年、天皇賞春、ジャパンカップに勝利している。スピードとタフさは一級品と言えるだろう」

    「対して1番人気のダイヤちゃん……サトノダイヤモンドは中山での勝利経験こそないが、前走の菊花賞では強く鋭い差し足を魅せている。2人はこれが初対決だ。どちらが勝利するかはゴールの瞬間まで分からない」

    熱くレース談義を行う2人の前では、出場するウマ娘が次々とターフの上に登場していた。男たちが注目するのはやはりキタサンブラックとサトノダイヤモンド。立派に成長した“友人たち”が、どんなレースを魅せてくれるのか。ワクワクが止まらなかった。

    観客たちの歓声が上がる。
    開幕のファンファーレがなり始める。
    レース場全体が俄かに熱気を帯び始めていた。

  • 6二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:30:43

    『じわりじわり、キタサンブラックが進出してくる!そしてサトノダイヤモンド、外を回って上がってきた!』

    2週目の第4コーナーで先頭に立ったキタサンブラックがスタンド前の最終直線に臨む。
    しかし、第3コーナーから一気に捲り上げてきたサトノダイヤモンドが外から強襲を仕掛けていた。

    簡単には敗れまいと親友から逃げるキタサンブラック。
    末脚を爆発させて親友の背中を追うサトノダイヤモンド。

    正面で繰り広げられる2人の壮絶な叩き合い。
    キラキラとした眩しい宝石たちが踊っているかのようだった。
    蹄鉄が大地を打つ轟音が聞こえる。彼女たちから発せられた熱風が勢いよく吹き付ける。
    息をのむ攻防。見ている側の汗が止まらない程、男たちの顔を熱くさせていたのだった。


    抜かせないよ!ダイヤちゃん――
    追い越すよ!キタちゃん――


    デッドヒートを繰り広げる2人が言葉を発している訳がない。
    しかし、しかし。まるでレース場全体に響き渡るような勢いで、確かに。
    彼女らの高らかな魂の叫び声が男たちにははっきりと聞こえた気がしたのだった。
    彼女たちのレースにかけた凄まじい気迫が、思いが。烈風と共に観客席へと届いていた。

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:31:02

    「ゴール前には『心臓破りの坂』が待ち受ける。ここで動揺し、集中力を乱せばスタミナが切れてしまう」

    「つまり、俺たちの声は邪魔ってことか?」

    「それ言わせちゃう?」

    みなみとますおは分かり切った文句を言う。
    男たちはだって重々承知していた。本当は声援が邪魔になってしまうかもしれない。
    けれども、こんなに熱いレースを魅せられたら。
    あの小さかった友人たちが、こんなにも立派になった姿を見せられたら。

    叫ばずにはいられなかった。
    気が付けば、2人とも精一杯の声を高らかに叫んでいた。

    君たちと共に叫んで、笑って、泣いた天皇賞の時のような。有馬記念の時のような。
    熱い声援を届けよう――

    「逃げ切れぇ!キタサンブラッァック!!」

    「いっけぇ!!サトノダイヤモンド!!」

    「「どっちも頑張れぇ!!!」」

    レースに対する盛り上がりが止まらない年末の中山で。
    男たちの魂の声援が、誰にも負けない勢いで響き続けていた。

  • 8二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:34:14
  • 9二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:37:29

    スレタイがスレタイだからいつ風都の風が吹くかと思ってしまった…でもいいSSでした、あの2人は劇中の俺らみたいなところがあるから共感しやすいわね

  • 10二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:40:20

    みなみとますおをテーマにした良作SSが観れるとは思わなかった…
    と言うか風都探偵にチラッと出てたのかこの二人、もっと治安いい街に住みなよ

  • 11二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:40:39

    いいものを読ませてもらった
    ありがとう

  • 12二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:43:06

    この2人のSSは確かに渋やハメ、ウマカテでも見たことないなぁ……
    読了感の良いSSでした。

  • 13二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:44:01

    良いSSを見た…
    もう一生そのままの2人でいてください…

  • 14二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 21:03:24

    この2人をテーマにしてここまでキャラを掘り下げたSS書けるのが凄い
    地の文も読みやすくて良いSSだった

  • 15二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 22:14:57

    感想ありがとうございます!励みになります!

    投稿前に何回も読み返したはずなのに誤字が……申し訳ございません。


    >>9

    風都探偵に登場したので、ついタイトルに遊び心を入れてしまいました。

    ファン目線に立ってくれる数少ないキャラクターなのでアニメの描写も共感しやすいんですよね。

    だからこそもっとSSが増えて欲しいです。


    >>10

    みなみとますおのSSがどこを探しても無い!悲しいです!

    風都の治安アレだから正直心配。でもAtoZのクライマックスでW応援してそうな感じはあります。


    >>11

    ありがとうございます!そう言って頂けると書いた甲斐があります!


    >>12

    最後の一文からの読了感は毎回気をつけているところなので、そう言って頂けて嬉しいです!

    みなみとますおのSS、もっと皆様書いて……


    >>13

    ありがとうございます!お互いに成長しても良きファンで有り続けてほしいですね!


    >>14

    アニメやゲーム等の数少ない要素を必死に拾い集めました。キャラに深みが出てたなら幸いです!

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