【SS】三つ編みとスカート

  • 1二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:40:55

    (──髪を編んだのって、いつ以来かしら?)
     ふとスズカはそう考えた。思えばトレセンに入ってから、髪型を変えた覚えがない。もちろん、入浴中に結わえたり、走るときに軽く束ねたりすることはあったが、それはごく一時的なものだ。今朝のように時間をかけてヘアスタイルを造作したのは、振り返ってみると久しい体験なのではないか。
     ある秋の朝、スズカはいつものように早く目覚めた。普段と違ったのは、ルームメイトも早起きしていたという点で、目が冴えてしまったとスペシャルウィークは告げる。「いっしょに走ってもいいですか?」と提案があり、スズカとしては断る理由がない。早朝は特に冷えるから、風を遮る上着を羽織るといいとアドバイスをする。ジップトップのウェアが最適だろう、走って暑くなれば胸もとを開いて風を受け入れることができる。
     スペシャルウィークは楽しそうだった。ランニングのペースはいつもより控えめだったが、スズカは不思議と物足りなさを感じない。「落ち葉が積もってきましたね」とスペシャルウィークが言い、「本当ね。枯れ木も増えてきたわ」とスズカは応える。寮に戻るのが惜しまれるほど、穏やかな時間だった。
     二人でシャワーを浴び、汗を洗い流し、さっぱりとしたところで休日をどう過ごしたものかと部屋に戻る。聞けば、スペシャルウィークはトレーナーと外出の予定らしい。「えへへ」とかわいらしく笑い、メイクに臨む姿勢には気合いが入っているように見えなくもない。スズカも外出を予定していた。エアグルーヴと冬物の衣料を見に行く約束をしていたのだ。
    「そうだ」と、サイドの髪をいつものように編み、スペシャルウィークは手を打ってスズカを振り返った。「スズカさんも、髪を編みましょう!」
     どうして、と疑問を口にする前に、スズカは鏡台の前にずいずいと座らされている。
    「前から編んでみたかったんです」後輩の指先が、栗毛の髪をそっと撫でた。「綺麗な髪ですから!」
     照れるが、悪い気はしない。
     ほとんど流されるように、スズカはスペシャルウィークにヘアセットを任せた。心地よい時間が流れていった。

  • 2二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:42:20

     そうして出来上がったのが、シンプルに整えられた長い三つ編みだ。つむじからうなじへ、うなじから背中へ、背中から腰へ。麦穂のようなまっすぐさだった
    「……珍しいな」
     トレセンの正門前で落ち合ったエアグルーヴが、素直に驚いたようで感想を漏らした。
    「変かしら」と、スズカは照れくさい。丁寧な三つ編みなど、本当に久しぶりだった。たとえ慣れていたとしても、いつもと違うということは、どうしたって落ち着かないということになる。
    「いいや」エアグルーヴはかぶりを振った。「よく似合っている。普段からそうしたらどうだ?」
    「うーん」スズカは唸った。「それは……ちょっと難しいかも」
     簡明を尊び、走ることに何より重きを置くスズカだから、ヘアスタイルに凝る自分はあまり想像できない。
    「そう悩むな」と、ワタリをポンポンと揺らしてもてあそびながら、エアグルーヴは言う。「さあ、行こう」

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:43:00

     服の趣味は、人によってさまざまだ。
     スズカとエアグルーヴは、私服の好みが少々異なっている。スズカはゆとりのあるスカートファッションを好み、エアグルーヴはタイトなパンツルックを好む。どちらも落ち着いた印象を与えるが、柔らかで安息したラインと、鋭く洗練されたラインに、二人の違いを見ることができる。あり方の差異で、どちらが上等というわけではない。
    (……尻尾が二本あるみたい)とスズカは思う。サイドはそのまま垂らし、後ろをきっちり編み込んである。歩く度に造作された髪が揺れ、その動きは尻尾と連動しているようだった。
     尻尾の付け根は、皮革でおおわれた通し穴から伸びている。グリーンのプリーツスカートは、スズカの脚の全体を八分ほど包み隠していた。よく熟れたチェリーのように鮮やかな赤茶色のブーツは、その履き口をスカートの裾の下にもぐり込ませている。
     飾り襟がついた白い長袖のブラウスの上から、淡いベージュのウールカーディガンを羽織る。スズカとしては、慣れ親しんだ秋の格好だった。本当にいつもと違うのは、髪型くらいで、それでも冒険に挑むような心地があることを否定できない。
     エアグルーヴは、スキニーパンツでその美脚を包んでいる。シンプルな黒のカットソーの上から、紺色のトレンチコートを羽織っていた。さほど高くはないがヒールを履き、一歩進むごとに、かつかつと足音をたてていく。メイクを怠ることはなく、女帝の異名にふさわしい偉容を放ちながら、堂々と街を闊歩するのだった。

  • 4二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:43:23

    「あれ、色を変えたの?」とスズカは気付きを得る。
    「アイラインか?」と、エアグルーヴはどこか得意げだ。
    「いつもより深い色ね」
    「秋だからな。いい発色のものがあったから、今日はそれを引いてみた」
    「確かに、紅葉みたい」
    「そうだろう。お前も使ってみるか?」
    「私はエアグルーヴみたいに似合わないわよ」
    「どうだろうな。たとえば今日の髪型にも、意外と合うんじゃないか?」
    「そうかしら?」
    「ああ。……そうだな、スカートではなくパンツにして──」
     エアグルーヴが立ち止まる。
     スズカもその横に並ぶ。
     ある秋の休日、二人はショッピングに出掛けた。ならば目の前に衣料品店があるのは当然であり──エアグルーヴが、スズカの長い三つ編みを、ちらりと見る。スズカはエアグルーヴの視線を受けて、ゆっくりとうなずいた。入りましょう、と告げているつもりだった。
     二人の前には、一軒の古着屋があった。エアグルーヴが扉を開き、スズカもそれに続く。

  • 5二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:44:17

    「これはどうだ?」
     エアグルーヴが手にとったのは、ベージュのジーンズだった。スズカはすすめられるままにそれを試着してみると、驚くことにぴったりだった。「これを合わせて」と、続けてブラックウォッチのフランネルシャツを差し出してくる。へヴィーオンスで、つくりが大きく、よく見れば左前だった。「インナーはもっと濃い色がいい。チャコールグレー……いや、ネイビーはどうだ?」
     馴染みのない服装だった。しかしながら、なかなか似合っているのではないかとスズカは感じる。試着室の鏡の前に立ち、エアグルーヴにすすめられた衣服に身を包んでみて、ひらりと踊るようにひるがえってみる。しっくりきた。ジーンズにやや締めつけを感じるものの、シャツの解放感がそれを補っている。白のインナーも合わなくはないが、やはりエアグルーヴの言う通り、濃く、暗い色を上半身にまとめた方が全体的におさまりがいい。新鮮だが、不快感はまったくない。
    「すてき」と、思わずスズカは呟いた。
    「もう少し寒くなったら、その上からコートを着ればいい」エアグルーヴは、オーバーサイズのシャツの襟を正しながら言う。「やはり大きめのつくりで、バルマカーンがいいだろう。ダウンジャケットやマウンテンパーカーも悪くないだろうな」
     ふんふんとスズカは得心し、試着している服の値札を見る。なんと、幸いなことにさほど高値ではない。今日の予算でじゅうぶんであり、なんならアクセサリーのひとつくらいは足せそうなほど余裕がある。
    「これにしようかしら」検討するスズカは、ふとあることを思いつく。それは目の前に立ち、腕を組んでうなずく友人に対する、ひとつの要望だった。
    「ねぇ、エアグルーヴ」
    「どうした?」
    「私にも、服を選ばせてちょうだい」

  • 6二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:45:13

     もとより、スズカは動機の言語化を得意としない。
     だから、ただ選ぶことで示す必要があった。目に入り、離せなかったのは一着のフレアスカートだ。着丈は長く、足首をおおう。生成で、落ち着いた色味をしている。「……あまり期待するなよ」とエアグルーヴはそれを穿く。サイズは問題なかった。ならば、とスズカはトップスが並ぶコーナーに視線を光らせる。
    「赤がいいわ」ふたたび、思わず呟いている。「秋らしい色……ボルドーとか」整然とグラデーションを描く陳列の中から、ほとんど直感的に一着を選び出す。「これ」
     飾り気のないニットセーターを受け取ると、エアグルーヴは試着室のカーテンを閉める。
     ややあって、カーテンが開かれたとき、自分の選択が間違っていなかったことをスズカは悟る。
    「……ふむ」スカートを摘まみ、全身を丸みのあるシルエットに包みながら、エアグルーヴは微笑する。「悪くないな」
     バストの大きいエアグルーヴだから、上半身だけを膨らみのある線で構築してしまうと、事実に反して太って見える。毛糸が詰まり、重く厚く、腕回りが広く、肩が落ちたルーズフィットのセーターを合わせるなら、下半身もまた余裕がなければならない。すると、フレアが仕事をする。その格好にはエアグルーヴが持つ曲線美が失われているようでいて、実はそうではない。全身がバランスよく包み隠されているからこそ、その奥に秘められた才能と努力の結晶を見ることができる。
    「かわいい」と、みたびスズカは呟く。
    「……褒め言葉として受け取っておく」エアグルーヴは眉をひそめて言う。
    「あら、本当よ」
    「わかってる。皆まで言うな」

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:45:35

     結局、二人は互いに選んだ服を購入することとなった。
    「いい買い物をしたわね」と、スズカは言う。
    「そうだな」手提げ袋に目を遣りながら、エアグルーヴが答える。
     次に二人で出掛けるときは、今日買った服に身を包むことになるだろう。スズカはそう思ったし、エアグルーヴも同じ気持ちに違いないと思った。
     スズカは想像した。エアグルーヴが、フレアスカートを穿き、ボルドーのセーターに身を包んで、自分の隣を歩いているところを。インナーはできれば白で、女性らしく丸襟のシャツがいい。この友人は、何かと厳しい印象を持たれがちだ。しかしながら本当は、厳しさの中に優しさがある。ならば衣服だけでも柔らかに装えば、誰よりも他者を思いやるエアグルーヴの性根が、多くの人に伝わるのではないかとスズカは考えた。
    「次に出掛けるときは、エアグルーヴも髪型を変えたらどうかしら?」
     提案すると、曖昧な笑みがある。スズカは自分の三つ編みに触れた。ワタリをもてあそび、エアグルーヴと並んで歩く。そしてスペシャルウィークに感謝した。髪を編んだことが、今日という日の大胆さを、間違いなく助けてくれていたからだ。

  • 8二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:48:48

    終わりです
    スペちゃんに髪を編んでもらったスズカさんが、マニッシュな衣装に身を包み、ふんわりしたニットとかフレアスカートを着たエアグルーヴの隣を歩く姿が書きたかったんです
    でも絵は描けないので、文章にしました
    そんな具合です

  • 9二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:49:38

    よかった

  • 10二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:50:07

    好き(率直)

  • 11二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 19:53:34

    長いのに読みやすくてすごくすごい(語彙力)

  • 12二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 20:12:50

    いい…(画像略)

  • 13二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 20:20:19

    溢れる尊さが溜息となって口から漏れた
    すごくいい…

  • 14二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 20:53:00

    読んでくださってありがとうございます
    史実のサイレンススズカがたてがみを編み込んだという情報から、このSSはスタートしました
    スペちゃんのあの不思議なヘアスタイルはどうなっているのか考え、メインストーリーのイラストから生まれつきではないだろうと結び、それはそれとして編んでもらった次第です
    いつもと違うということで、エアグルーヴにもスカートを穿いてもらいました。制服は措いてください。女性的な柔らかなラインに身を包むエアグルーヴは、見る者をベロベロするのではないかと、そう考えて今に至ります
    衣装交換をしようにも、スリーサイズが大きく異なるので、古着屋を訪ねてもらいました
    私服グラの衣装違い、ほしいですね

    皆さんは推しの私服をあれこれ想像したりしませんか?
    そのような提案があり、このSSは書かれたようです
    以上です

  • 15二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 20:57:21

    私服といえばこの2人は浴衣も似合いそうなので一緒に夏祭りとか行ってほしい

  • 16二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 00:33:53

    エアグルーヴは夏ボイスでスズカと一緒に夏祭りに行くからどの浴衣が良いか聞いてみる的なこと言ってたぞ

  • 17二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 01:00:06

    スズグル待ってた…ファッションに疎いから調べながら読んだら姿がくっきりと想像できてすごい…すごい良かった
    普段の私服スタイルを相手に選んであげるのが自分色に染めてるみたいですごく……すごく尊いです

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