- 1ボッシュ22/11/10(木) 20:37:46
荒い呼吸がヘルメットの中で反響する。揺らめく光の膜が見える。リニアシートでも受け止めきれない激しい振動。同時に耳障りな警告音、激しい爆発音、機体のフレームが軋む音、悲鳴の様な通信が全身を包んだ。口の中がカラカラだ。身を焦がす様な熱が身体を蝕む。アームレイカーから外れそうになる手をグッと堪え、奥歯が砕けそうな程噛み締める。もはや壊れるくらいに踏み込まれたフットペダルにさらに力を込める。それでも、目の前の状況は変わらず、事態は何も好転しなかった。
それでも行かなきゃならない。どうしても。だが機体は限界で、メインモニターもその多くが次々とブラックアウトしていく。それでも黒く歪み燃え上がる僚機が、瞬き爆散する敵機が見える。自分も直にそうなる確信があり、しかし関係無く、そして、一層強まる光の中、あの人の背中が見える。 - 2ボッシュ22/11/10(木) 20:39:30
──また、だ。また、届かない。
凄まじい光の奔流が全てを包み込む。音の濁流に叫び声がかき消される。宇宙の冷たさを弾く、暖かな光の眩しさに、思わずその目を閉じた。 - 3122/11/10(木) 20:41:07これはボッシュって凄いよね|あにまん掲示板後付け設定一つで印象が一気に変わるって中々無いよね劇中の言動の不自然さもむしろ最初からそうだったかのように思っちゃうもんbbs.animanch.com
を始めとする多くのボッシュのスレに脳を焼かれたおっさんが捻り出した駄文です。すぐ終わりますが、楽しんでいただけたら幸いです。
- 4ボッシュ22/11/10(木) 20:42:32
気がつけば手は、スティックタイプの操縦桿を握っていた。グローブ越しの懐かしい硬い感覚。3Dで描き出された眩しいくらいの青空を、快調な全天周モニターが鮮やかに映し出している。視線を軽く下にやれば、眼下を流れる森と、遠くには青々とした山脈が見える。少しふらついたか、ガクンとした手応えを感じ、慌てて機体を引き戻す。どうやら横殴りのガストを喰ったらしい。隣の僚機がメインカメラを覗き込む。大写しになったグリーンのバイザーはどこか頼りなく見える。それもそのはずだ。彼は初陣だったはずだ。俺や、あの人とは違って。
頼れる光は、頭上を飛んでいた。モニターに映る4つのボックス。綺麗な緑。一糸乱れぬフィンガー・フォー。MSZ-006A1と表示されたそれらは、こちらを引き剥がさんばかりに先行していく。置いていかれてはたまらない。ついていかなければ。隣を並んで飛ぶゲタへ手を振る。まだ散布下に入った訳では無いが、ミノフスキー・クラウドが近いのか、無線が通じづらいのだ。短距離のレーザー通信及び光通信の準備をしつつフットペダルを踏み込もうとした矢先、頭上で光条が瞬いた。薄い大気を切り裂くメガ粒子の束は、目が覚める様な直線を描き飛んでいく。 - 5ボッシュ22/11/10(木) 20:48:10
──閃光、爆発。センサーが騒ぎ立てるが、すぐに沈黙した。ミノフスキー粒子濃度が高過ぎる。テリトリーに飛び込んだか、レーダーがまともに機能しない。しかし彼の戦闘勘とその目は、砂嵐の中の一瞬の光点を見逃さない。敵が動き出している。いや、状況が転がり始めたのだ。モニターの奥、何かが動いた。ピックアップする。両脚を失い、煙を吐き出しながら墜落する人型のシルエットを微かに捉えた。あの距離で当てたのか?あの人は?考えるより先に身体が動いていた。色とりどりの光条が戦場を彩り出す。てんでばらばらに撒き散らされるそれは、敵のものと味方のものが入り乱れさらにその激しさを増して行く。その一つ一つが凶悪なまでの破壊の意思と力を持つ、危険なものだ。
反応が遅れたのか、不幸にも隣を飛んでいたゲタがその奔流に囚われた。狙った射撃ではないだろう。トレンド、流れ弾だ。しかし、それは戦場において死なない理由にはならない。瞬く間にその熱に侵され、醜く歪むジムIIを見たのはそれが初めてでは無い。しかし、脳裏には出撃前の姿がフラッシュバックする。だが、それも一瞬でどこかへ行ってしまう。慣れた、慣れない、最悪な感覚。手を伸ばす暇すら、戦場はかき消していく。 - 6ボッシュ22/11/10(木) 20:57:13
大きく機体を振る様にブレイク、視線の先では頭上の4機も既に散開していた。しかし、先頭の1機だけは方向を変えず、更に速度を上げた様だった。目の前で僚機が爆散する。爆発と破片が装甲を叩く音。赤く照らされる視界の中でなんとか暴れる機体を安定させ、漸くFCSが捉えた赤いボックスへ反撃のビームを放つ。当たったかどうかなんて判らない。そもそもこのミノフスキー粒子濃度だ。照準用の赤外線も大半が散乱してしまう。大気状態はクリアだが、湿度が高くムラがある。可視光すらも一部屈曲している。それに、お互いが高速でランダム回避運動をし始めているのだ。短距離用の高強度バースト通信のレーザー通信すら途切れ途切れ、照準用レーダーもまともに当たる状態ではない。しかし、マニュアルによる光学照準をする余裕など無い。いや、こんな事をしてる場合では無いのだ。ついていかなくては。あの流星に。
前方でまた、あの人は撃墜数を増やしていっている様だ。閃光がさらに瞬く。爆炎が撒き散らされ、放物線を描き煙を引く。見惚れてる場合ではなかった。地上からの砲火に機体を翻らせる。しかし、見渡す限りどこにも敵と味方が入り乱れ、どこへ行けばいいのか。乱戦だ。無線が雑音と悲鳴をがなり立てる。爆散した機体がバラバラに飛び散り、黒い噴煙が青かった空をマーブル模様に掻き混ぜる。白煙が曲線を描き、光条がその白煙を照らし貫く。真っ赤に燃える光が白い雲の内側で広がり、瞬く間に霧散させる。それでも、頭上の流星は変わらなかった。ひらりと殺意の束をすり抜け、先を行く。その行手を阻む様に滑り込む敵機に向けビームを放つが、掠りもしない。モニターの先、グリーンのボックスと赤いボックスが交差する。確かに見えた。飛行機がその形を崩し、人型になるのを。2本の光る剣が伸び、向かい来る飛行機に乗る2機の敵機のランドセルと両脚を斬り飛ばすのを。爆発に照らされたクリーム色の機体に、2本の角がそそり立っているのを。 - 7ボッシュ22/11/10(木) 21:00:14
ガンダム。口に出さなくても判る。戦場を支配する力。反抗の象徴。希望の光。勝利そのもの。そして、あの人の手足。
敵をさも当然の様に屠り、あの人の機体はそのまま自由落下に移りながら、全方位から飛んでくるビームを躱し、お返しとばかりにビームを叩きつける。援護、そう、援護しなければ。しかし、ゲタの機動性はそう高く無い。しかも2機を抱えているのだ。よく見たら翼端が飛んでいる。飛ぶのすら精一杯か。隣の彼は半狂乱になりながらビームをばら撒いている。自分の射撃はようやく地上の一つ目を火だるまにしたが、それでも敵の勢いは止まらない。押しているのは明らかにこちらなのに。 - 8ボッシュ22/11/10(木) 21:02:20
舞う様に敵を倒し、勝利を呼び込む。その立役者は戦場の真ん中だった。いや、あの人が戦場の中心なのだ。多くの目を集めながら、その目をそのまま摘んでいく。軽やかな飛翔。目が覚める様な朱と肌色のウィングバインダーが、陽光を受け瞬く。光る翼が、今は綺麗な緑色に見えた。
- 9ボッシュ22/11/10(木) 21:04:36
気がつけば自分はハンガーに立っていた。キャットウォークの端、強い雪風に身を竦める。身体が痛む。片目がよく見えない。動かそうとした腕は包帯でグルグル巻きだ。それでも、目の前の鮮やかな翠の機体から目が離せなかった。モルフォ蝶の様な蒼い羽。その持ち主がクレイ・バズーカを軽く上げ、こちらを振り向く。そこには特徴的なマルチブレードアンテナも、デュアルアイもない。ジオニックなモノアイが煌めき、その輝きに囚われる。
俺は一体何をしているのか。何故ここにいるのか。何故あの人の隣に居ないのだ。どうして、何故。ついていく事すら出来ないのか。俺は。俺の不甲斐なさが、情け無くて仕方がない。追いつけない。 - 10ボッシュ22/11/10(木) 21:05:24
──申し訳ありません。アムロさん。
いいんだ。ボッシュ。 - 11ボッシュ22/11/10(木) 21:06:33
……アムロさん。
明かりひとつない真っ暗な部屋に、壮年の男の声が響いた。 - 12FNG22/11/10(木) 21:07:18
今日は、あの日だ。
- 13FNG22/11/10(木) 21:09:51
今の俺は腹の虫の居所が悪い。最悪の気分だ。さっきまでの嬉しさはどこかへ霧散してしまった。今日の演習は上手く行った。手も足も出なかった相手を、見事にやり込めたのだ。まさに獅子奮迅の働き、一騎当千の活躍。そのまま気持ちよく酔ってやろうと酒舗に足を向ければこれだ。普段は愛想のいいマスターがそれだけ言って門前払い。何があの日だ。クソッタレ。男の癖に。チップを弾むつもりが、なんなんだよ。持て余したそれをポケットに、俺は廊下に突っ立っていた。周りには同じく不貞腐れた同期たち。皆気持ちは同じだった。
- 14FNG22/11/10(木) 21:10:42
目の前を行き交う人達は目を合わせもしない。なんだ、なんだよ。俺が悪いのか?何が悪いんだ?少しは褒めてくれてもいいだろうに。そうだ、隊長、隊長に会いに行こう。あの人に教わった技だ。それが見事にハマってのだ。新兵だっていつも嘲笑うアイツらの悔しそうな顔。写真に撮りたかったくらいだ。
そう思い立てばこんな事をしてる暇じゃない。隣でしゃがむヤツにのまた隣、ずり落ちたメガネを直そうとしたヤツに声をかけようと視線を上げたら、件の隊長が目の前を通り過ぎて行く。咄嗟に声をかけようとしたが、その息は喉を震わさなかった。 - 15FNG22/11/10(木) 21:11:48
別人の様な男がそこに居た。顔と背格好は確かに隊長だ。気さくで、豪快で、厳しくも、優しい。俺達の親父。グリプスからの大ベテラン。もう歳もいってるだろうに、訓練ではまだまだ俺達を捻り潰し、作戦では前線に立つ、無敵の男。頼れる親分。さっきまでは無線越しに嬉しそうな声を聞かせてくれたはずの男は、全くの無表情で。いつもは覇気のある高らかに高音を奏でるブーツの底の音は鳴りを潜め、まるで死人の様な足取りをそのままに、自分達を無視して独り、バーに入っていった。
そのあまりの雰囲気の違いに、俺達は思わず顔を見合わせた。今のは誰だ?隊長だろ?嘘だろ?本当だ。確かめてみるか?確かめる必要なんてあるか?あれは隊長だ。そんな事あるか。別人かと思ったぞ。いや間違いないだろ。
口々に言葉を交わすが、信じられなかった。さらに口を開こうとした時、先輩がそれを遮った。何をしている。直立不動になった俺達に、険しい顔の先輩が問いただす。いや、ただ、酒を……。 - 16FNG22/11/10(木) 21:15:07
……今日は、ダメだ。
解散しろ。先輩はそう言い捨て立ち去った。一瞬の逡巡はなんだったのか。仕方なく歩き始めた俺の目は、照明の落ちた店内を捉えていた。パイロットは目が命。目を磨け。そして見えない兆候を見ろ。隊長の口癖。その目の良さが命取りになった。 - 17FNG22/11/10(木) 21:16:09
そこには、身を縮め、肩を落とす年寄りが座っているだけだった。店の端に、幽鬼の様に1人座る彼には覇気のかけらもなく、手にした杯は微動だにしない。いつも笑顔を絶やさないはずの彼はそこに居らず、風雨に晒された彫刻の様な彼の顔は、影になって見えない。
……ただ、目の前のもう一杯を見つめる目元の皺は、渓谷の様に深く。 - 18FNG22/11/10(木) 21:18:05
止まった時間は、すぐに動き出した。俺は肩を叩かれ、ゆっくり歩き出す。同期が何か言っているがよく理解出来ず、適当に返しながらただ歩く。誰だ。なんだ。引っかかる。今日。今日?今日は……その時、視線の端に引っかかった文字に、また立ち止まった。それは小さな画面に表示されたニュースで、映像も見慣れたものだった。
にこやかに笑うキャスターの背後。青い地球をバックに、黒い隕石が光に包まれる。色鮮やかな輝きと、そこを飛び交う光たち。宇宙の虹。画面に躍る、英雄の名前。
それは、奇跡の証明。 - 19FNG22/11/10(木) 21:18:48
今日は、あの日。
- 20FNG22/11/10(木) 21:20:15
終わりです。ありがとうございました。
- 21二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 21:22:12
👏👏👏
- 22二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 21:24:54
─今日はUC01??3/12 第二次ネオジオン紛争終結◯◯年のメモリアルデーのとある部隊の一幕
- 23二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 21:25:31
- 24二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 21:30:48
ガチで読み込んでいた
なんだろう。胸に詰まる読了感というか……
ボッシュ……虹に置いていかれた男よ…… - 25二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 21:47:07
面白かった。
最初から最後までアムロさんが主役で、圧倒的存在感を放ってるのに喋るの一言なのがそれっぽい。 - 26二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 21:51:05
ボッシュの時間は目の前の流星を追って止まったままなんやろな。