にんじんシリシリ3

  • 1二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:38:50

    夕暮れの空にひときわ強い風が吹いたのは、パリの郊外にあるホテルのベランダ。
    ここでの暮らしも随分長くなって、夕暮れに照らされる古い建物の群れ────来たばかりの頃はあまりの美しさに言葉を失うほどだった景色も、今はもう慣れ切ったものだ。
    そんな街並みを眺めながら手すりにもたれていると、どこかの楽団だろうか、日本でも聞き覚えのあるメロディーがどこかから流れはじめた。

    「Au pas, camarade……Au pas, camarade……」

    メロディーに合わせてうろ覚えの歌詞を口ずさむ。思えば随分フランス語も上手くなった。むしろ、月に何度か日本と連絡を取る時と彼女の前でしか使うことのない日本語の方が最近は危なっかしくなってきたぐらいで。



    担当ウマ娘のシリウスシンボリと共に日本で頂点を掴み、次なる夢を追いかけて欧州に渡ってから2年の月日が経った。日本と海外の環境やレベルの違いは想像を遥かに超えていたもので、来たばかりの頃は時間も忘れるほどに忙殺されていた。
    不慣れな言葉と身振り手振りを用いてなんとか現地のトレーナーとコミュニケーションを取り、シューズや蹄鉄も絶えず調整しながら少しづつシリウスの走りを日本からヨーロッパのそれに変えていく。レースでも日本では見られない少人数やラビットの存在────習うより慣れろとはよく言ったものだが、あまりにもやることが多すぎて、果たしてこれで本当にやっていけるのかと不安に押し潰されそうになったこともある。
    しかし、シリウスもまた俺の想像を上回るほどに凄いウマ娘だ。荒れた馬場や独特の駆け引きを器用にこなし、彼女がヨーロッパの地で現地の強豪と渡り合えるようになるまでそう時間はかからなかった。

  • 2二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:39:23

    そんな激動の日々に少し余裕ができるようになると、今度は環境の違いに目が行くようになる。レースではなく、身の回りの方に。
    初めて訪れたアスコットは思い出したくないが基本的にヨーロッパの食事はやはり美味しいものだし、日本人が珍しいのか見知らぬ人に突然声を掛けられることもある。シリウスにあちこち連れ回されているうちに現地の友人も多くできた。
    そうして仕事以外の視野が広がると、こうして時々生まれるひとりの時間で決まって考えることがある。


    ウマホを取り出して、アルバムに保存された写真を眺める。今月よりも先月よりもずっと前を目指してスクロールを続けると、ある写真のところで指が止まった。
    2年前の5月、シリウスがダービーを勝った時の写真。いつもクールな彼女にしては珍しくガッツポーズなんてしている。インタビューではつい興奮してシリウスの名前を何度も叫んで後で随分怒られたっけ……
    さらに戻る。シリウスと契約する少し前、自分だけのトレーナー室というのが嬉しくて何枚も撮った写真。それから程なくして書類やら何やらでめちゃくちゃになるこの部屋も、この頃はまだ綺麗に片付いていたか……

    さらに戻る。今度はもっと昔、トレーナーになるよりも前の日付の────

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:40:27

    「風邪引くぜ」

    手の中のウマホがひょいと抜き取られた。振り返ると、件の担当ウマ娘────シリウスシンボリが画面を見て怪訝そうな顔をしている。

    「ああ?こりゃ誰の写真だ。面は悪くねえがこんな年上が好みだったか?」
    「……お袋の写真だよ。返してくれ」

    ため息をついてウマホを取り返す。画面には年甲斐もなくカラオケではしゃぐ母親が写っていた。どこで撮ったんだ、これ。

    「それで、どうした?飯にはまだ早いと思うけど」
    「……どうしたって?おいおい、そりゃねえだろう」

    怪訝そうな彼女の顔が困惑を伴った呆れの表情に変わる。何かあっただろうか。

    「用事があるとかで呼びつけておいて、私のトレーナー様ときたらいつまで経っても来やしねえ。だから探しに来てやったんだよ。待ちぼうけ食らわせるんだからさぞかし大事な用でもあったんじゃねえかと思ったんだが……」
    「あ……!」

    そうだった、ミーティングがあるからシリウスを部屋に呼んでいたんだった。彼女が呆れるのも無理はない、うっかりしていた。

    「悪かった悪かった、すぐ戻るよ」

    こっちの暮らしに慣れたと言ってたくせにこんな初歩的なミスをやらかしていたら世話がない。
    夕飯はお詫びに少し豪勢にしようかと考えながらホテルの中に戻ろうとすると────ドアを塞ぐようにシリウスが俺の前に立った。

    「寂しいのか?」
    「え?……何言い出すんだよ、突然」

    突拍子もない言葉なのに答えに詰まったのは、思い当たる節があったからだろう。
    そう、近頃はひとりの時間ができると決まって日本にいた頃を思い返していた。よく行った店のこと、トレセンで仕事をしていた頃のこと、家族のこと────内容は日によって様々だが、いずれも今では手に入らない日々のことばかりで。
    とにかく、シリウスが発した問いかけは色々な意味で予想外のものだった。いつものように揶揄う口調ではないことも含めて、である。

  • 4二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:40:51

    「いつも先走ってるアンタが昔の写真眺めてるのなんざ初めて見たぜ。外国暮らしが長くなって故郷が恋しいのかよ」
    「……そんなことないさ。ホームシックなんて子供じゃあるまいし」
    「歳なんざ関係ねえ。自分のメンツ可愛さに嘘をつくような奴の方がよっぽどガキだ」

    ごまかそうとした言葉に返ってきたのは、いつになく冷たい言葉。一本取られた、のだろうか。
    教え導くウマ娘に心の弱さを悟られるなんて情けない。本当なら大人しくシリウスの言葉に耳を傾けるべきなのだろうが、今は生憎そんな気分ではなくて。彼女の身体を押しのけて廊下へ続くドアへ足を進める。

    「……大の大人にホームシックなんか認めさせてどうしようっていうんだ。揶揄いたいだけなら後にしてくれ、今はさっさとミーティングを────」
    「私も同じだって言ったら、どうする」
    「え……?」

    耳を疑うような言葉に思わずシリウスの方を振り返る。その顔には、先ほどの呆れも、いつものような勝ち気な笑みもなかった。

    「冗談だよ。……冷えてきやがったな、さっさと戻るか」

  • 5二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:41:18

    部屋に戻ると、シリウスから「昔のアンタの写真が見たい」と言われた。
    不思議なことを言うなと思ったが、断る理由もなかったからアルバムに残っていた分を全て見せることにした。赤ん坊から小学生────の頃は実家に眠っているであろう実物のそれに収められているから見せられないので、携帯を持てるようになった頃からの分を。

    「これは中学生の頃だな。初めて新幹線に小倉レース場まで行ったんだ。あちこち飛行機で飛び回ってる君からすればチープだろうが……」
    「そうでもねえさ。私は小倉なんざ行ったことがない。ああ、そういや前に取り巻きの奴らが未勝利戦で遠征してたか」
    「……元気にしてるかな、彼女たちも」
    「さあな。ただ、いつまでも私やアンタに甘えちゃいられねえのは分かってたはずだ。あいつらなりの道を見つけてることを祈るしかねえ」

    シリウスに説明を交えながら思い出を1枚1枚振り返っていくと、いつものように過去に思いを馳せているのに不思議と寂しさを感じない。

    「それにしても、これが学生の頃のアンタか。道理で随分若いと思った」
    「おい、今が年寄りみたいな言い方するなよ」
    「そうは言ってねえ。ただ、随分大人になったと思っただけだ……褒めてるんだぜ?今のアンタ、どこに出しても恥ずかしくねえ面構えだよ」
    「そ、そうか……?」

    シリウスの言葉には裏表というものがない。ひねくれてはいても、口から出るのはすべてが本心だ。だからこそ面と向かって言われるとなんだか無性に照れ臭くなる。

  • 6二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:41:53

    やがてアルバム鑑賞も終わって、窓の外はすっかり日が落ちていた。ミーティングは……もう明日でいいだろう。

    「待ち受けは……まだメイクデビューの写真使ってやがるのか。そろそろ新しいのに変えろよ。こっちに来てからだって何枚か撮らせてやったろ」
    「お気に入りなんだ。当分変えるつもりはないよ」

    初めての担当ウマ娘と掴んだ初めての勝利だ。そうそう代わりになる写真が見つかるとは思えない。
    そう、シリウスとの思い出は何事にも代えがたいもので────ふと思い至る。
    今日をもってこちらの過去は粗方シリウスに知られてしまったわけだが、そういえば俺の方は彼女の昔のことをほとんど知らなかった。シンボリルドルフから何度か家にいた頃の話を伝え聞いた程度で、本人から直接何かを聞いた覚えがない。
    どうする、聞いてみようか。こんな機会もそうそうないのだし。

    「なあシリウス、君の昔の写真も見せてくれよ」
    「は?……なんでだよ」

    返ってきたのはやはり乗り気とは程遠い返事。だがここで諦めるほど俺も弱い男ではない。

    「君には俺のことを全部教えた。だから俺も君のことを知りたい。そうでなきゃフェアな関係じゃないだろ?結構そういう貸し借りは気にするぞ、俺」
    「そう言われてもな……生憎だが自分の写真なんてもんは残してねえんだ。せいぜいトレセンに入ってからのがいくらかある程度だよ」
    「そうなのか……でも1枚くらい何かしらあるだろ?なんならルドルフに頼んでみようか。今なら昼頃だろうし────」
    「やめろ、アイツに頼むんじゃねえ。……はあ、分かったよ。そこまで言うなら探してやる。ただし」

    ずびし、とシリウスの指が眉間に突き付けられた。

    「明日からその写真の話は掘り返すなよ。それが条件だ」
    「おう……」

    まったく、とため息をつきながらシリウスは自分のウマホを操作しはじめた。
    そして、やがてお目当てのものを見つけたのか苦虫を噛み潰したような顔でこちらに投げ渡してきた。

    「……チッ、これでいいか?」

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:42:18

    さて、どんな姿のシリウスがいるのだろう。期待に胸膨らませながら画面を見る。
    そこに写っていたのは────

    「……どこのお人形さんだ?」

    ────ぬいぐるみを抱えて満面の笑みを浮かべる、シリウスと同じ流星の少女。リボンだらけの服がよく似合っていた。

    「……私だよ、3歳とかそのぐらいだろう。何故かそれだけ残ってやがったんだ」
    「なんと……」

    写真の少女はアウトローの道へ進む前のシリウスシンボリその人であった。
    衝撃的な光景だったが、よく見ると確かに幼い頃の彼女だと分かる。顔つきは似ても似つかないが、それでも流星や目元の造り────面影というのは強く感じられるもので。

    「もういいだろ。ほら、さっさと返さねえか」
    「ああ……かわいかったよ」
    「そうかよ」

    もう少し鑑賞していたかったが、ひったくるようにウマホを取り返された。
    しかし、他人には見せたくないだろうにどうしてこんな写真だけアルバムに残していたのだろうか……シリウス本人が分からない以上は真相は闇の中である。

  • 8二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:42:58

    その後、食事を終えてシャワーを浴び、そろそろ寝ようかと思ったところで再びシリウスが訪ねてきた。彼女の方も支度は済んだのか、なんとも目のやり場に困るようなバスローブ姿だ。
    どうした、と窓の外に目を向けながら聞くと、彼女はずかずかと部屋に入ってきてそのままベッドに腰掛けた。

    「何のつもりだ」
    「なに、今日のアンタをひとりにしたらまたくだらねえことを考えそうだからな。寝つくまで見守ってやろうと思っただけだよ。用が済んだら出ていくさ」
    「いや、心配はありがたいが……色々立場ってものもあるし、な?」
    「うるせえな。いいから早く寝ろって、ほら」
    「うおっ────」

    視界が反転する。
    襟を掴まれてベッドの上に投げ出され────何をされるのかと思えば、毛布が優しく掛けられた。

    「なあ、トレーナー」
    「ん?」
    「私がいて、その横にアンタがいる。世界のどこだってそれは変わらねえことだ。トレセンだとか故郷のことなんて気にしてナーバスになるな。ただ、頂点を目指して私たちは走り続ければいい。────それでももし、今日みたいにどうにもならなくなったら……」

    ややあって、少し乱暴に頭を撫でられる。

    「私が慰めてやるよ。それでいいだろ?」
    「……ああ」

    思えば寂しさを感じずに眠りにつけるのも久しぶりだ。
    今日はきっといい夢が見られるのだろうと、根拠はないが確かにそう思えた。

  • 9二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:43:15

    「フッ……」

    すっかり静かになった部屋の中で、思わず吹き出してしまう。
    背中を丸めて毛布を抱き締めて、まるでガキみてえな寝相だ。ただ、そんな姿を見てると私の心にもあったしこり────認めたくはねえが、きっとこいつのそれとそう変わりないものが、少しづつ融けていくのを感じる。
    そして、それと同時に眠気も押し寄せてきやがった。約束と違うが、トレーナーの隣に横になって毛布を半分頂く。寒くはなるだろうが、その分こっちに引き寄せてやればいい。

    「私はハナっからはみ出し者だ。だからアンタさえいりゃそれで────」

    それで構いやしない。皇帝サマとのわだかまりも、シンボリとの確執も、取り巻きどもの面倒だって、私だけで抱えるつもりだった問題をアンタは全部解決しやがった。だから、私にとって執着するべきものはもうひとつしか残っていない。

    「逃がさねえ。まあ、逃げるつもりもねえんだろうが……」

    腰に回した手にさらに力を込めて、目を閉じる。私の方も今日は久々によく眠れそうな気がした。

  • 10二次元好きの匿名さん22/11/10(木) 23:44:31
  • 11二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 00:00:57

    なんだそのスレタイは

  • 12二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 11:01:29

    ナカヤマシナリオで結構株上がったし早く育成実装されたいねえ
    ルドルフとはまた違う独占欲向けられたい

オススメ

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