- 1二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 02:08:03
- 2二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 02:09:09
トレーナーとしてトレセン学園に就職してはや十年。担当ウマ娘が結果を出してくれれば、彼女たちを指導するトレーナーの給料も上がる。はじめて担当したウマ娘が紆余曲折を経て凱旋門賞で結果を出してくれたおかげで、彼女が引退したあとも、幾人ものウマ娘たちと縁ができた。彼女たちの能力を真に引き出せていたかはわからない。けれど、彼女らがあらたな道を選ぶとき、満足気に笑ってくれたことだけは、たしかなことだった。
「もしかしてそれ……お給料3ヶ月分、ってやつかしら?! きゃー!」
街中で偶然出会ったマルゼンスキーは、いまだ変わることのない美貌はそのままに、華やかに笑う。手にしていたのはジュエリーショップのショッパーだったが、そのジュエリーショップの店前で鉢合わせて、なおかつその店のウリがエンゲージリングだったものだから、中身はもうお察し同様だった。 - 3二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 02:09:54
「あってるけど、どうしてわかったんだろう」
「だって、すっごく緊張した顔してるもの。よそ行きのお洋服も着ているし?」
マルゼンスキーは担当になったことはなかったが、トレセン学園在籍中はその実力からもカリスマ性からも、かなり目立つ生徒だった。引退後も講師としてトレセン学園にて教鞭を執る彼女は仕事仲間のようなもの。
新人だったころから10年も経てば、生徒も入れ替わり、トレーナーも入れ替わり、教師も入れ替わる。
あれから10年。『彼女』が引退してからは5年ほど経過していただろうか。
「一応聞いておくけど、……ロケーションは大丈夫?」
「ロケーション……?」
「だってエンゲージリングを渡すんでしょ? ゲレンデがとけちゃうくらいロマンチックでバッチグーな場所じゃないと!」
「……たとえば?」
「そうねぇ、……あの子なら、やっぱり、エッフェル塔をバックにプロポーズ?」
今の季節、パリに雪は降っていただろうか? トレセン学園通りの街から見上げる空は、まだ冬にはほど遠い。 - 4二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 02:10:44
***
立ち話を終えてマルゼンスキーと別れ、目的地へ歩みを進める。ロマンチックなロケーションについて考えなかったわけではない。また牡蠣の口になっていてもいいように、牡蠣料理がサーブされるディナーに招待して、彼女の年齢とおなじ年だけ寝かせたワインを振る舞って。夜景の見えるレストランもよかったかもしれないし、食事を終えてからイルミネーションに連れていくのも手だったかもしれない。なにせ、この10年、ただひたすらにいそがしく走り回っていたのだ。恋愛のれの字とも縁がなかった。
(それなのに、エンゲージリングなんて)
買ってしまったものはしょうがない。チキンレースどころの話じゃない。トレーナー業をはじめるまではそれなりに恋だの愛だのの経験はあったものの、そんなの遠い昔の話。意中の相手が喜ぶデートプラン♥ だの、心を掴むプレゼント♥ だの、最近の傾向を頭に叩き込んできたけれど、はたしてそんなものが通用するのか。⸺それなりに喜んでくれそうではあるけれど、あくまでそれは、それなりに、だ。 - 5二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 02:11:53
トレセン学園から遠からず近からず、ほどよい距離感の立地に、目的地は存在している。
去年仕立て直したという看板を横目に、インターフォンを押した。トレセン学園入学前の小学生や、編入希望の生徒たちを指導する少人数制の個人塾。その塾長。それがいまの彼女が歩く道だ。
生徒たちもいない時間帯だ。もしかしたらちょっとスリルを探しに出ているかもしれない。そんな心配は杞憂に変わる。
「あァ、アンタか」
「こんにちは、ナカヤマ」
「ん。こんにちは」
べつに久しぶりというわけでもない。マルゼンスキーと同じように、ナカヤマフェスタもまた、元外征ウマ娘の講師としてトレセン学園に招かれることもある。なんなら今朝もグラウンドで会った。ふつうに会話もした。いま見ているウマ娘の話とか、今度『先生』と宝塚に行こうみたいな話とか。諸々。
ナカヤマは勘がいい。今朝とはどうあがいても様子のおかしい元トレーナーを訝しんだようだった。首をかしげると、くせっ毛も揺れる。顔立ちはさすがに大人びてかわいらしい造作から美しさが増していたが、表情のつくりは、当時とさほど変わらない。 - 6二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 02:12:31
あれから10年。
ナカヤマが引退してから5年。
元トレーナーと元担当ウマ娘の関係になってからも、とだえることなく、ゆるやかに交流は続いている。
「茶でも淹れるか」
言外にオフィスに入るよううながすナカヤマの腕を掴む。掴んで、両手の自由が消えたことに気づいた。もう片手にはエンゲージリングが入ったショッパーがあるのだから、動き出すにはナカヤマの腕を離すしかない。
ナカヤマの腕を離して、ショッパーからリングケースを取り出して、開いて、跪いて? ここに来るまでイメージトレーニングをしてきたはずなのに、もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。こちらの動きを待っているのか、ナカヤマは無言だ。待ってくれるようだったから、気を取り直す。
深呼吸。ナカヤマとの出会いを思い出す。まともに乗ったことのないバイクを駆って、波止場でのチキンレース。おそろしく心臓が鳴っていた。
ナカヤマとの3年間は、思えばスリルに満ちていた。心臓がいくつあっても足りなかったのに、よくひとつで持ったものだ。あの濃密な3年+1年にくらべれば、こんな緊張⸺ - 7二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 02:13:02
「ナカヤマ」
「なんだよ」
「……結婚しない?」
リングケースを開くと鎮座しているのはダイヤモンドと、すみれ色のアメジストのリングだ。給料3ヶ月ぶんは伊達じゃない。星のようにきらめくそれをみて、ナカヤマはぱちぱちと瞳をまたたかせる。
それから。
「アンタ、本当に酔狂なヤツだよ」
すみれ色の瞳をほそめて、ナカヤマは微笑む。唇を三日月に形作ったまま、彼女は左手を差し出した。 - 8二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 02:13:30
***
この10年、恋愛のれの字とも縁がなかった。出会いはなくもなかったけれど、ナカヤマと過ごした濃密すぎる時間を越えるような感覚には出会えなかった。
話を聞くに彼女も同じ。
それならば。
「一般的には『オツキアイ』のあとにプロポーズじゃないのかよ」
「一般的には。でも、受け取ったナカヤマが言えたことじゃないと思う」
「それもそうだな」
死線を越えたその先も越えて、縁はふたたび結ばれる。
終
- 9二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 02:15:53
ナカヤマとジョーダンが夏合宿で口シアンホットケーキサンドする話を書こうと思ってたのにジョーダンのエミュが難しくてきづいたらこうなっていました。
トレーナーは♂でも♀でも。だいたい♀トレでゲームしてるので♂トレの口調がわかりません!
告白する前にプロポーズしそうだよね、フェストレ。