- 1二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 22:03:38
- 2二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 22:15:53
こんな記事があったもん
>名門・メジロ牧場の解散が本決まりになったようです。 創始者の北野豊吉さんと和田共弘さんは、“盟友”と言っていいほど固い絆で結ばれていたのは有名な話です。 シンボリ牧場の中興の祖パーソロンは北野さんとの共同購入でパーソロンのG1初勝利は北野さん所有のメジロアサマでした。
【第9回】シンボリとメジロを結ぶサラブレッド | シンボリ牧場・和田容子さん | ホースマン・サロン | 一般社団法人中山馬主協会【第9回】シンボリとメジロを結ぶサラブレッド | シンボリ牧場・和田容子さん | ホースマン・サロン。 1964年、東京オリンピックが開かれた年に輸入されたパーソロンは、現役時代からの共同所有者であった共弘さん、北野さんに日本競馬史に残るあまりにも偉大なプレゼントをします。ひとつはメジロアサマに始ま...ホースマンが語る競馬への想い。nakayama-racehorseowners.or.jp - 3二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 22:26:32
野平騎手(後のルドルフの調教師)とこんなこともやってるもん
この話はウマ娘ルドルフの祖父に要素が反映されてるっぽいもん
>1972年、和田共弘・北野豊吉・藤田正明ら馬主9名の協力を得て「日本ホースメンクラブ」を結成。目標は、馬主が出資した資金を元手に購入した競走馬をヨーロッパの厩舎で管理し、本場の大レース優勝を目指すというものであった。野平はフランスに長期滞在して競走馬の調達を担当。同時に騎手として現地のレースに騎乗した。この遠征において野平は同クラブが所有するビバドンナに騎乗してドーヴィル競馬場で行われたレースを優勝し[1]、日本人騎手として欧州のレース初勝利を挙げた。また、日本から遠征してきたメジロムサシに騎乗して凱旋門賞(19頭中18着)、ワシントンD.C.インターナショナル(9頭中7着)に出走した。
野平祐二 - Wikipediaja.m.wikipedia.org - 4二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 22:33:12
野平さんってこんな凄い人だったんだ
- 5二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 22:37:11
モガミに関しては現役時代から共同購入してフランスで走らせてたもんね
- 6二次元好きの匿名さん22/11/11(金) 23:34:28
ネットだと時代が古いせいか中々資料がないもんね