彼岸花ちさたき概念其の二のニ

  • 1二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 13:41:30
  • 2二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 13:46:34

    通常、一対二であっても、少数派は不利だ。
     それなのにこの人は……。と瀧は思う。

     刀の構え方も非常識だ、そもそも鞘から抜かないのは固からであるが、
    できるだけ片手で持ち、操り半身だけを相手方に向けるような動作である。
     戦国の世ではあったそうだが、それは袖鎧があるために盾として使えるからであって
    何も着ていない場合にはあまり有効でない気がするとよぎるが、それでも
    綺麗に相手を倒している姿は壮麗で、圧巻であった。

    「わたしもやれます」
    そう言いながら、瀧は刀を振るう。近寄る者を打ち取る方式に切り替えて
    クルミに近寄る者を効率的に斬っていく。
    「お、おい、ボクを囮にしてるだろ!」
    「大丈夫です、この距離ならわたしが敵を見逃しません!」
     などと言い、クルミの場所を手を引きながら操作し敵をおびき寄せる。
    「ちょ! ボクを囮に使うな!」
     と抗議するがそれを受け容れる余地は瀧にはなかった。
     クルミの身体を自分の前に据えて、敵の刀を向けさせ、その隙に懐から銃を取り出し
    相手の腹部を撃ち、よろめいた隙に斬り殺していく。

    「いいか? わたしはあの赤色とは違って容赦はしない。近づく者は皆殺しにしてやるからな!」
     ただでさえ鋭い目を尖らせて瀧は警告する。
     紺色の柄が、ギリリと絞られすぐにでも殺せる体勢になる。

     恐れをなした数人が後ろから戦線離脱する。
     しかし、根性があるのか、真正面で対峙している者ら五人程度は逃げる気配はない。

     一対五というのは普通に考えて無理がある。

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 13:48:01

    しかし瀧の頭には千沙の動きが思い起こされてたまらない。
     あんなに強い人がいるんだ、わたしだって――!
     しかし、人を守りながらの撃剣と、そうではない場合とは異なるのは常。
    しかも、後ろは崖で加えて銃弾も飛んでくる挟撃されている場所でもある。

     千沙は投げ飛ばした敵を縛ったり、手当てをしたりして少し合流が遅れる。
    その間は瀧がクルミを守らなければならない。
     ちら、と周囲を見る、どこかに匿える場所はないか?
     あるはずだ、ここは荒れた場所とは言えど、街道脇なのだ。
     何か休憩のための小屋などがあってしかるべきだろう。
     何かないか? 剣を振りながら瀧は観察する。
     だが、クルミは何かを見つけたようで、そちらへ駆け出す。クルミの
    行く先を眼で追う。
     ああ! やはり雨風を凌ぐ小屋があったか!
    「クルミ先生! そこに隠れていてください!」
     瀧の絶叫に近い声にクルミは慌てて頷いたようでまずは安堵した。
     守るべき者がもはやいない。誰もあの小屋に近づけることさえなければ
    全てが問題ないのだから。

    「瀧! ごめん待たせて! あれ、クルミせんせーは?」
     ようやく数人を捕縛し瀧の隣に馳せ参じる。
     囲まれた者の隣に立つにはどうやってもまた追加で数人倒さなければならないのだが
    瀧にそこまで気を回す余裕はなかった。
    「あっちに避難してもらいました。ここはわたしたちが食い止めましょう!」
    「おうよ! お前ら! 瀧はマジで怖いからな~命が惜しかったら早く逃げたほうがいいよ、なっ?」
     なおもまた敵に退却を求める千沙。
     しかし、言われたぐらいで引くような者もおらず。

  • 4二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 13:48:49

    このレスは削除されています

  • 5二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 13:51:33

    哀れクソ回線…

  • 6二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 13:52:10

    おバカ…おバカ…!さっさと画像貼らないから…!

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 13:53:44

    //あーやべ、めしぬまがスレ画になっちまってウケる

    クソ回線はマジ

    >>3

    「お主らこそこの人数に恐れをなして逃げるがいいわ!」

    と威勢よく叫ぶ者もある。

    確かに、六、七人と二人とではどう考えても後者は不利だ。

    さっき倒したが、また次々とどこからか追加でやってくるのも頂けない。

    「貴様らは朝敵ぞ!」

     などと相手は好き勝手言ってくる。朝敵ねえ……と千沙は苦々しく思う。

     これには流石の瀧も片頬が歪む。彼岸花に向かって朝敵はないだろう。

    お前らわたしたちの源流知らんやろ、と思わず突っ込みたくはなるが

    説明してはいけないし、しても理解はできないだろうと二人は同時に諦める。


    「まあ討幕派のみんなは天子様の味方……っちゅう理屈だね? まあ分からなくはないけど」

    と千沙は笑い、それでも構えを解かない。


    「絶対、殺してやる」

     瀧は最早、目標は護衛ではなく彼らの殺害に傾いているがそれは通常。


     たった二人に、五人以上の人間が恐れることはあろうか? とは思うものの

    この五人もただの無謀な破落戸にあらざれば、下手に動いた瞬間に

    自分の首を失うことになると本能でわかる。


    強い者というのは、単に腕が立つだけではなく、自分より強い者とは戦いを控える

    ということもその条件にあろう。

  • 8二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 14:01:42

    >>7

    彼らも本心では最早この二人と戦うことは避けるべきと思ってはいるが……。

    どうだろうか? ここで引き下がることは出来るだろうか?

    否、できない。それは職務であるからか、それとも信念たるべきか、

    千沙と瀧には測ることはできない。

    瀧は彼らを逃がすことは毛頭なく、千沙はもし彼らが逃げてくれるのなら

    これ以上の深追いをやめる心算ではいた。

    二人とも異なるが、共通することは一つ。

    これ以上、敵をクルミに近づけてはならないという固い決意である。

    「瀧、まだ銃弾ある?」

    「……弾倉を換えればすぐに撃てます」

     こそっと隣に立つ者同士、小声で伝え合う。

     これだけで、二人はすべきことが共有された。

     千沙は瀧を守るように前に立ちなおし、瀧を後ろにずらす。

     斯くしてごく自然に前衛と後衛、分担される。

    「よし、私が相手だ!」

     千沙はなおも鞘を抜かない。それを刺客たちは訝ったり、はたまた舐めた表情をしたりと十人十色。

     刀を片手で持ち、半身を向ける。あまり見たことのない構えに男たちは一瞬ざわつく。

     大体の場合は正眼か八双。しかし、これは対応したこともない。不安も募る。

     その顔色を読み取ったのか、千沙は唇をはっきりと動かし放つ。

    「もう一度だけ言うよ、投降せられよ。今追っている者を諦めて田舎に帰れ。

    さすれば命までは取らぬ。後ろに控える者にもそのように命じよう」

     凛、とした宣言と命令。

     思わず瀧は発言者の――千沙に目の焦点を当てる。

     乱雑に切られたように見える髪が爛爛と光っているように見える。

    五尺と少しの身体に関わらず気迫が彼女を覆い、実際よりも強く、

    また近寄りがたく感ぜしむ。


    「……そうか、瀧。やっていいよ」

     瀧の銃声が、戦闘開始を告げる

  • 9二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 14:04:14

    >>8

     遠くにいる相手には、両端に錘のついた紐を相手方の脚に投げて転ばせ、頸部などを殴打し昏倒させる。

    近くの相手には振るわれる刀を潜り避け、懐まで潜り込んで、柄頭で胸部やみぞおちを殴打。

    体制を崩させてその隙に武器を奪う。これが千沙の一連の流れだ。

     

     武器を奪ったあとは、腕を縄で拘束する。

     瀧はその場から逃げようとする者を撃っていく。背中を見せた者を撃ち倒す

    ことは瀧にとって造作もないことだ。

     すべての刺客が地面に倒れ、腕を拘束されるまでに掛った時間など大したものではなかった。

    「瀧、そうだ、クルミせんせーをお願いね」

     千沙はその場から瀧を離した。物置小屋に逃げたクルミを保護しに行けとのことなのだ。

     しかし、本当の目的はもう一つあった。


      人の集団というものは、一人が徹底的に痛めつけられていると、恐れをなすという

    習性があるようだ。千沙の得意とするやり方はそれだった。

    「さて、皆さん」

     と千沙は拘束された者のうち、一番体格がよく腕の立ちそうな者を選び、

     鞘で顔を殴打する。ガンッ!! という酷い音がして額が割れ、血が流れる。

     顔を歪めて千沙を見上げるがその瞬間に鋭い蹴りが吸い込まれるように鼻に入る。

     鼻が削がれるような衝撃が彼に入っり真っ黒な血がドロドロと土に染みこむ。

     悲鳴すら上げられない。鼻に滲みるからだ。

    「私は殺しはしない。でも、話は聞くよ?」

     話を聞く、それがどういう意味なのかをここにいる全員に周知する。

    「誰からの命令? 答えて」

  • 10二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 14:04:34

    >>9

     何度も何度もさっきの男に刀を振るう。しかし鞘付きのまま。もはや一刀のもとに

    露となったほうが楽だろうと察せられるぐらい、顔が、襟が、血で染まる。

     最初こそ、仲間が傷つけられていくことに抗議と怨嗟の声を挙げていた者たちも

    次第に静かに息を潜めてそれを傍観するほかなかった。

     もし、目をつけられたら次にされるのは自分だ――。という恐怖心を駆り立てるのには

    千沙のやり方は十分だった。

  • 11二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 15:13:42

    のっとり画像のレス削除したら戻るよ

  • 12二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 19:20:44
  • 13二次元好きの匿名さん22/11/12(土) 23:06:11

    >>12

    何度見てもかっこいい

  • 14二次元好きの匿名さん22/11/13(日) 02:21:00

    わかる

  • 15二次元好きの匿名さん22/11/13(日) 11:57:08

    >>10

    「わぁぁぁぁぁ!」

     悲鳴が上がる。千沙と瀧がそちらに目をやると、クルミが悲鳴を上げながら

    小屋から逃げていくのが見える。そしてそれを追う何者かがいることも。

    「まだ何人かいたのかよ! 瀧、行くよ!」

    「はい!」

     もはや、彼らを尋問する優先順位は低い。クルミを助ける方が先決だ。

     脱兎のごとく駆け出すクルミ。意外とその足は速く、編み笠を深く被った追っ手と

    千沙、瀧をぐんぐん離していく。

     雑木林を駆けていくのは非常に骨が折れるもので、彼岸花の二人ですら

    足元がとられる。運動に優れない医者が逃げ続けるのはやはり至難の業であるようだ。

     しかも、逃げる先は人気のない場所をわざわざ選ぶ。

     それは次第に暗い場所となり視界が悪くなっていくことを意味する。

     いくらクルミが目立つような服や髪、荷物を持っていても追うことが難しい。

    ――いっそこのまま逃げ切ってもらいたいと千沙は考えていたが、追っ手も執念深い。


     二十間(四十メートルほど)ほど離され、目で追うことも難しい。

     伸び放題の笹やその他の枝葉が二人の行く手を阻む。

     

     その先は――。

     千沙の視力で以てその先の地面を見る。崖じゃないか!

     それでもなお、クルミは走るのを止めず、そちらに向かって――。

  • 16二次元好きの匿名さん22/11/13(日) 19:36:44

    >>15

    ああ無情、その寸前で追っ手に止められ、引き倒される。

     そして刀の柄に手が掛かる。

    「やめろぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」

     千沙の叫びは届かない。

     瀧の放った銃弾も、その者には届かぬ。

     うつ伏せに倒れた彼女の首に白い刃が落ちた。

     ドロ、と血が流れるように見えた。少なくとも千沙と瀧からは。


     そして、その身体は崖の上から蹴り捨てられ、追っ手は、クルミの首を刎ねた者は

    その首を風呂敷に包む。

     

     そして千沙と瀧には目もくれず、脇の方を走って消えた。

     瀧は胸に納めた銃を乱雑に抜いて逃げる彼らを撃つが、ただ虚空に吸い込まれていくだけだった。


     捕縛した全員の所に戻る。

     千沙と瀧は哀しい表情をしていた。瀧は任務を失敗したことを悔やんでいる。

     千沙は、守れなかったことを嘆いている。

     帰り道に隣にいる千沙の口から嗚咽が漏れているのを瀧は耳にした。

     しかし、なにも掛けてやる言葉はなかった。というより思いつかなかったのだ。

    「……千沙さん。彼らをまたあの……生け捕りで送致するんですよね」

    「う、うん……」

    「それがおわったら、その……亡骸を探しに行きますか。明日になるとは思いますが」

     崖がら蹴り落されたクルミの死体を探しに行こうと瀧は提案した。

     千沙はそれでも気が済まないとは思いながらも。

     そして、菩提を弔うことにしよう。千沙はそれで任務に支障が出ないようになってくれるとよいが、

    などと瀧は考えている。

    「あり、がとうね。瀧。そうするよ」

     千沙は袖を濃い色に染めながらも前を向いて歩いた。

  • 17二次元好きの匿名さん22/11/13(日) 23:39:58

    >>16

    「お前ら、必死で守ってたくせに守れなかったようだな」

     縛られたままの刺客が千沙を見上げながら罵倒する。

     千沙は表情を変えない。

    「首、見せてもらったぜ、間抜けだなお前ら」

     あくまで千沙を侮辱するのを止めない。

     樽が来るまで二人はここで待っている。その間絶えず彼らは

    千沙と瀧の失態を詰り続ける。


    「――瀧、やめて」

     瀧が刀の柄に手をやろうとしていることを見抜き事前に抑える。

     表情が殆ど抜けた千沙には、反抗しようとすると寒い物が背中を走るような気がして

    瀧は従う他なかった。


     漸く回収される段階に来ても、猿轡をつけられるその瞬間まで

    瀧と千沙を口汚く罵っていた。

     千沙がいなければ、彼らは全て首を刎ねられていただろう。

     ともかくも、この任務は失敗に終わった。

  • 18二次元好きの匿名さん22/11/13(日) 23:40:16

    >>17

    「……どう報告しましょうか」

     殺害されたことを報告しなければならない。あの依頼人、実際は偽物だったわけだが

    一応形式的には伺いに来るのだ。それに、店長にも報告は必要だ。

     瀧は思案している。

     帰り道は日が傾き始めていて、二人を赤く照らす。その赤を煮詰めた服を纏える千沙は

    俯きながらとぼとぼと力なく歩くだけ。

     瀧はそれを少し意外そうに眺める。油断すると千沙を置いていきそうで、

    出来るだけゆっくり歩こうと配慮している。


    「嘘はついちゃだめだよね」

     人道的な道徳ではなく、彼岸花としての習い。失敗は失敗として、成功は成功として

    伝達しなければ作戦や戦術に支障を来たす。それがために厳しくそれはしつけられる。

    「……天狗様の所為にしようとしていたあなたが何を言っているんですか。それに……」

     彼らは偽物で、クルミの命を狙っていた者の一味なんですから、嘘がバレてますよ。

    という言葉を続けるには忍びなかった。

     千沙はどう考えても人を殺させてしまったこと自体を悔いているからだ。

     瀧も任務に失敗したことは慙愧の念に堪えないが、ここまでの落胆はなかった。

     瀧は千沙を難儀な人だと結論付けている。不殺を貫いた結果、依頼人を殺している。


     まったく意味不明な結末に至った。どやしつけてもいいはずなのに、とりあえず待つことにはした。

    直接の理由としては千沙は瀧より強いこと。あまりにも悲嘆しているところを叱ると

    どう反撃されるか分からないこと、

    それに――

    千沙自身が一番悔しそうな表情をしていることに尽きた。

  • 19二次元好きの匿名さん22/11/14(月) 00:55:43

    まってました!

  • 20二次元好きの匿名さん22/11/14(月) 07:44:30

    保守ゥ

  • 21二次元好きの匿名さん22/11/14(月) 12:40:20

    続けー

  • 22二次元好きの匿名さん22/11/14(月) 17:43:02

    不穏……

  • 23二次元好きの匿名さん22/11/15(火) 00:02:03

    ほす

  • 24二次元好きの匿名さん22/11/15(火) 00:34:12

    >>18

    「千沙さん、ちょっと」

     とぼとぼ力なく歩いている千沙を止める。二人の居る場所は、草深い獣道といっても差し支えない道だ。

     整備された街道を歩くと、また刺客らに狙われることがあるだろうし咄嗟に斬り殺すと

    無関係な通行人に見つかるかもしれない。

     そういうわけで、提灯を広げて辺りを窺いながら獣道を選ぶ。

     その二人の数間前にいる何者か。

    「誰そ?」

     千沙もそちらに目を凝らす。草木に囲われたそこは人の輪郭を浮き上がらせるのには

    少しばかり不十分な灯りしかない。しかし、人が、編み笠を被った影が立っていることはわかる。

    逆に言えばそれしかわからないのだが。

     千沙は瀧の前にすっと、瀧を隠すように立った。

    「お前、あの時の奴だな」

     瀧には捉えらない誰かを、千沙は把握したのだ。

     先ほどまで泣きじゃくっていた者とは思えない変わり振り。

     袖を涙で濡らしていた小僧では、もうない。

     瀧も、「あの時の」という言葉に反応してハッとし、懐から銃を取り出し、撃鉄を起こす。

     カチャリ。という冷たい音が周囲の空気を張り詰めさせる。

    「まだ何か用か!」

     千沙が吼える。

    「クルミ先生を殺しておいて何かまだ用なのか!!」

    「ちょ、ちょっと千沙さん!」

     千沙は脱兎のごとく、その者の懐に飛び込む。不殺を誓った者の動きとは思えぬ。

     瀧ですら鳥肌を立たせるようなその咆哮、雰囲気。

     地面をうねる蔦や、落ち葉などないかのように直線を切ってその陰に近づく。

     が、それすら瞬時に萎えさせるなにかが起きる。

     ぎゃあああああ! という千沙の、叫び声には違いはないが、今度は恐怖にまみれたものだ。

    「……うそでしょ?」

     瀧もそう零すしかない。

     クルミが、陰から出てきたのだ。勿論首付きで

  • 25二次元好きの匿名さん22/11/15(火) 07:33:41

    一応保守

  • 26二次元好きの匿名さん22/11/15(火) 12:19:20

    保守

  • 27二次元好きの匿名さん22/11/15(火) 21:38:56

    >>24

    そして編み笠の人物がその目深に被っていたものを取り去る。

    「げ……ミズキぃぃぃ?」

    瀧はその人のことを知らない。ただ、千沙の反応を見るに、

    知り合いなのだろうかとは思ってはいるが……。瀧は取り敢えず、拳銃を懐にさっと仕舞った。


    「そもそも、これ全部嘘でな」

     クルミは奢ってもらった飯をぱくぱくとうまそうに食う。

     四人は、豪華な旅籠に泊まり明日一番に帰ることにしたのだが、

    クルミのよく食うこと、ミズキのよく飲むことに瀧は辟易した。

    一度死んだと思っていた者が目の前で生を謳歌しているし

    刺客と思った者が実は千沙の知人で徳利を何本も空けて泥酔している。


    「まず、一番最初にリコリコに依頼したのはボクだ。命を狙われているのはわかってたからな」

    「そう! このガキ、いきなりポン!っと小判の塊出したからね、請けない訳ないでしょ」

     ミズキはお猪口に注ぐのも面倒になったようで、そのままグビグビ酒を口に注いでいる。

    「そのあとにそのお婆さんたちが来たってわけか……」

     自分たちがいない間に来ていたということで、知らないのは当然だ。

     千沙はなるほど、といいながら煮物を口に運ぶ。

    「そう、で、もう二度と狙われないためには、死んだことにすればいいということに気づいたってわけよ」

  • 28二次元好きの匿名さん22/11/15(火) 21:41:02

    >>27

    「でも、どうやってやったんです?」

     瀧がずっと考えていたことにとうとう言及されるので、思わず身を乗り出す。

     いくら暗い道に走り逃げたとは言っても血が噴き出すのは見たのだ。

    「似てる子供の死体を使った。ごめんだけどね、でその首をクルミの頭に載せてもらって……」

     クルミの着ている羽織の襟を掴んでクルミの頭頂部まで被せる。この上に人間の生首を固定したのか。

    「血はどうしたんですか?」

    「ふふ、これだよこれ」

     クルミが取り出したのは瀧にとっては初めて見るもの。びよんびよん伸びる袋のようなものだ。

    「これはゴムというもので、空気で膨らむ。このなかに血を入れて空気を入れた後に針で突くと血が噴き出る。細かい管も使ったけどな」

    「……なる……ほど。何でできているんですかこれは」

    「木の液体だ。柔らかい松脂と言えば近いかもしれないな」

     瀧はゴムが珍しいのか、クルミから受け取ってびよーんと伸ばしたり縮めたりと遊ぶ。


    「私が一番最初に追いついてクルミの首を刎ねなきゃいけなかったから大変だったのよー! 他の追っ手にも見せなきゃいけなかったし」

     ミズキは天を仰いで誇る。確かに、しっかりと追っ手らに見せなければならない。彼女が死んだところを。

  • 29二次元好きの匿名さん22/11/16(水) 00:28:21

    ついにミズキ来たか!

  • 30二次元好きの匿名さん22/11/16(水) 07:46:06

    ミズキは漢字ではないかな?

  • 31二次元好きの匿名さん22/11/16(水) 12:46:01

    保守っとくか

  • 32二次元好きの匿名さん22/11/16(水) 22:39:44

    保守

  • 33二次元好きの匿名さん22/11/16(水) 23:02:48

    >>28

    「でもさぁ、身体はクルミ先生のなんでしょ? 崖から落ちたよね、大丈夫なの」

     千沙はなおもお吸い物を啜り、クルミの全身を眺める。勿論、さっき着ていた

    服とは違うけれど、痛々しく血が滲んでいたりも、怪我した様子もない。

     背負っていて、今は隣に置いてある箱も壊れた気配もない。


    「それね、あの崖下に網を張っててね、そこに飛び込んだんだよコイツ」

     ミズキはクルミを「コイツ」呼ばわりして頭をグリグリとげんこつで圧す。

    「え、じゃあ崖に飛び込んだのも計算?」

     千沙も調子に乗ってクルミの頭をわしゃわしゃと掻きまわす。

     「先生」と一応呼んでいるが敬意も欠片も見られない。


    「……最初からわたしたちは騙されていたということですか」

     瀧は人知れずため息を吐く。

     いや、彼岸花はそういう駒として使われるのは常だ。

    落胆するようなことではない。しかし、今回は十人以上の

    人間に殺されるかと肝を冷やしたのだ。それがすべて策略の上だったというのは

    少し居心地が悪い。

     いや……このミズキと言う人はわたしよりも、千沙と付き合いが長いのだ、

    絶対に負けないという信頼があったのだろう。

     そしてそれに応えた……。瀧はそう結論付ける。強さを信頼されていて、

    それを基にして作戦が立てられるなんて、名誉なことだと。


     今朝の打ち込みだって、瀧の全力は千沙にとっては児戯。

     自分もこんな風に信頼されるような日が来るのかと思うと

    目の前に出された豪勢な食事も全て砂のような味となってしまう。

     

     これでは本丸には帰れない

  • 34二次元好きの匿名さん22/11/17(木) 07:45:42

    保守しておく

  • 35二次元好きの匿名さん22/11/17(木) 12:15:16

    保守マン

  • 36二次元好きの匿名さん22/11/17(木) 21:10:07

    保守

  • 37二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 00:02:02

    >>33

    「じゃ! ボクは押し入れに隠れて寝るから!」

    旅籠では下女が布団を敷いてくれるが、クルミは敷かれた布団を

    押入れの中に戻して横たわる。まったく、小動物の類ですかねと

    瀧は頭の中で思う。まあ、まだ追われている身。

    警戒しすぎて損することもないだろう。


    千沙は……。

    「千沙さんはお酒飲まれてないんですね」

    「まあね、一応、護衛だからさ」

     ミズキは布団をかけてもらって高いびき。クルミは押し入れで睡眠。

    八畳ほどの部屋に瀧と千沙だけが覚醒して座っている。

     部屋の入り口の方には千沙が、窓の方には瀧がそれぞれ刀と銃とを抱えて

    胡坐をかく。

     窓の外には仄かに欠けた満月がぽかりと浮かび、その周囲には

    星が散らばっていて、部屋の隅まで照らす。遠くで何か鳥がホーホーと鳴くだけで

    後は静かなものだ。ミズキの酒臭い寝息だけがうるさい。


    「……その、よかったですね、死んでなくて」

    「あ、そうだね……。恥ずかしいところ見られちゃったね」

     あの時の悲嘆の暮れようといったらなかった。本当に彼岸花なのか、人殺しすら

    見たことのない生娘のような反応だった。

     千沙もそれは自覚しているのか、すこし俯いてしまう。

    「いいんです。意外だったってだけなので」

  • 38二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 00:02:14

    >>37

     一人で何人も御したのは事実だし、最後まで刀を抜かなかった。

     強いことには間違いはない。そこまで上達するには

    何人か殺していなければ到底達することはできないはずだと瀧は信じている。

    何かのきっかけで不殺を貫くようになったけれど、それ以前はきっと

    何百では足りない数を誅殺していると考えていただけに、あの反応は意外過ぎたのだ。


    「まあ……ね、何年経っても殺人は慣れないよ」

     とだけ言って話題を打ち切った。これ以上何も言ってくれるな、という雰囲気は感じられた。

     月の光は千沙には届かない。瀧の背中に遮られているからか。

    「瀧は平気なんでしょ?」

    「勿論、彼岸花ですから」

    「そっか……。私が変なだけだからさ。それだけよ」

     そして今度こそ話は終わった。

  • 39二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 07:40:33

    ほしゅ

  • 40二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 12:24:04

    何話までかな

  • 41二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 22:38:23

    ほしゅれる

  • 42二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 03:02:45

    明日かな

  • 43二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 10:17:08

    あげ

  • 44二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 19:45:15

    >>38

    「ったく、江戸に入るんだからちゃんともっと隠れてなさいよ!!」

     ミズキは箱の中に隠れるクルミをどやしつける。

     さっきからクルミが中でガタガタと音を立てているので、バレそうなのである。

     クルミがいつも背負っている箱と、それから偽装用のもうひと箱を用意して江戸に入る。

    その時に荷物改めがなされることを用心しているのだ。

     いつも背負っている方の箱には幸い、薬や医書、その他の器具が詰まっているので

    もう片方も同じだと言って誤魔化すつもりなのだ。

     いつものやつは瀧が、そしてクルミ入りのものは体格的に勝るミズキが背負っているのだが……。

    「うるせえ、もっと身体を上下させないで移動できねえのかよ!」

     とまあ、箱の中で苦情を言い立てる。

    「私は彼岸花じゃないの! そんな化け物体力あるわけねーだろ!」

     負けじと言い返すが、そろそろ人も多くなってくる頃合いに、人にきかれるべきでない

    事柄をまあべらべらと……。

     街道は行き交う人でほぼ満杯だ。通りでは人を寄せるための屋台がいい香りを出して

    少しでも足を止めようとしている。

    「二人とも静かにできないもんですかね……」

    「まあ、できないかもねえ……」

     溜息をつく瀧に苦笑いの千沙。さて、もう少しで門の下に辿り着くが……。

     予想していたような改めもなく、すっと通ることが出来た。四人は(特に箱の中のクルミは)

    ほっと胸をなでおろして帰るべき場所に帰る。

     幸か不幸か、一人も客はいなかった。


    「で、クルミ先生はこれからどうするんですか?」

     奥の座敷にクルミを上げると、箱の中から出てきて体が痛むのか、畳の上でうんと伸びをする。

     そして我が家の如くごろごろと転がっている。その異様にくつろいだ姿が見た目と中身の差を強調させてきて

    瀧は戸惑ってしまっていた。

    「ここに少しの間いることにする、どこに逃げても危険だから最強の護衛と一緒にいたほうがいいだろって千沙が言うからな。ま、少し手伝いぐらいするさ」

     さっそく箱から取り出した本を読みながら返事をしている。

     ……そうですか、と瀧は返す。この神経の太さならいい戦士になれるだろうな、ともふと思った。

  • 45二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 22:37:51

    >>44

    「……あの、一生懸命方々を探したんですが……その……」

     約束の日、例の老夫婦がやってきて進捗を聞いてきた。

     千沙と瀧は何も知らない風を装うことに決めた。その時ばかりは

    やかましい千沙でさえ、真剣な表情をして頷いた。

     約束の日、約束の時間は念のためにクルミを二階に置き、静かにさせ

    ミズキを控えさせた……が、当人曰く戦闘専門ではないそうだった。

    まあ誰もいないよりはいいだろうということで置いておく。


    「ええ……すみません。あの、こちらなんですが、どの時刻にどの周辺を探して

    聞き込みをしたかの報告書でございます」

     千沙は神妙な面持ちで数葉の紙を手渡す。一日ごとに分かれた文書で、

    枠が予め刷られていて、そこに詳細に探した場所と時間が書かれている。誰に訊きこみをしたかすら漏らさず。

     そんなもの作ってたんだ……と瀧は驚く。ちらっと見たが、

    確かにその通りだと言えるほど詳細である。ただぼけらっと歩き回っていた

    訳ではなかったのだ。

    「これはご丁寧に……ありがとうございます」

     老夫婦は去って行く。最後まで丁寧な姿勢を彼らは崩さなかった。

    こちらにすべて把握されているとは知らないまま。

    ――

    月のみが明るい夜というものは異様に寂しくなるものだ。

    しかし瀧はその寂しさを感じたことはない。

    闇夜に融けてしまいそうな長い黒髪を後ろで一つにくくり、

    靡かせながら歩く。誰一人歩いていないそんな夜にどこへ行こうというのか?

    莉紅麗可から少し歩いた場所、一つの料理屋である。

    宿も兼ねているそこは、二階に人を泊まらせているのだが、

    外の看板にはそういったことは書いていない。


    しかし、瀧は知っている。

    ここに、昼にやってきた老夫婦、否、討幕派の一味がいることを。

  • 46二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 22:47:58

    >>45

    昼間、夫婦を装った二人が店から出ていくのをそっと瀧は追跡していって

    ここに入るのを見たのである。


    そして、今、二階へつながる窓に手を掛けている。

    ここにいる者を生かしておくと治安が乱れる。と瀧は直観している。

    深窓の令嬢のような形をしながら腕の力は強く、

    屋根の縁を掴んで身体を引き上げるのは容易であった。


    す、と薄く開ける。太平楽に眠っている姿が確認できる。

    先ほどの老夫婦と、あとは適当な男が二人。こいつらも仲間か。

    まずは、老夫婦二人から殺そう。自分たちの顔を見られていのだ、生かしては置けない。

    そこから、二人の喉を刺して殺せばいい。と頭の中で組み立てる。

    団子一串食うよりも速いだろう。


    いざ!


    と言うときに頭にコツンと何かか当たる。

    警戒心を最大限に上げてそちらを振り返る――!


    「……千沙……さん」

  • 47二次元好きの匿名さん22/11/20(日) 08:30:37

    保守

  • 48二次元好きの匿名さん22/11/20(日) 16:30:39

    保守なのだ

  • 49二次元好きの匿名さん22/11/20(日) 22:22:25

    >>46

    「なにしてんの、こんな夜更けに」

     屋根を見上げる千沙は、問いかけている風を出しているが、最早その答えは知っているはずだ。

    「……何って、分かりませんか」

    「悪戯はよくないぞ」

     腕白坊主を叱るような台詞だけれど、その声は冷たい。

    「このままだとあいつらはまた治安を乱します。だから――」

    「わかるよ、ちょっと待ってね」

     瀧は目を見張った。

     千沙はちょっと屈伸してその場で飛んで、屋根に手を掛けたと思えばそのまま瀧の隣に音もなく立った。

    「遠すぎると声が大きくなるからね」

     なんでもないような様子で瀧の隣まで歩いてしゃがむ。

     瀧ですら少し力を籠めなければよじ登れなかった屋根に殆ど一発の跳躍で辿り着く千沙。

    一挙手一投足ごとに格の違いを見せつけられているようで、瀧の心は痛む。

    「……千沙さんは見逃したいんですよね」

    「違うよ、頼まれてないことはしないの。今回のは頼まれてないよね?」

    「みすみす見逃せって言うんですか?」

    「際限なくなるでしょ?」

    「そうですけど、患部を見つけたら処置すべきですよね」

    「……この人たちを殺したらクルミ先生が生きてるってバレるよね」

     そう。クルミ探しの失敗を受け取った直後に殺されれば、彼らの仲間に疑念が生じるだろう。

    細かな報告書はクルミの行方不明、死亡を確信させるための準備だったのに。

    「……」

     クルミなんか生かす必要はない、とか相場の三倍以上をポンと支払えるだけの財力と

    集金の能力が味方についたということ、様々を勘案してしまい結論が出なくなる。


    「……千沙さんの所為ですからね」

     活動資金の方を取った。瀧はため息をついて屋根から降りて千沙を見上げる。

    月光を背に千沙のキラキラとした髪が風に揺蕩う姿が妙に神々しく見えた。

  • 50二次元好きの匿名さん22/11/21(月) 07:43:17

    続く?

  • 51二次元好きの匿名さん22/11/21(月) 12:19:33

    わからん

  • 52二次元好きの匿名さん22/11/21(月) 22:05:12

    保守

  • 53二次元好きの匿名さん22/11/21(月) 22:31:06

    >>49

    「こら! デコ助! 押入れに籠ってないで仕事しろやぁぁ」

     朝、ミズキが二階の押入れを無理やり開けようとしている。

     体格に劣るクルミが中で必死に頑張って戸を閉じているようで、中々無理があろう。

    その証拠に襖がガタピシとあまりよろしくない音が立つ。

    「いや! ボクは夜行性なんだ! 夜に働くから勘弁してくれ」

    「夜はもう店閉まってんのよ!!」

    「急患だって来るだろ!!」

     

    「攻防してるね」

    「そうですね」

     部屋の入口に凭れて、その二人の小競り合いを一方は楽しそうに、一方は冷ややかに見つめている。

    千沙は、瀧に背を向けて二人を囃し立てる。主にクルミを応援しているようだ。

    まったく、騒がしいのでやる気のない人は働かなくてもよろしい、と瀧は踵を返そうとしたが、

    まてよ、今なら……。

     瀧の懐にはこの間クルミから分けてもらったゴム管がある。長い管の両端を結んで輪にする。

     二人のじゃれあいに夢中になっている間ならもしかして……と期待を込めて左手の親指に輪の一方をかけて

    右手で引き絞る。

     瀧の主要武器は刀と銃だが勿論、彼岸花だ。弓もできる。そう、これは矢のない弓だ。

    「えい」

     小さな声とともにゴムの輪は千沙の後頭部目掛けて飛び――。

    「あ、そうそう瀧――」

     目標に辿り着く寸前に千沙は振り返り、輪は見事ミズキの形の良い額へ吸い込まれるように当たり、

    景気の良い音を立ててまた宙を舞った。


    「あ……」


    第二話おわり

  • 54二次元好きの匿名さん22/11/22(火) 07:39:22

    次回予告も書くか

  • 55二次元好きの匿名さん22/11/22(火) 12:38:13

    どっちか死にそう

  • 56二次元好きの匿名さん22/11/22(火) 19:00:33

    両方もあり得る。
    明治新政府に皆殺しとか

  • 57二次元好きの匿名さん22/11/22(火) 23:50:28

    >>53

    「そうだ、瀧。千沙に代って引札を書かなければならないのだが……」

    「なるほど店長、千沙っぽく書くのですか」

    「そうなんだ、ええっと『みなさんこんにちは……』」

    「引札には別に挨拶は要らないのでは?」


    「なるほど、では……『新商品の完成御報せ仕度』……」

    「千沙はそんなにきれいな候文書かないですよね……?」

    「……たしかにな。『美味しいお菓子ができましたので是非いらしてくださいマセ……』」

    「まあ、それなら……。後は絵ですね、絵はクルミが得意なので描いてもらいましょう」


    「あ! なにやってんの先生と瀧! こそこそしてー!」

    「いえ、千沙の御贔屓筋に新製品のお知らせを書いているんですが」

    「それなら私に言えよな~」

    「いいました。『あとでやる~』って言ってもう三日は経ってるので私たちがやってるんですよ」


    「あは……ごめん」

    「代わりに次回予告してくださいね、千沙」

    「はい、彼岸花第三話、死生契闊!」


    「ところで、瀧、私のことバカだって思ってない?」

    「違うんですか?」

    「むぅ……」

  • 58二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 07:03:20

    続く!

  • 59二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 09:47:27

    >>57

    「矢文……?」

     瀧は首を傾げる。人の多い街の中にある商店の壁に矢文を放ってくるというのは不自然だ。

     外の壁に刺さったそれを不審がりながら取る。

     飛んできた方向を推察するに、火の見櫓の方か……。

     

     昼営業も終わり、客足のひと段落したころであった。

    幸い誰にもその矢文は見られていないが……。まあ不用心ではある。

    すぐさまそれを回収し、宛名を見る。

    赤字で「千」とだけ書かれているそれは、赤袖の千沙宛だとわかる。

    で、その宛先といえば……。


    「もう食べられないよぉ……にゃむにゃむ」

     奥の座卓で昼休憩をしていたと思えばすっかり寝入っている。

     机で突っ伏しながら寝言を言うだなんて……こちらもまた不用心である。

    江戸は京に比べて本当に治安が良く、殆どやることもないからこんなに

    気が抜けているのだと瀧はため息を吐く。


    瀧の手には矢じりがしっかりとくっ付けられた矢がある。

    ……これ、投げたら今なら当たるんじゃないですか?

    いや、危ない。万一刺さったりでもしたら……。


    「千沙さん、起きてくださいよ?」

    数歩離れた場所で警告する。これで起きなかったら投げてやろう。

    瀧の言葉には反応せず、そのまますやすやと寝入っている。

    ほんの少しだけ、という仮眠というのには長い。

    ――お仕置きですね。

    矢羽根のついた方で千沙の後頭部をペシンと叩いた。

  • 60二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 16:20:17

    保守り

  • 61二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 01:56:23

    >>59

    「に゛ゃっ゛」

     猫を踏んだような声を出して千沙は目を覚ます。

     よだれがつつつ……と袖に垂れていくのを瀧はしらぁ……とした目で追う。 

    「千沙さん、営業中ですよ? あとこれ」

    「あわ……ありがと、瀧」

     眠そうな目を擦りながら手紙をバラしていく。


     彼岸花に宛てられた手紙は普通の季節の挨拶や伺い状、注文書と内容はだいたい同じようなもので、

    いつになんという商品をいくつ何処へ送ってくれ給えというような文が書かれている。

    しかしながら、その商品の名前が指令の中身――多くの場合殺害命令であり、送り先が対象者である。

    読み解けないような暗号文字で綴るより、誰にでも読める文章で、意味を隠す方がよいとの判断である。


    しかしながら、千沙はそれを見ながらうーんと困ったような顔をしている。

    そして折りたたんで懐に仕舞って立ち上がり、厨房に入ってしまった。

     なんだったんだろう、と瀧は気にしたが、上司である千沙にあまり問い詰めるのもよくないと思い

    自重した。いや、先ほど矢で頭を叩いたのはどうなのだろうか?


    「よぉぉっし! みんな! 今日はオイチョカブだぁぁぁ」

     夜になり、閉店をすると常連たちが花札を取り出して……賭け事ではない何かを興じる。

    賭け事ではない。断じて。それは同心がいることから明らか。

    彼らはつま楊枝を景品にしているが、それが後ほど何かと交換されるということも……ないとされている。

    もし賭け事をしていたら普通にあっさり死罪もあり得る。

    それなのに、一番身を隠さなければならないクルミが率先しているのだからこの世は分からない。

  • 62二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 01:56:37

    >>61

    「瀧も混ざろうよ~」

    千沙は瀧に後ろから縋るが瀧はにべもなく断る。

    「嫌です、それは犯罪ですよ? それに……復帰に関係があるとは思えません」

    「……戻れなくても楽しいよ?」

    「遠慮いたします。明日も早いのでこれで失礼します」

     瀧はここから少し離れた場所に住んでいる。

    彼岸花たちは密集して住まない、固まっていると一度に襲撃されて殲滅される恐れがあるからだ。

    そのため、他の商家の丁稚などが住み込み労働なのとは異なる。

    「……つれないなあ」

     更衣室に入っていった瀧を惜しそうな顔で見つめる千沙。

  • 63二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 07:31:52

    保守

  • 64二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 12:55:39

    保守~

  • 65二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 21:40:56

    保守

  • 66二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 23:52:32

    >>62

    「ほら、千沙。今日、文が来ただろう? ちゃんと行くんだぞ」

     店長――ミカは千沙の後ろ姿に声を掛ける。ビクッと千沙は背筋が伸びる。

     な、なぜ知っているんだ? と言いたげな表情で振り返るがミカは微笑むだけだ。

    「で、でも私がいないとほら……クルミがさ」

    「クルミならもう馴染んでいるし、そもそも……」

     ミカは首のあたりを自分の手刀で叩く。死んだことにしてあるんだろう? という身振り。

     千沙はがっくりと肩を落として「はあ……また京に上らないとか……」

     それは非常に小さな呟き。そう、常連が集っている最中なのだ。「そういう」関連の言葉なんか

    大きな声では話せない。

     しかし、それをしっかり耳にした者がいた。


    「千沙さん! 京に上るんですか!!?」

     ガラララ! と更衣室の扉が開かれて瀧が飛び出す。

    「うぉっバカ! 服着ろ!!」

     店の奥とはいえ、乙女の肌を晒すには時間が早すぎる。

    「……見たね、先生」

    「……」

     ミカは天井を睨んで知らんぷりしている。

    ――


    「まあ、免許の更新なので……吟味受けないといけないんだよね」

    「それはそうですけど……赤は毎年なんですね」

     更衣室の中の縁台に腰かけて事情を説明する。

    赤袖は特に重要な資質の欠陥に厳しく、一年ごとにその技能や今までの活動などを

    吟味され、彼岸花として「ほぼ」必須の斬奸御免の権の延長がそこで決まる。

    ここでほぼとかいたのは、千沙は人を殺していないからで、それ以外の人間には

    必要不可欠なものだ。これに落ちると赤から紺へと降格する。

  • 67二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 23:53:35

    >>66

    「千沙様。折り入ってお願いしたいことがございまする」

     瀧はすっと縁台から降り、床に正座し頭を下げる。

    「ど、どうしたの瀧!」

     いつもはしたことのないような礼に言葉遣い。これはただ事ではない。

    「わたくしめも是非京に上らせてくださいませ。そこで是非とも楠木様にお会いしたく!」

     千沙は必死に瀧を起こそうとしたが地面につけた頭は上がらない。

     でも……と千沙は思う。きっと瀧だって話したいことがあるんだ……。

     ここに来たことに就いて……とかさ。

     ずっと平伏されているのも心苦しいし……ここで瀧を起こすためには一つしかない。

    「わかった、いこっ」

  • 68二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 07:22:35

    原作をなぞる

  • 69二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 12:15:43

    保守

  • 70二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 20:46:55

    パンツの話どうなるんだろう

  • 71二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 01:30:16

    >>67

    京まで上るためには、急いでも十日はかかる。

    それまでの用意と言ったら結構なものだ。

    着替えの着物に、通行手形、灯り、お守り、路銀といったものに加え

    傷薬に包帯、手ぬぐいなどなどの小物がたくさん。

    地図も欠かせない。しかし各地の観光案内が入っている賑やかなものを千沙は好むが

    そのままそこに立ち寄ってしまうため、瀧は頭を抱える。

    「猿回しだよ! ほら! 瀧!」

    「猿回しぐらい京でも見られますよ、ほらほら」

    「ええーっ」

     瀧はさっさと人ごみを掻き分けて行ってしまう。

    宿場ごとに催し物が為されていて、猿楽から奇術などの見世物で大賑わいなのだ。

    それごとに千沙は目を奪われているから、瀧は時々ほらほらと追い立てて

    千沙を進ませる。そのたびに千沙は呻き声を発し、瀧の袖を掴んで追いついてくる。

    「親子じゃないんですから……」

    ぼそりと瀧はつぶやく。まあ実際その行動は親子そのものであるが……。


    「あ、ほら! 瀧! 薬屋さんだよ! 刀傷が消えるって!」

    「ほう……」

     こればかりは瀧も興味が惹かれて行商人の籠を覗き込む。

     なんとも信じがたいが、刀傷に塗ると直るという。本当かしら?

     と、瀧が逡巡している間に千沙はひと瓶買ってしまっていた。

    「もう……まだ実演を見てないでしょうに……」

     そう、こういう行商人は実演を見せてから売ることが多いのだが千沙はそれを見る前に

    さっさと買ってしまっていた。尤も、彼女も薬を商っているので、少しは目利きになっている

    のかもしれないが。それにしても瀧からしたら即断即決に映る。

    「いいのいいの、買って反省買わずに後悔。それに、善は急げだよ」

    「急がば回れ、とも言いますけどね」

    「やるねぇ~」

     千沙は薬瓶を見せびらかし、背嚢に仕舞った。

  • 72二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 11:40:36

    保守

  • 73二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 20:53:39

    //あまり需要はないようだが、3話までは終わらすつもりや

    >>71

    「駕籠に乗れればいいんだけどねぇ」

    千沙は河原で弁当を食べながらボヤく。

    曲げわっばの弁当箱には混じりっけなしの白米と梅干。それからしっかり茹でた

    茹で卵という弁当である。

    勿論、駕籠は呼べば乗れるし、赤と紺色の人間はほぼ無償で使うことが出来るのだが

    これがあまり評判はよくない。大小の刀を咄嗟に抜きづらいし、

    いきなり外から刺されたりする可能性が少しでもあるので好まないのだ。

    実質、戦わないお嬪様の変装をする場合にのみ乗るようなものになっている。


    「まあ……不便ですからね」

    瀧は瓢箪から水をぐびりと飲んでいる。しかし、千沙はそれを見とがめ、

    「あっ! 瀧! お酒飲んでるなぁ~!」

    「違います、水です」

    「なぁ? マジで?」

     かしてみんさい、と瀧から瓢箪を奪って口をつけて飲む。

    「……」

     数口飲んで、千沙は瓢箪を胸まで下ろして、きゅっと栓を閉じた。

    ぱしぱしと瞼を二回ほど瞬かせる。うむ……。

    「千沙さんはそれで酔うんですか?」

    「……ごめんなさい。これお詫びに」

     千沙は瀧に茹で卵を半分、あーんとした。最初は固辞していた瀧であったが

    根負けして口に入れられてしまった。

    「美味しいでしょ?」

    「美味しい……です」

    「はい美味しい!」

  • 74二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 23:51:32

    保守

  • 75二次元好きの匿名さん22/11/27(日) 04:54:00

    あげ

  • 76二次元好きの匿名さん22/11/27(日) 13:53:58

    >>73

    「……なんていうつもりなの?」

     隣で考え込んでいる瀧に千沙は問うた。

     お弁当はとうに食べ終え、休息しているだけ、

    瀧も瓢箪を仕舞い、川の流れだけに目を向けている。

    しかしその焦点は合っていない。川の流れにも、向こう岸にも何にも合っていないようだ。

     ずっと頭にあるのはきっと復帰の嘆願だろう。

    しかしながら、楠木には響かないものしかできまい……。と

    瀧は自覚しながら悩んでいそうである、と千沙は考えている。


    「いえ、あの時の違反をどうにかして謝罪したくて……」

    「それで、戻れたら最高だよね」

    「……はい」

     江戸がつまらなかった? とまでは訊かない。そういう話じゃないのだ。

    楽しかろうがそうでなかろうが彼女の望みとは違う事柄が起きてしまう。

    それが辛いのだ。自らの寄す処を奪われているような痛み。

    「瀧は……そうだな。ちょっと前の医者と患者も守ったでしょ? 廻船問屋も警護したじゃん?

    それに、抜け荷(密輸)の摘発もしたから……きっと大手柄だよね」

     クルミを守った件はあんまり言えないか? アハハ……と隣で頭を掻いている。

     千沙からも楠木に話してくれる――という算段にはなっていたが、信用していないわけではないが

    自分は幾度も命令違反を繰り返していることから望みは薄いと自覚している。

     それでもなお考えることが止められない。


    「あ、飴売りだよ! 食べる?」

    「要りません」

  • 77二次元好きの匿名さん22/11/27(日) 19:59:41

    あげ

  • 78二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 01:02:23

    江戸から京都まではだいたい14日程度
    10日は早い方だ

  • 79二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 07:43:39

    水族館ネタはどう回収しようか

  • 80二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 12:26:51

    保守

  • 81二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 21:04:36

    保守

  • 82二次元好きの匿名さん22/11/29(火) 07:40:45

    まだー

  • 83二次元好きの匿名さん22/11/29(火) 12:51:40

    辻斬りとか来るやつだ

  • 84二次元好きの匿名さん22/11/29(火) 22:23:38

    >>76

    「千沙さんって、江戸に来たのってなんででしたっけ」

     宿を取って、食事もそこそこに床に就く。

     薄ぼんやりとした行燈はとうに消されて、暗闇に包まれる。

    そこそこ目が慣れて、天井の梁の輪郭が少しずつ浮かんできた頃。

     隣に横たわっている千沙の呼吸が、まだ覚醒時のそれだと瀧は踏んで

    柄にもない声を掛ける。

    「あっれ~私の事気になっちゃう感じ?」

    「……いいえ」

    「あ、うん、なんかごめん」

    「いえ、わたしがつまらないことを言ったのが悪いんで、おやすみなさい」

     瀧は敢えて千沙に背を向けて転がる。もうこれ以上話すことはない、という意思表示。

     千沙もこれ以上続けていいものかどうか逡巡する。

     自分たちが泊っているところ以外には人はいないと知っているから、声に出しても問題はない。

    「……そうだよ。私も瀧と同じ」

     その言葉を受け止める背中は最早静かだった。

     ……お休み瀧。

  • 85二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 07:34:46

  • 86二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 12:49:57

    まだツン

  • 87二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 22:08:26

    このレスは削除されています

  • 88二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 07:53:43

    保守

  • 89二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 12:54:43

    保守

  • 90二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 22:54:45

    >>84

    「で、何調べてんのよリス」

    「リス……まあいいや、なんか変なんだよね。最近」

     クルミは押し入れの奥底に籠って書誌や書簡を広げ悩んでいる。

    それに茶々を入れつつ、茶も淹れているミズキ。

    何が変かと問われると、どうしようも返せないが、ここ最近

    仲間内の蘭学者、蘭方医などが忽然と姿を消す事件が多発しているのだ。


    クルミも同じように命を狙われていて死んだことにしているが、

    ある伝手を辿り、情報だけは手に入れられるように細工していた。

    その筋からの信書が言うには、もう十人以上の人間がどこかに消えている

    という話なのだ。


    「医者やら学者を殺してなんになるのよ」

    「ボクもわからん。そもそも殺しているかどうかもわからんからな」

    「誘拐? なんでさ」

    「通弁とかの為かもしれないが、それなら平和裏に礼金を払って頼めばいいのだが、そうでないってことは」

     無理やりやらせることになるということで……。 

     そんなことは大抵ろくでもないことにしかならない。

    「あんたを狙った奴らって実は複数だったりする?」

    「かもしれないな。千沙と瀧たちってこの前も医者を助けたんだろ? 関係があるかもしれないな」

    「なるほど……よし、この話はわかった。クルミ、午後はお店おねがいねー」

    「おい聞いてたのか? ボクも狙われてるんだから!」

    「がんばれ~」

     ヒラヒラと手を振ってミズキは階下に降りる。クルミはそってため息を吐くことしかできなかった。

  • 91二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 08:11:50

    クルミズキもいいよね

  • 92二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 12:54:12

    クルミカという数シーンしかないやつも好き

  • 93二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 22:26:38

    保守

  • 94二次元好きの匿名さん22/12/03(土) 05:55:15

  • 95二次元好きの匿名さん22/12/03(土) 15:54:32

    幕末は登場人物多くていいよね

  • 96二次元好きの匿名さん22/12/04(日) 01:50:00

    >>90

    「さぁて! 着きましたよ京! すごいね、毎日が観音市みたいだね!」

    「ええ……」

     千束は京の街を悠々と闊歩するが、瀧は京に近づくにつれ表情がどんどん硬く、重そうになっていく。

     江戸にいたほうが血色がよいぐらいだった。

     無論、千沙はそれに気が付いているが、口に出すことはない。瀧自身もまた気づいていると信ずれば。

     さて、彼岸花の主に咲く場所は斯様な繁華極まるところではなくもっと奥まった、山々の険しき場所だった。

    修験者の住む場所や、過酷な修行を好いてやってくる者のための山寺と見まごうようなそこは、固くその門を

    閉ざしているが、虚無僧が門前に一人立っている。

     千沙は編み笠を取って、素顔をそこに晒した。そのまま千沙は虚無僧に向かって曰く

    「これそこの修行中の者よ」

     それに対して僧はくぐもった声で返答して曰く

    「土に出でたる」

     ニンマリとして千沙も返すこと以下の如し。

    「彼岸花を食らうことなかれ」


     門が開く。どのような仕掛けかは知らないが、鍵言葉を言い合い仲間だと認められると空く仕組みになっているのだ。なつかしの京が千沙と瀧の前にあるのだ。

    ああ、京の出とは言っても殆どこの高い壁を乗り越えて暮らすことはなかった瀧。

    ある者は都近くに潜伏しながら学んでいるのだが、瀧の根城はここであった。

    その懐かしの故郷が、今では胸をチクチクと突く。


    しかし、瀧はここに帰りたいと庶幾せざるを得ず。

    そのために今日、ここまで来たのだから。

  • 97二次元好きの匿名さん22/12/04(日) 11:51:55

    >>96

    「よお、蕗ィ」

     千沙が目ざとく、物陰に隠れようとした蕗を見つけ、逃がすまいと必要以上の大声を出す。

     敷地の中に入って、受付を済ませるとだだっ広いわりに誰も通ってない木張りの廊下を

    千沙と瀧、二人で歩いていたが、遥か先の廊下の曲がり角を出ようとした黒い人影があった。

    しかし、その人影は千沙と瀧の姿を認めるとすぐに引っ込んでしまったがしかし、前述のとおり

    眼の良い千沙にはすぐに発見されてしまった。


    「……おう……。ああ、そうかもうそろそろ吟味の時期か」

     蕗は諦めたように千沙の前に立つと、その鋭い目で千沙の全身を見回し、そして差した刀に目を止めてまた言う。

    「まだそんな竹光差してんのかよ、彼岸花の任務を舐めやがって」

    「たはは~。私は抜かなくても強いの、蕗さんとは違って~」

     その不敵な態度が気に入らなかったようで、蕗も思わずまた眉を吊り上げて抗する。

    「おうおう、そんな態度じゃ御調の時に、不適格って言われて免許褫奪だなぁ? 

    そんで最強の彼岸花もこれにて閉店ってわけだ」

    「ざんねん~! 私を馘首にするわけないじゃん、それに調べられてるときはちゃんとするよ」

     口調こそ乱暴ではあるが、この場合じゃれ合いと評価するほうが適切かもしれない。

    しかし、ふと瀧の方を千沙が見ると、その表情は暗く、重そうである。

    「……まあ? 積もる話もあるし? ちょっと一緒に行こうや、蕗さんや!」

     ごめん、瀧はその辺で時間つぶしてて! と言い残し、蕗を連れて奥へ引っ込む。

    連れてというか、引っ張ってという表現の方が近いかもしれないが……。

  • 98二次元好きの匿名さん22/12/04(日) 11:52:14

    >>97

    「……瀧のことだよな」

     御調場、彼岸花としての技能や忠誠心を年に一度改めるという場所。

    通し矢や撃剣、犯科の知識、取り調べの技能、各地の情勢などを忘れていないか、十分な水準でこなせるか

    というものが見られる。

     そこには数人の赤い袖を纏った者どもらがいるが、みな千沙と蕗を見ると遠くに離れて行ってしまう。

    監督役の吟味方もそれを咎めないばかりか、自身も遠巻きの列に加わる。

     千沙はもはやそれに慣れたもので、寧ろ自分が広く場所を使えると開き直る。

    通し矢は遠的(約90メートル)先の的を狙うもの。暗殺を主とする彼女らにとって遠くから狙えれば狙えるほど

    至便である。

    「それ以外にある?」

    「……あれは瀧の失敗だったろ」

     二人並んで射る。ひゅん、と風を切る音がして、遠くで刺さる音が響く。

    「相手の自爆だって聞いたけど?」

    「それは瀧の言い分だ。あいつしか証人がない。まあ此度の件だけじゃないし」

     矢筒から鋭い矢を取り出す。矢じりは長く、鋭く研がれていて、刻まれた溝も深い。

    これを毒液の入った壺に浸してから射れば深い傷と強い毒で二度と立ち上がれずに死ぬ。

    夫れ専用の矢だ。それを遠くから射る訓練だ。

  • 99二次元好きの匿名さん22/12/04(日) 16:05:47

    千沙も射撃ってうまい設定なのかな

  • 100二次元好きの匿名さん22/12/05(月) 01:46:06

    一応できるんでない?

  • 101二次元好きの匿名さん22/12/05(月) 07:45:55

    本編でも射撃うまいよな千束。
    見ずにドローン撃ち落してたし

  • 102二次元好きの匿名さん22/12/05(月) 12:35:39

    保守

  • 103二次元好きの匿名さん22/12/05(月) 23:27:31

    >>98

    「蕗はさ、瀧のことどう思ってんの?」

     矢をつがえながら、訊く。

     蕗もここで適当なことを言うつもりはない。

     千沙がふっ、と矢を放った頃合いを見て口を開こうとする。


    「漸く来たか、千沙」

     千沙にとっては久しぶりに聞く声。蕗にとっては毎日のように聞くその声の持ち主は道場の

    入口に姿勢よく立っていた。

     そこから凛と響く声をほぼ無表情のまま操る、これだけで統率力の優れている様を予見させるのに

    十分であった。証拠に、弓道場にいるほぼすべての彼岸花たちは彼女が入ってきたと同時に

    床に蹲い、頭を上げない。しかし、例外がいる。

    「楠木さん……! 瀧がそっちに会いに行ったと思うんですが!」

     今にも弓を床に放りだして楠木の許に飛び込もうとする千沙をすんでのところで蕗が止める。

    「押さえろ、千沙」

     羽交い絞めにして漸く千沙を思いとどまらせ、不本意ながら蕗は立礼する。千沙から手を放せば

    きっと楠木にとびかかって胸倉をつかむぐらいのことはしてしまうだろう。

    「瀧は優秀です、書状を私の名前で何通も出しました、お読みになっていますよね」

     蕗に押さえられ、抵抗を諦めたのか、そのまま棒立ちのまま楠木と相対した。

     周りの彼岸花同士は目と目で、千沙の非礼を咎めるが、そんなもの千沙には関係なかった。

    「たしかに瀧は優秀だろう、そは一個の兵力としては……だ。だから江戸に置いておく方がいい」

    「ちゃんと複数人とでもやっていけます。私とできたんですよ!」

    「たった二人だろう。そもそも、瀧は平素からの命令違反と、犯人爆殺と、証拠物件焼失の三つの咎がある。

    生きていられるだけ温情だと思うべきなのだ」

     楠木はあくまでも冷たい。いや、全て事実をそのまま脚色なしに言っているだけだ。

  • 104二次元好きの匿名さん22/12/06(火) 08:00:59

  • 105二次元好きの匿名さん22/12/06(火) 12:23:45

  • 106二次元好きの匿名さん22/12/06(火) 20:59:01

  • 107二次元好きの匿名さん22/12/07(水) 07:48:33

  • 108二次元好きの匿名さん22/12/07(水) 12:30:21

  • 109二次元好きの匿名さん22/12/07(水) 23:25:32

    >>103

    「最初っから囲まれちまったんだから仕方ないだろ……」

     蕗が千沙を床に正座させようとして零した言葉を千沙は聞き逃さない。


    「敵方に攪乱されてるんですよね? 密使が掴んだ銃取引の日時とかの

    情報が適切じゃないって分からないで作戦を立案した司令にも責任がありますよね? 

    しかも最初から囲まれているなんて彼岸花潰しでしかないわけですよね?」


    千沙は楠木を責め立てるときだけ彼女を「司令」と呼んだ。痛烈な責任に訴えるように。

    「しかも、瀧は他の子を助けたんですよ!」

     蕗は、最早千沙を窘めるのを諦めて、彼女と同じように立ったままになってしまう。

     しかし、その鋭い目が鈍くなり、床の木目を追う他なかった。

    「他の彼岸花を助けたかどうかは関係ない。取引に関しての情報がなくなってしまったのは事実だ。

    その為に他の銃持ちが都を害する。お前の方にも来たのではないか?」

    「……! 何か心当たりあるんですか?!」

    「ともかく、あれは東下りではない。実地の研修だと思えと瀧に言いたまえ」

     楠木は何処かに行ってしまう。

  • 110二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 07:35:14

    保守

  • 111二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 12:24:30

  • 112二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 23:02:02

  • 113二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 07:50:06

  • 114二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 12:16:08

    ♥️

  • 115二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 21:53:48

    >>109

    瀧は御調場には入れず、一般用の道場にいた。

    多くの人が弓を曳き、或る者は銃を構えと思い思いに

    的を狙っている。その的は板切れにただ墨で円を描いたるもので

    もうすでにボロボロであったが、取り換える暇もない。


    瀧は銃と弓ならばよく銃を用いた。

    弓は携行が難しく、都で扱うのなら銃が便利だったし

    何より、瀧は初めてそれを持った時から心惹かれた。

    引き金を少し引くだけで殆ど疲れもせずに物を倒せたからだ。


    真っすぐ狙えば真っすぐ進む。

    そういう正直なところがとても気に入ったのだ。

    それは彼女の境遇とは真逆。どんなに力を込めても曲がって行ってしまう

    人生とは違うからこそ、またより惹かれてしまうのだ。

  • 116二次元好きの匿名さん22/12/10(土) 08:56:18

  • 117二次元好きの匿名さん22/12/10(土) 15:18:43

    >>115

    「瀧来たけど、会いに行かなくてもいいの?」

     と聞かれている一人の少女、瀧と同じ色の服を纏った彼女は部屋の隅で

    小さく正座をして固まっていた。彼女の名はエリカ、瀧にあのとき助けられた者であった。

    自分に向けられた機関銃を倒すために、贈られた刀を擲ち、傷の手当てをしたがゆえに

    咄嗟に指令を聞けず、そのことで倉庫ごと証人と証拠とを失うことになってしまった。

    東下りは自分の所為であると嘆いていて、幾度か彼女へ手紙をしたためることを希望したが

    全てにおいて却下されていて、いまだこれを謝ることも、礼を述べることも叶わなかった。


    彼岸花の寿命は短い。一度別れたならば、二度と相まみえることはないこともしばしば。

    今回会えたことも、これで今生の別れとなるべきに、エリカは走り出した気持ちと

    そうして何の益になろうか、却って彼女に対して不謹慎な気持ちを抱かしむるやもしれぬと

    エリカは躊躇っていた。

    物事の根本原因たる自分はいまだ京の本丸に居りて、有能なる医師からの手当てを受け

    任務に復帰することも叶い、対して瀧はというと、あの日から間を置かず放逐させられ

    今や薬を売っていると聞く。

    彼女の才が蔵せられ、無聊を慰めるばかりかと思うとどうも五尺足らずの身が自由に動くことはない。


    「でも……私なんかが会いに行っても……」

     と口でそのように拒むこととなる。

  • 118二次元好きの匿名さん22/12/10(土) 23:50:29

    エリカいいぞ

  • 119二次元好きの匿名さん22/12/11(日) 08:46:06

  • 120二次元好きの匿名さん22/12/11(日) 13:19:39

    わかる

  • 121二次元好きの匿名さん22/12/11(日) 21:33:37

    サクラが出てくる頃か

  • 122二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 08:30:52

    保守

  • 123二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 12:47:18

  • 124二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 23:58:48

    >>117

    「あれあれ~あなたが瀧様?」

     瀧の周りを飛び回るように歩く女が一人。瀧と同じ色の、しかし

    少しばかり染めが新しく藍の匂いが湧きたつような服を着ている。

     袴の折り目はきつく、まさに下ろしたてといったよう。

    刀の柄に巻かれている糸も毛羽立ちがなく、全身が新品であると主張している。

    そして吐かれる丁重な語句とは裏腹にそこには嘲笑のような、挑発のような、そういった臭いが含まれている。

    「そうですが」

     瀧もそれには気づきながらも銃を的に向けている状態のまま離さない。

     回転部を交換してまた一発、二発と撃っていく。

    「あら、折角ご挨拶に参ったのに。あなたの代わりに春川蕗様にお仕えすることとなった、乙女桜と申します。以後お見知りおきを」


    「……代わりに?」

     ここにきて瀧は漸く銃口を床に向け桜の方に顔を動かした。

     乙女桜と名乗った癖に、とまでは思わなかったが、乙女からは離れような溌溂たるその顔は

    瀧を見ながら口角を上げて誇ったような表情で彩られる。眦が上がる瀧とは対照的だ。

    「ええ、瀧様は手負いのエリカ、エリカ様を救ったことで東下りになったでしょう? 幾ら強いと言っても蕗様一人ではどうもよくないという話でして、いやぁ私も僭越かと思ったのですが推されてしまって相手方のメンツをつぶすのもどうかと、ねえ?」


    「そんな、わたしは……!」

    「瀧様はその判断力の速さが認められて、喧嘩っ早い江戸っ子を相手になさっている方がお似合い、

    いえ合っているのでは?」

     乙女桜はあくまでも相手方を立てようという「雰囲気」を纏って喋っているがゆえに

    表立ってケンカを売られたと抗議することはできない仕様である。

     その口ぶりを聞けば、瀧でなくとも不快な気分になるはずなのだが。


    「なに、恩賜の刀まで棄てて仕舞われたそうで? いやぁ、仲間を助けるためなら仕方ありませんね? 菊の花より彼岸花を守るお方。ああ、そうそう、妙な噂を聞きましてね? 瀧様が京を発ってから都の辻斬りが消えたそうで……口がさない連中は、その辻斬りこそが瀧様などと」

     その口がさない連中の筆頭であることが伺わせられる。

    そして、天子様から賜れる刀を擲ってエリカを助けたことをも揶揄する。

    命の軽重を間違えたと遠回しに批難しているのだ。

  • 125二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 07:59:28

    京都人サクラ……

  • 126二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 13:10:41

  • 127二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 23:14:34

  • 128二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 01:14:28

    >>124

    「誰がそんなことを……! わたしは無暗な殺生はしない!」

    「見廻組や浪士組が血眼になって探しているようですが、ぱたっと消えてしまったようでして、もしや

    返り討ちにされたのかもしれませんね?」

     どこまで行ってもバカにし腐っていることは明らかであるし、周囲の目もある。

     青や茶色の者どもはひそひそと瀧を遠巻きに囲みながら、あれが仲間殺しか、だの

    笑ながら殺す蛮人だの、天子様への反逆を試みているだのと本体よりも大きな魚拓を見ている。

     東下りなど自業自得、身から出た錆などとまで罵られる。

     しかし瀧は諦める。ここでどんなに言い返したって、楠木に江戸送りにされた事実は変わらないし

    却って凶暴さを印象付けるだけになると。


    「おいガキィ、なに瀧に絡んでんだよ」

     俯いた瀧に聞きなれた声が掛けられ、ふと視線を上げると千沙が蕗を随えて立っていた。

    千沙が現れたことで、青と茶色の群れがより一層わらわらと増える。

    あれが千沙か、ああ火除けの千沙様か、天下無双の彼岸花の、とまあひそひそと互いに耳を貸し合う者どもの群れ。

     閉鎖的な館で年頃の少女が集えばこうなることなど自然の摂理なれば、特に気にすることはなかるべきも、

    気が立った千沙にはうざったく感じる。

    「あら失礼、江戸での相棒をなさっている千沙様ですね? 御噂はかねがね」

    「そのムカつく喋り方やめろよな」

     千沙はフンスと鼻を鳴らして桜にガンくれるも、桜といえば馬耳東風。

    「これは失敬、瀧様が江戸でご活躍なさっているという話をしていただけですよ」

    「そうは聞こえなかったがなあ……」

     千沙が苛立っていることは瀧にもわかった。でも――千沙は刀を抜かない。凶悪犯にも抜かないのだ、況やただの同志の戯れ合いをやと少し瀧は測っているがどんどんと表情が硬くなっている様を見れば、ここは千沙を離さなければならないと瀧は悟る。

  • 129二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 08:03:07

  • 130二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 12:48:19

  • 131二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 23:12:28

    >>128

    「千沙さん、いいんです……やっぱりわたしなんか……来るんじゃなかった」

    「な! ダメだよ瀧! 楠木さんのところ行こ! ね!」

     瀧は千沙に半ば引きずられるようにして道場を後にする。

    「頑張ってくださいねえ」

     桜は後ろから声を掛けるが、その気もないことなんか百も承知だろう。


    「あっれ……いつもの部屋にいない……」

     楠木司令はだいたいの場合は、祐筆と共に離れにて文書を練ったり

    将棋の駒を使いながら作戦を立てているはずで、大体の彼岸花たちはそこに立ち寄ることを

    好まないが、千沙だけは幼少期にはちょくちょくと言っていいほど遊びに訪れていた。

    その記憶が正しければ、そこにいるはずなのだが……。

     部屋の前に行って耳を澄ませるも、物音ひとつしない。


    「いいんですよ……千沙さん……もう帰ります」

     千沙の手を振りほどこうとして後ろを振り返る……とそこには彼女が探し求めていた人が立っていた。

     険しい表情がすぐにわかる距離、三間ほど離れた場所。

    「楠木……様」

     瀧は反射的に廊下の端に飛びのき、正座をして頭を下げた。

    「……離れにまで来てしまって大変失礼いたしました」

    「どうせ千沙が連れて来たんだろう、何か用か」

     用か? と訊かれるとは瀧も予想しておらず、思わず狼狽する。

     機会が与えられた、と考えてよいのだろうか?

    「は、わたしは江戸にて討の暗躍があることを確認し、それが蘭方医を殺そうとする陰謀を阻止し、それ以上にその者らの人相や特徴を伝えられました。これも本丸に利益するものかと存じますが……」

     頭を下げたまま瀧はクルミを助けた時のことを話す。

     討幕派は治安を乱す者。それらに繋がる情報があることによって少しは本丸にも利益があるだろうと、

    千沙も予め楠木に伝えていた事柄である。敢えて瀧に彼らを殺させなかったのも泳がせて後で一網打尽に

    するつもりだったからだ。

     これなら江戸からまた京へと帰れるのではないか? と千沙は踏んでいた。

    が――

  • 132二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 07:45:40

    祐筆 秘書みたいなもんですね

  • 133二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 12:39:33

    保守

  • 134二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 23:22:17

  • 135二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 08:39:42

  • 136二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 18:45:00

  • 137二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 01:05:50

    ホッシュ

  • 138二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 11:40:43

    >>131

    「そもそも、本丸に戻す戻さないという話はしていない、瀧の処遇は無期限のつもりだが」

     楠木から告げられる。千沙は思わず楠木を見つめる目を丸くせざるを得なかったし、瀧に至っては

    不随意的に礼を止めて縋るように楠木を見上げる他なかったのである。

    「楠木様……」

     瀧の掠れるような、沈むような声を聴いて、千束は楠木に近寄ろうとするが脇に控える

    祐筆に止められてそれができない。

    「これ以上は……」

     祐筆は袖を振って千沙を制する。訴えかけるような身振りに千沙も頭に上った血を極力

    地上に下ろそうとする。たしかに、自分がここで力に訴えても状況は良くなるどころか、

    悪化する一方だったと。


    「……そこで隠れて見てる奴、出て来いよ……おい」

     千沙は中庭の方に声を投げる。ザワザワと草を揺らして出てきたのは、あの乙女桜なる女。

     気づかれたことを意外だと思っているようで、少しばかり時間を経て出てくる。

    「つっー、蕗は何してんだよ、バカ。監督不行き届きだろ」

     桜が出てきたことを毒づくが、蕗はこの場にはいない。

    「見世物じゃ――」

    「いやぁ、戻れたらよかったんですけどね」

     千沙が喋る前に桜はその軽い口を開く。居合ならば彼女の得意分野だろうなんて馬鹿なことも頭に浮かぶ。

    「瀧様――あなたの居場所はもうないってことですね」

     中庭から廊下まで歩いてくる。楠木に対して礼の姿勢をとったままであるため、桜に対しても見下ろされる形となる。千沙だけはそれに気づき、瀧を立たしむ。

    「……いいんです、命令に反したわたしの所為」

    「おい、桜! ちょっかい出すのやめろ!」

    「桜、戻るぞ」

     やっと蕗が来てくれた。蕗に対して立礼をした桜だが、自分に対してはぞんざいであることに引っ掛かる千沙、いやこの際関係ないが。

    「この瀧、瀧様が楠木様に対して無様な姿を見せていたんでつい面白くて」

     案外整った顔を存分に使って笑むと凶悪辣になるのだと千沙は知る。

    「……瀧、証人を殺したのはその通りだったし、毎回私の命令に非違があったのも事実だ。もうここにはいられない」

     千沙は、蕗だけは助け舟を出してくれると踏んでいたのに、追い撃ちをかけるようなことを言うことに耐えられない。

  • 139二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 21:45:56

    模擬戦の流れだ

  • 140二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 03:44:11

    くるかな

  • 141二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 10:50:45

    こい

  • 142二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 14:53:48

  • 143二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 22:09:32

    >>138

    「お前ェ! 私の相棒にナメた口きいてんじゃねえよ!」

     千沙はさっと中庭に降りて桜の胸倉を掴み、決して小さいわけでもないその身体を空中に持ち上げる。

    「ぐっ! 蕗様、楠木様、この人が私闘を仕掛けてきました。助けてください」

    「っ……! テメェ!」

     千沙も自らの不利を悟り、桜を降ろす。

     ふぅ……とわざとらしく桜は襟を整えるが、その仕草ですら千沙を苛立たせる。

    「やめろ、千沙。なおもやろうとするならば私も桜の上司としてお前を山でボコさないといけないからな」

     見かねた蕗は千沙の肩を叩いて警告する。左手は刀に触れているから、すぐにでも抜く用意がある、と暗に示しているわけだが。

    「山? いいねぇ! やったろやったろ!!! 二対二だ!」

     山に行く、彼岸花の居場所の近くには愛宕山と呼ばれるそこそこ険しい山があり、野試合をそこで行うことがある。訓練の一環としてやるには非常に危険で死者すら発生することもあるが、これを熟せれば有能な彼岸花として一目置かれる。

    それがために、この山を使ってある種の果し合いや決闘さえ行われる。「不慮の事故」で死んでしまうことがよくあるからだ。

    彼岸花同士で「山に行こうぜ」というのはお前を殺すという意味に限りなく近い。

    「私はいいですよ? ただ……瀧様は?」

     桜は嘲笑を以て見遣る。瀧はその場に少しの間立ち尽くしたかと思えばどこかに走り去ってしまう。

    「逃げたみたいですね?」

  • 144二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 07:56:42

  • 145二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 12:09:14

    まだ来てないな

  • 146二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 23:30:29

    >>143

    「……瀧、やっと見つけた」

    「……こないでくださいよ」

     瀧は高い櫓の上で一人膝を抱えていた。入口の扉を閉めれば誰一人として寄せ付けない高い場所のはずなのに。

    千沙が目の前にいるのは信じたくないし、信じられないとして瀧は自分の膝で自分の目を隠す。

    訓練の時に監視役が登るそこは、平時は誰も気味悪がって近寄らないような庭の隅にあり、共同生活を主とする

    彼岸花の喧騒から逃れるにはこういうところしかなく、瀧はよくここに一人で登って、そして籠っていた。

    「……ってか、どこから登ってきたんですか。入口に掛け金下ろしたはずなのに」

    「骨組みからね、私結構身軽なんだよ?」

     そういや、屋根の上に一息で上がってきたっけ、と瀧は思い返す。

    「……入ってこないでくださいよ」

     櫓に、という意味だけではない。千沙は自分自身の心のうちにまで入ってきそうになる危険な奴だと

    瀧は警戒しているし、そして遠ざけているのだ。

     櫓は大して広い場所ではない。四畳半程度の広さしかない。何も置かれてはないとはいえ、二人の人間が対峙するのには少々狭い。

     そんなことはお構いなしに、千沙は瀧の隣に立って外の景色を眺める。

     櫓は大体、千沙の腰ぐらいまでの柵代わりの板で囲われていて、そこに瀧は背中をつけて丸まっている。

     てっきり正面に座られて説得されるもんだと思っていたからそうされずに少し安心した。

    「ここ、瀧のお気に入りなんだ?」

    「……一人になれるところがここしかないので」

    「そうなんだね、いいこと教えてもらっちゃったな」

    「千沙さんがいたころにもあったでしょ」

    「丁度建て替えの時期だったのかな? 工事してたことは覚えてる。ああ、西の方の櫓は行ったことあるよ」

    「……ここは暗いから好きです。西は明るいんで」

    「なるほどねえ」

     他愛もないような会話。千沙は瀧の隣にいて、座るでもなく柵に腕を垂らして外の景色を見ながら話しているだけ。

  • 147二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 07:52:40

    噴水がやぐらになった

  • 148二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 12:21:45

  • 149二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 21:44:36

    ほほほ大王

  • 150二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 00:10:53

    >>146

    「……京で天子様の為に身命を賭して戦うことは誇りでした」

    「うん、みんなの憧れだよね」

     ボロボロの孤児が衣食住を与えられたばかりか、学問も武芸も授けられ、この日の本で最も尊い御方を守る栄誉に浴する。こんな大出世もないだろう。だから……瀧が感じる悔しさは胸を裂くかのよう。

    役目を果たせない自分に対する不甲斐なさ、処分を取り消してくれない楠木への苛立ち、挑発されていても言い返すことができないこと、全てが綯交ぜになったどす黒い感情が自分の心臓から押し出されて、全身を巡っているような気さえする。

    「それを! わたしは奪われた! わたしにはこれしかなかったのに!」

    「瀧……」

     目を隠していた膝をどけて、狭い櫓の中に出しなれない、掠れた大きな絶叫が満ちる。

    「あなたは、あなたはいいですよね。みんなに必要とされている……ごめんなさい。全部わたしの所為なのに」

     なんて格好悪い。他人に当たり散らすなんて、と瀧は恥ずかしくも思う。そう思ってまた膝をぎゅっと抱える。


    「……瀧は自分か必要だと思ったことをしたんだよね?」

    「分かりません、咄嗟にですが」

    「それが瀧のやりたかったことなんだって! 仲間を救ったんだよ、カッコイイんだって!」

    「……」

    「それにね、あの作戦、武器商人に囲まれてたんだって?」

    「はい。気づいたら上の方に敵がいて……全員武装の商人に囲まれてしまいました」

    「あれね、作戦の内容が漏れてたとしか考えられない。瀧だってそう思ったでしょ?」

    「でも、そんなことは……」

     いつの間にか瀧は首を千沙の方に向けて、見上げ始める。

     千沙の明るい色の髪の色が櫓に差し込む白い光に弾かれて、暗い室内をまばゆく照らす。

    暗闇に慣れた瀧の目は、いきなり明るい物をみてしまってことによって、少しばかりチカつく。

    「楠木さんは、その漏れてることや相手方が攪乱してきたことを掴めなかった、いや、瀧たちを見殺しにしようとしたんだよ。楠木さんは」

    「――?」 

  • 151二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 07:36:42

  • 152二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 12:38:22

  • 153二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 22:07:52

  • 154二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 04:51:09

    >>150

    「作戦が漏れていたこと、千沙には悟られてしまいましたね」

     祐筆は楠木にため息を混ぜながら言う。

     千沙の、少ない情報を統合して全体像を把握する能力、というか知性は二人とも知る所であったが

    ここまで精緻であると「駒」としてはあまり好ましからざるものではある。

     瀧がどこかに駆け出してから、当事者不在となったその場は自然と解散となり、祐筆と楠木とはいつもの執務室に戻っていく。

     こういった場所は非常に多くの書類や巻紙があることが予想されるものだが、意外にもガランとしていて

    書棚にも数冊の武経書や医学書、地図があるだけ。

     殆どの記録は作ったその場で楠木や祐筆の頭の中に入れられ、そして彼岸花たちにも口伝えで叩き込まれる。

    どうしても必要なときにのみ、墨が紙を染めることもあるがそれですらすぐに灰と帰る。

    「……彼岸花の部隊が囲まれてしまったのだ、そう考えるのは自然だ」

    「他の花はそう思っていないようですが」

     運悪く囲まれてしまった、という解釈を皆している。少なくとも彼女が把握している中では。

    「千沙だけは私たちを疑う、ということに抵抗がないからだろう」

    「漏洩口の特定を急げ、と言われていましたが、この方法は流石に私の良心も痛みます」

     三人の密使にそれぞれ違う強襲場所、時刻を記した文を持たせ放つ。

    何時に、どこに敵が集合するかによってどこから情報が漏れたかを特定しようとした。

     それは見ようによっては、いや完全にどれかが死ぬことを予定している行動である。

    「千沙も彼岸花だ。それには反対はないだろう」

    「ええ、それ自体については特に何も」

     二人は特に何も言うことはなく、次の作戦について必要な書類を纏めるだけであった。

  • 155二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 04:51:24

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  • 156二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 04:52:59

    >>154

    ――


    「……だと思うんだよね、他の部隊は指定された場所に行ったけど誰もいなかったって話なんでしょ?」

    「ええ、でもそういうのはたまにあることで」

    「楠木さんたちは偽の日程をたくさん花たちに伝えて行かせて、そのうちのどれが漏れてるかを判断したかったんだよ、だから瀧たちの部隊は餌にされたってことだよ」

    「そんな……じゃあ……」

     その部隊の分散がなければ、もっと多くの兵力を以て商人を囲めたかもしれないし、そもそも漏洩口を見つけるために敢えて危険にさらされたことになる。本気で武器商人を抑えたかったのならばいつものように口頭指令でもよかったはずなのに。

    「そう、瀧たちは――え、ちょっとどこいくの?!」

     やにわ梯子を下りていきそうな瀧を捕まえる。

    「楠木様に話して、作戦の不備」

    「だめだよ、シラきられるだけだって!」

     そもそも、彼岸花はそういうものだ。命として勘定されていない。数本の花が手折られたとてそれを以て

    利益となるのなら実際にそうする、そうされることに抵抗はないものなのだ。司令、花双方に。

  • 157二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 07:51:12

  • 158二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 12:38:27

    ちょくちょく性格が違う

  • 159二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 22:09:03

    くるか……

  • 160二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 07:06:21

    >>156

    「……じゃあどうすればいいんですか。わたしなんか生きてたって恥ずかしいだけです。物を言う刀、それが彼岸花なのに錆び付いてしまってしまっては仕方がない」

     瀧は咄嗟に脇差に手を掛けようとする。それが意味することは一つしかない。

    自散――。自らその花を散らすこと。役に立たないことを知った彼女らはそうするものだ。

     しかし、瀧にとって不幸だったのは、千沙の目と身のこなしが常人離れしていたこと、

    「瀧」

     一瞬で瀧の許へ飛んでいく千沙。その動きは俊敏であったが、それと同時に力強く

    瀧が手に掛けた柄に千沙も右手を当てる。傍目には軽く手を添えるだけのように見えるが

    瀧にとっては衝撃的だ。万力で固めたように動かないからだ。

     クソ、と一旦後ろに下がってその強い力から離れようとした瀧を、千沙は抱きしめる。

     ――投げられる! と瀧は足を前後に広げるがその予兆はない。……なんの技も掛けられる感覚もなく、

    ただその優しい腕の中にいるだけとなる。

    「……ち、千沙さ、」

    「何度でも言うよ、あの時瀧は仲間を救った。それは命令じゃなくて自分で決めたことでしょ? それが一番大事。今回の処遇はそれとは関係ない。みんなを見殺しにしようとした楠木さんたちの所為」

     瀧の首元で千沙の声が響く。こんな声、千沙は出すんだ、なんてはっきりしない意識の瀧はしょうもないことを思う。

    「恩賜の刀よりも、命令よりも、一人の人間を優先した君は尊いよ」

    「でも――」

     そんなんじゃ、わたしは彼岸花たるべきではないじゃないか。と言い出せない。

    「瀧、今は次に進むとき。あの時瀧がああしなかったら、私たちは出会えなかったよ? ん?」

     やっと、千沙はその拘束にも似た抱擁を緩め瀧の顔を見る。

     鬼のように当初感ぜられたその赤い瞳が今はとても神々しく見えなくない。

    目を伏せたかったが、それに不意に吸い込まれてしまう。

  • 161二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 07:07:54

    >>160

    「私は! 君に出会えて嬉しい! 嬉しい!」

     低い天井である櫓の中にも関わらず、千沙は瀧の細い腰を抱えその場で持ち上げる。

     日の光が瀧の胸から上を照らす。今まで避けるように蹲っていたのに。


    「瀧は道具じゃない。お店のみんなとの時間を試してみない? 先生とミズキ、それからクルミ。後は常連のみんな。まあ賭場にしちゃうのはよくないかな? それでもここが良ければ戻ってきたらいい。遅くない、まだ途中だよ、機会は必ず来る。その時したいことを選べばいい」

     

    「私はやりたいこと最優先だよ、それでよくヘマやらかすんだけどね、今は瀧の仇を討ちたい気持ちだからちょっとまあ行ってきますよ……っと」

     さっきから千沙が好きなことだけを喋って、そして櫓の手すりから飛んで行ってしまった。

    ああ、相変わらず変な人だ――。

  • 162二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 12:28:59

  • 163二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 20:03:03

  • 164二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 00:03:32

  • 165二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 11:43:14

    >>161

    霧立ち上る愛宕山、そこに集まる人影がいくつか。

    視界はあまり覆われていないが、体中に纏われて不快かもしれない。

    ただ、そんな中でも元気そうな人影は一つ。

    赤い服を纏いたる、明るい髪の女。

    「よっしゃおらァ! やったるぜワレェ!」

    「ったく、元気になったイキリ猿が騒がしいんだボケェ」

    「誰が猿だバカ野郎ォ」

     猿と呼ばれた千沙は蕗との距離を詰めてガンをたれるが蕗も一歩も引かない。

     

     山での訓練は、そこまで複雑じゃない。お互い降参と言うまで戦えばよいのだ。

    実に単純明快、故に私闘の代わりとして使われる。

    但し、監督はいる。あまりにもひどい敗けようならば中止を命じられるのだから、訓練という

    ことになっているわけだが……。

    「相棒はどうしたんですか?」

    「瀧は後で来るんだよ、作戦のうちじゃボケェ」 

     乙女桜の質問にもケンカ腰だ。

     原則同じ人数での訓練であるから、一人欠けているのは不審。しかし同じ組の人間が

    今は来ないと言ったので、審判としても制止するいわれもない。

  • 166二次元好きの匿名さん22/12/24(土) 21:24:29

    ほしゅる

  • 167二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 01:41:35

    今日は来ない

  • 168二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 12:22:49

    >>165

    「では、鐘がなるまでということでよいか」

    「おうよ!」

     審判は三人に合意を取る。これで問題がなければ太鼓が叩かれて始まりだ。

    鐘というのは、この愛宕山にある時刻を知らせる鐘のこと。

    いくら無制限の仕合だといっても、あまりに長引かせると監視役も消耗してしまう

    という管理側の都合ではあるのだが、よくこの鐘が鳴るまで隠れていて、

    「鐘に救われる」という表現もあるのだ。


     肚に響くような太鼓の二連打の後、三人は散り散りになって、正確には

    二人と一人とが散って様子を伺い合う。

     装備について追記しておくべきか、三人とも装備はいつもの服に加えて鎖帷子に胴。小手に鉢金。

    張強く、携行しやすい短弓、矢じりの落とされた矢に、真剣。あとは使い手が自由に選べる銃などだ。

     殆ど実戦と変わらない。個々の好き好きの道具を運用し相手に参ったと言わせることが出来れば勝利だ。

    「茂みの動きで分かっちゃうんだよね……」

     千沙はつまらなさそうに、茂みから放たれる矢を避ける。

     矢じりが付いていないからといって、痛くない訳ではないから上手く避けないといけないが、

    千沙はそれを余裕でこなす。

  • 169二次元好きの匿名さん22/12/25(日) 22:20:18

    >>168

    「あー弱いんだよなぁお前」

     ぞんざいに千沙は弓を曳いて茂みに放つと向こう側からギャッ! という短い悲鳴が聞こえる。

    「当たったろ? 降参するか?」

     これまたぞんざいなことばを向こう側に投げる。

     が、何も返ってこない。ああ、絶対降参しない気だ。めんどくさいな。などと千沙は思いながら

    続けざまに三本矢を放つ。短い悲鳴が二つ。まずまずの命中率だ。

     シュン! と低い位置から立ち上るかのように放たれる矢ですら、千沙は横目で避ける。

    「はぁ……お前もう三回死んでんだから諦めろよな……」

     面倒くさそうに木に登って姿を晦ます。


    「なんで……私のこと見えてないはずなのに……」

     桜は自分の潜伏先が瞬時に割れている恐怖に打ち震える。それになんだ? 矢が見えているのか?

     飛んでくる元も分からないのになぜ?

     飛んでくる音を聞いているのか?


    「蕗ィ、おめえの部下クッソ弱ぇえな、あんなんつけられるとか同情するぜ」

     どこかに潜んでいる蕗をイラつかせようと大声で挑発する。

    「あんなんと一緒にやるとかお前も左遷間近だろ」

     部下を貶されて黙っている蕗ではないことを千沙はよく知ってる。

     さぁ……何らかの動きが来るか? と期待して周囲を見回す。

    「ははあ……カサカサしてんな、ゴキブリ」

     常人で見えない、殆どの人は聞こえないその先で人が動いている様を知覚する。

  • 170二次元好きの匿名さん22/12/26(月) 08:01:32

    保守

  • 171二次元好きの匿名さん22/12/26(月) 14:43:52

  • 172二次元好きの匿名さん22/12/26(月) 23:04:35

    しゅ

  • 173二次元好きの匿名さん22/12/27(火) 00:03:17

    >>169

    「素早く動けばいいと思ってるところ、直んないんだねえ」

     自分の周りを這い廻っている「それ」に対して声を出す。

    「るせえ!」

     ヒュンヒュンと茂みのあちこちから短く切り詰められた矢が飛んでくるが

     千沙は面倒くさそうにすべて避けるか弓を以てこれを打ち落とす。

     刀すら抜かない。完全な舐め試合である。退屈して欠伸する程度に。

    「腕は上がってるのは褒めて進ぜよう」

    「だから! 上から言うんじゃねぇ!」

     がさっ! と大きな音が千沙の後ろで立てられる。

    「また後ろからか……学ばないねえ……」

     溜息と共に振り返るが、千沙の耳に風きり音が「真横から」届く。

    「!? おおっと!」

     咄嗟に頭を下げて辛くもそれを回避する。

     さっきガサリと大きな音がした方に目を凝らすと……。畜生、大きな岩に縄が付けられている。

    多分どこかで引いたな? と千沙は推測する。

     やるな、蕗ぃ。

    「少しは頭使うようになったんじゃん?」

    「お前こそ江戸で鈍ったんじゃねえのか?」

    「いうねぇ、特にそんなことないよ。だって疲れてるの蕗だけじゃん?」

    「どうかな?」

     不敵な蕗の声。なにか隠してあるな? と千沙は直観するが、なにも周囲には見えない。

    背の高い木々や藪に囲まれたそこは視界もよくない。常人なら矢の一本すら避けられない場所。

    千沙はその藪を少し掻き分けて蕗を捕まえようとする。

  • 174二次元好きの匿名さん22/12/27(火) 07:55:41

    保守

  • 175二次元好きの匿名さん22/12/27(火) 12:36:01

    こっちの千束は荒っぽい

  • 176二次元好きの匿名さん22/12/27(火) 21:36:38

  • 177二次元好きの匿名さん22/12/28(水) 04:44:38

  • 178二次元好きの匿名さん22/12/28(水) 12:48:38

  • 179二次元好きの匿名さん22/12/28(水) 22:41:32

    >>173

    「……! よくないねー」

     すん、と鼻をヒクつかせて千沙は頭を屈めながら茂みから脱する。

     その直後に火薬の爆ぜる音が響く。

     風下からでもその火薬の香り嗅ぎ分けられる千沙。そしてその性質を理解している蕗。

    「お、やるね」

     その発射音が二重になっていくことにも耳聡く気づく。

     ――桜にも撃たせたな?

     千沙はその茂みから抜け出して、開けた平原に近づく。日中の平原に至れば

    良い的になるはずだが、千沙に限っては違う。


    どこから矢弾が飛んでくるかをほぼ予測でき、また不意にやってきても

    襲来の音や矢や弾を見分けて避けてしまう。

    平原に居れば動きやすいし、そもそも吶喊してくる者も迎え撃ちやすい。

    大きな木の下にどっしりと構えることは多くの者にとっては命取り。

    しかしながら先ほどの述べた通り、千沙にとってはまさしく戦闘の独擅場。

    そして、ここに来るに至ったのは、千沙の意志だけではない、まさしく銃弾と矢によって

    導かれたのである。


    「千沙ぁぁぁぁ!!」

     蕗が白刃を振り上げて千沙に迫る。殺気に満ちたその目はしっかりと千沙の煌めく髪を捉える。

  • 180二次元好きの匿名さん22/12/29(木) 07:35:22

  • 181二次元好きの匿名さん22/12/29(木) 12:50:47

    しゅ

  • 182二次元好きの匿名さん22/12/29(木) 23:23:20

    >>179

    あと数瞬遅れたら千沙の身体を大きく捉えていただろうその剣撃は側面からの予期せぬ銃撃によって防がれる。

    いいや、正確に言えばその銃弾は一発たりとも蕗に、千沙にも当たっていない。

    千沙と蕗の間の空間を数百発の銃弾が遮るだけだ。これによって蕗は結果的に踏み込めなくなった。

    そんな複数の銃弾が拳銃や火縄銃から出るだろうか? 否。ガトリング博士の発明した機関銃

    というものだけがそれを可能とする。

    それはとても珍しく、この時代にそれを有する場所は公式には2台しかないという。

    しかしながらお忍びで何十台か輸入され研究されていたり、好奇心旺盛な藩主が鉄砲鍛冶を使って複製させたものさえ存在する。

    そして、その中の一台が訓練場に今、置かれている。

    その操作者は――。


    「瀧~!」

     発射方向を見て心底嬉しそうな表情を浮かべる千沙。

    「瀧ィ!」

     険しく吊り上がった眉を向ける蕗。


    「どっからもってきたのこれー?」

     千沙がはしゃいでいるがそんなことはお構いなしに、回転台を蕗に向ける。

     数門ある銃口の全てが蕗の正中線を占めた。

     五間もない至近距離。

    「降参してください!」

     ここで瀧がくるくると取っ手を回せば蕗は文字通り蜂の巣になることは必至。

    いかに蕗がゴキブリのごとき俊敏さを有せるといえども数百発の銃弾を回避することは……恐らくできまい。

    「するかよクソボケ!」

    「!」

     瀧は思考が止む。いや、確かに死んでも恨みっこなしの訓練ではあるのだが……ここで殺してしまうのは。

    などと邪念が横切る。

     そのわずかな隙を蕗は見抜いて、咄嗟に駆け寄る。

  • 183二次元好きの匿名さん22/12/30(金) 03:17:34

    普通に死ぬやつ

  • 184二次元好きの匿名さん22/12/30(金) 08:59:08

  • 185二次元好きの匿名さん22/12/30(金) 14:29:08

    しゅ

  • 186二次元好きの匿名さん22/12/30(金) 18:18:38

    保守

  • 187二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 01:46:42

  • 188二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 09:16:25

    >>182

    瀧は機関銃の砲台を上の方に向けずに、ただ刀を右手だけで抜いて蕗の剣撃を防ぎ右側に転がる。

    「蕗様!」

    夥しい銃砲の音を聞いて血相を変えて、桜が飛んでくる。しかしその所為で周囲への警戒が疎かになる。

    「はい残念!」

    その一瞬の隙を千沙は見逃さずに足払いを掛けて転倒させる。千沙はその脇にしゃがみ込みおまけに後ろから首を絞める。

    「降参しよっか?」

    「……!」

     何も言うこともできず桜はうんうんと縦に首を振る。が、一瞬動きが止まった千沙を蕗は見逃さず、

    千沙と地面でもだえる桜を飛び越えて、その後ろに陣取る。刹那のうちに千沙の首に刃を当てて

    瀧を脅すつもりだ。

    「っ!」

     そう、千沙と桜とを瀧に対する盾というか障害物として運用した。これで機関銃を乱射できないだろうと踏んだ。

    それは正しい。機関銃は、撃てない。――機関銃は。

     パァン! パァン! と乾いた音が二発。

     一発は蕗の胴に、蕗の刀の柄にそれぞれ精密に当たる、というか目標対象物に吸い込まれていく。瀧の拳銃の弾は。

     訓練用の弾丸は火薬の量が少なくされているとはいえ、大きな衝撃が蕗の身体にかかる。

     刀を咄嗟に撮り落さなかったのは僥倖と言うべき。しかし瀧は、その様子を見てまだ攻勢を緩めず。

    「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

     と叫びながらこちらも千沙、桜を飛び越え一瞬で蕗に飛びつく。そして、引き絞った右の拳を蕗の頬に叩き込んだ。

  • 189二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 15:27:20

    保守

  • 190二次元好きの匿名さん22/12/31(土) 21:31:24

    >>188

    「……っ!」

     瀧は蕗を組み敷きもう一発、拳で打ち据えようとするがぐっと肩が押さえられる。

    「もういいだろ? 瀧」

     瀧はふと我に帰って蕗を見る。地面に敷かれた蕗は頬を赤黒く腫らせて、死ぬほど痛いはずだが、涙を溜めてはいるがそれを流さず、瀧とは目を合わせない。

    深い赤色の着物は縒れて、胴には銃弾がめり込んでヒビが入っている。

    「……負けだ。私の敗け」

     蕗はそう、息を吹いた。その直後に遠くで鐘が響いた。


    ――

    「ねえ、エリカ。瀧ってば蕗を降したんだってよ?」

     と、聞かされたエリカは脱兎のごとく座敷から飛び出し、その山に向かう。

     日頃、持つべきとされた大小の刀とその他の武器を装備することももどかしく、ただ脇差だけを掴んだ程度だ。

     白足袋が床を滑る音が廊下に響き、草履をつっかけ、息を切らして霧立ち上る山の麓に行く。

    物見遊山の彼岸花がちらほらいる。流れ矢、弾が来ることも承知でいるような人たちだ。


    ああ! 私はいつまでも弱虫だ! 

    ずっと部屋で蹲っていた自分に対してエリカは責める。


    きっと、この先に居るはずだ! 山の中腹で人の話し声が、ずっと待ち焦がれた人の発する声が聞こえるんだ。

    「瀧!」

     短いが鋭いその声に気づいたのはその人ではない。千沙だ。

  • 191二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 00:53:12

  • 192二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 09:00:49

    保守

  • 193二次元好きの匿名さん23/01/01(日) 15:03:14

    >>190

    「お、誰かが君を呼んでいる~」

     千沙は瀧にその方へ行くように促す。

     霧の向こうから出てきたのは、果たしてエリカだった。

    「……! 瀧!」

     ここまで走ってきて、そして名前を叫んだのだ。その叫びはもう殆ど掠れ声そのもので、

    でも、彼女にとっては出したことのない大きな声だ。

    「ど、どうしたんですか……エリ」

     か、ならず。いつものエリカを知っている瀧はそれに動揺する。

     その動揺の最中、エリカは瀧の肩を掴んで揺らす。

    「私! ずっと瀧に謝らないとって思ってた! 私の所為であんなところに追いやられて!」

    「エリカ……」

     ふとエリカの手を見る。この間の傷はよく治っていて、最早包帯もされていない。

     これならもう刀も銃でもなんでも握ることができるだろう。

    「傷の具合はいいんですか?」

    「え? あ、うん……名医らしい人に診てもらって……うん。手も腕ももう平気……」

    「よかった」

     瀧はエリカの、傷跡に触れた。

     壊れ物を取り扱うかのような慎重な指で、そっと。

  • 194二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 01:19:21

    続くのかな

  • 195二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 11:27:28

  • 196二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 16:27:01

    >>193

    「エリカ、気に病まないで」

     瀧はそれだけ言うとくるり、と反対側を、千沙の方を向いてそちらに行く。

     エリカは傷口がふと熱くなるような感覚を持った。

     それは、決して増悪したからではない。その傷をなぞってくれた冷たい指を思い出したからだ。

    ――

    「……もう閉まってると思いますけどね……」

    「えー! そっか……考えてなかったな……」

     訓練地である愛宕山、そこから少しばかり山頂を目指したところに社殿がある。

    そこまでちょっと行ってみよう! と千沙が言い出したもんだから瀧はため息をつきながらも同行している。

     辺りは夕暮れ、もうそろそろ帰らないと途端に真っ暗になるだろう。

    だから、二人の足取りは非常に速い。よく鍛えられた二人はひゅんひゅんと音を立てて急坂を、岩場を飛び越えていく。

     霧の晴れた山頂近く、太陽を背にした社殿は、いよいよ映えて二人の登山の労を労ったのである。


    「買えた!」

    「こんなのが欲しかったんですか?」

     千沙は目的を果たして欣然と小躍りしている。

     それを怪訝な顔で見ている瀧。

    「こんなのってなんだよー! うちは商売繁盛と火事防止のお守りがないと始まんないんだっての!」

     夕焼けに透ける火廼要慎(火の用心)の札。

     愛宕の山は火防けの神の祀られる、そんな場所に燃え盛る炎を思わせる千沙が来るとはと瀧は思わず笑ってしまう。

    「なんだよぉ! さっきから失礼だぞ!」

     ぷんぷんと怒っているようだが実際はそうではない。じゃれついているのだ。これもいつも通り。

     細い行李に丁重に札を入れて千沙はそれを手に持つ。

    「すみません。じゃあ帰りましょうか、もう遅くなります」

  • 197二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 16:32:42

    >>196

    「なあ、瀧」

    「なんですか」

    「あの時私に銃弾が中るって思わなかったのか?」

     道すがら、あの時の話を千沙は振り返る。火薬の量を減らしているとはいえ、実弾には相違ない。それを

    躊躇いなく千沙の方へ向けて放った。それは見事蕗の刀の柄や胴に中ったが、そこには千沙がいたはずだ。

    「避けると思いましたから」

    「ふふん」

     自分の能力が信頼されていることに鼻を鳴らす。

    「……非常識な人ですよ。千沙は」

     ざ、と足音を立てて瀧は立ち止まる。ふと天上を仰ぐと赤と紺色の空が中間でよく混ざっている。

     紺色の空にはもう星が輝き、赤色の空ではまだまだ太陽が沈むことに未練を持って留まっているかのよう。

    「でも、もう憾みはないな」

     先行する千沙も歩みを止めて瀧と同じように同じものを見あげて、暫し二人は言葉を失う。

     そして瀧は最早満足したのか、千束並んで歩き始める。

    「ええ」

     瀧は千沙の抱えていた行李を代わりに抱えた。


    三話 おしまい

  • 198二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 16:34:46

    4話以降も後で書こうかな

  • 199二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 01:40:49

    うめ

  • 200二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 10:50:45

    「今日は看板娘の私、ミズキを紹介しちゃいます。器量よしの私を是非ともご注文頂き」
    「ここは身請けもあるのか……ただの茶屋だろうが、店の広告をしろよな」
    「ふん! じゃかわしいわ! 大年増になりそうな私を誰かに貰ってもらわないといけないんだから!」
    「なってるだろうが」
    「たたぁぁぁ! 貴様! 言ってはいけないことをだなぁぁ!」
    「見合いに断られてばかりのお前さん、この在庫どうすんだよ。余ってんだよ」
    「え? 私のこと在庫って言った? 余ってるって言った?」
    「言ってない言ってない」
    「はぁ……おっさんが謎のお菓子をたくさん仕入れてきてしまってからに」
    「どうする? 一応日持ちするとかなんとか書いてあるけど」
    「ええい、こんなんは千沙と瀧に任しときゃいいんじゃ! 私は化粧法を研究するからね!」
    「どうやったって法令線は隠せないぞ」
    「ほら、時間切れだぞ~。次回、彼岸花第四話」
    「虎穴虎児!」
    ――
    「誰が時間切れじゃ」
    「お前の婚期」

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