- 1二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 19:08:48
「ふあぁ……うーん、ダメだったなぁ……」
お日様も燦々と照りつけるお昼過ぎ、商店街の辺りをぷらぷらと彷徨うセイちゃん。朝から浜辺で竿を垂らしていたのは良かったけど、まさかツルツルぴっかんかんの丸坊主になってしまうとは。途中から『お昼はどうやって捌こうかな』とか邪念混じりになっちゃったのがダメだったんですかね?
というわけでくぅくぅお腹が鳴っているわけですけども、何故だかピンと来るお店もないままトボトボ歩いている悲しいウマ娘が私なのでした。
「……こんにちは」
「わぁっ!? ……って、カフェさんでしたか。驚いちゃってゴメンなさーい」
「いえ、大丈夫です……それよりも……」
不意打ち気味に挨拶を掛けてくれたのは、同じ美浦寮のカフェさん。外で顔を見る機会がないからか、私服姿が新鮮だった。黒くて綺麗な長髪に、白めのブラウスがよく映えるというか。セイちゃん? 釣りに行ったオーバーオールのままですけど?
「少し……血色が悪く見えたのが気になったので。もしかして、昼食の方は……?」
「あー、にゃはは……少々アテが外れてしまいまして」
心配そうに眉を寄せるカフェさん、釣られて私も困り顔。こうして話している間にも、素直な体はきゅるきゅる物欲しげに懇願を続けちゃうわけでして。およそ年頃の女の子としてダメな姿になってない?
「……私もこれから食事に行く予定だったので……一緒に行きませんか?」
「えっいいんですか? カフェさんの選ぶお店、楽しみですねぇ」
まあ、ご飯は一人で食べるより誰かと一緒の方が美味しいですから。せっかく先輩が誘ってくれるなら断る理由もありませんし。別に奢ってもらおうとかは考えてませんよ?
⏰ ⏰ ⏰
そんなわけで連れてきてもらったのは……ちょっと本通りから外れた、落ち着いた佇まいの喫茶店。自動ドアじゃなくて取手式の扉。電子音じゃなくて重ためのベルの音が、少し耳に心地良い。肩を並べて椅子に着くと、私ってカフェさんと身長同じだったんだ、なんて。
勝手知ったる様子の彼女からメニューを渡してもらう。サンドイッチとかオムレツみたいなメジャーどころを始め、パンケーキとかパフェみたいに甘いものが好きな子にウケそうなスイーツ、それに……へー、フィッシュ&チップスなんてあるんだ。すっかりお魚の気分だったセイちゃんにはうってつけですねぇ。 - 2二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 19:09:24
「……お好みに合う料理はありましたか?」
「いやぁ、気分にピッタリのメニューがたまたま見つかるなんてセイちゃんもツイてますね……ん?」
軽口を叩きながらドリンクの欄を眺めていると、ものすごく読みにくいメニューがあることに気付いた。明らかにお酒とかじゃないんだけど、でも少し見覚えがあるような。
「がま……こう……えい……?」
「蒲公英(たんぽぽ)コーヒー、です。飲んでみますか?」
「へー、ではせっかくなのでー」
たんぽぽコーヒーを2つに、私の注文とカフェさんはツナサンド。店員さんがぱたぱたと奥へ入っていくのを見届ける。けど、これで「たんぽぽ」って読むのは知らなかったな。今度教えてあげよう。やっぱり私達にとって、たんぽぽと言ったら、ねぇ?
「グラスちゃん……」
「……グラスワンダーさん、ですか?」
きょとん、と目を開いて首を傾げるカフェさん。なんというか、ザ・クール美少女って佇まいの彼女が可愛らしい動きをするの、ギャップ萌え? 起こしそうになるんですよねー。ま、それはそれとして。
「前にスペちゃんやエルとかと一緒に、晩ごはん食べてた時の話ですね。グラスちゃん、お造りパックの薬味やツマまで綺麗に完食していたんですよ」
「はい」
「それだけなら、料理を決して無駄にしない、礼儀の正しい子って話で終わっていたんですけど……」
そう言いながら、あの日の光景を思い出して。『彼女』に倣い、私もマスクを一つ被ってみる。
「『たんぽぽまで完食するなんて、グラスは見境のない食いしん坊デース!』……あの時はスペちゃんも笑ってたし、キングもヤバかったなぁ」
「それは……楽しそう、ですね?」
うんうん、分かりますよ。この話、素直に笑っていいのかなってなりますよね。だからちゃんとオチも付いていて。
「『エ〜ル〜? 食べる前からそんなことを言ってはいけませんよ〜?』って、グラスちゃんの圧が凄くてですね。セイちゃん以外は全員気圧されながら食べて、『案外美味しい』って。いやー、めでたしめでたしです」
大仰に肩を竦めながら、昔話の幕切れを宣言してみる。カフェさんの表情も少し和らいだように見えるけど、やっぱり少しだけ腑に落ちない部分がありそうで。にこにこ無言で微笑みかけてみると、気が緩んだのか彼女も思いを吐露してくれた。 - 3二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 19:09:48
「お造りの上に乗っているのは、菊の花、食用菊では……?」
「ご名答ですねー、さすがカフェさん」
彼女の言う通り、魚の上によく乗っている黄色い花はたんぽぽじゃない。「刺身の上にタンポポのせる仕事」なんてネタもありますけど。このオチを知っているかどうかで、話の面白さが変わっちゃうのが難点なんですよねぇ。
……菊の花、かぁ。
いつの間にか届いていたたんぽぽコーヒーを啜りながら、隣の少女を見つめる。あ、これスッキリした後味で割と美味しい。お高くないなら何杯でも行けちゃうかも。
……皐月賞を取って、スペちゃんが日本ダービーを制して。夏を挟んで一回り以上も強くなったスペシャルウィーク相手に、仕掛けも仕込みもフル活用して何とか勝ち取った菊花賞。
あの瞬間まではまだ良かったけれど、有馬記念や天皇賞・春を経て、見せつけられたのは彼我の才能の差。……あの日、トレーナーさんが身体を張ってくれなかったとしたら、どうなっていたかなんて。想像したくもない。
翻って、こちらの少女、マンハッタンカフェさん。皐月ダービーこそ出走していなかったけれど、菊花賞で華々しく勝利を飾ってからは、有馬記念や天皇賞・春を立て続けに制覇。
あのオペラオーさんやドトウさん、トップロードさん達を抑えて堂々の勝利に、世代交代かなんて騒がれた覚えがあったりなかったり。
凱旋門賞への出走こそ見送っていたけれど、着実に勝利を重ねる姿は人々の心を打っていたと思う。
「……夢を、見るんです」
「夢……」
だからかな、彼女にだったら、つい話してしまいたくなるなんて思ったのは。
「あの秋天で負けた後、1年以上、レースから逃げてしまって。戻ってきた春天では、12人の中でも大差の最下位でした」
「それは……」
「……6番人気こそ、頂いていましたけれど。オペラオーさんとドトウさん、トップロードさんの熾烈な戦いにみんな夢中で。悔しかったけど、少しだけ安心しちゃっていたのを覚えてます」
ただ、夢の内容を話しているだけなのに。少しだけ、心の中が曇天に包まれていくようで。
コーヒー越しに映る、ちょっぴり情けない表情の私。その手を優しく握ってくれたのは、他ならぬカフェさんだった。 - 4二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 19:10:27
「私も、夢を見ます……」
「カフェさんも?」
「……あの、凱旋門賞。あの子に届くかもしれないと思って、日本から飛び立とうとした日。……あのレースで見た景色は、そんな期待とは裏腹に、悲惨なものでした」
「……そんな」
顔色ひとつ変えず、滔々と語るカフェさん。もしかしたら、彼女はその事実を、心のどこかで受け入れていたんじゃないかとすら思えてしまって。けれど。
手の甲に伝わる、コーヒーの熱とは違った、じんわりと広がる暖かさ。彼女はただ、私に向けて微笑んでいた。
「ひょっとしたら、いつか、どこかで在り得たかもしれない可能性。ですが、私達は違います。だから……きっと、大丈夫」
「きっと、大丈夫……」
「ええ……」
ある意味で、根拠も何もない夢物語。けれどその言葉に安心してしまったのは……私が、本当は「大丈夫」と言って欲しかったから、なのかもしれない……なんて。
運ばれてきた2人分の料理。その素晴らしい香りに胃袋が絶叫するまで……2人重ねられた手は離れなかったのでした。
⏰ ⏰ ⏰
「ごちそうさまでした! いやー美味しかった美味しかった! たんぽぽコーヒーも良いものですねぇ」
「気に入っていただけたなら、私も嬉しいです……」
それぞれの代金を自分で払いつつ、少し日の傾いた外に出る。仄かに風の吹き始めた路地は、人通りが少ないのもあって少し居心地が良かった。
「そういえば、もしかしてセイちゃんがお魚食べたかったのバレてました?」
「……潮の、香りがしたので。釣りの後だったのでしょうか、と」
「ありゃりゃ……」
服の匂いを確認してみるけど、先ほどの脂っぽいチップスの香りで塗り潰されていて。カフェさんの発言が本当かどうかは、確認する手段もなさそうだった。 - 5二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 19:10:45
「「〜〜〜〜♪♪」」
そんな2人の間に、同時に鳴り響く着信音。見ると私の方はフラワーからのメッセージで、カフェさんの方は……タキオンさんだったらしい。
「それでは、戻りましょうかー」
「そうですね……」
二人並んで、伸びる影を眺めながら美浦寮へと足を進める。……最初はただ、一匹も釣れないなんて運がない日だと思っていたけれど。こんな珍しい釣果に出逢えたってことは、そう悪い結果でもなかったのかな、なんて思うわけです。
……カフェさんも、私との交流で、何か思ったことがあったら嬉しいな。
そんなことを考えながら、一歩また一歩と、喫茶店から離れていくのでした。
……最後の一歩の目的地まで同じだったのは、流石にビックリしましたけどね! - 6二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 19:14:05
セイちゃんとカフェ、元々個人個人で推しではあったんですけど
「菊花賞馬」かつ「最後のレースで……」って共通点に気付いて、TSCの絡み(スレ画)以外にも色々見てみたい!という経緯で出来上がったSSでした
セイカフェ増えるといいな……(儚い希望) - 7二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 19:52:01
素敵な文章ですね
二人のレースをよく調べあげ、珍しい絡みの中にも上手く混ぜ込んで表現出来ていると思います
よほどウマ娘がお好きな方が書いたのでしょう - 8二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 20:11:47
ウンスとカフェの組み合わせって余り見ませんねぇ。
それぞれフラワーとかタキオン・ユキノみたいに固定化されてる部分もありますし。
とまれレアで上質なSSを読ませて頂きました! - 9二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 20:12:56
日常の延長線上にあるちょっとした非日常
静かでほんのり苦くて、でも、ささやかな希望と救いがそこにはあるようで
美しい物語でした
読むコーヒーですね、これは!
書いてくださった1に厚い感謝を! - 10二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 20:18:01
しゅき
- 11二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 20:21:20
素敵な文章と言ってもらえて大変嬉しいです……!
TSCのわちゃわちゃ交流が偉大なのと、やっぱり共通項が見える2人って良いですよね……
ウマ娘の娘、みんな大好きです……
ありがとうございます! 勝手知ったる王道の組み合わせも大好きですけど、どうしてもこの2人の交流をもっと見てみたかった……
ちなみに育成リッキー実装時のサポカがSSRカフェ(喫茶店でコーヒー)とSRセイちゃん(夜の寮でスポドリ)というサポカ同期かつ飲み物繋がりという共通点もあったり
こちらこそ、読んでいただいて大変感謝です! “飲むコーヒー”って表現が素敵……!
普段なら交流の薄そうな2人だからこそ、こういうちょっとした非日常に仄かな揺れ動きが映えるんだろうなって
ありがとうございますー!
こういうレスをいただけるだけで書いた甲斐というか「よかった……」って感じますね……
- 12二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 20:28:09
あー好き。今日みたいな寒い日にはこんな心温まるSSで一息つきたいものですね
- 13二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 20:31:17
良かった
- 14二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 20:36:40
すごいいい話でした!
セイちゃんとカフェて結構共通点あるんですね よく調べてらっしゃる すげぇ
公式でやっても違和感のないエミュでした!
面白かったです - 15二次元好きの匿名さん22/11/18(金) 20:46:34
好きって言っていただけるの、こちらも胸が熱くなります……
暖かいコーヒーのように、ほっと一息つけるような、そんなひと時を楽しんでいただけたなら何よりですね
ありがとうございます! レス一つ一ついただく度に喜びが広がる……
エミュ精度褒めていただけるのとても嬉しいです……!
セイちゃんとカフェの共通点、意外と“そんなところで繋がりあったんだ……”って驚くことしばしばでした
作中では入り切らなかったんですが、セイちゃん最後のレースで12着になった01年春天(1着オペラオー)の翌年がカフェの02年春天だったりとか
余談ながら01春天と02春天で共に3着だったのがトプロだったりします、彼女も好きなのでいつか絡んでみてほしいな……
- 16二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 07:21:30
朝から良SS発見
- 17二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 08:46:38
語り継がれるべき良作
こんな場末の掃溜にはもったいないわ - 18二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 09:04:07