【SS】煤竹色の装いに白黒をつけて【独自設定注意】

  • 1二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 11:28:08

     ある日、街中を歩いていると……

    「本当にすまないねぇ……」
    「気にしないで大丈夫っス! アタシが好きでやってることっスから!」

     お婆さんを励ましながら歩いている、担当ウマ娘……バンブーメモリーの横顔が見えた。背負っているのは大きく膨らんだ風呂敷、恐らくは荷物の重さを見兼ねて、自分から手助けを提案したのだろう。唐草模様の描かれた緑色が、彼女にとても似合って見えた。
     ……それにしても。

    【あんな私服、持っていたっけ……?】

     彼女がよく来ている外出着は、青と白を基調に赤色を目立たせた……俗に言うトリコロールカラーのスウェットだ。鮮やかな色相と、それでいて僅かな明度の差で深みを持たせた色合いは、彼女の内面が持つ“静”と“動”を同時に体現しているようにも見える。
     ……ボトムスをスパッツ一本だけに済ませて、脚の大部分を晒しているのは年頃の女の子として大丈夫なのかと思わなくもないが。

     翻って、今の彼女の服装は。同じトップスでも白黒だけを用いたシンプルなモノクロームに仕上がっている。ジッパーを外し、少し襟の立った首元を覗けば。深い黒の袖から顔を出す両手と併せて、いつぞやの応援団長を想起させた。
     下半身についても、角度次第でスパッツが見えそうなのは否定できないが……藤煤竹を思い出すような深い色味のショートスカートが、白と濃青で出来たトレセン学園の制服とは違った印象を彼女に纏わせている。

     ……敢えて、言葉を選ばずに言うのなら。少し彼女らしくない、落ち着いた装いに見えた。

  • 2二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 11:28:31

    「助かったよ、本当にありがとうねぇ」
    「力になれてよかったっス! 気を付けて楽しんでくださいっスー!」

     どうやら、彼女の人助けも無事に終わったらしい。お婆さんと、彼女を迎えに来たであろう若者に対して大きく手を振って見送る姿が見えた。
     ……対価を望んでの行動ではないだろうけれど、少しくらいなら労ってもいい気がした。

    【お疲れ様、カッコよかったよ】

    「と、トレーナーさん!? ……お疲れ様っス!」

     2人分のコーヒーを片手に、一声。彼女もいきなり俺が現れるとは思っていなかったのか、耳と尻尾を一瞬跳ねさせてストレートな感情表現を見せてくれたが。ものの一瞬もあれば、礼儀正しい彼女の30度を見る事が出来た。

    「これも風紀のためっス! アタシの目が黒い限り、困っている人は見逃さないっスよ!」

     そう言いながら、えっへんと胸を張るバンブーメモリー。一見して、思春期の女の子が見せる、大仰な素振りにも見えるけれど。彼女の行動は間違いなく善行であるし、そこに中途半端な照れや、恥じらい、天邪鬼を覗かせることなく正直に振る舞えるのは、彼女の美点の一つだと思う。

     ……だと、言うのに。

    「トレーナーさん? どうしたっスか?」

     俺の目線は、彼女の胸元……上半身から離すことが出来なかった。

    【……その、制服は?】

     さっきは横姿だったから気付かなかったが、彼女が着ている“それ”は、まごうことなく何処かの制服だ。罷り間違っても、トレセン学園のものではない。
     第一ボタンだけが緩められたシャツを見慣れぬネクタイで締め、薄灰色のベストで整える。やはり全体的に落ち着いた雰囲気だが、別に彼女が静かな装いをしていることを責めるだとか、そういう問題ではない。
     ……気になったのは、ただ一つ。彼女はそれを、「どこで手に入れて」、「なぜ着ているのか」、それだけだった。

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 11:28:45

     制服、標準服あるいはユニフォーム。ある一定の集団や組織の所属者が、着用することを目的に規定された服。その主たる目的は、組織内部と外部の人間を区別すること。

     例えば、ある学校の生徒が非行に走ったとする……あまり考えたくはない話であるが。これが休日で生徒が私服だったならば、いちいち質問や荷物を通して身元を特定する必要が生じる。一方で平日に制服姿で行為に及んだとすれば、少なくとも“○○市の××学校”まで断定するのは容易だろう。

     自己の所属を明確に表し、集団への帰属意識を高める……小難しく言えばそんなところだが、要するに「トレセン学園の制服を着ている私は、つまりトレセン学園の生徒だよね!」と言うことに他ならないというだけの話。
     風紀委員たる彼女は、時に制服を着崩したりしている生徒へ注意することもあっただろう。……だからこそ、他の誰でもなく、彼女が普段と相異なる装いを見せたことに驚いたのだ。

    「あー、コレっスか……」

     そんな動揺が伝わってしまったのか、バツが悪そうに両手の人差し指を合わせるバンブーメモリー。少し上目遣いになって不安げな顔は、普段あまり見られない可愛らしさがあるようにも見えたが……その原因が自分にあるとなれば、話は別だった。

    【ごめん、怒っているわけじゃないんだ。気になってしまっただけで】

     弁明と同時に、こちらも謝罪一礼。どんな理由があったにせよ、担当を怖がらせてしまうなんて行為はトレーナーとして失格である。まして、ほんの数刻前まで人助けをしていた少女に向ける態度ではない。

    「わわっ! 大丈夫っス大丈夫っス! ちゃんと説明するから頭上げてくださいっス!」

     彼女からの許しを得て、頭を上げる。少し顔を赤く染めた彼女は、しかしコホンと咳払いを一つ残して。

    「……長くなるかもしれないので、帰りながらでもいいっスか?」

    【もちろん。聞かせてくれると嬉しい】

     そう言いながら、連れ立って2人歩く。少し渇き始めていた喉に、コーヒーの甘味が染み渡る気がした。

  • 4二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 11:29:01

    「アタシが昔、弱虫だった話はしたっスよね? 父さんに鍛えてもらったことも」

    【うん、覚えてるよ】

     確か、剣道家の父親で……今は小学校の先生もしているのだったか。彼女が担当になる少し前、夕焼けも薄らいで夜の近付くグラウンドで聞いた覚えがある。

    「これ、その頃の制服だったんスよ。小学校の頃の。もちろんサイズは今のアタシに合わせてもらってるっスけどね?」

     その言葉に、今一度彼女の服装を眺め直して、得心する。確かに中学生や高校生と言うにはシックすぎる気もしたが、小学生ということであれば納得だった。

    「たまたま部屋の整理中に見つけて、そういえば持って来ていたなって。折角だからもう一回着てみようって思ったっス」

    【なるほど……】

    「……実は、勝負服のデザインもこれに近いので行こうかと思ってたっス。規定に引っかかったんで取り下げたっスけど」

     その言葉に、今の彼女の勝負服を思い出す。鮮やかな緑色のスカートと、緑裏地の黒コートにはどちらも竹を模した金刺繍をあしらって。初めて身を包んだ彼女が、姿見の前で喜んでいた姿を思い出した。

     ──勝負服の規定。例えばあまりに露出が多すぎるとか、反社会的な思想を想起させる衣装が許されないといった規定の中に、「既存のユニフォームの転用、或いは極端に酷似するデザインの禁止」という条項が存在した。
     身近なところでは、彼女の同室であるゴールドシチーであるとか。寮は違うが美浦寮長のヒシアマゾンも、同様の指摘によってデザイン変更を要請されていた覚えがある。
     まあ、何人か、「これ通るのか」と感じる生徒がいた覚えもなくはないが。

    「……思い出を胸に前を向くのは、いいことだと思ってるっス。ただアタシの場合は……過去に引き摺られてしまってないか。少しだけ、そんなことを思ったっス」

  • 5二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 11:29:32

     そう言って、セーラーの襟を摘む彼女。いつもの快活な笑みとは少しだけ違う、懐かしさと切なさを滲ませたような表情で。
     ……きっと、一言では到底言い表せないような、そんな思い出があったんだろう。トレセン学園は中高一貫の6年制だが、小学校も当然6年制。今の制服よりも、過去の装いに触れていた期間の方が、当然長いのだから。

    【別に、いいと思うよ】

    「トレーナーさん……?」

     きょとんと間の抜けた顔に変わるバンブーメモリー。コロコロと表情を変える彼女の素直さが、やはり愛おしいと思うこともあるけれど、今伝えるべきはそうじゃなくて。

    【思い出を原動力に変えて、“夢”へ走ればいいんじゃないかな】

     人は、過去の記憶だけに縋って生きていくことは出来ない。未来への希望だけを抱えて進んでいくことも出来ない。だから、きっと両方が大切なはずで。
     だから、君がその思い出を大切にし続けたいと思う限り……それを応援したいと思うのは、彼女のトレーナーとして間違っているのだろうか。

    「……と、トレーナーさんッ! 嬉しいっス、ありがとうっス……!」

     一応は外出中、大声を出し過ぎるのは良くないと思ったのか少し小さめの声で。けれど、確かに熱量を感じる彼女の謝意。やはり彼女には、この眩しいくらいの笑顔が似合う。

     少し色褪せていたように見えていた、彼女の“昔の”制服姿。それも今と同じくらい誇らしげに思いながら。

     白味の強い学園の制服に比べ、灰色の少女は夕焼けの光に優しく包まれているように感じられた。

  • 6二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 11:30:20

    バンブーメモリーの勝負服、今の緑鮮やかで少し荘厳な雰囲気も大好きなんですけれど
    原案勝負服を見た時の「このキリッとした快活っぽい少女からこんなクール系モノクロ衣装が!?」って驚きがあったんですよね(モノクロ大好きマン)

    それで彼女のストーリーの明るさ強さが分かった状態で原案を見ると、少し表情が固いというか
    右手の竹刀も合わせて「少し無理をしている」ように見えたみたいな経緯が本SSの発端です

    だいぶ独自設定盛ってしまいましたが、こんな一面もあったらいいな……くらいのノリでお願いします

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 11:40:49

    うわああああああ!!!推しの神SSだ!!!

    ありがとう…ありがとうございます…


    原案をそう生かしてくるとは思いもしませんでした、確かに原案もすごい良いですよね!!!


    >一応は外出中、大声を出し過ぎるのは良くないと思ったのか少し小さめの声で。けれど、確かに熱量を感じる彼女の謝意。やはり彼女には、この眩しいくらいの笑顔が似合う。


    ここ一番好きです、声の気遣いめちゃめちゃ可愛いしやっぱり眩しい笑顔は似合いますよね、はい…!!!


    >それで彼女のストーリーの明るさ強さが分かった状態で原案を見ると、少し表情が固いというか

    右手の竹刀も合わせて「少し無理をしている」ように見えたみたいな経緯が本SSの発端です


    これに関してはそう解釈するのか…!と脱帽のかぎりで、自分にはなかった発想と観点のSSが読めて本当に本当に感謝しても仕切れない…!

    改めて良いものを読ませていただきました、ありがとうございます!!!!!

  • 8二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 12:03:20

    >>7

    うあああああ!? こちらこそありがとうございます!!

    しかし熱量が凄い……もしや例のバンブーSSの方……?


    バンブーメモリー、メンタルの強さと優しさが一本通っているというか、その明るさで自分自身を鼓舞している印象が強いんですよね

    決して翳らない陽光に一番照らされているのは他ならぬ本人みたいな


    そういうニュアンスを踏まえて原案と今の案を見比べると違いが見えてくるのかなと思いました

    推しの方にも喜んでいただけるSSに仕上げられて本当に良かったです……!

オススメ

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