- 1二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 21:29:28
「ねえトレーナー! ポッキーゲームというものをしてみましょう!」
昼休みも終わりかけた頃。トレーナー室の扉が勢いよく開けられるとともに、ファインは弾む声色で捲し立てた。
「あー……ファイン、こんにちは」
「あら、これは失敬。こんにちは♪」
ひとまずあいさつをすると、一旦は普段の様子に戻っている。しかし、お辞儀を済ませた彼女は、デスクへと駆け寄ってきて。
「それでね! ポッキーゲームというものをしてみたいのだけれど」
彼女は片手に持ったフィルムの袋を開けると、一本をつまんで食べていく。「キミもいかが?」と差し出してくるから、同じように一本を貰って口にした。軽快なプレッツェルの食感とチョコレートの甘味。この組み合わせはやはり絶妙で、あっという間に食べ終わってしまう。
「……それで、ポッキーゲームって何なのか知ってるの?」
「ええ。先ほどドーベルに教えてもらって、一袋分けていただいたの」
ぐるりと座面を回し、彼女の正面に向き合う。今日は十一月十一日。生徒たちの間では、この話題で盛り上がったのだろう。どこか微笑ましく思うあたり、若さを眩しく感じた。
「ねっ、お相手してくださらない?」
どのようなものかは知っていると言いつつも、本当に理解しているのか怪しく思う。知っていれば、多少は恥じらいというものがありそうなものだが。 - 2二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 21:29:54
「……その遊びはね、二人の人物が向かい合って一本のポッキーの両端を同時に食べ進めるんだよ」
「ええ、存じております」
「その先がどうなるかわかってる?」
「もちろん。どちらも離さなかったら、そのままちゅーしちゃうね♪」
「ちゅーってまあ、そりゃあそうだけど……」
ファインはきゃあきゃあ言いながら、耳をぴこぴこと躍らせている。
「せっかくの文化体験ですもの。お相手はキミがいいなって思ったのだけれど……ダメ?」
彼女は腕を伸ばして手を取ると、両の手のひらでそっと包む。こちらの目をじっと見つめた、“お願い”の構え。
「……ダメって言ったら?」
「いいって言ってくれるまで動きません!」
「それじゃあ午後の授業に遅れちゃうよ」
「先生には『トレーナーのせいです』って言っちゃうもんね」
拗ねたように口を尖らせているが、そんな告げ口をされては非常に困る。学業に影響がないようにと言いつけられているのだから、彼女の成績に遅刻という傷は作りたくない。一方で、そんなことをして誰かに見られでもしたら一巻の終わりだ。あれこれ考えている間にも、刻限が迫ってくる。いい逃げ道を見出す時間がない。
「……しょうがないなあ」
「えっ、いいの? やったあ!」
結局、時間に追われるままに脅しに屈してしまった。公にバレなければ、こちらの方がマシだと自分に言い聞かせた。そういうことにしておいた。それ以外、何も考えていない。
ファインは小さく跳ねて「こっちこっち」と手を引いてくる。されるがままに身を委ねていると、流れるようにソファに着席させられる。隣には、スカートの裾を押さえながら腰を下ろす彼女。 - 3二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 21:30:43
「あっ、チョコレートの方を頂いてもいいかしら」
ファインは片方の端を咥えると、逆の先端を上下に揺らす。生地の断面が、少しでこぼこしている。扉は閉まっている。窓の外に人影はない。ここまで来てしまえば、あとは手短に済ませて隠し通すしかない。
ふう、と一呼吸おいてから、意を決して細長い棒を咥えた。山吹色の瞳と視線が重なる。間近で見ると、改めて整った顔立ちだと感嘆させられる。思わず、目を逸らしてしまいそうなくらいに。
彼女はふわりと微笑むと、ついにポッキーを食べ始めた。噛る振動が、橋を通じて微かに伝わってくる。
口にしているのは、先ほど自分で食べたときと同じもの。どうにも味が薄く感じるのは気のせいだろう。おずおずとひと噛りを進める間に、ファインはその何倍ものスピードで食べ進めている。
その勢いは留まるところを知らない。13センチメートルの距離は、瞬く間にほとんど埋められていた。こちらはようやくチョコレートにコーティングされた部分に差し掛かろうというのに、彼女の顔は文字通り目と鼻の先に。もう限界だ。ここまでにしておこう。残り短いポッキーを折ってしまおうとしたところで、彼女はぴたりと動きを止めて。
「……ん♪」
目を瞑り、唇をすぼめて。あごをわずかに上げた姿は、まるで何かを待っているかのように。
全身が固まった。視覚以外の感覚が遮断されて、目の前の光景だけが脳へと伝達されているみたいだった。麗しの王女さまが、向かい合う男を誘い込むかのような仕草をしている。
見惚れている間にも、変わらず時間は流れている。はやく、それを噛み切って、彼女を教室に向かわせなくてはならないのに。それなのに、つんと尖った鼻先と、淡く薄い唇と、ほのかに色づく頬と。その全てから、目が離せない。
ああ、いっそのこと、お望み通りにしてしまおうか――と、ファインは薄目になると、ふっと口角を上げて。 - 4二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 21:31:39
「――んっ、ご馳走さまでした♪」
反応する暇さえ与えずに、いとも容易く橋を渡りきってみせた。
「うん! 楽しい体験でございました」
「……最初からこうするつもりだったの?」
ファインはぺろりと唇を拭う。桃色の隙間から、赤い舌先が覗く。
「本当はキミからさせるつもりだったのだけれど、あれだけしても動いてくれないんですもの」
担当ウマ娘に、ましてや高貴な立場の彼女に手を出すなんて誰ができようか。……一瞬だけ出来心がよぎったなんて、そんなことは決してない。
「あっ、残りはキミに差し上げます♪」
ファインはまだ何本ものポッキーが入った袋を握らせると。
「それではごきげんよう。放課後のトレーニングはよろしくね」
急ぎ足でトレーナー室を出ていく。時計を見直せば、針はほとんど進んでいない。わずかな時間だったのに、何十分も経過しているように思えた。
大きく息を吐き、天を仰ぐ。全身の力が抜けてしまって、背もたれに身体が沈み込む。あのお転婆王女さまは、どれだけ他人の感情を振り回せば気が済むのだろう。しかし、そんな気ままな態度が彼女の大きな魅力であることは、認めるほかなかった。
手元には彼女の置き土産。中身を数本掴み、まとめて口の中に放り込んだ。バリバリと噛み砕くと、糖分が粘膜に張り付いていく。
咀嚼を終えて、もったりとした甘味を胃に送り込もうとした。けれど、口の中が妙に粘ついていて、なかなか上手く飲み込めなかった。 - 5二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 21:36:28
積極的な殿下、いいね
でも3年走り切って戻ってきた殿下かな
帰る覚悟してた殿下はこんなことしない(面倒くさいトレーナー) - 6二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 21:37:56
前作
これがお祭りですか|あにまん掲示板 レース観戦の帰り道。駅へと歩みを進めていると、人だかりに行く手を阻まれた。人々の隙間に目を凝らすと、色とりどりの幟や出店が立ち並んでいるのが窺える。「これが秋祭りですか」「うん。ルビーはあまりこうい…bbs.animanch.com一週間の出遅れでした
トレーナー視点はやっぱり難しい
書きたい題材はいくつもあるのに出力が不調でなかなか上手に書けないこの頃だけど、今作は無理やりにでも一旦完成させることにしたものです
- 7二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 21:38:34
あぁなんてことだ、またお気に入りに登録しなきゃいけないSSが増えてしまった
殿下はこういう言動しそうでな…ホントいいもの読ませてもらったわ…ありがとう… - 8二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 21:47:27
三歩下がって着いて行くくらいなら
ハミングしながらあなた戸惑わせる
これが私なりの愛の伝えかた
分かってる?感じてる?受け止めて欲しいの - 9二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 22:30:19
>>
目を瞑り、唇をすぼめて。あごをわずかに上げた姿は、まるで何かを待っているかのように。
全身が固まった。視覚以外の感覚が遮断されて、目の前の光景だけが脳へと伝達されているみたいだった。
ここで脳が焼けた、が
>>
反応する暇さえ与えずに、いとも容易く橋を渡りきってみせた。
ここで脳がさらに焼けこげてどうしようもなくなった
好きな表現が多すぎる
- 10二次元好きの匿名さん22/11/19(土) 23:33:35
ファインのSSあまり読んだことなかったんだけどとても良かった
殿下可愛いね、欲しくなる - 11二次元好きの匿名さん22/11/20(日) 00:49:00
- 12二次元好きの匿名さん22/11/20(日) 09:04:40
素晴らしい…心がみるみる回復していく…