- 1生態観測所 職員◆OU1pKi4EIE22/11/21(月) 07:24:44
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- 2三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:30:04
【千年に一度訪れて、夜空に輝く彗星があるという】
「なぁ知ってるかクライス? 今晩らしいぞ、千年に一度の夜」
塹壕の中で土壁に寄りかかりながら、泥や煤で汚れた顔でトーマスが言った。
時刻は昼下がり。レウネシア側からの砲撃も止んで、束の間の休息期間の事だった。
俺はくだらない、という気持ちを込めて大きく溜息を吐き出す。
「だからどうした。《千年彗星》だか《古龍彗星》だか知らねぇが、馬鹿みてぇにのんびり眺めてる暇なんてありゃしねぇよ。戦争中なんだぞ我が国セントラリアは」
そう、戦争中。
この大陸中のあらゆる国が、互いに滅ぼし合おうと矛を向け、群雄割拠と呼ぶにはあまりにも混沌とした争いの渦が巻き起こっている。
後世の歴史学者たちはこの有様を何と表現するだろうか? セントラリア軍の参謀本部は、最終的に5~9の国が残るだろうと分析しているらしいから、間を取って《七国大戦》とか?
どっちにしろ俺たち木っ端の雑兵には関係の無い話だけど。
その頃には一人残らずくたばっちまってるんだからな。
「けどよぉ……《古龍彗星》に願えば叶えてくれるって言うじゃねぇか。いっちょこの戦争の勝利でも祈ろうぜ。それか今すぐレウネシアの白ずくめ共を全部殺して、俺たちは王都に凱旋するとか」
「阿呆。そんなもん叶えてくれるわけあるか。……だいたいあちらさんも同じ事祈ってるんじゃねぇか?」
「……だよなぁ」
トーマスの声が、不意に消沈したように弱くなった。
横目で様子を窺うと、失った片腕に巻かれた包帯を小さく撫でてる。二日前の本格的な戦闘で、レウネシアの兵にやられた負傷だ。
トーマス以外の周囲の若い兵たちも、手や足や目を失った負傷兵が塹壕中に座り込んでいる。
かく言う俺も無傷ではない。利き手じゃない方の指二本切断で澄んでいるのは、運が良かった。 - 3三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:32:09
もう何週間もこうして戦っている。
俺たちが居るのはセントラリア王国北端とレウネシア神国北端の中間に広がる平野部。
戦略的重要度は低く、両国共に余り物の戦力をあてがっているため、それぞれが誇る英雄(バケモノ)たちはおらず、俺らのような非魔法兵に毛が生えた程度の雑兵が主力だった。
一週間ほど前に、向こうが巨大な世界樹の戦略兵器《ツリーフォートレス・オブ・ユグドラシル》を平野に立ち上らせた時は壊滅を覚悟したが、どうやら失敗作の出来損ないを処分する目的で投入させられたようで、結果として直接攻撃は来ず、平野全体の霊脈が半分ほど枯渇する程度に留まった。
お陰で両国の魔法だの祝祷だのの威力が弱まり、余計にズルズルと長引いている感すらある。
「俺はもう疲れたよクライス……」
「ああ、そうだな」
「本当ならアネットと、一緒に《古龍彗星》を見ようって……なんでこんな……」
「……」
トーマスは故郷に恋人を残してきている。
数年前、ようやく思いが通じ合った、という時にこの大戦が始まったのだ。
「……大丈夫だぜトーマス!」
空元気を振り絞って呆気からんと言い放つ。
「軍曹サマが言ってたろ。今日が終わって、明日の午前中には重深攻撃だ! 俺ら全員でレウネシアのクソ共に特攻して殺しまくって……終わりだ」
「終わり……そっかようやく終わりか、終われる……のか」
「そうさ! ようやくこんなクソ見てぇな世界におさらばできる!」
どんなに頭の巡りの悪いやつでも分かっている。
俺たちが生きて帰る未来はない。
各国の名だたるバケモノたちですらバンバン死んでいるのだ。
歴史に名を残すであろう彼らですらそうなのに、一般兵その一……として記録されることすらないであろう俺たちが、どうして生き残れる? - 4三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:33:25
「あーあ、考えて見りゃ人生これからって時に命じられるまま戦って終わりかぁ」
考えているうちに腹が立っていきた。
この戦争さえ無ければ、今頃どこの国でも千年に一度の夜を平和ボケした頭で祝えていたのに。
戦争が始まったばっかりに俺たちは意思を剥奪されて此処へ放り込まれて、こんな記念すべき日になっても戦わされている。
それはもう仕方が無い。仕方が無いが……。
「……最後ぐらい、好き勝手やってやるか」
その言葉は疲れ切った口からごく自然に零れた。
「クライス?」
塹壕の中で立ち上がり、不思議そうな顔をするトーマスにニヤリと笑う。
「“古龍彗星の夜に!”」
それはこの大陸じゃ有名な、お伽噺の台詞だった。
色んな種族の子供たちが、同じ森に集まって記念すべき夜を祝い、仲良くなったという童話に出てくる合言葉。 - 5三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:34:54
俺は指を失った手に巻いていた包帯を外し、端を握ったまま風魔法で塹壕の上へと旗のように舞い上らせた。
こっちを監視しているレウネシア側の兵に、よく見えるように。
そうして次に、そのままゆっくりと塹壕から身を乗り出した。
周囲のボロボロの仲間たちが、信じられないような物を見る目で俺を見た。
当然だろう。次の瞬間にも頭を撃ち抜かれるかもしれない。だが知ったことか。
俺は、はためいた包帯を掴んだまま両手を挙げて、そろそろと塹壕から外の平野へと出た。
今頃軍曹サマの怒鳴り声が聞こえるがもう遅い。というか軍曹も疲れ切っていて声に覇気が無いし。俺は後ろに向けて、さっきトーマスに言ったのと同じ台詞を残して歩き始めた。
ゆっくりと平原の向こうのレウネシア軍の塹壕に向けて、ホールドアップしたまま歩いて行く。
砲撃はまだ来ない。向こうは確実に俺に焦点を合わせているはずだが。
すると俺の目に、信じられない物が飛び込んできた。
レウネシア軍の塹壕からも独り、兵士が両手を挙げてゆっくりと歩いてきたのだ。
(マジか! いや、そうならねぇかなとは思っていたが……!)
俺とその兵士は、お互いゆっくりと近寄っていく。
両陣営からの凶弾は放たれない。お互いどれだけ疲れ切って嫌気が差しているのかを表わしているようだ。
それどころか、向こうの塹壕からは次々と同じように若い兵士たちが、後に続いて出てきた。
後ろを振り返れば、セントラリア側からも同様に。 - 6三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:37:23
やがて先頭に立つ俺とレウネシアのそいつは、手の届く距離まで近寄った。
俺は五本指が揃っている方の手を、慎重にその同い年くらいの青年へと差し出した。
「“古龍彗星の夜に”」
「あ、あー……“古龍彗星の夜に!”」
そいつは「あの童話の」という顔をした後、やや硬い表情で笑って俺の手を握った。
レウネシア軍の奴らなんてどんな凶悪なツラしてるのかと思いきや、精悍で少しイケメンの……なんつーか普通の青年だった。
「……今日ってこんなにいい天気だったんだな」
そんなことに、ようやく気がついた。
なんてことはない。
俺たちも奴らも、この戦争に疲れて嫌気が差していただけだった。
俺たちは、このめでたいはずだった日に、この戦場だけでも休戦しようと誓い合った。
あちこちで笑い声が響く。
俺たちは兵士である以前に若者であり、中には成人していない者もいた。
遊びたい盛りの彼らは、互いに馴染むのも早かった。
今では砲撃跡の少ない場所を見つけて、服や装備を丸めて作ったボールを蹴って遊んでいる奴らさえいた。どうやら我がセントラリアチームが一点リードしているらしい。
俺は最初に握手した青年と並んで、ガキ共の球技対決に声援を送っている。
「……名前は?」
「俺か? クライスだよ」
「そうか……。私はヨシュアだ。よろしくクライス」
何がよろしくなのかは分からんが、とりあえず頷いておいた。
俺らの背後ではトーマスが、レウネシア側の負傷兵と自分たちの婚約者について自慢し合っていた。
生気の失せた顔をしていたトーマスが、今はロケットペンダントの中の肖像を見せながらいきいきとアネットの魅力を語っている。 - 7三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:39:25
馬鹿騒ぎは夜になってますます大きくなった。
レウネシアの兵士が、出来損ないの《ツリーフォートレス・オブ・ユグドラシル》から樹液をたんまり抜き取ってきて、それをセントラリアの魔術兵が醸造して酒にしたらしい。
「マジかよこれは逃せねぇ……!」
「あいつら国の兵器をなんだと……って待てクライス! 我が軍の素材(?)なんだから私たちに優先権があると思わんか!?」
「俺らの魔術兵が作った酒でもあるからなぁ!」
やがて夜空の中天に、巨大な彗星が赤い尾を引いて現れた。
とてもゆっくりとしているのか、ほとんど動いているようには見えない。
「あれが千年に一度の《古龍彗星》……」
「お伽噺と同じで、本当に赤いんだな……」
酒臭い息を吐きながら、呆然とその光景を見上げる。
と、そんな俺らにフラフラと近づいてくる人影が。
「おみぇ~ら、飲んれますかァ~?」
「ぐ、軍曹!?」
「え、コレが……?」
ベロンベロンに酔っ払った軍曹は、敵味方関係なく次々とダル絡みを吹っ掛けつつ千鳥足で練り歩き――――盛大に吐き散らかして撃沈した。
そこにいつものしかめつらしい厳格さは微塵もない。明日からどうすんだコレ……と頭を抱えそうになって、そういえば明日は最後の特攻作戦だったと思い出した。
(あーあ、嫌なこと思い出すんじゃねぇよ)
「どうした?」
「んや、このまま戦争が終わりゃいいのにな……って」
「……」 - 8三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:41:03
その時、大きな歓声が上がった。
空を見上げると、ドクン……とまるで鼓動のように《古龍彗星》が震えた。
そして次の瞬間、大量の流れ星が次々と夜空を横切った。
「《古龍彗星》は千年龍星群を引き連れてくる……! 本当だったのか……!」
「ああ私も信じられない! こんな、こんな光景が存在するなんて……!」
流れ星の雨は止むことなく、次々と大気圏に突入して輝きながら燃え尽きていく。
やがて歌が聞こえてくる。
両軍の酔っぱらいたちが肩を組んで、流行の――少なくとも開戦前には複数の国で人気だった――歌を大合唱していた。
酔っぱらいの合唱なんて聴くに堪えないかと思いきや、レウネシア側に低級とはいえ聖歌隊のような部隊が混じっていたらしく、割と聴けるレベルの歌声になっている。
その中にはトーマスたちの姿もあった。
「よし、私たちも加わるか」
「えぇー……まあ、こんな日くらいいいか」
一日限りの休戦。
《古龍彗星》が見守る中、その宴は夜遅くまで続いた。 - 9三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:42:08
――――――
――――――――
―――――――――― - 10三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:44:37
「――――。」
セントラリア軍の塹壕で目を覚ます。
抱きかかえたままの武器を手に立ち上がる。
隣では、トーマスが同じように立ち上がっていた。
「ありがとうな、クライス」
「っ、はぁ?」
面食らう俺に、トーマスは笑った。
「最期にいい思い出と友人ができた。あの時お前が立ち上がったお陰だ」
「俺は……彗星を理由にしてサボりたかっただけだ。いい加減こんな戦争には飽き飽きだったしな」
「そうだな。それも今日で終わりだ」
俺たちは塹壕の片隅に集合し、軍曹から最後の作戦説明を聞いて、準備を整える。
あんな夜の後なのに、皆、落ち着いた精悍な顔をしていた。 - 11三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:47:04
アイツラ
「行こうぜ。戦場で親友が待ってる」
「だな」
俺たちは一斉に塹壕を飛び出して、昨晩飲み明かした平野を駆ける。
怖くはない。
あいつらは親友で、殺し合う敵だ。
『けどよぉ……《古龍彗星》に願えば叶えてくれるって言うじゃねぇか』
死出の旅路の最中、そんな言葉をふと思い出した。
――――ああ、《古龍彗星》よ。
一つだけ叶うのならば、次にやってくる千年後へと伝えておくれ。
俺たちがここに居たことを。
奇跡のように笑い合い、そして死んでいった無数の星があったことを。
きっとこんな戦争の無い、平和な世の中へと。
三十六万と五千の夜を越えて。 - 12三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 07:47:57
- 13〈睡眠薬師〉22/11/21(月) 07:49:12
諸行無常………兵士達の一人一人にも人生があったんだなあ
- 14三十六万と五千の夜を越えて22/11/21(月) 08:00:24
早速読んでいただいた……ありがとうございます
ファンタジー世界でなら、「Dragon Night」の歌詞がぴったり当てはまるなぁ
という発想でした
それでは書き終わったので、朝ですが今から寝ます - 15二次元好きの匿名さん22/11/21(月) 17:47:40
こういうの好きぃ……(語彙力消失)
大陸中を巻き込んだ7国大戦はこんな場面がいくつもあったのでしょうね…… - 16二次元好きの匿名さん22/11/21(月) 17:49:06
好き(挨拶)
こういう歴史に残らない名もなき英雄たちみたいなの好き……戦場だからこそ生まれた儚いけど何より強い友情……好き…… - 17〈薄明〉◆JawX2fps5g22/11/22(火) 02:06:00
美しくも哀しい物語でした
- 18魔刀剣士22/11/22(火) 12:00:18
美しい…三十六万と五千の夜っていうのもいい、1000年って遠いんだなぁって思った…