【SS・現パロ・CP注意】くいな「ゾロ!早く起きて、遅刻するよ!」

  • 1122/11/23(水) 20:19:16

    ※ゾロ(→)←くいSS くいなが色々とよわよわ 妄想、捏造過多

    このスレには閲覧注意要素はありませんが、


    現パロCP閲覧注意 どうして…|あにまん掲示板ウタさんからのアドバイスで這い寄る為に睡眠薬入のお酒と手錠と年のためにスタンガンを用意してゾロ十郎さんの家に忍び込んだのに帰ってこない…もしかして他の女のところに!?bbs.animanch.com

    閲覧注意要素のある上記スレからインスピレーションを受け、書いたものになります。スレ内の、

    『くいな以外見えていないのに多くの女の子に好意を持たれているゾロ』から主に構想を得ております。




    「ゾロ!早く起きて、遅刻するよ!」

     

     いつものように合鍵を使って玄関に入る。

     お邪魔します、と形式的に呟いて、勝手知ったる家だ、居間を突っ切ってすぐの左手の部屋をノックしながら開ける。

     ど真ん中に敷かれた布団の上、大の字でいびきをかいているゾロの下敷きにされている掛け布団を引きずり出す勢いでゾロを布団から追い出した。

     寝間着替わりにしている草臥れたタンクトップが捲れ上がり、いくつに割れているのかなんて数えるのもうんざりしてくる腹筋と仰向けの状態でさえ盛り上がりを主張する胸筋が顕になった。

     それらが薄っぺらで平らだった頃は、思い出せないほどに遠い昔だ。

     言葉にならない呻き声を上げながら私の手から掛け布団を奪い取ろうとする、丸太みたいに太い腕からどうにか逃げながら何度か名前を呼んでやるとようやく重たげな瞼が瞬いて私を睨めつける。

  • 2二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 20:20:57

    あの這い寄る地獄からSSができるとは…釜は用意しておきます

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 20:21:57

    うおーーーゾロくいスレ!!!
    ありがとう支援させてくれ!!!!!!

  • 4122/11/23(水) 20:24:50

    「ほら、朝ごはん用意してくるからその間に顔洗ってきて!」
     
     寝起きのゾロはいつも以上に悪人面で、それこそ小学生くらいの子なら泣き出すに違いない眼光がぎらりと私を威嚇するかのように貫くけれど、それももう慣れたものだった。
     大あくびを一つして、ゆっくりと立ち上がったゾロの後頭部に奇妙に跳ねた寝癖が付いている。
     どうやらまたシャワーを浴びてすぐ床に着いたらしかった。
     頭を動かす度にぴょこぴょこと動く寝癖を何となく観察しながら、布団を畳んで部屋の隅に運ぶゾロを待っていた。

  • 5122/11/23(水) 20:28:24

    ゾロの部屋は、部屋というよりトレーニングルームに幾つか私物を持ち込んだ、と言った方が正しいほど筋トレ用具が床の大半を占領していた。
     50キロを超えるであろうダンベルが数個とバタフライマシン、ラットプルダウンマシン、レッグプレスマシン、懸垂機……。
     どれもこれも元々は2階のトレーニングルームにあった物を、おじさん、つまりゾロのお父さんの部屋である1階の和室に持ち込んで、ついでにと2階の自室の物も降ろしてきて、食事睡眠筋トレその他家事全てを1階で完結できるようにしたのだ。
     
     だから私は、『あの日』以降、ゾロの家の階段を登ったことはなかった。

  • 6122/11/23(水) 20:32:18

    台所で味噌汁をひと煮立ちさせながらゆで卵のゆで時間のタイマーをセットしていると、顔を洗ってようやく目が覚めたらしいゾロが、プロテインシェイカーを振りながら鍋を覗き込んできた。
     
     「おはよう」
     「……おう」
     「具、豆腐とワカメだよ。先におにぎり食べとく?」
     「ああ」
     
     プロテインを一気飲みしたゾロは私がテーブルに置いてきていたおにぎりにもう手を伸ばしていた。
     中身は、鮭フレークが2つと梅干しが1つ。

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 20:33:44

    現パロでもゾロはバリアフリーの巨匠になっているのかどうか

  • 8122/11/23(水) 20:35:04

    「いただきます」
     
     ゾロが手を合わせる気配がする。
     なるべく大きくなるように握ったのに、私の手のひらで作れるおにぎりはゾロの3口に少し足りない。
     ゾロが2つ目を頬張っている丁度その時にタイマーが鳴ったので、湯を捨ててゆで卵を皿に乗せて出した。
     ついでにアジシオも。
     前は面倒くさがってゆで卵を雑に剥いて殻ごと食べることもあったけど何とか止めさせた。
     ゾロが心底めんどくさそうに殻をチマチマと剥く様は見ていてどこか滑稽で飽きない。
     そうして、ようやく完成した味噌汁はお椀1杯ならゾロにとっては一息だった。

  • 9二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 20:36:17

    ゾロは
    そういう
    雑なやつだより

  • 10二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 20:36:45

    不覚にも殻ごと食べるというパワーワードに笑ってしまった。悪食すぎる

  • 11122/11/23(水) 20:38:22

    「ごちそうさん」
    「お粗末さまでした」
     
     手を合わせたゾロはそのまま皿やお椀を流し台に運んで洗い出す。
     その背中が背筋のせいではなくやけに広く大きく見えて、なんだか少しもやもやして、洗面所からブラシと寝癖直しウォーターを持ってきてゾロの後頭部に吹きかけた。
     
     「っ冷てェ!」
     
     振り向いて眦を釣りあげて怒鳴るゾロは当たり前だけれどいつもの、いつかのゾロのままでほっとする。
     
     「後ろ、髪酷いことになってるからさ」
     「……悪ィな」
     「……何だか、マリモの手入れしてるみたい」
     「てめェなぁ!」
     
     くすくすと笑いながらブラシできれいなかたちの後頭部を撫で付ける。

  • 12122/11/23(水) 20:41:25

    部屋に戻って、カバンに教科書やノートを詰め込んでいるゾロを待つ。
     1度もまともに勉強なんてしたことないくせに置き勉しないのは、教科書やらが丁度いい重しになって筋トレできるから、なんて脳筋極まりない理由だったから聞いた時に少し呆れたのを思い出す。
     だから本棚には参考書の1冊もなく、剣道に関する本とトレーニング教本しか入っていなかった。
     ゾロの部屋には剣道に繋がる物しか存在していないようにさえ思える。
     必要ない物は全て押し入れの中だ。
     半端に開いた襖の奥、金メダル、立派なトロフィー、優勝としか書かれていない表彰状が一纏めに箱に押し込まれ、詰め込まれているのが見えた。

  • 13122/11/23(水) 20:44:46

    全国大会、インターハイ、大人達も入り交じる大会全てで負け無しのゾロは、その強さの証左となる物には殆ど興味が無いようだった。
     額縁に入れて部屋に飾られている表彰状はたったの一枚だけ。
     私のお父さんの道場で1年に1回行われる小さな大会。
     参加者は十数人程度で、誰にだって、頑張ったで賞とか健闘賞とか紙で作ったメダルとかお父さんの手書きの賞状とおかしとが貰える、そんなちっぽけで何の価値もない大会の。
     ロロノア・ゾロ 個人戦 準優勝 とだけ書かれた賞状だけが、部屋に入って1番に目に付く壁にあって、ただただ私を見つめていた。

  • 14二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 20:47:02

    くいなに勝ててないのにインターハイとかでは優勝…?
    曇らせの予感がするよい

  • 15122/11/23(水) 20:47:58

    玄関を出て、平然と右に曲がろうとするゾロのカバンを引っ掴んでゾロごと反転させる。
     何十回一緒に歩いたって何百回と言い聞かせたって、ゾロは学校までの道のりを覚えない。
     
     「私がいなかったら遭難してそう」
     「んなわけあるかよ」
     
     でも、徒歩で10分の道のりがゾロにかかれば1時間以上になるのだから1人で出ていって山中で立ち尽くすゾロは想像に容易かった。

  • 16二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 20:48:36

    どうしてあの唐変木なクソマリモにくいなちゃんや、たしぎちゃんみたいな美しいレディが集まってるんだ。
    俺の周囲には野郎とニューカマーばかりなのに…

  • 17122/11/23(水) 20:49:37

    進学先が同じでよかった。
     私がいなかったらゾロはずっと迷子だったから。
     って自分に言い聞かせている。
     でも、ゾロなら2時間でも3時間でも早くに家を出て遭難しても隣町に行くことになっても散々迷っても意地で学校に辿り着けるはずだ。
     私がいなくたって、私が幾つも言い訳を並べて合鍵を持ち出してゾロを迎えに行くよりずっと早くにゾロはずんずんと進んでいって、どれだけ遠回りしてもいつか必ずゾロは行きたい場所に行けるはずだ。
     だから私なんかがいなくてもゾロはきっと強いし、強くなれるし大丈夫なんだ。
     でも、ならどうして、私は、

  • 18122/11/23(水) 20:52:27

    「くいな」
     
     名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。
     坂もなく、1本道に等しい通学路に横たわる、四車線の道路の上を繋ぐ歩道橋。
     いつの間にかその階段の1歩目にさし掛かろうとしていた私の手を、ゾロの手が握りこんでいた。
     私の手よりふた周りは、ううんそれ以上に大きい手のひら。
     かさついていて、日に焼けていて、細かな傷だらけだけど爪は綺麗に切りそろえてある。
     指元の竹刀ダコが何度もできては潰れて厚くなった皮膚が、硬く硬く私の手のひらを包み込む。
     体温の高いゾロの手のひらは、いつでも熱いくらいで目眩がするほどだった。

  • 19122/11/23(水) 20:54:41

    歩くより少しゆっくりと階段を登りきって、車を見下ろしながら橋を渡り終えた後、階段を降りる時はゾロの手に力が篭もる。
     登りよりも更に時間をかけて私たちは階段を降りていく。
     普段からあまり喋る方じゃないゾロはこの時は絶対に喋らないから何となく私も口を噤んでしまう。
     ぎゅう、と握られた手のひらから、いのちの塊みたいな熱と脈だけが伝わる。

  • 20二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 20:56:30

    ……なんかあったんやろなぁ……

  • 21122/11/23(水) 20:57:05

    歩道橋を降りたら学校はすぐそこだったけど、何となく握ったままだった手をぱっと離してしまったのは正門のところに立っているのがあの子だったからだ。
     それに気づいたらしいゾロもうげっ、と顔を歪ませる。
     その子はきっかり校則どおりの制服に身を包んでいて、風紀委員の腕章が目立つ腕を振り上げながらだらだらと登校する生徒たちを急かしていた。
     なるべく見つからないようにと身をかがめたけどもう遅かった。
    赤縁メガネの奥の瞳がきらっと光って、私たちの姿を、いや多分ゾロの姿を捉えたらしい。

  • 22二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 20:58:57

    (これもし自分の予想が当たってたらたしぎちゃんのこと1番苦手なんだろうな……)

  • 23122/11/23(水) 21:00:08

    「ロロノア・ゾロっ!」
    「んだよ、今日は遅刻してねェだろうが」
     
     早足にゾロの元へと駆け寄ってきた風紀委員、たしぎさんは、今日が秋にしてはまだ着込まずにいられる程度の気温のせいにはできないくらいに頬を赤く染めていたから、何だか私の方が恥ずかしくなって目を逸らした。
     だって私とたしぎさん、血の繋がりがないことを疑うくらいに私と顔が似ているから。
     くいなさん、おはようございます!と私にきっちりとあいさつをしてからたしぎさんはゾロに向き直る。

  • 24122/11/23(水) 21:02:37

    「ロロノア、今日こそ生徒指導室に来てもらいますよ!」
    「だから、今日は何も、」
    「ピアスは校則違反ですっ!それに度重なる授業への遅刻の件で先生方からの呼び出しがかかっているじゃないですか!」
    「そりゃこの学校が不思議学校で、教室が勝手に移動するからだ、おれのせいじゃねェ」
    「あなたって人は……!」
     
     たしぎさんがつらつらと並び立てる罪状にうんざりしたとでも言いたげに肩を竦めたゾロはこっそりとたしぎさんの目を盗んで校舎に入ろうとする。

  • 25二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 21:04:27

    教室が勝手に移動する
    ありえねえだろ学校の性質上…!

  • 26122/11/23(水) 21:05:49

    「待ちなさいロロノア!」
     
     ゾロの服の裾をたしぎさんの手がぱっと掴んだ。
     
    「ボタンは1番上まで留めませんと」
     
     首元が締まるのを嫌うゾロは第2ボタンくらいまでは開けている事が多いけど、たしぎさんはそれを決して見逃さない。
     女子剣道部副部長でもあるたしぎさんの手は、絆創膏が目立っていたけれど『剣士』の手だった。
     ゾロ程とまではいかなくとも、その手のひらはきっと豆やタコが何度もできては潰れて皮膚は硬くなっているだろう。
     他の人から見てきれいじゃないとしても私からしたら羨ましくなるくらいにはきれいな手のひらだった。
     たしぎさんのテーピングが巻いてある親指と人差し指、中指が小さなボタンを摘んでは留めていく。
     背伸びをしているたしぎさんがボタンよりもう少し目線を上に向けたら、どうやら戸惑っているらしいゾロと目が合ってしまうだろうか。
     私は、ゾロがたしぎさんから目線を逸らし続けていますようにと意味もなく祈った。

  • 27122/11/23(水) 21:08:29

    「これでよし……。さぁ生徒指導室に行きますよ!」
    「だからおれのせいじゃねェって言ってんだろ!」
     
     たしぎさんはゾロの服の裾を掴んだままずんずんと歩いて行き、ゾロもどうやら無下にはできないらしく(何せただでさえ超低空飛行の成績のせいでこれ以上先生方から目をつけられたくないからだ)ずるずると引きずられていく。
     そうして一人取り残されてしまった私は、ゾロの体温なんてもう残ってはいない左手を見つめる。
     もう、竹刀を握った感触さえ忘れてしまった手のひら。

  • 28122/11/23(水) 21:10:50

     授業後、正門の傍で座り込むゾロを見かけた。
     シャツのボタンが第2ボタンまで外されていて、没収は避けられたのかピアスもちゃんと付けられたままで、ほっとして、ほっとした自分に嫌気が差した。
     その理由も分からないまま、とにかく声をかけようと手を上げかけた私のすぐ隣で甘い甘いペルーバムサルが香った。
     お姫様みたいなドレスをお姫様みたいに着こなした、ピンク色のウェーブがかった髪をカールさせた、宝石みたいにきらきら輝く女の子。

  • 29122/11/23(水) 21:13:17

    「おいロロノア、てめェなんでこっちにいやがるんだ、待ち合わせは裏門の方だって言っただろ!」
    「うるせェなぁ、似たようなもんだろ」
    「真逆だろうが!駐禁取られたらてめェのせいだからな!」
     
     ゴスロリドレスの女の子は制服ばかりの生徒達の中でとにかく浮いているようにも見えたし、その女の子──ペローナさんを包んでいるリボンやフリルやオードトワレからあまりにかけ離れた存在であるゾロが沈んでいるようにも見えた。
     でももしかしたらその凹凸がきれいに噛み合っているだけかもしれないけれど。

  • 30122/11/23(水) 21:14:49

    「こんにちは、ペローナさん」
    「くいな!久しぶりだな!なァ、そろそろこいつに東西南北を教えてやれよ」
    「いや、多分それよりフェルマーの最終定理の証明の方がよっぽど簡単ですよ」
    「確かにそうか」
    「馬鹿にしてんのかてめェらはよ!」
    「「してる」」
    「ハモんな!」
     
     ペローナさんと一緒にしばらく笑い合う。
     ペローナさんとはまだ数回しか会ったことはないけれど、ワガママそうな第1印象とは違って案外サッパリしていて世話焼きな一面もあったりして、それなりに仲良くやれていた。

  • 31122/11/23(水) 21:17:05

    『あの日』から、私が家の階段から落ちて昏睡状態になっていた2年間、お父さんは私の病院にお見舞いに行ったり治療法を探すのにかかり切りになってしまって、ゾロも通っていた道場を閉めざるを得なかったのだ。
     剣道の師を失ったゾロにお父さんが紹介したのがミホークさんだった。
     ミホークさんは日本で、いや世界で一番の剣士で、世界最強を目指していたゾロはミホークに教えを乞うた。
     この町から西に出た郊外にミホークさんの屋敷はあって、ゾロはそこで私が目覚めるまでの2年間、居候をして剣を教えてもらっていて、ミホークさんの養子であるペローナさんがゾロの世話や学校までの送り迎えを担当していたらしい。
     ミホークさんとゾロの師弟関係はまだ続いていて、剣道部が休みの木曜日は、いつもペローナさんが学校までゾロを迎えに来てくれてそのままミホークさんの屋敷で指導を受ける。
     だから私はペローナさんに少し負い目があるのかもしれない。

  • 32二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 21:19:15

    oh(´・ω・`)...
    昏睡状態になって剣を振れなくなったくいなですか…
    予想以上のが来た…

  • 33122/11/23(水) 21:20:07

    「とにかく!さっさと行くぞ!あっそうだ、てめェ私がくれてやったジャケットどうしたんだよ着てこいよ」
    「暑苦しいだろ、あれ」
    「馬鹿お前、身体冷やすとなんか駄目だって聞いたから作ってやったのに!」
     
     ペローナさんは服飾系の専門学校に通っているらしく、私の知らない間にゾロの箪笥の中にはペローナさん曰く試作品の服が何着か紛れ込んでいたのを思い出す。
     2年前は服なんて着られれば何だっていいってくらいに無頓着だったのに。
     確かにあの時見かけたゴシック系の装飾が施されているシャツやジャケットは、ゾロには似合わないよなんて言えるはずもないくらいにゾロの身体に、雰囲気に合っていた。
     だから今、ファスナーが開いたままのゾロのカバンから見えるのは近所のショッピングモールで買っていた薄っぺらなパーカーだったから私はまた少しほっとした。

     そうして、またそんなことを考えた自分を嫌に思う。

  • 34122/11/23(水) 21:25:13

    「な、お前も途中まで乗っていくか?」
     
     ペローナさんは、ファンシーなマスコットキャラクターのキーホルダーが付けられた車のキーをくるりと回して茶目っ気たっぷりに笑う。
     レースのロンググローブはゾロの左手首をがっちりと掴んでいた。
     そのままぐいぐいとゾロを引きずっていくのだろう。
     
     「ううん、大丈夫です」
     
     ペローナさんのあの可愛らしいピンクと黒の軽自動車に3人乗りこむのは狭いかもしれない、と何故か咄嗟に思ってしまって、ペローナさんとゾロをそのまま見送りながらペローナさんの手を思う。

     小さくて華奢で、物を創り出し物を生み出すことができる手。
     ゾロに何かを与えることができる手。
     私は自分の手をふと見下ろす。
     痩せぎすであまり強い力を込められない手。
     今はもう何も持てない手。

  • 35122/11/23(水) 21:28:31

     いつものように合鍵を使ってお邪魔しますと言いながら扉を開けて違和感に気づいた。
     つっかけとスニーカーくらいしかないはずの三和土に、泥の一欠片もないピカピカの濃茶のローファーがお行儀よく並んでいる。
     私は慌てて、つまりノックをするのも忘れてゾロの部屋に飛び込んだ。

    「日和さん!あなた合鍵なんていつの間に、」
     
     言いながら、日和さんがいるはずの部屋をぐるりと見渡す、いや見渡す前に気づいてしまった。
     布団がやけに盛り上がっている。
     私は少なからず動揺した。
     いつものように大口開けていびきをかいているゾロの左腕に絡み付くように眠っていた、この辺りでは見慣れないセーラー服を着こなした可憐な少女がゆっくりと目を開ける。

  • 36122/11/23(水) 21:31:44

    「おはようございますくいなさん。お先に添い寝をさせて頂きました♡」
    「先にって……私は別に後に先にもゾロと添い寝したいだなんて思ってな……じゃなくて!あなたどこから入ってきたの!?もしかして鍵を勝手に、」
    「いいえ、お庭のお窓が開いていましたのでそちらから」
    「ちょっとゾロ!戸締りくらいちゃんとしときなさいよ!」
     
     ゾロの肩を掴んで勢い任せに揺らしてやるとゾロは目を覚ましたらしく寝ぼけ眼で私を見つめて、口元の涎を手の甲で拭ってからそうしてようやっと自分の腕に巻きついていた日和さんを認識したのか眉をひそめた。

  • 37二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 21:32:38

    神経損傷しての麻痺か…それはそうと日和お前はやっぱりトキの娘だよ

  • 38122/11/23(水) 21:34:26

    「なんだっててめェはまたこんな……」
    「おはようございます、ゾロ十郎さん♡」
    「あァ……?おはよう……?」
     
     未だにぼんやりとしているゾロに笑顔を返して、朝食の準備をしてきますね、と台所に消えていく日和さんを呆然と見送るしかできずにいた。
     玄関に置きっぱなしになっている私のカバンの中には今日もゾロのために握ってきたおにぎりがあるのに。
     
    「もしよろしければくいなさんも召し上がってください」
     
     いつの間にかエプロンを身につけてきた日和さんはにっこりと微笑んでいる。

  • 39二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 21:38:10

    日和強ェ…

  • 40122/11/23(水) 21:38:27

    私が昏睡していた2年の間に、何やらトラブルに巻き込まれた日和さんをゾロが助けたのがきっかけで、隣町の御屋敷に住んでいてお嬢様学校に通う、正真正銘のお嬢様な日和さんは、こうして度々ゾロの家に上がり込んでは一緒に寝たり家事をしたり他愛のない話をしているらしい。
     ゾロもゾロだ、約束もなく来るのだから追い出せばいいのに、そのうち飽きるだろ、なんて好きにさせてるから。
     特に問題に思っている訳でも困っている訳でも無さそうなゾロは、興味無さげに洗面所へと消えていく。

     でも、ゾロが日和さんと『どう』なろうと私には関係ないじゃない。

     心の中で呟くそれが、自分に言い聞かせているのか、自分へ言い訳しているのか、自分を説得しているのか、自分が慰めているのか、どれでもあるようでどれでもない気がした。

  • 41二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 21:39:19

    ゾロってもしかして周りに寄ってくる女の子とちょっと懐いてる野良ネコくらいに思ってんのか?

  • 42122/11/23(水) 21:41:36

    つやつやと輝く白米に具沢山の味噌汁、脂の乗った焼き鮭に卵焼き、ほうれん草の胡麻和えとハイレベルな朝食に、すげぇなと零したゾロに悔しいけれど私も同意するしかなく、お言葉に甘えて私も一緒に頂くことにする。
     口にする前から分かっていたことだけれどお米から、味噌汁の出汁からレベルが何もかも違っていた。
     1パック98円の卵とか1瓶298円の鮭フレークとは存在する世界からして違う食材たち。
     玉子焼きだって甘いやつじゃない、少ししょっぱめのだし巻き玉子で、これはもうゾロの好みど真ん中のものだった。
     その証拠に何も言わずにもりもりと食べ進めているゾロの横顔を見つめて日和さんは嬉しそうに笑っている。
     それが本当に幸せそうに見えたので、私はもう何も言えずに味噌汁を飲んだ。
    ゾロが好きそうな合わせ味噌だった。

  • 43二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 21:43:27

    >>41

    ゾロってアホというかゾロ本人が、態度で示されても分かんねェからちゃんと言え!タイプなのでまとわりつかれようが何されようが面と向かって、好きです付き合ってください!って言われない限り女の子をなぜだか懐いてくる野良猫扱いしてそう

  • 44二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 21:45:01

     お着替えをお手伝いします!と名乗りを上げた日和さんだったけれどさすがに拒否されたらしく、部屋から追い出されて台所へと戻ってきた。
     食べさせてもらったのだからと食器を洗う私の横で、お皿を拭きながら日和さんは静かに囁いた。
     
     「ゾロ十郎さんとお付き合いしてらっしゃるのですか?」
     
     私は危うくお皿を取り落としそうになる。
    その一部始終を、なんなら私の頬の赤みや目線さえばっちり見通していただろう翡翠がすぅ、と細められる。

  • 45122/11/23(水) 21:48:36

     付き合っているのか。
     その質問は今まで何度もされてきた。
     私も、そして多分ゾロも。
     私達は同じ道場に通う仲間だった。
     同じ夢を掲げるライバルだった。
     でもそれは全て過去の話だ。
     短くて長い2年の間にその関係性は全て切り崩されてしまって、だけれど新たに積み上げているこの距離感に未だに名前が付けられない。
     黙り込む私を日和さんはただ見つめていた。

  • 46122/11/23(水) 21:51:21

    「ゾロ十郎さんもさぁこちらに!」
     
     玄関を出たゾロの左腕を抱き込んで、右に曲がろうとする日和さんの手を掴む。
     その曲がり角に待ち構えている日和さんのお付きの人と送迎車に、ゾロは気づいているんだろうか。
     
    「お前学校違うじゃねェか、大人しくそっち行け」
     
     語気こそ強めだけれど腕はゆっくりと解かれる。残念です、と日和さんはゾロからようやく離れた。
     それでも日和さんは決してゾロから目を離すことなくにこりと小首を傾げ、告げる。

  • 47122/11/23(水) 21:54:44

    「でも私、ゾロ十郎さんさえよければ側室でも構いません」
     
     笑いながら、けれど確実に熱が込められているように思えた。
     目にも声にも、いつの間にかゾロの左手の小指と薬指を握りこんでいた指にも。
     
     「この国は一夫一婦制で大奥ももうねェよ」
     
     ゾロは冗談だと受け取ったのだろうか、本気と分かっていて受け流したのだろうか。
    どちらであったかなんて知りたくなかった。
     日和さんはそうしてやっぱり笑顔を絶やさぬままゾロの手を簡単に離して曲がり角へと消えていったけれど。

  • 48122/11/23(水) 21:57:56

    「でもいつか、あなたから正妻の座を奪えばいいだけですものね」
     
     去り際に私の耳元で呟かれた声がまだここに残っている。
     
    「ですから正々堂々と、よろしくお願いしますね」
     
     宣戦布告の握手のように握られた手のひら。
     白魚のような指だった。
     白く、細いその先に桜貝に似た小さな爪が艶めいていた。
     華道も茶道も弓道も剣道も琴もピアノも色んな教養を知り修めた、しなやかな手のひらだった。

  • 49122/11/23(水) 22:00:50

     私は、私はもう竹刀を握れない。
     『あの日』の後遺症で腕の可動域はかなり狭まって、肩より上に上がることは無い。
     日常生活に支障はないとはいえ握力も落ちたし、調子が悪い日には痺れでろくに動かせない時もある。
     何より寝たきりだったのもあって体力も筋力もかなり落ちていた。

     私はもうゾロより強い剣士じゃなかった。
     その辺の、どこにだっている女子学生だった。

     たしぎさんはゾロのライバルになれる。
     ペローナさんはゾロの2年、いやその先をも造り上げ飾り付けられる。
     日和さんはゾロにこことは違う世界を新しい世界をみせることができる。
     そういう手を、皆きれいでうつくしい手を持っている。

     私は。

     私はゾロの何なのだろう。
     私は何ができるのだろう。
     私は何になれるのだろう。

     私は──

  • 50122/11/23(水) 22:03:23

    「くいな」
     
     ゾロの。
     ゾロの、低い、でも聞き取りやすくて心地よいバスが耳を擽った。
    私の知らない間に声変わりを迎えてしまったのに、私が目覚めて初めて聞いたはずなのに、聞き慣れてしまったように当たり前のように私を私たらしめる声がする。

  • 51122/11/23(水) 22:05:01

    「くいな」
     
     私より頭ひとつ上にあるゾロを見上げる。
     よく泣いてよく怒ってよく癇癪を起こしていたはずのあの頃の表情筋は少し固まってしまったようで、いつもむっとした顰め面をよく見る。
     でも、私の名前を呼ぶ時、ゾロの眉間の皺は消えている。
     柔らかにゾロは私の名前を呼ぶ。

     ゾロの手が。

     何者でもなかった私の手をぎゅう、と握りこんでいた。
     途端、炎よりも熱いんじゃないかってくらいの体温に包まれて、その熱が皮膚に伝わって血液を動かして心臓まで届くみたいに。
     どくりどくりと、耳元でいのちがかがやく。

  • 52122/11/23(水) 22:08:08

    「くいな」
     
     私は、ゾロの前で今、誰でもない、くいなになる。
     
     ゾロの手に引かれていつものように歩道橋の階段に足をかけた。
     ゾロの1歩はいつだって大きくて速いのに、今は私の隣をゆっくりと歩いている。
     ゾロは私の隣にいる。
     私の隣にいるゾロが、私をくいなと呼んでくれるから私はくいなになるんだ。
     お前はそれでいいんだと、手のひらが告げている。
     ずっとずっと昔から、そうだったように。
     私はゾロの手を強く強く握った。
     ゾロは少し不信げに眉を上げたが、やがて納得したように頷く。
     
     「お前、昔からおれと手を繋ぐの好きだよな」

  • 53122/11/23(水) 22:11:31

    『あんたの迷子防止のために決まってるでしょ!』

    『うん、好きだよ』
     
     私の前に2つの答えがあった。
     どちらも正しいしどちらも言いたいことだった。
     けど、世界最強の座もひとつしか無いように、私もゾロも、ひとりきりだから答えがひとつしか選べないのなら。

     私は何も言わずにゾロの手を握る。

     握って、少し緩めてゾロの指と指の間に私の指を絡ませる。
     そのまま決して離れないように力を込める。
     ゾロは前を向いたままだから表情は分からないけれど、歩くスピードが更に遅くなった気がした。
     そうして、階段を登りきって、そうしたら、

  • 54122/11/23(水) 22:15:22

    「今まで色んな子達に手を引かれたり掴まれたりしてたけど、ゾロが自分から掴むのは私の手だけだよね」
     
     ってゾロに言ってやったらどんな顔をするのか、真正面から見てやろうと思った。
     朝日に照らされた少し赤らんだ顔を、ただ、見たいと願った。

     階段を降りるのは、もう、怖くは無い。

  • 55122/11/23(水) 22:17:06

    終わりです。
    読んで頂いてありがとうございました。
    コメントや♡などとても励みになりました!

    くいなが朝ごはん用に作ったけれど出すタイミングを逃したおにぎりは、ゾロが気づいていてくいなのカバンから勝手に持ち出してお昼ご飯に食べてくれると思います。

  • 56二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:19:08

    >>55

    神SSありがとうございました!!

  • 57二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:25:07
  • 58二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:26:28

    最高のゾロくいをありがとうございます…!
    くいなちゃんがもう二度と目覚めないようなことにならないように絶対に自分から手を繋ぐゾロも二人がゆっくり階段を登ってそれ以上にゆっくり降りるのも大好きです!
    他の女の子達の描写も大好きで特に日和ちゃんの教養の高さの表現が秀逸でした!

  • 59二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:32:29

    めちゃめちゃ良かった
    欲を言うと後日談が読みたい

  • 60二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:34:05

    おれの立てたネタスレからこんな神SSが生まれて…

  • 61二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:34:50

    >>56

    >>57

    最後まで読んで頂き、また釜で煮て頂き本当に嬉しいですありがとうございます!


    >>58

    そう言って頂きとても嬉しいです、日和さんはぐいぐい押しながらも視野の広さというか器量の良さが魅力だなと思っているので教養が深い一面を出せていたのなら嬉しいです!ありがとうございます!

  • 62二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:36:22

    現パロゾロくいにはあるんだよぉ!
    幸せな将来がァ!
    (とても素晴らしいSSを…ありがとう!)

  • 63二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:36:34

    ありがとう……

  • 64二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:37:03

    >>59

    最後まで読んで頂きありがとうございます!

    実は後日談というかバレンタインデー編とホワイトデー編の更に短いSSも書いているので、明日時間があればこのスレに投稿するかもしれません、その時はもしよければ読んで頂けたら嬉しいです

  • 65二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:39:22

    >>60

    スレ主さん!読んで頂いてありがとうございます!ぐいぐい攻める日和さんとペローナちゃんを可愛らしく見守ってます、くいな一筋故に他の女の子達のアプローチに気づかずスルーしてしまうゾロという概念を知れたのはあのスレのお陰です、ありがとうございます!

  • 66二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:46:52

    >>62

    >>63

    最後まで読んで頂きありがとうございます!現パロゾロくいなんてなんぼあってもいいですからね

  • 67二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 22:49:02

    S

    語り継がれる…

  • 68二次元好きの匿名さん22/11/23(水) 23:30:32

    道歩くときも階段の時も手を繋ぐ二人いいよね・・・

  • 69二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 00:01:22

    語り…語り継がれ…

  • 70二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 00:03:11

    通学路一緒に歩く時は車道側なんだろうな、このゾロは…

    >>64

    楽しみにおまちしてます!

  • 71122/11/24(木) 08:01:35

    >>67

    >>68

    >>69

    最後まで読んで頂きありがとうございます!!!手を繋ぐゾロくい良いですよね……


    >>70

    ゾロがあまりにも自然に車道側を歩くのでくいなも意識してないくらいだと良いですよね……

    本日20時過ぎくらいの投稿を考えております、もしお時間がありましたら読んでいただけたら幸いです

  • 72二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 18:05:03

    保守

  • 73二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 18:58:28

    生きてる…生きてる…
    尊い…神…
    (本当に素晴らしいssですくいなちゃんの心理描写もゾロからの言葉の無い信頼と愛情と思いやりも尊いし周りの女性陣のそれぞれの恋する乙女感も全てが良い
    個人的にはペローナと少し仲が良いくいなちゃんが好きでした
    ペローナのファッションモデルにされるくいなちゃんの図とかあったらいいな)

  • 74二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 20:04:31

    ゾロくいの貴重なSSありがとうございます……!
    幾度も重なる手の表現がとても繊細に心を映す鏡のように感じました。すごいSSだあ……

    二年間ゾロは何思ってたんだろうなあ

  • 75二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 20:31:04

    >>73

    最後まで読んで頂きありがとうございます!

    ゾロの思いやりや気遣い、女の子達の各々違うアプローチ方法というか恋のかたちなどが伝わっていたらいいなと思っていたのでお褒め頂きペローナちゃんのファッションモデルにされるくいな可愛くて良いですね!かっこいいドレスとか男装とかも似合いそうで素敵です!


    >>74

    最後まで読んで頂きありがとうございます!

    原作のどちらが世界一の大剣豪になるか約束をするところで握手?をするシーンがあったので手を握ることがゾロとくいなの間で何かしらの意味を持っているかもしれないですよね……

  • 76122/11/24(木) 20:35:09

    SSを読んで頂き、またコメントやハート等とても嬉しかったです!本当にありがとうございました。
    続編ではないのですが、バレンタインデーとホワイトデーの番外編を載せさせて頂きます。
    上記SSと舞台や2人の設定は同じで、数ヶ月後のイメージです。



    『バレンタインデー』

    チョコレートに愛を込める日 。
    なら、チョコレート嫌いはそこに込められた愛に気づかないままなんだろうか。
     
     「よォ」
     
     段差に腰掛けるゾロの右側に置かれた、幼稚園児なら一人中に入ってしゃがみこめるんじゃないかってくらいに大きい紙袋から包装紙やら箱やらが見えて私は辟易した。
     2月14日、今日が何の日かなんてゾロの部屋にはカレンダーなんて無いから学校に来て初めて気づいたに決まってる。
     その紙袋だってどうせどこかの誰かから渡されたんだ。
     
    「あんた断らなかったの?お返しなんてやらないくせに」
    「だから何も返せねェって言ったんだ。それでもいいからって押し付けられた」
     
     私はゾロにバレないようにため息を飲み込んだ。
     それは悪手中の悪手だろう。
     だって、お返し目的の友チョコはその袋の中にはひとつきりとも入っていないことの証明になってしまう。

  • 77122/11/24(木) 20:39:07

     ゾロはモテる。
     アホみたいにモテる。
     こんなバカでデリカシーがなくてとんでもない方向音痴で男臭いやつなのに。
     そんなゾロのダメダメな所は100個だって言えるのに、ゾロの良いところはそれと同じか、もっと言える。
     意外に世話焼きな所とか周りをよく見ているところとか義理堅いところとか良いところとか、ゾロの良い所は私だけ知っていればいいのになんて思うのに。
     みんな目ざとくて抜け目がないから、ゾロの周りにはいつだってゾロを振り向かせたい女の子が沢山いる。
     ゾロを見つけられるのは私だけで良いのに。

  • 78122/11/24(木) 20:41:07

     私はちらと紙袋の中をのぞき込む。
     剣客の何とかとかいう新書の小説と、可愛らしいホラーテイストなラッピングが施されたモコモコのルームソックス、婚姻届(!)が添えられたペーパーナイフが見えてしまい慌てて目を逸らした。
     そうでなくても見える範囲ではマカロンやらキャンディやら和菓子やらが多いように思える。
     ああ、ゾロのチョコレート嫌いはいつのまにこんなに浸透してしまったのだろう。

  • 79122/11/24(木) 20:43:30

    「あんた、それ全部食べるの?」
    「1口ずつ食べて残りはルフィにやるかな」
     
     そうやってお返しはやらないと公言しながら、それでもと渡された想いは受け取り、例え1口きりであろうと飲み込んでしまうのはどれほどタチが悪い行為か多分ゾロは知らない。
     知らないまま、家に帰ったゾロは甘さと一人で格闘するのだろうか。
     そう思ったら無意識に提案を口にしていた。
     
    「ね、今日はうちでご飯食べない?」

  • 80122/11/24(木) 20:45:44

     甘い想いを甘いお菓子に込めて。
     受け取ってもらえて、1口でぐちゃぐちゃになって。
     それで本当に終わってしまうのだろうか。
     カレーの鍋をかき混ぜる。
     市販のルーに、ゾロに手伝わせて切らせた野菜。
     それから、隠し味にチョコレートを一欠片。
     カカオ90パーセントの苦い想い。
     チョコレートは具材たちに紛れてどろりと溶けてすぐに見えなくなった。
     私は丁寧に丁寧にかき混ぜ続ける。
     溶け広がって、この鍋いっぱいに満ち満ちた想いたち。

  • 81122/11/24(木) 20:47:50

     肉屋で買ってきたトンカツをカレーの上に乗せてやると、ゾロの目は分かりやすいくらいに輝いた。
     
    「いただきます」
     
     手を合わせて言うが早いかスプーンに乗せられた、カレーとご飯とトンカツと、それからチョコレートという言い訳に込めた想い。
     ゾロは休むことなくスプーンを動かし続け咀嚼し、飲み込んでいく。
     そのまま、私の何もかもがゾロの身体を動かす栄養になるのならそれでもいいかもしれない。
     嬉しそうに食べ進めるゾロを見ていたらなんだか頬が緩んだ。

  • 82122/11/24(木) 20:49:58

    「ね、好き?」
     
     何が、とは言わなかった。
     何と受け取られるか分かっていたから。
     
    「おう」
     
     ゾロは『好き』とは返さない。
     分かっていたけれど。
     そうだ、サラダでも出そうかな、と立ち上がろうとする私に、くいな、と声がかかる。

  • 83122/11/24(木) 20:52:08

    「くいなのカレーはいつも美味い」
     
     カレーの隠し味にチョコレートを入れたのは今日が初めてなのに、今日、この時にだけ想いを込めたはずなのに。
    『いつも』なんて真剣な表情で言うゾロの身体には、ずっとずっと昔からから『いつも』のおにぎりとか味噌汁とかそういうもの達にうっかり込めてしまった私の愛が何パーセントか混じっているのかもしれない。
     そうでなければ、ゾロが味音痴なのどっちかだけど、前者であって欲しいから、私は今日も愛を込めてサラダ用にレタスを刻む。

  • 84122/11/24(木) 20:55:21

    『ホワイトデー』


    祝 全国大会優勝 剣道部 個人 1年 ロロノア・ゾロ の垂れ幕をぼんやりと見上げながらゾロを待つ。
     薄ら暗い雲からちらちらと雪が降って来ていたけれど、それより白く眩しい垂れ幕と、もう見飽きたってくらいに校舎に飾られた名前を見ていたかった。
     ここまで寒いと生徒たちはみんな足早に家路に着こうとするか、もしくは暖房の効いている教室でお菓子を持ち寄っては話し込んでいるのだろう。
     何せ、今日はホワイトデーだった。

  • 85122/11/24(木) 20:58:26

    「くいな!」
     
     私の名前をこれだけ大きく、はっきりと呼んでくれるのは多分一人きりだ。
     振り向けば、ゾロが昇降口から駆けて来るところだった。何故か登校時には持っていなかった紙袋を持っていて、そこから花束とどこかのショプバが見えた。
     いくら全国大会の個人戦で優勝して、団体戦でも次鋒を務めて大活躍したからといって、ホワイトデーにまでこれだけプレゼントをされる男子がいるんだなと感動すら覚える。

  • 86122/11/24(木) 21:01:11

    「遅かったね、どうし、」
    「お前、何で外にいるんだよ、中にいりゃいいだろうが」
     
     ゾロがカバンからスヌードを取り出してもう既にマフラーを巻いている私に被せて口元まで引き上げるものだから、ゾロの活躍を見たくてだとか、そんなに寒くないから大丈夫だとか、言いたかったことが鼻腔をくすぐるあまりに濃いゾロの匂いで霧散した。
     そんな私に気づいているのかいないのか、ゾロは手袋をしている私の左手をいつもより強く握る。
     ゾロは手袋は着けていないとしても、指を絡め合わせられないのは少し勿体ないなと思う。

  • 87122/11/24(木) 21:04:51

    「積もる前に帰るぞ」
     
     お決まりのように家のある方向へと逆に進もうとするゾロを引っ張って方向を変えさせる。
     滑りやすいからという理由で歩道橋を使うことを却下されたから、遠回りにはなるけれど信号のある交差点まで歩くことになった。
     いつもより慎重に、薄らと積もりかけている雪を器用に避け、紙袋を持ち直しながら、あーだのうーだのゾロは呻き声を上げている。
     
     「あー……おめェには普段から世話になってるだろ……だから……なんか……お返しってわけじゃねェけど……欲しいモンあるか」
     
    私は一瞬私の隣を歩く男が本当にロロノア・ゾロかどうか疑ってしまった。
    ゾロの口からそんなセリフが出るなんて考えられなかったし、ゾロの脳みそじゃその考えに至ることもできないだろう。
     なら、きっと誰かの入れ知恵だな、と私はゾロの女友達のオレンジ色の髪をした子を思い浮かべる。

  • 88122/11/24(木) 21:07:36

    「別にないかなぁ」
    「……何もか」
    「なーんにも。大体、あったとしてもゾロお金ないじゃん」
     
     ぐぅ、とゾロが唸る。
     私の手と紙袋とで手が塞がっているから髪をかいて間を持たせることはできないだろう。
     あちらこちらに視線を惑わせながら何か反論しようとしたのか、もごもごやっていたけれど結局諦めたらしい。
     ゾロは剣道で忙しいからバイトなんてする暇も無いだろう。
     ただでさえ食費やら筋トレ器具やプロテインやらで出費が少ない訳じゃないから仕送りでやりくりするのもギリギリだろうし。

  • 89122/11/24(木) 21:10:16

    「……なら、」
     
     ゾロの右手が私の左手を握りながら少し摩るように動く。
     2年前、寒い時は少し痺れがあると言ってから、ゾロは手持ち無沙汰になると私の手を温めるように擦ってくれる。
     麻痺は治らなくてもそこから熱が灯るから好きだった。
     
     「卒業して、バイトできるようになったら今までの分いっぺんに全部返してやる」
     
     馬鹿だ。
     馬鹿だなゾロは。
     今まで色々くれたのはゾロの方じゃない。
     お返ししなきゃいけないのは、私の方だよ。
     ね、ゾロ。
    卒業するまで、ううん、卒業したって、私と一緒にいることを疑いもしないんだね。
     ゾロはいつだって遠くの未来を見ている。
    学校にだって満足にたどり着けないくせに、未来を、自分が歩む道を、ゾロは間違えない。
     
     熱くなってきているのは手だけじゃなくて目元もだった。

  • 90122/11/24(木) 21:13:07

    「本当?じゃあ凄く高いものでもいいんだね?家とかでも?」
     
     震える声音が何とか笑い声に聞こえていますようにと、ふざけた調子で肘でゾロの横腹をつつきながら言ってみたのに、ゾロの体幹も表情も揺らぎはしなかった。
     
     「ああ、ならおれはもっと広いトレーニングルームが欲しい。それから絶対に平屋な」
     「なにそれ、ゾロも私と一緒に住むみたいじゃん」
     「だめなのか」

     冗談みたいにして誤魔化そうとしたのにこんな時ばかりゾロは真っ直ぐに私を見つめてくる。
     四車線の大きな道路は、信号の待ち時間がとても、とても長いから答えまでの時間が用意されてしまっている。

  • 91122/11/24(木) 21:16:10

    「……ううん、ずっと一緒にいて」
     
     気温が低いと声がはっきり聞こえるんだって。
     車の排気音だとか他人の話声だとかは全然聞こえないのにね。
     でも、ゾロの息遣いが、鼓動が、こんなに近くに聞こえる。
     
    「ああ、約束する」
     
     ゾロが口にするその言葉が、どれだけ重くてどれだけの価値を持っているのか知っているのは、多分私だけじゃない。
     私だけじゃないとしても、ゾロがその四文字を呟きながら私の左手の薬指をゆっくりと擦ったことを知っているのは、生涯、世界にただ1人、私だけがいいと思った。

  • 92122/11/24(木) 21:16:38

    以上です。
    ここまで読んで頂きありがとうございました!

  • 93二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 21:18:21

    ありがとう
    それしか言葉が見つからない

  • 94二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 21:22:20

    ゾロくいは”ある”派の人間からしたら至高のSSでした!!!!
    マジでよかったです!!!!!!
    ゾロがくいなに重めっぽいのいいな…… 不器用なのに最後の最後の薬指の場面とか……こういうところ……(歓喜)

  • 95二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 21:28:45

    土手っ腹に突き刺さったし物理的質量があったら吐血してた
    本当にありがとう愛してる御祝儀に全財産包んでいい?

  • 96二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 21:32:35

    ああ…なんて素晴らしい尊み♡

  • 97二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 21:40:03

    おいちょっと凄すぎて言葉にできない
    投げ銭させてくれ

  • 98二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 21:43:13

    >>93

    >>94

    >>95

    >>96

    >>97

    番外編も読んで頂き本当にありがとうございます!ゾロくいはお互いに重めというかお互い以外を一切見ることなく一途に思いあっていたらいいなと思い書き始めたのでそう言って頂けるととても嬉しいです!皆さんのコメントやハート、本当にありがとうございます!

  • 99二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 21:44:08

    ここまで文才溢れるスレを見たのは久しぶりだ
    口数少ないゾロの心理をここまで巧みに描写するとは
    くいなの諦めきれない恋愛意識の葛藤も明快ながら濃密だった
    百点

  • 100二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 21:49:20

    >>91

    久々に文を読んで美しいと思った

  • 101二次元好きの匿名さん22/11/24(木) 22:37:46

    いつか昔みたいに竹刀を握れるといいな
    でも今は生きて相手の手を握るだけでも充分

  • 102二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 02:56:54

    最高でした
    スレ主の書くふたりの話いくらでも読みたいよ…!

  • 103二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 07:06:25

    ほろ苦ぇ……って思ってたら
    最初から道に迷うことなくまっすぐだったんだ
    最高だったよ……

  • 104122/11/25(金) 08:01:57

    >>99

    読んで頂きありがとうございます!ゾロは思っていることをあまり口にしないけれど言うべきところは取り繕わずにハッキリ言うだろうなと考えながら書いたのでお褒め頂けてとても嬉しいです!


    >>100

    読んで頂きありがとうございます!美しいなんて初めて言われました、とても舞い上がっております、嬉しいです!


    >>101

    読んで頂きありがとうございます!今はまだ手を繋ぐのがいっぱいいっぱいですけどいつか竹刀を持ってゾロと勝負できるようになるくいなも見たいですね……


    >>102

    読んで頂きありがとうございます!もし機会があれば2年間の話や未来の話、ゾロ視点での話なども考えてみたいです!


    >>103

    読んで頂きありがとうございます!道には迷うけど人生の指針や取るべき選択肢やくいなと歩む道は迷わないゾロとそんなゾロをまっすぐ信じているくいなが書きたいなと思っていたのでお褒め頂き嬉しいです!

  • 105二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 17:31:01

    >>104

    え!? ゾロ視点の話を書いてくれるかもしれないんれすか!?

  • 106122/11/25(金) 22:41:30

    >>105

    書き上げられるかどうかは分かりませんが練っていきたいです、もし完成しましたらまたスレを立てるかと思いますのでその際は読んで頂けるとうれしいです!

  • 107二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:25:31

    >>106

    やった〜!

    無理しないでいいので、できたら読ませてください! 応援してます!

  • 108二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 00:55:35

    スレ落ちる前に気づいてよかった
    素敵なSS本当にありがとう…!!!!!!

  • 109二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 10:21:09

    こう言っちゃなんだけど、インスピレーション元のある種地獄みたいなスレからよくこんな美しい純愛スレが生まれたなって思ってしまい笑ってしまった

  • 110二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 16:27:30

    そういや元ネタはひでえネタスレだったわw
    日和に名残が残ってるけど。

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