【SS注意】最小のウマ娘

  • 1二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:26:00

    私は体が小さい。それはもう、他に類を見ないほどである。そのため、生まれながらにいろいろ心配され、レースに出るなど私自身あまり考えてこなかった。歴代ウマ娘たちの勝負服レプリカなどは重くて何分も着ることさえできなかったほどだ。

     そんな圧倒的な不利を抱えたままレースに出るなど夢のまた夢。私は中学校に入学してすぐのころまで、勝負事とは全くと言っていいほど縁のない生活を送っていた。
     転機が訪れたのは中学校の3年生になってから。体力測定の際、久しぶりにダートを全力で走った時だった。

    (あれ?やけに体が軽い……)

     最初は何かの間違いだと思った。空気抵抗さえ感じられない。足はそんな脳の混乱をそっちのけで回転を上げる。あっという間に前を走っていたウマ娘たちを追い抜き、私は先頭に立っていた。それでもなお、まだ足りぬというように私の体は大きく動き、速度を何段階も引き上げる。最終的には二着に20馬身ほどの大差をつけゴールしていた。

     その後、数回走ってみたがあの時のような感覚には全く至らない。速いことには速いのだが地方で好走できる程度のものだ。あの中央にも届きうるようなスピードはただの夢だったと、私含め皆がそう思っていた。

     しかし、中央のすごいウマ娘たちは、私のレースを見て何か感じ取っていたらしい。領域がどうのこうの言っていたようだが、聞き流していた私は詳しい話は全く分かっていない。

    「おい、お前。中央に来い。期待している奴は少ないがお前は必ず大成する。この俺が言うんだ、間違いない」

     無知な私でも知っている、栗毛の髪を持つウマ娘は、私に書類を突き出してそういった。

    「え、いやでも…、あれ以来全く同じように走れませんし…。それにほら、あなたと比べるととても分かりやすいですけど、私、小さすぎでレースには不向きで…」

    「…確かに体の小ささは不利だ。その様子だと重い勝負服さえ満足に着られないだろう。だがな、それは絶対の力の差ではない。前に壁ができても、体が小さければその間を抜けていけるだろう?」

    「タックルされると終わりそうですけど…」

  • 2二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:26:21

    「まあいいからこの書類にサインだけしてくれ。これでも結構無理してここまで来たんだ。何の手柄もなしに帰る戦争などただの無駄、簡単に言うとめっちゃ怒られる。…本気で嫌ならまあしょうがないが…」

     さっきまでの高圧的な雰囲気からは一転して、ビッグレッドはしょんぼりと肩を落とす。そんなに期待してくれているのだろうか。私は半信半疑になりながら、中央移籍申請の書類に私の名前を書いた。

    「これが中央か。みんな大きいなぁ…」

     移籍初日、私は自分よりも大きいのではないかと思われるようなキャリーバッグを転がしながら門の前に佇む。正直、自分がここにいるのは今でも場違いだと思うし、道中では何度も家に帰ろうかと悩んだ。しかし、その考えが強くなる度に、ビッグレッドさんから電話がかかってくるのだ。あの人には中央移籍が決まった日からかなり世話を焼いてもらったので頭が上がらない。

    (でも走り方の指導とかはあまり参考にならなかったなぁ)

     ビッグレッドさんのレースは何度か見せてもらったが、私の体が小さいとかそんなの関係なく参考になるものではなかった。100馬身とか意味不明である。

    「とりあえずトレーナーを探すところからだったよね」

     レースに出走するにも練習するにしてもトレーナーの存在は必須だ。これもビッグレッドさんに相談したのだが、トレーナーは自分で見つけるのが一番いいらしい。確かに歴史に名を遺したウマ娘たちはそのトレーナーと運命的ともいえる出会いをしている。

     寮に荷物を置き、初日の授業を無事に終えた私は、練習がてらトレーナーを探すためグラウンドに出た。準備運動をしながらコースが空くのを待っていると、後ろから声を掛けられる。私とてトレーナーとの運命の出会いを期待していないわけではない。がつがつ行こうとは思わないが、チャンスがあるならものにしたいと思う程度の乙女心は持ち合わせている。

     若干紅潮した顔で、それでも笑顔は崩さぬように声をかけられた方を向くと、いかにもベテランといったようなトレーナーが数人のウマ娘を引き連れてそこに立っていた。よく見ると胸元にはいくつかトレーナーとして表彰された証であるバッジをつけている。

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:26:41

    「あ、あの…」

     私は勇気を振り絞り、立ち上がった私を見て驚いた表情のまま動かないトレーナーに声をかける。このトレーナーは見るからに実力がありそうだし、スカウトされるチャンスを逃すわけにはいかない。それに今の私には西日がいい感じに差し、いい感じに見えているはずである。

    「君!どこから入ったんだい!ここは選手用のグラウンドだよ?」

    「へ?」

    「あなた小学生?かわいわねぇ。一般に開かれてるグラウンドもあるから、そっちに案内しようか?申請すればすぐに使えるはずよ!ちょっと待ってて!」

     変な声を出し、固まってしまった私をよそにベテラントレーナーとその担当であると思われるウマ娘たちは動き出す。申請書が届くまでの間、私は他のウマ娘たちに散々かわいがられ、気が付けば一般ウマ娘用のグラウンドに置き去りにされていた。

     うん、まあ分からなくもない。私はとても小さいから、間違えられることはもはや通常運転だ。気を取り直していこう。

     その後、私は再びトレーナーを見つけるため校舎のいたるところを練りまわった。暗くなってきてからは私の方から声をかけにも行ったが、誰も私との契約を前向きに検討してくれなかった。

    「別に期待されているわけでもないし、いい成績を残しているわけでもないから当然か…、明日も頑張ろ」

     結局、私にトレーナーがついたのは、一月程度経ってのことだった。ビッグレッドさんに紹介をしてもらっての出会いだったが、彼は私を見て何か特別なものを感じると本気で言ってくれた。初めてビッグレッドさん以外の人から認めてもらえたのだ。自信を無くしキャリーバックに荷物を詰め込んでいた私は、この時やっとここにてもいいのだと思うことができた。

    「とりあえず、一本走ってみてくれないか?」

  • 4二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:27:16

     初めて行うトレーナーとの練習の日、私はやっと始まるのだと気合を入れてゲートに入る。あの時の感覚は今にいたるまで一度も出せていない。着実に速くなってきてはいるが、今のままでは未勝利戦に勝利はできない。

     ゲートが開く。併せて走ってくれるウマ娘たちは二人。一人は私のすぐ後ろ、もう一人は私のすぐ前に出た。これまで何度か走ってきて自分の脚質はわかってきている。私が得意なのは先行から逃げだ。というのも、大逃げになれるほどスピードを出し続けると足が持たず、後ろから抜き去るのはブロックされるとほぼ不可能であるためこの作戦になった。

     第三コーナーに入り、私は少し外にずれる。中からまっすぐ突っ切りたいが、邪魔をされた時点ですべてお釈迦だ。それなら多少不利になろうとも外を回った方がいい。また真後ろに着けたりしていると跳ね上がった土が顔に当たり集中が途切れてしまう。

    「ハァッハァ…!」

     後ろの方から大きな呼吸音が聞こえてくる。もう前に出るつもりなのだろうか。もし今前に出られたら、私の道がなくなってしまうかもしれない。少し早いがここから仕掛けようと私はギアを一つ上げ逃げる前のウマ娘に並ぶ。

     前のウマ娘は並ばれるまいと第四コーナーを超えたあたりから明らかにスピードを上げた。私はそれに食らいつくため足の回転を上げるが、なかなか追いつけない。ストライドの差が大きすぎるのだ。三冠を取るような強いウマ娘はストライド走法であることが多いらしい。足への負担やリズムの崩れなどを克服すれば大きなストライドは強力な武器になる。

     足して私はピッチ走法しか選べない。スピードを上げるには足を速く回すしかない。砂のようなバ場であればピッチ走法の方がいいといわれることもあるが、今ここは固い土の上である。

     結局私は前のウマ娘を追い越すことはできず、もたもたしているうちに後ろからやってきたウマ娘の体が当たってよれてしまい、最下位という結果になってしまった。その後も何度か併せをしてみたが、一着になれることは稀であった。

    「本格化がまだ来ていないのかもしれないな。デビューは予定より遅らせるか?」

  • 5二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:27:36

     練習が終わった後、トレーナーはレースの予定が書かれた紙をバインダーに挟み、私に見せてくる。ちなみに私が目指すのはティアラ路線、ビッグレッドさんからクラシックよりも距離の短いこっちの方が合っているだろうとアドバイスしてもらっての路線決定だ。

    「いえ、こちらの環境にも慣れてきたころです。一度レースにも出て、レースそのものに対する経験が欲しい。デビューは予定通りお願いします」

     後になって思い返すと、この時の私はかなり焦っていたと思う。せっかく秋桜に来たのに思ったような成績も残せず、クラスにもあまりなじめていなかった。体が小さすぎて、どうしても周りに気を使わせてしまうのだ。このままだと、私は中央にいられなくなる。そういう強迫観念が私を突き動かしていた。

     そして迎えた三月のデビュー当日。やはり思ったような結果は出せず、結果は惨敗。二戦目は人気が全くなかった中でもなんとか頑張り二着。その後はトレーナーの制止も聞かずにレースに出続け、最終的に15戦2勝という結果でジュニア期を終えた。

     全く期待されていなかった状態からのスタートであったため、二勝しただけでも皆に驚かれ喜ばれたが、私は全く満足できていなかった。そのもどかしさの根っこにあるのは、やはりあの時の感覚である。あのすべてを置き去りにしたような感覚を私はいまだに味わえておらず、その焦燥が私の心を蝕んでいた。

    「トレーナーさん。私には何が足りませんか?再びあの走りをするために、何が…」

    「とにかく今は落ち着こう。君自身分かっているとは思うが、君の体は頑丈じゃない。このペースでレースに出続けていると近い将来必ず限界が来る。それだけはトレーナーとしてなんとも避けたいんだ」

    「ですが…いえ、そうですね。確かに私は熱くなりすぎていたかもしれません。少し散歩して頭を冷やしてきます」

     私はそういうと、飛び出すようにトレーナーの部屋を出る。一月の冷たい風が私の熱くなった頬を切り裂くように吹き付ける。一度だけ、ジュニア期のレースであの時の感覚に近いものを感じたことがある。

     秋のガーデニアステークスでのことだ。ガーデニアSはジュニア期において最も格の高いレースの一つである。重賞で善戦を続けていたゲイマテリアの他、多くの有力ウマ娘も出走しており、私は掲示板にも入れないだろうという評価であった。

  • 6二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:27:56

     レース中盤、いつも通り前の方に付け、チャンスをうかがっていたが、中盤になると後方から上がってきたウマ娘や、前方から下がってきたウマ娘に揉まれ、展開不利となっていた。そもそも体の小さい私のことである。こうなってしまっては自分で道を切り開くことはできない。

    (今日も大敗か…)

     私も、このレースを見ていた皆もそう思っていたことだろう。だがその時、一瞬だが私の足に熱が走った。いける、そう思った私は前に抜けていったウマ娘の空けた穴を縫うようにして突っ込む。その時点で私の足の熱は消えてしまっていたが、壁の前に出られたことは大きく、先頭から二バ身半差での5着と健闘といっていい内容だった。

    (あれは蜃気楼だったのかな…ガーデニアでもつかめそうでつかめなかった)

     歩くスピードが上がる。私の体には、いつの間にかいやな熱が戻っていた。その熱は再び私に蜃気楼を見せる。遠くを走るあの時の私が見える。どんなに走っても、距離は縮まらないまま彼女はそこにいる。

    「待って…」

     私はいつの間にか走り出していた。蜃気楼を追っても意味はない。ああなった私にはもう追いつけないのだから。

    「誰が、何に追いつけないと?」

     大きな影が横を抜ける。その影が通り抜けた後、そこには戦場が広がっていた。草の一本さえも生えない土地、響く銃声と爆発音、そんな目を覆いたくなるような戦場。私の幻影は、その戦争に殺された。

     気が付くと、私は地面に座り込みその小さな体を震わせていた。体にこもっていたいやな熱はすでに引き、凍えるほどに冷え切っていた。そんな私に、戦場の主が手を差し伸べる。

    「久しいな。挙動不審なウマ娘がいると聞いてやってきたが、まさかお前だったとは」

    「ビッグレッドさん…」

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:28:12

     突如現れたビッグレッドさんに連れられ、私は生徒会室のソファーに座っていた。彼女は積極的に話をするタイプではないため、生徒会室は静寂に包まれる。

    「ヘイヘイヘイ!レッドさん今日も不機嫌そうだね!ん?そっちの子は誰?」

     扉をけ破るような勢いで入ってきたのは、黒鹿毛の小柄なウマ娘だった。小柄といっても私ほどではないが、ビッグレッドさんと比べるとかなり小さく見える。

    「アド、静かにしろ。あと紅茶もってこい。朝に入れたものの余りがあったはずだ」

    「はいはい、人使い荒いなぁ。…その子おびえてるけど、レッドさん変なことしてないよね?」

     黒鹿毛のウマ娘は頬を膨らませながら隣の部屋に消えていく。何となくビッグレッドさんとつながりを感じるが、まあ気のせいだろう。

    「…あいつはウォーアドミラル。見ての通り変な奴だ。あとすぐ機嫌を悪くする」

     ウォーアドミラル、アメリカで4番目の三冠ウマ娘。シービスケットとの世紀の対決は知らぬ者はいないほどの伝説だ。

    「ちょっと変なこと教えるのやめなよ」

     アドミラルさんは私の前に紅茶を置くと、奥で書類の整理をしているビッグレッドさんに突っかかりに行く。最初はただのじゃれあいのようだったが、数分経った頃にはお互い怪我をし始めていたため慌てて止めることになった。

    「いやー、お見苦しいところを見せてしまったね。それで、君は何をしにここに?」

    「疲れてそうだったから私がここに連れてきた。なかなか勝てず悩んでいるらしい。お前も体が小さい方だろう、何かアドバイスでもしてやれ」

    「それって君とかに比べてって話でしょ。この子、今まで見た中でも一番小さいよ。僕のアドバイスは参考にはならないさ」

  • 8二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:28:25

     その後、予定があるといってビッグレッドさんは出かけてしまい、アドミラルさんと二人きりになった。彼女は積極的に話しかけてくれて、落ち込んでいた私もだんだんと元気を取り戻していった。そして、ある程度打ち解けた後、私は気になっていたビッグレッドさんのことについて尋ねる。

    「ここに来る前、走っているビッグレッドさんに追い越されたんですけど…あの時感じた威圧感、何となく私がとっても調子が良かった時に感じたものと似ていた気がしたんです。アドミラルさんはこれが何かわかりますか?」

    「レッドさん領域まで出したのかよ。やりすぎだよ。君大丈夫?あれ至近距離で感じると私でも気分悪くなるんだけど」

    「もう大丈夫です。そして、その領域について教えてください。理解はできないかもしれませんが、せめてそれが何かだけでも知りたいんです」

     アドミラルさんは少し悩んだようだったが、せっかくの機会だということで、領域について教えてくれた。簡単に言うと極度の集中状態、ゾーンのようなものらしい。時代を変えるウマ娘たちは持っているとかいないとか。勿論身体能力が極端に上がるわけではないため、あくまで自分の100%を引き出すことができるととらえていた方がいいそうだ。

    「君、おそらくその身体測定の時に領域に入ったんじゃないかな。それであのレッドさんがめちゃくちゃ期待しているんだ」

     その後もアドミラルさんはいろいろなことを教えてくれた。領域は一部の例外を除いて狙って入れるもではない、その一部の例外がビッグレッドさんとかだそうだ。ビッグレッドさんがいなくなった後に褒めだすあたり、この二人は本当の意味で不仲というわけではないのだろう。自分事でもないのに私は胸をなでおろす。

    「あ、そうだ。保健室にも領域には入れるやつがいるから顔出しときなよ。彼女は面白いぞ」

     別れ際、アドミラルさんそういって保健室の方を指さす。どんな人がいるのだろうかと私は勇んで保健室に入った。

    「こんにちは!」

    「ゴッホッ!ゴホッ!あ“―どちら様でしょうかッ…」

  • 9二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:28:42

     見るからにやばい状態のウマ娘がそこにいた。点滴を打ち、横には血のにじんだハンカチが落ちている。足も曲がっているようで、もはやなんで入院していないんだろう状態である。

    「きゅ、救急車呼びますか!?確か番号は…」

    「あ、いいのいいの、私はッ!ゴホッ!……いつもこんな調子だから…」

     それは大丈夫ではないのでは?私の疑問をよそに、水を飲んで呼吸を整えた栗毛のウマ娘は小さな声で話し始めた。

    「初めまして。私はアソールトです。君のことはレッドさんから聞いてるわ」

     あまりに思っていた姿からかけ離れていたため気づかなかったが、彼女はあの七番目の三冠ウマ娘であるアソールトさんだったらしい。めちゃくちゃ病弱なのに三冠を取り、彗星と呼ばれたウマ娘だ。

    「あの、アドミラルさんと話してて、領域というものを知ったのですけれど…アソールトさんも領域に入ったんですよね。どんな感じでしたか」

     我ながらひどい質問だと思う。だが、今の私は一刻も早くあの時の走りを再現したいという思いが先走り、他人を気遣う余裕はあまりなかった。アソールトさんはそんな私の様子に何か言うわけでもなく、ニコニコと笑って見守っている。唇の端から血が流れているのが気になるが、本人が大丈夫というのだからそうなのだろう。

    「そうねぇ…私は調子の浮き沈みが結構激しい方だったから狙ってとかじゃないのよね。『今日は体の調子いいな』って思った時にいつの間にか入ってるっていうか…」

     多分アソールトさんは体のどこかが悪い状態がデフォルトなのだろう。まともに走れるだけで奇跡なのだ。そして、その体の調子がいい時に合わせて100%を出せる実力を持っている。並大抵のことではない。

    「聞きに来てくれたところ悪いんだけれど、結局のところ本人にもわからないの。アドミラルさんも多分そんなことを言っていたと思うわ。条件はウマ娘ごとに違うし、そもそも領域に入らなくても強い子はたくさんいるわ。でも、ひとつアドバイスするとなれば、その時の状態をもう一度追体験しようとするのがいいかもしれないわね。ルーティンみたいな感じで。私の体調がいいという条件だって、まあ一種のルーティンみたいなものでしょう」

  • 10二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:28:58

     口に着いた血をふき取り、アソールトさんは話を続ける

    「あなたはその時の自分のことを、蜃気楼と表現したらしいわね。なら、あなた自身がその蜃気楼に成り代わるとかどう?おもしろそうじゃない?」

     話が終わると、アソールトさんは気絶するように眠ってしまった。アドミラルさんが言うように面白い人ではあったが、本気で心配しなければならない人だ。見ているこっちとしても心臓に悪い。

    「私が蜃気楼に…」

     よくわからないが何となくかっこいい。あまりこんなことを考えていると中二病といわれてしまうだろうか。少し気分の良くなった私は、アドミラルさんにお礼を言おうと再び生徒会室に立ち寄った。しかし、既にアドミラルさんはそこにおらず、いつの間にか返ってきていたビッグレッドさんが書類の山と向き合っていた。

    「あの…ビッグレッドさん、今よろしいですか?」

    「ん、ああ、いいぞ。何か得たものはあったか?」

    「はい、たくさん。そのうえであなたにもお聞きしたいのです。領域についての話を」

     迷っていた私に領域を見せつけ、それを教わるきっかけを与えてくれたのは彼女だ。それに、彼女の領域は三冠ウマ娘から見ても一線を画すものらしい。さらに、彼女は自分で狙って領域に入るという離れ業をやってのける。領域というものを知るためには彼女の話も必要だ。

  • 11二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:29:14

    「…私にとって、レースは戦争だ。ただの戦争ではない。大戦争で、何よりも…」

     空気の密度が極端に上がる。環境が彼女におびえているかのような、異様な感覚。

    「私の戦争だ。」

     窓の外の鳥が一斉に飛び立つ。気になるが、そちらを見たくはない。おそらくそこには、またあの戦場が広がっている。

    「例外もあるが、少なくとも私はレースに勝つことは、すなわちそのレースを支配するということだと考えている。支配できてしまえば、相手が何をしてきても勝てる。囲まれるのが分かっているのであれば、それ前提の作戦を練ればいい。大逃げがいるのであれば、真後ろからプレッシャーをかけ続け満足に逃げさせなければいい。厄介な追い込みがいるのなら、自ら先頭に立ち、ハイペースを作り上げればいい」

     確かにレースを支配するというのは大事なことだ。だが、それができるのは圧倒的なスペックがあってのもの、私にはできない。

    「自分にはできないなどと思うな。圧倒的なスペックは、お前も持っている。それはお前自身分かっているだろう。今のお前を支配しているのは、調子が良かった日の、ただの幻影だ。そんなものに、お前のレースを支配させるな」

     私はハッとする。私の練習でも、レースでも、私の前にはほかのウマ娘の他に自分がいた。私はそれを目指し、何度も加速をし、結局届かなかった。私の走りは、過去の私に支配されていたのだ。だから彼女は、あの時私の幻影を殺して見せたのだろう。あの場を支配していたのは私ではない。あの幻影だったから。私は戦場にさえ立たせてもらえなかったのだ。

    「…というのは私の自論だ。お前はお前の主義を見つければいい。焦らずとも結果は出るさ。この私が見込んだのだからな」

    「いつか、私と戦争しよう。期待しているよ『ダークミラージュ』」

  • 12二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:29:33

    というSSを私は待っています

  • 13二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:40:56

    マンノウォーくらいしか名前聞いたことあるのいなかった…

  • 14二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:42:59

    ダークミラージュ誰やねんと思ったがアメリカ初代三冠牝馬なんすね
    しらそん

  • 15二次元好きの匿名さん22/11/25(金) 23:55:37

    メロディーレーンでも330キロあったのに323キロしか無かったのか
    それに4歳で亡くなってる…

  • 16二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 00:16:22

    おい!調べてみたがここから本番だろ!早よ続きを書け!!

  • 17二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 00:17:45

    これは続きが見たい

  • 18二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 01:20:53

     生徒会室から外に出ると、廊下はすでに暗くなっており、グラウンドは太陽ではなく強力な照明が照らしていた。走っているウマ娘もすでにダウンを終え帰る準備をしている。そんな風景を横目に見ながら、私は自分の部屋に向かった。私の様子を心配したトレーナーから届いた数件のメールを読み、心配をかけてごめんなさいと一言返事をする。

    「次は間をあけよう。目標はトレーナーも予定していた3月の一般競争。そしてそれは、最後の準備。4月以降、もう誰も、私の前を走らせはしない」

     そうだ、私はダークミラージュ。今度は私が皆に蜃気楼を見せる番だ。小さな体も言い訳にしない。誰も見たことがない景色を、私の蜃気楼は作り出す。

     それから私は、トレーナーや数々の三冠ウマ娘の指導の下レースに向けて調子を整えていった。相変わらず体は小さく、ビッグレッドさんにぶつかるだけで吹き飛ばされてしまうが、その小さな体を前にいるウマ娘の間に潜り込ませる能力も育った。外から仕掛けるしか知らなかった私のレースは、この技術によって作戦の幅が大きく広がった。

     いまだに領域に入ることはできず、あの日の再現はできないが、もう私の前を走る幻影はいない。あの幻影は、私が本当の意味で殺した。

     そしてついに、最後の準備の日。三月中旬の一般レースがスタートする。スタートと同時に、私は先頭の方につき、ハイペースでレースを動かす。私がこのレースでやりたいのは、ただ勝つことじゃない。

     一緒に走ってくれている皆には悪いが、私はここで存分に領域の練習をするつもりだった。第三コーナーに差し掛かったあたりで、私は足に力を入れ、姿勢を低く倒す。低い姿勢の取り方はアドミラルさんに教わった。さすがに彼女ほどうまくはできないが、それでも一つの作戦とできる程度には練度は上がってきていた。

     姿勢を倒したためか、私の存在に気づかなかったウマ娘が私の体に当たる。普通の背丈を持つウマ娘であればこの程度の刺激でレースに影響が出ることはないが私としては致命的だ。やはり本番のレースはうまくいかない。

     後方に下がりブロックされる形となってしまった私は、なんとか間を抜けようとする。が、前では壮絶な位置取り争いが行われ、下手に入れば怪我をしてしまうような状況だった。外に回るも、もう第四コーナーを抜け直線に入るところだ。今から行っても間に合わない。

  • 19二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 01:21:15

     この状況、以前の私であれば、がむしゃらに前に行こうとしただろう。だが、今の私には余裕がある。変に焦って集中を切らすのは悪手だ。私はさらに姿勢を低くする。その小さな体も相まって、もう誰の目にも私は映っていないだろう。

    (足が熱い。視界もぼやけてきた。……行ける‼)

     その瞬間、レースの支配権は確実に私に移った。後にそのレースに出たウマ娘は語る。あれ以来、ふとした時に、視界の端に黒い蜃気楼が見えると。追いつかなければいけない焦燥に駆られるが、どんなに頑張って走っても近づけない。正に蜃気楼。永遠に追いつけない、ダートに浮かぶ黒い楼閣。

     気が付くとレースは終わってしまっていた。領域に入れたのは一秒にも満たないのではないだろうか。それでも、私にとっては大躍進であった。調子が良かったとはいえ、自分から狙って領域に入ることができたのだ。結果は四着とまずまずの成績であったが、得たものはそれ以上に大きい。

  • 20二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 07:24:02

    時間あれば続き書くかもなので保守

  • 21二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 14:35:00

     レース後、ふと振り返ると一緒に走ったウマ娘たちは私を畏怖の目で見ていた。ただの四着であった私をだ。

    「四着か。でも後半の走りは今までで一番良かったぞ。この調子で頑張ろうな」

     ライブも終わり、控え室に戻った私にトレーナーさんが話しかけてくる。彼にはまだ私の蜃気楼が見えていないのだろう。少なくとも、今はそれでいい。蜃気楼は見る角度や位置によっては全く見えないこともある。

     だが、ここまで私を支えて、育ててくれたのは間違いなく彼だ。なんとかして彼にも私の成長を、幻影を見てほしい。

     練習中、私はまたそんなことを考えていた。余計なことを考えるなー、と遠くのトレーナーさんの声が聞こえてくる。だけど、私は考えらるのをやめない。

    (蜃気楼…空気の温度差)

     私は姿勢を低くし、足の回転を上げる。それに呼応するように、私の足に熱が走った。その熱は身体中に広がり、私の体を大きく動かす。

    (足りない!もっと、もっとだ!)

     姿勢をさらに落とし、それを推進力で支えるため動く足はさらに熱を放出する。今、私の体は過去最高の熱を持って燃えていた。

     そしてその熱はついに脳に達する。私の脳は本来臆病で、すぐに体にストップをかける。だが、脳さえたぎらせる熱は、その機能を強制的に破壊した。

     意識が遠のく。この感覚が私の領域に入る条件だ。小さな体は原子炉のように膨大なエネルギーを作り、私の体を動かす。

     ゴール版を過ぎ、徐々に意識を取り戻しながら、私は30バ身ほど離れた併せの相手を待っていた。今の走りは、トレーナーさんに届いただろうか。

    「トレーナーさん、今の走りどうでしたか?」

    「あ、ああ…とても良かった。良かったんだが…」

    どうにも歯切れが悪い。感動はしてくれているようだから私としては満足なのだが、次の指示がないのはちょと気になる。

  • 22二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 14:36:43

    「…とりあえず、次のレースまで本気で走るのはよそう。俺としても君のように走る生徒を担当したのが初めてで、どんなアドバイスをすればいいのかわからないんだ。…ごめんな」

    「あ、謝ることないですよトレーナーさん。確かに私みたいに小さな生徒現在どころか過去にも例がないですから」

     私がそう言うと、トレーナーさんは仕事があるからと事務室に向かった。

     その日の夜。ダークミラージュのトレーナーは先輩のベテラントレーナーと飲みにきていた。

    「珍しいな。お前から誘ってくるなんて。相談したいことでもあるのか?」

    「はい、先輩はなんでもお見通しですね。今、俺が担当しているダークミラージュについてです」

    「おお、最近調子いいらしいな。俺の周りでも噂を聞くよ。あんな小さい体ですごいよな」

    「そうなんですけど…」

     トレーナーはポツポツと語り出す。彼女の体は周知の通り小さい。それはすなわち、骨も、それに付いてくる筋肉も少ないことを意味していた。筋肉が少ないと、十分な加速はできない。

    そう、あんな走りが本来できるはずないのだ。トレーナーは最初に担当するとなった時、正直に言うと、重賞を勝てれば大満足と考えていた。あのビッグレッドからの紹介ということで、大いな期待はしていたのだ。

     彼女の走りを見ても、その考えが大きく変わることはなかった。小柄ながらも、その体を大きく動かし走る様は、重賞の舞台でも彼女を輝かせると確信させた。

     だが、今となってはどうだろう。彼女の強さはティアラ路線を目指したへ歴代のウマ娘の中でも抜けている。ウォーアドミラルを彷彿とさせる前傾姿勢。アソールトを思い出させる全身全霊の走り。そして何より、レースの全てを支配するかのような、蜃気楼を見せるほどの威圧感。

     彼女をみくびっていた、そう思った。あの子は化け物だ。だけれど、それはあまりにも本来の彼女とかけ離れているようにも感じた。

     何より、走った後の彼女の体はとんでもない熱を出している。あまりに熱が出過ぎると、体の中のタンパク質は固まり、最悪の場合もう一生走ることができなくなってしまうのだ。

    「でも、彼女、今までで一番楽しそうなんですよ。ジュニアの頃にあった焦燥感が無くなって、自由に走ってくれるんです。俺の指導がなくても、どんどん速くなる。怪我の予兆も全くない」

  • 23二次元好きの匿名さん22/11/26(土) 14:37:16

    誤字はすまない

  • 24二次元好きの匿名さん22/11/27(日) 00:11:59

    保守

  • 25二次元好きの匿名さん22/11/27(日) 00:18:02

    最初メロレンとオルフェ?って思ったけどこんな馬もいたんやね、知らんかったわ…

  • 26二次元好きの匿名さん22/11/27(日) 09:46:24

     トレーナーは話を一旦止めて隣を見る。先輩は難しい顔をして酒を口に運んでいた。

    「うーん、聞いただけではよく分からない話だな。まあ、どうなるにせよ担当の健康が一番だ。お前が心配と思うならレースの予定もいくつか削ったらどうだ?ウマ娘たちの言う領域ってやつも、俺が担当した中で入ったのは1人いただけだ。経験が少なすぎて下手にアドバイスは出来ない」

     今の時期少し時間があるからレースを見に行ってやろうか、と先輩は笑いながら言う。願ってもない提案だ。トレーナーは、どうかよろしくお願いしますと頭を下げる。次走は今月の下旬。オフシーズンが明け、ついにクラシック期が幕を開ける。

  • 27二次元好きの匿名さん22/11/27(日) 17:33:44

    「アドミラルさん、私の走り、どう思いますか?」

     自主練習中、私は遊びに来たアドミラルさんに走りを見てもらっていた。本当はアソールトさんもくる予定だったらしいが、体調の悪化により欠席だ。

    「うん、良くなってるよ。次はもっと腕を大きく振ってみてごらん。おそらくもっと楽に走れるはずだ」

     ここ最近、三冠ウマ娘たちに私の走りを見てもらってわかってきたことが幾つかある。その一つが私の足に負担をかける走り方だ。私は領域に入ることに固執するあまり、フォームが疎かになっていた。

     トレーナーさんが私の足の状態を心配していることを知り、私は彼女たちに協力を仰いだ。トレーナーさんも色々考えてくれるが、領域に入った後やその中でのフォームの修正などは、どうしても彼には分からないことが多い。

  • 28二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 01:27:50

    「君のトレーナーが心配するのもよくわかるよ。そんな少量の筋肉と細い骨であのダイナックな走りをするのは相当無茶しているようにしか見えない。いや、見える、というのは正しくないな。実際無茶はしてるんだ。今のペースで全力を出し続けていたら、君は必ず怪我をする。レースの予定や練習での調整は君とそのトレーナーとの問題だから私は口を出さないけど、余りにも目に余るようならレッドさんも出張ってくるはずさ」

     私はトレーナーさんから言われた通り、あの練習以来一度も本気は出していない。何か問題があったわけではないが、ウマ娘が全力で走るというだけでも大きな負担であることは確かだ。気づかないうちに疲労が蓄積して怪我につながり、涙をのんだ選手は少なくない。

    「ま、君なら言われずともわかってくれると信じてるよ。怪我の手当てをするのはアソールトだけで手一杯だ」

    「そうですね。トレーナーさんとも相談して、ジュニア期のような無茶なローテはやめて、今度の一般競争後は重賞レースに焦点を絞って出走しようと考えています」

     アドミラルさんは私の言葉を聞き、意地悪くにやりと笑った。何か変なことを言ったかと私は首をかしげる。

    「フフッ、まだ二勝しただけなのに重賞に焦点を絞っていくとは大きく出たね。僕たちと関わってるから認識が違ってるのかもしれないけれど、重賞はGⅠでなくともほとんどのウマ娘は出ることさえかなわない、高い壁なんだよ。レッドさんはともかく、僕やアソールトでも舐めてかかれば痛い目を見る」

  • 29二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 01:28:11

     アドミラルさんは相変わらず不敵な笑みを浮かべているが、内心私のことを心配してくれているようだった。油断はするなということだろう。ありがたいことだが、別に私はG1以外の重賞を軽視しているわけではない。

    「心配ありがとうございます。でも、大丈夫です。私は、あの日…アドミラルさんやアソールトさんと出会った後、決めたんです。もう誰も、私より先にゴールさせません。重賞であろうとなかろうと、それは変わりません」

     アドミラルさんははっきりと意思を表明した私に何かいいものを感じてくれたらしい。いつの間にかその表情から不敵な笑みは消えている。この時、私はアドミラルさんにとってただの後輩ではなく、親しい友人として認められた気がした。

    「いいね!ここ最近、ティアラ三冠を目指した優秀なウマ娘たちは多くいたけど、そこまではっきりと言い放ったのは君が初めてだ」

     もしかすると本当に、彼女は初のアメリカティアラ三冠を達成してしまうかもしれない。ウォーアドミラルは、眩しい夕日をその小さな背中で覆い隠すように立つウマ娘に大器を感じた。

    「ええ、期待していてください。それに、三冠を取った暁にはトレセン全体でお祝いのパーティーがあるらしいですね。それも私のひそかなモチベーションです」

    「ああ、もし達成できれば初のティアラ三冠。パーティーも大いに盛り上がるだろうさ!私たち生徒会も色々考えておくよ。レッドさんのはしゃいだ姿も見れるかもしれないぞ」

    「ははは、それはぜひ見たいですね」

     私とアドミラルさんは一通り談笑すると寮の前で別れた。彼女は私の他にも数人の生徒のトレーニングを見ているらしい。多忙なのに疲れを一切感じさせず明るくふるまう彼女は、私の大きな目標だ。

    「私も、ああなりたいな」

     眠りにつく前、未来の学園でアドミラルさんのように後輩の面倒を見る私の姿を想像してみる。しかし、なぜだろう。その光景の隅には黒い影が映っている。何度消そうとしてもその影は消えず、まるで私の夢を憐れんでいるかのようにそこに存在し続けた。

    (何か、気味が悪いな)

     妄想をやめ、布団を深くかぶる。ふと触った左足がなぜか少しだけ震えていた。

  • 30二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 10:40:37

    『上がってきたダークミラージュ‼ぐんぐんと加速していきついに先頭に立った!後ろは懸命に前を追うが届かない‼そして今ゴールイン‼一番人気にこたえましたダークミラージュ!重賞に向けいい走りを見せてくれました!』

    「うん、いい走りだ。予定通りプライオレスSに出走登録しておくよ」

    「ありがとうございます!ついに重賞…しかもGⅠ…頑張ります!」

     プライオレスS、レースの最高格であるGⅠ、ダート6ハロンのスプリントレースだ。トレーナーさんは最初からGⅠで大丈夫かと心配していたが、私の方から強く希望した。このレースには、ガーデニアSで私に先着していたプレザントネスや、有望とされているゲストルームも出走を予定している。

     ティアラ三冠の一つ目であるエイコーンSと同じ距離。ここで伸び悩むようでは、三冠達成はかなり厳しいものとなる。私としては落とすわけにはいかないレースだ。

    「それにしても今日はあの領域?ってのを使わなかったのか?」

    「ええ、私のあれは、担が大きすぎるとアドミラルさんたちに言われてしまって…。それに狙って入ることのできるものでもないんですよね」

     確かにそうか、とトレーナーさんは彼なりに納得したのか、軽くメモを取ってその場を離れた。先輩のトレーナーと話しに行くらしい。最近、トレーナーさんは多くの先輩トレーナーにアドバイスをもらいに行っている。実力は確かだが、まだ経験が足りないというのが彼の知り合いからの評価だ。

    「頑張りに応えないとな…」

     私の小さな体に、たくさんの人の期待が寄せられている。私はその期待をこの足で支えられるだろうか。

  • 31二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 12:10:59

    『さあ、間もなくティアラ路線に挑むウマ娘たちが鎬を削るプライオレスSがスタートします。注目を集めるのはもちろん子のウマ娘!プレザントネス!さらにブルーヘンS・ジャスミンSで二着と優勝には届きませんでしたが、実力は疑いようはありません!ゲストルーム!』

     私の名前は呼ばれない。まあ、世間から見れば私はまだ一般競争で三勝しかしていないGⅠ初挑戦の格下だ。人気が低いわけではないが、特別高いわけでもない。

    (足の調子はいい。うん、大丈夫。私は負けない)

    『スタートしました!いいスタートを切りましたプレザントネス、ゲストルームもいい位置です。すーと上がっていきます、ダークミラージュ』

     私は最近、走り方を少し変えた。トレーナーさんやアドミラルさんたちから、ピッチ走法よりもストライド走法の方がいいのではないかと言われたのだ。ストライド走法とはいっても、私の小さい体で行うものなので他のウマ娘からしたらピッチ走法に見えるかもしれないが。

    『さあ、第三コーナーを抜け長いカーブに入ります!ここでスピードを落としたくないが…っと!ダークミラージュ、加速!先頭に立ちました!後続はこれに続くか!』

     腕を大きく振り、足を延ばす。足にはだんだんと熱が集まってきた。後ろを少し見ると、ゲストルームが私の後ろに迫っている。

    『第四コーナーを曲がり最後の直線、後続は少し離れたが先頭に追い付けるか!』

     息を落ち着け、私はギアを一つ、二つと上げていく。私の滞空時間もそれに伴って長くなり、まるで飛んでいるかのように体を運んで行った。

    『差が縮まない!このまま逃げ切るか!残り200メートルを過ぎ、プレザントネスも加速する!ゲストルームに迫るプレザントネス!』

     私は足の回転を上げ、最後の加速を行う。今回は領域にまでは至らなかったが、速度は入った時に近しいものが出ているだろう。

  • 32二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 12:11:38

    『ダークミラージュ先頭!ダークミラージュ先頭!そしてそのままゴールイン!前走に続き素晴らしい走りですダークミラージュ!その小さな体に何を秘めているのか、今からこのウマ娘が何を見せてくれるのか楽しみです‼』

     GⅠ初制覇。その快挙にレース場は沸き立つ。私は小さくガッツポーズを作り、笑顔で観客席の方を見た。歓声が心地いい。これが重賞、これがGⅠ。みんな、私に期待してくれている。観客の熱量、それは私の蜃気楼をより大きく、遠くに届かせる。

    (大丈夫。私はこの期待に応えられる。応えてみせる)

    ああ、この熱に身をゆだね、意識を手放したい。熱に浮かされふらつく足をなんとか支えながら、私はライブ会場に向かった。

    (ん?)

     ライブ終了後、レース後の検査の結果を受け取ったトレーナーはある項目に違和感を持つ。

    (体温が高い…?いや、体温が高いのはいつものことだが、領域に入ってもないのにここまで高いのは初めてだ)

     近くに座る当の本人の様子を見るが、特に変わったことはない。検査を担当した医師からも特に何も言われず、ただの誤差の範囲内でありはする。ただなぜか、その数字はトレーナーの記憶に強く残っていた。

  • 33二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 22:29:02

    保守

  • 34二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 23:01:50

    可愛い馬だなダークミラージュ
    舌出した感じとかコントを思わせるあざとさだ

  • 35二次元好きの匿名さん22/11/29(火) 02:05:47

    このレスは削除されています

  • 36二次元好きの匿名さん22/11/29(火) 13:31:25

  • 37二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 01:07:33

     初GⅠ制覇の翌々日、私たちは大舞台での勝利にまだ浮かれていた…ということはもちろんなく。ファン数、実力ともにティアラ三冠レースに問題なく登録できるレベルに達したため、今後の出走について調整を始めていた。

    「足の負担を考えると次走はケンタッキーオークスにしたいが…前哨戦であるラトワンヌSには出ておきたいんだよな」

    「ええそうですね。私もチャーチルダウンズレース場に慣れておきたいですし、予定はそのままでいいと思います」

     レース場への慣れだけではない、この前走ったプライオレスSは6ハロンのスプリントレースだが、ケンタッキーオークスは8.5ハロンと距離がかなり違ってくる。ラトワンヌSでは、マイル以上の距離もしっかり走れることを確かめておきたい。

    「ケンタッキーオークス後だが、ついに三冠レース開幕だ。三冠レースの日程は過酷、CCAオークスまで間にレースは入れられない。この辺は変更なしだな」

     ホワイトボードに掲げられた大きなカレンダーにトレーナーさんが赤線を引いていく。これで7月までの予定は埋まった。

    「この後は…まあ、まだ調整を詰めるべきではないか。俺なりに考えておくよ。まずは目の前のケンタッキーオークス、そして初のティアラ三冠に向けて頑張ろう!」

     トレーナーさんは私からの要望が特にないことを確認すると、今日の練習メニューを私に渡して職員室に帰っていった。自分で言うのも恥ずかしいが、私の活躍もあり彼は今大忙しだ。雑誌の取材、写真撮影、パパラッチへの対処など有名トレーナー故の難題が彼の本来の仕事に加えて発生している。

     そして、私もとある悩みを抱えていた。

    「はぁ…」

    「どうしたの?ミラージュちゃんらしくないわね」

     保健室にはもはや定位置と化しているベッドに座るアソールトさんがいる。ビッグレッドさん曰くアソールトさんも定期的に走ったりしているらしいが、いまだに私はその姿を見たことがない。

    「何か相談事があったら言ってね。私にできることは少ないけれど、できる限りのことはするから…」

    「あ、心配かけてすみません。ちょっと家の方が忙しくて…」

  • 38二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 01:07:53

     実は最近、両親の調子がちょっと悪いのだ。元々母は耳が悪く苦労している。そんな母を父が支えていたのだが、その父が最近倒れてしまったらしい。命に別状があるわけではないが、もしものことはあるかもしれないとお医者さんに言われている。

     ヘルパーを雇うことができたため実家の母は今も暮らせているが、家事の多くを母が担うこととなり働くことが実質不可能となってしまっている。つまり、稼ぎが全くないのだ。トレセンにはその事情を説明し、私の在学を保証してもらっているが、私がいい成績を残すことができなくなったら適当なところで打ち切られてしまうかもしれない。

    「…その、アソールトさん。ティアラ三冠を達成できたら協会からボーナスが出るって話ありましたよね」

    「え、ええ、そうね。トレーナーさんやトレセンに一定額分割されるけど、少なくない額もらえるはずよ」

     アソールトさんからその言葉を聞くと、私は心配する彼女に声をかけられないうちに保健室を出る。本当はアソールトさんにいろいろ相談したかったのだが、言葉が出なかった。

    (私、臆病者だ)

     いくらそう言って自分を責めても、やはり誰かに家の問題を相談する気にはなれない。お金のために走るのかと、言われてもいない言葉が私の頭の中でこだまする。私はその声を否定しようとするが、お金が必要なのは確かだった。もしものことがあってからでは手遅れになる。

     トレーナーさんは私の足の様子を心配して出走登録を慎重に行う予定らしい。三冠レース後の出走登録、トレーナーさんはまだ悩んでいるみたいだが、私はすでに自分の中で予定を決めていた。

    (CCAオークス後…12日だけ開けてモンマスオークスに出る。その後はデラウェアオークス、アラバマS、ガゼルH、そしてローレンスリアライゼーションS。休養は無し。大丈夫、私はやれる)

     私の体にのしかかる期待はさらに膨れ上がっていく。でも、大丈夫だ。今の私はそれに応える力がある。私の体は皆が思うほど脆くはない。それに重りがあればあるほど、それを支えるために私の足は更なる熱を生み出す。

  • 39二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 01:08:04

    「…あ、三女神様」

     いつの間にかまた熱に侵されていたらしい。ふわふわとした足取りでたどり着いたのは、学園の真ん中に位置する三女神像の前だった。ここでは稀に啓示のようなものがあるらしい。科学的な信憑性は全くないが、多くのウマ娘がそう感じているあたり何かしらあることは確かなのだろうか。

    「……特になしか」

     目を閉じて少しの間じっとしていたが、何の変化も訪れない。まあそんなものだろうとその場を離れようとしたところ、私の目の前にナニカが現れた。私はそれに見覚えがある。私の将来を想像しようとすると邪魔をしてくるあの黒い影だ。

     いつも通り、その影は私を憐れむようにじっと見つめている。しかし今回はその影との距離が近いからだろうか。その影の視線が私のある部位に向かっていることに気づいた。

    (左足…?)

    私は左足を前に出し、何か変化があるか見守る。しかし特に変わったことはなく、次に顔を上げたとき既にその影は消えており、いつも通りのトレセンがそこにはあった。

    (…ちょっと気分が悪いな)

     再び保健室へ向かう私を三女神像は何も言わずに見下ろしている。左足はまた、理由もないのに小さく震えていた。

  • 40二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 09:39:23

    因みに史実のダークミラージュの父はクリスマスの翌日に亡くなってたりします

  • 41二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:37:36

    保守

  • 42二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 00:59:37

    「ダークミラージュさん」

     寮に帰る途中、私は同じクラスのライバルであるゲイマテルダに出会った。お互いの練習する時間が異なっているため普段教室以外で会うことはないのだが、何かあったのだろうか。

    「プライオレスSでの勝利、おめでとうございます」

    「あ、ありがとう?」

     あまり彼女と…というよりもクラスのみんなと親しくしてこなかった私は何と返してよいか分からず、言葉の最後に疑問符がついてしまう。悪い人でないのは確かだが、共通の話題がないとやはり話は続かない。

    「今度ケンタッキーオークスも応援しています。ですが!」

     びっくりした、急に大きな声を出すのは心臓に悪いのでやめてほしい。周りにいたウマ娘たちも何事かとこっちを見ている。

    「ティアラ三冠!これだけは譲れません!初代ティアラ三冠は私がいただきます!」

     突然の宣戦布告に近くにいた者だけではなく、寮の中にいたウマ娘たちも寄ってくる。注目されるのはレースで慣れたつもりだったが、こういう形で注目を集めるのは初だ。かなり恥ずかしい。

    「え、なになに宣戦布告!?」「誰!?あ、マテルダとミラージュちゃんか!」「ミラージュちゃんいつ見ても小さいなぁ」

     寮の入り口に小さな人だかりができる。ゲイマテルダさんは言いたいことは言ったと、私に背を向けてその場を去ろうとしていた。

    (何かこのままだと負けた気がする)

     気が付けば私はゲイマテルダさんを追ってその歩みを止めていた。驚いた表情を浮かべる彼女に、私は緊張しながらも目をしっかりと見て言葉を放つ。

    「三冠を取るのは、私です。そして三冠だけではありません。その後もたくさんのレースで勝ち、私は歴代最小にして最強のウマ娘になって見せます」

     私の体に熱がともる。ざわざわしていたウマ娘たちはいつの間にか静かになってしまっていた。それはそれで恥ずかしいので早くいつものにぎやかさに戻ってほしい。素面に戻った私は、顔を真っ赤にして逃げるように部屋に入っていった。

  • 43二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 00:59:55

    「よし、今日はラトワンヌだな。この前ゲイマテルダに宣戦布告したらしいし、絶好調じゃないか?」

    「その話はやめてください」

     ラトワンヌS当日、控室にてトレーナーさんが黒歴史を掘り返してくる。精一杯の抵抗として睨みつけてみるが、私が凄んだところで誰もビビってはくれない。トレーナーさんも、ごめんごめんと軽く謝るだけだ。まあ、本気で不快に感じているわけではないのでいいのだが、そろそろ私にもGⅠウマ娘の威厳が欲しいところである。

    「それじゃ行ってきます」

    「ああ、頑張れよ!」

     気持ちを切り替え、砂の舞うダートへ向かう。ああ、プライオレスに比べると劣るがいい熱だ。今日も領域に入るつもりはないがいい走りはできるだろう。期待に胸を躍らせながら私はゲートに向かう。ケンタッキーオークスの前哨戦とだけあって集まっているウマ娘たちは皆確かな実力を持つ者ばかりだ。

    『さあ本日の注目ウマ娘はまずはこの子!小さな体に大器が宿る!ダークミラージュ‼そしてオースザンナS・アルキビアデスSを勝利!本日はどんな走りを見せてくれるのか!レディトランプ‼』

    『各ウマ娘ゲートに入って…今スタートしました!』

     私はいつも通り逃げるウマ娘の後ろにぴったりと付ける。逃げるウマ娘はそれを嫌がるようにスピードを上げるが、その程度の加速で私を引き離すことはできない。第三コーナーを過ぎ、前にいたウマ娘が少し外に膨らんだのを見て、私は一気に抜け出した。

    『ダークミラージュ上がってきました!小さな体をうまく使い、埒に沿ってきれいな加速を見せる!レディトランプもいい足だ!ここから追いつけるか!』

     誰も追いつけるはずがない。差しウマ娘の末脚以上の速度での先行を許した時点で勝敗は決していた。

    『差が広がる!独走状態です!ダークミラージュ今ゴールイン‼』

     圧勝としか言いようのないレースであった。着差は5バ身程度だが、その着差以上の実力差があることは誰の目から見ても明らかだ。

  • 44二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 01:00:06

    『ダークミラージュ三連勝!このウマ娘を破る者は出てくるのか―!』

     息を整え、トレーナーさんの待つレース後の検査場へ向かう。レース前に左足が気になっていたが、特に問題はなさそうだ。やはりあれは幻でしかない。私の臆病な心が幻覚という形で現れただけだ。

    「……い…おーい!ミラージュ!大丈夫か?」

     トレーナーさんの顔が見える。いつのまにか寝てしまったのだろうか、私は体を起こし周囲を確かめる。場所はチャーチルダウンズレース場の控室、ラトワンヌSからそれほど時間は経っていない。

    「あはは…恥ずかしいとこ見せちゃいましたね。他言は無用でお願いします」

    「もちろん誰にも言わないさ。ところで、魘されてたみたいだけど大丈夫なのか?」

     魘されていたのか、と私は額に伝う汗をぬぐう。確かに何か嫌な夢を見ていた気がした。

    「最近ご両親の調子も悪いみたいだし、少しは練習を休んでもいいんだぞ?レースも大事だが、それと同じくらい家族のことも大事だ。一日二日休む程度今の君なら問題ない」

     心労からくる疲労だろう、確かに最近根を詰めすぎていたかもしれない。いくら覚悟を決めても心労で倒れてしまっては元も子もなくなってしまうし、明日はしっかりと休むことにしよう。丁度アソールトさんも病院の検査が終わり、調子が良ければ一緒に遊ぶことができるはずだ。

    「お心遣いありがとうございます。そうですね明日は久しぶりにお休みをいただきます」

     レース場から宿泊施設までの帰り道、私は送迎バスの中で再びうとうとしていた。バスの程よい揺れが眠気を誘う。そこからはよく覚えていないが、寝起きが良かったのでいい夢でも見られたのだろう。ここ数日毎日のように現れたあの黒い影も、今日は私の前に姿を現さなかった。

  • 45二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 01:10:52

    乙です
    もはやSSって長さでもなくなってきてるな

  • 46二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 11:23:14

    保守

  • 47二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 23:21:07

    「おーい、ミラージュ。こっちに来てくれ!」

     ケンタッキーオークスが近づき、練習も本格的な調整に入った頃。トレーナー室に大きな荷物が届いた。練習をしていた私はすぐに呼び出され、その大きな箱の前に連れていかれる。
     そこにはトレーナーさんだけではなく、きっちりとスーツを着た初老の男性と美しい女性が背筋を伸ばして待っていた。纏っている雰囲気が、何というか、こう、すごいいいところの執事みたいな感じだ。その男性は、近くに控える女性に大きな箱を台車から降ろして段ボールの箱を開けるよう指示する。段ボールの箱の中には、服が一着だけ入る小さなクローゼットが入っていた。

    「お待たせいたしておりました。こちら、ダークミラージュ様の勝負服でございます」

     勝負服。それはウマ娘たちがGⅠなど特別なレースで走る際に着用する衣装だ。特別なレースで着るだけに、ウマ娘たちの勝負服に対する思い入れは強い。自分の特徴、イメージ、そして将来像など様々なことを考えながら自分で原案を作るウマ娘もいる。そうでないウマ娘も、勝負服デザイナーと呼ばれる職人さんと相談しながら自分に合った勝負服を作成することができる。
     勿論、勝負の世界であるため、どうしても勝負服を着ることがかなわないウマ娘たちもいる。怪我、不調、実力不足など、頑張って勝負服を作成してもそれを着て走ることさえ叶わない。逆に勝負服にありったけの夢を込め、それを叶えたウマ娘も存在する。勝負服の数だけドラマが存在するのだ。

     それで私はどうなのかというと、勝負服の作成が大幅に遅れたという稀有なパターンである。中央に来てからトレーナーさんとも色々話してはいたのだが、とにかく私は体が小さく、細部の調整のためには何度も体を計測しなければいけなかったのだ。
     そして思い返してほしい。ジュニア期の私はその焦りからレース三昧。勝負服作成のためのまとまった時間を取ることはできなかった。つまり私の落ち度だ。さすがに三冠レースまでには勝負服を作らねばと、年始の辺りにトレーナーさんやデザイナーさんと調整をしていたのだが、いよいよ大詰めとなった頃に父が倒れ、なんだかんだここまで遅れてしまった。

  • 48二次元好きの匿名さん22/12/01(木) 23:25:17

    「いやー、なんとかオークスまでには間に合ったな!オークスに汎用勝負服で出るかもと言った時の周囲のトレーナーたちの反対といったら…ッ思い出したら寒気がしてきた…」

     トレーナーさんはいつになく落ち着かない様子だ。彼にとっても勝負服というのは特別なものなのだろう。まあ、それもそうか、勝負服のデザインは私以上に彼が時間をかけて考えてくれた。

    「それでは出来上がったものをご覧ください。長年、様々な勝負服を見てきましたが今回はその中でも特に素晴らしいものに仕上がっております」

     私はその動悸を手に伝わせないよう注意して、静かにクローゼットの扉を開ける。

    「…綺麗……」

     目の前に現れたのは、青と白のコントラストが美しい勝負服だった。青を基調としたブラウスと白のスカートが組み合わさり、さらにグレーのタイツが絶妙なバランスで組み合わさっている。私の体の薄さを目立たせないため、ブラウスの生地は少しパリッとしたものとなっており、白のスカートのデザインもシルエットをふっくらとさせるのにちょうどいい。それにスカートに薄く覆う白の薄いレースは私のミラージュという名前を現すかのようだった。

    「黒のタイツにするとコントラストが強すぎてちょっと良くない感じだったからな…それにスカートの丈もかなり気を使ったんだぞ。それにこの鎖骨の辺りとか……」

     トレーナーさんが勝負服のデザインについて細かく説明をしてくれる。正直専門的なことは全く分からないので半分以上聞き流していたがものすごく気を使ってデザインしてくれたことは一目でわかった。そしてその胸元には、三つのティアラの刺繍がきらめいている。

    「…トレーナーさん」

    「どうした?」

     服を持ってきてくれた人たちが去り、トレーナーさんと二人きりになった室内で私はうつむきながら強く手を握る。

    「私、絶対にティアラ三冠を達成します‼それもただの三冠じゃない、未来永劫、誰も追いつけないようなパフォーマンスでの絶対の三冠です‼」

     お金のためとか、ライバルだとか、今はもうそんなのどうだっていい。もう迷いはない。

  • 49二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 11:14:13

    ほす

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