- 1◆XXwM664EYw22/11/26(土) 11:17:05
日も出きっていない歩道を一人のウマ娘が走っていた。
そのジャージは中央トレセン学園特有のものであり、体躯は小柄。その顔は半分ほどを黒鹿毛が隠していた。
彼女の名前はライスシャワー。中央トレセン学園に所属するウマ娘の一人であった。
彼女はいつも通り、早朝ランニングをしていたが、その日だけは何かが違った。
「あれ? ここ……初めて通る道……?」
起きている人もまだまだまばらで、時折、他のウマ娘が遠征のために起きてくるだろうが、多くてもその程度の時間帯。さらにいえば、彼女はほぼ毎日そこを使っている。
道を間違えることなどありえないのだ。
そこでライスシャワーはその足を止め、周りを見回すとトビラがあることに気が付いた。
古めの白塗装だが剥げておらず、窓が三つある。彼女は誘われるようにその丸ノブを回し、その扉の奥へと入ってみた。
「あら、いらっしゃいませ。こんな早い時間によくおいでくださいました」
まず彼女の耳に人の声が聞こえた。
次に視界。そこはセピア色で構成されており、カウンターが一つ。その奥には、先ほどの声の主とおぼしき女性が座っていた。そのさらに後ろには黒い扉、玄関の横には下駄箱があった。
ライスシャワーはそんな不思議な空間をきょろきょろと見回していると、なだめるように女性が声をかけた。
「初めての方ですね。ようこそ、ここは靴磨き屋です」
「くつ……磨き……?」
「はい、そうです。せっかくいらしたのです。磨いていかれませんか? あなたのお靴、だいぶ汚れてしまっているようですし」
ライスシャワーは自分の足元を見ると、履いていたスニーカーは今にも崩れそうなほどボロボロで、泥だらけになっていた。ついでとばかりに靴紐も所々ちぎれては緩んでいた。
「でも、ライス……お金とか持ってないよ?」
「あぁ、そういうのは良いのです。私の趣味みたいなものですから」
女性の優しい声色は、ライスシャワーの中にあった不安感を軽くした。敵意はないと本能が察したからだろう。
そこで女性はカウンターから椅子を取り出すと、そこに彼女を誘導する。 - 2◆XXwM664EYw22/11/26(土) 11:17:18
流されるまま彼女はそこに座ると、そのまま靴を差し出す姿勢になった。だが、彼女の中にあるかすかな不安は後ろ向きな言葉を喉から放つ。
「でも、ライスの靴……こんなに汚いよ……変えたほうが……」
「いえいえお気になさらず。むしろ、私は汚れている靴こそ素晴らしいと思いますよ」
「え? どういうこと……?」
「靴の汚れはあなたが歩いた証です。汚れが付いていればついているほど、あなたが前に進み続けたということです。それは、誇らしいことではありませんか? それにここまで汚れている靴は、私も初めて見ました。あなたの努力はそれほどまで、積みあがっているのでしょうね」
女性はライスシャワーの見えぬ努力を褒める。見知らぬ人間とはいえ、褒められなれていない彼女にとってその言葉は顔を赤くするのに十分だった。
同時に、女性は靴に付着した泥をすべて拭き終えていた。
そして次に取り掛かったのは靴紐の交換だった。
そのよどみない手つきは今まで何度となくそれを行ってきたのか優に理解できた。
それを終えると、女性はライスシャワーの頭とぶつからぬように丁寧に顔を上げ口を開いた。
「はい、終わりましたよ」
女性がそういうとライスシャワーの履いていたスニーカーは、いつの間にか新品のようにピカピカになっていた。
その光景に彼女は目を輝かせた。まるで魔法だ、と。
「ふふふ、魔法と言えるほど素晴らしいものではありませんよ」
「ありがとうございます、お姉さん!」
ライスシャワーは椅子を立つと、その場で深々と頭を下げた。
それに応えるように女性の方も頭を下げると、店の出口へと誘導する。
そのまま見送られる形でライスシャワーは扉を出ると、背後から声がした。
「本日はお越しいただきありがとうございました」 - 3◆XXwM664EYw22/11/26(土) 11:17:58
こちらこそ、と再び礼をするために彼女は振り向いたが、そこには何もなかった。
周りを見渡すと、そこはいつもの道だった。
しかし下を見ると、新品同然のスニーカーが朝日に当たって輝いており、先ほどまでのことが夢ではないと証明していた。
(靴磨きの魔女……なのかな? ありがとう!)
決意新たに、ライスシャワーは道を行く。
その足取りは心なしか、軽く見えた。 - 4◆XXwM664EYw22/11/26(土) 11:18:11
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
SCP-495-JP - "廃ビルの靴磨き"
著者: k-cal
URL:SCP-096 - SCP財団scp-jp.wikidot.com作成年: 2018