ぼ喜多SS

  • 1二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:37:55

    一応ネタバレ注意

  • 2二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:38:39

    1


    「あ、あの、どうですか……?」

    ひとりちゃんの声はいつにも増して消え入りそうだった。
    STARRYのテーブルを囲んでいる私たち四人には聞き取れる程度の大きさだ。
    確かに、新曲の歌詞を提出することに気負いがあるのは分かる。
    しかしこれほどまでに身を震わせている彼女はあまり記憶に無い……訳ではないがそれでも様子が違う。

    広げられたノートに目を落とすリョウ先輩は時折向かい側の席に座っているひとりちゃんに視線を送っている。
    また謎の絆でも発揮しているのかしら、と私は少し不機嫌になる。
    理不尽な妬みを振り払うように二人から目を離し、ドリンクに口をつけた。

    「ぼっち」
    「あっ、はい……」
    「自首しよう」

    ……埒の外から飛んできた言葉のせいで思わず咳き込んでしまう。
    会話の発生源の二人を見ると、何故か両手を取り合っていた。羨ましい。いやなにがだ。

    「な、なんのことですか?」
    「盗作は良くない」

    真剣に詰めるリョウ先輩からひとりちゃんは目を逸らす。
    盗作? 急になにをと言いたいがまだ声が上手く出ない。

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:40:08

    「いやいや何言ってんのリョウ! なんか元ネタとかあるってこと!?」
    「これ見て」
    「えっ? あっうん……。あーなるほど……」

    伊地知先輩もノートの中身を見ると急に黙り込んでしまう。
    どういうことだろう。音楽知識の深い二人には分かるのだろうか。

    「あの、私も見ていいですか?」

    そう訊くと二人は無言で頷き、私も歌詞を覗き込んだ。
    何故かひとりちゃんの呻き声が聞こえた気がする。

    文字の中身を追っていく。ああ……確かに二人が言うことが理解出来た。
    普通ではない。いつもとは違う意味で。

    ――これ、ラブソングじゃない。

    しかし、この文章の感じは確かにひとりちゃんのそれと思える。
    とてもじゃないけれど甘ったるいとは言えない。
    背中を押すにしても突き落としに近い、鋭い一突きが散りばっている。
    それでも微かな灯が混じっているような混じっていないような。
    ……やはりひとりちゃんの歌詞を解釈するのは難しい。それでも。

    「言いたいことは分かりますが、これは盗作ではないような……」
    「あっ、やっぱりそう思う?」
    「掌返しはえー……」

    私が否定すると、あっさりとリョウ先輩は意見を変え、伊地知先輩は呆れた声で突っ込んだ。
    最初から本気で言っていたのだろうかこの人は。

  • 4二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:40:53

    リョウ先輩から解放されたひとりちゃんは俯いたまま言葉を発しない。
    主張するのは、長髪から見え隠れする赤い耳のみだった。
    その様子を私はぼやけたフォーカスを通して見続ける。

    「まあ採用するかどうかは別として。今日は解散ってことで」

    平坦な声と同時に椅子が軋む音が響いた。
    いつの間にかリョウ先輩が帰りの支度を始めていた。今日は午前から全体練習では無かったのだろうか。
    伊地知先輩も最初は引き止めようとしたが効果が無いと察し、まあ最近根詰めすぎてたもんね、と諦めの言葉を吐いて店内から去っていった。

    取り残されたのは、私とひとりちゃんの二人だった。
    ……端的に言って気まずい。今の私達にそこまで壁は無いとは思うけれど、状況が違った。
    ひとりちゃんはいつにも増して挙動不審だ。この様子だと本当に自身の恋をモチーフにしたのかもしれない。
    なんだか、あまりいい気分にはなれなかった。このままではバンドのカラーが変わってしまうという危機のせいか。
    ただでさえ彼女の歌詞を表現し切れているとは言えない自分に圧し掛かるプレッシャーのせいか。
    様々な推論が脳裏を駆け巡るが、どれも正解と呼べるものは無さそうだった。

    疑問を自分にぶつけても駄目そうだ。それならば。

  • 5二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:41:35

    「ひとりちゃん!」
    「な、なんですか?」
    「今日、ひとりちゃんの家に行ってもいいかしら?」
    「あっ、嫌です」
    「即答!?」

    あまりにもストレートな拒絶につい声が大きくなってしまった。
    確かに急な提案ではあったけれど、ひとりちゃんらしくない返しの早さだった。

    「い、いや、そうよね。ごめんなさい! 確かにいきなりすぎるもの。ひとりちゃんの家にも事情があるでしょうし」
    「い、いえ、そういう訳ではないんですが……やっぱり来ますか……?」
    「どっちなのよ~!」
    「ど、どっちなんでしょうね……へへっ……」

    相も変わらず良く分からない感情でひとりちゃんは笑う。
    その表情にいつもの面影を感じて、私は頬を緩ませる。

    ……顔を逸らされた。やっぱり避けられてるのかしら。

  • 6二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:42:26

    2


    「また急に押しかけてすみません!」

    前触れも無い訪問に私は頭を下げた。

    「いやいいんだよ! まさかまたひとりが友達を連れて来るなんてね」

    父の娘に対する評価がナチュラルに酷かった。
    それでも心底嬉しそうな顔をしているのは家族仲の良好さを表していた。
    ふたりちゃんとお母さんも笑顔で出迎えてくれて、相変わらず明るい家族だなと微笑ましくなってしまう。
    それと同時に、ひとりちゃんの気質はどこから来たのだろうと疑念を感じる。
    ……私も人のことは言えなかった。

    「あ、あの、少し待っててください」

    ひとりちゃんは帰宅するなり早々に自分の部屋へ駆け出して行った。
    片付いていないのだろうか? それならば嫌がっていた理由にも頷ける。

    待っている間に私が買ってきた茶菓子を差し出すと、ふたりちゃんは目を輝かせてくれた。
    口に合えばいいのだけれど如何せん急いで買ったものなので少し不安だった。
    両親にも感謝を述べられ、棒立ちも難だからと招かれた居間でソファに腰を掛けた。

    丁度いい機会だった。今回の目的は半分ここにもあった。
    最近のひとりちゃんの様子について知りたい。
    多少はマシになったとはいえ、クラスメイトに訊いても疑問が解けるとは思えない。
    それならば家族に尋ねてみるのが一番早いのではないだろうか。答えてくれるかは別として。

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:43:18

    「この前はすまなかったね。急用が出来たみたいだけど挨拶も出来ずに」
    「あっ、はい」

    お茶を淹れてきてくれたお父さんにひとりちゃんのような口調で返してしまう。
    大分落ち着いたとはいえ前回のトラウマは中々払拭出来なかった。
    今回は押し入れを覗くことだけはやめよう。私は頑なにそう誓った。

    「喜多ちゃん喜多ちゃん! 今日はギター弾いてくれる?」

    隣に座っているふたりちゃんがキラキラとした目で見上げて来る。

    「もちろん良いわよ! でもひとりちゃんみたいには出来ないと思うけど……」
    「へたっぴだもんね」
    「うっ……」

    子供の残酷さが胸に刺さる。確かに普段からひとりちゃんの演奏を聴いていれば耳が肥えるのかもしれない。

    「でもお姉ちゃんが喜多ちゃんと一緒に弾いてるの好き! 凄く楽しそうだから!」

    無意識の内にふたりちゃんを膝に抱き上げてしまった。

    「ふたりちゃん!」
    「わっ!」

    視線の先ではひとりちゃんによく似た顔がにこにこと笑っている。
    少し不自然さがあって面白いけれど、かわいらしいのは変わりなかった。
    私にもこんな妹が欲しかったなと少し羨ましくなる。
    そういえば前ふたりちゃんはイヤリングに目を輝かせていたな。
    今度来る時は小物でもプレゼントしてあげよう。

  • 8二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:44:02

    「あらあら。随分と仲が良くなったのね。嬉しいわ~」
    「なんか急に馴れ馴れしくしちゃってすみません。……あっ」

    やってきたお母さんを見て本題を思い出す。

    「あの、最近ひとりちゃんに変わったことってありますか」
    「変わったこと? あの子はいつも変わってるからどうかしら……」
    「まあそうなんですけど……」

    つい相槌を打ってしまったが実の親にこれはいいのだろうか。
    気にしている様子もなく、考え込んでいるので大丈夫だったみたいだけれど。

    お父さんにも訊いてみたけれど同じような反応を返される。
    別に隠しているようにも見えないし家ではいつも通りなのだろうか。

    「喜多ちゃん喜多ちゃん」
    「ん? どうしたの」
    「そういえばね、最近お姉ちゃんが喜多ちゃんの写真いっぱい増やしてたよ」
    「えっ?」

    背筋が凍り付く。あっ、まずい、あの空間の恐怖が少し鮮明になってきた。
    集合体恐怖症という性を持って生まれて来たことをあんなに後悔した日は無い。
    あの後もしばらくはひとりちゃんとまともに接することが出来なかった。
    まさか今回も繰り返しになってしま……。

  • 9二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:45:07

    「ふたり!」

    ボリュームが大きすぎて一瞬誰の声か分からなかった。
    聞こえた先には顔を上気させたひとりちゃんが立っていた。
    珍しく俯いてないので顔の全貌がはっきりと見える。少し胸が鳴ってしまう。

    「あのね、ふたり。人には明かされたく無いことだってあるんだよ。そういう思いやりを持てる子になりなさい」
    「う、うん」

    こちらにしゃがみ説教を始めたひとりちゃんと、背面から顔だけを動かしたふたりちゃんが視線を合わせた。
    諭し方は正しいと思うけれど幼稚園児に向ける形相では無くて不安になる。
    しかし少し気圧されてるぐらいの様子なのでこれが普通なのかもしれない。

    「あ、あの、喜多ちゃん。部屋片付いたので来てもらっていいですか」
    「え、ええ」
    「あっ、喜多ちゃんもう行っちゃうの?」
    「ふたり。喜多ちゃんはお姉ちゃんのお客さんなんだよ」

    これは普通に大人げなかった。

  • 10二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:45:39

    3


    不安が拭えなかったが、ひとりちゃんの部屋に変わった様子は無かった。
    あったにしても片づけたのだろうから当たり前ではあるのだけれど。

    「それでひとりちゃん」
    「は、はい」
    「どうして正座なのかしら」
    「悪事がバレたので介錯してもらおうかと……」
    「また人殺しになるのは嫌よ私!?」

    ひとりちゃんならあっさり蘇るにしてもいきなりそんなことを言われても困る。
    そもそも悪事とはなんだろうか。いや大体指すことは分かるけれど訊きにくい。

    「あ、あの……ふたりと仲良いんですね」
    「えっ、うん。凄くかわいくて良い子よね! なにその顔……」
    「い、いえ姉としての威厳が崩れ去ったのでやっぱり切腹……」
    「もういいわよそれ」
    「あっ、はい」
    「……でも、ふたりちゃんってひとりちゃんのこと大好きだと思うの」
    「そ、そうなんですかね」

    褒められているのにいまいち乗ってくれなかった。
    やはり家族のイメージというのは中々変わらないものらしい。

  • 11二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:46:08

    「えっと……」

    会話を続けようとするが、沈黙が続いてしまう。
    やはりさっきの話が引っ掛かってそこから気を逸らせなかった。

    「あ、あの」

    話を切り出したのはひとりちゃんの方からだった。
    話題はともかく、それが当然なのかもしれない。
    いつだって停滞した空気を変えてくれるのは彼女なのだから。

    「さ、最近作詞に悩んでて……アイデアが枯渇してたんです。それで……なんにでも手を出してみようと思って……」

    ゆっくりと、ひとりちゃんが語り始める。

    「それでも情けないことにどのジャンルもしっくり来なくて……最後にやけになって手を出したのがラブソングだったんですよね」

    なんとなく経緯は分かり始めてきた。しかしまだ疑問は残る。

  • 12二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:46:51

    「へへっ……青春コンプレックスとか言ってるのにおかしいですよね。でもなんか書けちゃって」
    「それは、どうして?」
    「あ、ある人が、頭に浮かんで来るからです。もうお察しの通りでしょうけど」
    「……じゃあ写真って」
    「な、なんか喜多ちゃんの写真を見てたら二人で遊んだ記憶を思い出すし、ドキドキするので……」

    そこでひとりちゃんの独白は途切れた。
    衝撃的すぎて思考がまとまらない。けれど、歌詞を読んだ時の不安は消えていた。
    単純な話でしかなかった。私はひとりちゃんが別の人を好きになることが嫌だっただけだ。

    「す、すみません! 気持ち悪いですよね! すぐ忘れますし没にします!」
    「確かに大量の写真はちょっと引いたけど……」
    「ひっ!」
    「でも、寧ろ嬉しいわ!」

    私はひとりちゃんに満面の笑みを向けた。
    悪い気がする訳が無い。心の隅にあった鬱屈はどこかに飛んで行ってしまった。

    「そ、そうですか? なら良かったです……」

    ひとりちゃんは安堵の表情を浮かべた。
    そしてそこから言葉を続けることはなく、視線を下げ続けていた。下げ続けるだけだった。

    「あ、あれ? それで終わりなの?」
    「お、終わりってどういうことですか?」

    こちらを向いたひとりちゃんの目には純粋な疑問が浮かんでいた。
    急に流れを遮断された私の頭にも疑問が浮かんでいた。
    ……もしかして貴方は。いや、まさかとは思うけれど。

  • 13二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:47:22

    私はゆっくりとひとりちゃんに手を伸ばす。
    牛歩の果てに辿り着いたのは柔らかい頬だった。
    少し俯いた彼女の顔を上げると、二人の視線が交わった。

    ひとりちゃんは笑っちゃうぐらい綺麗な瞳をしている。
    それを良く知っているのは私の特権なのかもしれない。
    同様に、あのギターをかき鳴らしている時の輝きとは違うことが分かることも私の特権だった。

    「あ、あの? 喜多ちゃん?」

    私はひとりちゃんを抱擁し、覚悟を決めた。

  • 14二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:47:49

    「ひとりちゃん。私は貴方のことが好き」
    「……う、嘘ですよね」
    「嘘じゃないわ」
    「だって喜多ちゃんは陽キャだしいろんな人と付き合いまくってるんじゃ」
    「だからなんなのそのイメージ……私誰かと付き合ったこと無いわよ」
    「で、でも私なんかのどこが」
    「好き」
    「……あ、あの。私も……好きです」

    承認欲求を満たしたい。チヤホヤされたい。
    ひとりちゃんのそれは自己肯定感の低さの裏返しだ。
    だから、自分がただ一人にとって替えが利かない人間になれると信じ切れていない。

    まるで私と瓜二つだった。
    増してや自分がひとりちゃんのような眩い存在と釣り合うとは思えない。
    それでも離したくないと、貴方を支える人になりたいと思ったのは、多分あの日の保健室だった。

    「あ、あの喜多ちゃん」
    「なに?」
    「……もっと好きって言ってください」
    「……好き」
    「……へへっ」
    「……大好き」

    私たちはそんなやり取りを小一時間ほど続けた。

  • 15二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 16:49:03
    #ぼっち・ざ・ろっく! ぼ喜多漫画 - root25のイラスト - pixiv三徹したぼっち「ヨシ!記憶が曖昧だけど傑作が出来た気がするぞ!今日はお休みにしよう……」www.pixiv.net

    ぼ喜多スレで着想貰ってプロット投げたやつ書きたくなったので書いた

    あとこの絵描いてくださった方本当にありがとうございます

  • 16二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 17:03:41

    乙乙
    うるさいんだって心臓

  • 17二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 17:05:38

    素直にぼっ喜した
    雰囲気もいいSSだ

  • 18二次元好きの匿名さん22/11/28(月) 17:24:29


    心がぼっ喜する

オススメ

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