【SS】てるてる坊主と、友達と

  • 1二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:26:13

    季節は秋に入って間もない頃だった。トレーナー室の窓から見える空は低く、重そうな灰色の雲が気怠そうに府中の町を覆っていた。朝から降り続いている雨の音が酷く耳につく。
    私――桐生院葵はどことなく湿った空気を一つ吸い込んで、深いため息をついた。

    「……あの、トレーナー」

    ザアザアという雨音が響くトレーナー室。
    今日のトレーニングを終え、窓の外の雨をぼうっとした様子で眺めていた私の愛バ――ハッピーミークがおずおずと私に声をかけてきた。

    「……なんだか、今日はずっと元気がないですね……?」

    「……ごめんなさい、ミーク。貴方に心配させてしまって」

    「でもなんでもないですから!私は大丈夫ですよ、ミーク」

    読んでいた山積みのウマ娘の資料から目を離し、出来るだけの笑顔を取り繕って答えた。
    ミークに要らぬ心配、負担をかけたくなくて。
    ついつい誤魔化してしまう――私の悪い癖だった。

  • 2二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:26:35

    本当は、今日は朝から不運なことが続いていた。
    目覚まし時計が壊れて寝坊してしまう。遅刻はしなかったものの、通勤途中に車の水はねでビショビショになる。普段ならするはず筈のないミスを犯し、たづなさんからお叱りを受けてしまう。
    その上でこの雨模様とくれば、気分が滅入ってしまうのは当然とも言えた。
    朝から冷え込んでいた空気が、矢鱈と寒く感じられていた。
    そんな私を見て、めっ!といった様子で心なしか目じりを吊り上げたミークが告げた。

    「……ダメです、トレーナー。……ちゃんと話してください」

    「……また、あのときみたいにすれ違ってしまうのは……イヤです」

    あのとき。
    URAファイナルズの直前で、ミークを勝たせてあげられない己の未熟さに情けなくなり逃げてしまったあの日。水族館でミークが私に話してくれた言葉が脳裏を過ぎった。

    『……私もトレーナーのこと、考えたいです。あなたと2人で、がんばりたいから』

    トレーナーが担当ウマ娘に頼ることがあっても良いのだと気づかせてくれたのは、目の前の彼女だったではないか。
    また同じ過ちを繰り返すところだった自分を恥じながら、私は静かに口火を切った。

    「……そうですね。恥ずかしい話なのですが、聞いてくれますか?ミーク――」

  • 3二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:26:53

    「……ふむ、ふむ」

    私の話を一言も聞き漏らすまいと真剣に聞いてくれるミーク。
    私は心の中のわかだまりを吐き出して。
    湿っぽく淀んでいた気分が少しだけ楽になった気がしたのだった。

    「……そうだったんですね。それは災難……でした」

    私の話を聞き終えたミークは神妙な顔つきをしていた。顎に手をやって、何かを深く考えている様子だった。そして、彼女はまた窓の外へと視線と映した。
    雨の勢いは少しだけ弱くなったらしい。
    けれども、未だにぽつり、ぽつりと雨の雫が垂れる音は続いていた。

    「……そうだ」

    暫くすると、何か彼女は得心が行った様子で席を立った。
    一体何をするつもりなのだろうか。私はそれを興味深く見守る。
    ミークは一度ぐるりとトレーナー室を見渡した後、机に置いてあったティッシュの箱から1枚、2枚とティッシュペーパーを取り出した。

    「……むむ……」

    ミークはティッシュをくりくりと丸めて、輪ゴムで縛っていた。
    そして、サインペンで何かを書き込んでいる。

    そこでようやく理解した。
    ミークは“てるてる坊主”を作っていたのだ。

  • 4二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:27:19

    「……我ながら上手くできました。……ぶい」

    そして彼女は、満足そうな表情で完成したてるてる坊主を見せてくる。
    そのてるてる坊主の顔を見ると。

    「これは……私ですか?」

    私と同じ髪形で、ニコニコ笑顔のてるてる坊主がそこにいた。
    今時、てるてる坊主を作るヒトがいるなんて。
    でも、どこかミークらしいな――と不思議に納得した自分がいた。

    窓にてるてる坊主を括りつけながら、ミークは言った。

    「……これできっと雨は晴れます。……トレーナーも元気になります」

    そんなミークの一言が、優しさが。なんだか酷く心地よく感じられた。
    一見無表情で感情が希薄に思われがちなミークだが、とっても優しい子だということは、私が誰よりも知っていることだった。
    しとしと降る雨の音は、もうあまり聞こえなくなっていた。

    私も徐にティッシュペーパーを数枚抜き取る。
    丸めて、輪ゴムで縛って。サインペンで彼女の顔を精一杯書き込んだ。

    「……トレーナー、これ」

    「はいっ!ミークのてるてる坊主です。可愛いでしょう?」

    「……おお~」

    眼を輝かせながら私の作ったてるてる坊主を称えるミーク。
    大切そうに掲げながら、私の顔のてるてる坊主の傍に括りつけていた。

  • 5二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:27:52

    「ふふっ。喜んでくれたなら、作った甲斐がありますね!」

    「……もっと沢山つくりましょう」

    そこから私たちは、沢山のてるてる坊主を作った。
    知り合いのウマ娘や同期のトレーナーさん等に似せた顔を書き込んで。
    上手くできたもの、おかしな顔になってしまったもの。
    そんなてるてる坊主たちを眺めて、お互いに笑いあった。

    こんなに楽しかった時間は、久しぶりだった。

    同性の友達がいたとしたら、こんな感じなのだろうか――

    「……私とトレーナーはずっと前から友達です。……私はそう思っています」

    内心が知らずのうちに言葉に出ていたのだろうか。
    ミークが私の眼をまじまじと見つめて続けた。

    「……トレーナーにとっても、私は友達ですか?……違うならしょんぼりです」

    「ううんっ!ミークは大切な、大切な友達です!」

    同性の友達は、とっくの昔から私の傍に居てくれていたみたいだった。
    嬉しさのあまり、上ずった声で返してしまう。
    そんな私を見て、ミークも上機嫌な様子だった。

    外を見ると、薄暗かった空は少しずつ明るくなってきている。
    灰色の雲の隙間から、柔らかい日差しが差し込んでいた。

  • 6二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:28:10

    「……トレーナー。今日、食べたいご飯ありますか?」

    「えっ?何、ミーク?」

    窓を開けて、一緒に晴れ間を眺めていたミークが告げた。

    「……クラゲ……じゃなくて。……今からおでかけしたいです、いっしょに」

    「も、もう……ふふっ!ええ、是非!」

    あの日の水族館の言葉に倣った文句につい笑みがこぼれてしまう。

    今からどこに行こうか。
    やはり私とミークがお気に入りの水族館?
    その後、ミーク行きつけのパン屋に寄るのが良いかもしれない。

    「ミークはどこか行きたい所は――いえ、やっぱり」

    いつもの癖でついついミークを優先してしまう私。その出てしまった言葉を慌てて引っ込めた。もっと良いアイデアを思いついたからだった。

    たまには、私に付き合ってもらうのも良いかもしれない――

    そう考えて、言葉を紡ぐ。

  • 7二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:28:27

    「実はですね。駅前に私のお気に入りのカフェがあるんです。ミークの好みに合うかはわかりませんが……良ければそこに行きませんか?」

    「……トレーナーのお気に入りのお店。……とっても気になります」

    ミークはどことなく上擦った様子に見えた。
    そうやら、お気に入りのカフェを楽しみにしてくれているらしい。
    外の雲はさらに晴れていく。窓に括られたミークと私の顔をしたてるてる坊主は、楽し気に寄り添いながら風に揺られている。

    トレーナー室をミークと2人で出た。
    雨上がりの澄んだ空気が気持ち良い。
    さっきまで濡れていた世界は、どこもかしこも陽の光を反射していて酷く眩しかった。

    お出かけがこんなに楽しみなのはいつ以来だろう?
    ご機嫌な心の赴くままに、ミークの手を取った。

    「……!……ふふふ」

    ミークは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに穏やかな笑顔に変わった。
    あの日、水族館で分かり会えたときに見せてくれた笑顔と同じだった。
    きっと、私も同じように満面の笑顔なのだろうと思う。

    なんだか楽しくて、可笑しくて。
    友達と遊びに行くということが、こんなにも心躍るものだとは思わなかった。

    「ふふっ……今日はとことん私に付き合ってもらいますよ!付いて来て下さいね、ミーク!」

    「……望むところです。……むん」

    そして私とミークは終始手を繋ぎながら、雨上がりでキラキラと輝く府中の街へと下って行った。

  • 8二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:30:26
  • 9二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:38:22

    この二人メインのSSあんま見ないから供給ありがてえ…

  • 10二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:42:43

    めちゃくちゃかわいかったぁ!
    理事長とたづなさん書かれた方だったのですね。丁寧な描写がメッチャ好きです!

  • 11二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 17:51:40

    桐生院とミークのSS供給助かる

  • 12二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 22:24:32

    あまり見ないキャラのSSだから、理事長SSとか書いてた人かなと思って開いたらやっぱり主でしたわ。
    今回も素敵なSSありがとうございます。
    SSの題材としてはマイナーなキャラのものを沢山書いてくれて読む側としてはありがたい。

  • 13二次元好きの匿名さん22/11/30(水) 23:11:57

    感想ありがとうございます!励みになります!


    >>9

    この2人のSSはあまり見かけませんよね。

    魅力はたっぷりあるコンビだと思うので、他の方のSSも読んでみたいところです。

    少しでも供給できたなら幸いです!


    >>10

    ありがとうございます!かわいいと感想を頂けて嬉しいです!

    前作もお読み下さっているとは感謝してもしきれませぬ。

    描写には気を使っている所なのでお褒め戴きありがとうございました!


    >>11

    ミークと桐生院トレーナーのペアは良いぞ……


    >>12

    沢山拙作を読んで下さってる方……!

    ありがとうございます!

    沢山書かれているキャラやシチュのSSは他の素晴らしいSS作家様方の作品を読んで満足しちゃうのです。

    あまり見ないキャラのSS書きがちなのは、どこ探してもないから自給自足しかない故……

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