- 1二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:18:19
このSSは『幼馴染ヤマニンゼファー』スレから着想を得たSSです
幼馴染ヤマニンゼファー|あにまん掲示板どう?bbs.animanch.comスレを立ててのSS投稿が初めてなのである程度の不手際はご了承ください。
また、モチーフの都合上メインキャラはオリジナルキャラになります。
ヤマニンゼファーすらそんなに喋りません。
ぶっちゃけクオリティは低いです。
以上の点をご理解の上、閲覧をお願いします。
- 2二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:18:43
これは小さな頃の話、彼女の夢の話。
『私は、風になりたいんです』
あの時に見たあの人のように、と彼女は付け足す。
“あの人”の話は私も良く覚えている。
いつもふんわりと掴みどころのない彼女が、珍しく興奮した様子で話してきたものだから。
当時の私には良くわからなかったが、その人がとにかく凄いということだけは理解できた。
『ゼファーちゃんなら大丈夫だよ。私、ゼファーちゃんより足が早い子見たことないから』
今思えば、幼い頃とはいえ間抜けな、恥ずかしい発言だった。そもそもウマ娘の友人が彼女しかいないのだから当然なのである。
彼女は私の言葉に、ありがとうございますと返してくれた。
やっぱり優しく良い子だなあゼファーちゃんは。これはそんな幼い頃の思い出の1ページ――――、
『でも私はゼファーちゃんと一緒に風にはなれないなあ。だって私、足遅いもん』
おいカメラ止めろ、恥の上塗りをするんじゃない。
この頃は良くも悪くもウマ娘とそうじゃない人間の差異というものを私は理解していなかった。
彼女が少しだけ困ったような表情をしたその意味を理解していなかった。
『だからね。私は――――になるよ』
さて、困ったことにここから自分が何を言ったのか、私は覚えていない。多分頭の悪いことを言ったのだろうとは思う。
私の言葉を聞いて首を傾げた彼女に、しばらく自分の言葉の意図か何かを伝えると、彼女は微笑んでこう言った。
『はい、待ってます。あなたが私の―――――になることを』
そして今、ゼファーちゃんは夢をその手に掴みかけている。
対して私は、彼女に語った夢すら思い出せていないのだ。 - 3二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:19:16
彼女――ヤマニンゼファーとの出会いはそこまで面白いものではない。
引っ越して間もない頃、探検と称して家から遠くへと行き、帰れなくなったところをゼファーちゃんに助けてもらったのだ。
家にたどり着いた後両親に滅茶苦茶怒られた。
ちなみにゼファーちゃんの方も無断外出だったらしく滅茶苦茶怒られてた。
数日後、一緒のタイミングで無断外出して、一緒に行動して、一緒に連れ戻されて、一緒に怒られた。
大体そんな感じである。
『霜風のような結果に終わってしまいましたが、あなたと一緒にいた時間は木の芽風みたいでした』
後日、顔を合わせた時に彼女はそう言った。
何を言ってるのかは大きくなった今でも良くわかってないが、とりあえず楽しかったみたいなので私も嬉しかった。
これ以降、私達は一緒にいる機会が多くなった。
私達がいわゆる幼馴染みとなったのはその時だろう。
最初の頃のゼファーちゃんに対する印象は“大人びた子”だった。
難しい言葉を使い、どんな状況でも普段通りに対処できる、同い年とは思えない女の子。
――――年齢を重ねるに連れて、それが正確ではないことを知った。
自分が使いたい言葉を用い、どんな状況でも思うままに行動をする、同い年とは思えない女の子。
それが彼女だ。
思えばゼファーちゃんには結構振り回されてきたと思う。
言ってることはわかりにくいし、気づいたらその場からいなくなったりするし、ウマ娘の足でさっさと先に進んじゃうし。
それでも嫌なんて思ったことは一度もなかった。
難しい言葉は使うけれど、表情は豊かでそれを見てれば言いたいことはなんとなくわかった。
突然いなくなることはあったけど、割と好みがわかりやすいからどこにいるかはすぐわかった。
そして何より、私の前を駆けるゼファーちゃんは、とても格好良かったから。 - 4二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:19:45
ある日を境にゼファーちゃんとの時間は大きく減少した。
それはゼファーちゃんがとあるレース場に行き、“皇帝”のレースを目の当たりにしたその日。
トレセン学園への入学を志した日、トゥインクルシリーズでの栄光を目指し始めた日。
ゼファーちゃんが夢を見定めたその日から、私と彼女の人生は別れたのである。
トレセン学園はウマ娘ならば誰でも入れるという場所ではない。
『トレセン学園とは玉風、颶風、旋風が吹き荒れる場です。今の私などは凪のようなものでしょう』
あのゼファーちゃんですら通用しない場なのだということはわかった。
そんな舞台で戦うには研鑽を積まなければならないということも。
正直言えば、滅茶苦茶嫌だった。
そんな厳しい場所にわざわざ行かないで、私と一緒に過ごしてほしかった。
そんな自分勝手な考えは、ゼファーちゃんの本気の走りを見て吹き飛んでしまった。
ある日見せてもらった模擬レース。
最終コーナー、先行集団にいたゼファーちゃんは一気にスパートをかける。
一人、二人、三人とすり抜けていき、瞬く間にトップに躍り出て、そのままゴールへと駆け抜けていく。
それは輝く風のよう。
ある日見た、私の前を駆けるゼファーちゃんよりも遥かに格好良かった。
しかし今の走りに彼女は満足していない、ゼファーちゃんの求める風には程遠いのだろう。
そしてここに至り私もようやく理解したのだ。
つまりこれからは、もっと格好良いゼファーちゃんが見れるってことか。
それからというもの私は彼女の夢を全力で応援することとなった。
その後ゼファーちゃんはメキメキと頭角を現し、トレセン学園の入学を決めた。
ちなみに私個人は特に何もなく、普通の人生を送ってきた。
強いて言うなら遊園地のコーヒーカップを回し過ぎてぶっ壊してしばらくの間回る物全てがトラウマになりかけたくらい。
……今思ったけど、あれ壊したの私じゃなくて一緒に乗ってたゼファーちゃんだったんのでは? - 5二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:20:15
そして今現在に至り、数か月前にゼファーちゃんはトレセン学園に入学した。
トレセン学園は寮制であり、ゼファーちゃんも例に漏れず入寮することとなる。
すごい泣いた、とても泣いた、しこたま泣いた、むせび叫んだ。
直前までは割と普通に過ごしていたためか、当日になって泣きじゃくる私にゼファーちゃんも狼狽していた。
『会おうと思えばすぐに会えますから……LANEでの連絡もできますし』
最終的には両親に抑えられる私に手を振りながらゼファーちゃんは旅立っていった。
ちなみに直後警察が来た、お父さんお母さんごめんなさい。
覚悟は決めていたとはいえショックなものはショックなのである。
凹み過ぎて8時間ほどしか寝られなかったが、目覚めた私はいつもの調子を何とか取り戻す。
ゼファーちゃんを応援すると決めたのだ、そのためにできることをしよう。
ここで問題が一つ――――私、トゥインクルシリーズのこと全然知らない。
というわけで私が最初にしたことは勉強だった。まずは始めなければ何もできない。
ゼファーちゃん風に言うならば『千里の道も一陣の風から』といったところか。
スマホで調べて、なけなしのお小遣いで見慣れない雑誌も買ってみた。
私はあまりこの手の理解が得意な方ではないが、少しずつ見えてきた。
なるほど、トレセン学園に入学したからといってすぐにレースに出られるというわけではない。
専属トレーナーとつくとかチームに所属するとかなどの条件を満たさなければレースに出走できない。
つまりトレセン学園に入学できるのは一握りのウマ娘であり、
その中でもトゥインクルシリーズに挑戦できるのは一握りのウマ娘であり、
さらにいえばそのトゥインクルシリーズにて栄光を掴むことができるのは一摘みのウマ娘ということである。
とんだ修羅の国だよ!
入学出来て良かったね! なんてほざいてた私が馬鹿みたいじゃないか!
とはいえゼファーちゃんにその一摘みになれる力があるのは間違いないのだ。
どちらかというと問題は、彼女の力を引き出せるトレーナーに出会えるかどうか。 - 6二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:20:53
学校の休み時間。
私はパラリパラリと雑誌の『新人ウマ娘特集』を流し見する。
彼女と同じ時期に入学したであろうウマ娘の名前は見かけるが、未だヤマニンゼファーの文字は見当たらない。
LANEで彼女と話はしている。
どうも怪我に悩まされていて、模擬レースなどにもなかなか参加できていないらしい。
ゼファーちゃんは私と出会う前はもっと病弱だったと聞いている。
今はもう大丈夫、と聞いていたが。
とはいえ私の方からはできることなどない。
ありきたりな励ましのメッセージを送ってあげるくらいだ。
ゼファーちゃんを応援すると決めていたのに、未だに私は何もできていなかった。
「順風満帆、とはいかないもんだなー……」
「あなたそういう雑誌読むんだ?」
突然、前の席の子が話しかけてきた。
昨日席替えしたばかりだったからあまり話したことがない子だ、名前くらいは知っているけれど。
興味津々という感じで目を輝かせている。
実はこの子結構なウマ娘ファンなのかな?
彼女は続けて言葉を向ける。 - 7二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:21:23
「ちょっと意外だったから……どの子が推しなの?」
“推し”。
あまり親近感のない言葉ではあるが、テレビか何かで見た覚えがある。
特定のアイドルやら俳優やらキャラクターやら、他人にも薦めたいくらいに好きな存在に対する表現……みたいなもの。
なるほど、とすれば私にとってゼファーちゃんは“推し”であることには間違いない。
もっと色んな人にゼファーちゃんの格好良さを知ってもらいたい。
ゼファーちゃんの走りの鋭さを見てほしい。
私の幼馴染みはこんなすごいんだとわかってほしい。
ああ、なるほど。
これが今、私にできることなんじゃないか。
彼女がいずれレースに出た時、彼女を応援してくれる人を一人でも多く増やす。
それが今できる応援の形なんだ。
きっとこれも何かの縁、手始めに目の前の彼女から始めてみよう。
ゼファーちゃん的には袖の羽風も他生の縁、というやつだ。
「ヤマニンゼファー――――近いうちに必ず世間を騒がす子だよ」
多分すごいドヤ顔で言っていたと思う。
前の席の彼女は少し驚いた表情を浮かべ、少し時間を置いてから口を開いた。
「……山忍ゼファー? 風魔小太郎的な? 最近のゲームのキャラ?」
「ちげえよ」
どうも雑誌の裏表紙のゲームの広告だけを見て声をかけてきた模様。
ちなみに彼女とは後々仲良くなった。 - 8二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:21:55
『貝寄風も吹き抜けて吹花擘柳の兆しが見える頃、貴女の下には和風は届いてるでしょうか?』
『ついに私も共に吹き抜ける凱風と出会うことができました』
『少し変わったお方ですが、乾風となりかけた私のしなととなってくれた人です』
『これからまずは春疾風となりて、初嵐へと挑みます』
『やがては夢見た舞台で葛ノ裏風たる私の姿をあなたにも感じてほしいです』
うわ、急にすごい難文……古文かな?
ある日の朝、ゼファーちゃんからLANEが届いた。
基本的に彼女のメッセージはかなり短いことが多く、その文章量だけで熱意が伝わった。
しかし、ここで問題が一つ。
ゼファーちゃんと共に過ごしていた頃は彼女の言葉の意味がわからなくとも表情や態度からなんとなく理解はできていた。
しかしLANEなど表情の見えないメッセージでは文章から意味を読み取る他なく、正直何を言ってるかさっぱりわからないのである。
テレビ電話などの手段はあるものの、確か同室の子がいるとも聞いているし、あまり手間も取らせたくない。
というわけで放課後に国語の先生に協力を求めながらなんとか読み解くことにする。
返信は遅れるものの、ゼファーちゃんはそんなことあまり気にしないし、そもそもゼファーちゃんの返信も大体遅い。
先生の国語知識と私のトゥインクルシリーズの知識を合わせて訳した内容がこんな感じ。 - 9二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:22:28
『冬も過ぎて春の訪れを感じる頃、お元気でしょうか?』
『ついに私も共に歩むトレーナーを出会うことができました』
『少し変わった人ですが、怪我でダメになりかけていた私の手助けをしてくれた人です』
『これからはまず春のレースで活躍し、秋のG1レースに挑戦します』
『やがては秋の天皇賞で走る姿をあなたに見せたいと思っています』
……意訳が過ぎるよゼファーちゃん。
ともあれトレーナーがついてレースに出られるようになったというのは喜ばしいことだった。
日々布教活動に努めていた甲斐があったというものだ。
彼女がレースで走る姿を見るのがとても待ち遠しかった。
しかし、トレーナーかあ。
あのゼファーちゃんと共に歩む人っていうのはどんな人なんだろう?
とりあえずその疑問は置いておいて、返信をする。
今までは苦しんでいたけど、これからはきっと輝かしい未来があるよ、と伝えたかったのだ。
『雲の上はいつも風、だよ!』
割と早く返信が返ってきた。
『申し訳ありません。ちょっと意味がわからなくて』
こやつめハハハ。 - 10二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:23:04
ゼファーちゃん的に言うならば雲蒸風変。
デビューしてからというもの、彼女は大活躍を見せていた。
連勝のまま初重賞のニュージーランドトロフィーを勝利し、葵ステークスも制覇。
そして秋、中山レース場、ゼファーちゃんにとっての初のG1スプリンターズステークス。
「あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁ!! ゼファーちゃん! ゼファーちゃぁぁぁぁぁん!! すごい! すごくすごい!! G1初制覇! G1おめでとう! G1! G1すごい!! 後勝負服! 勝負服格好良くてすごい!! 綺麗!! 可愛い!! 格好良い!! 肩もすごい出てて超セクシー!! あれでもちょっと出し過ぎじゃない? ヤマニンゼファー最高!! ヤマニンゼファー最高!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ゼファーち゛ゃぁぁぁぁぁん!! ゼファーち゛ゃぁぁぁぁぁん!!!」
少し離れたところで見ていた友達曰く、あんな盛り上がってる場で周りの人からうるせえって言われる人初めて見た、だそう。
ゼファーちゃんは見事スプリンターズステークスを勝利。なんか歴史を変えた一瞬な気がして、私も大興奮だった。
そしてゼファーちゃんの次のレースはマイルチャンピオンシップ。
彼女の目標の一つである天皇賞秋は今年は挑まないみたいだけど、もう一つの目標、三階級G1制覇へと近づく大事なレースである。
その大一番に向けてとある団体が準備を進めていた。
その名前はヤマニンゼファーファンクラブ(非公式)。
私の知らないところでいつの間にか結成されていた、ゼファーちゃんファンによる応援チームである。
ちなみに私の会員番号は一桁台後半だ。
やっぱりゼファーちゃんの走りには人を引き付ける力があるという証明だろう。
来たるべきマイルチャンピオンシップに向けて、スペシャルな応援のための準備を、私達は進めていたのだった。 - 11二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:23:44
そしてマイルチャンピオンシップを数週間前に控えたある日。
ファンクラブの集まりの帰りに私は繁華街へと出かけた。
ファンクラブはそこまで大規模ではないものの各地方から集まるため、東京レース場の近くの施設に集まって行われている。
東京レース場の近くということはトレセン学園の近くであり―――――すなわちウマ娘グッズの聖地でもあるのだ。
…………まあ会えるなら会いたいと思うが、きっとまだ邪魔になるだけだろう。
LANEでのやりとりはしてるし、レース場で見ることだって出来る、今はそれで十分過ぎる。
それよりもグッズである。
G1ウマ娘になったとはいえまだまだゼファーちゃんのグッズは少ない、地方まで回ってこないことも多いので確実に入手したい。
ゼファーちゃんに頼めばくれるかもしれないがそんなものは邪道である。
さあまだ見ぬグッズを手に入れるぞ!
そして迷った。
おかしいなあ、本来なら喧騒溢れる場所にいるはずなのに、なんか自然溢れるところにいる。
スマホを頼りに進んでいたはずなのにどうしてこうなるのか。
交番なども見つからないので、通りすがりの人にでも駅への道を聞いて、今回は素直に帰るとしよう。
しばらく彷徨っていると、前方から男女の二人組が歩いてくる。
大人の男性ともう一人はウマ娘だろうか?
ここはトレセン学園の近くだし、ウマ娘がいるのは不思議でも……いや嘘でしょ。
前方から歩いてくるウマ娘、それは私の一番良く知るウマ娘、ヤマニンゼファーその人であった。 - 12二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:24:14
私は――――隠れた。
久しぶりの再会なのに道に迷ったところを助けてもらうというシチュがあんまり過ぎるという点はある。
それ以上に、彼女の邪魔をしたくはなかった。
ウマ娘と担当トレーナーが一緒に出掛けるということは決して遊びではない。
コミュニケーションとコンディション調整を兼ねて行う、いわば一種のトレーニングであるとゼファーちゃんが他のウマ娘から聞いたらしい。
それならば大事なレースが控えたこのときに私が邪魔するわけにはいかない。
一般ファンは推しに認識されないよう立ち回らなければならないのだ。
「と思ってたはずなのに、何やってるのやら……」
気づいたら私は、二人のことをこそこそと尾行していた。
相手に気づかれないような距離では何を話してるかもわからない。
ゼファーちゃんと一緒に歩いている人も見た覚えがある。ゼファーちゃんのトレーナーだ。
つまり一緒に相手も彼女が信用する人物であり、心配する意味も消えた。
この行動に何の意味があるのだろう。
二人が公園へと到着し雑談を始めるのを尻目に、私は木陰へと身を屈める。
それにしても、まあ。 - 13二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:24:42
なんかめっちゃ楽しそう。
少し、いい雰囲気じゃない?
カワイイ……! ますますファンになりそ~。
脳内の気ぶりファン達が騒ぎ出してる。
ウマ娘とトレーナーは長くとも4、5年(例外あり)程といわれるレース生活を共に歩むパートナーだ。
いわゆる“そういう”関係になることもなくはないと聞くが……今のゼファーちゃんにはそういう心配はなさそうだ。
だってあの笑顔、とても懐かしい。
いつも私に向けてくれていた笑顔と何も変わっていない。
胸に溢れる安心と、少しの寂寥。
元気そうで何よりだ。
目元に熱いものが溢れそうになるのを堪えて、私は足に力を入れる。
帰ろう、日が落ちてしまったら大変だ。
そのまま立ち上がろうと――――、
「僕たちに何か用ですか?」
尻餅をついた。
目の前には少しだけ厳しい表情をする男性、ゼファーちゃんのトレーナーさんがいた。 - 14二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:25:20
「だ、大丈夫ですか?」
「はっ、はい、すいません私怪しいものではないです、これホント」
滅茶苦茶怪しい弁明が口から飛び出る。
そりゃ素人の尾行なんて気づかれたっておかしくはない。
なんか身分証明できるものがあっただろうか? ファンクラブの会員証くらいしかないがこれ出したら私追放されそう。
テンパる私を見て、トレーナーさんは何かに気づいたように声を上げた。
「キミ……もしかしてゼファーのレースで良く応援に来てる子かな?」
「えっ、あっ、はい! 良くご存じですね! トレーナーさんってそういうの覚えてるものなんですか!?」
「いや、女の子なのにすごい、すごい大きな声だして応援してくれる子がいるって有名で」
あっ要注意人物情報が増えた。
今後は少し自重しようかな……。
この際素直に話をして、謝ろう。
尾行していたこと自体は何の誤解でもないただの事実なのだ。
「私、ゼファーちゃんの幼馴染みで、今日はたまたま」
「ゼファーの幼馴染み? もしかして――――」
彼は、私の名前を口にした。
私がそれに対して首を前にブンブン振ると、彼は安心したようなため息をついた。
それなら普通に話しかけてくれて良かったのに、付け足して。
うん、ホントに何やってるんですかね私。 - 15二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:26:06
「というか、ご存じだったんですね」
「ああ、顔までは知らなかったけど。ゼファーから話を良く聞くから。トレセン学園以外の話はキミと両親のこと以外あまりしないしね」
「へ、へえ……それはなんか照れま」
「なんかこう、うる……へん……かわっ……良い子だって言ってたよ」
ヨシ、ゼファーちゃんに次会ったら話す内容が増えた。
警戒を解いてくれたトレーナーさんはとても話しやすい人だった。
穏やかで、誠実そうな雰囲気の男性、だけど。
「少し、意外でした」
「意外って?」
「ゼファーちゃんのトレーナーさんになるような人ですから、ゼファーちゃんの同じような言葉遣いを使いこなすカゼリンガルな人なんだとばかり」
「……今僕もキミに対して意外に思ったよ」
トレーナーさんは少し呆れたような表情を浮かべる
ああ、そうか。
私だってゼファーちゃんの長い付き合いなんだから同じような言葉を使うと思われてたのだろう、そりゃ意外と思うか。
とにかく誤解(誤解じゃない)は解けたし、ゼファーちゃんを待たせていることになるのも悪いし、早々に退散を――――。
「ゼファーちゃんは良い子ですけど、正直大変なんじゃないですか?」
あれ?
「言葉は良くわからないことが多いし、行動は気まま、二人三脚で歩んでいくのは簡単じゃないと思います」
なんで私?
「どうしてあなたは、ゼファーちゃんのトレーナーになったんですか?」
ああ、やっとわかった。私この質問がしたかっただけなんだ。 - 16二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:26:50
「……そうだね、風の言葉は半分くらいしかわからないし、付いていくことがやっとなんてことも多いよ」
私の不躾な質問に、トレーナーさんは眉一つ上げずに答えた。
……というか半分くらいはわかるんだ、すげえ。
「でもそんなことがどうでも良くなるくらいに、彼女の在り方に魅せられたんだ」
思い出を噛みしめるように、彼は微笑んで言う。
あっ、似てる。
笑い方がゼファーちゃんに。
「彼女は純粋で、強い想いを秘めたウマ娘だ。それは彼女を大きな舞台で輝かせるに足るほど。
だけどそれは彼女を傷つける刃にもなる。
そうならないために共に歩む誰かが彼女には必要で、その誰かになりたいと思ったから、スカウトしたんだ」
真っすぐ私を見つめて彼は言う。
少し思い出した。
小さい頃にゼファーちゃんが夢を語った時の話。
彼女は風になりたいと言い、私はウマ娘じゃないから風にはなれないと言った。
そして今、目の前の彼はウマ娘じゃなくても――――共に歩む風になると言った。
ああ、なんて烏滸がましい。
あのゼファーちゃんが選んだ人が、ゼファーちゃんに相応しくない人だなんてあるわけないのに。
私はできるだけ深く頭を下げた。 - 17二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:27:24
「ありがとうございました。それと、失礼な質問をしてごめんなさい」
「いや構わないよ。友達が心配なのは当然だからね」
「お時間取らせてすいませんでした、私はもう帰りますから、ゼファーちゃんのところに行ってあげてください」
「いや、せっかくだからゼファーに会って――――」
彼は振り向いた、私も同じ方向を向いた。
いねえ。
本当にあの子なんも変わってないなあ、安心した。
周囲を見渡す、こういう場所ならば彼女がいそうなのは。
「あっちの丘の方かな」
「あっちの丘の方じゃないですかね」
同時の言葉、一瞬の静寂。
そして私たちは同時に笑ってしまった。
「ゼファーちゃんの姿はマイルチャンピオンシップで存分に堪能させてもらいますから、行ってあげてください」
「……わかった、そこまで言うなら無理強いはしないよ。気を付けて帰ってね」
「あ、最後に一つだけ―――――すいません、駅どっちですか」
ちなみにその場から普通に見える位置にあった。嘘でしょ。 - 18二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:28:09
京都レース場、マイルチャンピオンシップ当日。
私たちの周囲には若干の騒めきが起こっていた。
それはこのヤマニンゼファーファンクラブ謹製の横断幕が原因だった。
『 ゼ フ ァ ー 魂 』
……冷静に考えると何のこっちゃと思うかもしれないが、理屈ではないのだ。
説明し切れない私達のゼファーへの様々な想いと熱意がこの五文字に込められているのである、多分。
ファンクラブの皆も、そうじゃない皆も今日は熱気盛んだ。
私も負けていられない、自重なんてしてられない、声を抑えて何が応援だろうか。
だからもっと近くで応援しようよ友達なんだからさ! 恥ずかしいからって距離とらないで!
ふと、空を見上げる。今日は雲一つない青空だ。
確か、ゼファーちゃんが夢を語った時の空もこんな感じだった気がする。
そして今、ゼファーちゃんは夢をその手に掴みかけている。
対して私は、彼女に語った夢すら思い出せていないのだ。
だから、どうしたというのか。
今見えない自分の夢よりも、今見えてる他人の夢を優先しちゃいけない理由なんてない。
「ゼファーちゃあああああああああああん!!」
声出せ、叫べ、夢を夢で終わらせないために、私は彼女の背中を押し続ける。
「今日もあなたの風を、あなたの魂を――――!」
各ウマ娘がゲートに入った、ゼファーちゃんの姿もはっきり見える。
「――――あなたの夢を見せて!!」
ゼファーちゃんと目が合った、そんな気がした。 - 19二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:29:33
◇ ◇ ◇
「ゼファー、お待たせ」
「あら、トレーナーさん。季節外れの悪風のようでしたか大丈夫でしたか?」
「いや悪いことではなかったよ……ただ、その」
「凪、というわけではないようですね」
「あー……実はキミの幼馴染みの子がいたんだ、会わせてあげようとしたんだけど、遠慮しちゃってね」
「あの子が? そうでしたか、おぼせでしたか?」
「うん元気そうだったけど……会いたいとか思わないのか?」
「……少しだけ悲風ですけれど、普段から軽風を互いに流してますし、
毎回レースで帆風を届けてくれていることを知っています。
何よりあの子自身が風凪の時ではないと考えているのならば、それが南薫なのでしょう」
「そっか……キミにとって共に歩んでくれる人が他にもいたんだね」
「――――いえ、あの子は風にはなりませんよ」
「そう、なのか? すごいキミを理解してくれていたけど」
「ええ、あの子もまた私にとっての大切な人ではありますが、風にはならないって、本人が言ってましたから」
「キミに対してそれを言うのはなんというか」
「変わってるでしょう? 昔から良く振り回されました。
正直、最初に言われた時は心の中が黍嵐のようでした。
それを言われたの、私が初めて風になりたいって思ったすぐ後だったんですよ?」
「それは……」 - 20二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:30:13
「私は“かざぐるま”になるよ、ってあの子は言ったんです」
「……は?」
「これはあの子の説明ですけど――――」
『風って見えないじゃない?』
『だからゼファーちゃんが凄い風になったとしても殆どの人はわからないと思うんだよね』
『私がゼファーちゃんの風に合わせてカラカラカラー! って音を立てて激しく回れば、
皆これはすごい風なんだー! って思うじゃない? 決めた、私はゼファーちゃんの“かざぐるま”になる!』
『よし、ゼファーちゃん! まずは回る訓練をしよう!』
「――――だそうです。ふふっ、本人は回転するものがトラウマになったせいでその記憶を封印したみたいですけど」
「……どこから突っ込んでいいのやら。面白い子だとは思ったけど想像以上にすごいな、あの子」
「あの子は夢を忘れたなんて言ってましたけど、私が夢に向けて走り始めたその日から、
ずっと私の“かざぐるま”でいてくれてるんです」
「そっか、良い友達なんだな……しかし風の強さを測るのに“かざぐるま”ってのは子供ながらの発想だね」
「そうですね、微風、油風、虎落笛、それぞれの風の強さを知るのに“かざぐるま”は必要ないでしょう。
――――でも回っている方が楽しくて、私は好きなんです」 - 21二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:31:14
お わ り
ゼファーのエミュ無理ですよ - 22二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:36:10
夜更かししててよかった ええもん見せてもろたで……
- 23二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 00:37:28
いいじゃん…いいじゃん…!(語彙力)
- 24二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 02:00:18
キャラスト4話までだと周りと距離ある感じだったから、こんな風につながっていられる幼馴染との関係があるっていうのがいいなって思った。
心温まるお話だった。 - 25二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 03:10:11
ええもん見れたで…
- 26二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 03:40:28
どちらかと言えばBSSや難しいのでは?って意見が散見されてた元スレからよくこれだけのを作り上げてくれた 感動したわ
- 27二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 13:29:03
このレスは削除されています
- 28二次元好きの匿名さん22/12/02(金) 14:48:44
アドレス間違えたので再投稿。
【SS・イラスト】ウマ娘二次創作スレ応援隊part.22【宣伝・相談可】|あにまん掲示板SSスレ立ててる人は皆コメントを欲しがってるぞ!イラストスレもだ!「良い」「かわいい」などの一言でも励みになるので、積極的にハート、コメントしてくれると嬉しいな!このスレはウマ娘二次創作スレを応援して…bbs.animanch.comこちらのスレで宣伝させていただいたので一旦保守します。
感想ありがとうございます。投稿時間もあって感想ゼロも覚悟してたので嬉しく思います。
まさにそこから何とか別アプローチが仕掛けられないかと考えて書いた次第です。
元スレ後半にあった女の子の幼馴染み設定にするというのが自分にとっての盲点で、そこから話を広げました。