すまない、タマ

  • 1二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:48:21

     陽はとっくに沈んだ夜遅く、ボフッと柔らかい音が仄暗い部屋の中に響いた。背中に伝わるスプリングの感触と目の前にある見慣れたウマ娘───オグリキャップ───の顔を確認し、タマモクロスはようやく自身がベッドに押し倒されたことに気づいた。

    「オ、オグリ……?」
    「……すまない」

     タマモクロスは状況が理解できず説明を求め呼びかけた。しかし返ってきたのはいきなり押し倒した事への言い訳ではなく二度目の謝罪であった。果たして何故こうなったのか、タマモクロスは組み敷かれたまま今までのことを思い出そうと試みた。

     だが悲しいかな思い当たることは一つもなかった。

     というか他人に押し倒された状態でまともに思考ができるほど肝が太くなかった。なにせ押し倒されるなど人生初体験なのだ。しかも相手はレースという舞台で競い合い、一つの寮部屋で共同生活をしている美少女ときた。落ち着けるわけがない。

    「オ、オグリ? なんや怒ってるんか?」
    「……違う」

     フルフルと頭を振り否定の意を示すオグリキャップ。もっとも、タマモクロスもおそらくこの行為が怒りによるものではないことはなんとなく察していた。長い付き合いの中で相手のことは多少なりとも理解している。オグリキャップが怒りに身を任せ相手を押し倒すようなことはしないという信頼もあった。
     では何故そんな答えが分かっている質問をしたのか。それは彼女が生涯最大の混乱の最中にいることも影響していたが、単純に冷静になるまでの時間稼ぎしたいという考えからだった。
     しかしそんな考えも虚しくオグリキャップからの追撃が行われた。

    「……タマ」
    「な、なんや?」
    「私は、タマが好きだ」
    「はぁ!?」

  • 2二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:49:06

     告白。一切の装飾なしのストレート告白。それゆえに破壊力は抜群である。

    「な、なにいうて、なっ、えと……」

     その結果タマモクロスは顔を赤く染めた状態で口をパクパクと動かす以外の行動が取れなくなった。
     そんな彼女を見て自分の意図がうまく伝わらなかったと勘違いしたオグリキャップは更に言葉を重ねた。

    「私と同じこの芦毛が好きだ。コロコロと表情が変わるこの可愛い顔が好きだ」
    「ちょっ!?」
    「この綺麗で細い指が好きだ。ターフを力強く蹴るこの脚が好きだ。抱きしめたらすっぽり収まるこの小さな身体が好きだ」
    「まっ待てっ」
    「少しハスキーなこの声を聞くと心が安らぐ。その面倒見の良さに触れると心が暖かくなる」
    「待て言うとるやろっ!?」

     これ以上聞かされたら恥ずかしさで死ぬ。その一心で言葉を紡ぐとようやく口撃は止まった。 
     まるで長距離を走り終えたかのようにタマモクロスの体は熱く、心臓が昂っていた。
     ──よくも恥ずかしい思いをさせてくれたな、とタマモクロスはオグリキャップを軽く睨みつけた。そして白い月明かりに照らされた赤く染まった顔を見た時、''アンタも恥ずかしかったんかい''と混乱した頭の中でツッコミを入れた。なにわ魂である。

  • 3二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:49:44

     数秒後───タマモクロスは十分くらいに感じた───オグリキャップは再び口を開いた。

    「……タマはどうだ?」
    「……は?」
    「私の事、好きか?」
    「んなっ」

     いきなり何を言うのかこのウマ娘は。タマモクロスはようやく動き始めた思考回路が再び固まるのを感じた。だがしかし黙っているわけにもいかないのでタマモクロスは無理やり頭を働かせる。

     問一、自分がオグリキャップが好きかどうか。考えるまでもなく答えはYESである。そうでなければこんなに長い付き合いになっていない。
     問二、ではその『好き』はどういう意味か。恐らくだがオグリキャップが先程述べた『好き』とは違う気がする。自分の『好き』はあくまで友人としての好きだがオグリキャップの『好き』は恋愛的な好きであろう。そんな気がする。あくまでそんな気だが。
     答えは出た。後は伝えるだけである。しっかりと言えばまあわかってくれるだろう。

     タマモクロスはそう思い、改めてオグリキャップの顔を見た。
     そう、見てしまった。
     
    「タマ……」
    「……ッ!?」

     そこには一世一代の告白をし、その答えを待つ今にも泣きそうな少女がいた。

  • 4二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:50:43

    「その、嫌だったらそう言ってくれて構わない」
    「(ああ……あかんわ……)」
    「私達は同性だし、理解できないって言われても…納得はできるんだ」
    「(そんな目で見られたらなぁ……)」
    「でっ、でも! そのっ嫌いにはならないでほしい……」
    「(ウチってそういうシュミやったんか……いや相手がオグリやからか?)」
    「タマには……タマにだけは嫌われたくないんだ……だから…」
    「オグリ」
    「……!」

     スッと、タマモクロスはオグリキャップを下から抱き寄せた。

    「ウチも好きやで、オグリのこと」 
    「えっ……」
    「食いしん坊なトコも天然なトコも、好きや」
    「タマ……!」

     ギュッと、オグリキャップもタマモクロスを抱きしめた。

     窓から注ぐ月明かり。
     作る影はひとつだけであった。

  • 5二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:51:19

     抱き合ったままどれだけの時間が経ったのだろうか。数秒かもしれないし、十数分かもしれない。
     沈黙を破ったのはオグリキャップであった。

    「……タマ」
    「……ん?」
    「キス、したい」
    「ん!?」
    「ダメ……か?」

     しゅんとオグリキャップの耳が垂れる。
     視界の端に捉えたそれがとても愛おしく感じるのは惚れた弱みかはタマモクロスにとって些細なことであった。
     問題は自分の彼女───同性カップルにおいてこの表現が正しいのかはわからないが───が悲しんでるということである。

    「……ええよ」
    「えっ」
    「キス……しよか」

  • 6二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:51:48

     唾を飲み込む音がした。それがどちらの喉からしたものかは定かではなかった。
     ただこの心臓の音は自分のだろうなと両者が思っていた。

    「それじゃ……いくぞ、タマ」
    「お、おお」
     
     依然として押し倒された状態のまま、タマモクロスはベッドに仰向けで横たわり、オグリキャップがそれに覆い被さるように四つん這いになっている。
     必然的にオグリキャップが腕を曲げ近づいてく形になる。
     
    「んっ……」

     片手をタマモクロスの頬に添え、目を瞑りゆっくりと近づくオグリキャップ。
     時間が引き延ばされスローモーションとなった世界でタマモクロスの思考が加速していく。

     ………しっかしオグリまつげなっがいなぁ………ちゅーかほんま美人やなぁ…………あ、これファーストキスやん………歯、しっかり磨いといて良かったなぁ…………舌とかってどうするんやろ……あっ目ぇ瞑らな……

     オグリキャップの顔が迫りタマモクロスは目を閉じた。
     そして唇が触れる瞬間








     タマモクロスの目は覚めた。

  • 7二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:52:20

    夢オチかよぉ⁉

  • 8二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:54:32

    「…………は?」

     タマモクロスはむくりとベッドの上で上体を起こした。そのまま首を90度横に向けるとオグリキャップが部屋の反対側にあるもう一つのベッドで寝息を立てているのが視界に入る。

    「……」

     カーテン越しに外が微かに明るくなっているのを確認し、枕元に置かれた目覚まし代わりのスマホを点ける。
     現在時刻4:28。早朝である。

    「…ハハ、ハ……」

     バフっと音を立てるように再び上体をベッドに預けるタマモクロス。全てを理解したその表情には乾いた笑みが浮かんでいた。
     とどのつまりオグリキャップに押し倒され、告白の後に結ばれる一連の流れは。

    「なんちゅうモン見てるんやウチ……」

     ただの夢であった。
     

  • 9二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:54:36

    正夢にしろぉぉ!!!!

  • 10二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:54:57

    「ん……おはよう、タマ」
    「おぉ、おはよーさん」

     タマモクロス起床から約1時間半、オグリキャップも続けて起きた。

    「ふあぁ……。今日はずいぶんと早いな」
    「ちょっと目ぇ覚めるんが早くてなぁ」
    「どうかしたのか?」
    「誰のせいやと思ってるんや……」
    「……?」

     眠そうな顔で頭を抱えるタマモクロスを見ながらオグリキャップは頭を悩ませた。
     ──はて、自分は何かしただろうか。少なくとも昨日はいつも通りに就寝し、今日いつも通りに起きたはずだ。だがまあ意味もなくこんなことを言うほどタマモクロスは意地悪ではない。きっといびきか何かで起こしてしまったのだろう。
     ならばとりあえず謝ったほうがいいと判断したオグリキャップは、ベッドの上でタマモクロスの方に体を向けた。

    「タマ」
    「んー?」

     オグリキャップは知らない。
     タマモクロスの寝不足の本当の理由を。

    「すまない、タマ」
    「……ぁ」

     オグリキャップは知らない。
     その一言が夢の内容を一気に蘇らせタマモクロスが顔を赤く染めることを。
     今日一日タマモクロスがちょっとよそよそしくなることを。
     しばらくの間タマモクロスがオグリキャップの唇に視線を奪われるようになることを。
     オグリキャップは知らない。

  • 11二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:56:09

    オグタマはいいぞおじさん「オグタマはいいぞ」

  • 12二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:56:14

    終わり

    生まれて初めてこんなしっかりした文を書きました。
    楽しかったです(小並感)

  • 13二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:56:56

    素晴らしいものを見せて下さりありがとうございます……

  • 14二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:57:21

    これで今夜も、安心して熟睡できる…

  • 15二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 01:58:29

    クソッ寝る前だってのにいいものを見せやがって
    ありがとうありがとう(拝み)

  • 16121/10/31(日) 02:17:08
  • 17二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 04:01:50
  • 18二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 06:54:20

    おもしろかったよ!

  • 19二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 18:33:59

    感想ありがてえ……ありがてぇ……

    みんなもオグタマ書いてね………

  • 20二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 18:41:05

    オグタマ尊い…

  • 21二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 18:49:18

    上げてくれたお陰でなんか良いものが見れたぞ
    ありがとう

  • 22二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 20:44:51

    文章にしてくれてありがとう
    ただただそれを伝えたかった

  • 23二次元好きの匿名さん21/10/31(日) 20:47:08

    百合苦手民もオチのおかげで微笑ましく読めた
    素晴らしい…………

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