(SS注意)西風と太陽

  • 1二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 01:53:36

    「ウェイウエーイ! ゼファっちおひさ~☆ ここでエンカとかマジ運命じゃね?」
    「あら、ヘリオスさん。相変わらずの爽籟、マイルチャンピオンシップ以来ですね」
    「しょ~! あのフェスマジたんのしかった~! でもゼファっち次は負けねーから! ゼファっち次はどこ行く系? 有馬記念?」
    「いえ、節東風の中山は私にとって冬に下りを吹かすようなもの。次は緑風の時、安田記念で」
    「りょ! おけまるにじゅうまる~! ウチも絶対走っから! あ~もう今からバイブスアガってきた~!」
    「ふふっ、あの日のレースを思い出すと、颯がささやいてくるよう。私も風待ちをさせていただきますよ」
    「それな~! あっ、せっかくだし、とりまセルフィーいっとく?」

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 01:54:10

     なにあれ。
     という感じの表情を周りのウマ娘たちが浮かべながら通り過ぎていく。
     そうじゃないウマ娘も何時ぞや見かけたサクラローレルみたいな表情をしてから通り過ぎていった。
     もしも知らない相手だったら俺もそうしていただろう。
     しかし二人のうちの片方のウマ娘に用事があり、もう片方は俺にとってもっとも関わりの深いウマ娘だ。
     彼女達に向けて足を進める。

    「あら……この涼風、やはりトレーナーさんでしたか」
    「おっ、ゼファっちのトレーナー? やほー☆」
    「こんにちは、ゼファー、ヘリオス」

     こちらが声をかける前にゼファーが振り向いた。
     せっかく顔を合わせたからには少し話をしていきたいところだが、まずは用事を済ませなければならない。

    「ヘリオス、キミのトレーナーに頼まれてね、キミを探してたんだ」
    「そマ? ウチのトレーナーが? でもそれLANEで良くなくなくない?」
    「スマホを忘れたたんだってさ。本人も……まあ動けないみたいだから、トレーナー室に行ってあげてくれる?」
    「あーね! あざまる水産! ……あっゼファっち! 今度一緒にパリってピろうぜっ☆」
    「はい、時つ風が吹けば是非」
    「マ!? やば! 神! 絶対だかんね!? それじゃウチ行くから! トレーナー、マジあざまる~!」

     ヘリオスはそう言ってこちらに手を振りながら駆け出して行った。
     さて、とりあえず用事はこれで完了した。
     今日は雲一つない青空、季節柄少し肌寒くはあるものの、心地よい風が吹いていた。
     となると、ゼファーの言いそうなことは予想がつく。

    「トレーナーさん。今は凪ですか? 少しばかり恵風していきませんか?」

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 01:54:51

     俺達は人気の少ない場所のベンチに腰掛けた。
     ゼファーは気持ち良さそうに風を浴びている。

    「さやさや、ですね」
    「強すぎもせず弱すぎもせず、ちょうど良い風だね……そういえば意外だったな」
    「何かありましたか?」
    「ヘリオスとさ、楽しそうに話してたから。仲が悪いとは思ってなかったけど」

     ヘリオスは、いわゆるギャル語を多用する。
     トレセン学園は年頃の女の子が集まる場所であり、それ故にギャル語を使う者自体は少なくない。
     ただ、その中でもヘリオスは極まってるタイプと言っても良いだろう。
     俺の言葉に、ゼファーは少しだけ居心地の悪そうな表情を浮かべる。

    「私は時候の風に疎くて……実は先ほどのヘリオスさんの言葉も少しわからなかったんです」
    「あー……あのテンションだと言い出すタイミングもなあ」
    「ヘリオスさんは私の風を読んでくださっていたのに、梅雨の雨風でした」
    「あの子、ああ見えて周りの顔を良く見てるみたいだからね。言葉の印象以上にずっと聡い子だって」
    「……そうですね、明るくて、楽し気で、饗の風のような方」
    「太陽みたいな子なんだよな。自分がどんな辛い時でも周りを元気をづけてくれるというか」
    「…………レースでもしまきのよう」
    「負けたときでもしっかりライブを盛り上げてくれるんだ。掲示板から外れてしまった時も観客と盛り上がってて」
    「………………はい」
    「あの走りも相当な度胸と素質がないと出来な――――ゼファー?」
    「……………………」

     ゼファーは少し俯いて沈黙していた。物静かなタイプではあるが、会話中に相槌も打たなくなることは今までない。
     もしや体調不良か? 血の気の引く感覚、思わず立ち上がろうと足に力をいれた刹那、ゼファーは顔を上げる。
     決意を固めたような顔、そして両手を挙げてハンドサインを作る――――え、ハンドサイン?

    「ウェッ、ウェイウェーイ、節東風でバイブスアガってきた、ふっ、ふぅ~?」

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 01:55:16

     そよ風、というには強烈すぎた。
     無限にも感じられる沈黙の時間、お互いに指一本、表情筋一つ動かすことが出来なかった。
     やがてゼファーはゆっくりと両手を下ろし、俺から顔を背けて静かに言った。

    「――――忘れてください」
    「いやちょっと無理かな……」

     驚愕の度合が強すぎて脳に焼き付いてる。誇張無しで人生で一番驚いた瞬間だったといえる。
     本当に状況が理解できない、何故急にヘリオスの真似を?

    「彼女ような振る舞いを、と思ってみましたが、やはり風を捕らえるようなものでしたね」

     というか風が滲み出ていた。平静を取り戻したかのように振舞っているが頬は赤い。 

    「ほっ、本当にどうしたんだ?  正直俺も、キミと出会ってから一番困惑してるぞ」
    「えっと、その、トレーナーさんがヘリオスさん……いえ、ヘリオスさんが、その」
    「ヘリオスが?」
    「そっ、そう、ヘリオスさんです。ヘリオスさんの“応援”してくれる――――」

     応援、ゼファーがその言葉を口にした時、彼女の風が凪いだ。
     先ほどまで浮足立っていた様子は一気に静まり返り、ゼファーは静かに言葉を紡ぎ始める。

    「――――私にも、帆風を届けてくれる方々が、たくさん出来ました」
    「……そうだね」

     ダイタクヘリオスやダイイチルビーと競い合った、マイルチャンピオンシップ。
     ゼファーの勝利を称える『ゼファー魂』の横断幕。
     あれは彼女の風を、魂を待ち望む人が大勢いるということの証左に他ならない。

    「それなのに、私はただ風であろうとしてていいのかと、そう思いました」

  • 5二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 01:55:48

    「……皆はキミの風を、キミの疾風を待ち望んでいるのだと思うけど?」
    「ええ、ですが風は冷たく、疾きものです。誰もが進んで浴びたいと思えるものではないでしょう」

     少し、話が読めた。
     俺や彼女の知り合いから見るヤマニンゼファーは風のように気ままでふんわりとしたウマ娘。

     ――――しかしレース場での彼女のみを見るファンからしてみればどうだろうか?

     魂は、烈風の如く。
     風に憧れ、風を望み、そして風にならんとするその走りは周囲を圧倒する。
     ただ、ゼファー自身の走りをもって、周りを引き付ける。
     その走りは走るほどに鋭く、苛烈となり、それを見た人達は更に引き付けられていく。

     対して、ダイタクヘリオス。
     在り方は、太陽の如く。
     彼女は持ち前の明るさで周囲と繋がり、盛り上げて、そしてその全てを自らの力にする。
     その走りを見た人達は彼女との繋がりを求め、その都度彼女の走りは力を増す。

     どちらが優れているという話ではない。
     ただどちらがより、近づきやすいということであれば。

    「私の追い風となってくれる人達が本当に浴びたいのは風ではなく太陽なのではないかと」

     応援してくれる人がいる。
     ならば、彼らが望むであろう姿を目指すべきではないのか。
     それがゼファー自身でも気づいていなかった、心のどこかに巣くっていた疑問。
     彼女は空風のような、そんな笑顔を浮かべる。

    「ですが、駄目ですね。私は北風にしかなれないみたいです」

  • 6二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 01:56:21

    「――――北風と太陽」
    「……えっ?」
    「北風と太陽って話があるだろう? えっと、グリム童話だっけ?」
    「イソップ寓話です」
    「あっはいすいません……アレなんだけど昔から疑問に思っててさ」

     旅人の外套をどちらが脱がせるかの勝負。風で吹き飛ばそうとしても上手くいかず、照らす太陽によって旅人は自ら外套を脱いだ。

    「そもそも風で外套が吹き飛ぶわけないんだから、太陽の出来レースだと思ってるんだ」
    「出来レース」
    「お互いに条件を出し合って五本勝負くらいで決めるべきだと思う」
    「五本勝負」

     彼女はきょとんとした表情でこちらを見る。初めて出会った時の俺もそんな顔をしていたのだろうか。

    「確かに太陽は外套を脱がしたり、植物に栄養を与えたり、凍える人達を助けることはできる」
    「…………」
    「でも暑さに苦しむ人を助けたり、種子を遠くに届けたりすることは、北風にしか出来ない」
    「…………ふふっ、五本勝負、負けてませんか?」
    「良いんだよそこは」

     確かに太陽に救われる人の方が多いかもしれない、けれど風にしか救われない人だって必ずにいる。
     だからキミの在り方は今のままで良いんだ、と伝えたかったのだが、上手く言葉が見つからない。

    「それに、それにだ、そう、俺は冬生まれで暑がりだからさ……」

     などと申しており。上手いことを言おうとして完全に失敗しているパターンだ。
     まあ多分ゼファーにはすでに言いたいことは伝わっていると思うので、後は思ったことを口にしよう。

    「――――俺は、風が好きだよ」

  • 7二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 01:56:59

    「ふふふ、あははははっ!」
    「……笑ってもらえて何よりだよ」
    「あは、あはははは! ご、ごめんなさい。おかしくって、本当に、おかしな人ですね?」

     ゼファーは身体をくの字にして笑う……元気づけるための話なので、成功ではあるが少し仕返しをしたくなった。

    「まあ、ただ歩み寄るという意味では悪いことではないな、これからはギャル語のレクチャーもしようか?」
    「ん……珍しく悪風ですね。トレーナーさんはヘリオスさん達の時候の風には詳しいのですか?」
    「ああ、ヘリオスのトレーナーが俺の同期でね」
    「…………ヘリオスさんの、トレーナーさんが?」
    「トレーナー学校からの付き合いでね、良く飲みに行ったりもするんだ」

     ヘリオスの話は酒の席で良く聞かされた。やれ私の太陽だとか、やれ天使がどうこうだと、やれ大日如来がどうこうだとか。
     居酒屋の店員から宗教の勧誘はご遠慮くださいと言われた、もうあの店いけない。

    「酒と担当が絡まなければ良いやつなんだけど……毎回のようにヘリオスの話聞かされてな」
    「もしかして、今日の便風も?」
    「そっ、昨日飲んだ時に潰れてさ、わざわざ背負って部屋まで俺が送ったんだ」

     ゼファーには言えないが、マイルチャンピオンシップの時負けた方が奢るという約束をしていた。
     確かに会計は相手持ちだったが、俺は殆ど飲む余裕がなかった。次回は負けた方が一年禁酒をするというルールにしようと心に決めている。

    「私にとってのテイオーさんのような天風が、トレーナーさんにも吹いていたのですね」
    「いやそこまで相手じゃ」
    「ふふっ、隠してもつむじは伝わってきますよ」

     ……まあ意識してないといえば嘘になる。

    「実際、彼女の天気やバ場なんかを考慮して作戦やトレーニングプランを構築する知識は随一で」
    「――――彼女?」

  • 8二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 01:57:38

    「ああ、別にトレセン学園に女性のトレーナーは多くはないけど、珍しくはないだろ?」
    「…………………………」
    「あの、ゼファー?」
    「………………………………」
    「ウェ、ウェーイ?」
    「……………………………………」

     沈黙が重い。顔を覗くと先ほどのように落ち込んでるわけでもない、何とも言えない表情を浮かべていた。
     膨れている、とでもいうのが近い気がするが、やはりどういう感情なのかはわからない。
     途方に暮れ、空を見上げると、何が背中を撫でた。
     ファサ、ファサ。
     何か、というには身に覚えがあり過ぎた。これを人に見られるのは宜しくない。
     俺は大きく息を吐いて、彼女の肩に軽く触れた。

    「ゼファー! ゼファー!」
    「……っ! どうしましたか? 突然松籟のように」
    「尻尾」
    「えっ?」
    「キミの尻尾が、って気づいてないのか?」

     ゼファーがゆっくりと後ろを振り向く。
     彼女の視線の先には、彼女の尻尾が何度も俺の背中を撫で続けている様子が映っていた。

    「あっ、えっ、なんで……すっ、すいません、すぐに抑えますから……!」

     ゼファーは慌てるように手で尻尾を押さえつけようとするが、何故か上手くいかない。
     少し手持ち無沙汰になり、なんとなくスマホを手に持ち、話に出した『北風と太陽』を調べた。
     検索の一番上の表示されるページ、それに軽く目を通して、たまたま目についた言葉に思わず笑った。

     ――――『衝動的なそよ風と外交的な太陽』。

  • 9二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 01:58:19

     ◇ ◇ ◇

    「うぇいよー! トレーナー☆ ……ってヤバ! メチャテンサゲじゃん! さげぽよじゃん! 大丈夫!?」
    「あー、ヘリオスゥー……心配してくれてありがと……優しみ……ユーアーマイサン……」
    「……ウチ、ウマ娘だよ?」
    「いやそっちのじゃないよ、エアプダースベーターじゃん私……ごめんね急に呼んじゃって」
    「おけまるおけまるー☆ あーでもゼファっちとはもうちょいかまちょしたかったかも?」
    「今度のレースが雨っぽいから作戦の――――ゼファっち? ヤマニンゼファーのこと? そら偶然だね?」
    「うん、今度れっつぱーりーぴーぽーするって約束したんだ☆」
    「なんかあの子難しい言葉使うって言ってたけど、ヘリオス凄いね、カゼリンガルじゃん」
    「あー……ウチには難しくてわからんくて……でもでも! ゼファっちがウチにバイブス合わせてくれて!」
    「へえ、浮世離れしてる子って聞いてたけどそういうのわかるんだ? あいつも出来る子って言ってたしなあ」
    「トレーナー、ゼファっちのこと詳しい系?」
    「あの子の担当トレーナーがあの子のことすごい喋るんだよね。風に詳しくてトランペットが得意で疾風で恵風で凱風で痛風……それは私か。とにかく滅茶苦茶魅力的で良い子で凄い子だってお酒の席で力説するんだよ。会ってないのに会ったことある気分だわ、ってどうしたのヘリオス」
    「……ゼファっちは良い子だけど、トレーナーはウチのトレーナーなんだから、もっとウチを褒めろし!」
    「うわっ……私の担当可愛すぎ……」

  • 10二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 02:00:28

    お わ り
    タイトルでゼファヘリのSSを期待されていた方は申し訳ありません。
    書いてる間は脳内で味平ができらぁ! って叫び続けてました

  • 11二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 02:02:08

    ギャルのふしぎ風使いとはあにまん民は多芸だなぁ……

  • 12二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 09:31:24

    頑張ってるなあ……

  • 13二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 10:03:15

    うぉ…風語とギャル語でクロスカウンターをキメてやがる…
    嫉妬するウマ娘ちゃんとパリピってるウマ娘ちゃんはいくら摂取しても健康に良いのだ

  • 14二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 10:28:11

    エミュ難しい二大巨塔じゃん
    すっげえなこれ

  • 15二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 10:47:00

    大変いいものを読んだ……さらばだ……

  • 16二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 11:04:48

    なんで俺はゼファーを引かなかったんだ…

  • 17二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 12:15:34

    おつおつ。貴い

  • 1822/12/08(木) 20:39:25

    感想ありがとうございました
    ヘリオスとゼファーを書くのが大変でしたが、頑張った甲斐はありました

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