【SS】セイちゃんちょっと薄くなりますね

  • 1二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:17:30

    「あ〜あ、行っちゃったなあ」
     トレセン学園の新入生は4月の入学前、3月の後半から先に寮に入る。そこで寮での生活やルールなどを覚えてから、入学式があるのだ。
     授業の開始とともにいきなり寮に入ると環境の変化が大きすぎて参ってしまう。新入生側だけでなく、学園側も。だからお互い事前に慣らしておくのさ……そんなことを私の頃の寮長が教えてくれたのを思い出す。
     学園を卒業した後、寮母として寮に戻った彼女は元気だろうか? うちの子が迷惑をかけなきゃいいけど。
    「ま、ヒシアマさんには頑張ってもらおうっと」
     私はむふふと微笑んだ。きっとちゃんとやってくれるに違いないのだから。

     桜の咲き始めとともに私の家はそこに住む住人を一人減らして、静かさを増した。休日の朝なのにこの静かさ。久しぶり過ぎて戸惑ってしまう。それを誤魔化すように私はテレビの音量を上げる。
     生まれつき自分は孤独に強いほうだと思ってたけど、10代半ばくらいからどうにもそれが弱くなった気がする。それ以降はズルズルと弱くなる一方のような。

    「ただいま〜」
     娘を駅まで送っていったお父さんの声を聞いて尻尾が動いてしまうくらい、弱くなってる。そのことがちょっと恥ずかしい。
     もうそんなことで心を揺らすような歳でもないのにさ。

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:17:59

    「いやー、行っちゃったなー」
     そう言ってお父さんはコートを掛けて、まだローンの残ってる我が家をしみじみといった様子で見回す。つい目が行ってしまうのは、あの子がまだ小学生になる前に開けた壁の穴だ。壁紙で隠してあるけど、隠しきれるものじゃない。
    「行っちゃったなーって、お父さんはいつでもあの子に会えるじゃん」
    「まあそうだけど。夜に家に帰ったらいるのと、昼に職場にいるのとじゃ大違いだよ。学園ではお父さんなんて呼ばせないようにするつもりだし」

     そう言って彼は使い古されたお揃いのマグカップを取り出してコーヒーを淹れ始める。私には冷たい牛乳を入れて、ぬるいカフェオレにしてくれた。
    「はい、お母さん」
    「うん」

     カップを受け取って、ゆっくりと口をつける。思えばこんな風に二人っきりでのんびりと休日の朝を過ごすのも久しぶりかもしれない。
     いつもなら「そろそろ起きろー」と娘を起こしに行ったり、あるいは「お母さんそろそろ起きたら?」と娘が私を起こしに来てくれたのだ。
     それも、もう、これからはない。
     ……あーダメだダメだ。しんみりしちゃいそう。

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:18:28

     お父さんをからかって気を紛らわそうと思って隣を見たら、彼は出しっぱなしにしたままだったアルバムを開いていた。
     あの子が寮に引っ越す前に、私の頃の様子が見たいと言ってせがんできたので仕方なく物入れの奥から取り出してきたそれは、懐かしさと恥ずかしさに満ちている。
    「ちょっとちょっと。あんまり見ないでよ」
    「まあまあそう言わないで。……若いなー、お互いに。この頃は徹夜とか余裕だったのになあ……」

     彼と私が並んで写っているいくつかの写真に目が引き付けられる。
     確かに若い。勝負服を身にまとってちょっと照れくさそうに笑みを浮かべてる当時の私の若さが羨ましい。この頃だったら娘とかけっこしても勝っただろうに。
     あの子が入学する前にちょっと併走に付き合って、全然追いつけなかったのが悔しいなんてわけじゃないしむしろ感動したけど。それでも負けはなんかモゾモゾするものなのだ。ウマ娘として。

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:19:00

    「それにしても……薄くなったなあ」
    「え、そう?」
     私は思わずお父さんの頭を見る。別にハゲ始めてるってことはなさそうだけど。
     風呂場で見かける抜け毛もお父さんの黒髪よりも私や娘のウマ娘の毛のほうが多かったはず。
    「俺の髪はまだ大丈夫……だと思ってるけど。それよりもスカイがね。やっぱりこの頃よりも色が抜けたなって」
    「あー、そういうこと」
     私は自分の髪の先を摘んで見た。それは白に近い、薄い銀色に変わっていた。

     芦毛のウマ娘は年齢を重ねていくと色が抜けて白毛に変わっていく。それには個人差があるし、私もそれほど大きく変わる方じゃないけど。
     それでも若い頃に比べて色は薄くなっていた。
     写真に写る私の髪、その薄い青緑の色素は今の私には残っていない。誰からも「芦毛ですね」と言われるような白銀の髪になっていた。
     若さの証が抜けてきてるようで、ちょっと気になる。まだまだ若々しいつもりなんだけど。

  • 5二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:19:52

    「染め直そっかな。どう思う? 昔のほうが綺麗だったりして?」
     私はお父さんに尻尾を預ける。髪と同じように白くなったそれを。その先っぽを彼はふにふにと握った。
    「そのままでいいよ。染めると痛むっていうだろ。昔も今も綺麗だから、そのままでいい」

     ……まあ、そういうズルい返事が来ることはわかってたけどね。そんなズルさにはもう慣れっこなのでなんともない。本当だよ?
     私は彼の襟筋の髪を一本摘んで、引き抜いた。
    「いてっ」
    「それよりもあなたのほうが必要かもね。白髪、増えてる」
    「あー、それは気になってた。トレーナーとして風格出るかなって思ってたんだけど微妙かなぁ。俺は染めたほうがいいかな?」
     彼は手渡された白髪を手にため息をつく。そんな態度に思わず笑みが溢れる。
     彼も私と同じく、時間を重ねて変わってきているのだ。それがなんか嬉しい。

    「そのままでいいんじゃない? 一緒に白くなっちゃおうよ」
    「……ま、スカイがそう言うならそれで。いっそ総白髪とかのほうが夫婦お似合いになって映えるかな?」
    「えー。それはやめてくださーい」

     でも、いつかはそうなるのかもしれない。二人とも真っ白な髪になってさ。
     娘から白い白いと笑われたりするのだ。
     まあ、でもまだそんな日は、ずっと先でいい。

  • 6二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:20:25

    「ゆっくりさ、変化を楽しんでけばいいじゃん」
     娘が家を離れても、少し寂しくなっても。それを楽しめればいいと思う。
     試行錯誤して変化を求めるだけが面白みってわけじゃないのだ。最近ではそういう釣りも楽しめるようになってきたし。

     私は頭を彼に預ける。
     視界の端で、お互いの白髪が触れ合うのが見えた気がした。

    おしまい

  • 7二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:21:10

    芦毛のウマ娘はどんどん色素が抜けていく概念に基づいて書いたSSでした

  • 8二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:23:04

    すごく…こう…!すごくいい文章です!

  • 9二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:23:22

    熟年夫婦いいね

  • 10二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 17:25:33

    一緒に白髪になっていくのいいな…

  • 11二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 18:12:24

    こういうのすき

  • 12二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 18:27:02

    コメントありがとうございます
    本当は画像編集でセイちゃんの髪の色を薄くしようと思ったんだけどスマホアプリだと手間でできなかった……

  • 13二次元好きの匿名さん22/12/08(木) 18:30:49

    個人的には大人セイちゃん長髪になってるイメージだなぁ

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