【SS】尻尾ハグにはご用心

  • 1二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:07:31

    前置きが長いナカジョダ尻尾ハグです。
    ご査収下さい。

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:07:44

     きゅ、きゅ、きゅ、と、ダンスシューズが床を鳴らす。ダンス講師の手拍子とスピーカーから流れる音楽に合わせて、生徒たちがリズムを刻む。ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー。ゆったりとした三拍子に見せかけて、振りは細かく複雑だ。片脚を軸に回転すれば、各々の毛色をした尻尾が弧を描く。

    ──午後イチにあるモダンダンスの授業は、多くの学園生たちに恐れられている。

     理由はさまざま。体が重くなるから昼食を腹一杯食えないだとか、学園OBであり伝説の踊り手と言われたレッスン講師が厳しいだとか、後の授業に支障が出るのではないかというくらい疲労するだとか。では、──私はというと。

    「……ふぁ……」

     ヒトもウマ娘も、張り詰めた空気にさらされていると、欠伸が漏れ出てしまうらしい。無意識に息を詰めてしまうせいで、脳が酸素を求めるからだとか。ヒリついた空気の中、全面鏡を前にして別グループの生徒たちが厳しい指導を飛ばされつつ練習に励んでいれば、おのずとこの身にも緊張が走る──わけでもない。
     昼下がり。天気予報どおりこの季節にはそぐわない陽気が、レッスン室の窓辺からやわらかく差し込んでいる。鬼講師は後ろ頭にも目がついているのか、大欠伸しようものなら秒でバレるからな。口元を隠してぎりぎりの小欠伸。昼飯食って、降り注ぐ日差しの下、壁に背を預けて座ってりゃ眠くならないわけがない。
     滲んだ涙を指先で弾き、睡魔との勝負に勤しむかと気を取り直したその時、眼下にさっと影が落ちる。つられるように顔を上げると、やたら頭のボリュームのある影に違わぬトーセンジョーダンの、なにやら緊張した面持ちがそこにあった。

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:08:16

    「隣いい?」
    「構わないが」

     何も別グループのダンスレッスンの様子を眺めているは私だけじゃない。日溜まりの特等席を陣取っているのが私だというだけで、指導を受けていないグループの生徒たちはそれぞれ好きな場所で各々に隙間時間を過ごす。
     別グループのレッスンを食い入るように見つめる努力家もいれば、後方で同じようにステップを踏み軽く流す者もいる。レッスン用の教科書と睨めっこをする奴とかもな。
     あとは、講師の覚えはよろしくないがおしゃべりに興じるタイプ。
     トーセンジョーダンはまさにその『おしゃべり』タイプで、『いつメン』と称されるメンツと大なり小なりしゃべり倒している姿を何度も見たことがあった。

     ありがと。その爪だけではなく仕草やら言葉やら声音やらをやたらと盛りたがるジョーダンにしては珍しく、落ちてきたのはシンプルな礼だった。漏れ出そうになった欠伸を噛み殺したところで、私と同じように壁に背を預けながらジョーダンがのろのろと座り込む。膝を立てて両腕で抱えるその姿は、癇癪を起こし不貞腐れる妹に似ている。軽いニュアンスの前髪の下、少しだけ眉がひそめられていた。

     腕と腕が触れそうなくらいの距離感はいつものことだ。こんな近くに座らなければならないほどレッスン室は狭いわけではない。単純に、ジョーダンにとっての私の心的距離が近いのだろう。過負荷は鬱陶しいが、それを見極められないほどジョーダンは鈍感ではない。
     ぱたぱた。ジョーダンのダンスシューズがなにかを持て余すかのようにリノリウムの床を叩く。察しろとばかりの仕草であることを、恐らくジョーダン本人は自覚していないだろう。かといって先回りしてやる程、私は優しくもない。余程、鬱屈とした何か──自分すら欺くような、トーセンジョーダンというウマ娘に似つかわしくない何かを抱えているようならば考えなくもなかったが、恐らくはそういう類のものでもないだろう。

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:08:55

    「ナカヤマはさ、ダンスけっこー好きだよね」

     音楽が止んで、練習グループが変わる。三拍子のモダンダンスは聞いているだけなら眠りを誘発しやすい。煮えきらないジョーダンがようやく言葉を発したのは、四度目の大欠伸をくしゃみに偽装して両手で誤魔化したそのタイミングだった。
     さて、どんな悩みや愚痴を聞かされるのやら。真っ当に答えてやるかはその時の気分次第。そんな心持ちだったため、問いかけにも満たない独り言めいたその言葉に、少しばかり面食らう。

    「身体を動かすのは嫌いじゃないからな。音楽にノるのも」
    「歌もキライじゃねーし」
    「……退屈なのは好まないが」
    「そ? クラシックの授業とかメンドそーには見えんけど」

     なるほど、ジョーダンにとってのオペラやら歌曲やらのクラシック音楽の授業は『面倒』なものらしい。確かに古典的な楽曲よりも、ポピュラー音楽の授業で楽しげにしている姿もよく見かける。
     鏡の前では相変わらず鬼講師の檄が飛ぶ。指先の表現を疎かにしない! 勢いで振るな! 一つ一つの動作を流すな! 真面目で健気な生徒たちは講師に応えようと声を上げる。三拍子のダンスミュージックに眠気を誘い出されることはなくなっていたが、私は軽く首を回す。
     何かを察してほしいのか。
     それとも、伝えたいなにかがうまく言語化できないまま垂れ流しているのか。どちらかくらいは見極めてもいいだろう。

  • 5二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:09:25

    「別に古典ばかりが好きなわけじゃないさ。ジャズだろうがラテンだろうがシャンソンだろうが──」
    「それはナカヤマの『先生』が好きだから?」

     ぴん、と──弛んでいた糸が引っ張られた感覚。何かの折り、ジョーダンにも『先生』の話を打ち明けたことがあった。劇場を好み、ショーを好み、ダンスを好み、歌を好む。ストレートプレイでもミュージカルでもない『宝塚』というひとつのジャンルを愛する『先生』と、彼女の病床で歌劇団の公演をよく見ていること──。
     しかし、これが、ジョーダンの『言いたいこと』だろうか。核心に近い雰囲気はあったが……そうではないと言い切ってもいいだろう。
     そこにどんなニュアンスがあったとしても、ジョーダンはそこまで不躾ではない。

    「いやごめんまちがえた。そーゆーこと言いたいんじゃなくてさ」
    「何でもいいがまとめてからにしてくれ。待っててやるから」
    「……ん」

     小さく頷くだけ頷いて、ジョーダンは抱えた膝の内、完全に顔を隠してしまった。幸いにもグループ練習が回ってくるまで時間もある。次に出番が回ってくるまではジョーダンの思考もそれなりにまとまるだろう。

     そんな矢先のことだった。
     ぱたん、と、ジョーダンのダンスシューズが再び軽く床を鳴らした、その瞬間。
     適当に投げ出していた尻尾に、するり、と──なにかが巻きついてきた。

  • 6二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:09:58

    ***

    「このあいださぁ、好きピと尻尾ハグしちゃった!」
    「マ?!」
    「大胆〜!! てかそれ言っちゃう?!」

     いつメンたちとの会話はいつだって刺激的だ。あたしらの辞書にはタイクツって文字はない、ってやつで、流行りのファッションとか、芸能人とか、ネイルとかスイーツとか、とにかく気持ちがアガる話がいつどのタイミングでもぐるぐる回る。
     授業中……は、さすがにお口にチャックしてっけど、午後イチモダンダンスみたいな練習時間に待ちが出るよーな授業だとさ、おしゃべりは止まらない。ノンストップってやつ。ま、モダンダンスはセンセイが鬼だし、怒らせて居残り練! とかなったらヤだから、頭突き合わせて教科書で口元かくして、静かにおしゃべりすんだけどね。ま、あたし達比だから、たまーに見つかってグチグチ言われることもあるけどさ。

    「てか尻尾ハグとか言いふらすもんじゃなくね?!」
    「それはそーだけどさぁ、……幸せのおすそ分け、みたいな?」

     教科書で口元かくしてるけど、めちゃくちゃニヤついてるのがよくわかる。これだから両思いの好きピ持ちは! って、いつメンのひとり(カノジョもカレシもなし。ボシュー中だってさ)がからかうように肩を小突いた。
     まーね、あたしらウマ娘はレースに命燃やしてるよーなのも多いけど、フツーにコイバナとかすることもあるわけよ。ファッション誌には毎月のよーにレンアイ特集とかあるし、むしろキライじゃないみたいな?
     あの子はだれそれのことが好きだとかさ、どこがカプってどこが別れたとかさ、街でウワサのイケメンとだれかが歩いてた目撃情報とかさ、だれとだれが放課後の空き教室で×××とかさ、あの子とあの子のトレーナーがああだのこうだのだとかさ、聞いてるぶんには楽しいよね。聞いてるぶんには。

  • 7二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:10:25

    「ね、ジョーダンは?」
    「あたし?」

     でも、トーゼン、聞かせるのはまた話が変わってくるワケよ。

    「べつにあたしは、なんもなくね?」

     そう。なんもない。コイバナ聞くならともかくさ、話すよーな内容とか、ぜんぜんないっていうか? そりゃ好きピはいっぱいいるけどさ、シチーとかパマヘリとか、フラッシュさんとか、あとチケゾーさん? アキュートさんも。ほかにもいるよね。
     ゴルシ? なにかにつけてよくわかんねー絡み方してくるゴルシは好きピって言うにはビミョーかも。べつにすっげーキライなわけじゃねーけど。
     ってわけでなんもないよ、あたしから聞かせられるコイバナとかさ、そんなことよりウマトックのトレンド見た? あのダンス動画あたしらもやってみん?
     なーんて、うまく話をそらせたらよかったんだけどさ。

    (ジョーダンでしょ。どーしてこーなったし)

     いつメンたちの群れからはなれて、あたしはさみしくおひとりさま。こーゆーときにシチーがいてくれたら、まぁまぁって話をおわらせるの手伝ってくれっけど、押しには弱めのあたしだけじゃ、コイバナに掛かり気味いつメンたちに折り合ってもらうのはムリだった。
     そんなワケで、あたしは、……レッスン室でいちばんあったかい壁際の窓のそばでぼんやりと座ってるナカヤマのところに向かっている。ジョーダンがんばれ〜とかなんとか、小さいけど黄色い声援が背中を……押すわけないっしょ! バレてなきゃこんなことにはなってないけど、いつだったかうっかりゲロっちゃったあたしが悪い。
     でもだからってさ?! 尻尾ハグしてこいとか、ムチャぶりすぎん?!

  • 8二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:10:56

    「ナカヤマ」
    「ん?」

     隣いい? そう問いかけるあたしの声は、どう聞いてもいつものあたしじゃなかった。レースでもこんなキンチョーすることないよ。いやキンチョーはすっけど、それとはまたべつ。ぜんぜんちがう。おっすーとかさ、ヒマしてんね〜とかさ、なんかもうちょっとあったじゃん? いやいちおー授業中だしヒマしてんねはヘンか。

     かまわない、って、いつもの調子で言われて、ちょっとホっとする。ナカヤマはこーいうときさ、『いい』でも『わるい』でもない言い方をよくするよね。かといって『好きにしろ』とかでもないから、ちゃんとここにいていいんだ、ってなる。そういうの、なんかくすぐったい。

     おひさまのやさしい光がかかるナカヤマの鹿毛の髪先が、ちょっときらきらしてる。ついそれをじっと見ちゃって、あたしは内心ちょっとあわてた。あわてたついでにミッションを思い出してげんなりする。

     尻尾ハグ。尻尾ハグするなら……物理的に距離はちぢめてかねーと……とは思うけどさぁ……。

     女は度胸! ナカヤマが顔をくしゃくしゃにしてあくびをガマンしたスキをねらって気合をいれる。秋天レコードホルダーなめんなよ! ……なーんて、気合はぐるんとから回って、けっきょくあたしはノロノロと座ることになった。
     腕と腕がぶつかりあう距離感で。あの秋天で先頭をぶっちぎってたあの子を射程圏内に入れるってカクゴ決めたときみたいに、ナカヤマの尻尾を狙う。狙う。狙ってく。

  • 9二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:11:20

     でもさ、あんなムチャぶりミッションがそんなカンタンにすめば、あたしはいまこんなことになってないワケで。
     あたしの口から転がり出たのは、ザ・世間話だった。

     ナカヤマはさ、いまの担当がつくまではあんまマジメじゃなかったけど、トレーナーがついて、トゥインクルシリーズでどう走るのかって決まってから、めちゃくちゃマジメになった。授業もサボることなくなった。座学では寝てっけど、ふらりとどこか行くことはない。
     変わったんだなって思う。
     変わろうとしたんだなって思う。
     で、変えられたんだなって、思う。
     それは、ナカヤマの最大の目標だった凱旋門賞に挑んでからも変わらない。座学では寝てっけど。

    『先生』の話をするときのナカヤマってさ、すっげーやわらかい表情になんだよね。いっつもどっかしらだるそーなフインキだけど、それこそさ、いまあたしたちにかかるおひさまの光みたいなやさしさ。
     紫ってさ、寒色寄りの中性色なワケだけど、ネイルのカラーリングするときみたいに考えると、いつもなら明度が低くて彩度が高いカンジ。でも、『先生』にかかわる話のときは、明度が高くて彩度が低くなる。フインキね、……あ、フンイキか。おなじ眼なのにふしぎ。

     あたしにも、そういう顔、見せてくれたらいいのに。たしかにいま、そういう顔見てるけど、そうじゃない。
     あたしにも、そういう顔、向けてくれたらいいのに。

     なーんて考えてたらおかしなこと口走ってた。
     ナカヤマが『先生』をだいじにしてるのは、あたりまえなのに。あたしはそこに入ってけない。ナカヤマの『先生』になりたいなんて思わない。だってあたしはあたしだ。だれにもならないし、だれになりたいとも思えない。思わない。

  • 10二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:11:46

     するり、と、尻尾を動かした。勝負ごとにも尻尾を活用するナカヤマとちがって、あたしの尻尾はそんなに器用じゃない。あたしの背中とおしり、それから壁のあいだのせまいスペースを縫うみたいにして、尻尾のはしっこを移動させていく。ナカヤマの尻尾の置き方はテキトーだ。いっつもあんま気にしないんだよね。意識がうすいっていうか。

     だから、ナカヤマの尻尾をとらえるのはかんたんだ。途中でにげられないことを祈りながら、一周、二周。
     鹿毛の尻尾どうしを、からませていく。
     これはやけっぱちなのかもしんない。好きピと両思いいつメンみたいに、おたがい想いあっての尻尾ハグじゃない。
     恋してるなら伝えればいい、でも、伝える勇気までは持てないあたしの、やけっぱち。

     だいたいさ、ナカヤマのことだもん。
     どうせ。
    「どうせ私は尻尾ハグを知らないだろう、ってか?」
    「……!!!!!!」

     息をのむ。あたし、いま、思ってたこと口にしてた?! それはない。やさしい瞳をするナカヤマを見るのがさみしくて、三角座りの膝に顔うずめてたもん。投げかけられた言葉にビックリしていきおいよく顔を上げた。もうどうしようもなく恥ずかしくなって飛び退こうとする。距離取んなきゃ! って思ったけど。

    「……っ!」
     
     離れらんない。ナカヤマの手が、あたしの腕をつかんでるから。せめて逃がそうとした尻尾も、ぴんと引っ張られる感触。
     3周、4周。尻尾はさらにからまって、イイワケできないくらいの尻尾ハグが、あたしとナカヤマの背中と壁のあいだで、ひっそりと、おこなわれている。

  • 11二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:12:09

    「で?」
    「えっ」
    「自分から仕掛けといて逃げるとはどういう了見だ」
    「いや、その、」
    「……逃げられると思ってんのか?」

     いまのあたし、たぶん、マジでヤバい顔してる。おひさまの光が暑い。ナカヤマはぎらついている。レースのときとはまたちょっと違う熱を、すみれ色の瞳の奥でもやしてる。まっていま授業中、よわよわしいあたしの声に対して、いまはどーでもいい、なんてささやかれて。

     あたしが瞳をとじるまで、そう時間はかかんない。


    おわり

  • 12二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:12:36

    やぶへび!



    尻尾ハグとかいう|あにまん掲示板いいよね…推しカプで尻尾ハグ描くまでは出られないスレbbs.animanch.com

    元はここに投下しようとしましたが想定より前置き含め長くなったので単独にて失礼します。

    ウマウマの尻尾ハグ概念があふれてるのでぜひ寄っていってな!

  • 13二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:15:16

    ナカヤマのイケメンムーブはいずれ癌にも効くようになるのがはっきりわかるな!

  • 14二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:17:30

    ナカジョちょうど切らしてたのでたすかる

  • 15二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 18:29:16

    こういう視点が切り替わるの好き……二度美味しい感じがする

  • 16二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 19:07:28

    >>13

    >>14

    >>15

    読んでくれてありがとー!

    ジョーダンを振り回すイケメンムーブナカヤマが『ヘキ』なんですよね。助けられて良かったです。


    本当はナカヤマパートもジョーダンパートも同量にしたかったけどジョーダンがよく喋るので仕方ない……

  • 17二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 19:16:09

    凄く…凄く良い…
    ジョーダンがいざという時に弱々でとても可愛いねぇ…

  • 18二次元好きの匿名さん22/12/09(金) 19:53:33

    >>17

    ありがとー!

    よわよわギャルはよいもの……

  • 19二次元好きの匿名さん22/12/10(土) 06:53:25

    あと、応援隊スレに他薦いただきありがとうございました!
    一度他薦されてみたかったので嬉しかったです……!

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