- 1二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:34:00
「俺の担当ウマ娘が良い子すぎる」
「……はあ」
トレセン学園から程良い距離にある居酒屋。
僕は先輩のトレーナーから誘われてノコノコついてきたことを少し後悔し始めていた。
すでに先輩は完全に出来上がっている状態だ。
少しだけ本音を話せば、実のところ“狙っていた”状態ではあった。
僕の担当ウマ娘と先輩の担当ウマ娘は何度か同じレースで戦っている間柄だ。
そして直近の対戦成績は――――僕達の連敗。
自分で言うのもアレだが、僕の担当ウマ娘は強い。
今まで掲示板を外したことは一度しかないし、G1こそ勝ててはいないが、重賞の連勝経験もある。
だが負けた、連続で、同じ相手に負けた。
悔しかった。
彼女を勝たせてやれなかったことが、あの子への対策を立てることができなかったことが。
もう負けたくない。
次こそ、彼女を勝たせてやりたかった。
次のレースでは、また先輩の担当ウマ娘と戦う予定になっている。
そこでの勝率を1%でも上げるための何かしらの手がかりを求めて、先輩の誘いに乗ったのである。 - 2二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:34:26
そして、その結果がこれである。
「風、風なんだよ、わかるだろ? お前も自分の担当に風を見たことくらいあるだろ?」
「そこになければないですね」
やっぱり人間、姑息なことは考えるべきではないな、と思った。
最初は昨今のトレーニング理論とか、クラシックの有望ウマ娘の話とか、真面目な話をしていた。
酒が進むに連れて、話が徐々に自分達の話になってきて、いよいよと思った。
結果はごらんの有様というところである。
「確かに一見するとあの子はクールで大人しいウマ娘に見えるかもしれない」
「はあ」
「だが、実際のところ、レースに対しても激しい情熱を持っているんだ」
それは僕からあの子を見ててもわかる。
あの苛烈で鋭い走りを見るに、ただ冷静なタイプではないのは一目瞭然だ。
「でもな、実のところ自然派というか、かなり野生児なんだよ……」
「野生児」
「この間とか何の躊躇もなく木に登ってたし、ちょっと目を離すと一人でどっか行くし……」
「それは意外というか、危なっかし」
「そういうとこもいいよね……ここから、世界中を敵に回しても良いと思うくらいには」
「えっ、今そういう話の流れでしたか?」
とまあこんな感じであの子の、レースとはあまり関係のない点をさっきから熱弁されている。
それは担当ウマ娘への迸る想いからなのか、担当トレーナーとしての防衛本能からなのか。
…………前者なんだろうなあ。 - 3二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:35:24
「あと、顔が良い」
「いきなり来ましたね」
「ホント、マジで良いんだ、俺はトレセン学園で一番ビジュアルが良いのはあの子だと思ってる」
「いや、ぼ――――いえ、どうぞ、続けてください」
僕の担当の方が、と反論しそうになった。危ない危ない。
彼女も、その名前の通り、とても愛らしい子なのだが、この場で反論をしてしまうと多分収拾がつかない。
その点はあの子に勝った後、存分に証明すれば良いだけの話だ。
「清楚でありながらそよ風のように涼しげで、それでいてどこか年相応のあどけなさがある、最高」
「めっちゃ語りますね、ちょっとキ……情熱的ですね」
「でまあ、これはちょっと話しづらいんだが、こう、そよ風というには激しすぎる部分があるというか」
「あー……あの子、あれですもんね、その、一部の、仕上がりが」
「――――どこ見てんだコラ」
「理不尽」
すごい睨まれた、先輩から話振ってきたのに。
しかし刹那でいつもの表情に戻り、言葉を続けた、流石酔っ払い、ついてけない。
「妙に距離感が近い時があるんだよな……対応に困るというか、目のやり場に困るというか」
「あー、それはちょっとわかりますね」
僕の担当ウマ娘にも近いことを感じることがあった。
これに関しては、ウマ娘の種族的な性質が大きく起因していると考えられている。
ウマ娘は全体的に男性に対する警戒心が薄い。
その理由は単純明快で、基本的な肉体のスペックで男性を上回っているため、恐れる理由がないから。
勿論個人差はあり、レースで結果を残したウマ娘でも男性が苦手なタイプがいたりはするが。
「それで少し注意するんだが、そうすると露骨に気分落とすんだよ、もう、ヤバいよね」
「ヤバいですね、先輩が」 - 4二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:35:53
「でもやっぱあの子の最大の魅力は走りだ! あの疾風のような走りに俺は惚れたんだ!」
「……! なるほど、それは興味ありますね」
ついに来た。この話を聞きたかったのだ。
僕の言葉に先輩は気を良くすると、真剣な表情で言葉を紡いだ。
「その説明をする前に俺達の出会いの状況を理解する必要がある、少し長くなるぞ」
「嘘でしょ……というか、今までの話は長いと思ってなかったんですか」
「ある日、俺は校門前で困っているあの子を見つけたんだ」
「すごいシームレスに回想始まりましたね……」
まあこれが終わればレースの話になるはずだ、多分、恐らく、きっと、ちょっと自信なくなってきた。
そんな僕の様子を全く気にもせず、先輩は担当ウマ娘との出会いを語り始める。
「当時の俺はあの子の言葉がわからなくてな、初めて会ったときは何もできずに別れたんだ」
「あの子、難しい言葉使うらしいですからね、僕もそれは担当から聞いてます」
「でも、どうしても気になって、あの子を追いかけたんだ」
「なるほど」
「んで見つけて、もう一度話を聞くと、だるまさんがあからしまに遭ったらしくてな」
「なるほ……はい?」
「それで花嵐の桜になってしまったから、しなとを探して東風や南風かと悩んでたらしく」
「待って、待ってください、先輩」
「それが俺達の朝東風……ああ、悪い、ついあの子と一緒にいる時のクセで話してしまったな」
「いえ、わかっていただければ大丈夫です」
「だるまさんってのはツグミのことでな? んで、あの子はトレーナーバッチを時候の風だと」
「そっちだけどそっちじゃないです」
ダメだ、もう完全に脳が風に侵食されている。
もう先輩は手遅れだったんだ。 - 5二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:36:19
「それで俺は……あの子の……いや、あの子とともに……風に…………」
「はあ」
「あの子と共に風になりたい……ふぁ……そう…………かんがえ、て………………」
「……そうですか」
「………………」
「……先輩?」
気づくと先輩は寝息を立てて、テーブルに突っ伏していた。
僕は大きくため息をついて、備え付けの、店員を呼び出すためのボタンを押す。
まあ正直途中からこうなるだろうなとは思っていたので、あまりショックはなかった。
「お待たせいたしました、いかがなさいましたか?」
「お会計を」
「あっ、お連れ様からすでにいただいておりますので、そのままお引き取りいただいて大丈夫ですよ」
「……そう、ですか」
やられた。
流石に潰れる前提ではなかったと思いたいが、支払いは引き受けるつもりだったようだ。
今回に関しては、部屋まで送り届ける対価だと考えて、甘えておこう。
僕は先輩をおぶって店を出る。
正直結構大変で、飲み会一回分の代金に見合っているかどうかは怪しい。
だが、実のところそこまで悪い気はしていなかった。
聞きたかったことは聞けずじまい。でも大事なことを聞くことはできたからだ。
「共に風になりたい――――か」 - 6二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:36:43
風のことはさっぱり、全く、全然、わからなかった。
けれど、先輩があの子と共に歩み、あの子と共に夢を掴みたいと強く考えていることはわかった。
先輩と僕の違いはなんだろうか。
彼女を勝たせてやれなかった。
彼女を勝たせてやりたかった。
“ここ”だ。
いつの間にか、僕は自分の想いを勘違いしてしまっていたようだ。
あの日彼女と出会い、何かを信じて契約して、
願い焦がれ、走り始めた時の想いは、別のものだったはずだ。
勝ちたい。
彼女(キミ)と――――勝ちたい。
未熟さを痛感させられる。
トレーナーとウマ娘は導き、導かれるものではなく、共に歩むもの。
それを僕は僕の先生からは最初に教わっていたはずなのに、それをいつの間にか見失っていた。
いや、僕自身が思ってた以上に、彼女に入れ込んでしまっていた結果なのかもしれない。
次に彼女と会ったら、僕の正直な想いを話そう。
そして、もう一度共に走り抜いていこう、と彼女に伝えよう、そう僕は決心した。
先輩にはお礼を言わなければならない。 - 7二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:37:09
「聞いてるかは知りませんけど……今日はありがとうございました」
背中にいる先輩からの返事はない。
僕は構わずに言葉を続けた。
「正直9割くらいの内容はすでに覚えてないですが、それでも大事なことを思い出しました」
これは先輩とあの子に対するお礼。
そして決意表明。
そして、宣戦布告だ。
「お礼と言ってはアレですけど――――次のレース、必ず僕達が勝ちます」
先輩に対しての言葉というよりは、自分自身に対する言葉。
はっきりと、そして強く言葉にする。
ええい、この際だ。もっと言ってやる。
「先輩達に勝って、もう負けません。僕たちは絶対にG1の栄光を手にします」
夜、無人の道に響く声。
相変わらず返事はない。
だけれども『かかってこい』と、笑いながら話す先輩の声が聞こえたような気がした。 - 8二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:38:01
お わ り
ウマ娘の台詞も出番も一切ないんですけどウマ娘SSでいいんですかねこれ - 9二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:45:39
面白かったです!
トレーナーが出てるので紛うことなきウマ娘のSSだと思います!
風に脳を侵されたトレーナーで笑いました - 10二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:49:12
トレーナーの側から「君と勝ちたい」につなげるのは珍しい気がする。
面白いものを読ませてもらいました。 - 11二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 18:50:13
ウマ娘達を登場させず、間接的に描くという新風を吹き込む構成、風に呑まれた先輩と、それに対し朔風なツッコミをする後輩の、軽風な文体、大変凱風な作品でした。ありがとうございます。
- 12122/12/12(月) 20:01:12
感想ありがとうございました、少し特殊なSSでしたが受け入れてもらえて嬉しいです
- 13二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 20:05:54
後輩のツッコミに笑いまくっちゃった
楽しかったです! - 14二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 20:07:23
面白かった。
勘違いだったらすまないが、以前理事長代理のお話を書かれていなかったか? - 15122/12/12(月) 20:10:53
- 16二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 20:18:42
- 17二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 20:22:25
- 18122/12/12(月) 20:23:46
名前変え忘れてました、とにかく感想ありがとうございました
- 19二次元好きの匿名さん22/12/12(月) 20:45:35
- 20122/12/12(月) 21:22:32
- 21二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 04:44:42
面白かったです
名前伏せてるのにほぼ初手でわかりますね - 22122/12/13(火) 07:05:58
感想ありがとうこざいました
- 23二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 15:36:00
出すのが難しいならいっそ出さないという発想に感服でゴンス。
素晴らしい作品をありがとうございました! - 24122/12/13(火) 19:53:17
- 25二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 19:54:28
キミと勝ちたいを体現してるよね…
- 26122/12/13(火) 20:11:07
前々からSSで使いたいフレーズだったので今回上手く差し込めて良かったです