【SS】或るウマ娘の死【カフェトレ怪奇】

  • 1二次元好きの匿名さん21/11/01(月) 23:24:57

    カフェトレ+カフェの怪奇モノ的な長めのSSです。まだ書き終わってないですが完走できるように頑張ります
    またショッキング、センシティブな表現が入る可能性があります。ご了承ください

  • 2二次元好きの匿名さん21/11/01(月) 23:25:11

     そのニュースは瞬く間にトレセン中を駆け回った。生徒達の練習は中止となり、職員は電話対応に追われ、多くのマスメディアが学園に忍び込んで特ダネを得ようと目を光らせている。

    「トレセン学園生徒の自殺……それは随分とセンシティブでセンセーショナルな話題だなあ」

     トレーナー棟の廊下奥にある一室。彼は枯枝のような腕でコーヒーカップをつまみあげる。市販のドーナツを齧ると、静かに瞑目した。

    「噂では……屋上から飛び降りたようです。並べたシューズと遺書が残されていたと」

     コーヒーの湯気と共に、少女が現れる。まるで真っ暗な影から飛び出してきたかのように、音も無く彼の対面に腰を下ろした。黒いアンティークのカフェチェアがぎぃ……と不気味な音を立てて揺れる。

    「名前は、少なくとも私は聞いたことがありませんでした」

     少女──マンハッタンカフェもドーナツに手を伸ばす。控えめなランプの灯りも相まって、場末の喫茶店のようだ。

    「専属のトレーナーに恵まれず、メイクデビューで大敗した後に契約解除。それが三ヶ月ほど前のことらしい。以降はレースにも出れず、トレーナーも見つからず塞ぎ込んでいたそうだ」
    「お詳しいんですね」
    「デジタルさんとこのトレーナーからの受け売りだよ。あの人も大概の生徒は把握しているからね」
    「なるほど……」

     しかし、納得したとは言えない顔でカフェはコーヒーを啜った。彼はその色白な顔をしばらく見つめていたが、やがて観念したように息を吐く。

    「会長殿から直々に御依頼があってね。この件について調べてほしいと」
    「警察ではなく……トレーナーさんに、ですか?」
    「より正確に言えば、カフェにだろう。出来れば穏便に断りたかったんだが、押し切られてしまったよ」

     信じると信じないとに関わらず、マンハッタンカフェが"視える"ということは周知の事実となっている。事件性を問うのであれば間違いなく警察の仕事だが、霊的な物に関わりがあるとなれば、餅は餅屋だ。

  • 3二次元好きの匿名さん21/11/01(月) 23:44:27

    「ルドルフさんは……この件に怪異が関わっていると……?」

     トレセン学園には良からぬモノが潜む。それは他ならぬ彼とカフェが一番よく知っていた。怪異に命を狙われたこともある。
     しかし、その言葉には苦い顔で返す。

    「どちらかと言えば、これから怪異になり得るかも、という風だったね。彼女としては、死を選んだ娘の無念を晴らしてやりたいという気持ちの方があるんだろうが」

     生徒会長シンボリルドルフは、全ての生徒を把握しているという。今回の件も、まさに友人が死んだように悲しんでいることだろう。

    「その場合……最も恐ろしいのは、彼女の怨みが特定個人に向けられることです」
    「ああ、件の元トレーナーは他の人より危険な立ち位置に居るだろうね」

     もし、自殺したウマ娘が怨霊に変じていたら。
     話している内容はただの憶測だ。或いは憶測にすら及ばない、ただの下世話なパルプ・フィクションに過ぎない。それを大真面目に語る二人の姿は、よく知らぬ人からすれば滑稽にも映るだろう。

    「そういうわけで、すまないけど一旦練習スケジュールは白紙に戻そう。どうせ、この状況では練習もできないしね」
    「分かりました……トレーナーさんはこれからどうしますか?」

     ドーナツを食べ終わり、彼はハンカチで手を拭う。量はそれなりにあった筈なのだが、甘味はすっかり姿を消していた。

    「先ずはその元トレーナーに会いに行ってみるさ」
    「御一緒します」

     カフェも空になったカップを手際良く片付け始める。サーバーには十分な量のコーヒーが入っていたが、これも空になっていた。

    「一応言っておくけれど、カフェが無理して手伝う必要は無いからね」
    「分かっています。手伝いたくて手伝っているので」
    「そっか。じゃあ、頼りにしているよ」

     そう言って、彼は枯木のような体を立ち上がらせた。

  • 4二次元好きの匿名さん21/11/01(月) 23:46:48

    私怨

  • 5二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 00:04:09

     トレーナー棟の一室をノックする。確かめる声もなく、扉はすぐに開いた。

    「誰だ、あんたらは」

     出てきたのは不健康そうな男性だった。三十路手前といったところだろうか、枯枝のようなカフェのトレーナー程では無いにしろ、見ていて心配になるやつれ方をしていた。悪鬼のような目がギロリと枯枝を睨みつける。しかし、彼は気にせずに口を開いた。

    「シンボリルドルフ生徒会長からの頼みで、今回亡くなった彼女についての背景調査を行なっています。お話、聞かせてもらってもよろしいでしょうか」

     チッ、と舌打ちをした。ツバを吐きかけてきてもおかしくないような機嫌の悪さだった。

    「警察にも散々質問攻めにされて、今度は生徒会長か。どうせなら会長サマに直々にお目通り願いたかったもんだな」
    「会長への報告書にはそう記しておきましょう」
    「減らず口を抜かしやがる……入れよ、立ったままじゃ足が腐りそうだ」

     往来で騒ぐのは醜聞が悪いという気持ちもあるのだろう、男はあっさりと彼とカフェを通す。どっしりと椅子をもたれかかり、煙草に火を付けた。トレセン学園での喫煙はウマ娘への影響を鑑みて基本的に禁止されている筈だが、このような状況では煙草でも吸わないとやっていられないのだろう。枯枝は眉一つ動かさず、カフェも静かに目を伏せるだけだった。

    「椅子は一つしかねえぞ」
    「どうぞトレーナーさん。座っていた方がメモは取りやすいでしょう」

     カフェにも促され、彼もまた席に着く。

    「それでは、彼女についてお伺いしましょう」

  • 6二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 00:21:38

     男と彼女の出会いは、なんてことはない、ただの模擬レースだった。彼女の走りに光る物を感じ、男がスカウトした。トレセン学園では見ない方が有り得ない光景。

     しかし、彼女の走りは段々と切れ味が悪くなっていったのだという。

    「元々、あいつの強みは冷静なレース運びと、ポジション取りの上手さだった。それがいつん時からか、焦ったようなレースになった。それに引っ張られてポジションも悪くなった」

     どうにか修正しようとしたが、どんなトレーニングも効果が無かった。展開とポジションは、トレーナーのによるフォームの指導一つでどうにかなるようなものではない。センスとも言い換えられる、本人の経験が求められる分野だ。

    「そん時からヒステリックも多くなってな。トレーニングで喧嘩しねえことは無かったよ。それでもまだ、ギリギリで保っちゃいたんだ」

     それが決定的に崩れたのは、メイクデビュー戦の大敗だった。
     スタートで大きく出遅れ、一時は最後尾ながら集団に追い付くも、最後はスタミナが足らず四バ身離れての最下位。険悪ながら、レース勝利の為に続いていた関係は、レースの敗北と同時に幕を閉じた。

    「売り言葉に買い言葉って奴だ。お互いもう退けなくなってた」

     そして、互いに絶縁状を叩きつけた。その時は清々しただろう。今までの苛立たしい関係性からようやく抜け出したのだから。

     しかし、幽鬼のような男の目にできたクマは、彼女の手を離したことを、自分を殺したい程に悔いていると物語っていた。

  • 7二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 00:54:57

    「カフェ、どうだった?」

     元トレーナーからの聴取を終え、自分達のトレーナー室へと戻る途中、彼はトーンの変わらない声で問い掛ける。

    「確かに……あの人に憑いている子は居ました。ずっと後ろで……彼の背に乗って……」
    「その様子だと、今すぐに害があるわけでは無さそうだね」
    「それどころか……あの人を守ろうとしていたようにも見えます」
    「守ろうとしていた?」
    「はい……大事なモノを宝箱にしまい込むように……他の誰かの目につかないように……」

     意外な答えに彼は首を傾げた。ヒステリックになり、喧嘩別れした相手を怨むことはあっても守ろうとは思わないだろう。そもそも、一体何から守るというのだろうか。

     引っ掛かりが、彼の中である仮説を組み立てる。それは、怪異が新しく生まれることよりも、さらに最悪の想定であった。

    「まさか、彼女は何かに襲われていて、なおかつその何かは今度はあのトレーナーを狙っているってことかな?」
    「その可能性は……正直高いと思います」

     そうなると話は面倒になる。彼は困ったように頭を掻き、そして立ち止まった。否、先に立ち止まったのはカフェだった。

    「トレーナーさん……気が付いていますか」
    「まあ……ね。気が付きたくはなかったけど」

     もう結構な時間歩いたというのに、自分達の部屋は見えてこない。夕焼けはいつの間にか終わり、怪異の時間がやってくる。
     自分達が異様な空間に閉じ込められた、と理解するのにそう時間は掛からなかった。

  • 8二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 01:11:17

    「トレーナーさん、手を離さないでくださいね……」

     カフェがぎゅっと彼の手を握る。細い手、これ程心強い手は無い。カフェがここに居る限りは、直接的に襲い掛かってくることはないだろう。

    「俺はこの学園で何度おばけに命を狙われるんだろうね」

     時には知らぬ間に電車に乗せられ、時には知り合いの声を使っておびき出そうとする。自分ばかり被害に遭うのは何故だと嘆きたくもなる。
     カフェは"お友だち"に導かれ、フランスへと連れられそうになったこと以外は怪異に襲われることはなかった。彼女は怪異達の良き理解者であり、彼女は(そして彼女の"お友だち"も)怪異に対して上位の存在であるようだった。

    「話を聞いている限りでは……トレーナーさんは……この学園以前から狙われているような気がします」
    「……カフェに出会うまで生きて来られたのは偶然だなぁ」

     何かに足首を掴まれた。引きずらんとするその力を、カフェを支えに耐え忍ぶ。振り向くことはしない。振り向けば、連れて行かれると分かっているからだ。

    「ワタシヲ……ミテ……」

     ノイズがかった声が耳朶を打つ。脳みそがシェイクされるような不快感がじっとりと滲む汗と共に精神を摩耗させた。

    「ナンデ……ワタシジャナイノ」

     肩を掴まれる。胴体を、頭を、獲物を口に運ぶ食指のように、彼の細い体を引きずり込もうとする。

    「ワタシヲエラバナイノナラ……シンデシマエ!」

  • 9二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 01:22:53

     ドン、と大きな衝撃が彼を襲った。カフェと繋いでいた手も離れ、地面に倒れ付す。しかし、引きずり込もうとしていた数多の手は弾かれるように廊下の奥へと消えていく。気が付けば、二人のトレーナー室は目の前にあった。

    「いててててて……」

     腰をさすりながら立ち上がる。幸いにも怪我はしていないようだ。掴まれた部分も違和感こそ残っているが、痕は残らないだろう。

    「大丈夫……ですか?」

     カフェが駆け寄る。その表情は分かりやすく狼狽していた。あと少しでトレーナーを失っていたかもしれないという事実が、彼女の白い肌を一層青白くする。

    「なんとかね。カフェの"お友だち"に助けてもらったよ」

     間違いなくあのままでは帰れなくなっていた。姿の見えぬ"お友だち"に感謝しながらトレーナー室のドアを開ける。

    「しかし……襲われるのが速かったなあ」
    「トレーナーさんは……好かれる体質なので。あの人を狙っていた怪異が、対象を変えたのだと思います」
    「なるほどね」

     座り慣れた椅子に腰掛け、メモを開きながら彼は自分の額を叩く。

    「とはいえ、あれを放置するのはちょっと駄目だな」

     彼が逃げ延びたことで、他の犠牲者を求めてさまよい始めるだろう。見て見ぬふりをすれば第二の犠牲者が出るのは時間の問題だった。
     どうにかして、無力化しなければならない。それは関わってしまったトレーナーとしての責任だ。

    「死んだ子の無念を晴らすという意味でも……カフェ、手伝ってくれるかい?」
    「もちろん……です」

     自分のトレーナーが狙われたからか、カフェは彼の問いに、普段よりも強く頷いた。

  • 10二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 01:24:55

    今日はここまで。続きは落ちていなかったら明日また書きます。
    既に想定していた文字数よりも大きくなりそうでpixiv辺りに上げればよかったと

  • 11二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 02:30:53

    楽しみにしてるよ

  • 12二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 02:49:17

    良かった、明日が楽しみ

  • 13二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 07:29:40

    いいぞぉ!

  • 14二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 10:10:05

    これはいいものだ…保守するぜ

  • 15二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 11:57:00

    良いじゃない!

  • 16二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 17:27:35

    保守

  • 17二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 17:31:31

    「色々気になることがあるなあ」

     夜の帳が落ちた頃、トレーナー室で砂糖菓子を齧りながら彼は悩ましそうにボールペンの頭をカチカチと叩いた。

    「眠気覚ましのコーヒーを……どうぞ」
    「ありがとう」

     カフェが淹れてくれたコーヒーに砂糖を流し込む。一度お開きにしてまた明日、と考えていたのだが、彼を一人にするのは危ないとカフェは言って聞かなかった。それならば眠るまでと情報をまとめることにしたのだ。

    「自殺したウマ娘は不自然に調子を落とし、ヒステリックになっていた。トレーナーとの関係が悪化していたのはそのせいだ。逆に言えば、トレーナーとの関係が悪かったから気が狂ったわけではない」
    「原因はあの怪異にあると考えて……間違いないと思います」

     彼を連れ去ろうとした無数の手が、同じようにウマ娘の命を絡めとったのだろう。怪異による死は、意外にも不審死ではなく自殺という形で表出しやすいとカフェは言う。

    「私を選べ、選ばないなら……うーん、言葉だけなら良いトレーナーが見つからなかったウマ娘の怨念なんだけど」
    「何か……引っ掛かることでも」
    「いやね、対象もタイミングもおかしくないか、って話なんだよね」

     トレセン学園は、けして全てに手を差し伸べる楽園ではない。入学するには狭き門をくぐり抜けねばならず、そうして入っても殆どは一年でやめていく。千載一遇の才能と運、そして出会いを引き寄せたウマ娘だけがトゥインクルシリーズやドリームトロフィーで結果を出す事ができる。
     もし、幸運に恵まれなかったウマ娘達の無念が怪異として形を為すのなら、もっと以前から──それこそカフェが存在を知っている程昔から──現れていなかったことが不自然だ。

  • 18二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 18:06:14

    「別に、彼女の死の直前にトレセンで大きな出来事があった訳でもない。昼にさっくりと調べた限りでは、似たような事件もトレセンでは起きたことがない。だからこれだけ今大事になっているんだけれど」

     コーヒーを啜る。ある意味では、トレセン学園最大のスキャンダルと言っても良いだろう。ほぼ全寮制のようなエリート校から自殺者だ。火消しにどれだけの労力が掛かるか。

     カフェも向かいの席に座る。彼と違い、夜食には手を出さない。

    「では、問題の本質は別にあると」
    「だって、大雑把な怨みなら他にもっと取り憑くべき相手が居るだろう?」

     人が妬む相手は成功してる人だ。ウマ娘もきっと例外ではない。G1レースを取り、トレーナーにも恵まれている、そんな順風満帆なウマ娘こそ、そういった呪いの対象になる筈だ。

    「しかし、狙われたのはメイクデビューも果たしていない彼女だった……つまりは、彼女自身に怨みのある呪いですか?」
    「それもどうだろう」

     空になった彼のコーヒーカップに、カフェがお代わりを注ぐ。何も言わずとも呼吸だけでお互い分かっていた。

    「それなら彼女が死んだ後、まだ残っていることに違和感がある。既に本来の怨念を忘れてしまっている可能性もあるけれど」
    「無作為でもなく……彼女を狙ったわけでもない……そうすると残されたのは」

     彼が言わんとする言葉を理解したカフェは言葉を詰まらせた。

     トレーナーだ。

  • 19二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 18:06:48

    ムッッッッッッ!!!

  • 20二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 19:01:32

     翌日、彼はある人物の元を訪ねていた。

    「本来は個人情報なんですから、理事長とルドルフさんの許可がなければ見せられないんですからね」
    「ありがとうございます、たづなさん」

     駿川たづな。理事長秘書を務める彼女は、おそらく最もトレセン学園の歴史に詳しい一人だろう。そして、トレセン学園の機密を最も多く管理している一人でもある。

    「こちらのトレーナーさんが担当したウマ娘の資料ですね。亡くなった彼女を含めて四人分になります」

     渡された資料にその場で目を通していく。一人目は、クラシック終わり頃に足を折って引退。二人目は勝ち鞍にこそ恵まれなかったものの、重賞入着の経験もあり、間違いなく成功した側のウマ娘だ。三人目は未勝利戦に一度も勝てないまま引退した。

     安直に考えるなら、一人目か三人目の担当が何かしら関わっている可能性がある。だが、どうにも引っ掛かった。

    「そういえば、今日はマンハッタンカフェさんとは一緒ではないんですね」

     ぐるぐると霧中に迷い込みそうな思考を引き戻したのは、たづなの素朴な疑問だった。

    「お邪魔してしまったのならすみません。いつも御一緒しているイメージが強いので」
    「カフェには今、別の用事があるそうで。それと、資料ありがとうございました」

     数分で読み終えた資料を丁寧に返す。

    「えっ、もう良いんですか?」
    「ええまあ、大体は覚えたので」

     驚く彼女に、彼は少しだけ自慢げに笑ってみせた。

  • 21二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 19:03:47

    どうなるんやぁ?

  • 22二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 19:48:33

    「カフェさんじゃないですか! どうしたんですか突然、もしかしてラッキーカラーの黒とはカフェさんのことでしたか!」
    「お久しぶりです……フクキタルさん……」

     カフェが訪ねていたのは、彼女の先輩にあたるマチカネフクキタルだった。

    「少し……御相談したいことがありまして」
    「なるほど! このフクキタルにお任せすればハッピーカムカム、カフェさんのお悩みも万事バッチリ解消することでしょう!
    さあどうぞ! お話しあれ!」
    「ええ……」

     ハイテンションなフクキタルに押され気味になる。比較的低いテンションのカフェは、フクキタルに振り回されることの方が多い。それでも今回自分から訪ねたのは、最悪の事態にならないよう、保険を掛けておく必要があったからだ。

    「フクキタルさんから見た……この学園のパワースポットを教えてもらいたくて」
    「パワースポットですかぁ? なるほど、シラオキ様の霊験あらたかな場所をお教えしましょう! トレーナーさん、学園マップ持ってますかー!」
    「うるっさいぞフク! マップならそこの引き出しにパンフレットあるからそれ使え」

     フクキタルは取り出したマップに迷いなく赤マルをつけていく。マンハッタンカフェが"霊"に関わる異端だとしたら、マチカネフクキタルは"神"に関わる異端だ。彼女が見つけたパワースポットは、けして眉唾ではないことをカフェは知っている。

    「それにしても、一体何に使うのです?」
    「少し……神頼みが必要かもしれないと思いまして」

     フクキタルの疑問に、カフェは少し悩んでからそう答えた。

  • 23二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 20:05:02

     カフェと彼がトレーナー室で合流したのは、日も落ちかけという頃だった。お互いの仕事が一日で終わったのは幸運だ。恐怖に怯える夜が一度で済むのだから。

    「俺とあっち、どっちに出るかなあ」
    「ほぼ……間違いなく……こちらだと思います。あちらは……彼女が守っていますから……」
    「やっぱりそうだよねえ」

     ひゅう……と冷たい風が体を震わせた。室内なのに、冬夜の外に居るような寒さだった。点けていた蛍光灯がチカチカと点滅し始める。終いには部屋全体が獣のように唸り声をあげた。

    「来たね」
    「……来ましたね」

     カフェがランプに火をつける。トレーナー室を訪れた人によくランプを使う理由を聞かれるが、この時の為に準備しているようなものだった。

     彼の首元に手が掛かる。前回は足首からだったのに、今回はスタートからかかってしまっているらしい。同じように、彼の全身に手が伸びる。しかし彼は恐れはしない。

    「────」

     彼が口にした名前に、怪異の手は怯んだ。その隙にカフェが彼を掴む手を叩き落とす。

    「ナンデ……ドウシテ……」
    「まあ……調べるのには苦労したよ。君が事故でなくなったのは、トレセンを離れてしばらくしてからだったそうだから。当然今回のようなスキャンダルにもならないしね……っ」

     再び怪異が彼を掴んだ。首筋が軋む。名を明かされた怪異は大きく力を失うが、それでも彼の細い首をへし折るだけの力は残っていた。

  • 24二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 20:07:37

    「させません……」

     リーン、リーン、リーン──

     鈴が鳴る。カフェが手のひらに収まる小さな鈴を揺らしていた。本来は登山時の熊避けに使う鈴の音が、点滅する部屋の中に響き渡る。

    「ナンダ……?」

     怪異は苦しそうに声を歪ませた。それ自身、何が起こっているのか理解できないようだった。だが、自分の存在が失われようとしていることだけは理解した。

    「鈴の音は……古来より邪を祓うと言われています。この程度の大きさの鈴では……その力は僅かですが」

     陽の気を込めた、とカフェは言う。フクキタルに教えてもらったパワースポットは、陽の気に溢れた地脈だ。そこに赴き、鈴を当てる。鳴らせば霧散してしまう気を、この時の為に溜め込んでおいた。

    「用意しておいて……正解でした」
    「コノ……コムスメ……ガ……!」

     カフェが居る限り、彼をとり殺すことは出来ない。怪異の手が今度はカフェに襲いかかる。

    「やめておいた方が……良いですよ」

     その手はカフェに届くことなく止まり、ぐちゃり、と聞くに耐えない生々しい音を立てて折れ曲がる。次の手も、また、次の手も。幾ら手を伸ばそうとカフェには届かない。

    「私の"お友だち"は……少し乱暴ですから」

     ドン。

     一際大きな衝撃音と共に、その怪異は潰れ去った。気が付けば蛍光灯も正常に戻り、窓の外からはきれいな月が夜を照らしていた。

  • 25二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 20:09:35

    お友だちつっよ

  • 26二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 20:14:53

    「彼女は……結局誰だったんですか?」

     昼過ぎのお茶会。カフェの入れたコーヒーを飲みながら、デザートサンドを頬張る彼にカフェが問う。怪異は消え去った。後は学園が対応を間違えなければ、或るウマ娘の死は個人の心にしか残らなくなるだろう。

    「カフェはどう思う?」
    「あのトレーナーさんの……昔の担当とかでしょうか」
    「俺も最初はそう思ったんだけどね。違ったよ」

     デザートサンドを飲み込む。

    「彼女自身は、トレーナーがつくことのないまま学園を去った一人のウマ娘だ」
    「……? それがどうして……」
    「あのトレーナーさんの担当バには、重賞入着もした優れたウマ娘が居た。そのウマ娘と……彼女はライバルだったらしい。入学して少しの間だけどね」

     最初は同じだけの速さを持っていた。ほんの少しのかけ違えで、自分より前に行き、背中が遠くなり、ついには見えなくなる。一方で自分はその場から一歩も前に進めないまま、燻るしかない。自分と彼女の間で何が違うのか、そんな妬みを抱えたまま、そのウマ娘はトレセン学園を去った。

    「もしかしたら……いつかは癒えた傷だったのかもしれない」

     しかし、そうなる前に彼女は死んだ。交通事故だった。もう生徒でなかった彼女は、学園の誰かに知られることもなく生涯を閉じた。私にトレーナーが居ればこんなことにはならなかった。トレーナーを持ったアイツが憎い。アイツを選んだトレーナーが憎い。

     そうして彼女は、怨霊へと変じた。

    「実際には、前の担当の時から異変は始まっていたそうだ。その子は自分の本格化が終わってしまうんだと勘違いして、手遅れになる前に引退したそうだが」
    「なんだか……報われない話ですね……」
    「そうだね……会長殿に報告するのは気が滅入るよ」

     全てのウマ娘の為に。そう掲げるシンボリルドルフにとっては、今回の真相は嘆かわしいものだろう。

  • 27二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 20:15:39

    「そういえば……あのトレーナーさん、やめてしまうそうですね……」

     カフェが彼用のシュガースティックに手を伸ばす。普段は入れないが、こんな日には甘い物が飲みたかった。

     自殺したウマ娘の元トレーナーには、今回の顛末については話してある。しかし、霊感の無い彼は当然聞く耳を持ってはくれなかった。いや、もしかしたら信じてはくれたのかもしれない。それに気付くことができなかった自分に、嫌気がさしたのかもしれない。

    「あの様子じゃ、トレセンに残った方が誰にとっても良くない結果になるだろうからね……」

     彼もシュガースティックをいつもより一つ多く入れた。

     人が一人居なくなれば、関わった多くの人間の運命をも狂わせる。そこに、その人がどれ程の存在であるかは、全く関係が無いのだ。

    「トレーナーさんは……居なくなりませんよね」

     カフェがか細い声で聞いた。

    「大丈夫、居なくならないよ」

     根拠は無いが、彼は安心させるように答えた。




    『或るウマ娘の死』完

  • 28二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 20:16:23

    これにておしまいです!!!!なげぇ!!掲示板に書く量じゃねえ!!

  • 29二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 20:17:03

    よかったぞ!!!!

  • 30二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 20:18:54

    https://bbs.animanch.com/board/135298/?res=16


    普段はもっと短めのこんなSS書いてます。良かったらどうぞ

  • 31二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 21:05:50

    感想とかここどういうことなん???みたいな部分あったら教えてくださるとありがたいです

  • 32二次元好きの匿名さん21/11/02(火) 22:00:56

    読み応えあったけど、長さを感じさせないというか、もっともっと読みたくなるいいものでした!このトレカフェペアで怪異解決のシリーズものとか見てみたい……

  • 33二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 00:27:14

    よかった、とてもよかった
    こういうのもっとちょうだい!!

  • 34二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 01:03:52

    良い⋯しゅき⋯!!

  • 35二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 09:08:29

    朝上げ

  • 36二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 09:31:33

    うるっさいぞフク!が好き

  • 37煙と成りて消えゆく21/11/03(水) 19:28:09

    「カフェ、温泉旅館に興味はないか?」

     彼が突然言った言葉に、カフェはコーヒー豆を挽く手を止める。

    「どうしたんですか、急に」
    「知り合いに旅館経営してる人が居るんだけど、その人からメールが来てね。旅費は出すから遊びに来ないかと」
    「……それだけですか?」

     彼は肩をすくめた。つまり、それ以外の意味があるということだ。カフェは深く溜め息を吐く。

    「私達、競技者よりも霊能者として扱われている気がします」
    「本気で信用されているわけではないと思うけどね」
    「でしょうね……その旅館には、何があったんですか?」

     カフェの言葉に、彼は開いたノートパソコンを向ける。ネットニュースの見出しには『旅館の闇か、宿泊客の集団失踪』と書かれていた。
     URAファイナルの活躍で、マンハッタンカフェの名は全国に知れ渡っている。その影響で、彼女に霊感があるという事実も広まっていた。カフェが宿泊し、安全を保証する。旅館についたマイナスイメージはそれだけでもかなり払拭されるだろう。

    「もちろん、何かが居た場合はゆっくり休めないかもしれないが、取り越し苦労ならただで温泉旅行だ。」
    「そう……ですね。その記事、ちゃんと読んでみてもいいですか?」

     どうぞ、と受け渡されたノートパソコンを受け取る。失踪者は、とある企業の会社員同士。休みを合わせて五人で旅館に宿泊したらしい。そして、深夜の間に全員が姿を消した。その場から煙のように消えてしまったとは旅館従業員の証言らしい。

    「何か、嫌な予感がします」
    「カフェが言うなら本当に危ないだろうね、断っておくかい?」
    「いえ……うかがいましょう」

     虫の知らせというのだろうか。行かなければならない、そんな気がした。

    「分かった。じゃあそう返事しておくよ」

  • 38二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 19:30:07

    例によって書き終わってない見切り発車なのですが、怪奇系で2作目挑戦してみます。スレ分けるか考えましたがこちらで進行しようと思います

  • 39二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 19:34:37

    良いね良いね
    愉しみにしてます

  • 40二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 19:38:23

    やった、続編だー!楽しみです!

  • 41二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 20:51:30

     旅館は日本アルプス沿いの一角にあった。トレセン学園から電車で宿の最寄りまで行き、そこからは直通の送迎バスが出ているという。

    「良い……景色ですね」
    「この駅からでも自然たっぷりなのが分かるなあ。虫除けスプレーを持ってきたのは大正解だったね」

     ノズルを伸ばして全身にスプレーを吹き付ける。カフェに渡すと、カフェも同じように虫除けをさした。

    「バスはロータリーの五番から出るそうだ。えっと……こっちだな」

     案内板でバス停の場所を確認すると歩き出す。流石は観光地というべきか、平日の昼間でも人の往来は多い。はぐれないように手を繋ぎながら歩いていくと、五番表示の前に見覚えのあるウマ娘の姿が見えた。

    「……マックイーン、さん?」

     カフェの呟きに、紫がかった芦毛のウマ娘は大袈裟な程肩を震わせた。

    「い、いえ何のことでしょう。私はただのウマ娘ですわ」
    「いえ……マックイーンさんですよね?」
    「違いますわ! 違いますわ!」
    「マックイーン、どうしたの……ってマンハッタンカフェさんとそのトレーナーさんですか。こんなところで出会うとは奇遇ですね」

     なおもしらを切るメジロのウマ娘は、自身が一心同体と謳うトレーナーの言葉によって退路を塞がれた。

  • 42二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:17:14

    「へえ、旅館のご主人とお知り合いなんですね」
    「ええ、なので気分転換にと誘われまして」

     旅館へと向かう送迎バスの中でカフェとマックイーン、そしてトレーナー達は席を向かい合わせて歓談している。やはり失踪事件の悪評が祟っているのか、車内に他の客は居ない。

    「私は商店街の福引で温泉旅行券が当たりまして。しばらく出走の予定もないですし、マックイーンに羽を伸ばしてもらおうと」
    「行き先が被るなんて凄い偶然ですわ」

     最初はお忍びの旅行が見つかったのかと焦っていたマックイーンも、相手がカフェと知るや落ち着いた様子で銘菓の饅頭を頬張っている。

     カフェが彼に目配せする。この二人は、これから向かう旅館で起きた事件については知らないようだった。カフェの感じた嫌な予感とはこの事だったのかと彼は唇を噛む。もしかすれば、メジロ家の令嬢が行方不明という最悪のシナリオも有り得るということだ。

    「余裕があれば……温泉だけではなく、山も登りたいものです」

     アイコンタクトだけで、二人には一旦事情を隠しておこうと了解する。何かが起こる前に伝えてしまうと余計なパニックになりかねない。

     どうか、何事もなく終わりますように。

     カフェが窓の外に見える山々に呟く。バスの行き先には、小さく旅館が見え始めていた。

  • 43二次元好きの匿名さん21/11/03(水) 21:43:54

    「本日はようこそいらっしゃいました。当館自慢の露天風呂と山菜料理を心ゆくまでご堪能ください」

     旅館の主人が恭しく礼をする。国民的スポーツであるトゥインクルシリーズの名バ二人をもてなせるとあれば、気合も入るものだ。

    「出来れば……部屋を近くに取ってもらいたいのですが」
    「少々お待ちくださいませ。空き部屋を確認させますので」

     カフェの要望に主人は手際良く指示を飛ばす。しばらくしてやってきた従業員が、二階ならば二部屋並べて御用意できると告げた。

    「マックイーンさん達も、よろしいですか」
    「ええ、構いませんわ」

     マックイーン達にとっては部屋の位置はそれ程大きな問題にはならないのだろう、二つ返事で了承する。

    「では御案内致します」

     女性の従業員が彼らを部屋へと案内する。ついていくカフェ達を見ながら、彼は一歩だけ歩き出しを遅くした。その横に主人が並ぶ。

    「来てくれて本当にありがとう。悪い噂が立つと困るからな」
    「こちらも温泉が楽しめるわけだし、ウィンウィンだよ。ただ……」

     部屋を近付けるよう求めたカフェの表情を思い出し、彼は顔を引き締める。ただ楽しむ為に部屋を移した訳ではない。そうする必要があったのだ。

    「いや、なんでもないよ」

     経営者に言う言葉ではないと、彼は口をつぐんだ。

  • 44二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 01:50:44

    「荷解きは終わった?」
    「はい……これから、どうしますか?」
    「何かが起こるまでは、こっちからは動けないし。素直に旅行を楽しもうか」

     その時、ノックの音がした。カフェが彼を制してドアへと向かう。

    「カフェさん。せっかくですし温泉、一緒に入りませんか?」

     そこに居たのはマックイーンとそのトレーナーだった。既に浴衣とタオルを抱えている。カフェは困ったように彼を見た。それは彼を一人にしてしまう不安と、マックイーン達を巻き込んでしまうかもしれないという不安だった。彼は笑って答える。

    「行っておいで。俺は気にしなくて良いから」

     何かあったときはマックイーン達を守ってほしい。彼は言外にそう告げていた。それが分からない程カフェは愚かではない。

    「分かりました。準備をするので少し……待ってくださいね」
    「ええ、分かりましたわ」

     ドアを閉める。これでカフェと彼の会話はマックイーン達には届かない。カフェは自身の荷物から一つの小袋を取り出した。

    「トレーナーさん、これはお守りです……肌見放さず持っていてください」
    「分かった。俺は少し考え事をまとめてるよ」
    「はい、お気を付けて」

     彼は、カフェから貰った小袋をポケットにしまい込んだ。

  • 45二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 08:54:47

    「本当に良いお風呂ね」

     マックイーンのトレーナーがそう感嘆するのも無理は無かった。広い岩造りの露天風呂は、テレビや雑誌で見るような有名どころにも引けを取らない素晴らしいものだ。

    「早く入りましょう、貸切状態なんて今だけですわ」

     マックイーンはそわそわしながら洗い場へと向かう。その先に人の姿は見当たらない。浴槽も無人だ。

    「シーズン外れとはいえ、滅多に無いものね」
    「ええ、とても、気持ちが良さそうです」

     三人それぞれ体を洗い、湯船に浸かる。ちゃぷん、と波紋が立つ。美女三人が、温泉で羽を伸ばしている姿は絵になった。

    「はぁー極楽極楽。ここの温泉はお肌に良いらしいね」
    「はい、体の芯から温まって……炉心に薪をくべるよう」
    「気持ちが良すぎて、うっかりすると眠ってしまいそうですわ」
    「あら、駄目よマックイーン。お風呂で眠ったら溺れてしまうわ」
    「分かりましたから、抱え上げるのはやめてくださいまし」
    「お二人は、仲がよろしいんですね」

     姉妹のようなやり取りにカフェもつられて笑う。それでも、心の隅には一人にしてしまった彼への心配が離れなかった。

  • 46二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 15:10:35

    「おかしい」

     一人になった部屋で彼は呟いた。五人もの人間が行方不明になった場所だ。それ程時間も経っていないというのに、従業員からは不安も恐怖も感じ取ることが出来なかった。主人も、早く悪評が去ってくれれば良いという風だ。

     そもそも、事件が噂レベルにしか広まっていないのはどういうことだ。

    「あんま、知り合いを疑いたくはないんだけど」

     思考を回すために角砂糖を齧る。ガリ、ジャリと小気味良い音が鳴る。
     カフェの反応からするに、怪異の仕業であることは間違いないだろう。しかし、旅館の人間が無関係であるとも考えにくかった。

     主人に詳しく話を聞く必要がある。そう判断した彼は、最低限の荷物を手提げバッグに詰め込む。そして、カフェからのお守りを改めて落とさない場所にしまい込むと、部屋のドアを開けた。

    「……おいおい、まだおばけの時間には早いと思うんだけどなあ」

     ぴちゃり、と垂れる雫の音が答える。ドアの先は旅館の廊下ではなく、ジメジメした洞窟のような、異界に変わっていた。

  • 47二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 16:33:52

     スマートフォンを取り出すが、予想通り圏外を示す。ここがこの世ならざる世界なのは明らかだった。

    「甘い物、飲み物はある……腹持ちが良いのも持ってくるべきだったかなあ」

     角砂糖とペットボトルの紅茶。スマートフォン、ボールペンとメモ帳。財布と虫除けスプレー、ハンカチ。バッグの中に入っていたのはそれくらいだ。もしかしたらと予想していなかった訳ではないが、明らかに準備が足りない。

    「……ないものねだりしても仕方が無いし、カフェを待たせる訳にもいかないか」

     メモ帳を開き、地図を作りながら歩き出す。怪異が作り出した世界だ。地図など役に立たない可能性もある。しかし、それならそうと確定させる必要があった。
     カフェは隣に居ないが、恐れる様子はない。おかしな体験にはもう慣れた。怯えて竦む方が、怪異に対しては悪手になることを彼は知っている。遭難と違い、止まったところで助けが来ることもない。

    「カフェのお守りがあるとはいえ、ヤバいのには出くわしたくないな」

     彼は非力な人間だ。襲われれば対抗するすべはない。それでも辺りを調べるのは、行方不明になった五人の痕跡がないか調べる為だ。

     もし生き残りが居れば、一気に情報が手に入る。彼はこの状況でも冷静さを失ってはいなかった。

  • 48二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 16:37:41

    >>47

    トレーナー強すぎる…

  • 49二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 18:02:57

    「トレーナーさん?」

     部屋のドアが開いたままになっていることに
    気付いたのは、温泉から上がったことを報告しようとした時だった。

    「あれ、鍵を閉め忘れたまま出かけてしまうなんて不用心ですね」
    「ええ、私達しか居ないから良いものの、泥棒に入られてしまいますわ」

     マックイーンとトレーナーの二人は、彼がうっかり忘れてしまったと思っているようだ。しかし、カフェは彼が怪異に巻き込まれたことをすぐに理解した。それは、角砂糖が入り口に一つ落ちていたからだ。カフェだけに伝わるSOSのメッセージ。

    「マックイーンさんと、そのトレーナーさん」

     この状況では、隠す方が彼女達を危険に晒すことだろう。そう判断したカフェは深刻な声色で告げる。

    「この宿には、良くないモノが居ます。私からけして……離れないでください」
    「良くないもの……ですか?」

     マックイーンは困惑気味に返す。カフェが冗談でこんなことを言う性格ではないことを知っているが、信じろと言われても難しい話だ。だが──

     ぴちゃり……ぴちゃり……

     カフェの言葉を裏付けるように、不気味な水音が響いた。

  • 50二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 19:29:37

     "それ"は亡者の群れのようだった。無数の脚が濡れた地面を叩く。コツン、コツン、と一つ一つは小さな足音が、重なり合って不協和音を奏でた。節の擦れる音が神経をすり減らす。あえて"それ"を形容するならば、巨大な百足だった。人間の何倍もの身の丈を持っていた。

     彼は息を止める。心臓の音さえも消してしまいたかった。カフェが目指した走りのように、影になろうとした。あの百足に捕捉されれば、彼の体は逃げる隙もなく八つに分かれるだろう。

     コツン、コツン。

     足音が大きくなる。こちらに近付いてきている。

     コツン──

     足音が止まる。叫びだしたい気持ちを必死に抑える。彼の身体能力ではどうにもならない、気付かれないことを祈るしかない。胃液が逆流した食道を焼いていた。幸運にも、その痛みが辛うじて彼の正気を残していた。

     コツン、コツン。

     足音が遠くなっていく。耳障りな音が聞こえなくなって、彼はようやく息を吐いた。

    「あんなのが居るのは聞いてない。ホラー映画じゃないんだから」

     震える足がちゃんと動くか確認する。小鹿のようだと自嘲した。カフェとの経験で慣れてきたと自負していたが、どうやら思い上がりだったらしい。それでも、足を止めることはしない。

    「カフェがあんなのに襲われちゃ困るからな」

     勇気を振り絞るように、お守りを握りしめた。

  • 51二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 20:51:46

     ぴちゃり……ぴちゃり……

     濡れた足音が近付いてくる。カフェは二人の手をとって部屋に飛び込むと、すぐに鍵を閉めた。

     ドン、ドンドンッ!

     何かがドアを強く叩く。それはこの世の物とは思えぬうめき声をあげながらドアを突破ろうとする。

    「な、なんなんですの……?」

     マックイーンが怯えた声で言った。カフェのように怪異に慣れ親しんでいない者の正常な反応。彼女のトレーナーも声には出さないが、その表情は蒼白になっている。

     カフェも二人の様子は分かっていたが、宥められる程の余裕は無かった。動き出した怪異、姿を消した彼女のトレーナー、感情を落ち着かせるのが精一杯だ。

    「タスケ……テ……」
    「助けてほしいのはこちらですわー!?」

     最もな叫びを上げるメジロ令嬢。その横で、彼女のトレーナーはおぞましい声に違和感を覚えていた。

    「助ける、って……何から?」

  • 52二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 20:56:38

    トレーナーがホラゲの主人公並みに強い!!!!!!

  • 53二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 21:54:30

    「カフェさん」

     彼女の声にカフェも気付く。ドアを叩くそれらの声はとても苦しそうで、悲しみに満ちている。そこに人を騙す意図が無いとカフェには確信できた。だからと言ってこのドアを開けられない。悪意が無くとも、怪異に変じれば人に害をなす。

    「あなた達は……何から逃げているんですか」

     カフェが選んだのはドア越しの対話。この怪異がどういう理由で生まれたのか。それが分かれば、彼の置かれている状況への手掛かりにもなり得る。

    「大丈夫、落ち着いてください。あなた達を追い掛けるものは今は居ません」
    「ウソダ、ウソダ」
    「何が見えますか、私には見えません」
    「ミエル、ミエル、オオキナムシガ」
    「虫なんて……見えませんよ。どんな虫ですか」
    「アシタクサン、オオキナムシ」
    「足がたくさんある」
    「タクサン、タクサン、タスケテ」

     まともな知性も残っていない怪異に対してカフェは粘り強く問い掛ける。断片的だが、状況は少しずつ掴めてきた。

    「大丈夫、そんな虫はここには居ません。安心してください……あなた達は、助かったんです」
    「タス……カッタ……? ホント……?」
    「はい。だから今は安心してお休みください」
    「ソウ、カ……」

     痛々しい水音は、やがて消えた。

  • 54二次元好きの匿名さん21/11/04(木) 21:55:36

    トレーナーは本当に連れていかれやすいな

  • 55二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 01:27:42

     どれ程歩いただろうか。洞窟の景色は変わることはなく、つけていた地図も役には立たない。大百足にはあれから二回遭遇した。知覚は鈍いのか、そもそも実は人に害はないのか分からないが、なんとか隠れてしのいでいる。
     常人ならとうに心が折れそうな状況の中、彼は考え続ける。考え続けていればいつかは光明が見えるだろうと、希望的観測を持ち続ける。

    「おそらくだが、旅館の人間はここを知っている。だけど、俺がここに迷い込んだのは予想外だった筈」

     何が行方不明の人々を消したのか、分かっているならば恐れることはない。旅館の人間にとっては、触れなければ無害なものだ。そう考えると、楽観的とさえ言える従業員の態度に説明がつく。

     そして、従業員が触れずに済むと考えるのはきっと、ここに迷い込むには何かの手順か素養が必要だからだ。

    「素養の話なら、万が一を考える人も居るだろう」

     それならば、もう一つの可能性。特定の手順を踏むことで、この場所に来られるというものだ。彼はそんなものを教えられた心当たりはない。そもそも、悪評を払拭する為に連れてきた人間を消してどうするというのか。

    「……生き残ってる人、居ないかなあ」

     脱出する手段が思いつかない訳ではない。だが、それを実行するには情報が足りなかった。

  • 56二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 07:31:44

    「お、おばけはもう居なくなったんですの?」

     震える声でマックイーンが尋ねた。腰を抜かして立ち上がれないようで、トレーナーにか帰られている。

    「今のところは……ですが、まだ解決したわけではありません。私から離れないでください」
    「なんで温泉旅行でこんな目に遭うんですの……ぽかぽかした気分が台無しですわ」
    「まーまー、今度は自腹でどっか連れて行ってあげるから」

     さめざめ泣く担当バを慰めながら、彼女もカフェに向き直る。

    「彼の姿が見えないのは、巻き込まれたから?」
    「その可能性が……高いです」
    「あなたの言う危険っていうのはたぶん、さっきのおばけだけじゃないわよね」
    「おそらくは」

     流石はメジロマックイーンを育て上げたトレーナーだとカフェは感嘆する。超自然的な事態においても即座に現状を飲み込んで分析している。それは隣のマックイーンがオーバーな程に怖がっているの見て冷静になったというのもあるのだろうが、話が早いのはありがたいことだった。

    「あの子達は被害者。あの子達を作り出した元凶が居る筈です」
    「旅館の人に話を通した方が良いかしら。信じてもらえないか」
    「分かりませんが……やめておいた方が良いと思います」
    「どうして?」

     彼女の質問にカフェは答える。それは彼女のトレーナーと同じ結論だった。

    「この旅館の人が首謀者の可能性があります」

  • 57二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 16:21:26

    「疲れた……」

     から元気のように言ってみるが、事態は深刻だった。彼はアスリートではなくトレーナーである。体力なら理事長代理にも匹敵すると言われたでくのぼうは、あてもない模索と怪物に見つかってはならないという危機感に心身すり減っていた。

     カフェから貰ったお守りは今のところ何の効果も現してはいない。怪異に襲われた時の為に作られたもので、異界を彷徨することは想定されていないのだろう。

     角砂糖を口に放り込む。これが最後の一つだった。腹の音が鳴る。間抜けだが、思考の回りが鈍っているのを感じる。

    「逆打ちができれば、一番可能性は高かったんだけど……」

     逆打ち。四国八十八ヶ所参りなどにある、順路を逆に回っていく方法。効果が三倍になるとも、その逆呪いが掛かるとも言われる参り方だ。つまり、この異界に入る動作の逆を行えばこの異界から出られるのではないかと彼は考えていた。事実、彼は似たような方法で難を逃れたことがある。

     しかし今回は手順も何も無く迷い込んでしまった。逆をしようにも、元の手順が分からない。

    「カフェに怒られるから、やりたくなかったけど……」

     博打を打つしか彼には手段が残されていない。彼は諦めたように息を吐くと、メモ帳の白紙を一枚ちぎった。

  • 58二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 18:40:45

    どうなっちまうんや

  • 59二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 23:26:44

    ドキドキ

  • 60二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 02:08:47

    「それじゃあ、どうするの?」

     マックイーンのトレーナーが尋ねる。枯枝の彼はここに居ない、旅館の人間も信用できない。さっきの怪異達はしばらく気にしなくて良いとしても、それらを襲った大きな虫は何処かに居る。

    「私はもう帰りたいですわ……」

     マックイーンは耳をへたらせて呟いた。それが出来ないことは分かっている。カフェが自身のトレーナーを見捨てることなどあり得ないし、カフェから離れた彼女達に安全の保証もない。

    「人を襲うほど大きな虫が居たら、隠しておくことは普通できません」
    「そうね……そんなのが居たらテレビ局が押し掛けるわ」
    「はい……なので、こことは違う位相。異なる大地。影の国に近しいものがあると思います」
    「よく言う異世界って奴ね」
    「なんでトレーナーさんは平然と話についていってるんですの」
    「ついていってるわけじゃないわよ」

     彼女は肩をすくめる。

    「何も分からないからカフェさんに任せているだけ」
    「正直……助かります。誰かと話していると、思考もまとまるので……」

     普段は彼の役目だった。しかし、今は彼を助け出す為に動いている。

    「こちらとあちらを繋ぐ扉、境界を決める楔があるはずです。それを探しましょう」

     カフェがそう言った瞬間、鼓膜が破れそうなほどの轟音が彼女達を襲った。

  • 61二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 11:21:21

    ほう

  • 62二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 16:45:52

    「今度は何なんですの!?」
    「……っトレーナーさん!」

     真っ先に気付いたのはカフェだった。部屋の隅に倒れている彼を慌てて抱き起こす。彼は異常に衰弱していた。壊れたお守りと彼の頭近くに落ちていた紙から、彼が何をしたのか理解する。

    「異界参り……したんですね」
    「緊急事態だったから……多目に見てくれないかな……」

     重たいまぶたを開けて、カフェの顔が見えることに安堵する。
     六芒星に「飽きた」の文字。手軽に異世界に行けると話題になったお粗末な儀式だ。それでも、怪異に引っ張られやすい彼の体質と組み合わされば、実際に異界を呼び込み得る。カフェに貰ったお守りだけを身を守る頼りにして、彼は博打を打った。

     異界にて異界への扉を作る。異なる二つの世界を衝突させることで、現実へと繋がる綻びを作り出すという彼の試みは成功した。

    「成功したから良かったものの、危険過ぎます」
    「まあ……そうしないといけないくらい追い込まれていたってことで一つ。ただ、申し訳ないこともあって……」

     コツン、コツンと足音が響く。それはまだ遠い世界からの音だったが、確実にこちらに近付いてきていた。

    「ヤバいのも連れてきちゃった」

  • 63二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 17:34:25

    ヤベーッ!

  • 64二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 18:17:56

     最低限の着替えと荷物を持って部屋を出る。足音がどんどんと大きくなり、従業員もパニックに陥って旅館は騒がしい。カフェ達はそんな従業員達を横目に、旅館の主人を探す。主人はすぐに見つかった。あちらからも彼女達を探していたのだろう。

    「おい! これはどうなってるんだ!」

     出会うなり怒号を飛ばす。主人からすればおとなしく遊んで帰ってくれれば良いだけの筈だったのに、こんな騒ぎを起こされるとは思っていなかったのだろう。カフェやマックイーンがその剣幕に圧される中、彼は逆にドスの利いた声で返す。

    「聞きたいのはこっちだ。人殺しの片棒を担がせられるつもりはないぞ。お前達は何を飼っていた」
    「居直るつもりか」
    「話さないなら話さなくても良いんだ。俺達全員まとめてあの大百足の餌になるだけだからな」

     主人が掴みかかる。背が高い彼は足が浮くことはないものの、簡単に釣り上げられた。既に体力の限界を迎え、意識が遠のく。

     掴みあげる主人の手を止めたのはカフェだった。

  • 65二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 20:03:16

    「そこまでに……してください」
    「ガキは黙ってろ!」
    「私が口を閉じても……"彼ら"は閉じませんよ」

     主人は室温が一気に下がったように錯覚した。足元から水音がする。何がまとわりついている。視線を落としたくはなかった。しかし、落としてしまった。そしてタスケテという声を聞いてしまった。

    「う、うわあああああああ! 来るな、来るな!」

     腰を抜かして溺れたかのように手足をバタつかせる。それでもタスケテ、タスケテと怪異達は主人にのしかかる。

    「アイツガクル、タベラレル、イタイ、イヤダ」
    「タスケテ」
    「タスケテ」
    「タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ……」
    「"彼ら"は、あなたに何をされたのでしょう」

     トレーナーを抱え、しゃがみ込んでカフェが問う。

    「言わなければ、あなたも"彼ら"の仲間入りです」
    「こ、こわー……」

     横で見てただけのマックイーンとトレーナーも、思わずそう呟いた。

  • 66二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 20:22:36

    カフェってある意味一番敵に回してはいけないウマ娘なのでは…

  • 67二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 02:54:50

    「つまり、あれはこの山の主だったわけですか」

     主人が怯えながら語った内容はこうだ。

     元々この山には恐ろしい大百足が棲んで居たらしい。それは人や獣を食って暮らしていたが、ある時、一人の男がやってきて大百足にこう言った。この山よりもっと素晴らしい所があると。大百足は喜んでその提案を受け入れた。山の獣はもう殆ど食われたか逃げ去ったかで、空腹に襲われていたからだ。

     大百足が連れて来られたのは草木や動植物に溢れた異界だった。大百足は大層気に入って、男に金銀財宝を与え、子孫の繁栄を約束した。そうしてこの旅館は出来たのだという。

     しかし、繁栄はいつまでもは続かなかった。大百足が異界のものを全て喰い尽くしてしまったのだ。また空腹になった百足は男に、生贄を求めた。寄越さなければお前達を食うと。最初は得た金を使って豪勢な食事を用意した。だが、いつしか男の子孫は気付いた。自分と敵対する者たちを送り込めば、生贄を用意する手間も、敵を排除する手間も省ける。そうして彼らは大百足を"ゴミ箱"として使い始めたのだ。

    「最近、行方不明になった五人も、お前の対抗勢力だったわけか」
    「……大手の不動産会社だ。資金に明かして買収を企んでいた。プライベートと言ってはいるがその視察だ」

     そして今、その大百足が境界を破ろうとしている。それを防ぐ為には、一度は開いてしまった裂け目を再び塞がなければならない。

    「方法はあるか、カフェ」

     彼が問う。無茶な要求だった。それでもカフェには何か手があるだろうと、信頼しての問い掛けだった。

     それならば、その信頼に答えるのがパートナーの役割ではないだろうか

    「方法なら、あります」

     カフェは静かにそう言った。

  • 68二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 08:26:25

    保守

  • 69二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 09:58:24

    ぅわまんはったんかふぇっょぃ

  • 70二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 19:35:14

    保守フェリン

  • 71二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 21:08:43

    保守

  • 72二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 23:17:58

    続きめちゃくちゃ気になるな...

  • 73二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 03:31:24

     アルプスの山、お世辞にも走りにくい獣道を一人をウマ娘が走る。紫がかった芦毛、細いステイヤーの体付き。メジロマックイーンは満足にスピードを出せない悪路を走る。

    「要石……見れば分かるって本当ですの?」
    「でもやれるだけやるしかないよ。こっちも探してるけど、マックイーンの足が頼りなんだから」
    「分かってますわ。正直理解は出来てないですけれど……あの二人が頑張ってるのは分かりますもの」

     要石。大百足を荒神様として祀っていたのならば、人間の領域と、それの領域を隔てる要石が存在する筈だ。おそらくは先の轟音で崩れたであろう要石を元の姿に直すことで、大百足の襲来を止めることが出来るとカフェは言った。

     時間は残されていない。だから、カフェが足止めをする。どのような手段で、を考える必要は無い。彼女がやると言ったならば、それを信じるだけだ。要石を見つけるのはマックイーンと、一心同体の彼女の役目だった。

     それでも手掛かりは無いに等しい。刻一刻と時間が過ぎ去っていく。もう百足が来てしまったのではないか。カフェもトレーナーも皆食われて、次は自分達ではないか。そんな最悪の予想が頭をよぎる。

    「私は……メジロのウマ娘として、諦めるわけにはいきませんわ!」

     声を出して自分を奮い立たせる。その勢いで足がもつれた。転がり落ちた彼女の目の前にあったのは、等間隔に並べられた、石の祭壇だった。

  • 74二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 03:57:20

    このレスは削除されています

  • 75二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 06:38:10

    おっ

  • 76二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 10:45:55

    すげぇドキドキしてきた
    ほしゅ

  • 77二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 11:31:31

    保守

  • 78二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 16:29:58

    保守

  • 79二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 16:45:47

     マンハッタンカフェには、怪異に関わる能力の他に、もう一つ不思議な能力があった。と言っても、前者に比べれば遥かに脆弱な異能だ。
     彼女は人を迷わせる。それはレース中に影に隠れ、彼女の姿を隠してしまうことだ。自分の居る場所を、他人から見つけにくくすることだ。正解を隠し、辿り着くことを阻害するのが彼女の持つ個性だった。

    「カフェ。大丈夫かい?」

     彼が尋ねる。カフェは今、その力でもって大百足を迷わせていた。彼女のいる現世に届かないように、何度も迷わせる。それが彼女にとってとてつもない疲労を伴うものであることは疑いようもない。

    「はい……トレーナーさんこそ。限界でしょう?」
    「それでも一人気を失ってるわけにはいかないさ。何の役にも立たないとしてもね」

     彼は生気のない顔で笑ってみせる。元々生命力の薄い顔つきは、今にも死にそうな儚さをまとっていた。幽霊のような二人が、身を寄せ合って生きようともがいている。

    「マックイーンさんは、見つけられるでしょうか」

     ぽつりと弱音が漏れる。彼女が見つけられなかったら全てが終わりだ。早く、早く終わらせてほしいと心の中で願う。

    「あ……」

     見つかった。大百足の足音がこちらに向かうのを、カフェは感じ取った。

    「トレーナーさん……逃げてください」

     せめて、大切な人だけは。カフェの悲痛な声に、彼は黙って首を振った。

  • 80二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 17:14:47

    おおおおおお!!!いい!

  • 81二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 19:09:14

     地響き。音でしか感じられなかった死が目の前に現れようとしている。カフェの"お友だち"も共に大百足を押し止めようとするが、焼け石に水だった。虚空から百足の頭が飛び出し、カフェに掴みかかろうとする。

    「トレーナーさん!?」

     その間に彼が割って入った。右腕を大百足の前に差し出して彼女の身を守る。焼けるような痛みに目眩がした。腕が千切れなかったのは幸運以外の何物でも無い。

    「おとなしく……寝てろクソ百足!」

     珍しく言葉を荒げながら彼は左手に持ったスプレーの中身を百足に吹き付ける。市販の虫除けスプレーだった。

     グオオオオオオ

     大百足が唸りを上げて仰け反る。飛び出しかけていた体の半身が向こうの世界へと戻っていく。気休め代わりの一手だったが、予想以上の効果を発揮した。

     けして少なくない量の血を流しながら、彼は百足を睨みつける。生きている心地がしなかった。恐怖で意識を失えてしまえたらとも思った。しかし、何よりも大切な彼女を守って死ぬのなら、それも本望だった。
     再び狙いを定めて、百足が彼に襲いかかる。








     ──バチン

  • 82二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 19:51:36

    おお?

  • 83二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 19:52:01

    「カフェさん!」

     要石を直したマックイーン達が戻ってきた時、そこにはカフェの姿しか無かった。地面には血飛沫が流れている。

    「あの、あなたのトレーナーさんは……」

     恐る恐るマックイーンが問い掛ける。自分は間に合わなかったのだろうか。

    「トレーナーさんは……」

     カフェは静かに答える。マックイーンも、そのトレーナーも息を呑んだ。

    「あちらの木陰で休んでいます」
    「……え?」
    「ありがとうございます……マックイーン。お陰で救われました」

     そこでようやくマックイーンは、カフェの背後に倒れている大百足の存在に気付く。後半身が無残に千切れ、既に息絶えているようだった。世界を閉じる強制力に挟まれ、真っ二つになったのだ。

    「これで……この場所に犠牲になる人ももう、現れないでしょう。あの子達も……」

     水音がもう聞こえないことに、カフェは安堵の笑みを浮かべた。

  • 84二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 19:53:05

    良かったァァァァ!!!!!カフェトレカッコイね⋯⋯

  • 85二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 20:09:04

    「結局、裏で色々あくどいことやってたのがバレて、あの旅館は廃業になるらしいよ。建物自体は他の企業がくすねていったらしいけど」

     トレーナー室でカフェが淹れるコーヒーの音を聞きながら、彼は使いにくそうに左手でマウスを動かしていた。右腕はギプスでぎちぎちに固定されている。医者の見立てでは多少力は入りにくくなるが、大きな後遺症にはならないそうだ。元々非力なのだから何も変わらないと彼は笑っていた。

    「しかし、俺達が行ったせいでこういう結果になったと思うと、要らぬ引け目を感じてしまうね」

     大百足の加護を失った今、あの旅館もいずれ廃れていくだろう。

    「マックイーンさんから聞いた状況だと……こうなるのは、時間の問題だったと思います。もし、あの怪異が完全に現世に現れていたら、もっと悲惨なことに……」
    「そっか……」

     それは事実でもあり、願望でもある。いつかを今にしたのは間違いなく二人なのだから。お互いにそれを分かっているから、それ以上は何も言わない。

    「せっかく休みを取ったのに全然休めなかったな」

     話を変えるように朗らかな声で彼が言う。

    「今度は俺の金で何処か観光地でも行こうか。カフェは何処か行きたいところある?」
    「そうですね……今のところは何処も」

     コーヒーカップを二つテーブルに置き、カフェは穏やかに微笑んだ。

    「トレーナーさんと一緒にコーヒーを飲んでいる時間が、一番幸せですから」




    『煙と成りて消えゆく』完

  • 86二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 20:12:23

    ヒューッ!

  • 87二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 20:13:31

    よかった!!!おつでした!!!

  • 88二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 20:13:44

    ということで第二作も無事完結しました!

    ゴルシが出る予定がボツになったり人死にが出るのは良くないだろってことで従業員と主人が生存したり、色々プロット書き換えたので苦労しました。

    書き終えて思ったことはカフェトレに名前つけてえ(地の文でトレーナー二人を描写するのが酷く面倒なので)

  • 89二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 20:14:32
  • 90二次元好きの匿名さん21/11/08(月) 20:29:54

    Q.結局嫌な予感って何だったの?
    A.マックイーンが怪異に巻き込まれそうなのを察知した"お友だち"の導き

    Q.なんでマックイーン?
    A.今回トレセンの外に出るから他にネームドウマ娘が欲しかった。その中で山を走り回る体力がある、怪異に怖がる、カフェに協力してくれる、勝手に暴れ散らさないなどの理由からマックイーンが一番助かるなってなった。

    Q.カフェの超能力何?
    A.育成シナリオで気付かれないとか、辿り着けないというのをカフェ自身が自分の個性のように話していたので二次創作で昇華した形。大百足の対処に困った苦肉の策とも言う。

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