- 1二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 23:53:28
──く、くく、キツいですって──
──でもヨ、居たか?居ないか?──
──居ました……!──
朝練終了後。急ぐ私の耳に、校舎脇から知った声が聞こえて来た。“彼”ともう一人、よく一緒に居る中堅トレーナーだ。何を話しているのか、腹を抱えて笑いを堪えている。私にはあんな顔見せた事はない……っと、男同士の付き合いにまで嫉妬は行き過ぎと言うものだろう。
「……最後に、一斉メールでもお知らせしましたが改めて。例の流行もほとぼりが冷めて来たようですが、週末に入ります。行き過ぎた事がない様、各担当に目を配って下さい。以上です」
ガタッ ガタガタッ ブフッ ガタッ
トレーナー会議が終わり、三々五々解散してゆく音に小さな失笑が混じる。そちらに目を向けると先ほどの二人。まずい、といった表情を浮かべている。どうやら失笑は中堅の方らしい。
「……何か?」
「あ、いえ……いつの時代も似たようナもんだな、と。それだけです」
流行り物の名を口にするのが妙に癪だなんて、変な意地を見透かされた訳ではないらしい。
「貴方の学生の頃も、同じ事が有りましたか」
「身近にウマ娘は居なかったですね、ただ剣道部の阿呆どもが……(先輩!先輩!)」
プッ ククッ ブッ、クッ
彼が慌てた様子で制止に入り、あちこちから失笑、忍び笑いが溢れる。私を含めた少数の女性トレーナーは訳がわからず、男性トレーナーのほとんど……つまり室内の大半が、今の発言で“何か”を察した風情だ。
「それじゃ解散ですネ……はい!」 - 2二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 23:54:04
「あの、この前のは何だったんですか」
「……と言うと?」
「朝の会議の終わり、みんな何をそんなに笑っていたんです」
デートに備えてお泊まりした日曜の朝。緩々と身支度をしながら、理子さんが唐突に“あの件”を口にした。あれきり何も言わないから、忘れたものだとばかり思っていたのに。
理子さんを視線の先にはBGM代わりに付けた美術番組、百合の花の絵画を解説していた。いや花じゃなくて葉の方か。Blade──剣──繋がっちまったなぁ~。聡明なのも良し悪し……。
「何でしたっけね?思い出せないです」
「会議の前に二人で楽しく話していたようですが。関係あるのですか」
見られてた?ああ、誤魔化しきるのは無理そうだ、腹をくくるしかないか。
「あのですね?これは僕がやったり考えついた訳ではないので、そこは理解して下さいよ」
「?はい」
「コレが……こうなるでしょ、それを二人でこう……」
ボフン。ジェスチャーを交えて説明すること数秒、顔面に枕が飛んで来た。顔から下ろすと、理子さんは真っ赤になっている。 - 3二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 23:54:55
「し、信じられません!何てこと!」
「……いや、僕が考えたんじゃないって、言ったでしょう」
「そうだとしても!ま、まさかよく一緒にいるあの先輩さんと……?」
理子さんのこういう所が可愛くもあり、少しだけ困った所でもある。それが今日は、僕の悪戯心を刺激した。
「それもないって最初に……言いましたよね」
枕を戻しながら、理子さんの手を取る。
「後出し何でもありじゃ、説明は無意味じゃないですか。今度は言葉を使わずに、僕を解って貰います」
「え?」
そして腰を抱き寄せ、元いた場所に座らせた。
「もう、予定の時間をかなり回ってるじゃないですか……」
「まあ遅刻になる訳でなし。いつもと違う僕は嫌いですか?」
「……知りません」
横を向いて少し膨れる理子さん。その可愛らしさに、またもや悪戯心が湧き起こる。
「理子さんも、僕を見る目がいつもと違ってましたよ。やっぱり女の人ってホ◯が好……」
ボフン。ボフン。顔面を枕の連撃が襲う。 - 4二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 23:55:42
「それじゃ予定を変更して、先に食べる所探しましょう。体力も使っ……痛たたっ」
彼をキッと睨みつけ、脇腹をつねる。
「なんて事言うんですか、人がいないからまだいいものの」
余韻の残る身で駅に向かう間、不意にとんでもない事を口にされ、つい強く出てしまった。
「貴方、だんだん短慮になってませんか?前はもっと紳士的で、品があって、それから」
「好きな人に好きになって貰いたいから、格好くらいつけます。最近油断があるのは認めますよ」
「……そんなにストレートな物言いも、してなかったんじゃ?」
「理子さんといると浮かれちゃいますね、そのせいかも知れません」
本当に変わった。きっと彼の目に映る私も変わっているのだろう。『何だって変わって行く』、いつか彼が言った言葉。
かつての私は、過去を取り返したくて、失わせたものを埋め合わせたくて必死だった。
今の私は、これからのため、彼と共に変わって行きたいと思える。
今日も少しだけ変わってみようと思い、彼と手をつなぎ……いや、腕を組んで歩いてみた。 - 5二次元好きの匿名さん22/12/13(火) 23:56:16
おまけ
「美術館に百合の絵なんかあったら、色々思い出すんじゃ……痛たたっ」
「変更は嫌ですよ、この企画展は貴方と行くのを楽しみにしてたんです。だいたい他にどこへ行くんですか?」
「植物園とか……痛たたっ」
おまけ2
“葉”は通常“leaf”と書く事が多いですが、百合や稲のような葉は“blade”とも呼びます あとスラングでホ◯を指す事もあります……
終了 尻尾ハグのブームが再燃したので、少しひねた視点で書いてみたくなりました