【SS】船長が消える島【微ホラー?注意】

  • 1◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:20:36

     *  *  *



    不思議な島があるのだという。



     *  *  *

    ・SCP的な微ホラーを目指したSS
    ・麦わら、ハート、キッド海賊団が出てくる
    ・ワノ国で別れた後のいつかのどこかというご都合時空
    ・謎が謎のまま終わるよ

     *  *  *

  • 2◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:21:58

     *  *  *


    “偉大なる航路”後半の海、新世界。
    目まぐるしく天候が変化するこの海では珍しく、帆は柔らかな風に張り、舳先は穏やかな波を蹴立て行く。
    ナミが海図を手に言うには、この辺りは広大な気候海域を持つ春島諸島郡の近海で、そこの領海にいるうちはしばらくこの麗かな天気が続くらしかった。
    時折り春一番のような暖かで強い風が吹くものの、夜が明けてから数時間ほどの間、サニー号は安定した気候の中を航行していた。

    「……おっ?」

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 21:22:04

    ワクワク

  • 4◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:22:40

    降り注ぐ陽気な陽射しを受けてどこか誇らしげにも見えるサニーの船首の上は、船長ご自慢の特等席だった。
    急な空や海面の変化、遠くの船影や敵襲、船の脇を踊るように泳いで並走するかわいいイルカの群れや、船をも飲み込んでしまいそうなオモシロ巨大海王類の出現などに真っ先に気づくことができる、冒険の展望台だ。

    「んん?」

    どこまでも続く真っ直ぐな水平線の変化に気づくと、麦わら帽子のつばの上にさらに手で影を作り目を凝らす。船首から落ちてしまうんじゃないかと思うほどに身を乗り出して首を伸ばすが、もう片方の腕をサニーのたてがみにぐるぐると巻きつけているから安心だ。

    「……ははっ!」

  • 5◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:23:52

    「島が見えたぞーーーー!!!」

    穏やかな春の日を船内で思い思いに過ごしていた一味の耳に、船長の高らかな声が届いた。
    風に乗って届いた冒険の匂いに、もうワクワクが止められないのが伝わってくる。

    「えっ……もう?」

    テーブルの上に海図や本などを広げて何か書き物をしていたナミが顔を上げる。思ったよりも作業に没頭していたらしく、急いで海図と望遠鏡、記録指針を持って甲板に向かった。

    「こりゃ弁当が要るな」
    「ワハハ、慣れたモンじゃな」

    ダイニングでジンベエとくつろいでいたサンジが立ち上がる。手早く袖を捲って、キッチンに入っていった。

  • 6◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:25:18

    「いいお天気が続いて良かったわね」
    「どんな島だ?」

    ジョウロを片手に持ったロビン、何かを削るような工具を持ったウソップ。保健室からもチョッパーが顔を出して、甲板に一味の面々が続々と集合して来た。

    「船を着けられそうな場所はあるか?」
    「『春の午後の冒険』をテーマに一曲作ってみましたヨホホホホ!」

    太いロープの束を肩に担いだフランキーと、飴色のヴァイオリンを肩に構えたブルックと。

    船首の上で、麦わら帽子を押さえたルフィが笑顔で後ろを振り返る。目どころか顔全部がキラキラ輝き、一刻も早く冒険に出かけたいと全身が叫んでいる。もはやこうなったルフィは誰にも止めることは出来ない。

  • 7◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:26:33

    「行くぞ野郎ども! 次の冒険はあの島だ!」
    「おう!!」

    そして何も、新しい島の冒険に焦がれているのはルフィだけではない。
    船長の号令に意気揚々と上げられた一味の応答の声に、船尾の甲板で昼寝をしていたゾロがようやくぱちりと目を覚ました。
    緑の森と、白い砂浜に覆われた島の全影が見えて来る。

    「全速前進ーーー!!!」

    更にも増してどこか誇らしげなサニー号は、白い砂浜目掛けて上陸の進路を急いだ。

     *  *  *

  • 8二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 21:28:43

    冒険の始まりって感じだね

  • 9◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:28:51

     *  *  *

    ▼島の東部 海岸線 砂浜


    「着岸するぞー!」

    ゆっくりと、舳先が砂浜に乗り上げて止まる。麦わらの一味は無事に島への上陸を果たした。
    上陸準備のために、にわかに船内が慌ただしくなる。

    「……うーん…?」

    コツコツとヒールを鳴らしながら、ナミが船頭部にやって来る。海図と記録指針を見比べながら、何やら難しい顔をして怪訝な声で唸っている。

    「どうした?」

    船首に座ったまま、後方に首だけびよんと伸ばして、ルフィがナミの見ている海図を覗き込んで来た。

  • 10◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:30:10

    「うわビックリした。いや、大したことじゃないんだけど……あっちの島はなんなんだろ、って思って」

    ナミが指差して示したのは南西の方角だった。望遠鏡を使わなくても視認できるほどの距離に、今しがた上陸した島と似た雰囲気の小島が見えた。

    「? どういうことだ? 普通に島じゃねえのか?」
    「それが、地図に載ってないのよね……」
    「……! 不思議島か」

    ルフィは勝手に何かを納得したようだったが、ナミの眉間のシワは取れないままだ。

    海図が古い? 方角が間違ってる? 新世界にいるなら無視できるレベルの現象? この辺りに海底火山はあったかしら……。

    海図をくるくる傾けたりしながら、南西の島を正面に見るために船の左舷の方へ歩いていく。望遠鏡を覗き込んで島の様子を遠目に観察してみるが、特別変わった様子は無い。
    今しがた上陸したこの島は、島の一番高い場所に赤と白の縞模様の灯台のような塔が沖から見えたのだが、向こうの南西の島には人工の建造物のような物は見当たらない。

  • 11二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 21:31:00

    久しぶりのホラーss嬉しい!

  • 12◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:31:45

    「静かね……」

    一方で、右舷の甲板からロビンは海岸の様子を眺めていた。
    白い砂浜はこの島をぐるりと囲んでいるようで終わりが見えない。サニー号が着岸した島の東側は崖や岩肌も無くどこまでも開放的だ。
    浜は波打ち際から島の中心に向かって緩やかに傾斜していてまばらに草が混じり、やがて砂はしっとりとした土になり植物が根を下ろす茂みとなり、豊かな緑の森へと続いていく。

    「無人島かな? 人住んでないのかな」

    ロビンの横で、欄干にぶら下がるようにしてチョッパーも海岸線を眺めていた。

  • 13◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:33:43

    「どうかしら……。でも、人の手が入った形跡はあるわ。見て」

    ロビンが指をさす。
    陸から嘴のように飛び出た浜は、海流と長い年月が作り上げた天然の造形物だったが、その浜の先端に丸太と木の板と麻縄で作られた古びれた簡素な桟橋があった。

    「忘れ物もいくつかあるようじゃ」

    良く見ると、漁業に使う大きな網やロープ、割れたブイのようなボールが砂地に埋まっていた。
    波打ち際と並行に置かれた一本の丸太の側に、拳大の石が竈(かまど)のように円形に置かれた痕跡もある。明らかに人がいた形跡がある。

    「無人島でも、近くの島の漁業の拠点になってて人の出入りがあるのかも知れねぇな」

    錨を降ろしながら、フランキーが言った。
    近海の春島列島の漁師たちはこの辺りまで船を出したときに、この島を中継地点に使うのかも知れない。朝早くに島を出て魚を獲り、大漁になったらこの島に寄って釣果を検めたり休憩したり昼飯を食ったり。昼寝をしたりする者もいたかも知れない。そして大漁の魚を持って家に帰っていく、そういう島なのかも知れない。
    赤と白の縞模様の小さな灯台も、きっと漁船を迷うことなくこの島に導いてくれるのだろう。

  • 14◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:35:07

    「青い広葉樹! 春島の初夏って感じだ」

    植物に造詣が深いウソップは森の植物の様子を観察していた。
    青々と茂る木々や葉は瑞々しく生命力に溢れている。空気はカラッとしていて、熱帯雨林のような毒々しさは無い。

    「ジャングルって感じでもねえが……猛獣とかいねェのか?」

    ウソップの横に立ったゾロが面白そうにニヤリと笑った。人は立ち寄るが住民のいない無人島。未踏の地という訳ではなく、隠された財宝なんていうのも期待できそうに無さそうに思える。ならば強大な森のヌシでもいてくれなければ、冒険はただの探検で終わってしまいそうだ。

    「お、お前! やややややめろよ!」
    「ヨホホ。いたらルフィさんが黙ってないでしょうね~」

    縁起でも無いと震え上がるウソップは、反対隣に立つブルックに縋りついた。船長の好奇心に感化された陽気な音楽家は、先ほどできたばかりの新曲を奏でる指を止めない。

    麗かな天気と青い島。
    暖かな風に溶けて、ヴァイオリンの音色が高い空にどこまでも昇って行くようだった。


     *  *  *

  • 15◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:36:36

     *  *  *

    「ルフィ!」

    硬い革靴がハシゴを昇る音と共に、ダイニングに繋がっているハッチ(昇降口)からサンジが顔を出す。

    「おーい! ルフィ!」

    腕の力で自身の体を引っ張り上げて、まだ袖を捲ったままのサンジは甲板へと降り立ち、キョロキョロと周りを見渡しながら船頭部に続く階段を上がって来た。それを見てウソップが声を掛ける。

    「どうした?」
    「ルフィどこだ?」
    「え? どこって……」

    ウソップは顔を船頭部に向ける。そこにはまだ海図とにらめっこをしているナミの後ろ姿があった。サンジは驚かせないように横からそっと声を掛ける。

    「ナミさん」
    「え? あ、ごめんサンジくん。どうしたの?」

    サンジの気配に気付いてナミが顔を上げた。
    集中していたとは言え気づいてなかったことに小さく詫びたナミの気遣いにサンジは人知れず胸を高鳴らせたが、それはさておき本題を切り出した。

  • 16◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:41:36

    「ルフィはどこ行ったか知らない?」
    「え? ルフィならそこに……」

    何言ってるの、と船首の方を見上げるナミにサンジも倣う。

    「……あれ」

    しかして、そこにあったのは陽光を受けてつやりとした輝きを放つサニーの後頭部だけだった。

    「さっきまで船首にいたのに……ルフィ?」

    全員の視線が、示し合わせるでもなく、太陽の獅子の後頭部に向けられる。
    いつもそこにいるルフィの麦わら帽子をかぶった後ろ姿は、サニーの後頭部と合わせて見ると
    まるで赤いリボンで束ねた大小2輪のヒマワリの花のように見えた。
    甲板に出ればそのいつだって見ることが出来るはずのその後ろ姿は、今、小さな方のヒマワリと赤いリボンが見当たらない。

  • 17◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:45:03

    「本当だ……いつの間に……」
    「え、本当にいないの?」
    「腕伸ばして飛んでったのか?」
    「アイツ、また勝手なことして……」

    ぐっとナミが握りしめた海図の羊皮紙に皺が寄る。ウソップもキョロキョロと周囲を見回す。

    「いや……、それはないだろ。まだ船内にいるはずだ。誰か見てないか?」

    サンジがやれやれと呆れたようにため息をつく。言いながら、ポンポンとシャツの胸ポケットを探り、タバコの箱とライターを取り出した。

  • 18二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 21:46:00

    ホラー期待

  • 19◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:46:35

    「ルフィー?」
    「誰か飛んでったとこ見てないの?」
    「見とらんな」
    「特に何も聞いてないぞ」
    「マストの上は?」
    「ちょっと見て参りましょう。……いらっしゃらないようですね」
    「便利ねぇ」

    ブルックが魂を幽体離脱させ、メインマストの上部までゆらゆらと昇っていき誰もいないことを確認する。

    「あれー? ルフィー! おーい!」

    甲板をぐるっと一周して来たチョッパーが戻ってくる。どこにもいなかったようだ。

    「やっぱりルフィの奴、ひとりで突っ走って先に行っちまったんじゃないのか?」

    頬を掻きながら、何気なく言ったウソップの言葉に。

  • 20◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:47:35

    「……誰にも、何も言わずに?」

    『ルフィに限ってそんなことはしない』というルフィへの信頼の言葉を、誰かがこぼした。誰が言ったかはどうでも良かった。全員の総意だったから。

  • 21◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:48:35

    春島の初夏の浜辺を、一陣の青い風が吹き抜ける。
    帆は丸く、波は凪ぎ、砂と広葉はさらさらと鳴る。

    「……そんなわけ、ない。そんな……」

    唇の端に引っ掛けていた、まだ火を着けたばかりの紙巻きをサンジの指が摘んだ。乾いていた唇を注意深く舌が湿らせる、その一瞬の沈黙がいやに長い。

    錨の鎖は軋み、陽は高く、雲が薄らいでる。
    青い風に、細い紫煙が混ざって消えた。

  • 22◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:50:00

    「なんでそう言い切れる」

    半身をサンジに向き直って、問うたのはゾロだった。片目は鋭く眇められているが、まだ両腕は胸の前で組まれている。柄を握るべきなのか、見定めている。

    だって、おかしいじゃないか。
    甲板にいた誰もルフィが船を飛び出して行くのを見ていないのだから、つい今の今までキッチンにいたサンジも当然、むしろこの中で一番、甲板の様子なんて知れるはず無いじゃないか。
    ルフィの行方なんて知れるわけが無いじゃないか。
    ルフィが一人で勝手にどこかに行くわけないんだと、言い切れる理由が無いじゃないか。

    サンジが、この船の。
    麦わらの一味のコックでなかったなら。

  • 23◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:50:40

    「テーブルの上に、まだあるんだ。弁当が」

    なんだか、酷く心細くなるような。
    慎重に絞り出されたような、サンジの声だった。
    冷や汗が、心臓の裏を伝い滴り落ちるような。
    もしかしたら、誰かが“魔の三角地帯”スリラーバークでのことを思い出していたかもしれない。
    波の音が遠い。
    海鳥の声はしなかった。

  • 24◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:52:06

    「お……おれ、船底見てくる!」

    ぐっと口を引き結んで不穏な空気を飲み込んだチョッパーが、船底へと降りるハッチに飛び込んで行った。

    「展望室もだ!」

    連られて弾かれたように、ウソップが展望室へのハシゴを駆け昇る。

    「まさか浅瀬に落ちたか!?」

    フランキーはデッキから身を乗り出して、サニー号の腹の影を隈なく見渡す。

    「わしが行こう!」

    自分以上の適任はいないと、脇目も振らず海中に飛び込んでいったジンベエの背中がこんなにも頼もしい。
    頼もしいのに。
    どうして、何かがおかしい。

  • 25二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 21:53:00

    弁当置いて出かけるという信憑性

  • 26◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:53:58

    「ルフィさーん! ルフィさーん!?」

    もはや狼狽えるのを隠しもしないで、闇雲に名前を呼ぶだけのブルックが可笑しい。

    だって、弁当がテーブルの上に置き忘れてあっただけなのに。
    それだけのことなのに。
    泣く子も海軍も黙らせてきた、悪名高き麦わらの一味がこぞって取り乱しているなんて。

    「おいルフィ! 悪ふざけだったら承知しねえぞ!」
    「ルフィ!」
    「どこなの?! ルフィ!」

    『これが無ければ冒険に非ず』とまで言ってはばからない、自慢のコックが作る大好物が端まで詰まった海賊弁当を船に置いたまま、船長が姿を消すなんていう、たったそれだけの。
    “絶対に有り得ない”ことが起こったぐらいで。


     *  *  *

  • 27二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 21:54:10

    こんなに説得力のある状況証拠がはたしてあっただろうか

  • 28二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 21:54:43

    これジンベエも魚人海賊団の船長だったわけだが大丈夫なんかな

  • 29◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 21:58:25

    >>1です。

    読んでくださってありがとうございます。


    ちゃんと書き溜めてたのはここまでなのでここから少しペースが落ちます。

  • 30二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 21:59:51

    先が楽しみです
    どうかスレ主さんのペースで
    続き待ってます

  • 31二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:01:10

    了解でーす。のんびりわくわく待ってます

  • 32二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:03:56

    文章が読みやすい

  • 33◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 22:08:31

     *  *  *

    ▼同時刻 島の北部沿岸 原始林


    『彼ら』はさながら、薄暗い疎林に這い潜む獣だった。
    シャチは最早腹這いに近い体勢となって、隊列の頭を先導する。

    (静かに…)

    息を潜めて慎重に、しかしスピードは緩めずに移動を続ける。右手に刀を持ち、背中に回した左手のハンドサインで、後続の仲間たちにこの先の動きを伝達して行く。

  • 34二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:21:04

    わくわく

  • 35◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 22:22:05

    本来ならこんなつもりじゃなかったのだ。
    島の北端にある入江に停泊させている自船からどんどん離れていってるのもうまくない。
    この島に上陸してすぐ、少人数で組んだ小隊を2つ編成し、軽く沿岸周辺を散策しようと決め、おれたちの隊は林の中に入って行くことにした。深入りはしないつもりだった。
    おれたちが林に入ったその時から、『何か』がこちらの様子を伺ってるなんて思いもしなかったからだ。
    そう長い時間ではないがかれこれ10分程、おれたちは『何か』と距離を保ったまま、薄暗い林の中を並走していた。

  • 36◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 22:28:55

    シャチは口の中で舌打ちを噛み殺す。

    (並走しながら…こっちに近づいてる…)

    殿(しんがり)をペンギンに任せたのは、果たして正解だったのか、失敗だったのか。
    おれとペンギンで先頭を固めたほうが良かったのか。分からない。
    ひとつだけ分かるのは、白いツナギでいるのは不利に違いないということだ。薄暗い木々の中にあっても闇に紛れられないそれは、大まかな居場所も、隊列の長さからおおよその人数も敵に伝えてしまっているかもしれない。
    こちらは向こうが『何』なのか、何人いるのかも掴めていないのに。
    おおよそ見当がつくのは、おそらく人なのだろうということと、鋭利な刃物を持っているだろうということだけだ。
    闇の中で一瞬、『何か』の進路に鋭く飛び出た枝がスパンと切り落とされるのが見えたからだ。

  • 37◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 22:40:25

    一瞬、シャチの顔を一片の木漏れ日が撫でた。
    周囲をよく観察すると、疎らな樹々がその密度を更に減らしていくようだ。
    このまま進めば、開けた場所に出る。
    すぐ横を這い、躙り寄るそれと──。

    (───交錯する!)

    開けた場所に出る、状況が変わる。おそらく交戦することになる。
    背中越しに伝えたハンドサインが、どんどん後続の仲間たちに伝わっていくに連れて緊張感が張り詰めていく。
    どうする? 作戦なんかあるようで無い。
    低い態勢を取っていることで優勢を取れるか?
    見敵と同時の足払いが効くような『何か』だと良いんだけど!

  • 38◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 22:44:15

    絡みつく枝を振り切って、陽光が遮られる事なく地面まで降り注ぐ開けた場所に踏み出すその一瞬前。
    シャチは不思議な感覚に襲われた。
    未来の幻覚を見たのだ。

    低く低く、茂みの根に潜り込むような体勢で、しかしスピードは落とさず前に重心を掛け続けた結果───つむじからゴールテープを切るようなイメージで突っ込んだ頭部が飛んで宙を舞い、鮮やかに胴体と泣き別れる洒落にならない未来視のイメージを見た。
    背中が総毛立つ。

  • 39◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 22:51:40

    (───怪物でも出てくんのかよ!!)

    そこからは一挙手一投足の全てがファインプレーになる。
    受け身を取りつつ飛び込み前転の体勢を取った。右手は刀を握ったまま手を付いたので重心がぐらついたがなんとか堪える。

    「えっ?!」

    後ろから不意を突かれた声が飛んできた。伝達の無いシャチのアドリブに驚いたのだろう。
    ハンドサインで伝達していたのでは間に合わない、連携も捨てて、おれが一人で止める!!と腹を括って、シャチは光の中へ躍り出た。
    前転を成功させた後は起き上がらず仰向けのまま、盆の窪目掛けて恐ろしいスピードで振り下ろされてくる鋭利な刃物を、両手で構えた刀で力の限り受けるだけだ。

    ギイィン!!!と、研ぎ澄まされた金属同士が打ち鳴らされる鋭い音が林の中に響いた。

  • 40◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 23:04:30

    「い゛っっ……ッッぶねェ〜〜!!!!」

    もはや声を潜める必要が無くなった途端、「痛い」と「危ねえ」と安堵と放心の心の声が全部出た。
    振り下ろされた刃物は両手で受けても猶その威力を殺しきれず、肺まで潰されそうな圧力を感じた。背中まで痛い。

    「どけ!!!」

    まずい、このままだと刀ごと、腕ごと地面にめり込んじまうと思い始めるより早く。
    シャチの後ろに続いていた隊列の最後尾から大声と共に、一帯の木々を薙ぎ払うような長槍の穂先が飛んできた。
    威嚇の意味が大きかったその一閃を危なげなく避けた『何か』は、おれに振り下ろした刃物を引くと後ずさり、こちらの小隊と距離を取った。
    おれはすぐさま跳ね起き、援護してくれたペンギンの横で迎撃の態勢を取った、のだが。

    「あ? お前ら…」
    「あ!」

  • 41◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 23:21:24

    ずっとお互いを伺いつつその姿を見せ無かった『何か』と正面切って相対して、シャチもペンギンもさらに後続の仲間たちも思わず声を上げてしまった。
    相手も、こちらから表情は読めないが、おそらく似通った感想を抱いたに違いない。
    『友達』では決して無い、しかし『面識がある』ぐらいだと些か寂しい。
    『共闘』したことはあるが『同盟』を組んだことはない、お互いにそれぐらいの『顔見知り』……。

    「キッド海賊団!!」
    「ハートの海賊団……」

    ペンギンの槍で距離を取ったのは、縞模様のマスクから金色の豪奢な長髪を垂らし、回転する鋭利な刃物を獲物とする、キッド海賊団の“殺戮武人”キラーだった。

  • 42◆05Pq5YoAXw22/12/14(水) 23:43:20

    シャチは刀を構えたまま、腰こそ抜けなかったものの、魂が口から抜け出そうになった。

    「ううおおおお、おれ、“最悪の世代”の一撃をモロに受けちまった……!!!」

    遅れて、刀を握っていた両手がジンジンと痺れ始める。見敵するなら、怪物の方が少しばかりマシだったかも知れない。
    首が飛ぶような未来視も思い過ごしの幻覚と笑い飛ばすにはあまりに現実と近かった。

    「悪い。本気で首を落とそうと思っていた」
    「怖ェよ!! この殺戮武人!!!」
    「だが揃いの白い服が見えて、もしかしたらという考えが頭を過った。手加減はしなかったが、刀を構えた所を狙ったつもりだ」

    まさか失敗だと思っていた白いツナギが、ほんの少しだけ幸運の方に針を振れさせていたなんて思いもしなかっただろう。
    それてさらりと恐ろしい事を言い放つキラーに、シャチ率いるハートの小隊に、にわかに警戒の糸が張り詰める。5人で組んだ小隊の全員が武器を構えるが、いかんせん自船の船長と“最悪の世代”として肩を並べる一人だ。どこか余計な力が入っている。

  • 43◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 00:09:36

    「や……やんのか……!」
    「いや……。戦りたいのか?」
    「やりたいかやりたくないで言ったら滅茶苦茶やりたくねぇよこの野郎!」
    「そうか……」

    もはや逆ギレみたいに言い返したシャチの言葉を聞いて、先に『構え』を解いたのはキラーの方だった。
    拍子抜けするほど穏やかな相槌と共に、両手に装着した武器、パニッシャーから刃の部分を取り外すと、腰に提げた革製の鞘に納めた。

    「…え? あれ?」
    「いや……。キッドがどう言うかは知らんが、おれ個人としちゃあお前らと進んで戦り合う理由がない。ワノ国じゃあ世話になったしな。恩すら感じてる。……みんな、今日は打ち止めだ」

    キラーは依然として穏やかに、林の奥に声を投げた。シャチとキラーが開けた場所で交戦せずに並走を続けていたら、おそらく進路となっていた方角だ。

  • 44◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 00:10:39

    まず最初に、背後の木の上からドスンと人が降りて来た。当然、キッド海賊団のクルーだ。

    「おう、ハートの海賊団」
    「久しぶりだな〜」

    続いてぞろぞろと、林の奥からキッド海賊団のクルーが姿を現し始めた。鋒は下ろしているものの、全員武器を持っている。
    お揃いのツナギで限りなく無個性に統一しているハートの海賊団の対極にあると言っていいくらい、皆が皆めいめい個性的でパンクなファッションに身を包んでいる。
    ……お互い様子を伺いながら並走しているだけだと思っていたが、キッド海賊団が取り囲む袋小路へと追い込まれていたらしい。

    「休戦?」
    「いや、完全なる停戦だ」
    「いいのか?」
    「『いいのか?』って何だよ。誰が進んで最悪の世代の一角とやりてえんだよ……」
    「白クマはいないのか?」
    「ああ、ベポなら……」

    張り詰めた空気が少しばかり弛み、気安い会話の応酬が始まるほどになった。
    先のワノ国では鬼ヶ島で共闘した。激しい戦いの後に、ハートの海賊団は自船他船問わず治療に奔走してくれた恩がある。その後の宴で(馴れ合うなと檄を飛ばす船長の目を盗んで)酒を酌み交わせばもうそれは知らない仲では無い。

  • 45◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 00:12:08

    もはやすっかり険の取れた空気の中で、ペンギンは一人、談笑の輪を抜けてキラーの元へやって来た。
    それに気づいたキラーも、もう既に敵意は完全に無いこと、会話をする体勢であることを示す真摯な気配がうかがえた。

    何から話したものか、とペンギンは少し思案した。
    敵では無いとは言え、“おれたちは緊急事態にあるのだ”と伝えても良いものかどうか、逡巡する。
    逡巡する間にふと、一つの疑問に辿り着く。
    だってまだ、いやでも。
    そんな事があり得るのか?

    「………なぁ、聞きたいんだが」
    「…おれたちもたぶん、同じことが聞きたい」

    顔を上げた瞬間、マスク越しに、たしかにキラーとペンギンは視線だけで会話した。
    相手の状況を教えてもらうより先に己の状況を開示するべきか迷って、いや多分、そんな必要は無いのだと確信するまでも同時だった。

    ───おれ達は同じ状況にある。

    思わず同時に言葉が口をついて出た。

    「キャプテン・キッドはいねえのか?」
    「トラファルガーはいねえのか?」

  • 46◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 00:13:41

    >>1です。


    ちょこっとキリが悪いんですが今日はこの辺で投稿を終わりにします。

    明日の深夜ごろまた来るつもりです。

    お付き合いありがとうございます。

  • 47二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 07:14:45

    保守

  • 48◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 08:31:02

    「……まじかよ」
    「まったくだ……」

    まったく歓迎できない偶然の一致に、ペンギンは呆然とする他無かった。言葉が無い。こんな非常事態が同時に2つの海賊団に起こりうるなんて。
    しかし呆気に取られてもいられない。この不穏な状況は打破しなくてはならない。

    「お前らも?」
    「そうなんだよ……」

    キラーとペンギンの状況確認の会話を見ていたそれぞれのクルーたちも戸惑いを露わにし始めた。和やかに談笑している場合ではないと、わかっているのだけど。

    「情報交換がしたい。こっちの知っている事は全て話す。何か分かっていることがあれば教えてほしい」
    「同感だ。協力する」

    お互いの船長同士だったら、こんなスムーズに話が進んだだろうか、とは誰も思わなかった。
    まずそもそもお互いの船長がいたら、こんな情報交換の必要になんて駆られてやしないんだ、となら尚更。

  • 49二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 08:51:17

    こういうの大好き
    ワクワク

  • 50二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 09:51:04

    シャチは見聞色のおかげで助かった感じか
    もしここでやられてたら関係に亀裂入ってたな

  • 51◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 14:02:51

    ──おれたちは島の北部にあった磯浜海岸の入江にポーラータング号を停泊させている。まだ上陸して一時間も経っていないが、気づいたらキャプテンの行方が分からなくなってしまっていた。潜水している間はどこかに行きようが無いし、浮上してからみんなで揃ってハッチのドアを開けてデッキに出た。その時は間違いなく一緒にいたんだ。船を着けられそうな場所を探したり、雨雲の動きや気温を測定したりしている内にいなくなってた。

    ──おれたちは船底の外壁に損傷が起きていないか確認するために近くにあったこの島に船を寄せた。海流の激しい海域で、流されてきた漂流物が船体に衝突したんだ。ヴィクトリア・パンク号はここからそう遠くない、北西の波止場に泊めてある。そもそも船体の確認と、必要があれば修繕しようと思ってたくらいで上陸の予定は無かった。何がある島でも無さそうだし、キッドも自室に引っ込んでいた。船は航行に問題無いと確認してキッドに報告するために部屋に入ったらいなかった。

    「船室の中からいなくなったのか……?」
    「ああ。状況は違うが、なんの前触れも無く、誰にも気付かれずいきなりいなくなるってのは共通しているように思える」
    「嬉しくねェ共通点だ」
    「違いない」

  • 52二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 14:03:39

    楽しみ

  • 53◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 15:51:08

    何かのヒントになるような決定的な情報はお互い持っていないようだった。
    分かっているのはこの島は無人島であることと、能力者であるキャプテンは島に上陸してしまったら自分の船以外にどこかに行く手段が無いはずなのに、人知れず忽然と姿を消してしまったということだけだった。

    「おれたちは残ったクルーを船番組と探索組の2つに分けて、さらに探索組で5人と5人のチームを組んだ。林の中を探索している時に、お前らと遭遇した」
    「成る程」

  • 54◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 15:51:52

    ハートの海賊団は役割分担とその為の指揮系統がしっかりしているなとキラー思った。
    キラーのある種の大雑把さは自分でも自覚するところであり、船の留守番に数人を残して後は人数にモノを言わせた人海戦術で山捜しに当たっていたところに、ハートの海賊団と出会したのだった。
    粗方山捜しをして見つけられなければ、無人島のようだし森に火を放ってキッドが燻り出されて来ればまぁ良いか、ぐらいに考えていたので火をつけるのを早まらなくて良かったなと思う。

  • 55二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 16:40:06

    船長を燻り出そうという発想笑う

  • 56二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 16:41:58

    読みやすくて良き。支援。
    船長の捜索が山猿を炙り出すそれと一致していて笑う

  • 57二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 18:46:13

    キラーは多分そういうことする

  • 58二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 19:53:28

    キッドはそのくらいじゃ死なないという信頼ゆえの暴挙だな…

  • 59二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 20:52:42

    捜索方法が海賊団ごとの船長の特色出てていいな
    キッドはローと比べりゃ出たとこ勝負な感じだよな

  • 60◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 21:54:16

    「確認するが、ここは無人島だよな? 誰かを見かけたりしたか?」
    「いや、見てないな。島全体を周った訳じゃ無いが、今のところお前ら以外の人の気配は感じてない。石造りの波止場はある割に、民家どころか浜小屋さえ見てない」
    「………そうか。おれ達も誰にも会ってない。林の中で、ゴミ捨て場なのか大きな穴が掘られてるのを見つけたくらいだ。中は腐葉土でいっぱいだった」

    帽子の上から頭をがりがり掻きながら、ペンギンはため息をついた。

  • 61◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 21:55:14

    「振り出しに戻る、か?」
    「……案外、それが良いのかも知れない。おれ達は一度船に戻ろうと思う」
    「そうだな。無いとは思うが、キャプテンはひょっこり戻って来てるかも知れないし」

    そんな事はあり得ないのだと思いながら。
    そんなに簡単に戻ってくるのならば、あんな姿の消し方はしない。
    放浪が趣味の世捨て人みたいな男だが、それでも誰かへの伝言や、事後報告の電伝虫、申し訳程度の書き置きくらいは残して行ってた。
    それなのに、今回は霞のように前触れも無く消えてしまった。
    キャプテンに限って滅多な事は無いだろうと思うが、一抹の不安が頭の端で燻っている。
    七武海になった時も、“麦わら”と同盟を組んだと新聞で知った時ともまた違う。今まではあんなに大きな『忘れ物』も無かった。

  • 62◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 22:07:18

    キッド海賊団との情報交換も、進展こそ無かったが無駄では無かったと思う。
    お互いに嘘は無い。分かった事も知ってる事も全て話した。その上でチリチリとした焦燥感を覚えている。
    何気ない情報の中に隠れている、何かを見落としているような気がする。
    言葉にできない違和感を、気づいているのに無視しているような気がする。

    「なあ、もしこのまま状況が変わらないで日没の時間になったら───……」
    「あーーーーーーー!!!!」

  • 63◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 22:08:30

    「……なんだ?」
    「べ……ベポ!?」
    「あ、ペンギーン! 今そっち降りるよ〜!」

    そこにいた全員が声の方角を見上げると、バサバサと葉を振り落としながら、オレンジ色のツナギを着て、大太刀を背中に背負った白クマが大木の幹をスルスルと滑り降りて来た。

    「あれ? なんで?」

    毛皮のあちこちにくっつけた葉っぱを払い落としながら、こちらの輪の中に入って来る。

    「キッド海賊団じゃん。奇遇だね!」
    「白クマじゃん、木の上にいたのか」
    「そうだよ。クマは木登りが得意なんだ」
    「白クマも?」
    「それは分かんない!」

    ハートの海賊団の白クマの航海士ことベポは、キッド海賊団がいる事にも特に疑問を持たないままあっという間に打ち解けてしまった。
    おまけにとても和やかな空間にしてくれる。

  • 64◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 22:10:58

    「ベポ、何か見つけたのか?」
    「あっ!! そうなんだよー!」

    シャチは、ベポの背中側についた葉っぱを取ってやりながら尋ねた。
    ベポは、2つに分けた探索隊の内、もう一つの方のチームに振り分けられて、海岸周辺の探索に当たっていた。
    岩場のカメ穴や波食窪なんかはすぐに探し終えてしまったから、高い木の上に登って島全体を見渡していたという所だろう。

    「あのさ、島の東側にさ、海賊船が停泊してるのが見えたんだ! 麦わらの一味の!」
    「麦わらの一味!?」
    「島の東側……」

    ペンギンとキラーは顔を見合わせた。

  • 65◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 22:12:05

    シャチがベポに重ねて確認する。

    「本当に麦わらの船だったんだな?」
    「うん。帆は畳まれてなかったから麦わらのマークが見えたし、船首のライオンも確認したよ!」
    「なんだよ……じゃあ絶対そこじゃん! キャプテン!」
    「キッドの頭!」

    クルー達はにわかに色めき立つ。安堵の声や、お騒がせな麦わらの一味への文句も聞こえ始めた。

  • 66◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 22:13:04

    「キャプテン達……麦わらの一味の何かに巻き込まれたのか……?」
    「分からん。お前ら、同盟を組んでただろう。この島で何か落ち合う予定だったんじゃないのか?」
    「いや、知らない。そんな予定は無かった。……キッド海賊団は、予定外の上陸だって言ってたもんな……」
    「とりあえず行くだけ行ってみないか。他にアテは無い」
    「……そうだな」
    「ペンギン、早く行こうぜ!」

    シャチがバシバシとペンギンの背中を叩いて急き立てる。

  • 67◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 22:14:12

    「待てよ、まずどうやって行くんだ。この林を突っ切るのか、突っ切れるのか。海岸をぐるっと回った方が良いのか確かめねェと」
    「ここまで来たのなら、林を突っ切った方が早いだろうな。露払いは任せてくれないか」
    「いや頼もしすぎる」

    キラーが再び、右手のパニッシャーに刃を装着した。キラーが先頭を行くのなら、巨大な地割れでも無い限り林の中で行き止まる事は無さそうだ。
    キラーを先頭に、成り行きで結成された二つの海賊団の合同探索隊はゆるゆると林の中を進んで行く。
    隊列などもない、談笑しながら、下手すれば鼻歌なんか歌ったりして空気はすっかり事件解決の様相だった。
    何となく最後尾に収まったシャチとペンギンの横で、ベポはキャプテンの愛刀の肩紐を改めて背負い直した。

    この島に着いてから、一体どのタイミングで?という疑問はあるけれど、もう無視したって構いやしないんだ。
    だって、あの自由な麦わらの事だ。
    きっとキャプテン達はなんやかんやと巻き込まれて、お騒がせなあの一味の、太陽を模したライオンの船にいるに違いない。
    きっとそうだ。
    そうに違いない。

    そうであってくれ。


     *  *  *

  • 68◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 22:43:42

     *  *  *


    不気味な島があるのだという。


     *  *  *

  • 69◆05Pq5YoAXw22/12/15(木) 22:52:10

    >>1です

    今日はここまでになりそうです

    短くてすみません


    保守、支援、コメントありがとうございます


    キラーさんは興味の薄い分野に対しては雑なとこあるよね

  • 70二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 23:01:55

    麦わらの一味がいると知って安心する両海賊団、その気持ち分かるよ……分かる……
    楽しみにしてます!スレ主のペースで続けて欲しいです!

  • 71二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 23:43:50

    この麦わらの一味に対する負の信頼よ

    いや本当にあの3人どこ行ったんだろうか

  • 72二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 23:47:10

    大きな忘れ物で嫌な予感はしたけどロー丸腰なのか…
    全員素手でも戦えないことはないだろうけど着の身着のままっていうのは心配

  • 73◆05Pq5YoAXw22/12/16(金) 01:01:54

    個人的 読み返す用アンカー

    >>1

    >>2

    >>9 着岸

    >>15 「ルフィはどこだ?」

    >>23 「まだあるんだ」

    >>33 原生林

    >>41 「お前ら…」

    >>48 「……まじかよ」

    >>61 「振り出しに戻る、か?」

  • 74二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 02:25:06

    鬼哭の妖刀だし何とかとかなるんじゃと思ったら置いてかれてらっしゃる……ひぇ……

  • 75二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 08:09:51

    ナレーションが怖いよー
    明るいのにじわじわ不安感がしのびよってくるのが…不穏すぎる
    各人の反応のさせ方というかエミュが上手い

  • 76二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 12:33:15

    じわじわくる薄気味悪さがあるな…

  • 77二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 16:33:04

    巻き込まれた当事者ではなくあくまで周囲の反応を書いているのが何が起こってるのかわからなくて怖い

  • 78二次元好きの匿名さん22/12/16(金) 22:14:12

    保守

  • 79二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 03:51:54

    保守

  • 80二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 05:51:29

    めちゃめちゃ続き楽しみ

  • 81二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 12:06:21

    素晴らしい、応援してます

  • 82二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 18:40:14

    保守

  • 83二次元好きの匿名さん22/12/17(土) 22:04:14

    保守

  • 84◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 01:56:03

     *  *  *

    ▼島の東部 海岸線 砂浜

    「どうせよォ、“麦わら”が頭とトラファルガー引っ張り回してどっか行っちまったんじゃねェの?」

    依然として、白砂は清く。波は柔く。風は青く。
    依然として、空は高く。森は繁く。太陽は温く。
    依然として、海鳥は鳴かず、光明は見えず、如何ともし難く。
    依然として。
    三人の船長は、行方が分からないままでいた。

    「どっかってどこ?」
    「知るかよ」
    「キャプテンなら、能力を使えば戻ろうと思えばすぐ戻って来れるはずなんだ」
    「能力が使えない状況ってこと? 海楼石?」
    「無人島だろ? 誰がそんな事するよ?」
    「いや、分かんないよ。ちょっと思っただけ」
    「どうなんだよ。麦わらの一味」
    「絶対に無いとは言い切れねえからちょっと申し訳無さもあるが、こっちもこっちで事態をそれなりに重く受け止めてんだよ」

    少しばかり心当たりのある部分にあて擦られては何も言い返せず、サンジは後ろめたさを煙と一緒に吐き捨てた。
    気をつけたつもりでも、言葉の端に苛立ちが滲む。

  • 85◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 02:00:21

    結局、船長の行方が分からなくなった2組の海賊団は、船長の行方が分からなくなった3組となっただけに留まった。

    太陽を失った一味と。
    心臓を失った海賊団と。
    エンジンを失った海賊団が、一つずつ。

    「───複数海賊団があって、見事に船長だけが消える島ですか」
    「総額懸賞金(トータルバウンティ)90億だってよ。海軍が聞いたら泣いて喜ぶ」
    「海軍だったら海賊団諸共消えてくれと思うだろうよ。キレイに船長だけが消えちまったんだから気味が悪ィ」

    麦わらの一味は、森の中からハートの海賊団、キッド海賊団が森の中から姿を現したので大層驚いた。
    いなくなったルフィを探していたところに森の中から人の気配がして喜んだのも束の間、決して知らぬ中では無い海賊団が、しかも2組もぞろぞろとやって来て船長を返せと口々に迫って来たのだから。
    先頭のキラーがパニッシャーを構えていたこと、数名のクルーが武器を持っていたことにゾロとサンジの『見聞色の覇気』が反応し、多少の鍔迫り合いが起きもした。
    一触即発の空気が一瞬流れたものの、誤解はすぐに解かれ、お互いの状況を説明するに至った。今現在、ここにいる三つの海賊団は同じ状況にあるのだと分かると、迅速に情報の共有と交換がなされる。
    この島に到着した経緯や時間や理由は異なるが、この島に到着して気がつくと船長だけが忽然と姿を消してしまった事は共通していた。
    麦わらの一味は船長を見つけられないまま動く事が出来ず、ハートの海賊団とキッド海賊団はサニー号を発見したのでこちらへの合流を試みたという事だった。

  • 86二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 02:02:35

    このレスは削除されています

  • 87二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 02:05:21

    このレスは削除されています

  • 88二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 02:08:44

    読者と麦わらの一味にとっては確かな証拠になりうる一大事なんだけど、弁当持たないで消えたしか説得材料がないのちょっと笑う

  • 89◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 02:10:14

    すみません、セリフが一個抜けちゃったので
    86と87は一回削除しました

  • 90◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 02:10:35

    「……そうなのよね。そう、まだ分からない……」

    隣にいたブルックと、キッド海賊団のクルーの会話を聞いていたロビンは何か考え込むようにしてつぶやいた。

    「どうされました?」
    「いえ、ちょっと……。あらゆる可能性は、考えておくべきだと思って」
    「? 分かんねェけど、まぁ同感だ」

    とはいえ、二組が三組になったところで好転する事は何も無く、むしろ得体の知れない薄気味悪さだけが募る。
    出来る事はといえば、増えた人手を活かして捜索の範囲を広げることくらいだった。
    ハートの海賊団とキッド海賊団は数名が、船番をしている残りのクルーに状況を伝えるために自船に戻っていく。船長たちが自力で戻って来たことを考えたら、船の停留場所は動かさない方が良いだろうという事になった。

    鼻の利くチョッパーと植物に詳しいウソップが先導するチームは、森の中へ捜索に入っていく。
    ハートの海賊団から潜水が得意な者数名を選出し、ジンベエが指揮を執って浅瀬からもう少し範囲を広げて海中の捜索に当たっていた。

  • 91二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 02:16:23

    ナンバー2が頼れるやつ多くて良かった……

  • 92二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 02:23:56

    太陽を失った一味と。
    心臓を失った海賊団と。
    エンジンを失った海賊団が、一つずつ。

    ここの表現めちゃくちゃ好きだ

  • 93◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 03:13:40

    一方、海岸に残された船員たちは手持ち無沙汰なもどかしさで、和気藹々と談笑が出来るはずもなく。

    「だァから! 弁当を持たねえでいなくなったって言ってんだろクソ野郎!」
    「だからそれが何だってンだよ!」
    「この重大さが分からねぇのか!?」
    「たかが弁当だろ?!」
    「確かに、“麦わら”めっちゃ食うんだよ!」
    「話がややこしくなるから『ハート』はちょっと黙ってろって!」

    過去の数々の行いが祟って、未だ一部の船員ににわかに疑いを掛けられている“麦わらのルフィ”の冤罪を、大幹部であるところの“黒足のサンジ”がなるべく波風立てぬように晴らそうとしていた。
    船長不在の場で、船長が(おそらく)憎からず思っているであろう他船のクルーとの諍いは、海の皇帝となったルフィの格を落とすのではないか。船長の顔に泥を塗る真似になりやしないかという忠義心と、言い逃れできないくらいの心当たりの狭間で葛藤していた。
    他船の船長を巻き込んで未踏の島へ勝手に突っ込んで行く、やりそうかやらなそうかで言ったら全然やりかねないルフィなのだが、しかしサンジにも彼なりの譲れぬプライドがあった。

  • 94二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 03:34:17

    このレスは削除されています

  • 95◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 03:35:46

    「食欲もそうだが、おれの弁当だぞ! おれが丹精込めて作った弁当を、アイツは置いて何処かに行ったりしねェ! そんな事今まで一度だって無かった! おたくン所の船長が心配なのは分かるが、おれだって同じ立場だ。分かってくれとは、言わねえが……!」
    「……悪かった。こんな所でアンタに当たったって仕様が無ぇのに」

    相手のハッとした様子に、サンジも深呼吸をして、無言で首を振る。皆が少しずつ冷静を欠いているのだと、自覚していなければすぐにでもこの空気に呑まれてしまいそうだった。

    「アンタ、吸う人か?」
    「ああ、まぁ、吸うけど」
    「詫びにもならねぇけどさ、付き合ってくれよ」
    「すまん……ありがとう」

    サンジはタバコの箱を叩いて、相手に一本差し出した。ライターも差し出して先端に火をつけてやりながら、ルフィ達が見つかったらここにいる全員が腹いっぱいになるまで、俺がもてなしてやると心に誓う。

    「キャプテン達、どこに消えちまったのかな。滅多な事なんか無いとは思うんだけど……」
    「頭もなァ。結果的にはぐれて一人になっちまう事はあっても、おれ達を置き去りにするような事は絶対しねえ人なんだよ」
    「何も出来ねぇのがもどかしいよ。ルフィの奴、ひょっとしたら今頃、どっかで腹空かせて倒れてるかも知れねェってのに……!!」
    「“四皇”の心配のされ方か? それが」

  • 96二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 04:20:56

    >確かに、“麦わら”めっちゃ食うんだよ!


    いやあ…ワノ国で本当にお世話になってたなあ

  • 97◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 05:52:21

    「それ、トラ男の刀だろ」
    「うん……」

    サニー号のすぐ側の波打ち際で、枯れ木の倒木にゾロとベポが並んで座っていた。
    寄せては返す波の泡沫、雲の無い空と海の曖昧な境界線を眺めるでもなく、二人は静かに座っている。太陽はほぼ南中にあり、サニー号の影はほとんど無い。

    「お前はそれ、持ってても何とも無ぇのか」
    「? なにが?」
    「いや……、平気なら良いんだ」
    「?」

    先刻、森の中からハートの海賊団とキッド海賊団が森の中から現れる数秒前。
    実は『見聞色の覇気』に優れているサンジよりも、森の奥の気配にゾロは先に気付いていた。
    ゾロの警戒心に無遠慮に指を掻き入れて来たのは、パニッシャーで藪を切り拓きながら先頭にいたキラーの気配よりも、主人を見失って鞘の中で啜り泣くローの愛刀『鬼哭』の声だった。

  • 98◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 05:53:58

    『鬼哭』が妖刀なのは分かる。見ればとか触ればとかそういう事じゃ無く、『分かる』。
    ローと同盟を組んでいたのは短期間だったが、それでも『鬼哭』がこんなにも泣き咽び、しかも深淵の奥底で嘲り笑っている様な声は聴いたことがなかった。それはローがきっちりと『鬼哭』を手懐けていたからなのだろう。
    主人の供を許されなかった妖刀の気に当てられて、腰に提げている三振の愛刀の内、同じく曰く付きの妖刀『閻魔』が血気に逸っているのを感じている。

    『主人に置いて行かれた口惜しさ』という、妖刀に対してこれ以上無く相性の悪い(つまり、相性の良い)感情を酌んだ刀を、鞘に収まっているとは言えそのまま何でも無い事のように抱えているベポを、ゾロは心配半分、信じられない気持ち半分で見ていた。
    …………人じゃないからか?

    ベポは森の中を歩き回って暑かったのか、オレンジ色のツナギの上半身部分だけを脱ぎ、袖を腰に巻いて結んでいた。肩紐を掛けて背負っていた大事なキャプテンの愛刀を前に抱えているので、『鬼哭』は鍔だけじゃなく鞘ごと白いふかふかの毛皮に包まれている。

  • 99◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 06:02:15

    「あのさ、ロロノア」
    「おう」
    「麦わらの弁当も大事件だと思うんだけど、キャプテンがこの刀を持って船を離れるのも相当な大事件なんだ。おれ達にとっては」
    「あァ。察するよ」
    「キャプテンがフラフラどっか言っちゃうのは、慣れっこだと思ってたのにさ」

    ベポは『鬼哭』を、大事なものにそうするようにぎゅっと抱きしめた。

    「よっぽどの事じゃないと良いな……! それでも、今起きてるのは多分、普通の事じゃないはずだから……せめて、麦わらが一緒にいてくれたら良いな……」
    「ギザ男もな。それより、ベポ」
    「ん?」
    「お前は何でさっきからずっとおれの袂を掴んでんだ」
    「え……。だってさっき、ナミとチョッパーとゴッドにロロノアの服を掴んどいてくれ絶対に離すなって言われたから……」
    「なんでだよ……!」

  • 100二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 06:35:45

    まあゾロが悪いよ

  • 101二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 07:17:36

    不穏だな…って展開にちょくちょく挟まれるギャグでつい笑う
    迷子防止でベポに裾掴まれてるゾロw

  • 102二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 08:40:30

    えっ、めちゃくちゃ面白い
    応援してます。完結まで頑張って!

  • 103二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 08:42:52

    情景描写が綺麗ですごい好きです。
    楽しみに待っています!

  • 104◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 12:13:08

     *  *  *

    「おーーい、戻ったぞーーー!」

    帰還の声と共に、森の中を担当していた捜索隊が戻って来た。

    「よかった……! おかえり!」
    「全員揃ってますか?」
    「ああ。おれが最後だな」

    ウソップとチョッパーを筆頭に、キッド海賊団のクルー数名、ハートの海賊団のクルー数名を連れて、もしもの事を考えてキラーが殿(しんがり)を務めていた。

    「結論から言うと、それっぽい手掛かりは何も見つからなかった……」

    皆の姿を見て安心して気が抜けたのか、ウソップは黒カブトを肩に担いだまま、大きな石の上にヘナヘナと座り込んだ。
    靴の裏はもちろん、鼻の先や頬、両手の指先がところどころ土で汚れている。

    「それでも構わない。全員揃って帰ってこられただけでも、大きな収穫だろ」

    三組の海賊団が集まって、手分けして捜索の網を広げようとした時に、反対とは行かないまでも、不安を覚える意見もあった。
    少人数に分かれて大丈夫なのか。姿が見えなくなってしまうのは大丈夫なのか。また新たに、誰かの行方が分からなくなってしまうんじゃないか。
    当然と言えば当然だが、それでも何もせずじっとしている訳にもいかない。

  • 105◆05Pq5YoAXw22/12/18(日) 12:14:27

    「みんな無事で良かった……」

    袖で顔を拭おうとしていたウソップに、ロビンが水で濡らしたタオルを差し出してくれた。
    泥だらけになりながら捜索にあたってくれた他のクルーにも、タオルを渡して回っていたらしい。

    「ありがとうロビン。収穫は無かったけど、この森の中はヤベェって証拠は山ほど見つかったよ。チョッパー……大丈夫か?」

    森の中を歩き回っていた『獣型』から『人獣』型に変身したチョッパーは、両の蹄で鼻先をこすっていた。

    「どうしたの、チョッパー」
    「おれ、ずっと森の中の匂いを調べてたんだ。ルフィの匂いも、トラ男とギザ男の匂いもここ近辺の森の中じゃ見つけられなかった。ここにいる皆以外のヒトの匂いも見つけられなかった。……その代わり、ずっと変な匂いがしてた」

    ずず、とチョッパーは鼻をすする。

    「古新聞みたいな匂い。古くなったインクの匂いが強かったかな。あとは古い紙の匂い」
    「古新聞があったの?」
    「いいえ。探してみたけど記事の切り抜き一枚すら見つかってないです」
    「匂いは正直、チョッパーじゃないと分からないレベルだった。でもおれはそれ以上にヤバい事に気づいちまった」

    ウソップは帽子を脱いで、少し乱暴なくらいに濡れたタオルで顔をこすった。
    さっき森の中でとらわれて、まだ身体に染み付いた怖気ごと拭い去るように。

    「こんなに自然豊かなのに、花がひとっつも咲いてないんだ」

  • 106二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 15:15:02

    えっなにそれ
    花が全くないってことは被子植物は完全除外、裸子植物・シダ植物・コケ植物・地衣類、地衣類とコケ植物は成長速度と独特の見た目で他のメンバーが気付いてないから除外、裸子植物は花弁はないけど花粉や胚珠があって植物に詳しいウソップが花がないと断言するってことは一応除外、木生シダ植物ばかりの古代島…?

  • 107二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 15:38:47

    >>106

    花が全くない=花をつける植物が存在しない

    とは限らない

    例えば今が春で桜の木が存在するから本来なら桜の花が咲いてないとおかしいのに一切花が咲いてないとかかもしれない

  • 108二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 16:29:25

    古いインクってことは没食子インクに防腐剤として加えるフェノール類(石炭酸)の香り?

  • 109二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 16:53:51

    不思議島ってことなんだなーで思考停止してたからちゃんと考察できる人の頭の回転と知識量を尊敬する

  • 110二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 17:06:57

    冒頭に「この辺りは広大な気候海域を持つ春島諸島郡の近海で、そこの領海にいるうちはしばらくこの麗かな天気が続くらしかった」ってあるんで、もう花が咲いてないこと自体がたとえ冬でもおかしいのかもしれない。温暖湿潤気候なら冬でもホトケノザとかヒメツルソバみたいなのは咲くし、雪や霜が降りても福寿草やスノードロップは咲くから

  • 111二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 17:42:09

    「こんなに自然豊かなのに」って言ってるってことは、確かに割と見知った植物もあるのにって意味かもしれないな
    木生でもシダ植物は見た目が結構特徴的だしね

  • 112二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 18:10:01

    所々ある人工物、地図にない島、古新聞みたいな匂い、花一輪も咲いていない大自然…これがどう船長達の神隠しに関わって来るのか…
    めちゃくちゃ楽しみ

  • 113二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 19:20:10

    考察が捗る良質なSSスレ

  • 114二次元好きの匿名さん22/12/18(日) 23:39:55

    シダ系のテルペン類の香りはフェノール類とはやっぱり違うしなあ
    読み返したらウソップが「青い広葉樹」って言ってるしシダではなくて花が咲くはずの植物に咲いてないって線がやはり強いな
    島に打ち寄せただけかもしれない網やロープ、割れたブイは置いといて、島に明確に誰かが建設しないと存在しないものとして人がかなりいないと作れない灯台らしき赤白の塔、加工技術がガッツリ関わる板と縄による桟橋の痕跡、石造りの波止場、その割に原始的な石を集めただけのかまど…

    ロビンちゃんが言った上陸時の「静かね……」って言葉、聞こえない海鳥の声…いやうららかな初夏の森があるのに鳥の声が一切無いなんて思い返すとおかしい
    まさか生き物がいない…?土台だけ作ったはいいがかまどは用を果たせなかった?

  • 115二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 02:00:07

    ヒトの匂いはせず、それ以外の匂いは古紙みたいな匂いがずっとする
    今のところヒトどころか他の生物もいないとは怖いな
    海鳥の鳴き声もしないとしたらもしかしたら島付近の海にもなんにもいなかったり..?

  • 116◆05Pq5YoAXw22/12/19(月) 04:06:07

    「そんな事あるのか?」
    「いやァ、分かんねー。そういう生態系の島って言われちゃそこでおしまいの新世界だからな」

    顔を擦ったタオルから目線だけを覗かせて、ウソップはうんざりしたように言う。
    島に到着した時は瑞々しい自然が自分たちを歓迎しているかのように思えたほどだったのに、今はなんだか無性に居心地が悪い。
    拒まれているとかならまだしも、なんだかこう、撹乱されているような気分になってくる。
    ウソップは黒カブトに体重を預けてぼんやりと脱力するしか無かった。


    「ねえ、さっきから気になっていたんだけど……それは何?」

    ロビンがタオルを渡しながらキッド海賊団の戦闘員・ワイヤーに尋ねた。ワイヤーも、キッド海賊団のクルーの中から選出された森の中の捜索隊の一人だった。
    ロビンの視線は、ワイヤーの大きな左手がわし掴んでいる絡まった紐の束のような物に向けられていた。

    「……なんだと思う?」

    ワイヤーは紐の束をロビンが見やすいように掲げてくれ、逆に質問を返して来た。
    色は赤。よく見ると微細な繊維が飛び出しているふわふわとした材質の撚糸のように見える。つまり馴染み深い言い方に直すと。

    「毛糸……? に見えるわ」
    「うん。おれもそう思う」

    そうやって、ゆったりと真顔でのたまうワイヤーに、ロビンは珍しく不意をつかれた心持ちになった。こちらから質問しても、のらりくらりと躱されてしまいそうな掴めない感じ。

  • 117◆05Pq5YoAXw22/12/19(月) 04:08:03

    ワイヤーの左手が掴んでいる毛糸は絡まっているが、解いて束ねればセーターは無理でも帽子くらいは編めそうな長さがありそうだった。
    しかし、よく見てみると糸の端口が何箇所も見え、短い毛糸が何本も集められてぐしゃぐしゃに丸めてあるだけなのだと分かる。

    「あのさ。どの陣営の誰でも良いんだけど、呪いとかおまじないに詳しい人いない?」

    自分とロビンの会話に、周囲にいた面々の耳目がなんとなく集まっていたのに気づくと、ワイヤーは顔を上げて周囲に尋ねた。
    ざらり、とした耳触りの単語が聞こえた気がする。そりゃあなんか、今さらと言えば今さらなような気もするし。手遅れと聞けば手遅れなような、そんなどうしようもない感覚を覚えても。

    「それは、どうして?」

    ロビンが少し緊張した面持ちで尋ねる。

    「確かさあ、この毛糸の……なんだっけ。撚り方? なんか名前があった気がするんだよね。おまじない的な。誰か分かんないかな」

    毛糸を指先で摘んで擦るようにすると、繊維がほつれ、ほどけていく。
    毛糸の繊維の撚られ方なんて気にした事は無いけど、なんだかどうもこの赤い糸は普通の物とは違っている。なんだかもっと違うどこかで、こんな風になった紐みたいなのを見たことがある気がする……。
    ワイヤーは細いため息を吐きながら、手慰みみたいに毛糸の繊維をもてあそんでいる。

  • 118◆05Pq5YoAXw22/12/19(月) 04:08:41

    「ていうかよ、そもそも何だよそれ。森の中で見つけたのか?」
    「そうだよ」
    「先言えよそれを」

    のらくらと、掴みどころが無いように見えて、実は先ほどから聞かれた事にはちゃんと答えているワイヤーを見て、むしろ掴みどころが無いなとロビンは思ってしまった。見た目の印象を裏切っているのがかえって裏切りのように思える、などと理不尽な感想を抱きながら。

    「どこにあったの?」
    「……聞きたいか? ロビン」

    げんなりした様子のウソップが横から声を投げて来た。毛糸の話を聞いて何かを思い出したのか、見るからに憔悴した様子だ。
    それでもワイヤーは淡々と、ウソップの青い顔などお構いなしで業務連絡みたいにこの毛糸を発見した時の様子を教えてくれる。

    「なんか木に絡まってたというか……木の幹に、10周ぐらいぐるぐる巻き付けてあって」
    「はあ……。道を見失わない用の目印かなんかか?」
    「たぶん違うと思う。気づいたら視界に入る木の全部にこれと同じ赤い毛糸が巻き付いてるエリアがあってさ。さすがにキモかった」

    しかもおれの目線の高さと同じくらいね、全部。と付け加える。

    「その中の何個か、ナイフでぶっちぎって持ってきた。撚り方がなんか変だなって気づいたのは切った後。おれ何かやらかしたかも」

  • 119二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 08:30:31

    うわ…木の全部にって不気味すぎるなんだそれ…
    ぶっちぎったからひしひしと感じるやらかした感ー!

  • 120二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 09:57:25

    気づいたら視界に入る木の全部に…って怖くないか?
    そんなんあったらすぐ気付きそうなもんなのに視界に入る全部になるまで気付かなかったんだろ

  • 121二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 10:03:16

    認識阻害の効果もあるのか?

  • 122二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 10:06:14

    全部目線の高さと同じくらいって言ってるの怖いわ…普通すぐ気付くやつじゃん
    撚り方が呪いとかおまじないとか、そんなん詳しいやつ3海賊団の中にいるのか?

  • 123二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 10:20:22

    ホーキンスが来てたら理由わかったかもしれないけど居ないっぽいしな

  • 124二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 12:06:21

    この3陣営の中で1番知識がありそうなロビンがわからないと他にいるかな

  • 125二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 12:21:01

    切った結果がヤバいのかヤバくないのか、現時点で分からんの怖いな
    逆に閉じ込められる結界的なエリアで切らないとその赤い毛糸エリアから抜け出せなかったんだったりして
    案外ファインプレーだったりしてくれないかな

  • 126二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 12:26:26

    >>120

    ワイヤー、キッドと比べても結構身長高いからね

  • 127二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 12:27:30

    生物的な繊維ならチョッパーが詳しいだろうけどなあ
    おまじないは…
    どうでもいいけどワイヤーって名前のやつが赤い毛糸っぽいものの話をしてるのややこしいなw

  • 128二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 14:22:55

    >>120

    足元ばかりみてたのがふと目線を上げると…ってことかもしれない

  • 129二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 14:46:21

    赤い糸が寿命とか人間間の縁とかだったら切るのやばそう
    いやそもそも、そんなもの見つけて共有せずに下手に外すの度胸ありすぎるけど……海賊ってすごいなぁ

  • 130二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 19:31:11

    変な伝承系ならブルックも詳しそうだからもしかしたら知ってたりしないかな
    会話に加わらなかったってことは知らないのかな

  • 131二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 21:08:59

    特徴的なより方の紐を使うおまじないってなんだろう
    知ってる呪いが丑の刻参りとか蠱毒レベルだけど、ワイヤーに見覚えがあるならメジャーないい効果のおまじないの可能性もあるよね

  • 132二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 21:10:14

    赤くてそこまで長くない繊維、で最初に想像したのがキッドの髪の毛だった
    でも紐にして森のあちこちに結ぶほど抜いたらハゲそうだな

  • 133二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 21:31:15

    女の子がするようなおまじない系ならキッド海賊団にわかる子いるかも
    麦わらの女性陣とハートのイッカクさんはそういう女の子っぽい事してない(それどころじゃない)子供時代送ってそう

  • 134二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 21:57:55

    >>132

    全部じゃなくて藁人形みたいに少しだけ混ざってる可能性もあるかも

  • 135二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 22:29:28

    >>128

    目的が捜索だから、地面にアタリをつけてる訳でもないし、初めての場所で全員下ばっかり見てるかな?

    道が分からなくなって迷っちゃう

    赤は目立つから何本か遠くから巻き付いてる木が見えた時点で目につく気がする

  • 136二次元好きの匿名さん22/12/19(月) 22:48:35

    赤って具体的にどんな赤だろう?
    チョッパーの鼻に引っかかってないから血染めではないんだろうけど……

  • 137二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:19:56

    赤い紐の状況からくる得体の知れないものへの忌避感を理由をつけることによって拭いたいような雰囲気いいな

  • 138二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 00:28:18

    >>137

    ・謎が謎のまま終わるよ

    なのはわかってるけど何もわからないまま現行のホラースレを見守るのが怖い

    考察してるうちは恐怖に対抗できてる気分になれる

  • 139二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 01:12:41

    最初らへんにキッド海賊団達が見つけてた腐葉土でいっぱいの大きな穴っていうのも気になるな

    ゴミ捨て場なのかと推測が描いてあったけどゴミ捨て場なんて優しいもので収まる気がしない

    というか穴掘って葉っぱ貯めて放っておいたら数年経って腐葉土になった?なんのために葉っぱ集めたんだ?


    >泣き咽び、しかも深淵の奥底で嘲り笑っている様な声

    鬼哭の反応まで書くの描写細かくて好きだけどやっぱり不穏

  • 140二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 08:04:23

    誰もいないわけではないのかな?の割には気配感じないっぽいし謎だ

  • 141二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 17:47:06

    ほしい

  • 142二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 18:16:58

    まって⬆︎がこわい待ってほしいって何!?(ギャン泣き

  • 143二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 19:15:53

    物語関係ないところで勝手にホラー増やすなァ!

    でもなんとなく「保守」って書こうとしただけのような気もする

  • 144二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 19:41:49

    >>139

    そういや鬼哭って鬼哭啾々から来てる名前だもんな…オカルト適性としてぴったりすぎる

    ぶっちゃけローに健全に使われすぎて妖刀ってこと忘れる

  • 145二次元好きの匿名さん22/12/20(火) 23:52:17

    最初に出てきた隣の島も謎のままだし、謎が謎を呼ぶだけで一向になんの糸口が見つからないのが怖い

  • 146二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 06:43:30

    「ナニカの擬態かなぁ」
    というのが今の所の感想?考察?だな
    人が寄って来るように人が居るように見せているけど本質的に別のモノだから上辺だけしか真似出来てない、みたいな…?

  • 147二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 08:07:42

    この不気味さ、某ワンピ映画と似てるかも
    魅力的な島に見えたはずが、人の気配がありそうでないわ仲間消えるわのホラー展開……

    三船長、食べられてないよね?

  • 148二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 08:16:27

    >>147 オマツリ島の話はやめてよー!

    アレ未だにトラウマなんだから!

  • 149二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 10:35:48

    なんの根拠もないけど擬態というより普通だった島がおかしくなったって印象かな
    島の入り口の桟や漁具に違和感はなかっのに奥に行くにつれ変なことが起きてるからその方向で何かがあったのかなって

  • 150二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 15:05:59

    島が来訪者の認識を狂わせて互いを認識できないようにしてるとか
    実は三船長も同じように仲間たちが消えたと思って必死に探してたりして

  • 151二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 16:50:39

    森に火を放って燻り出そうととしてたけど実は最適解だったりして

  • 152二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 17:59:30

    不穏なんだよな…
    それはそれとして各キャラの反応がすごくらしくて好き
    エミュが上手い

  • 153二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 23:00:36

    三船団でかなりの大人数いるはずなのにあんま混乱せずスラスラ読める
    誇ってくれ1
    無理しないでね
    続き待っとるよ

  • 154二次元好きの匿名さん22/12/21(水) 23:06:47

    赤い紐というと、地雷の印くらいしかすぐに思いつかんな……それにしたってそこまで特徴的な結き方するわけじゃないし……

  • 155二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 02:27:44

    >>150

    認識を狂わせてるとすると、毛糸が巻き付いてた木が何か別のものだった可能性があってものすごく怖い

    木以外でそんなずらっと並んだら何かも想像できなくて怖い

  • 156二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 03:05:01

    本当にエミュが上手いな?!ワイヤーの飄々とした感じがめちゃくちゃ好きだ
    応援してます

  • 157◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 06:13:37

    「なんでお前はそういうモンを躊躇なく持って来れるんだよ」
    「なんか途中からムカついて来てさ」
    「何が。どこにキレてんだよ」
    「人がいないように見せたいのか、いるように見せたいのか分かんないし。どっちにしろ中途半端な仕事だから。おちょくられてるみたいでさ、ムカつくでしょ」

    ワイヤーは手の中で毛糸の塊を手すさびで揉む。赤い端口を見つめながら、ぼそぼそと落とされる言葉の縁が鋭利に尖っている。

    人影は無い割に、漁業の痕跡や桟橋がある。
    手付かずの原子林がある割に、人の手で掘られた大穴がある。
    民家は無い割に、大掛かりな石造りの波止場がある。
    海鳥は鳴かない。植物は花をつけない。
    なのに古新聞も毛糸も、工業製品の極地みたいな物ばっかでわざとらしさが鼻に付くでしょ。
    新世界の賢い動物たちは毛糸を紡いで木に巻きつける習性でもあるの?

    「ムカついてる方がまだ正気保てそうじゃん。素直にビビってやるのも思う壺だとしたら余計腹立つし」
    「あなたは、作為的な意思を感じる?」

    ロビンが言葉少なに問う。
    言葉少なに問うから、言葉少なに問い返す。

    「んー……。『ヒト』の?」
    「……『ヒト』に限らず。……あら」

    逡巡するワイヤーの言葉を待つロビンの視線が沖の方を見て何かに気づいた。

    「海中の探索チームが帰って来た!」


     *  *  *

  • 158◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 06:16:28

     *  *  *

    「シャチ! みんな!」
    「ペンギン! どうだった?」

    潜水が得意なハートの海賊団から選抜された、海中探索チームがザブザブと浅瀬を歩きながら浜へ上がって来る。
    三つの船からかき集めた大判のタオルを渡し労おうと、探索チームの周りににわかに人だかりが出来た。

    「ひとまず、チーム全員帰還したか?」
    「ああ、さっき点呼を取った。全員揃ってる。正直なところ、ほっとしてるよ」

    潜水服の前を開け、袖を抜きながらペンギンが答える。

    「海中は、どうだった? ……何かあったか?」

    一人が、慎重に尋ねた。そこには言葉とは裏腹に『何も無いで欲しい』という願いがあった。
    森の中の探索チームとは明らかに期待する方向が違う。
    三人の船長が『海に嫌われている事』を思えば、むしろ海の中で何かが見つかって欲しい訳が無かった。

    「いや……。キャプテン達の行方が分かりそうなモンは何も無かったよ……」

    キャスケットを脱いで髪の水気を払いながら、シャチが言う。隣のペンギンと帽子の水気をギュッと絞る動作が揃っているのがなんだか面白い。
    シャチはキャスケットを被り直すと、潜水服のポケットから出したサングラスをかけ直した。

    「森の方はどうだったんだ?」
    「いやァ、なしのつぶてさ」
    「…………そうか」

    ペンギンは少し迷って、力なくため息を吐いた。
    おれ達『海中探索チーム』は何も無いことを喜んだのだから、『森の中の探索チーム』も何も無かったことを喜んでも良いんじゃないだろうか。

  • 159◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 06:19:10

    「何も無かったかどうかは意見が分かれる所だな……」
    「え? 何……?」
    「血痕とかでもあった方がまだ分かりやすくて良かったんじゃないのって話」
    「は? 何? 怖い話?」

    シャチは片足ずつブーツを脱ぎながら、逆さに振って中の水をはき出している。

    「ねえ。ジンベエはどうしたの?」
    「あ、ああ。もう戻って来ると思う。“海侠”はおれ達じゃどうしようもないくらい深い所の海底まで周ってくれてたみたいだからさ……」

    少しだけ、歯切れの悪い言い方だった。
    自分の靴のつま先を見つめながら、居心地悪そうな、気まずそうな。

    「ジンベエに何かあったのか!?」
    「いや、違う違う! 何もないよ、安心してくれ! ……ただ、な」
    「……あのさ、そっちはさ、森の中で『何』見つけた?」
    「何って……」

    神妙な顔をして、声を潜めてシャチが問うてくる。
    本心では聞きたくない。
    しかし、森の探索チームの成果が全くの異常無しだったなんて、そんな風には思えない。
    この島の海底に広がっていた光景をこの目で見てしまったら、そんな素直に、能天気に思える訳がない。

  • 160◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 06:20:52

    「遅くなってすまん、今戻ったぞ!」

    ややあって、探索チームの指揮を立派に務めたジンベエが浜の陣営に合流して来た。
    海中探索チーム全員の姿が揃ったことでほっとしたのか、僅かだが場の空気が緩んだ気がした。

    「やや、かたじけない。ありがとう」

    ハートの海賊団のクルーにタオルを持って迎えられて、右手で手刀を切ってから丁重に受け取った。
    左腕には、歪な棒切れのような物を何本か抱えている。

    「無事で良かった。何かあったの?」
    「うぅむ、それがな……」

    心底ホッとした顔で尋ねたロビンに、ジンベエの返答は言葉を選んでいるようだった。

    「海中は……そうじゃな、目立った異常は見つけられんかった。人を喰うような獰猛な海中生物もおらんようじゃし、離岸流や渦潮なんかも観測できん」

    海中を探索するのに、ジンベエ以上の適任者などいないだろう。心のどこかで安心したい気持ちが逸れば逸るほど、ジンベエの曇った表情が引っ掛かる。
    ジンベエは少しの沈黙の後、意を決して続けた。

    「……海底から浚ってきて良いものなのか、お前さんらに見せて良いものなのか、判断が付かんじゃったが……あの異様さを言葉で説明するよりは、見てもらった方が早いじゃろう」

    少しだけ迷ってから、腕に抱えていた黒ずんだ何本かの棒切れのようなものを、そうっと砂浜の上に並べて行く。

    「────スコップ?」

  • 161◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 06:23:17

    ジンベエが並べたのは、十数本の『スコップ“だった”物』だった。
    匙のようになっている先端の刃と持ち手の部分のみが金属で出来ていて、その間を木製の棒が柄として継いでいる。
    よく見る形のスコップなのだが、並べられた物は全て、木製の柄の部分で真っ二つに折られていた。
    持ち手の部分だけ、真ん中できれいに折れた物、匙の部分だけが捩じ切られたような形のもの、様々で。
    長さも、匙の大きさも、柄の太さも、海中の中で沈んでいた年月の長さも不揃いな。
    海中の中で朱く錆びきった物、緑青化した物、黒ずんだ物。藻や固着生物が付着して元の輪郭が判別できない物。
    大量の『スコップ“だった”物』。

    「ウゥっ、なんだこりゃ……」
    「気味悪ィ……」
    「異様なのはその数じゃ。海底が見えん程じゃった。千や二千では効かんじゃろうな。まるで黒鉄(くろがね)で出来た珊瑚礁じゃった」

    ジンベエは一人、海底を浚っていた。
    潜水がちょっと得意なくらいでは、『人類』ではどうしようもできないくらいの深度の海底を探索している時に、その異常な光景に出会した。

    最初は、漂流の果てに沈んだ枝か何かが海底の砂に刺さっているのだと思った。

    近づくほどにその光景は異様さを増し、もはや数える気も失せるほどに夥しい数の、折れ、曲がり、砕けたスコップの残骸が海底を埋め尽くした。スコップの墓場と言うには、あまりに無惨で浮かばれない。例え、物とは言え、余りに粗末な最期じゃないか。
    “海侠”ともあろう男が、あまりの光景に海底に降り立つ事を躊躇った程だ。このまま足をつけば、死屍累々の底を踏み抜いて、錬鉄の地獄へ落ちて行くんじゃないかと考えた。

    想像を絶する不可解な現象と、その証拠を並べられて、言葉が出ない。
    無残な姿の錆びついた鉄端と棒切れが、真っ白な砂の上に並んでいる光景が現実離れし過ぎていてクラクラする。

    「これが何の手掛かりになるとも知れんが……数本ばかり、拝借して来た。」
    「えー。持って来ちゃったの? おれと同じ事してんじゃん。呪われても知らないよ」
    「なんでお前らはそうやっておっかない事ばっか言うの!?」

  • 162二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 08:25:35

    ひえ、ますますホラー味が…!

  • 163二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 09:45:39

    ワイヤーのムカつくからって考え、キッド海賊団らしくていいな…

  • 164二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 09:49:03

    エミュが上手い……

  • 165二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 10:09:25

    このスコップって関西で言うシャベルでいいんだよね?文脈的に

  • 166二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 10:11:05

    スコップは園芸とかで使う小さいヤツ(子供が使うおもちゃみたいなやつ)
    シャベルは農家とかが使うゾンビアポカリプス物でたまに武器として使われる1mぐらいあるやつ

  • 167二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 10:13:35

    >>165

    シャベルスコップって呼び方に地域差あるもんね

    持ち手、柄、匙に分かれてるし片手で使える小さいやつじゃなくてこっちのことだと思う

  • 168◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 12:02:31

    >>1です スレ開いたらコリブーおってわろた


    最後まで自我出さないつもりだったけど残り約30レスくらいになって焦ってるよ!

    この後はそんなに長くはならないと思うんだけど、なんとか1スレ内に纏めたいです(管理大変そうだから)


    3日も空いたのに感想・考察・保守、全部全部ありがとうございます。♡付ける事くらいしか出来ないけど嬉しいです。

    まだ最後まで書き終わってないけどこのままクライマックスまでなだれ込むぞ!

    お付き合いよろしくお願いします!オリャー!

  • 169◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 13:01:50

    ワイヤーに文句を言うシャチの悲痛な叫びを聞き流しながら、ペンギンは袖の水気を絞りながら少し考えて、潜水服を着直さずに袖を腰に巻きつけて結んだ。
    スコップの残骸を取り囲む人の輪から半歩引いて周囲を見渡す。

    向こうの人だかりの中心にいるのは“黒足”のようだ。どこの船から持ってきたのか、でかい寸胴鍋を火にかけるための竈(かまど)を組んでいるらしい。昼飯の用意だろう。
    あっちでは、主にうちの船員が木と木の間にロープを張り、洗ったタオルなんかを干しているのをキッド海賊団のクルー達が手伝っているようだ。
    麦わらのライオンの船の影から“鉄人”が姿を現した。何かの作業をしている。
    その脇に、横倒しの丸太に並んで座っているロロノアと、ベポの後ろ姿を見つけた。
    ベポも、自分と同じようにツナギの上半身だけ脱いで、腰に巻いているようだ。

    「……なぁ、シャチ」

    ペンギンはシャチにだけ聞こえるようにそっと呼びかけた。意図を察して、シャチもそれとなく人の輪から離れて来る。

    「やっぱりさ、この辺暖かいよな」

    あごでベポの背中を指し示す。
    シャチは同じようなスタイルになっているベポとペンギンのツナギを見てから少し考えて、首をひねった。

    「そうか? まだ濡れてて分かんねえ……風は気持ちいいけど。こっち側は陽も出てるからじゃね?」
    「そうなんだけどさ……」

    ペンギンは森の方に振り返る。木々に遮られて見えるはずなどないのに、島の北側に停泊させているポーラータング号と、そこで船番をしてくれている船員達の事を想った。

     *  *  *

  • 170◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 15:04:21

     *  *  *

    「ただいまー!」
    「海上部隊、帰還したぞ! 損傷、欠員、共にナシだ!」

    最後に、浜辺の陣営に合流して来たのはフランキーとナミと、キッド海賊団の測量士で組んだ海上探索チームだった。
    森と海中のチームがそれぞれの探索を開始して少しした後、手持ち無沙汰で落ち着かなかったナミが提案して組まれた部隊だ。
    サニー号に搭載されている外輪船、ミニメリー2号に乗って、海上に見える手掛かりが無いか探索に当たっていた。
    潮流を観ながらナミが操縦し、キッド海賊団のクルーは島周辺の海洋や気候のデータを採りながら捜索にあたり、フランキーがそのシステムを運用する、プロフェッショナルのチームだった。

    「おかえり。無事で良かった」

    キラーを筆頭に、キッド海賊団の仲間たちに迎えられて測量士はどこか安堵の表情に変わる。

    「どうだった?」
    「……。空気読めてないかもだけど、『アレ』乗るのちょっと楽しかった。なんかアトラクションみたいで」
    「良かったな」

    成果は無くとも、無事の帰還だけで上々だった。不安を払拭しようとおどけた様子でミニメリー2号の感想を伝える彼女に、キッド海賊団の面々も笑って答える。
    だがフランキーはそれを聞き捨てならないようだ。

    「おいおい、お姉ちゃんよ。見込みはあるようだが訂正させてもらうぜ。アトラクションだなんて子供騙しじゃ断じてねェのさアレは! アイツは! サニー号とおれが誇る超(スーパー)アシスタント・システム!! ソルジャードッ」
    「聞かなくていいわ、無視して」
    「慣れてるね」

    まるっと受け流してフランキーを無視して、間に割って入って来てくれたナミをちょっと尊敬の目で見てしまう。

    「やっぱり収穫無しだったわね……。サニー号が見えなくなるのは少し不安だったから余り遠くまでは行けなかったけど、遠くに行ったからって見つかるとは思えないし」
    「やっぱり、おれ達以外の船は無かったんですか?」
    「うん、見当たらなかった」

  • 171◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 15:54:29

    ナミはいよいよお手上げ、という風に唸った。
    こめかみに指を当てながらしばらく考えこんだ後、ベポの姿を探して声を掛けた。

    「ベポ! ちょっといい?」
    「うん! ロロノア、ナミが呼んでるから行こう」
    「だからなんでだよ……!」

    律儀にずっとゾロの袂を掴んでいたベポは、ちゃんと約束を守ってゾロごとナミのところにやって来た。

    「おかえりナミ! おれずっとロロノアのこと掴んでたよ」
    「偉いわベポ。ありがとう♡」
    「オイ」

    ナミはキッド海賊団の測量チームとベポとジンベエに話を聞きながら情報を集めてまとめていく。
    探索して新たに発見した情報に加えて、もう一度各船がこの島に到着した時の状況も整理したい。

  • 172◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 15:56:45

    「どうだ? ナミ?」

    後ろからウソップが遠慮がちに覗き込んで来る。

    「いや、やっぱりおかしいはおかしいんだけど……それがこの島がおかしいのか、新世界だから考えてもしょうがないって無視していいのか判断がつかないのよ」
    「うん」

    ナミの横で、特に航海士チームはウンウンと共感に頷いている。

    「どういう事だ?」
    「例えばね。私たちが上陸したこっちの東側の岸と、ハートの海賊団が上陸した北側の岸では、どうも気温が10℃以上違うみたいなの」
    「なんだそりゃ???」

    驚きに目を見開いたウソップに、ベポが情報を付け足した。

    「おれ、こっち側に出てきた時びっくりしたんだよ。最初暑いのは、森の中をずっと歩いて来たからだと思ったんだけど、なんか空気とか植物がさ、夏みたいなんだもん、こっちは」
    「北側はどんなだった? 寒かったのか?」

  • 173◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 15:57:34

    「寒いって程でも無いんだけどさ。枝にくっついてるのは枯葉ばっかりで、秋の終わりって感じだったな。それに、こっちは晴れてるけど北側には雨雲があって薄暗かったよ」
    「なるほどな……?」
    「変でしょ? 変なのよ」

    腕を組んで唸り出すウソップに、ナミは念を押すように指を立てた。

    「でも、私たちは新世界に入ってすぐに、島の片側が燃え盛るマグマで、もう反対側が凍るような氷河の島を見ちゃったでしょう?」
    「確かにそうだ!」
    「そんな島があるの?」
    「あるんでしょ、『新世界』なら」
    「だから、この島は変は変なんだけど、『新世界ならそんな事もあるよね』で流していいのか分からないのよ。もちろん、ルフィ達が行方不明になってる事が変じゃないって言ってるんじゃないのよ」

  • 174◆05Pq5YoAXw22/12/22(木) 16:25:03

    「あたしも引っかかってる事があるんだけどさ」

    キッド海賊団の測量士が遠慮がちに手を挙げた。皆の視線が集まる。

    「あたし達、ここに来るまでに割と波も高くて潮の流れも速い、荒れた海域を通って来たんだけど」

    この島に来るに至った時の事を思い出しながら、慎重に言葉を選んでいく。不安な気持ちが、自分の余計な想像や考えを足さないように。

    「キッド海賊団は、何かがぶつかった船を点検する為にこの島に停泊したんだもんね」
    「そう。でもさ、話を聞いてたら東側からの航路は凪そのものだったって言ってたじゃん。あたし達は北西の方角から航行してきたけど、島の反対側ってだけで、こんなに極端に海の状況って変わる? あたしの腕が無いだけ?」
    「そんなに思い詰めないで。ジンベエ……」
    「うむ……。どれもまだ推測の域を出んがのう。新世界ならどれも、何でも、あり得ん話じゃないのが、情報の核を見えづらくしとるな」

    魚人のジンベエであっても腕を組んで天を仰ぐしかない。

    「じゃが、この島が不自然で、不気味な事は確かじゃ。日没までまだ時間はあろうが、このまま何も進展せず、ルフィ達が見つからないまま夜を明かすのは何としてでも避けたいところ」

    全員が無言で力なく頷くしか出来ない。

    「もう、どうしたら良いの……。ルフィ、本当にお腹空いて倒れてるかも知れないのに……」
    「げ、元気出してナミ!」

    ため息混じりに肩を落とすナミを、ベポや測量士が励ましてくれる。
    それを見て何か思い出したのか、フランキーが少し離れたところから尋ねた。

    「そう言えばよ、ナミ。島の頂上にあるって言ってた、灯台の話はしたのか?」

  • 175二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 17:06:14

    話がスラスラ入ってくるし小説読んでるみたいでとても面白い

  • 176二次元好きの匿名さん22/12/22(木) 23:17:29

    完結したらいっそこのまま別サイトに掲載してもいいくらい完成度が高い。スレ主凄いっすね

  • 177◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:09:54

    「あ……! やだ、どうして? 私、なんで忘れてたんだろう……」
    「灯台?」
    「そう、そうなの。たぶんこの島の唯一の建物っぽいんだから、一番可能性があるとしたらそこなのに……」

     *  *  *

    「ロロノア」

    航海士チームの話し合いの車座を少し離れた所から見ていたゾロに、キラーを連れだったペンギンが声を掛けた。

    「ベポの面倒見てくれてたんだってな。ありがとう」
    「そうだよな? 『おれ』が『ベポ』の『面倒を見てた』んだよな?」
    「顔が怖いぞロロノア」

    妙に凄みのある剣幕で己と白クマの立場を確認するゾロにキラーが冷静にツッコミを入れて、ペンギンが苦笑する。

    「大変な事になったな」
    「………あァ」

    言える言葉は少ないながらに、ペンギンはこれまでの状況を総括する。
    何が起きてもおかしくない、ここは『新世界』。
    それでも、何の前触れもなく突然船長を奪われて俺たち、“最悪の世代”の海賊団が三つも雁首揃えてこんなにも寄る辺無く、途方に暮れる事しかできないでいる。

  • 178◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:27:03

    考えても、考えても。
    例えば、ルフィ以外の船丸ごとクジラに食べられたりだとか。
    例えば、砂の王と一騎討ちする為にルフィ自ら殿(しんがり)を務めたりだとか。
    ルフィ一人だけでなく、一味全員が別の島にバラバラに弾き飛ばされたりした事はあっても。

    何の言葉を残す事もせず。
    残す事も出来ない程、あまりに突然に。
    幻のように忽然と姿を消してしまうような事があるなんて。そんな日が来るなんて。
    思いもしなかったし、思いもしなかったから。
    どうして良いのか分からない。
    怒るべきなのか、心配するべきなのか。
    どこを探せば良いのか、何と戦えば良いのか。
    むしろ自分の方こそ、知らない場所に放り出された足元の覚束ない孤児のようだ。
    船長がいなければ何も出来ない程腑抜けた一味のつもりは無いが、それにしたって、余りにも余りな状況だろう。

    「悲しいかな、ウチはキャプテンが不在の時の為のオーダーが豊富にある。不測の事態で、いきなりキャプテンと連絡が付かなくなった時の為の物も」
    「性格が出るな」

    肩をすくめて見せるペンギンに、キラーは感心したように言った。

  • 179◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:28:27

    「黒足が今飯作ってくれてるな。楽しみだが、昼飯を食ったら日没までもう4時間も無いと思う」
    「あと4時間で、何か事態が動くと思うか?」
    「おれ達がこの島に来てからもう3時間経ってる。3時間で変わらなかったものが4時間で変わるとは思えないな。今のところ」

    首の後ろをガリガリかきながらペンギンはため息をつく。

    「ウチのコックのメシの匂いに釣られて、案外あっさり戻って来るんじゃねェか、とか……冗談でも言える状況だったら良かったんだがな」
    「同感だ」
    「違いない」

    あるのはため息ばかりで、苦笑いも起きない。
    心配は募るが、不安な顔をしてばかりもいられない。

    「それでさ、この後の事なんだが」
    「ああ」
    「2時間経って状況が変わらなかったら、キッド海賊団の船と、おれ達の潜水艦も東側の岸に回して来ようと思ってる」

    何も状況が動かなければ、このまま夜を明かす事になるだろう。
    そして、おそらく不安のピークは夜に来る。その時の事を考えたら、何をするにしても人数が多くいるに越した事は無い。
    例え友好的では無くとも、ここにいる三つの海賊団が悪くない関係を築けていた事を本当に幸運に思っている。

    「夜が明けたら、捜索を外海や近隣の島に広げる事も考えている。せっかく三隻ある船を活かさない手は無いからな。ここで漁業をする漁師がいるなら、近くに人の住む島もあるだろう。可能ならそこで情報収集に当たりたい」
    「異論は無ェ。この島は、ちょっと情報が無さすぎる」
    「ああ。この島は謎も多すぎる。近くの島民に伝承でも残ってなきゃおかしい」
    「まったくだ。この島は───……」

     *  *  *

  • 180◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:31:20

     *  *  *

    「あ……! やだ、どうして? 私、なんで忘れてたんだろう……」

    ナミは、驚きすぎてぽかんと口を開けたまま固まってしまったが、すぐに我に返って焦り出した。
    この島に上陸する時に、望遠鏡を覗いて見えた赤と白の縞模様の特徴的な灯台の存在を今の今まですっかり失念していた。

    「灯台?」
    「そう、そうなの。たぶんこの島の唯一の建物っぽいんだから、一番可能性があるとしたらそこなのに……」
    「灯台なんて、あったっけ?」

    首を傾げるベポに、ナミが言葉を付け加える。

    「あったのよ、山の頂上に赤白縞模様の灯台が。気づかなかった?」
    「北側からは見えなかったけど……」

    ベポは目を閉じてこめかみに指を当ててう〜んと考え込み、この島の外観を思い出そうと頭をひねる。

    「え、ホントに? そんな事無いと思うけど……」
    「しかも、縞模様なの?」
    「え、うん……。赤と白の……」
    「それって、雪が降る寒い地域のデザインじゃないの?」
    「え?」
    「あ、でも別に目立つならそうとは限らないのかな? おれ達は気づかなかったけど」
    「だって、山の頂上にあったわよ。北側ってそんなに急斜面とかだったの?」
    「そもそも、頂上ってどっちの?」
    「『どっちの』? 『どっちの』って何?」
    「この島、『双子山』でしょ? 山の頂上が二つあっただろ。西側と東側、どっちの頂上?」
    「……山の形の話をしてるのよね? え、ごめんちょっと分からない。この島は、火山島の高島で、標高はそんなに高く無いけど北東側に山の頂点が──……」
    「ね、ねえ、ちょっと待った。ごめん」

  • 181◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:32:24

    手のひらで会話を遮って、キッド海賊団の測量士がベポとナミの噛み合わない会話に割って入って来た。

    「悪いけどさ、二人ともずっと何の話してんの?」
    「何って、灯台の……」
    「『双子山』だったよね? 北西から来たなら見えたでしょ?」
    「いや、待って。違う、順番に。一個ずつ行こ。灯台はあったよ。あたし達も見てる」
    「ほら、あるのよ!」
    「あるけど、あったけど! 縞模様? じゃない……。石造りの、監視塔みたいなのが、島の中央にあったけど……それの事じゃ無いんでしょ?」
    「……監視塔? 何それ……、知らない……」

    ナミは青褪めた表情で細い声を出す。
    記憶と知識を頭の中で総動員して、あり得そうな可能性を探してみるが、どうしてもこの島で起こり続ける異常事態に追いつけない。
    なんとか気を保って食らい付いていた所を、今、出し抜けに足払いを食らわされた気分だった。

    「……おい、大丈夫なのか?」
    「雲行きが、怪しいな……」

    フランキーがジンベエに耳打ちをした。項垂れるナミの後ろ姿を見守っている。
    何やら不穏な気配を察知したのか砂浜のあちこちにいるクルー達も、作業の手は止めないままに、こちらの航海士チームの話し合いに注意を向け始めた。

  • 182◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:35:42

    「そもそもここは、珊瑚礁の低島だろ? 標高低差はほとんど無い。この島に来てすぐ測量したんだって!」
    「え……?」
    「そ……そんなハズないよ」
    「だってさ、白クマちゃんさ。あんた、木の上から、東側のここにあった、あの船が見えたんでしょ? どんだけ高い木に登ったんだよ?」「あ……。え……」
    「山なんてあったら、北から東側の海岸なんて、見えないよ……」
    「……で、でも、だってさ」
    「だって、山の頂上に、」
    「だから、あたし達はその山も見てないんだってば!」
    「そんな事ありえないじゃない!」
    「おい、落ち着けってナミ!」

    とうとう我慢出来ずに大きな声を出したナミに向かって、砂浜にいた全員の視線が集まる。

    「ナミさん……!?」
    「おい……大丈夫か……?」

    どうやら只事では無いと、心配して集まって来るクルーもいた。航海士チームの車座を遠巻きに囲む、緩い人の輪が出来始めている。

    「だって、そんなの、全員、……全然別の島の話してるみたいじゃない……?」

    最後に、ルフィの一番側にいた。
    私がルフィから目を離さなければ。あのまま会話を続けていれば。ルフィは姿を消さなかったかもしれない。すぐ側にいたのに。私が。

  • 183◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:36:35

    強い責任感に苛まれて、それでも折れまいと、折れてなるものかと、心に一番負荷が掛かっていたのはナミだった。
    そのナミが、今、砂浜に膝をついてしまった。

    「ナミ!」
    「ナミちゃん!」

    ベポだけじゃなく、ジンベエやフランキーもナミの異変に気づき、これは只事じゃないと思い駆け寄って来る。

    「島の形が……形だけじゃない……! 何もかもデタラメよ、こんなの……!」

    おかしい。この島はおかしい。
    口に出せば未知の恐怖に囚われる気がして言えなかった。
    船長を奪って、なお残された船員たちを悪戯に困惑させるこの島に、せめて何者かの悪意があって欲しいと願ってしまう程に。
    非常識に、理不尽に、無差別に、何の意味も理由なく、“ただそういう島だから”なんて理由で、私たちの船長を奪わないで欲しい。

    「……ねえ、白クマちゃん。海図持ってきてくんないかな」
    「え? 海図?」

    項垂れるナミの肩を抱きながら、キッド海賊団の測量士がベポに提案した。

    「そう。ナミちゃんの所の海図と比較すんの。海図を見て、この島に着いて、違和感が無かったって事はさ、海図自体がまったく別物なんだと思う」
    「そ、そうかも……」
    「あたし達は成り行きで来た島だから海図とか無いからさ。調べたら何か分かるかも。協力してくれる?」
    「任せて!」

    そうと決まれば、と踵を返したベポは、集まり始めていた人波を避けながらペンギンを探して駆け出した。

    *  *  *

  • 184◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:38:23

    *  *  *



    不条理な島があるのだという。



     *  *  *

  • 185◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:40:12

     *  *  *

    依然として、白砂は清く。波は柔く。風は青く。
    依然として、空は高く。森は繁く。太陽は温く。
    依然として、海鳥は鳴かず、光明は見えず、如何ともし難く。
    依然として。
    三人の船長と。

    それから。

     *  *  *

  • 186◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:40:51

     *  *  *

  • 187◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 05:42:08

     *  *  *

    「……ペンギン?」

    「キラーさん…?」

    「ゾロ……?」

     *  *  *

  • 188二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 05:52:48

    こ、怖すぎる面白すぎる
    支援

  • 189二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 06:09:57

    ねえ、こんどはゾロ達まで消えたなんて言わないよね…?

  • 190◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 06:51:34

     *  *  *

  • 191◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 06:52:32

    ・・・ ーーー ・・・

  • 192◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 06:53:07

    船̦̺̮͈ͪ̏長̺͖͇̦͓͕̦̄が̰͕̭̰̲̰̲̂̂̎消̗͕̞ͩえͨ̆̊͛ͯ͂る̣͓̲̜͖̼̽ͩͩͫͮ島̵̤͓̠͍ͩ̀̀ͭ


    第一部 完

  • 193◆05Pq5YoAXw22/12/23(金) 06:54:06

    【めちゃくちゃ大事なお知らせ】
    『第一部 完』と書きましたが第二部に続く予定はありません。
    オチが思いついて無いからです。

    『船長が消える島』以上になります。
    お付き合いありがとうございました。

  • 194二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 07:23:01

    何か意味が有るわけでなく、誰か黒幕が居るわけでなく
    非常に不気味で面白かったです

  • 195二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 07:29:55

    面白かった!乙!!!

  • 196二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 07:53:19

    ナミさんも品定めされてたのかな

  • 197二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 07:56:27

    キャラエミュも地の文もすんなり入ってきてそれでいて薄味って感じじゃない文章がすごい好きです
    最後前提がどんどん崩れていく様子が痛ましかったしこのまま夜が来たらどうなってしまうんだろうっていう一番怖いところで終わっていてクルーの気持ちを追体験しちゃった…
    もし第二部思いついたら気軽に放流してね!!めちゃくちゃ面白かった!!!!

  • 198二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 08:01:29

    すごかった
    ありがとう
    2部思い付いたらぜひ放流してくれ
    楽しみにしています

  • 199二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 08:03:33

    ゾクゾクした
    いつか続きが読めたら嬉しい

  • 200二次元好きの匿名さん22/12/23(金) 08:08:13

    200なら続編希望

オススメ

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