【SS】N.O.

  • 1二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:12:28

     トレーナーと出会ってから、随分長い時間が経った。
     選抜レースに出て、スカウトして──って、いわゆる普通のウマ娘たちとはちょっと違う出会い方をした私たちだけど、ヘリオスやメジロ家の皆のおかげもあって、なんとか大事な最初の3年間を一緒に乗り越えることができた。
     もちろん、3年間が終わっても爆逃げは終わったりしない。私は阪神大賞典でレコードを出して、今年こそはマックイーンに勝つ!って目標のために頑張ってる。
     んでもってトレーナーの方はというと、雑誌の取材もよく来るようになったし、たまに練習を見に来てくれる理事長からの覚えもめでたいみたいで、今年の秋からはなんとチームも持つことが決まり──いわば今の私たちは向かうところis敵なしって感じなのだ。

  • 2二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:12:56

    「パーマー、坂路もう1本いこうか。キツいかもしれないけど、これをこなせれば最後の直線でもっと踏ん張れるようになるから」
    「オッケー、トレーナーが言うなら頑張るよ」
     トレーナーは随分変わった。こうやって指示をくれるときも、自信たっぷりで疑う余地もないって感じ。
     本当に何様だって話なんだけど、立派になったなあって思う。出会った頃のスカウトに失敗して屋上でへこんでた姿とは見違えるみたいだ。
     ──そろそろ、パーマーさんの役目も終わりかな。最近、頭の中にそんな考えがよぎるようになった。
     ウマ娘にとってトレーナーが大事なのはもちろんだけど、その逆もしかり──特に、初めてのウマ娘が何より特別だって話は聞いたことがある。その子との日々によってはそれからの人生が180°変わってしまうこともあるって。
     私のトレーナーは明るいしお人よしだし、何よりすっごい頑張り屋。初めてのスカウトは失敗しちゃったけど、きっと誰とでもうまくやれたと思う。だけど、大きな喧嘩もせずに過ごしてきて、グランプリ三連覇なんて大それたことも達成して、私もそれなりに頑張った方じゃないかな。
     G1を勝てたのも、走りを楽しめるようになったのも、私なりにメジロ家と向き合えるようになったのも──全部ヘリオスやトレーナーのおかげっていえばそれまでなんだけどさ。

     だから、そう。すっかり一人前になった彼を胸を張って送り出せる。私が育てたトレーナーですよ、生産者表示的な?なんて冗談言ってみたりもして。
     あとは時々でも私のことを気にかけてくれれば何も望むことはないかな。それぐらいはいいよね?欲しいものの大半はこの何年かでもらっちゃったわけだし。
    「パーマー、どうした?」
    「ううん、なんでもない。それじゃビシッと走ってくるから、トレーナーもバシッとタイム測っちゃって~!」
    「ははは、なんだそれ」
     なんにせよ、新しいチームでは私のことをエースとして考えてくれてるみたいだし、必要としてくれてる間は頑張らないとね。未来の後輩たちにもどんどん頼ってもらいたいしさ。
     そんな思いを込めて走る坂路は、いつもよりもちょっと傾斜が緩いような気がした。

  • 3二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:13:19

     そんなある日。トレーナー室に行くと、いつになく暗い顔で書類とにらめっこしてるトレーナーがいた。
     たまに見かける難しい顔って感じじゃない。なんていうか、本当にやりたくないことをやってるというか──例えるなら、授業の追試を受けてる時の私みたいな顔。いつものトレーナーらしくないなって思った。
     ちょっとした悩みなら自分で解決できちゃう人だけど、これは流石に何かしてあげた方がいいかもしれない。私はなるべく心配してる雰囲気を出さないようにして声をかけることにした。
    「どしたの、難しい顔してさ。君らしくないぞ~?私でよかったら話くらい聞こうか?」
    「ああ、パーマー……なんていうか大したことじゃないんだが──……うん、まあ大丈夫だよ」
     案外あっさり打ち明けてくれるかもと思ったけど、返ってきたのは随分と言い淀んだ感じの答え。ありゃりゃ、こりゃ重症かな。
     ちょっと仕切り直した方がいいと思って辺りを見回して、いつもトレーナーが飲んでる缶コーヒーが今日は机の上にないことに気がついた。これはチャンスかも。
    「そうだ、喉乾いてるしちょっとお茶淹れてくるね。トレーナーも飲む?」
    「……ああ、頼む」
     トレーナーが頷いたから、私は戸棚からいつもと違う茶葉の缶──前にドーベルから貰った、特別リラックスできる種類を選んで2人分のお茶を淹れた。

    「粗茶ですが、なーんて」
    「ありがとう」
    トレーナーが相変わらず重苦しい顔でお茶を啜るのを見ながら、私もカップに口をつける。
    ──うん、ドーベルが淹れてくれた時ほどじゃないけどホッとする味がする。今度どこで買ったか教えてもらおっと。

  • 4二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:13:48

    「……」
     そうやってしばらくお互い何も言わずにお茶を飲んでると、なんだか前に行った温泉旅行のことを思い出したりもする。
     あの時は誘うのに随分尻込みしたっけ。今思えば断られるはずなんてなかったのにさ。
    「……情けない話なんだけどね」
    「ん?」
     お茶のおかげで少し落ち着いたのか、さっきより少し柔らかい顔になったトレーナーが口を開いた。それでも、随分参ってる様子だけど。
    「昨日ね、まだ担当トレーナーがついてないウマ娘のトレーニングメニューを考える機会があったんだ。パーマーは休みだったから知らなかったと思うんだけど」
    「うん、初耳。もしかしてチーム持つための予行演習的な?」
    「そんなところかな。まあとにかく、その子のプロフィールや走りを見て最適なメニューを組んだつもりだったんだが……これがまったくうまくいかなくて。明らかにやりにくそうにしてたし、終いにはもうやめてもいいですかって言われちゃって」
    「ありゃりゃ……」
     そりゃよっぽど波長が合わなかったんだ。でも、よくあることだよね。友達からもたまにそういう愚痴は聞いたりするし。
     「だから気にしなくていいのに」と言うと、トレーナーは力なく横に首を振った。
    「それを合わせるのがトレーナーの仕事のはずなんだ。申し訳なさそうに帰っていくその子の姿を見てたら、初めてのスカウトで失敗したときのことを思い出してさ。あの頃から俺は何も成長してないんじゃないか、って……ほんとダメだな俺……」
    「そんなことないよ。ああほら、泣かないで」
     色々溜め込んでたらしい感情が涙と一緒に溢れてきたみたい。トレーナーの背中をさすってあげながらハンカチを差し出す。

  • 5二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:14:29

    「パーマーはいい子で、頑張り屋で、頼りになって……正直、パーマーの方に支えられたことが多かったような気がするんだ。俺は果たしてこれからやっていけるのかな」
    「トレーナー……」
     ハンカチで拭っても拭っても涙が出てくる彼の様子を見て、変な方向に覚悟を決めようとしてた昨日までの自分を笑ってやりたくなった。
     バカだなあ、私。目の前のこの人がこんなにも必要としてくれてるのに、何がお役御免なんだろう。

    「はじめは、さ。心配になったから声掛けたんだよ」
    「……え?」
    「男の人がめちゃへこんでる顔で屋上をふらふら歩いてたからさ、もしかしたら飛び降りちゃうんじゃないかって思って、ちょっと焦ってた。……でもでも、話を聞いてみたらちょっと空回ってるだけの頑張り屋さんで。この人はもう大丈夫だなって思えたから送り出せたんだ」
    「まさかそのときは担当になるなんて思わなかったけどさ、今となっては立派にトレーナーしてくれちゃって。思い返すたびに驚いてるかも」
    「パーマー?ちょっと、何を──」
    「じっとして」
     トレーナーの頭を抱き寄せて、小さい子にするみたいに優しく頭を撫でてあげる。
     初めは戸惑って抵抗してたトレーナーも、繰り返すうちに次第に落ち着いてきたみたいで、私に身体を預けてくれた。

  • 6二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:14:56

    「とにかく、さ。トレーナーがそんな風に立派になれた理由の中に私があるならとっても嬉しいんだ。ずっと役に立ちたいって思ってたから。……んでもって、それはこれからも同じ」
    「……」
    「これから昨日みたいに自信がなくなっちゃう出来事に何回も経験するかもしれない。でも、君の凄さは私がちゃんと分かってるから。どうしようもなくなったら今日みたいに私に吐き出しちゃってよ。全部受け止めてあげる」
    「でも、俺は大人で、君を支える立場で……」
    「おっと~、今更そういうこと言っちゃう?こんな情けない姿見せちゃったんだからさ、もうメンツの話なんてなしにしよーよ」
    「それは……そうなんだが」
     ちょっと酷い言い方で反論を押さえつける。私だって恥ずかしいところ色々見られたんだもん。トレーナーだって見せてくれないとフェアじゃない。
    「それに、トレーナーが抱えてる悩みがもし私にもどうにもできなかったらさ──そのときこそ、2人で逃げちゃおっか!大事な車も手に入れたことだし」
    「……そうだな。うん、それまではもう少し頑張ってみるよ。ありがとうな、パーマー」
     その声が随分明るくなってることに気づいて、私はようやくトレーナーを離してあげた。涙でぐちゃぐちゃな顔だったけど、さっきまでの落ち込んでるのよりずっといい。
    「……うん、頑張ってるトレーナーの顔が一番よき!んじゃ、私着替えてくるから!」
    「ああ!」
     すっかりいつもの調子に戻ってくれたトレーナーに手を振って、私はトレーナー室を出た。

  • 7二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:15:17

    「はあ……」
     ──部屋を出てまず出たのはため息だった。一息ついたというよりは、寝る前とかによくする自己嫌悪のそれ。
     さっきのやり取りで私の頭にやけに強く焼き付いたのは、トレーナーの真剣な悩みとか立ち直ってくれた様子なんかじゃなくて────まだほんのり残ってる抱き寄せたときの感触と、彼の泣いてる顔。
     もちろん初めて見たからってのもあるけど……頼りにしてる人が子供みたいに泣きじゃくる姿を見せてくれたって事実が心をぞわぞわさせて、頭から離れてくれない。
    「あ、これ涙……」
     落ち着こうと胸に手を当てると冷たい感触がして、よく見ると制服のリボンに小さな染みができていた。おそるおそる嗅いでみると、ほんのちょっぴり汗臭い──それ以上に濃いトレーナーの匂いがした。
     やだな、これ以上めんどくさい女になっちゃうのは。でも彼が求めてくれるのはそういう私なわけで。

    「……変なのに目覚めちゃった、かも」
     こういう気持ちからは逃げられるのかな。今度ヘリオスに相談してみよっと。

  • 8二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:15:59

    オワリ。最近乾燥してたんでさっぱりしたパーマーです。
    最近全然書いてなかったんで感覚が取り戻せないです。

  • 9二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:18:15

    すみません湿度計見てもらっていいですか?なんかいきなり肌が潤ったんですけど

  • 10二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:27:37

    こうなるかならないかで言えば、なりそう

  • 11二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:39:53

    好き💥

  • 12二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:42:39

    突然海に放り出されて溺れたわ

  • 13二次元好きの匿名さん22/12/14(水) 22:47:25

    >>9

    朝起きて喉イガイガするのはしんどいからな

    やっぱちょっと湿ってないと

  • 14122/12/14(水) 23:47:59
  • 15二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 02:52:42

    程よく重いパーマーさんすき

  • 16二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 05:56:49

    パーマーが慰めるとこ見てたらワシも泣きそうになってきた

  • 17二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 15:53:59

    N.O.って誰かの名前のイニシャルかと思ったら違った
    大西直宏とかパーマーと全然関係無いし

  • 18二次元好きの匿名さん22/12/15(木) 19:27:56

    >>17

    歌詞がそれっぽい某テクノバンドの曲から取った

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